五条悟ならこれくらいするだろうって考えたのと、真人が黒閃で覚醒してたのを思い出しながら書いた、思いの外雑なのかもそれない。
突然だが正直に言おう、俺はいけるかなと思っていた。
幾ら五条悟とはいえ未だ未完成で未熟な成長期真っ只中、そんな状況の五条悟ならば、反転術式にすら辿り着いていない今の悟相手ならば、術式無しでもいけるかな…なんて考えてた。
簡単な話、五条悟という存在を結構舐めていたのだ。
だから言う、馬鹿野郎と。
五条悟が、その程度の存在な訳がないだろう…と。
「ハハハハッ!!」
悟の笑い声と共に放たれた呪力を纏った拳が、つい先程放たれた一撃よりも鋭く、より速く俺の頬を掠っていく。
掠った箇所からは血が僅かに流れ、ジンジンと鬱陶しく痛みを主張してくる、地味に痛いし気になってくるがそんなことを気にしている場合じゃない。
続けて第二撃、正面から俺の鳩尾目掛けて放たれた拳を横合いから叩くように拳をぶつけて逸らし、そこから流れるように悟の顔面に裏拳を叩き込む。
裏拳は不可視の壁に阻まれること無く容易く悟の顔面に生々しい音を立てながら沈み込み、衝撃を与えて吹き飛ばす。
それを目で追従しながら、俺はどうにも拭えない違和感を頭の中で吐き出す、まただ…と。
……まただ、悟はまた不可侵を展開しなかった。
この応酬で何度目だ、さっきの時といい今の応酬の際といい、なんでわざと攻撃を食らうような行動を取る?
分からない、読めない、分からないと悟の行動の意味を読み取れず、その行動の意味を求めて思考が堂々巡りが重なってドツボに嵌っていく。
「呑気だなぁ考え事かぁ!?」
そしてその瞬間を、やはり五条悟は決して見逃さない。
ほんの僅かな思考の隙間を縫って、五条悟は再び俺へと肉薄し、そのまま再び格闘戦へと移行する。
ジャブのような軽く手早い一撃を一撃を打ってはまた一撃、もう一撃打ってはまた一撃と、何度も何度も複数回に渡って悟は小刻みに軽い打撃を俺の急所目掛けて放ってくる。
それらを時に躱し、時に捌きながら、俺はそれら拳の間を縫って悟の足元へと払うように蹴りを放つ。
足を払うようにして振るわれた蹴りは悟の足へと直撃し、悟は体勢を崩す…ということにはならなかった。
不可侵が発動している、俺の放った蹴りは悟の足に届くか届かないかの位置で静止していた…今度は防いだな。
ならばと地面を踏みしめ、身体を捻って軸として右腕に力場を持っていき、そこから弾丸のように鋭い右ストレートを悟の顔面目掛けて放つ。
空気を裂き、空気を唸らせながら悟へと一直線に向かっていく拳を、悟は満面の笑みで見つめながら唐突に両手で印を結んだ。
何をと思考する間もなく、唐突に頭上から埒外の重さが俺へと降りかかる。
踏みしめた地面に亀裂が走り、足先から太腿に至るまでの筋肉が悲鳴を上げる、準備もクソも無い唐突な状況からのこれじゃあ仕方のない部分ではあるが。
即座に領域展延を再展開して頭上の圧力を吹き飛ばす、しかしそれと同時に悟が懐へと潜り込んで拳を放つ。
それはまたしても単純な呪力による打撃…それだけだ、蒼を応用したわけでもない単純な呪力強化…だけど、俺はその一撃にどうしようもない程の恐怖を感じた。
だから逃げようとした、確実に避けようと大きく後方に下がろうとした…しかしそれを五条悟は許さない。
足が引き摺られる、身体が前へと引き寄せられる。
順転の蒼による吸引、視線を向けてみればそれは放たれようとしている拳とは別の手で行われていた。
しくじったと思った、蒼を応用した打撃が何時出るかと警戒し過ぎでもう片方にそこまで意識が行っていなかった。
もう間に合わない、防御ではなく回避を選んだ時点で既に間違えていた、俺はこの一撃をまともに喰らわざるを得ない。
悟の拳が身体に触れる直前に、呪力が…黒く染まる。
───黒閃
悟の黒閃が…今まで以上に重く鋭く俺の腹部を貫く、身体の芯から芯まで届きそうな衝撃に胃が濁流したのではないかと考えてしまうほどの吐き気。
息が詰まる、息が出来ない、手足が痺れ喉から何かが飛び出してきそうな感覚がする、それほどまでの一撃。
しかし、それでも、俺の身体は反射的に次の行動を取っていた。
痛みに吐き気、その他諸々全てを無視して、俺の身体は…俺の拳は、的確に悟の脳天を捉えていた。
バゴンっと音を鳴らして悟が吹き飛んでいく、地面に一度当たって転がっていき、最後には木々を薙ぎ倒して森の奥へと消えた。
「──プハァァっ…!!!」
止まっていた息を無理矢理吐いて、無理矢理吸い、俺は吹き飛んだ悟へと向けて疾走を開始した…ゆっくりと息を吸ってる暇なんて一欠片も無かった。
倒された木々を飛び越え、悟の姿を捉える、ゆっくりと起き上がりニタァと擬音が付きそうな程の笑顔を浮かべる悟に、俺は呆れにも近い感情を抱きながらそのまま全速力で悟へと突っ込んでいく。
時間を与えちゃいけない、時間を与えたら何しでかすか分からないしどうなるかも分からない、それ故の全力の接近だった。
しかし、俺はこの時、またしても忘れていた。
五条悟が、あの五条悟が黒閃を経験した後であったという事実を、この時の俺は完全に蔑ろにしていたのだ。
拳を構え、悟へと疾走する俺の眼前で、悟は指をまるで銃でも撃つような、鉄砲のような形に構えると、静かに唱えた。
「──位相 波羅蜜 光の柱」
その詠唱が耳に届いた時、俺の背筋は凍った。
何故使えるだとか、何時からだとか、そんなしょうもないことは考えなかった。
ただ一つ、これをまともに喰らえばヤバいという認識だけがそこにはあった。
「術式反転───」
───『赫』
囁くように、歌うように静かに呟かれたその言葉は、次の瞬間には絶大な破壊の奔流となって俺に襲い掛かった。
咄嗟に迫ってきた『赫』を腕で防ぐ、領域展延のお陰で威力こそ多少は殺されたものの、それでも勢いを殺しきれずに森の奥へ奥へと吹き飛ばされる。
木々が弾け、木々が背中を叩き、逆に吹き飛ばされた勢いに耐えきれずへし折れた木々が視界の横を過ぎ去っていく。
吹き飛び吹き飛び吹き飛び続け、最後に背中に衝撃と水の感触を感じたのを切っ掛けとして、ようやく俺の身体は停止した。
「いっ…つぅぅ…!」
痛みに声をあげながら、身体に反転術式をかけて起き上がって眼の前の惨状を直視する。
それはもう酷い有り様だ、森が抉れている、どれだけ吹き飛ばされたんだと言いたくなるほど、木々達が真っ直ぐに抉れている。
パンパンと埃を払いながら立ち上がり、思考を巡らせる。
術式反転を使ってきた、てことはもう反転術式は使えると思った方が良いだろう。
俺が知らなかっただけで実はもう使えたのか、それともさっきの黒閃で感覚を掴んだのか…そんなのはどうでもいい。
必要なのは、五条悟が術式反転を習得したという事実だけ、それだけあれば俺には充分過ぎた。
「さてと…どう───」
するかと言いかけたところで、俺が吹き飛ばされた先から莫大な呪力反応が膨れ上がっていくのを感じた、方向的に恐らく悟の呪力であろうことは確認しなくても分かった。
そして…恐らく悟が次にするであろうことも、大凡見当はついていた…というか、悟らずにはいられなかった。
黒閃によってただでさえ気分の上がっている所に『赫』の成功だ…だったら、次を試してみたくなるのが人の性というやつで。
もしかしたら違うかもしれない、いや頼むから違っていてくれと願いはするけどきっとそれは叶わない…その答えとしてつい先程まで俺が居たであろう場所から鳴り響いた轟音からその答えがなんとなく分かった。
「っんのバカタレがぁ!!」
あぁ分かっている、五条悟がそういう人間だということはとっくに分かってはいる…それでも、それでも俺は文句を言わずにはいられなかった。
ここには居ないあの馬鹿に、今しがた絶対の破壊力を有したソレを何の躊躇もなく撃ってきたあの馬鹿に、加減を覚えろと拳を突き立ててやりたくなる。
まぁ、それが出来るかどうかも分からんのだが。
「領域展延───」
───最大出力…!!
近づいてくる轟音を聞きながら、絶対的な死の気配が間近に迫ってくる中、俺の取った行動は領域展延の出力を最大まで跳ね上げることだった。
避ければいいじゃないかとも思う、でもそれは出来ない、それをするには既に距離が縮まりすぎているし、何よりも俺の後ろに誰が居るのか全く分からないっていうのが大きい。
よしんば俺がアレを避けたとして、その先に京都高か東京の奴等が居たならば、躱す防ぐなんて出来るはずがない、だってアレはそういう技なんだから。
轟音が近づいてくる…体感時間的に到着まで精々残り数秒そこら…つまり俺が死ぬかもしれない時間まで後数秒しかないわけなのだが…別にいいやと思う俺がいた。
ほらシャキっとしろよ俺、背筋を伸ばしてキチンと立て、怯えずしっかりと前を向け。
簡単なことじゃないか、俺の所にやってくる絶対的な死の象徴を受け止めた上で生き残る…ほら、簡単だ、出来なきゃ死ぬだけの簡単なソレだ。
なーに、難しいことじゃないさ…完全体の宿儺を相手にバカスカやるよりかは、余っ程楽だとも。
拳を開いて呪力を集中させる、展延の出力を最大まで跳ね上げてより意識を集中させる。
足を踏みしめる、一歩も譲らないと言わんばかりに。
音がやってくる、五条悟最大の一撃が眼前に迫ってくる、音を鳴らして死の音色を奏でながら、アレはやってくる。
怖い、逃げたい…そんな感情よりも真っ先にとりあえず悟を殴りたいという考えが頭の中に浮かび上がってくる…その事実に誰にするわけでもなく一人笑う。
馬鹿だなぁ、今際の際だぞ俺…と、自分に呆れながら。
そうして、仮想の質量と呼ばれたソレは、進行方向にある全てを片端から抉りながら、俺の前に現れた。
木を、地面を、岩を…文字通り進行方向にある全てを消し飛ばしながら現れたソレに、俺は両手を突き出した。
茈の射程内の外側からやってきた、俺のことをとにかく心配してくれていた、先輩の姿を視界に収めながら。
なお、サマーオイルは京都校の生徒に苦戦していた。