ちょいと出したい人が居たので出すことにした、作者こういう戦い方をする人がそれなり以上に好きです。
偶然…と言えば、偶然だったのだろう。
仙台の某所…そこに、男はいた。
椅子に座り込み、何処かぼんやりとしたような表情を浮かべ、何かに渇いたような瞳を持ったその男は…石流龍は、タバコの吸い殻を落としながら、フゥーッと音を立てて煙を吐き出した。
乾いている、何処か漠然とした渇きが石流を満たしている、満ち足りていない…いないが故に、また渇く…その繰り返し。
足りない、足りない、満ち足りないのだ何かが。
自身の人生を振り返ってみれば満ち足りない要素等無い…良き女にも巡り合い、骨のある相手とも戦い、勝った…悔いがあるのかと問われれば正直無いと石流は答えるだろう…それでも渇く。
何が不満なんだ、何故そこまで手に入れて尚も満ち足りていないんだ…そんな目で見られる度に、石流は内心でこう答えるのだ。
───満ちてねぇから、不満なんだろ。
異変…それに気づくのに然程時間は掛からなかった。
視線の先、巨大な式神と呪霊がうようよとしていたその視線の先で、その一角が弾け飛び、それと同時に式神の姿が消えていく。
───リンゴンリンゴンリンゴンリンゴンッッッ!!!!
鐘の音が鳴り響く、唐突に耳元へと鳴り響いたその音に石流は何処か鬱陶し気な表情を浮かべ…次の瞬間、その頬を笑みの形へと釣り上げる。
『泳者による死滅回游への総則追加が行われました』
『総則9:泳者は他泳者に任意の得点を譲渡することができる』
『加えて総則10:泳者は他泳者の情報──“名前”“得点”“ルール追加回数”“滞留結界──を参照できる』
「…コガネ、仙台結界で一分以内に点に動きがあった泳者を出せ」
反応は迅速だった。
追加されて間もない総則、数秒と経っていないだろうその総則を石流は直ぐ様と言わんばかりに使用する。
名前、点数、総則を追加したのは視線の先にいる誰かなのか、それを知る為の総則の利用を石流は躊躇わなかった…しかし───
『───いません』
「───あっ?」
『点数が変動した泳者は存在しません』
返ってきた応えはまさかの否定、呪霊はともかく式神が消えたということは術師が一人殺されたということ、ならば泳者である以上は必ず点数が動くはず…そこまで考えた時点で、ふとしたように石流はその回答へと辿り着いた。
即ち…泳者ではない。
石流がその思考に辿り着くのとほぼ同時、その思考に脳内が専有されたその瞬間を狙っていたかのように、ソレは現れた。
音も無く、気配も無く、唐突にそこへとやってきたその存在は高速で石流の背後へと迫り、その胸元へと刃を突き立てる。
背後からの突然の奇襲、突き立てられた刃が胸を貫通し飛び散る血液と共に眼の前に現れる…そんな光景を痛みと共に認識した石流は、半ば反射的にそれを成す。
───『グラニテブラスト』
特徴的な髪型…世間一般的にはリーゼントと呼ばれたその髪の先から放たれる超高出力の呪力放出砲…それが、不規則な軌道を描きながら自身を突き刺した下手人の元へと向かい行く。
高出力の呪力砲、不規則な軌道で以てそこへと解き放たれたソレに対して下手人は直ぐ様撤退を選択、無数に自身を追いかけ回す呪力の塊を容易く振り切りながら、その全てを躱し切った。
その姿、その動き、そしてそこから感じるその気配に、痛む傷を笑みにて誤魔化しながら石流は冷や汗と共にその言葉を吐き出した。
「…どういうカラクリだ?」
視界の先に映るのは一人の男の姿…黒い髪に整った顔立ち、筋肉隆々の大柄な姿にその手に持つ鋭利な刀をダラリとぶら下げ此方を見据えるその姿には一切の隙が存在しない。
それと同時に石流は感じ取っていた、目の前の存在から一切の呪力を感じ取れないという事実を。
静かに構えを取った…今まで戦ってきた術師達とはまるで違う、記憶の中の術師達とはまるで妥当しないその存在に石流の視線は釘付けとなった…のと同時に、男の姿が掻き消える。
偶然…と言えば、やはり偶然だったのだろう。
偶然、家族全員で宮城へと来ていた…偶然、結界の内側に入るような位置にいた。
偶然、すぐに動けないような位置にいた…偶然、すぐに脱出出来ないような足手纏いが大量に居た。
偶然に次ぐ偶然、偶然巻き込まれ偶然その場に留まざるを得なかったその男は、今までの苛立ちを発散するかのように、石流の背中を躊躇無く蹴り飛ばした。
圧倒的な速さ、肉体が追いついても思考が追いつかず、思考が追いついても肉体が追い付かない…そんな速さで以て蹴り飛ばされた石流の肉体が先にあった建物の内部へと一気に突っ込む。
ズガンッと弾ける煉瓦造りの家宅、そこへと突っ込んだ石流はしかし、直ぐ様その肉体を起こし呪力砲を放とうとする…それよりも尚も疾く、男は当然のようにそこにいる。
ジャラリと音を鳴らすのは三節棍、赤く染め上げられた扱いの難しいはずのその武具を、男はまるで手足か何かのように容易く操り、その勢いのままに石流へとそれを叩き付けた。
更に弾ける家宅、粉々に砕け散る誰かの部屋だった場所、未だ存在していた私品に加えてテレビや冷蔵庫と言った器具が砕け散っていく様を間近で見ながら、男はふとしたように呟いた。
「───運が無かったんだよ、お前は」
響くのは冷たい声色、殺意と苛立ちに満ちたその声色には絶対に逃さないという執念のようなものが入り混じり、必ずここで殺すという害意を石流は感じ取った。
「───ドカドカと派手に暴れやがって…どれだけの人間が巻き込まれたと思ってんだ?」
独り言…声色とそこから感じられる熱から思わずそう認識してしまいそうになる程の無関心さ、つい先程までの殺意は何処へ消えたと言わんばかりの変わり身の速さと言うべきか。
聞かせる気も無ければ答えてもらう気も無い…そんな意図が在り在りと見えるその呟きに、しかし石流は敢えて答えた。
「───知らねぇな、そんなこと」
傲岸…誰が巻き込まれようが知ったことじゃない、率先して狙いこそしないがその先で誰が死のうが生きようが石流からしてみれば至極真っ当にどうでもいい。
自分が満ちる為、満足する為…その為にこの現代に受肉した石流からしてみれば、手加減やコンパクトに戦うなぞそれこそ論外であると言えた…そして、男はそれを肯定する。
「だろうな…俺も知ったことじゃない、何処で誰がどう死のうが俺には何の関係も無い…けどな───」
───俺の嫁さんは違うんだよ。
ジャラリと鎖の音を鳴らしながら三節棍をくるりと回す、何処か遊びの入ったその動きにしかし、石流は踏み込めない。
隙が無いわけではない、踏み込めば強引にそれを作ることも出来るだろう隙間は幾らでもある…しかし、そこへと入り込めば代わりに奪われてはいけない何かを奪われるという確信が、石流の中にはあった。
そんな石流の様子など意にも返さぬように、男は独り言のように口を開き続ける。
「昨日会った誰か、ついさっき会ったばかりの誰か、友達でも顔見知りでもなければ知り合いの知り合いって訳でもない…ただその場で出会っただけの誰かの死を、ウチの嫁さんは気にしちまうんだ」
馬鹿みたいだろ? …そう言って男はくすりと笑みを溢した、まるで仕方がないものを許すような顔で、何処か呆れたような…それでいて、何処か愛おしそうな笑みを浮かべて。
あまりにこの場に於いては似つかわしくない表情、殺し殺されの場には不釣り合いなその表情に、石流は砂糖を丸呑みさせられたような微妙な表情を浮かべ───
「───だからお前は死ね」
その次の瞬間、石流の顔面に深く鋭く重い一撃が、とんでもない速度と共に突き刺さった。
あまりに唐突、視界に映った顔には最早先程までの砂糖を吐きたくなるような甘さは存在せず、あるのは何処までも純粋に研ぎ澄まされた殺意のみ…最早変貌と呼んでも差し支えないだろう程の変化を見せて、男はその手に持つ三節棍を振るった。
身体が吹き飛ぶ、建物を一つ二つと貫通しそれでも尚も勢いは留まることを知らず、そのまま石流は先に存在した橋すらも貫通して、川の中へと叩き落された。
びしょ濡れと化した服と髪、冬場の冷たさも寒さが身に染み込むような感触と共に起き上がった石流はパンパンと服を叩き、やってきた追撃の一撃を、両腕を盾にすることで防いだ。
弾ける水場、叩きつけられた三節棍から発せられた衝撃波が川の水諸共地面を抉り飛ばし、石流の腕をミシリッと音を立てて軋ませる…そんな感触が心底楽しいと言わんばかりに、石流はニタリと笑みを浮かべてみせた。
「───お前が、俺のデザートかっ!!?」
「───知るかよ、人を勝手に菓子扱いしてんじゃねぇ」
熱と不熱、燃え上がる石流と冷めきった様子の男。
『大砲』と呼ばれた男と、『暴君』と呼ばれるはずだった男…本来交わることの無かったはずの両者が、今ここに邂逅した。
『江戸の大砲』対『天与の暴君』…本来であればあり得ない対決の火蓋が今、切られた。
天与の暴君さん
嫁さんが悲しむのでその原因になってそうなのをブチのめしに来た、なんで宮城にいるのかは作者も知らない。