蒼き鋼のアルペジオ -Ars Nova- Eingang 作:廣瀬 眞
オレンジ色に染まるその丘を彼女の足は何かを確かめるように踏みしめた。
耳に残る彼の慟哭、瞳に映る彼の辛苦。
それは彼女も同じ。だがコアを失った彼女にはなす術も、抗うことすらできない。
それでも彼女は自分に与えられた使命に忠実に従い、その結末を選んだ。
彼の船として。
彼の願った結末を叶えるためにこの身の全てを捧げると。
だからなぜ自分がそこにいるのかが分からない。
艦橋の真ん中で目覚めた彼女は辺りを見回して家族の姿を追い求め、一人ぼっちになってしまった事が分かった時に酷く怯えた。
元どおりになってしまっただけなのに。
一番最初の記憶に戻ってしまっただけなのに。
丘の上に続くなだらかな坂道の両側を埋め尽くす墓標は全て。
自分に連なる同胞が招いた償いようのない罪科の記録。
長い旅路の果てにその意味を理解した彼女を覆う怨嗟の声に押しつぶされそうになりながらも重い足取りはその場所を目指した。
記憶の中にあるその景色の一角。
彼の両親の名が刻まれた黒い御影石。
何を言えば。
何を思えば。
夕日に煙る墓石の前へと辿り着いた彼女はその場に佇んだまま一生懸命考える。
握りしめた掌の中にある彼との繋がり ―― あの町で買ってもらった瑪瑙のカメオの感触が変わってしまった彼女の心を後押しして語りかける。
―― きみは、どうしたい?
* * *
久しぶりに見る横須賀海軍墓地。
何か大きなことをやり遂げた充足感と。
それ以上に大きなものを失ってしまった喪失感で足取りは今でも鉛のように重い。
それでもこれだけは二人に報告する義務があるのだと。
心に空いた大きな穴をそのままに群像は墓標の前へと辿り着いた。
「ただいま母さん …… 父さんを、つれて帰ってきたよ。父さん ―― 終わったよ」
それが自分の目的だったはずなのに。
父が霧へと寝返った真相をこの目で確かめたかっただけなのに。
かけがえのものを失ってまで得たその成果を喜ぶものは誰一人いなくて。
また一人ぼっちになってしまった。
彼女がどれだけの想いで総旗艦との融合を選んだのか。
ずっとそばにいながら彼女の覚悟になに一つ気づけずにいた自分が情けないと。
仲間の前ではそんな絶望をおくびにも出さずに接してきたそのつけは横須賀にたどり着いた時から始まった。
無気力と、無感動と。
そして無意味。
抜け殻になってしまった自分が果たすべき役割は残り少ない。燃え尽きて消えてしまいそうな灯を両手で抱えるように守りながら手にした花束を墓前に置こうとして。
「 …… ? 」
墓の前に落ちているそのブローチ ―― 忘れるはずがない。
総旗艦との接触を目指して補給のために立ち寄ったウラジオストクの港町で彼女がウインドウ越しに眺めていた、あの。
背後に表れた人の気配が群像の表情を久しぶりに動かし、凍りついたままの口元が昔のように動きだす。
「 ―― おかえり」
なんて悲しい顔なのだろう。
振り向いた彼の顔を見たイオナは素直にそう思った。自分を導いた覇気も闘志も全てが空っぽになった彼は墓石に差し掛かる影ごと消え失せてしまいそうだ。自分の知っているどのメンタルモデルよりも薄くなっていく存在感に声一つかけられない、でもその事実が彼女に一筋の光を指し示した。
泡沫のように消えてしまう意識の最後に心の底で叫んだ ―― 願い。
初めて分かった本当の気持ち。
互いに光を見失って彷徨い続けた挙句に結んだその手 ―― 伝わるぬくもりと温かさと優しさをもう一度感じるために。だから。
おねがい、群像。
もう一度、あたしの名前を呼んで。
「 ―― 402」
―― え?