蒼き鋼のアルペジオ -Ars Nova- Eingang   作:廣瀬 眞

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リムパックⅥ ―― Dominator of warfare

 一騎駆けは戦場の華。

 レキシントンがそれを認めたのは彼女の持つ出自による。アリゾナという名前に秘められた血の記憶、遥か遠い昔に合衆国を震撼させた先住民族インディアンの雄ナバホの血統を色濃く持つ彼女にレキシントンはその夢を重ねた。戦士ナーボナのように、あのマヌエリトのように単騎で戦場を駆け抜けて敵を討つ ―― それこそが彼女に与えられた配剤だと今でも信じている。

 だが彼女の口から飛び出した決意の声を聞いてこれほど心がざわつくのはなぜなんだろう?

 自分の目の届かない場所で進展していく戦況、勝ちに至る確証もなく負けに至る根拠もない。データとして送られてくる数値や画面に感情はなくただ事実と結果だけを ―― 。

 そうか。

 それは自分の過去の記憶が見せる不吉な予感だ。

 珊瑚海で終わった一度目の生、勝利を確信した瞬間に見せた慢心や惰気を突くかのごとく襲いかかってきた敵の攻撃隊の手によって甚大な被害を受けた私は遂に万策尽きて味方の手で処分された。「レディ・レックス」ともてはやされて勝利の女神と謳われた偶像が地に墜つその瞬間。

 

 何を弱気な。

 そんな事があるはずがないと自分の弱気を叱咤するレキシントンだったが体はいつの間にかアリゾナへのリンクを開く。「アリゾナ、落ち着きなさい」

 任務中には船の歯車の一つになったかのように淡々と任務をこなすはずの彼女から飛び出したその声がどうしてもレキシントンの琴線に触れる、南昌を仕留めた時は移動する輪形陣の隙間を掻い潜って敵が面くらっている隙に一撃を浴びせた、デアリングの時はイラストリアスから発艦しようとしたソードフィッシュを対空砲火で牽制しつつアークロイヤルを盾にして仕留めた。同じはずだ、たとえ相手があの401だったとしても。

 しかし彼女はその憂慮が現実のものだという事をアリゾナからの返信で思い知った。「 “ 皆さんが一生懸命役割を果たしているのに私だけが手こずったせいでそれを台無しにする訳にはいきません。私は自分の役割を ―― 401は必ず私が沈めて見せますっ ” 」

「慌てないで、相手はあの『蒼き艦隊』。一筋縄でいかない事は初めから分かっていた事、それに今のところこちらの優位は動かない。焦らず、ゆっくりと、一つ一つ片づける事に専念するのよ」

「 “ ですがこのまま時間を与えれば必ず彼らは反撃に ―― いえ、もうその兆候が出始めてる、多分一刻の猶予もありません。ここで私が401を沈めないと皆の苦労が水の泡になってしまいます、ここまで連れて来てくれた皆さんの恩に報いるためにも自分が必ず401を仕留めますっ ” 」

 まるで耳を塞ぐように閉ざされる通信音を聞いてこれ以上の説得を断念したレキシントンは今できる事を考える。雷装状態で海上で待機しているドーントレスⅡは残り五機、それをアリゾナの下へと向かわせるのは確実として問題は今自分がおかれている状況だ。恐らくこの足元のどこかでじっと息を潜めているあの人間の船をなんとか炙りだして身の安全を確保しなければアリゾナの援護に向かうこともできない、潜水艦の隠密行動効果というものをさんざん目や耳にしておきながら自分がその逆の立場に立たされてしまうとは。

 

                    *                    *                    *

 

 イライラを募らせるようにチクチクと突いてくるその攻撃を受けながらニュージャージーは盛んにデータを集めていた。今のタカオで最も怖い攻撃は全身に張り巡らされたVLSによる対艦ミサイルの飽和攻撃、恐らくその命中効率を上げるためにこちらの対空砲を一つづつ潰しにかかっているのだろうがそれでもまだ対空網に穴が開くには程遠い。

「そうなる前に彼女の弱点を見つけられるかどうかなんだけど ―― 」つまるところ戦いの優劣はどれだけ冷静に状況が分析できるかにかかっている、向こうは同じ大戦艦級のヒュウガがそれを担っているが大局分析ならとにかく局地戦況ならば実際に艦体を持つこちらの方がより多くの情報を入手する事ができる。朝鮮戦争からレバノン内紛 ―― 誰よりも多くの戦争を経験した彼女は頭の中の計算よりも生の情報で得る直感にこそ物事の本質が隠れているということを理解していた。

 張り巡らされた演算のネットワークが連携して様々な計算結果をウィンドウへと表示しては消えていく、多くの物は現状役に立たない ―― 損害報告などは特にそう ―― 物だったが、その中でも視界の隅に遠慮がちに立ち上がった小さな窓にニュージャージーは視線を止めた。内容としては彼我の行動パターンから導かれる次の攻撃予想時間だったのだが、その中の回避傾向に関する項目があまりにも不自然な印象を受けた。彼女の思考ルーチンがその項目の詳細だけを要求すると演算回路は瞬く間にこの戦いが始まってから今に至るまでのタカオの回避パターンを複数の実線で表示する。

「 …… なるほど、最初に後部主砲を潰したのはそういう意図があったのね。あたしをここで足止めするために自分の逃げ道を確保しておくなんて」

 狡猾なタカオの仕掛けは敵に悟られないように密やかに、しかし積み重ねた行動がその意図をくっきりと浮かび上がらせる。自分の周りをぐるぐると回りながら攻撃を続けているように見せておいて、いざこちらの主砲が狙いをつけるとさっさと射角の影へと隠れてしまう。同航であろうが丁字であろうがそれは必ず艦尾方向へと逃げる航跡がはっきりと記録されていた。

 そこへ誘うために仕組まれた偶然を装う必然の一撃、格の違いと言うだけで乗倍する火力の圧に晒されても的確に作戦を実行する冷静さにタカオが持つ戦歴の厚みを知る。「後ろは駆逐艦の主砲みたいなのしか残ってないわ、当てた所で致命傷にはならない。一撃で仕留めないと …… どうにかして前面砲火の射角内に引きずり込む手はないかしら」

 ほんの一瞬。その時間があれば定点回頭で間にあう。VLSは到達までに時間がかかりすぎて使えない、唯一役立ちそうなのは生き残っている副砲だけだが仮に当たった所で彼女は止まらない。

「なにか、何かない? 一瞬でも彼女の機能をダウンさせられるような攻撃手段が ―― 」爆風が吹き荒れる甲板で苦悩に顔を歪めながら必死に手を考えるニュージャージー、主砲が動くたびに艦尾方向へと身を翻すタカオを忌々しげに睨みつけた彼女はその時視界の端に飛び込んできたあるものに目をつけて思わず呟いた。

「 …… あった」

 

 右舷側に回り込んで同航戦を挑むタカオに対してニュージャージーは艦砲を使わずに対艦ミサイルだけで応戦した。巨大な艦体を震わせて垂直に撃ちあがるそれは上昇点もそこそこにモーターを切り離し、分離した弾頭は放物線を描いてタカオの頭上へと殺到して迎撃兵装が暴れまくる。撃ち落とされた囮が水柱を上げて海面へと降り注いだところで彼女は次の罠を発動させた。「さあここからよ、覚悟しなさい ―― 一番二番砲撃準備、目標タカオ」

 ルーティン化したその回避行動は主砲の射撃諸元が揃った瞬間から始まる、駆逐艦並の素早さで砲口から身を翻すタカオの動きをほくそ笑みながら見送ったニュージャージーは戦況予測の窓を開いてその賭けに打って出た。

「今っ! 左舷観測機発艦始めっ! 」

 

 艦尾左舷のP6カタパルトに装填されたOS2Uキングフィッシャー水上偵察機がカートリッジの炸裂音と同時に前方へと飛び出した。ナノマテリアルで造られたフロート付きの三座偵察機は再度の攻撃に備えて後ろを回り込もうとするタカオ目がけて一直線に奔ると後部飛行甲板へと直撃して四散した。命中個所から辺り一面に広がる赤いヘキサの光は一部の機能がフリーズした証、行き足を落してしまった彼女には目もくれずにニュージャージーは左舷のスラスターを全開で吹かすと主砲二門を全力で反対側に振り回す。

「お願いっ、間にあってっ! 」

 こんなイカサマは一回こっきりだ、形勢をひっくり返すためのたった一度のチャンスに賭けたニュージャージーの口から祈りに似た声が迸る。目視照準で目当てをつけた彼女の心が強く念じただけで一斉射撃の火蓋が切られた。50口径六門の砲から放たれた荷電粒子が次々にタカオの艦上部へと殺到して赤い光が駆け巡る。上部構造物の光が消えて左舷側を海面下に沈めた武勲艦を名乗る重巡はその哀れな姿をゆっくりと大戦艦の前へと晒しながら動きを止めた。

「 …… y、YESっ、やったわっ! 」

 

「 …… まさか観測機で特攻かけるなんて。でもやり方としては褒められたモンじゃないわね、うちの千早艦長だったら泣くまで怒られるやり方よ」

「HaHa、何の負け惜しみ? そんななりでなにいってンのよ。褒められようが怒られようが要は勝てば文句なし、それが戦場のリアルだわ。それともあなたそんな事も知らずに今まで戦ってきたって言うの? 」ぷかぷかと漂うタカオに向かってゆっくりと船を回しながら勝ち誇った顔で胸を張るニュージャージー、だが頬から滴る汗の量が彼女の余裕のなさを物語る。「『せんじょうの、りある』ね。そう言う事を軽はずみに口にするもんじゃないわ、自慢じゃないけどあたしや401や千早艦長が飛び込んだ戦場はこんなモンじゃなかった。三十隻以上の軽巡艦隊やら制御を失って暴走した大戦艦やら …… でもそんな修羅場をくぐり抜けて今まで生き延びてこれたのは『蒼き艦隊』全員の力があったから。あたし一人や401の力だけではどうしようもない状況でも誰かを犠牲にする事なくみんなで力を合わせて、皆を守り抜いて戦う。そうしてこその大きな成果なのよ …… いくらナノマテリアルでできたものだとはいえ、人の乗る乗り物を使い捨てるなんて事をきっとあの人は許さない」

「それを始めたのはあなたが元いた国の人間たちでしょう!? そんな国に生まれた子孫が今さら人道を語るなんてお笑い草もいいとこよっ! いい加減にその減らず口をやめないと ―― 」

「言われなくてもやめるわよ、そろそろ頃合いだし …… あ、そうそう最後に一言だけあんたに言っておくわ」

「なに? 」

「獲物を前に舌舐めずりは二流のやる事。一流ならば ―― 」

 その瞬間にニュージャージーの体は大きく揺れて跪き、爆発音の連鎖とともに艦の右舷で軒並み巨大な水柱が立ち上った。降り注ぐ海水に濡れそぼちながら何事が起ったのかと周囲を見回すニュージャージーの下に送られてくる大小様々なインフォウィンドウ ―― 八発の被雷。撃沈必至の状況にダメコンを機能させて事態の復旧を図るが彼女の本能がそう叫ぶ ―― 致命的だ。呆気にとられたまま動きの止まった艦の上でしゃがんだままの彼女に向かってタカオの辛らつな声が飛んだ。

「息も継がせず、仕留めなさい」

 

「 …… いつの間に、どこから」

「最初に言っておくけどニュージャージー、あたしは大戦艦級のあなたを一度も見くびってはいない。むしろこの状況に至るまでずいぶん神経と注意を払ったのよ? 観測機を使って攻撃してくるのを予測できなかったのは本音だけど、どのタイミングでこれを ―― 」

 タカオの艦体が何事もなかったかのように復元して海中へと没していた左舷側。発射口を外へと向けていた92式61cm4連装魚雷発射管二基が元の位置へと格納される姿が見える。「使おうかなと思案してたのは本当」

「まさか、酸素魚雷 …… ? 」

「そ、モデルはあんたが罵った大日本帝国謹製95式、全然見えなかったでしょ? 」にっこりと笑ったタカオが機関を始動させ、後ろに座っていたヒュウガへと目を向けると艦の制御の半分を担っていた彼女は大きなため息をつきながら額の汗を腕で拭った。全砲塔及び対空VLSハッチが集中した飛行甲板は全損、よく沈まずにいられる。「全く。彼女を油断させるためとはいえ少々大盤振る舞いしすぎじゃない? 任務遂行に支障はないけど ―― 」

「ありがとヒュウガ、あんたのおかげでなんとか行けそうだわ」

 

「待って、待ちなさいタカオっ」

 情報収集艦から撃沈判定が送られてきて全ての武装がロックされても必死で艦を操る彼女だがそうする間にもどんどんタカオは遠ざかっていく、よろよろとしながらも悲鳴のような罵声を浴びせるニュージャージーにタカオは艦橋のすぐ後ろにある見張り台へと躍り出て煽るような口調で言い放った。

「悔しかったら一生懸命追いかけてきなさいっ! もっともあんたが辿り着く頃には決着がついてるかもだけどっ! 」

 

                    *                    *                    *

 

「ニュージャージーっ!? 」

 情報収集艦を通じて送られたその結果にアリゾナが悲鳴を上げた。自らを歯車と戒めた偽りの外殻が剥がれ落ちて悲壮な顔を向けるのは昨日の夜の彼女だ、課せられた任務と助けに行きたいと心の底から湧きあがる切望 ―― 二律背反を硬い意志で封殺してアリゾナは尚も前方を逃げ続ける401の後を追う。

「あなたの仇は必ずこの私がっ! 」叫びながら更なる力を絞り出す彼女の重力子エンジンは臨界寸前、圧縮率がゲージを振り切って温度を上げた後方排気は海水を蒸発させて煙と見間違えるほどの水蒸気を噴き出した。多分タービンブレードには熱損耗によるクラックが入り始めているかもしれない。あとどれくらいこの速度が ―― 。

 “ それが一体何だというのだアリゾナ、しっかりしろ ”

「先生っ! 」

 教導艦隊旗艦の声が耳元で響いて挫けそうになる心を奮い立たせ、吹き荒ぶ風が彼女のスカートの裾を大きくはためかせて小さな体は巻き込まれて今にも飛ばされそうだ、だがそれでもアリゾナは揚錨機に手をかけて前のめりのまま動かない。

 

そして彼女の執念は数多の障害を全て排除して遂にその光点をセンサーの中に捕まえた。

 

「VLAハッチ開いてっ、アスロック射出! 目標401っ! 」全速で走るアリゾナの喫水線をわずかに水面下へと沈めるほどの激しい射出が巻き起こり、飛び出した弾頭はそのまま煙をたなびかせて全速力で彼女の前方へと突き進む。自分が書いたシナリオの序章をなぞり始めたアリゾナはそこでやっとフルリバースで速度を落として両舷の方向転換スラスターのシャッターを全部下ろして全方位へと対応を始めた。重力子エンジンの強制冷却が始まって金属が収縮する金属音をまき散らしながら全ての上部兵装が彼女の周りで生き物のように素早く動く、全神経を集中して三次元モニターへと視線を落とすアリゾナは光点が突如針路を変えてこちら側へと近付いてきた事を確認した。恐らく針路前方へと着水したアスロックに追われて引き返す事を選択した401、いきなり結末へとひた走る物語のフィナーレを締めくくるためにアリゾナは船を進行方向の真横に向けると左舷をいきなり懐中へと沈めた。「艦傾斜左舷40度! 全砲門開けっ! 」

 艦橋上部に設置されたFCSがソナーと連携を始めて射撃諸元を表示する、夾叉エリアが赤い縁で囲まれるとそこに踏み込んできた光点目がけてアリゾナの声が飛んだ。

「 ―― 撃ち方ッ、始めえっ!! 」

 

 圧巻ともいえる大戦艦級の一斉射撃で海が泡立ち光と水の乱反射の柱が12本、海中へと打ちこまれた大口径砲からの荷電粒子はほぼ一瞬で目標を貫通して海底へと突き刺さる。息をするのも忘れて事の次第を見守るアリゾナの目の前に火器管制から送られてくる射撃結果が表示され、その文言を見たとたんに彼女は歓喜よりも安堵のため息を漏らした。傾いた艦体を制御して再び海上へとその威容を現した彼女は全ての動力を最小位置へと押さえたままで南を向く、タカオに沈められて多分プライドをズタズタに引き裂かれているであろう妹の事を考えるとそれだけで素直には喜べない。

「この勝利はあなたのおかげよ、ニュージャージー。あなたがそこで彼女を押さえておいてくれたおかげで私は401に専念できた、だがら ―― 」

「 “ アリゾナっ! 何をしてるの、気を抜いちゃダメっ! ” 」

 

 感傷に浸っていたのもつかの間、現実へと引き戻したのはめったに聞いた事がないレキシントンからの叱責だった。報告が遅れた事に慌てた彼女が回線を開くとレキシントンはまるでアリゾナがそういう思いであろう事を見透かしたようにその間違いを指摘した。「 “ よく見てみなさい結果をっ、収集艦からの撃沈判定はまだ出ていない。何より武装解除を示す緊急浮上さえ401はしてないんじゃないのっ!? ” 」

「えっ ―― 」思わずピンを撃って海中に残る401の姿を探すとそこにあったのは撃沈判定で全電源を喪失したままゆらゆらと漂っている艦影、しかし。「 ―― アクティブ、デコイ」

 ぬか喜びに対する後悔と恐怖が生み出す狼狽が彼女の声を震わせた。「どうしてっ!? 確かにセンサーでずっと捕まえてたはずなのにっ!? 」

 

                    *                    *                    *

 

 彼女が罠にはめられたと知ったレキシントンから下る指示。「各艦この海域でASW継続、私はこれよりアリゾナの援護に向かいます」

 柄にもなく焦った彼女は言い放ちざまに対潜機を立ち上げる、材料(マテリアル)にはまだ余裕があるが時間がない。とりあえず五機のドーントレスⅡを雷撃装備で向かわせれば上空待機している五機も合わせて総勢十機、それだけあれば少なくとも401の仕掛けを潰してアリゾナが立ち直れるだけの時間は作れるはず。

 発艦準備の整った艦載機を背に再び甲板の先端へと向かう「レディ・レックス」、棚引く長い金色の髪よりも大きなC旗を振りあげ下ろそうとしたその刹那。

「 “ 海中より推進音多数っ! これはっ、ハープーンですっ!! ” 」

 腕が止まったずっと向こうの水面から立ち上がる八本の水柱、殻を脱ぎ捨てて炎と煙を上げた弾頭が空高くへと舞い上がる。「間にあわなかったかっ! 各艦対空防御っ、CIWS起動っ! 」

 

「さすが群像、完っ璧なタイミングだ」隠密モードを解除した白鯨Ⅲの戦闘艦橋内に活発な声が飛び交う、ソナー手の真瑠璃が繋いだリンクによって401のキャニスターの操作権限を手にした白鯨Ⅲは仕込まれた数の半分のハープーンを打ち上げた。アリゾナに気を取られて警戒がおろそかになった艦隊の不意を突く事などたやすい。

「レキシントン艦隊迎撃を開始しました、艦長の予想通りチャフ散布とCIWSで対応中」「あーマニュアル通りだとそうなるよなぁ」

 つくづくと言わんばかりに駒城は気の毒そうな声で言う。「ハープーンの迎撃手順はそれで間違いないんだがチャフを散布した事で各部隊との連絡や連携は途切れてしまう。そうなると後はもう自分の身を守ることで手いっぱいだ」

「翔像の息子とはいえとんでもない事を考える、これでアメリカ艦隊は完全に群像の掌の上だ ―― 駒城、そろそろ俺達も仕事にかかるぞ」艦長席に腰掛ける駒城の隣に立つ浦上が声をかけると彼は艦内マイクを手にとって口元へと当てた。

「達する、これより本艦はレキシントン艦隊をここで足止めするための作戦行動に移る。全員所定の位置に着座の上シートベルトを着用確認、操舵士。スーパーキャビテーション航行準備」

 

 艦体後部の長い尾ヒレがX型に組み上がって前方にある溝から透明な液体が勢いよく噴き出す。液体内圧の上昇に伴って沸騰する事で発生する泡をまとうことで抵抗を軽減するスーパーキャビテーション、ベルヌーイの法則を取り入れたロシア製魚雷の航走速度は約200ノット(時速340キロ)にも達した。ノーズコーンから吐き出される泡の中を走る事で異次元の速度を可能にしたその兵装は実現した時点で各国からの注目と興味を引きつけたがそこには最大かつ是正しようがない弱点が存在した、泡の中でこそ可能な超高速は言い換えればその中でしか発揮できないという事 ―― つまり現兵装のように誘導機能は装備できない。なにかの弾みで躯体の一部がその泡の中からはみ出しただけでもその部分は破壊されてスクラップになる。超理論でありながら致命的な欠点を有する夢物語、しかも潜水艦で採用しようにも貴重な酸素を消費してまで選択する技術ではない。ゆえに潜水艦はその持つべき役割を加味して艦の静粛性をいかに向上させるかという方向へと設計の舵を切った訳だが、そこでただ一人浦上だけはそれを諦めなかった。

 特許庁にすら申請できない画期的な軍事技術、海水中の炭素を分離して泡を生み出すキャビテータを生成する「グラファイトポリマー」。

 先端にある何本かの溝から吹き出す液体炭素が楔形に尖った前縁部を覆い、時速90キロまで増速するとその圧力で炭素分子がポリマー化してグラファイトの積層が形成される。その後補機であるロケットモータに点火すると更に高まる圧力で積層炭素ポリマーは一時的にカーボンファイバーの特性を得て超高硬度のキャビテータとして機能する仕組みだ。先端から発生し続けるマイクロバブルはその艦体形状も相まって常に艦全体を取り巻いて高速からの航路変更も可能。

 翔像のために寝る間も惜しんで考えた理論をもってしても操る人間の適性や力量でその結果は変化する、事実霧との戦いで先の二艦はその火力の前に屈して小笠原の海の底だ。だが駒城と言う稀有な才能と響をはじめとする有能な乗組員を得たこの白鯨Ⅲこそが、人類の英知の極致として君臨する最大の兵器なのだ。

「前縁部にグラファイトっ、キャビテータ形勢Lv1から2に移行中」「操舵士、ヴォルテックスジェネレーター展開。補機一番二番点火始めっ」

 その機能に責任を持つ浦上の指示が飛んだ途端に艦内を異様な音が包み込む、コンポジット推進薬に火がついて後方に流れる泡が煙のように渦巻いた。

「全員、衝撃に備えっ!! 」

 

 見失ったと思った光点が次の瞬間には別の所で光を放つ、CICでデータを拾うソナー手は耳をつんざくその音と非現実的な測定結果に混乱して声を失う。フリーズした艦の中枢から彼に変わって声を上げたのはその隣でこの部屋の指揮に責任を持つズムウォルトの副長だった。「敵潜加速っ! 現在推定100ノット更に増速傾向、約十秒でレキシントン直下にまで到達。魚雷じゃありませんっ! 」

 

 霧の船の一員としてその潜水艦の噂は耳にしていた。

 浸食魚雷でも追いつけないその加速性能と類稀なる深々度潜航能力、幾度も幾度も受け持ちの第2巡航艦隊が振り切られてロストしたという。その船を仕留めるために旗下のありったけの潜水艦と軽巡を並べて海が沸騰するほどの炸薬を使わざるを得なかったという事も。

 だが今は人類側の一員で配下に属するのは超兵器の一つも持たない普通の駆逐艦、光点と共に迫る自分の運命を悟った彼女は素早く最初の二機を甲板から押し出すとすぐに次の措置へと移った。「対潜VLA射出、艦隊陣形解除! 私の代わりはズムウォルトだ、彼の指示に従って絶対に敵をこの海域から出すんじゃないっ! 」

 相打ち覚悟で片っ端から打ち上げるアスロック、演算結果に基づく予測発射で突入位置の指示を打ち込むレキシントン。空中で変更される数値に幾度も首を振りながらそれでも彼らは彼女の指示した場所へと正確に飛び込んだ。ブースターが外れて一斉にアクティブを放ちながら付近の捜索を始める対潜魚雷群、だがその海中で光る目が遥か深度400メートルを飛ぶように向かってくる艦影を捉えた瞬間に白鯨Ⅲの動きが変わった。

 

「きゃあっ! 」のしかかる横Gの激しさにさすがの真瑠璃も悲鳴を上げる、安定翼とロケットモータのノズルによって急速反転した艦内は一時的に非常照明に切り替わるほどの衝撃に見舞われる。全身の液体と言う液体が片側に集められるような不快感と鼓膜に血液が集まる痛み、しかしその中で駒城は不敵にニヤリと笑いながら正面のモニターから視線を外さない。「おおっと可愛い声出してンじゃねえぜ子猫ちゃん、お楽しみはこれからだ! 」

「だれが子猫ちゃんですか誰がっ!? 」「Gメーター正位置に復旧、艦隊正面っ! 」真瑠璃が吠えかかって操舵手が叫ぶと同時に待ってましたとばかりに手元のマイクに指示を出す。

「1番2番低周波魚雷っ! 目標ズムウォルト直下、打擲深度100にセットっ! 」

 圧搾空気とともに水中へと飛び出したのは通常装備として使用されるMk48ではなく18式長魚雷、深々度での使用を可能にした日本が世界に誇る最新鋭の兵装だ。40気圧とスーパーキャビテーションが巻き起こす乱流に翻弄されながら有線誘導で上昇を続ける二本の槍は目標地点のすぐ手前で繋がっていた糸を切り離して自律航走へと移行した。

 

 いくつものアクティブに混じって先走るそのキャビテーションを探知したレキシントンは舌打ちを禁じ得ない。護衛艦隊を率いるにはあまりに大きな体と格、それをこれ見よがしに晒していたのも全ては敵の攻撃をこちらに引きつけるためだった。だがその謀すらも看破してこの艦隊の中枢へと刃を向けたそのセンスは名を知るに値する。「ズムウォルト、カウンターメジャーっ! 雷数二、そっちに向かったわっ! 」

 彼が沈めば自分はともかく護衛艦隊の対潜能力は激減する。最新鋭のC4Iシステムを搭載した彼女はいわば人間側の頭脳、意志決定を司るそれを失えば残った彼らが烏合となるばかりではなくこの演習時間内には立て直せない。それを自負するズムウォルトはレキシントンの言葉と同時に舷側から短魚雷を打ち出して囮を放った。欺瞞データを海中でまき散らしながら艦隊を後にする魚雷の騒々しいキャビテーションをヘッドホンで聞きとりながら駆逐艦のソナー手たちはほっと安堵の息を漏らす。

 だが。

 その魚雷が炸裂した瞬間に全ての様相は一変した。

 

「海が …… 吠えてる? 」

 甲板上で聞いたレキシントンが思わず呟くほど低くておどろおどろしい音、その正体を確かめようとウインドウを立ち上げた彼女の前に突きつけられた事実は衝撃的だった。「 ―― 何て、こと」

 普段使いのウインドウの代りに彼女の前へと現れたのはダメージレポート、彼女どころか全ての艦艇のセンサーが軒並みダウン。唯一の目であり幾重もの保護回路を持つソナーですら基盤を焼き切られて使用ができない。

「やってくれたな人間の船っ! 」

 歯をむき出して怒りをあらわにする本当の彼女の目が射殺さんばかりに波間の奥で息を殺す白鯨Ⅲへと向けられる。放たれた10Hzの低周波は電子機器を完全に無力化してその威力下にある全ての目標をただの的へと置き換えたのだ。

 これは、奴からの警告だ。

 一歩でも動けばただちに撃沈するぞと言う、傲慢極まりない。

 

                    *                    *                    *

 

 落し物を探すように慎重に、もと来た道を辿るアリゾナはしきりにディープスキャンを繰り返して401の艦影を捜索する。だがその周辺の海底はすでに深度1500メートル以下にあり十分な探知ができない、ぼんやりとしか像を結ばないモニターに焦りながらそれでも401が残したわずかな痕跡も逃すまいと感覚を総動員して海面下へと意識を向ける。

 

 

「 …… キャビテーション」

 目を閉じてヘッドホンから聞こえてくる音へと集中していた静が呟いた。「音紋照合、アリゾナ直上です」

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