蒼き鋼のアルペジオ -Ars Nova- Eingang 作:廣瀬 眞
瞼を透かして差し込む明かりは現実への帰還、いつの間にか概念伝達を覆った辺獄より戻ったイオナはゆっくりと目を開いて自分を照らす光の源へと焦点を合わせた。「! イオナっ!? 」
最初に飛び込む血相を変えた群像の影、そして肩を並べて覗きこむ静と杏平の心配そうな顔が無事に現実を取り戻した事を彼女に教えた。「 …… ここ、は」
「医務室だ、完全に気を失ってたから慌ててここに運び込んだ」「 …… ! あるば、コア とダーター ―― 」
二人と別れた最後の瞬間の叫びを思い出してなんとか起き上がろうとするイオナだが体が思うように動かない。「だめよイオナちゃん、まだ起き上がっちゃ。今はこのままじっとしてて」
「船の方は僧といおりがフツーに動かしてっから心配しなくていいぜ、今ンとことりあえず真珠湾に向かってる」
「アルバコアと、 …… ダーターは」
「残念だけど取り逃がしたわ」
ベットを取り囲む三人の肩越しに悔しそうなタカオが告げた。イオナが人事不省に陥ったと聞いてアリゾナはすぐに母港への帰還を決断した、目の前にいる仇をみすみす取り逃がす事に憤懣やるかたない風情を露わにしたタカオだったがこの若年の旗艦が下した判断の正しさを認めない訳にはいかなかった。群像の言うとおり霧の潜水艦二艦を対潜攻撃に疎い戦艦と重巡で仕留めるには明らかに役不足であり、返り討ちにあう公算が大だったからだ。それに姿も隠さずある意味堂々と立ちはだかったアルバコアとダーターが不気味に思えたという事も撤退を決めた要因だった。
「迂闊だわ401」
いつもの猫なで声とは打って変わって厳しい口調のヒュウガは二機のマジックアームに接続されたノートパソコンの画面を覗き込みながら、イオナに顔をそむけたままキーを打ち込んでいる。「概念伝達を使う事のリスクはあなたが一番よく知っているはず、そのやり方でコンゴウやヒエイを懐柔できたとしてもそんな危ういやり方が全ての霧に通用するとは限らないのよ ―― 甘い考えは捨ててしまいなさい」
「ヒュウガ、あたしは ―― 」
「命を落としてしまってからでは遅すぎると言ってるのよあたしはっ! 」モニターへと叩きつけるように吐き出した慟哭が彼女の思いの全てだった。「あたしを沈めた時のあなたはそうじゃなかったっ、ハルナとキリシマを倒した時のあなたはそうじゃなかった! 千早群像と出会って心を得てそれがよかったと思った事もあったわ、でもそのせいで死んでしまうというのならあなたが選ぼうとしている事は間違ってる。絶対にっ!! 」
凍りついたような沈黙が医務室を覆い、名指しされた群像と後の二人は悔しさに顔をゆがめて眼を伏せた。
忘れていたのだ。
彼らが人ではなく
「ごめん、ヒュウガ ―― 」「あやまらないでよっ! ―― 分かってンのよ、あなたにこんな事言っても無駄だってことくらい …… でもこの先あたしは何度こんな思いをすれば済むのかしら、そう考えるだけでやり切れない気持ちになるのよ」
「過去ログは見たわ」
肩を震わせて大きくため息をついた後にヒュウガはイオナの記憶に残された映像をマジックアームのモニターで再生した。「 …… これがアルバコアと、ダーター? 」
まるでホラーゲームの3D映像とおぼしき光景に一同の目が釘付けになる。この中で最も身近に修羅場を経験しているであろう静ですら眼鏡の奥の瞳を潤ませながら口元を押さえる。「ひどい …… こんなメンタル、モデル」
「彼女たちは ―― 死にたがってた」目を伏せて呟くイオナに全員の視線が向かう。「死にたがっていた? 」
群像の問いに小さく頷く。「彼女たちの鎖に手を伸ばした途端にアルバコアが私を ―― 」
「命懸けであなたを守ってくれた彼女に感謝するのね」イオナがしでかした浅慮な行いで彼女を死なせてしまった事を暗になじるヒュウガだったがもしかするとアルバコアに一番感謝しているのは彼女自身かもしれない。「その鎖って? 」
「わからない …… ただ見た事もない長い廊下の向こうからずっと伸びていてそれで彼女たちを縛り付けてたのは分かった。なにか、凄く恐ろしい力で」
「もしそれがはぐれ艦隊の正体だとしたら私たちの認識は根本から間違っていた事になるわ」
イオナがあの時発した『最後の総旗艦命令』にとって人類の根絶という頸木から解き放たれた彼らは己が自由意志によって未来を選択する事を『強制』され、そしてそれを選べないものたちが過去の命令に縛られたままいまだに人類側の船を襲っているものだと思っていた。そこには命令系統や統括意志など存在せずただ霧として植え付けられた本能のようなものに従って闘いを続けているものだと。
「少なくともアルバコアとダーターに関してはそれを従えている何かが存在している、それも彼らが生きているいないに関わらず自らの意のままに操る事の出来る腐れ外道のようなヤツが」
ヒュウガの見立てではイオナのプログラムやユニオンコアの状況などに不具合は確認されていないという、だが彼女はそれ以上何も言わずにマジックハンド二基を引きつれてその場を立ち去った。意気消沈する401のメンバーだったがそれを慰めたのはタカオだった。「大丈夫よ401、ヒュウガの事は心配しなくていい」
「でもヒュウガ、今まで見た事がないくらい怒って ―― 」「心配してるのよ ―― それと初めて後悔してるのかもしれない」
「後悔? 」不安そうな顔で尋ねるイオナにタカオは微笑んで頷いた。「あなたがそんなになって一番動揺してたのは彼女よ ―― あたしね、ヒュウガの下についてしばらく働いてたけどあんな彼女見た事がなかった。大戦艦級第2巡航艦隊旗艦を名乗った彼女がこんなちっちゃな潜水艦のためにおろおろして泣きながら呼びかけてるなんて」
「ヒュウガが …… あたしのために? 」
「ヒュウガがどうして自分の船よりあたしの方を先に復元したか知ってる? …… 彼女はあなたに思いあがってた自分もろとも沈められてすっかり自信を失ってるの。船はナノマテリアルがあればいつでも元に戻せる、でももしそれでもあなたの役に立てなかったらどうしようって ―― でもね、そんな自分の弱気があなたをこんな目にあわせたんじゃないかって。だから401に怒ってるんじゃなくってほんとは自分の不甲斐なさに腹を立てているのよ」
優しく笑ったタカオがイオナの頭をなでると無言で見つめるクルーをしり目に出口へと踵を向けた。「タカオ? 」
「行ってヒュウガを慰めてくるわ」扉の前で足を止めてあきれ顔で笑う。「どっちにしてもあたしの船じゃないと今のままじゃどこにも行けないし、それに彼女とは長い付き合いだから少なくともこの中じゃ誰よりも気持ちはわかってるつもり。たまにはあたしも元部下として上司の愚痴くらい聞いてあげないとね」
「素直に無事でよかったって言えばいいのに」
タカオが船に戻った時ヒュウガは艦橋の椅子に突っ伏したままめそめそと泣いていた。あれだけ盛大な啖呵を切っときながら陰ではそれかい、と。「いつものあんたらしくもない」
「 …… うっさいわねえ、ちょっとどっか行っときなさいよぉ」「残念ながらこの船の主はあたしなんだからどっか行くのはあんたの方、居させてあげるんだからありがたく思いなさい? それとも」
「その先は言うな」
「 …… ねえ」強い口調で拒むヒュウガにタカオが優しく語りかける。「あんたの力はあたしが一番よく知ってる、あんたが自分の船を元に戻さない理由も。千早艦長の推理が正しくてあり余るほどのナノマテリアルが手に入ったとしてもあんただけは絶対に断るでしょうね、でもほんとにそれでいいの? 」
「 …… 」
「あたしはあんたが今のままでサポートに徹する事はもう限界だと思ってる、いくら大戦艦級の演算能力を駆使してもあんたの大事なものを守るまでには手が届かない。だったらもういっそのこと ―― 」
「 …… イセと同じ事言うのね」突っ伏したまま呟いたヒュウガが顔を上げると自嘲の笑みが浮かんでいた。「分かってるわよ、そんなの自分が一番よくわかってる …… 横須賀で姉さまにまた負けてそして今度も助けられなかった、いくら頑張ってもあたしはいつも誰かや何かに助けられてばかり。じゃあ船体を元に戻してほんとの大戦艦級の力を発揮する事も出来るわ ―― でももしそれでもダメだったらあたしはどうすればいい? 」
それは彼女の存在理由に関わる大切なことだ。大戦艦として生まれ変わったプライドと掲げた矜持、超戦艦級を除く絶対不二の存在として霧の頂点へと君臨する彼女たちが負ける事など許されない。だからコンゴウやハルナ等一度401に負けた彼女たちがいまだに船の形をして大海原を闊歩している事を羨ましく思う。
「あたしね、まさか自分がこんな意気地なしだとは思ってもみなかったの。さっき姉さまの事なじったけどほんとはそれ、あたしの事なのよ ―― 旗艦としてみんなを束ねてる時にはあんたが沈んでも誰がいなくなってもこんなに悲しくなんてなかった、ああこんな事なら心なんて欲しくなかったって」
「そう? 」タカオがヒュウガの所に近づいて椅子の肘かけに腰掛けるとそっと肩に手を置いた。「少なくともあたしは今のあんたの方が気に入ってるんだけど。仲間が危ない目にあって血相変えて頑張るあんたのほうが」
「 …… なによぉ、それ慰めてるつもり? 」
「なんとでも ―― それよりこのままいつまでもグジグジしてる訳にもいかないんでしょう? あんなのが出てくるって言うんならこっちもなんか手を考えないと」
「 ―― 腐れ外道、ね …… そうね」呟いたヒュウガが顔を上げてラップトップを開くとそこにはまださっきの過去ログの画像が残っていた。解像度自体がイオナの動揺でやや不明瞭だがそれでもアルバコアを絶命させた棘やダーターを締め上げる鎖の力などはよくわかる。
「まずはこいつらの正体をはっきりさせないと。この海域に来たのは偶然なんでしょうけど見つけたからには逃がしはしない、姉さまをあんな目にあわせた落とし前をつけさせてやンなきゃ」
* * *
一番埠頭に蒼き艦隊が接岸した時最初にタラップを駆け出して近寄って来たのはアリゾナだった。心配というオーラが全身から滲み出た彼女は噛みつくようにイオナの体を抱きしめるとポロポロと大粒の涙を零した。
「よかったあっ! ほんとによかったぁっ! 無事でいてくれて、でなきゃあたしっ! 」それ以上は言葉にできずに肩を震わせて嗚咽を繰り返すアリゾナ。「ごめんアリゾナ、心配かけて。あとあなたにちゃんと実戦を積ませてあげられなくって ―― 」
「そんなのいいんですっ! 別に今日じゃなくったっていつかちゃんと敵を仕留めて見せますからっ! それよりもしもイオナさんに何かあったらあたし先生になんと言ってお詫びをすればいいか ―― 」
「先生? 」キョトンと尋ねるイオナに嬉し泣きでくしゃくしゃになった顔を上げた。「はい、あたしの先生です。生まれたばかりのあたしがちゃんと働けるようにずっとつきっきりで教えててくださったんですっ、今日もさっきこちらに到着して ―― 」
「 ―― よくはないだろう、アリゾナ」
聞き覚えのある声にイオナが埠頭の方へと目を向けるとそこにはコンゴウが立っていた。ビッグテールに結いあげた金髪と黒のロングドレス、特徴的な赤い瞳で彼女はイオナを見て微笑んだ。「こうして会うのはずいぶん久しぶりだな401、姿が見られて嬉しい」
「コンゴウっ、ひさしぶり」ほんの少し前までの不調はどこへやら ―― いや本当はまだ歩くのもやっとなのだが大きく頬を崩したイオナはアリゾナに連れられてタラップを降りた。すぐ後からタラップへと出てきたクルー達は旧知の人物の顔を見つけておもわず声を上げる。「コンゴウ? なんでこんなとこに? 」「コンゴウさんお久しぶりですっ! 」
ワイワイいいながら降りてくる彼らを出迎えて握手を交わすコンゴウの姿は本当に以前とは別人のようだ、人と交わるのも汚らわしいと言って毛嫌いした彼女が見せる社交的な振る舞いに驚いたイオナが目を丸くする。「なんだ? 」
「いや、前は群像ともそんなことしなかったのに自分から進んで握手なんて ―― 」
「今は各国の海軍と契約を結んで教導艦隊として指導している立場上、こうして人との社会に触れ合う事も多くなった。『郷に入っては郷に従え』という所だ ―― 久しぶりだ千早群像」
一番最後にタラップを降りた群像の姿を見止めた彼女がゆっくりと近付いて右手を差し出すと彼は迷わずその手を握って微笑んだ。「こちらこそ久しぶりだ、挨拶が遅れてすまない。元気そうで何より ―― 」
「久しぶりと言えばうちの艦隊の連中もついてきていてな、そいつらも貴様にどうしても挨拶がしたいそうだ。ぜひとも会ってやってくれ」
「うちの艦隊? 第1巡航艦隊が復活してるのか? 」「いや、今は教導艦隊と名乗ってはいるがいずれも貴様となじみの深い連中だ、顔を見れば ―― 」
鋭い風切り音と光が一閃したかと思うと病み上がりとは思えない速さでイオナが走る、群像の前へと突きだした手がしっかりと握りしめられ鋭い矢じりが彼の目の前で実体化した。「 ―― え? 」
度肝を抜かれた群像がへたり込もうとする足元でそうはさせじといくつのも火花が跳ね上がる、埠頭の地面を抉って弾けた銃弾は群像の背中にある案内看板にいくつのも穴を開けて港の海へと飛び去る。怯んで後ずさりをした所に鵺のような勢いで黒い影が迫って両手の刀を振りあげ、慌ててイオナが応対するとその間隙を縫って赤い服のメンタルモデルが手にした長物で一気に群像めがけて襲いかかる。
鋭い切っ先が殺気を込めて群像の頬を掠めて背にした看板へと突き刺さり、渾身の力で獲物を仕留めそこなった彼女は心の底から悔しそうに呟いた。
「チッ、外したか」
薙刀を看板から引き抜きながらヒエイは赤い眼鏡の奥で苦渋に顔をゆがめて群像を睨みつけ、他の連中はあまりの出来事に声一つあげられない。ただ一人イオナだけは群像とヒエイの間に割り込むと両手を広げてその不埒な行いに抗議した。
「わかるだろ? 」
「やめてヒエイっ! どうしていきなりこんな事 ―― 」「黙っていろ401っ! 千早群像っ、貴様よりにもよってコンゴウ様に精神攻撃を仕掛けるとはなんという卑劣なまねをっ! 」
「せ、精神、攻撃? おれが? コンゴウに? 」「とぼけるなっ! 貴様が401を使ってコンゴウ様に概念伝達を通じて精神攻撃を仕掛けた事は明白な事実なのだっ! あれ以来コンゴウ様はその話題を連想させる言葉に出会った途端に妙なスイッチが入って様子がおかしくなってしまわれるようになった、これのどこが精神攻撃じゃないと申し開きするつもりだっ!? 」
「あ ―― 」
…… イオナが『バグった』って言ってたのは、そういう意味?
「ま、まってくれっ! あの時イオナを止められなかった事は真に謝罪するっ! でも本当にそんなつもりは全くなかったんだ、信じてくれっ! 」
「この期に及んで命乞いとは浅ましい限りっ! 貴様も日の本の男子を標榜するというのなら見事この場で果てて見せよっ、このヒエイが貴様の介錯つきあってやるっ! 安心しろ、この『無骨』ならば貴様が痛みを覚える前にそのそっ首叩き落としてくれようっ! 」
「お前は鬼武蔵かっ!? それに『無骨』は槍で薙刀じゃないっ! あと敬語はどうした生徒会長 ―― ああもう突っ込みどころが多すぎて訳が分からんっ! イオナが子供ができるかどうか ―― 」
「あっ、バカっ!! 」
「ふ、ふふふ、フフふふふふっ、ンふふふフフふ」
突然不思議な含み笑いを始めたコンゴウがきょろきょろとあたりを見回すとすぐ隣で彼女の変化を不思議な目で見上げていたアリゾナをじっと見つめてからその両肩をガッシと掴んでしゃがんだ。「せ、先生。いったいどうした ―― 」
「ねえ聞いてアリゾナ。私ってもうおばさんなのかなあ? 」
「はい? 」「だってさ、401に子供どうやって作るのって聞かれても何にも答えられないんだよ? そりゃさ、私だってそういう事に興味がなかった訳じゃないんだけどやれアドミラリティ・コードだのやれ海洋封鎖だの無理難題ばーっかり押し付けられちゃってさぁ、そんなこと考えてる暇がないってのに見た目がこんなだからすっかり401にも差をつけられちゃったんだよぉ。おかしいよね? まだ私だって十分魅力的なはずなのに」
「せ、先生しっかりしてくださいっ! そんな事ない先生はあたしから見ても十分魅力的な女性ですっ。もっと自分に自信を持ちましょう、自信をっ! 」
「んー? 魅力的な女性が自信をもつ …… 女性が自信を ―― 女性自身、なんちゃってっ! 」
「ああああどうしよっ、先生がっ。先生がバグっちゃってますぅっ! 」
「ちーはーやーぐーんーぞーうーっ」わなわなと震えながらおろおろとする群像を睨みながらヒエイは大声で討伐から一歩距離を置いていた彼女の名を呼んだ。「ナチっ! ナチっ、すぐにお茶の準備をしなさいっ! フォートナムメイソンのダージリン、温度は75度で急いでっ! 残りのメンバーはすぐにテーブルと椅子を、早くっ! 」
「ふう」フォートナムメイソンのダージリンはほかの銘柄とは違ってどこか独特の香りがする、最初はとっつきにくいが慣れてしまうと癖になるところに彼女と相容れる物があるのだろうか? 「そうか、アリゾナが負けたか」
“ うわあ、今さっきの記憶全部なくしちゃってるよこの人 ”
大戦艦級の中でも旗艦が持つ膨大な演算機能の大胆なオンオフに思わず心の中で唖然とする群像だったが今目の前にいるコンゴウは確かに昔のままの彼女だ、使う言葉に細心の注意を払いながら群像は会話に耳を傾けた。「空飛ぶ401、ねえ …… 今更お前たちの非常識にはいちいち驚かないつもりだったがまさか空まで飛ぶとは」
「ええっ! 船が空なんて飛べンのっ!? すっげえ、かっこいーっ!! 」「アシガラ、だからと言ってすぐに真似しようとするんじゃありません。できっこないんだから」「ナチはすぐそうやってやめさせようとする ―― もしかしたらあたしのハイドロブースター全開にすればできンじゃないかなあ、宇宙戦艦なんとかみたく」「ハグロ、お前はアニメの見すぎだ。推力が全然足りん」
一の矢をみごと群像の眉間へと突きたてようとしたミョウコウが冷静な顔でそういうとちらりと群像へと視線を送ってポツリと呟く。「 …… 絶対当たってたのに」
「だそうだ、アリゾナ ―― 安心しろ。彼らには私も勝ってはいない、彼らの持つ柔軟な戦略思考と戦術理論に霧が追い付くまでには今しばらくの時間がかかる。それと今君の目の前に立っているこの男はもしかしたら人類で最も有能な艦長である可能性が高い、世界中の海軍と契約して実際に手合わせをしてみた私の、それが彼に対する評価だ」
「この方がそんな才能を …… ? 」
「私が401よりもある意味高く買っている部分だ。この男がいたから人類は …… いやこの男さえいなければ私たち霧がこれほど路頭に迷う事もなかっただろうにな」
人の悪い笑みを浮かべたコンゴウが静かにカップをソーサーへと鎮めた。
「で、何があった401? 」彼女のその卓越した観察眼から逃れられるものはいない、一目でイオナの不調を見抜いたコンゴウの視線が鋭い。「隠しても無駄だ、戦闘中に気を失った事はアリゾナから聞いて知っている。それにお前は嘘が下手だ、自分が思っているよりもな」
「勘づいてくれたンなら話が早いわ」そう言ってお茶会の席へと近付いてきたのはラップトップを小脇に抱えたヒュウガだった。思わず席を立って身構えるヒエイを片手で制したコンゴウが彼女をヒエイが空けた席へと誘う。「ちょっとあんたとヒエイに見てほしいものがあンのよ」
「私も? 」怪訝な顔で尋ねるヒエイを横目で見ながらヒュウガが頷く。「そ、はっきり言うならコンゴウ型の一番艦と二番艦が持つとんでもない演算能力を貸してほしいの。残念ながらイセ型の演算能力ではここまでが限界」
そういうとヒュウガはラップトップを開いてイオナが目にした概念伝達の記録を再生した、解像度を限界まで上げて鮮明になったその世界はより一層リアルが増している。コンゴウの肩越しに腰をかがめて見つめるヒエイのメガネの奥が勢い険しく変化する。
「これが『姉さま』が気を失った原因よ。画面に映ってるのはアルバコアとダーターのメンタルモデル ―― だった物、場所は姉さまの概念伝達の緩衝地点。二人の演算能力でこの映像から何が分かるのかを教えてほしいの」
ヒュウガの対象はあくまでコンゴウ型だけだったのだが興味を引かれたイオナ以外のメンタルモデルが一斉にコンゴウの傍へと集まった。興味深々で再生を促す一同の圧に押されたヒュウガが仕方なく再生ボタンをクリックすると画面にはイオナが見たあの光景が再び映し出された。
「 …… これ、マジ? 」能天気な吶喊野郎のアシガラですらそう呟くのがやっとのそれは全員の目を引きつけて声を奪う、わずか4、5分の時間だが席を設けた第一埠頭には異様な沈黙だけが流れた。
「見ているだけで胸糞が ―― 失礼、悪くなりますね」怒りをあらわにしたヒエイはそういうとすぐに帯を展開して演算を開始した。規律を範とし清廉潔白を是とする彼女にとってメンタルモデルが持つ概念伝達のイメージは犯すべからざる禁断の領域、それを穢されたとなればいくらいけすかない相手の物でも許す訳にはいかない。
「なにか分かるか、ヒエイ? 」コンゴウが尋ねると彼女は帯を閉じながら手元に浮かんだままの窓に記録された結果を見ながら報告する。「 …… ありとあらゆる負の感情、と言いますか特に憎悪とか怨念というものを真っ先に感じます ―― 私たちにもそのファクターはあるのですがそれとは全く異質なものです、なんと言うか …… 何に対して恨んでいるのか分からない『魑魅魍魎』に似たものかと」
「そのはけ口を401に求めた? それとも彼女の持つ『何か』が奴らを引き付けたのか …… というのもここは巧妙に似せてはあるが401の緩衝地帯ではないのだ。つまり奴らは401がくれば必ず概念伝達を使って話をしに来ると言う習性をあらかじめ知っていて罠を仕掛けた感じだ ―― アルバコアが犠牲になって事なきを得たが」
「罠? 」イオナが尋ねるとコンゴウは視線を送って頷いた。「恐らくだがこの二人の体に巻きついている鎖 ―― ここから最も強い波動が流れている、もしお前が不用意にこれに触っていたのなら全員もろともにこの二人と同じになっていたかもしれない」
「って事は俺達も死にかけてたって事なのかよぉっ! 」叫んだ杏平も含めて背筋が寒くなるとはこの事なのだろう、済んでの所に命拾いした401のクルーは全員一様に身震いした。「かもしれない、だ。この映像からではそれくらいの事しか分からんという事だ ―― だか少なくともこれからはこの機能の使い時をはっきりと見定めなければならない、いつまたどの機会に罠が仕掛けられんとも限らんからな」
* * *
第一埠頭に横付けされた旗艦コンゴウをはじめとする教導艦隊の壮大な艦影を前に群像はコンゴウに尋ねた。「もう出るのか? 」
「貴様たちとゆっくり語り合いたいのは山々だがここに来たのはリムパックの結果が知りたくて立ち寄っただけでな、すぐに次の契約先へと向かわなければならない。それに ―― 」コンゴウが肩越しに後ろを振り返ると霧の船五隻という威風堂々とした光景に気づいた地元の住民がわらわらと集まり始めていた。「ここには各国の海軍が集まっているのだろう? 下手に長居して連中に絡まれては敵わん、アリゾナとはまた近いうちに今回の結果を踏まえたうえで演習計画を組む事にしよう」
「はいっ! 先生またよろしくご教授お願いしますっ! 」
にっこりと笑ったアリゾナが手を差し出すとコンゴウやヒエイ達が微笑みながら代わる代わる握手を交わす、その光景だけでもこの少女がどれだけこの鬼より怖い教導艦隊のお眼鏡に適っているかが分かる。手を振りながらそれぞれの艦に取り付けられたタラップを渡ってその姿を消したかと思った刹那、突然コンゴウが何かを思い出したかのように舷側へと取って返して群像に呼びかけた。「千早群像」
「? どうしたコンゴウ? 」
「一つお前達に警告だ、最近赤道付近のある海域で妙な噂が流れている」「赤道付近? 」
「そうだ、どうもその海域では最近になって霧の船の活動が活発でな、あのあたりの国の船が何隻も行方不明になっているとの事だ。貴様たちなら心配はないと思うがとりあえず用心に越した ―― 」
「 ―― まて、コンゴウっ」
血相の変わった群像の雰囲気に一同が振り返る、だが彼はまるで切羽詰まったような表情で艦上のコンゴウを見上げた。「 ―― それは、どこだ? 」
「? ソロモンだ、ガダルカナルの北。
まるでコンゴウの声を遮るかのように鳴る衛星回線のコール音、何事かと驚いたイオナが慌てて開くとその画面に映ったのはピンクのクマのぬいぐるみだった。「? ヨタロウ? どうしたの急に? 」
「 “ …… ああ、くそっ! やっと繋がったか401っ! ” 」見た目の愛らしさとはかけ離れた厳しい口調が画面から吐き出される。「 “ 緊急事態だっ! 正体不明の敵から攻撃を喰らって現在海域から全力で離脱中っ、もうすぐミッドウェー付近に到着予定っ! 大至急救援をっ! ” 」
「落ち着けキリシマっ! 何があったっ!? 」
「 “ だから言ってンだろっ!? 敵に襲われて現在遁走中だ ―― たのむっ私一人じゃどうにもならない、ハルナと蒔絵をっ! ” 」
回線を繋ぎっぱなしでイオナが走る、その後を追ってクルーが一目散に船へと駆け出すとイオナの耳元でキリシマの悲鳴が迸る。
「 “ たすけてくれっ!! ” 」