蒼き鋼のアルペジオ -Ars Nova- Eingang 作:廣瀬 眞
「 “ 群像 ” 」その声質だけでイオナが緊張しているのが分かる。「 “ 島の周囲に重力振反応、まるで泡みたいに増えてる ” 」
風のささやきのようにどこからともなく響いてきた声と同時に起こった状況の変化は決して無関係ではないだろう、自分と距離を取って対峙するヌイグルミへと視線を送った群像の表情が険しくなる。「どういうことだキリシマ? 」
「 …… こうでもしなければお前達にハルナと蒔絵を預けられなかった。奴らの狙いは私を囮にしてもっと多くの船を沈める事、だが安心してくれ。自分の不始末の責任は自分で取る」
「責任を取る? 」
「私が必ず401の道を作る、包囲網に穴があいたらお前たちはそこから抜け出してタカオと合流してくれ。401とタカオの火力ならば奴らもそうそう手が出せまい」
「 …… 君はどうなる? 」睨みつけて問い詰める群像の圧に押されたキリシマが自分の船へと視線を逸らした。「 …… いっ、言っておくが死ぬつもりなんてこれっぽっちもないからなっ。最悪コアだけになってもここの水深はせいぜい二千メートル足らずだ、救難信号だけは出しておくから奴らがいなくなってから回収してくれれば大丈夫。だからお前たちはそんなこと気にしなくていい」
「ハルナを沈めて君をここまで追い込んだ敵がそれで簡単に諦めると、本当にそう信じてるのか? 」
「 “ 群像、キリシマは重力子エンジンを暴走させて自爆するつもりだと思う。それではコアは絶対に無事じゃ済まない ” 」
イオナに図星を指されたキリシマの肩がびくりと震える。「よ …… 401、余計な事を言うんじゃないっ。お前達にやられても生き延びた私がそんな事 ―― 」
「本当なんだな? 」「や、だから私は死ぬ気なんて ―― 」
「! 本当なんだなキリシマっ! 俺の目を見てもう一度言ってみろっ!! 」突然跪いた群像がヌイグルミの肩を掴んで自分の目の前へと近付ける、激しい口調と怒気に晒された彼女は俯いて観念した。「 ―― そうだ」
「なぜだっ、どうして諦めるっ!? まだ負けた訳じゃないのにっ!? 」「状況をみろ千早群像っ! ハルナはともかく蒔絵の容体は一刻を争う、最も手っ取り早くて最も生き延びる可能性を探せばそうせざるを得ないんだ! お前だってそのくらいの事はわかるだろうっ!? 」
「わかったからと言って納得なんでできるものかっ! そんな選択に何の価値がある? だめだキリシマ、君の答えは間違ってるっ! 」
私たちはこの世界に現れたその瞬間から闘いを生業にすることを義務付けられて、撃沈や消滅 ―― 人で言うところの『死』の概念もそのパッケージの中に含まれている。この男に沈められたあの日自分は確かにそれに逆らって「生きたい」と願った、だがそれは自分自身の弱さが招いた汚点だと今も思っている。
だが目の前に立つこの男はそれを真っ向から否定した、あまつさえ怒りを露わにして兵器としての自分が全うしなければならない運命でさえ認めようとはしないのだ。今まで見た事のない激情と形相に思わず奥底にある感情が高ぶって声を失う。
「いいかキリシマっ、蒼き艦隊責任者として旗下艦に命じるっ! 君の意見は絶対に認めない、断じて却下する! 」
「だがどうするというのだ!? ハルナや私を襲ってきた敵は想像以上の数でそれを指揮する船はいまだに正体すらつかめない、おまけにこっちは兵装の三分の一を失った戦艦と潜水艦一隻っ、しかもどちらも虫の息だ! あいつらの飽和攻撃を喰らって両方が生き残れる可能性なんてないにも等しいっ! 」
「 “ 大丈夫、キリシマ ” 」
目の前で怒りに震える群像とは対照的な穏やかな声が彼女の耳朶をくすぐって、それはまるで鎮静剤のように彼女の昂奮を和らげる。それは彼も同じなのだろう、根拠のないその呼びかけは彼の表情から険しさを取り除いた。
「 “ 今の私たちには群像たちがいる、必ず勝てる ” 」
* * *
「どうだ状況は? 」 キリシマを見送った後に艦橋へと戻った群像は席に着くなり情報を収集し始めた。イオナに買いかぶられすぎている感は否めないが彼女がキリシマをそう説得した以上最善の結果は引き出さねばならない。メインモニターの脇で大きく拡大された水上レーダーには自分達を取り囲む敵の配置が点どころではなく真っ赤な円として表示されている。
「見ての通りです艦長。まるでザトウクジラのバブルネットみたいですね」「俺達を鰯かオキアミと間違えてねえか? ああ、いやだねえ。数でなんとかなるって考えンのは霧の悪いところだっての」
「重力振反応はおよそ100で頭打ち、艦種第二次大戦時に製造された米海軍PTボート」
「全長20メートルの小型艇ですが洋上速力は最大40ノット、Mk13魚雷落射機4門が標準装備ですが製造時期によって兵装が異なります。もし
「魚雷が少なくなればキリシマへの火力は抑えられる、それに元々潜って戦う気なんてこれっぽっちも考えてないしな」
群像の言葉にイオナも含めた全員が思わずへっ? と驚いて振り向く、だが彼は彼らの反応にも平然として艦内マイクを開いた。「いおり、機関の様子は? 」
「 “ 生き残ってる主機を再調整しても出力は半分強、使えて第四戦速まで。ただし洋上戦闘ってンなら主砲は普通に使えるよ ” 」「静? 」「 “ 今輸血を始めたところで容体は落ち着きました、ただ意識は戻らないのと血液パックの予備が足りません。一刻も早く本格的な処置をしないと ” 」
「わかった ―― 聞いての通りだキリシマ、できるだけ早期に決着をつけてタカオと合流したい。そこで聞きたいんだが横須賀で俺達と会敵する前に護衛艦に使った電撃兵装はまだ使えるか? 」「 “ SGLU(艦対地雷撃ユニット)のことか? まだ無傷で残ってはいるが ―― ” 」
「それを使って敵の包囲を薄くする、準備しておいてくれ ―― やるぞイオナ」「うん」
センターコンソールにぺたりと座りこんだイオナが演算領域を拡大する、全兵装のチェックが終わって一斉にアクティブコールが表示された事を確認した群像が普段通りの声で告げた。
「全艦戦闘配備。機関始動両舷半速面舵一杯、針路180.艦首主砲展開砲撃位置に固定っ」
中心にある401とキリシマの位置表示が変わる度に包囲の輪もそれにつられて移動する、だがほぼ真円を保っていた赤い線が微妙に崩れたその瞬間を群像は見逃さない。「百隻の大軍を指揮するのにどれだけの上位艦艇が必要なのかとは考えていたがこれではっきりした ―― 401からキリシマ、イオナと協力して今の状況から最も包囲の輪が歪んだ場所を探してくれ。そこが最も敵の指揮艦から遠い場所だ」
「 “ 了解、演算領域コンバインド。401との同調確認 ―― あったっ! ” 」
「針路修正145、取り舵5度 ―― 群像」「主砲斉射準備、照準点座標145.002。上下角マイナス0014 ―― 撃てっ! 」
同時に放たれる荷電粒子の五本の束が接近する事で発生する引力と斥力が交互に混じり合って巨大な螺旋に変化する、一点へと集中したその巨大なエネルギーは対象に命中した瞬間に混じり合う事で巨大な火球を生み出した。荷電粒子同士の激突によって発生するプラズマ ―― 電磁誘導によるゼーベック効果は火球の内部を鉄をも蒸発させるほどの灼熱へと変える。
「敵消滅多数 …… すげ」手元のモニターに表示される損害評価に驚く杏平をしり目に矢継ぎ早に群像の指示が飛ぶ。「キリシマ、最大出力でSGLU射出っ。サプレッシングモードっ! 」「座標点修正144.784」「 “ 了解っ! ” 」
火球によって生み出された熱が一瞬で海を蒸発させて大きな穴を開け周囲の海水がそれを埋めようと懸命に押し寄せる事でアリ地獄に捉えられたアリのように引きずり込まれる無数の魚雷艇、その頭上へと到着した雷撃ユニットは円状に展開したかと思うと一斉に雷撃を対象範囲へと解き放った。量子コンデンサに蓄えられた300万ボルトは通電体である水を介して周囲へと伝播し、踠き苦しむ敵とそうでない敵もろとも海上から消し飛ばす。
「対象地域の敵約3分の1まで減少 ―― キャビテーション、雷数50。タナトニウム反応確認、後方より本艦に接近中」
イオナがちょこちょこと後ろ手で手を動かすとクラインフィールドが展開した事を示す黄色いヘキサが彼女の背中に浮かびあがる。「杏平、後部一番2番ホームガードっ! キリシマの防御の負担を少しでも減らせっ」
「 “ 大きなお世話だ千早群像。こう見えても大戦艦、お前たちごと守ってやるっ ―― ソレノイドプランジャー作動、電磁グリッド展開艦底防御っ! ” 」
艦橋上部に設置された小さな傘から放射状に放たれる黄色い光が海中に大きな緑の花を咲かせた瞬間にその周囲へと近付いた全ての浸食魚雷が自爆する。クラインフィールドとはまた別の、電気に特化したキリシマ独自の特殊兵装で霧の武器だけではなく電気を使った全ての兵器がこの機能の前では全くの無力だ。
「これは便利ですねぇ、フィールドを消費せずに防御ができるなんて」感嘆の声を漏らす僧に向かって得意げなキリシマの声が聞こえる。「 “ 突発的でなければこれで十分だ、持続効果はないが防御範囲はクラインフィールドよりも広い。とはいえ貴様たちに沈められた私がそうそうでかい口は叩けんが ” 」
「ありがとうキリシマ、これで後ろを気にしないで前だけを叩ける ―― もう一度やるぞっ、次で一気に決める! 」
炸裂する集中砲火が水平線から浮かんだ朝日にも負けない輝きを海上で放つ、再び始まる葬送の業火に包囲陣は崩壊した。堪りかねてぽっかりと空いた穴を見つけた群像はすぐさま全艦へと指示を飛ばす。「今だっ! キリシマは全火力を左舷に集中、残った連中に穴埋めさせるなっ。杏平フルファイア、サイドスロットも右舷の敵に叩き込めっ! 」
出せる限りの速度で前進しながら左右へと砲門を向ける二艦の火力は凄まじく、なんとか足止めをしようと試みる魚雷艇の群れを反撃する暇すら与えずに鎧袖一触で吹き飛ばす。自艦の位置座標がレーダー画面上で赤い壁を突破した事を確認した群像はイオナとキリシマに命じた。「イオナ、ベント開けっ。ダウントリム30深度100、急速潜航っ! キリシマはこのまま12時方向最大戦速っ、ただちにこの海域を離脱しろっ! 」
海上の喧騒から逃れた401の艦橋にいつもの静けさと緊張から解き放たれたクルーの大きなため息が戻ってくる。背もたれに体を預けて水上モニターへと視線を送る群像の目にはすでに大きな危機は去ったように思える、思わずイオナの方を振り向くと同じようにこっちを見つめている彼女と視線が合って、お互いに会心の笑みを浮かべた。
「 “ ほんとにあの窮地を切り抜けるとは …… すまない千早群像、私が返すべき借りがどうやらもう一つ増えてしまったようだ ” 」それはどこか照れ臭そうで恥ずかしそうなキリシマの声だ、イオナと群像は同時に愉快そうな微笑みを浮かべると今は上に行き別れた船の影を見上げた。「そんなこと気にしなくてもいい。それより帰ったら聞きたいことが山ほどある、蒔絵が回復するまで君はハワイに係留される事になるがそれは我慢してくれ。ここの所無理ばっかりお願いしていたからな、いい骨休めだと思ってくれれば ―― 」
「! 群像っ! 艦後方6時の方向に重力振 ―― これはっ!? 」
「!? 超重力砲発射シークエンスっ!? 」
その強大な反応を同時に探知したキリシマがすぐさま面舵を一杯に切る。「401取り舵だっ! 左右に別れろっ! 」大きく左に傾く艦橋で舵輪につかまりながら窓の外へと目を凝らすと遠く離れた水平線で異様な黒い輝きが迸る、海を割って奔るそれは回避運動中のキリシマの艦尾に命中した。大戦艦級が張るクラインフィールドをいとも容易く突き破って本体へと到達したエネルギーフィールドは一瞬でキリシマの艦尾を根こそぎ奪い取る。
「くそっ、艦尾大破っ! スラスタと動力伝達ユニット全損、ダメージコントロールっ! 」
生き残りのナノマテリアルをやりくりしてなんとか浸水個所をせき止める彼女だったが送り狼と化した敵の攻撃は辛辣を極めた、背後から接近するMk13航空魚雷を電磁グリッドでなんとか防ぐ彼女だったが上空より飛来する対艦ミサイルへの対応には演算処理が間にあわなくて後手に回る。ハイアンドロウの飽和攻撃でキリシマの船体は一瞬のうちに業火に包まれた。
「 “ キリシマっ!? ” 」「やっぱり私はここで敵の足止めだ、行けっ401っ! 私に構わず蒔絵とハルナをはやくっ! 」応急舵を海へと放り投げて惰性の残っているうちに回頭を済ませようとするキリシマだがその間にも敵の執拗な攻撃は続く、臨界寸前のクラインフィールドを巧みに操りながらミサイルの雨を掻い潜る彼女に再び群像の声が飛んだ。
「 “ やめろキリシマっ! 今俺達が君の盾がわりに ―― ” 」「来るなっ! 来たところでどうせもう間に合わん、それにお前たちまでやられたら私は犬死だ! そんな後悔を私にさせるな千早群像っ! 」
舳先を真っすぐ敵へと向けて狙いを定める一番二番、生き残っているVLSのハッチが一斉に立ち上がって白い弾頭が顔を出す。荷電粒子が臨界を示す小さな稲妻が甲板を走る中、キリシマはかぶり物の頭を取って素顔を晒した。栗色の髪を汗で額に張り付かせたまま彼女は微笑みながら背中合わせに離れる401へと語りかける。
「ありがとう千早群像、401。私たちを助けに来てくれて …… すごくうれしかったぞ。今の私にはこんな事しかできないがこれがせめてもの恩返しだ、ハルナと蒔絵の事をよろしく頼む」
レーダー画面を睨みつけたまま微動だにしない群像に残された彼女の遺言、だが彼は歯を食いしばって抗う事を止めない。敗北へとまっしぐらにひた走る未来を覆すために脳の中にある全ての記憶と経験をひっくり返してあるかどうかも分からない細い糸を探し続ける。そしてその努力はレーダーの隅についに姿を現した青いIFF信号によって一つの可能性を彼に示した。生き残るために必要な最後のパーツ、それは群像の頭の中で迷走を繰り返していた一本のシナリオを瞬時にまとめ上げる。
「 “ 間に合ったっ! 千早艦長っ! ” 」
「タカオっ! 」勝利の女神の呼びかけに思わずシートから腰を浮かせる群像、重く立ち込めた黒い霧を振り払うその声に艦橋は一気に活気を取り戻す。「イオナっ、
「がってん」
無表情で頷くイオナだが周囲を取り巻く演算サークルの速度が彼女のやる気を物語る、フルアクティブで立ち上がる火器管制の戦闘表示を確認した群像は自分の組み立てたストーリーの結末に向かってその一歩を踏み出した。「これより本艦とタカオはキリシマ救出作戦に入る、タカオは推進系統を失ったキリシマを曳航して戦線より離脱。401は殿で敵の追撃を阻止するっ! 」
「 “ ば、ばかか貴様はっ!? そんな危険を冒してまで私に救う価値などないっ! いいからお前たちはさっさとここから ―― ” 」「 “ あーもーうるさいこのガラクタ。いいからあんたは素直にドナドナされて大人しく帰ンなさいって ―― ほれタカオ、さっさとあのビリビリ馬鹿に曳航ケーブル撃ち込んで ” 」
なおも喚き散らすキリシマを無視して速度を上げたタカオが銛先を彼女の艦首フェアリーダーの狭い隙間に突き通す、展開したダブルウィングががっちりと金具に噛みこんだかと思うと一杯に取り舵を切った。「 “ 艦長はあんたを絶対に連れて帰るって『命令』したの、わかる? だからもういくら死にたがっても無駄、それがいやだっていうんなら生き残ってから堂々と彼に自分の不満をぶつけるといいわ。きっと彼なら ―― 」
『 クスクス、このまんまココからニゲられる、とでもオモッテる? 』
戦場の全てに伝播する冥い音が蒼き艦隊の心に暗い影として忍び寄る、だがヒュウガも認める臨戦モードのタカオにそんな物が通用するはずがない。カチンときた彼女が全身に怒りを露わにして会話に割り込んできた邪魔者を一喝した。「人がしゃべってんのに部外者がズケズケとしゃしゃり出てくンじゃないわよっ! 代わりにこれでもあげるからあんたはそれで遊んでなさいっ、VLSローンチフルファイアっ!! 」
甲板上の全ての発射管が開いたかと思うと海底火山の噴火を思わせるような爆焔と閃光、ある意味大戦艦を凌ぐ密度の対艦装備が朝日を背に後方の魚雷艇群へと向けて唸りを上げる。「ほらあんたもまだ弾残ってンでしょ!? ありったけ撃ち尽くしてただでさえ重いその図体を少しでも軽くしなさいよ! ハワイに戻った時一発でも残ってたら承知しないんだからっ! 」
霧の船三艦による
「待ってましたっ! 」イオナの報告に嬌声を上げて金色のクラインフィールドをキリシマの後ろへと展開するヒュウガ、横須賀の時とは違って完全な形で気力体力ともに充実した彼女の防護壁はいともあっさりとキリシマの後部をむしり取った黒い刃を空に向かって弾き飛ばす。「フィールド稼働率70%。あんたの名前は知らないけれどこれで艦種だけはわかったわ ―― 千早群像っ! 敵の正体は戦艦じゃない、艦種重巡洋艦と識別っ! 」
『 フフ、だがわかったからとイッテいつまでもにげきれるトデモ? こちらのフネはいくらでもうみのそこカラわいてくるのサ、むだなコトはやめておとなしくわがアルジのニエとなりナヨ 』
速度を生かしての魚雷艇群の追撃をクラインフィールドで受け止めながら艦後方に設置された25mmが寄りつく敵をなぎ倒す。だが敵の言うとおり後から後から増えていく光点は留まる事を知らず、敵のマークを振り切る術さえ思いつかない。「このまま消耗戦に持ちこまれたらこっちに勝ち目はない ―― ヒュウガっ、ハッキングで敵の指揮系統を混乱させられるかっ!? 」
ハード戦で不利ならばあとはソフト戦で優位を得るしかないとヒュウガに対処を持ちかける群像だったが、その意外な回答には群像だけではなく401の全員が目を丸くして驚いた。「 “ えー? やだぁ、あたしあんな気持ち悪いモン触りたくなーい ” 」
「 “ ちょーっ、ヒュウガっ!? なによその言い方っ、ふざけてる場合じゃないんだけどっ!? ” 」唖然とする艦橋に変わって機関室のいおりが思わず不満の声を飛ばすが言われた方はどこ吹く風だ。「 “ だってぇ、あんなゾンビみたいな連中ハッキングで止めてなんか悪い菌でも移ったらそれこそ仕掛け損じゃない? 人間の言葉でなんつーの、『ミイラ取りがミイラ』だっけ? あたしそんな目にあいたくなーい ” 」
「 ―― つーことで」ふざけた言い回しでやんわりと群像の命令に異を唱えた彼女の目に揶揄の色は全くない、それどころか全員がここを抜け出すためにもっと広域での戦術展開を画策していたのは蒼き艦隊の参謀を自他ともに認める彼女の頭脳だった。「あんたが異様に守りの堅い重巡だってことはわかった、おまけにとっても頭の悪いこともね。対艦ミサイルの雨くらいじゃあんたのやる気は削げないみたいだけどこれならどーよ? 」
背中で受けるその迫力に思わずタカオがぞっとする、攻めに徹して本気を出すかつての旗艦の逆鱗はいかなる船も沈黙させる。席から立ち上がりざまに回線を開いて指示を出すその声は昔の彼女のものだ。「ヒュウガより両艦に伝達、座標267001、024581っ、砲撃開始っ!! 」
蒼穹を切り裂く高周波の絶叫と遅れて届く水平線の向こうで鳴り響く重低音の雷鳴。ユニゾンで自分達の頭上を飛び越える音がはるか後方に舞い降りた瞬間に起こる瀑布と見紛うほどの巨大な水柱。何事かと慌てて水上レーダーへと目を向ける群像にイオナが告げる。「前方より航空機が本艦に接近中。所属米統合海軍北米艦隊、機種OS2U」
「え? 」予想外の展開に思わず声を失う彼の耳に響く通信音声。「 “ こちらはニュージャージー所属キングフィッシャー偵察機二番機、刑部博士と戦艦ハルナのコアを受け取るために貴艦に接近する、許可されたし ” 」
真珠湾で聞いたその声に群像は思わず昂った。「ニュージャージー、来てくれたのかっ!? 」
「 “ 来ちゃったわよ来ちゃわるいっ!? とにかく話は後、今からそこに横付けするからすぐに彼女たちを乗せてっ! あたしたちの後方でレキシントンが医療スタッフガン積みで待機してるからそこまで連れてくっ! ” 」
「静っ! 蒔絵を連れて上甲板へっ! 俺も今からそこに行く。艦の指揮は僧に任せる、杏平っ絶対に奴らを偵察機に近づけさせるなっ! 」「よっしゃあ、まかせとけっつーの! 」
戦場の荒れ果てた海原を急降下旋回から超低空で侵入してくるその偵察機は401の起こす引き波を蹴散らしながら洋上航行へと移行する、第四戦速からびた一文負けられない航行速度を維持した潜水艦とのランデブーは常識で考えて尋常ではない。おまけに航空兵力の排除に関してはタカオの水偵を二機とも立て続けに墜とすほど敏感に反応する、果たして群像と静が上甲板へと足を踏み出したのは魚雷艇から放たれるパルスレーザーとこちらの25mmの火線が交錯している真っ最中だった。当たれば即死の傘の下を果敢にくぐり抜けたキングフィッシャーは速度合わせをするより先に係留索を打ち出して船体の手すりへと巻きつけ、自らウィンチを回して司令塔側面へと近付く。
「! 危ないっ ! 」静の叫び声と同時に傷だらけになった一艘の魚雷艇が肉薄して機体に体当たりしようと試みる、だがまさに接触しようとしたその瞬間に14cmレーザー砲が目にも止まらぬ速さで旋回して一撃で船体を四散させた。踊るように銃座を回転させる杏平とイオナのタッグは思わず見とれてしまうほどの連携であっという間に周辺を硝煙弾雨の世界へと導く。
巡航速度についてくる偵察機のプロペラが潮を絡めて後方に渦を巻く、不安定な動きながらも必死で平衡を保つ機体のコックピットがまるで今しかないとばかりに大きく開いてナノマテリアルのタラップが401に接続される。「艦長ハルナちゃんをっ! あたしが連れていきますっ! 」ハルナのコアを群像からひったくるように受け取った静が見事な身のこなしで一気にタラップを渡りきると水しぶきに塗れながら輸血パックに繋がれたままの蒔絵とハルナをシートベルトに固定した。
「ニュージャージーさん、二人をお願いしますっ! 」パンパンと機体を二度叩いて合図をするとすぐにコックピットが閉じてプロペラの回転が上がる、静が駆け戻った瞬間にタラップが消えて係留索がパージされるとキングフィッシャーは頸木から解き放たれた獣のように一気に前へと躍り出た。キリシマの引き波をジャンプ台代りに機首を上げる機体がふわりと離水すると水面ギリギリで加速して先行する二艦の脇を駆け抜ける、安堵の笑みとため息をつく二人に見送られながら蒔絵とハルナを乗せた偵察機は一路レキシントンの待つ東の海上に向けて大きく高度を上げて遠ざかった。
「二人の保護を確認っ! 全力射撃いつでも行けるわアリゾナっ! 」
「旗艦からニュージャージー、
アリゾナの持つ 『旗艦殺し』の能力はヒュウガの導きで確実に敵の実体をそのレーダーの中に捉えた。一度捕まえたらどこへ隠れようと逃しはしない、全力でジグザグ航行をしながら海域へと近付くアリゾナ35.6cm12門・ニュージャージー40.6cm9門の主砲が一斉に火を噴いた。更にニュージャージーの
ニュージャージーからの命令にアクロバット機動で急上昇するトマホークが敵の魚雷群の真上から真下に向かってノーズコーンを解き放ち、一発につき166個の仕込まれていた小さな断片化ユニット弾頭をスプレー状に吐き出した。広範囲に散布されるその小弾体が持つ役割はフラグメント・デトネーション、喰い込んだ弾頭が破片化する事で目標を内部から一気に粉砕する。敵の重巡から突出して艦隊を追いかけていた魚雷艇の群れに狙い澄ましてのその一撃は炸裂した瞬間に海を泡立たせて更地に変える。
あまりの威力に目を見張る401のクルーの前で次に起こるその光景は自分達が勝利したアリゾナの本気だ、遮るものを失ってその船体を影のように水上へと浮かび上がらせた重巡洋艦目がけて炸裂する16発。超長距離砲撃で必須とされる夾叉なし、その全てが直撃弾。何よりニュージャージーが放ったMk7・Mod8は大和・武蔵級の46口径と同等の威力を誇る超重量級砲弾だ、半円球に展開した敵のクラインフィールドが着弾の衝撃で海に沈みこんでしまうほどの圧倒的な破壊力に見守るタカオですら唖然とする。
「あれは …… 痛いでしょ」
「元々あの子って単艦戦闘には向いてないのよね。霧の船として生まれたんだけど装備自体は最終改装時の兵装だったもんだから誰も彼女を使いこなす事ができなかった」ヒュウガは霧の艦隊に配備される船のお披露目にたまたま出くわして見かけたニュージャージーの事をよく覚えていた。居丈高な雰囲気もなくただおどおどとレキシントンの影に隠れていた内気な少女。「それが分かっていたから演習の作戦検討時に各艦個別対応を提案したのよ、浦上とレキシントンのマッチアップは一つの賭けだったけどあんたならニュージャージーには勝てると確信していた」
「じゃあもし彼女たちが別の戦術を選択していたら? 」「その時は ―― 」
フフン、と小さく笑いながら恐らくこれで一応の決着を見るであろう戦況レポートへと目を走らせる。「まあ他にいくつかやり方はあったんだけど、少なくとも完全勝利とはいかなかったでしょうね ―― レキシントンがアリゾナに旗艦を譲った理由、今ならよくわかるわ」
敵の足が止まった。
「人類史上、大和級と肩を並べる火力を手にしたただ一つの戦艦と彼女を導くアリゾナという異端児。お互いを理想的なパートナーとして認めあい始めた彼女たちを止められる船なんているのかしらね? 」
「静、全周波数帯で回線を開いてくれ。それなら敵も傍受しやすいだろう」濡れた長い髪をバスタオルにくるんだままでいつもの席につく彼女に群像が指示を出すと彼女は怪訝な顔で振り返った。「全部、ですか? 」
「そうだ、公開周波帯で発信してしまえば敵もちょっかいをかけられないだろう。それにどうやらこちらの言葉も分かるみたいだ、言葉が分かるのなら損得勘定ぐらいはできる」
「了解しました。全周波数帯で回線、開きます」
それは彼の勝利宣言だ。
「正体不明の霧の船に告げる。これ以上の戦闘はお互い無意味だ、速やかに撤退するならこちらは君をこれ以上攻撃しない。節度をもった行動で選択してくれ」
黒い網目の様なクラインフィールドを展開したままで行き足を止めた敵に向かって群像の説得が続く。「どうしてもというならこちらは今持てる全ての戦力を持って君をこの海域から排除する事もできる、よく考えろ。俺の後方には大戦艦級が二艦と更にその後方には強襲揚陸艦一隻が控えている、その火力に君一艦で対抗する度胸があるか? 」
「 …… 俺は無理」「 “ やー、それは誰でも無理ゲーでしょー ” 」
僧の目の前に提示されている残弾表示は実体弾がほとんど残っていないことを示している、そしてそれは恐らくタカオやキリシマも同じこと。今の戦力で戦えるのはこの海域へと接近しているアリゾナとニュージャージーの二艦だけなのだが、それでも群像は名うての博徒にも等しいブラフを打った。「それに今の君が頼りにしている
「最期まで殺り合うのか、名も無き重巡洋艦? 」
それはわずかな時間だった。
かき消えるように水上レーダーの画面から失せる敵性表示とともに周囲の海が穏やかな凪へと変わる、朝の光景を取り戻した蒼き艦隊の元に声が裏返ったままのアリゾナが飛び込んできた。「 “ みっ、皆さんご無事ですかっ!? ” 」
水平線上に姿を現した事で可能になったレーザー通信、受け取った蒼き艦隊の面々の顔が手にした結果の大きさに笑顔を見せた。「ありがとうアリゾナ、ニュージャージー。君たちのおかげでどうやらこれ以上何事もなく済みそうだ」
「 “ そんなことないですっ。あたしの方こそ到着が遅れてごめんなさい、もっと早く港を出ていれば ―― ” 」
「 “ あれ以上速い出港なんてできないわよアリゾナ? だってあなたコンゴウに怒られるからって何食わぬ顔で見送ってからあわてて船に飛び乗ってたじゃない、あなたがあんまり急かすからレキシントンがどれだけ苦労した事か。今頃ホノルル中の病院がえらい騒ぎよ、夜勤のスタッフが全員職場放棄したんじゃないかって ” 」
「 “ ―― ごめんなさい ” 」ニュージャージーにからかわれてしょんぼりと肩を落とすアリゾナの姿が瞼に浮かぶ。「 “ で、いい知らせ。刑部博士とハルナのコアは今レキシントンが回収したわ、刑部博士の意識はまだ戻ってないけどどうやら命に別条はなさそう。もうすぐ銃創の措置と輸血に入るから大丈夫なんじゃない? ” 」
報告を受けた全員が歓喜の声を上げる中キリシマだけがボロボロにめくれ上がった艦橋の床にへたり込んで嗚咽を漏らした。重責からの解放と安堵に大戦艦級のプライドはずたずたに切り刻まれ、その隙間から滲み出るように溢れてきた押さえきれない感情が彼女の目から涙となってあふれ出る。
気づいても知らないふりをすることが彼女に対する最大限の優しさだ、群像とイオナはお互いの顔を見合わせて心の底から嬉しそうに微笑むと向こうにいる恩人たちも絡めて作戦の終了を宣言した。
「ではこれより我が蒼き艦隊はキリシマを曳航して真珠湾への帰途につく、アリゾナとニュージャージには申し訳ないが道中の警護をお願いしたい ―― 構わないだろうか? 」
「 “ もっ、もちろんです喜んでっ! ” 」
「 “ なにを今さらここまでやらせておいて他人行儀な ―― 謹んでお受けしますわ、蒼き艦隊総指令 ” 」「やめてくれよそんな呼び方、聞いてるこっちが恥ずかしくて隠れる穴を探しにどっか行ってしまいそうだ ―― じゃあみんな」
群像の声にそこに集った全員がそれぞれの笑顔で空を見上げる。どこまでも透き通った蒼に浮かぶ小さな白いカモメたちが皆を導くかのように東の空へと飛んでいく。彼のその先に続く言葉をよく知る401のクルーだけが笑いながら呟いて持ち場のモニターに浮かびあがったオールグリーンの文言へと小さく頷いた。
「 ―― 帰ろう、家に」