蒼き鋼のアルペジオ -Ars Nova- Eingang   作:廣瀬 眞

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先見の『冥』

 夜間運用機能を持たないウィーラー飛行場に照明はない。夜の帳に押し包まれるだけの敷地のど真ん中を二つに分ける滑走路の後端に、その基地に所属する機体とは全く異なるシルエットが息を潜めて佇んでいる。戦闘機に少しでも興味を持っている者ならそれが何かをすぐに言い当てる事ができるだろう、二枚の垂直尾翼と大きな主翼と機体の大きさの割にのっぺりとした影はかつて米統制空軍主力機の一角を担った制空戦闘機F15に間違いない。

 だが月明かりにぼんやりと浮かぶそれはほんの少しだけ彼の機体とは異なる形状をしていた。

 両サイドの吸入口付近に取り付けられた小さな翼と上面に施された青主体のデジタル迷彩、そしてロ-ビジで描かれた真円がその影の所属を表している、ハーネスの金具をカチャカチャと鳴らしながら狭い滑走路を横切った撫子が乗り込むためのタラップの傍に無言で立っていた大柄な整備士に敬礼するとすぐさま頭上から男の声が降り注いだ。

「そろそろ来るころだと思ってました、搭乗手続きはお済みですかお客様? 」

 

「ねえ、ちょっと聞きたかったんだけどなんで敬語? 」駆けあがって後部座席へと滑り込んだ彼女が尋ねるとタラップが外されて整備員が滑走路脇の草むらへと外れる。「次官補直々に送迎をお願いされたんですから、そりゃもう未成年だろうがなんだろうがやんごとなきお方に敬語で接するのは当然かと」

「もっとぞんざいに扱ってくれちゃっても全然いいんだけど。それにあたしの立場ってそんないいモンじゃないわよ、せっかくハワイまで来たのに何にも見る暇ないし」慣れた手つきでハーネスとシートを繋ぎながら不服そうな口調で抗議をするがパイロットの男はご愁傷さまと苦笑いを浮かべる、撫子がヘルメットを装着した事を確認すると彼はAPUを始動させてエンジンに火を入れた。

「どうでした、会議の様子は? 」

「見るべきものは見たし、大体の感じは何となく ―― でもメンタルモデルってなんか不公平」「不公平? 」

 メインエンジンが点火して次第に大きくなる作動音を受けて前席のパイロットがハンドサインを送ると撫子はすぐにキャノピーを閉じてマスクを装着する。「そ。ちっちゃいのはみんな可愛いし大っきいのはボンキュッボンだし。世の中の女性の努力や苦労ってのをぜーんぶ台無しにしてくれちゃってまあって感じ」

「 “ 自分の事はすっかり棚上げですか、そういう努力をした事のないあなたが言わないでください? ―― ところでタンカーの手配は? ” 」

「グアムから米軍のKC-135がもう予定空域で待機中、うちのはもうすぐ小牧を飛び立つ予定 ―― 飛行時間は? 」フライトスケジュールとマップが記載された一枚の紙切れをGスーツの腿にあるクリップへと取り付ける、たった一人の整備員の見送りに二人で敬礼しながらその機体はゆっくりと進発位置へと移動を始めた。

「 “ 帰りは巡航速度(クルージング)で行けますから百里まで6時間弱ですか ―― それでも例の海域の傍を通りますからね、もし何事もなければの話ですが ” 」

 その紛争海域のデータはすでにヒュウガを通じて統制海軍司令部には伝わっている、詳報こそ彼らが母港へ帰還してから分析を始める手筈になってはいるが今回の飛行に当たって大まかな戦闘記録はすでに空軍へと送られていた。「 “ ま、連中相手に機関砲(20mm)なんか何の役にも立たないし見つかったらこっちは全力で逃げまくるだけですから。それよりナビゲーションとECMの方はよろしくお願いしますね? ” 」

「りょーかい、世界中のパイロットで50人もいない大海戦の生き残りにお願いされちゃ断れないわ。それにあなたにこの機体ならあたしがそれほどがんばンなくても余裕なんじゃないの、新沼一尉? 」

 両側の垂直尾翼に間に合わせで張りつけられたコブラマークはその機体を操縦するパイロットが日本統制空軍最高位の技量を誇る一人だという事を示している、煽る撫子の声に男は小首を傾げて言い返した。

「 “ おだててもだめですよ、どんな機体に乗ってても彼女たちの前ではやられる時はやられます。でも ―― こいつなら少しくらい生き延びられる確率は上がりそうですけど ” 」

 

 F15DJ/Active。

 F15のライセンス生産を続ける日本が先進技術実証機の名目で魔改造を施しマルチロールファイターの可能性を模索するために開発された機体、外見上の違いは前述したとおり主翼の前にある小さなカナード翼だけなのだが機体全部が素材もろとも新造され搭載されるエンジンは石川島播磨重工業が改良したP100-IHI-232EEP。本家プラットアンドホイットニーを越える性能とベクターノズルの実装で今までのF15では実現不可能とされていた飛行時における高機動能力も獲得した日本が誇る虎の子の一つである。

 機の頭脳とも言えるACS/FCSに関しては三菱電機と富士通の共同開発によって前席と後席で機能を分けるセパレッタ・ファンクションシステムを採用、これによって前席はより過密になった情報表示に煩わされる事なく操縦と攻撃に集中する事ができる。リアルタイムで収集された情報の分析と活用は主に後席のナビゲーターの役割となる訳だがアビオニクスに搭載された簡易AIが全てのデータからより高脅威度のものを優先して各席に振り分けるシステムとなっている、この事によって単機でありながら戦闘空域内での戦況分析と戦術選択の最適化を可能にした。

 白鯨Ⅲを技術開発局の粋とするならばこちらは岐阜の航空開発研究廠が誇る技術の結晶 ―― の筈だったがあくまで試作段階にあるこの機体には高性能であるが故の大きな弱点が存在した。現用機最強クラスの強大な推進力はその扱いに繊細なコントロールを必要とするため高水準の技量をもつパイロットの中でも限られた者の搭乗しか受け付けない、そしてカナード翼の取り付け位置の関係で密着型の予備タンクが装着できないという点だった。『大喰らい』と称された1970年代の名機F-14と遜色のない燃費は同時に他のF-15よりも短い航続距離と作戦行動半径を意味し、日本領空内での邀撃行動では他国の一線級に劣らない性能を誇るこの機体も正規空母を保持しない日本では活躍の場が限られている事が正規採用を阻害する原因の一つとされている。

 更に今回の任務は日本からハワイまでの洋上単独飛行が確定しており機体下面にあるウェポンラックには巨大なECMポッドやフレアディスペンサー等の欺瞞装備が搭載量上限まで取り付けられている、ちょっとした戦略爆撃機並のフルペイロードはただでさえ短い航続距離をさらに縮めて道中間での複数回の空中給油が必要である事を示唆していた。

 

「しかしこいつもそうですがよくここを使わせてもらえましたね、統制軍の極秘施設なんでしょ? ここ」ラダーやフラップを動かしながら後席の撫子のチェックアウトのサインをバックミラーで確認する。「 “ 蛇の道は蛇ってね。それに今日本で一番速いのがこの子しかいなかったんだからしょうがないじゃない、早く帰ンないと単位に響くし ” 」

「ああ、単位 …… そういや忘れてました、まだ高校生なんでしたっけ? 」機種選択が個人的な事情に優先されている事に新沼は思わず苦笑するが逆に言えばそら恐ろしくもある、正体こそ明かされないが自分の都合で日米の統制軍を思いのままに動かせる彼女の戦歴はこの機体以上に極秘中の極秘だ。別に隠してる訳じゃないんだけど、と彼女は笑うがまるでオイルのように滴るその噂は話半分だとしても歴戦の彼を震え上がらせる。

「 “ そーよー、みんなきれーに忘れてくれちゃってるけど。米軍だってワシントンの借りをこれくらいで返せるんなら恩の字なんじゃない? 時間貸しのパーキングとガソリンスタンドでチャラにしてあげるって言ってンだから ” 」

「アジアの情報収集拠点基地がパーキングで空中給油機がガソスタ呼ばわりですか …… いやはや」

 とんでもねえな、とあきれ顔でため息を吐きながら進発位置で機体を止める新沼の耳に管制官の声が届く。周囲に高い建物のないだだっ広い滑走路を睨むのは直上静止軌道に待機する監視衛星、少し雑音の入り混じる声はそれが超長距離の中継地点を介している事を示している。

「 “ クニアHQから日本統制空軍機、進発許可確認。ただし現時刻に置いて市街地上空の飛行許可は下りない、よって離陸後ただちに高度7000フィートまで急上昇した後目的地までの針路を取るよう要求する ” 」

「やれやれ、いきなりハイレートクライムとは …… こちらJAF小松基地所属コールサインGAT4、了解した。当機は離陸後予定高度到達と同時に針路250に転進、空中給油予定地点を目指す。航空管制オークランドから福岡、予定時刻2110。どうぞ(コピー) 」

「 “ HQ了解、帰路の安全を祈るGAT4 …… 同乗のナビゲーターにPOTUSより伝言を受け取っている。貴殿の今後の活躍がより少なきよう心の底より願っている ―― だそうだ ” 」

「 “ ナビゲーター了解 …… 返信、彼に伝えておいて。それはどうやら無理なお願いになりそうだって ” 」

 撫子の答えにヘッドセットの向こうが一瞬息を呑んだ、だが一つ咳ばらいをした管制官はできるだけ平静を装った声で告げた。「 “ 確かに受け取った、POTUSにはその旨を伝えておく。今後の未来のために貴殿の旅の無事を祈っている …… では『キング』にもよろしく伝えてくれ、以上(オーヴァー) ” 」

 

               *               *               *

 

「POTUSって誰なんです? 」急上昇を終えて水平飛行へと移った所で何の気なしに新沼が尋ねると撫子はああ、と笑いながら言った。

「 “ 『 President of the United States of America』の略称。アメリカ合衆国大統領のね ” 」

 

               *               *               *

 

 リムパック参加国のうち最も最後に真珠湾を後にした蒼き艦隊は通常のハワイ航路を使わずに一路アッツ島を目指して北上した。他のメンタルモデルの所属する国はヨーロッパ圏でパナマ運河を経由して母国へと帰るのとは対照的にアジア圏に属する国は揃って西進ルートを通らなけれはならず、中国やインドは互いに連携を保ちながら最大限の警戒網を敷いて帰路を確保することができたが一歩出遅れた日本はその恩恵を受ける事ができなかった。

 ルスランやヴァルマとの会合から三日遅れの出港となったその理由は、蒔絵の意識が回復した事を知らせる当局からの一本の電話によるものだった。

 

「そーそー、だからもう大丈夫だからって何度も言ってるんだけどお医者さんがどうしてもって」

 ベッドの上で上半身を起こした蒔絵が拗ねた口調で訴えているのだがこれには様々な思惑が絡まった足止めがかかっている。人類の根幹にある種の細工をして生み出された『デザインチャイルド』という作品の価値は群像やイオナが想像しているよりも計りしれないものがあり、生みの親である刑部藤十郎博士の逝去に伴いその一切の技術理論は闇の奥深くへとしまいこまれて手掛かりは唯一蒔絵の体に残る痕跡だけとなった。世界中の医療関係者や遺伝子学者、果ては宗教関係者や神学論者までこぞって彼女の秘密となりたちを解き明かしたいと思うのは当然の事で、噂の彼女が怪我で入院したという話が瞬く間に世界中へと広まった挙句の措置だ。

「まあ怪我が完治するまではここでおとなしくしててもいいんじゃないか、それより担当の主治医が怯えてたぞ? どこに行ってもメンタルモデルがついて来てはじっと睨みつけてくるって」

「当たり前だ、私は蒔絵のボディーガードだからな。蒔絵の秘密を狙っている不逞の輩はいつどんな形で彼女をかどわかそうとするかも知れん、そうならないように常日頃から目を光らせておくのは当然のことだ」

 黒いコートで身を包んだハルナが彼女の傍に佇んで険しい目を向ける、メンタルモデルの姿を取り戻して蒔絵の傍で警戒を続けていた彼女は病室の周囲半径二キロメートル以内の全ての監視装置を片っ端から破壊して当局からの監視を無効化している。

「しかし人類というのはつくづく執念深いな、潰しても潰しても次々に監視装置を取り付けて回る。無駄なのに」

「そう言う意味では君の復元をキリシマより優先したのは正解だったな ―― 彼女の生研サンプルは? 」

「そっちの方は私が全部壊しておいた、なーに連中だって蒔絵の許可なしでこっそりと集めてたんだ、いきなりなくなったって文句の一つも言えまい? 」蒔絵の腕に抱かれたクマが得意げに話すその頭を群像が不思議そうな表情でじっと見つめる。

「な、なんだ千早群像? 私の頭に何か ―― 」

「そう言えば聞きたかったんだがキリシマ、どうしてヌイグルミを被ったままなんだ? 」

 何気なく放ったその言葉はその事実を知っているハルナとイオナ、そして群像以外の表情を一様に強張らせてカミングアウトをされた本人は思わず手足をばたつかせてこの後に予想されるイベントを何とか回避しようと無駄な抵抗を試みる。「ばっ! ばっか貴様そんな事蒔絵の前で ―― 」

 

 全員の口からほとばしる疑問符の嵐が病室へと通じる廊下の先にまで響いて静粛を是とする看護婦達の表情を曇らせる、だがそんな事は全然お構いなしに蒔絵の病室は引きも切らずに大騒ぎだ。「よっ、ヨタロウっ!? それってどどどういうことっ!? あたしてっきりぬいぐるみが動いてるモンだってずっと思ってたんだけど、その頭外れるのっ!? 」反射的に取ろうとする蒔絵の両手を必死のディフェンスで抑え込むキリシマ、一方でその秘密をばらした群像にはイオナを除く401のクルーから詰問の舌鋒が突き刺さる。「ちょ、群像っ! なんであんたそんな大事なこと今まで黙ってたのっ!? 」

「だ、大事なこと? キリシマの素顔が? 」「あーもーこの朴念仁にはわっかんねえかなあっ? いいか群像、僧の素顔とおんなじように被り物で隠された裏側ってのはどんな奴だって興味深々だって-の。本人が晒したがらないそういう秘密はぜひみんなの前に暴露、もとい共有しなきゃってモンだろ? 」

「え、みんな私の素顔をそんなに見たがってるんですか? 」杏平に引き合いに出された僧が慌ててマスクを押さえて周りをきょろきょろと眺める。「あー僧、残念だけどお前のは見た事あるからいいや、それになんかムカつくから」

「ムカつくってそんな ―― 」

「艦長いつ気づいたんですか? 私たちあの時横須賀で彼女に会いましたけどそんな感じは全然 ―― 」きゃーきゃーと騒いでいる蒔絵とキリシマを笑って眺めながら静が尋ねると群像はすでに事情を知っているイオナとハルナへと視線を送ると、ここでの話が誰にも聞かれていない事を確認した二人が頷いた所で彼は口を開いた。 

「横須賀の時点では彼女はまだユニオンコアだけの状態だったんだがレイサン島で会った時にはもう首の継ぎ目の所がずれてたんだ、キリシマが自爆を決意した事を止めようとして近くまで寄った時にそれに気づいた」

「恐らく艦体を構成した時に彼女のメンタルモデルも再構築された、でもどうしてサイズが元どおりにならないのかは不明」

「多分なんだがキリシマは意外に蒔絵に呼ばれる名前とそのぬいぐるみが気に入ってるのではないか?」「なんだとハルハルっ!? 余計な事を言うんじゃない、って言うか蒔絵を止めてくれっ! 蒔絵っ、お前怪我人なんだからそんなに昂奮しちゃダメだろっ!? それに元のサイズに復元したら ―― そのっ! 」

「ああ、そうか ―― あの姿に戻ったら蒔絵に抱っこしてもらえないからか」ポンと手を叩いてキリシマの本音にたどり着いたハルナが呟くと半ば自棄気味になったキリシマが大声で言った。「そーだよ悪いかっ!? 蒔絵に抱っこされるのが嬉しいから元の姿に戻らないんだよっ! なんだよ、それくらいいいじゃないかっ! あたしだってちゃんとした居場所が ―― 」

「 …… よーたーろーうーっ! 」

 叫んだ蒔絵が頭に当てていた手を止めてそのままぬいぐるみを抱きしめて後頭部に頬をすりつける。「そっかそっかーそんなにあたしに抱っこされるのが好きなのかー」

「や、やめろ蒔絵っ! そうじゃない、そう言う事じゃないんだがお前に抱っこされてる自分というのが妙に気持ちいいと言うかそのなんともやぶさかではないと言うかなんと言うか ―― うぅ」スリスリとされる感触に絆されたキリシマの声が消えて顔を赤くしたまま ―― ヌイグルミに顔色? ―― なすがままにされる彼女を見ていつもの笑顔を取り戻した蒼き艦隊の面々、タカオもヒュウガも病室の入り口から遠巻きにその光景を眺めていたがつかつかと近寄るナースシューズの底ゴムの音に警戒を強めた二人はノックを省いて勢いよく開け放たれる扉の音に度肝を抜かれる事になった。

「あなたたちっ! 国家の賓客か重要人物かは知りませんけどここは病院ですっ!! 他の患者さんの迷惑になりますからいい加減にしていただかないと全員まとめて面会謝絶でおっぽりだしますからねっ!? 」

 ド迫力で怒鳴る押しの強い婦長の威勢に凍る空気はレイサン島を超えていた、自分達には無縁の『年季』と言う概念はもしかしたら人類が唯一自分達霧に対して持ち得る最も有効な制圧手段じゃないのかとヒュウガとタカオは思わず顔を見合わせた。

 

 他愛もない話を積み重ねて時は過ぎ、いつしか面会時間は終わりを告げつつある。ベッド横のキャビネットに置かれた置時計へと目をやった群像が小さく頷くと、見舞いに来た全員が残念そうな微笑みを浮かべて小さく頷く。しばらくのお別れに少しさびしそうな表情を浮かべる蒔絵にイオナが言った。「大丈夫、あたしたちはいつでも繋がってる。もし淋しくなったらいつでも話す事ができるから」

「うん …… そうだね。元気になったらいつでも横須賀まで遊びに行けるモンね ―― あ、そうだ」吹っ切れたように何かを思い出すと蒔絵は見舞いに来た全員に言った。「もし今度横須賀に遊びに行ったらみんなで買い物に付き合ってくれないかなぁ? 」

「買い物? 何の? 」いおりが尋ねると彼女はじっとキリシマを見た、意味ありげなその目に何かを察した彼女は思わずたじろいだ。「お、おい蒔絵。まさか ―― 」

「ヨタロウが着ぐるみなら中身の着替えとか着ぐるみの替えとか必要でしょ? アメリカだとデザインが可愛くないしサイズも大きいから似合うのがなかなかないと思うんだ、だから今度あたしとみんなで買い物ツアーに繰り出したいなあって思うんだけど、どう? 」

「それはいい考えだ ―― 大丈夫だヨタロウ、蒔絵のコーディネイトはなかなかだぞ? いつも決めてもらってる私が言うのだから間違いない」コートの襟の裏でニタリと笑ったハルナと蒔絵の好意との板挟みになったキリシマがそんな訳あるかと言いたげに睨みつけるがどう抵抗しても後の祭りだ、何も言えないままその話題の肴にされたキリシマだが全員の興味がヌイグルミよりも別の方へと走っている事に気づいた彼女は思わず声を上げた。

「お、おいちょっと。今みんなが話してるのは替えのヌイグルミのはなし、だよな? 」「え、ちがうよ? ヌイグルミはそのサイズの奴ならいつでも買いに行けるけど、中身の着替えになると ―― ねえ? 」

 あっけらかんといおりが答えた瞬間に身の危険を感じたキリシマがビクッと震えた。「や、そのちょっと待て待ってもらってもよろしいでしょうか? 中身は中身でそのいろいろとご都合があると言うか ―― 」

「まーまーいいじゃないの、最近はすごく可愛い『子供服』も一杯出回ってるから着せ替えし放題よ。今度来るまでにいろいろ当たっておくから蒔絵はそれまでに中身のサイズを測って写メでこっちに送ってね? 」

「こ、子供 ―― 」タカオの言葉に絶句するキリシマだがそれに追い打ちをかけるようにヒュウガが笑った。「あ、そうだ。その着せ替え写真、ぜーんぶ撮ってあたしのチャンネルで全世界に配信するから ―― きっとすごい閲覧数が稼げるわよぉ、なんたってメンタルモデルのロリータバージョンなんてどこ探したって彼女しかいないんだから」

「ひ、ヒュウガっ!? 仮にもあたしはお前の上位艦種だぞっ!? そんな狼藉 ―― 」「艦種は上だけどこの艦隊に加わったのはあたしの方が先、あなた後輩なんだから先輩の言う事は絶対なんじゃなくて? 」

 どう考えても理不尽でコンプライアンス的にも無理のある理屈だがそれが海軍の常識と言われてしまえば是非もなし、二の句も告げず視線だけで不満を訴えるキリシマに対してヒュウガはニンマリと笑った。「はいっ、ということでキリシマの同意も貰った事だし今日の所はこれで解散。じゃあ蒔絵、楽しみにしてるから元気になったらちゃんと『ロリシマ』の写真メールで送ってネ? 」

「ちょ、まっ! ロリシマって誰の事だっ!? 」

 

               *               *               *

 

 まるで嵐が過ぎ去った後のようだ。

 見舞いに来た群像達が帰途に就き、一気に病室らしい沈黙を取り戻した部屋には三人がぽつんと取り残される。キャビネットに置かれたヒュウガからのお土産 ―― 調合した薬の入ったピルボックスを開けて中から錠剤を皿の上へと並べる蒔絵を見ながらハルナが尋ねた。

「言わなくてよかったのか? 」

「 …… ん」数える手を止めて小さく頷いた彼女は何回かに分けてその薬を口へと入れると水で流しこんだ。「言わない方がいいと、思った」

「なぜだ? こう言うのは今更だがお前の推理は間違ってないと私は思うぞ? 奴らが私を泳がせた理由は後になって考えればそれしかないように思うのだが」膝の上のキリシマが蒔絵からコップを受け取りながら心配そうに尋ねる、その話を切り出すタイミングを見計らっていたハルナとキリシマだったが蒔絵にその意思がないと悟った二人はあえてその意を汲んでみんなの前で道化を演じて見せるしかなかった。

「もしかしたらあたしの思い過ごしかもしれない …… 襲ってきた敵の目的が振動弾頭のデータ取りだったなんて」

 

 振動弾頭の開発は防衛装備庁が主体となって行われたがその弾頭部の起爆シークエンスとプログラムに関しては完全なブラックボックスで一切どの国にも公表されてはいない、仮に分解した所で構造自体は解明できてもそのシステムを理解する事は霧のメンタルモデルでも不可能とされているからだ。世界でたった一人しかいないデザインチャイルドである刑部蒔絵の持つ類稀なる直感と常識を超えて導き出される解によって造られたそれは彼女の頭脳の一部であり、世界中に分配された弾頭は文字通り彼女のクローンとも言える。

「だが千早群像の話を聞いて私はあの展望台の話を思い出したぞ。ヤマトに変わる総旗艦が現れてしまったら旗下のクラインフィールドの固有振動周波数が変わって現用装備は無力化される …… 指揮重巡一隻とはいえある程度統率されていた魚雷艇群は今までのはぐれどもとは明らかに違っていた ―― もし本当にそんな事が起こってしまったら」

 キリシマの言葉にかけられた上掛けのシーツをぎゅっと握りしめる蒔絵、その問いに対する答えは簡単でこちらの振動弾頭の周波数をまたそれに対応できるものに書き換えればいい。だが開発元の日本・製造元のアメリカから主要国へと広まったその兵装全てに修正パッチをかけるにはプログラムの公表が必須となり、それは防衛上の観点から絶対に認められない禁則事項なのだ。つまり全個体のプログラムは蒔絵一人が何らかの形で書き換えなければならなくなりそれを実現するための彼女の両手は物理的にあまりにも小さすぎる。

「やはり蒔絵、これは401に伝えた方がいい。戦略上の観点から見てもお前の選択は後になって不利な事になりかねない、どうしてもできないって言うのなら私が今から401の所へ行ってこの話を ―― 」

「ダメっ! 」

 

 驚くほど大きな声にベッドの上のキリシマも傍らのハルナも思わずぎょっとした。あの刑部亭での小競り合い以来蒔絵が声を荒げて何かを否定する事など一度もなかった。「どうしてだ蒔絵っ!? もしお前の推理が正しかったとしたらいつか誰かが奴らに振動弾頭を使う、それが解析されて無力化されたら世界はまた荒れるぞ? もう蒔絵の手には負えなくなるかもしれない」

「もしあたしがその事話したら …… イオナ姉ちゃんや群像兄ちゃんは絶対行っちゃうよね、誰よりも先に」

 キリシマの目に映る蒔絵の顔がみるみる歪んで涙があふれ出す。「言わないのが間違いだって分かってる、ほんとは言わなきゃって …… でもダメなの」

 泣きだす彼女にかける言葉もなく、ただじっと見守るしかない二人の前で蒔絵は懺悔のように言葉を紡ぐ。「あたしのワガママでハルハルが沈んだ、ヨタロウは大怪我した。イオナ姉ちゃんはボロボロになって …… あたしのせいで、あたしのために誰かがいなくなっちゃったり傷つくのはイヤ。世界がどうかなんてあたしにはどうでもいい、あたしにはもうみんなしかいないの。だから ―― 」

「そ、そんな事 ―― 」蒔絵から吐き出されている言葉は余りにも身勝手でわがまますぎる、でも振動弾頭の開発者と言う立場も忘れて紡がれるその言葉にキリシマは何も答えられない。

 自分もあの時そうだったのだと。

 ハルナのコアと傷ついた蒔絵を抱えて藁にもすがる思いで401に助けを求めた、自分のミスで傷ついてしまった二人を助けるためならどんなことでもする。心のどこかで構えていた大戦艦級のプライドも矜持も二人の命には代えられなかった、その望みが叶うのなら自分はどうなっても構わない ―― たとえそれがアドミラル・コードに逆らう事であったとしても。

 泣きじゃくる蒔絵と立ち尽くすキリシマ、共感に染まる想いで動けなくなった二人を包んだのはいつの間にか蒔絵の隣へと腰を下ろしたハルナのコートだった。苛まれる心の苦痛を慰めるように覆われたコートの中でハルナはそっと蒔絵を抱きしめた。

「 …… ハルハル」

 か細く呼びかける蒔絵の声に微笑みながら小さく頷いたハルナは目を閉じて、彼女の行動の意図が理解できないキリシマへと思い出すように呟いた。「 …… キリシマ、お前は横須賀で401に撃沈された時、死にたくないとコアを私に手渡した事を恥だと言っていたな。私もなぜあの時お前のコアを受け取ったのか、受け取った所で自分は何がしたかったのか分からなかった。霧にとって敗北とはすなわち消滅を意味し、その規範こそがアドミラリティ・コードに則ったものだと信じていたからだ。だが ―― 」

 そう言うとハルナは自分のアーカイブから一つの言葉を宙に浮かべて読み返す。「『運命 ―― 人間の意志にかかわらず、身にめぐって来る吉凶禍福。めぐり合わせ』 …… あの時お前のコアを持って蒔絵と出会い、彼女を守りながら世界の形が変わってからもずっと変わらず一緒に居られる。私達が蒔絵と出会った事はきっとそれなんじゃないかと私は思う」

「うんめい …… バカな、そんな非論理的な事があるとお前は信じるのか? 私達の正体は人の体を真似ただけの、ただの量子演算集積プログラムにすぎないんだぞ? 」

「千早群像は私たちにも『心』がある、と言った。蒔絵とともに時を過ごして彼女の優しさを私達が否定できなくなった、それが何よりの証拠だ ―― 蒔絵」

 微笑みながら腕の中の少女にハルナは言った。「蒔絵の選択はキリシマが言う通り間違っているのかもしれない、でも私たちはその間違いも全部認めてお前と同じ道を行きたい」

「 …… え? 」

「本当はお前が道を踏み外したのならそれを正しくあるべき所へと戻さなければならないのかもしれない、だが私達はそれを選ばない。もしお前が堕ちていくというのならその両隣りでお前と同じ道を歩く ―― それが私とキリシマに与えられた『運命』なんだろう」

「 …… ハルハルっ! 」

 かけられた優しい言葉に感きわまった蒔絵がハルナに抱きついて大声で泣き出す、涙で濡れる服のシミすらいとおしむ様に彼女は聖母のような表情で少女を見下ろした。

「わたし ―― いや私たちは蒔絵と出会えた事を心の底から誇りに思う。もしそういう ―― 『神様』とかいう存在がほんとにこの世のどこかにいるのなら、行って感謝したいくらいだ」

 

               *               *               *

 

 アッツ島を経由した蒼き艦隊は西へと針路を転じて一路カムチャッカ半島へ、そして海岸沿いに南下した彼らはある目的のために択捉島の単冠(ヒトカップ)湾で一度停泊する。本来ならばそのまま三陸沖を通って母港の横須賀へと帰港する予定だったのだが401はそこからオホーツク海に抜けて日本海へと入ると言う。

「えーっ? 千早艦長あたしたちと一緒に横須賀に帰るんじゃなかったの? 」埠頭で広げられた簡易的な食事会場で開口一番いきなり不満を口にしたのはやっぱりタカオだ。「せっかくの凱旋帰国なのに主役がいないんじゃああっちも出迎えがいがないんじゃない? 」

 彼女には北極海から帰ってきた時の歓迎ぶりが忘れられない、真珠湾の時と同じように向けられる賛辞とその熱は心の底にまで染み込んで成し遂げた事の大きさというものをもう一度自分へと思い知らせるのだ。タカオの期待を裏切る形になった事を群像は素直に言葉に表した。「すまないタカオ、本当はその予定だったんだが急遽401は佐世保に向かう事になった」

「佐世保? …… ははあ、あの手紙か」思い当たる節のある浦上の声に彼は頷いた。

「そうです。あの手紙です ―― これから話す事は絶対口外しないようお願いします」

 

 日本を四つに分ける行政区のうち南方を管轄する通称『南管区』、九州から沖縄までを傘下に収めるこの区域を統括するのは長崎庁舎の主である四天桃花首長である。見た目は品のいい老婦人でいつも日傘を持ち歩いている事が彼女のトレードマークとなっているが、本人曰く長崎は日差しが強いのと時折起こる激しい夕立から逃れるためにこれは欠かせないとの事らしい。

 いつも笑顔を絶やさずニコニコと事に対処することで有名な彼女だが言い換えればそれは今までの彼女の人生においてそれ以上の苦難をくぐり抜けた末の余裕の現れである。陰陽の出自を持つ彼女が自らの家に代々伝わる「四天」の性を継ぎ、陰陽でも不吉とされる『桃花殺』の忌名を名乗っている事が彼女の覚悟を示している。温和な雰囲気の裏に隠された冷徹なまでの判断力と一切の犠牲を厭わない苛烈な決断力は各地を統べる四首長をして最も中央政府を牛耳るにふさわしいのではないかと日本国内でも度々取り上げられる女傑だ。

 だがこれだけの期待を背負いながら本人は馬耳東風で花や景色を愛でる毎日、側近として勤める秘書の話によるとそこには彼女なりの深い判断があって今現在の風水ではここを動くことは日本の命取りになりかねないとの事。陰陽の大家の言葉に人々は若干眉唾ながら ―― 本当はめんどくさいからという怠け心から来てるのでは? ―― 納得せざるを得ず、以降この話題はどのメディアにおいてもタブーの一つとされている。

 

「四天首相の所に霧の船が迷い込んで来ているそうです」

 届けられた私信の便箋を手に告げる群像の声に円卓で食事を続ける全員の顔色が変わった。

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