蒼き鋼のアルペジオ -Ars Nova- Eingang 作:廣瀬 眞
突然に鳴り響く緊急警報と中央作戦室を染め上げる赤い光はかつての襲撃を彷彿とさせる慌ただしさだ、丑三つ時を回ろうかという深夜に始まったカーニバルは当直のオペレーターの度肝を抜いて蓋の空いたプリングルスを床の上へとぶちまける。「状況っ!? 」
反射的に叩いた赤いボタンは緊急呼集のダイレクトライン、上級士官へと回線を繋ぐ当直の男は回線が繋がるまで必死の形相で情報集めに専念する。「ただちに説明っ、なにがあったっ!? 」
「当基地のメインサーバーに何者かが侵入っ! 一瞬で防壁三層が抜かれてサブコーンが乗っ取られましたっ、ハッキング現在も進行中、凄い速さですっ! 」
「慌てるなっ、すぐに防壁を展開し直してデコイを発射っ! メインフレーム強制隔離、攻性3のデプロマットを散布して時間を稼げっ! 」
「くそっ、なんだこれっ!? こんな圧のデータ転送なんて見た事も聞いたこともねえっ! ―― だめです、フォースコーン制圧されました! 基地内の電力ラインが乗っ取られますっ! 」
「外部電源供給切断、正副全部だっ! 予備発電所始動、セル回せっ! 」
一瞬の消灯の後に再び立ち上がる電力供給はすぐに作戦室の機能を復帰させる、だが奇跡を望んで打って出た賭けはものの見事に外れの目を出した。オペレーターの奮闘によってなんとか浸食の速度は弱めたものの事態復旧のめどは立たず、むしろ悪化の一途をたどる。メインサーバーを守護するように配置された四つのサブフレームはそれぞれが独立して横須賀基地の機能維持を司る、内部形状から『コーン』と呼ばれるそれらがすべて乗っ取られればこの基地は正体不明の敵に乗っ取られたも同然だ。
「 “ 峰岸だ、なにが起こったっ!? ” 」
息を切らせた声が手元のスピーカーから流れて当直はすぐに通話ボタンを押しこんだ。「正体不明の敵がどこからか当基地をハッキング中、形勢は極めて不利。彼女の緊急招集を要請します」
「うそでしょう? 」
下着姿に白衣をまとったままのヒュウガは見るも無残なその光景に唖然とした。平時であればただの露出狂扱いのそのなりもこの状況下では気に留めるどころではない。「ちょっとどンだけやられてンのよ、サードコーンまでいっちゃってンじゃないのよ」
「もうセカンドの手前まで行ってる、このままじゃ制圧も時間の ―― 」「わかってるわよそんなの。メインボックス貸して。データは全部そこに集中、あたしが一元管理する。それとバックドアから北米軍管轄の『ビッグブラザー』にP2Pで回路接続、容量二倍で」
そういうとヒュウガは勢いよくチェアに腰掛けて液晶型のキーボードへと指を乗せた。機能に神経接続してダイレクトに操る事でタイムラグを解消する、『霧』にしかできない離れ技だ。
「叩きだすっ!! 」
* * *
どうして。
あのこのなまえをよんだの?
* * *
ヒュウガにとっての屈辱的な結末、それが目前へと迫りつつある。
総旗艦の轟沈で大戦艦級の演算能力を持つ艦は世界でも限られている、だが本体を捨てて『それ』に特化した自分を遥かに凌駕する存在など記憶にない。もしかしたらあの『最後の総旗艦命令』によってアドミラリティ・コードより解き放たれた船の中に何か特別な思惑や変異を持って進化した輩が存在するのか?
そんな事が本当にありうるのか?
「オペレーターっ! 概念伝達の回線を開いてただちに連絡っ! 」すでにセカンドコーンのほとんどを侵食されて勝ち目が見えない、この横須賀基地の電子防壁は群像に頼まれて自分が設計したものだ。もしこの基地のシステムが全て掌握されたならそれはイコール自分の敗北。
片眼鏡の奥で屈辱を映す彼女の目、だがもうそんな事を言ってはいられない。少しでもこの異変の原因を探してデータの発信元を押さえるしか手がない。
「バルト海に展開中のクリークスマリーネっ、旗艦のビス子を呼び出してっ! ASAPっ! 」
「 “ 珍しいわね、アンタから呼び出しなんて ” 」いかにも居丈高なその物言いがヒュウガはとても嫌いだ。「 “ そっちはまだ夜中じゃない? ” 」
「とぼけンな、ビス子っ! 」余計な感情を乗せて吐き出す彼女の声にオペレーターたちは首をすくめる。「すぐに悪戯を止めなさいっ! 今ならあンたンとこのオイゲンぶン殴るくらいで勘弁してあげるからっ! 」
「 “ はあ? なにいってンのアンタ? 変なマテリアルでも吸い込んでラリってんの? ” 」
「とぼけンなっていってんだゴルァっ! こんな事ができンのはあんたくらいのモンなんだからいい加減に ―― 」
「セカンドコーン制圧っ! なおもハッキングが進行中、阻止できませんっ! 」オペレーターの叫びが届いたのだろうか、スピーカーの向こうのビスマルクの声が突然変わった。「 “ ちょっとどういう事? アンタいま横須賀でしょ? ハッキングって ―― ” 」
「そのまさかよっ、今どっかから強烈なハッキングを受けてて止めらンないのよっ! このまんまじゃ」
「 “ ヤバいじゃない。そこにある『振動弾頭』のデータがどっかの誰かに持ち出されたら世界中に展開している仲間が危険だわ、それに ―― ” 」
わかってる。
自分の負けなど些細なことだ。
ここには自分が命に代えても守らなければならない彼女がいる。全てのリソースをつぎ込んででも必死に敵を阻止しようとする決意こそがその証。
「 “ そこには『
* * *
敗北へと推移する事態の進捗をセンターコンソールの後ろにある司令席で見つめる峰岸は緊張した面持ちで眺める当直士官へと目くばせを送る、横須賀海軍基地司令代理としての肩書を持つ彼は不在の時にはその意思決定に関して全ての権限と責任を負う。
「指令は? 」
「現在こちらに急行中とのことですがすでにセカンドコーンを突破された今となっては基地のセキュリティ自体が乗っ取られた可能性があります、恐らく敷地外での待機になるかと」
「外部との連絡は? 」
「無線は強烈なジャミングが発生していて使用できません、有線ならなんとか」
「それもメインフレームが制圧されれば使用不可、つまりは今のうちに ―― 」そういうと峰岸は何かを決意したように硬い表情で当直士官に呟いた。「ここにいる連中で全部決めなきゃいけない訳だ」
「 …… はい」
「宗田三佐、貴官に命じる」そういうと峰岸は絶望に震える瞳をヒュウガの背中へと突きつけた。
「すぐに上陰次官補に連絡、事態の推移と今後の事後処理について一考を要する旨を伝えろ。それと ―― 官邸に、緊急連絡だ」
* * *
背後で彼らがなにをこそこそ話しているのか ―― ヒュウガは凡そわかっている。
万が一の事態に備えて彼らはこの基地の全てを近辺に配備している振動弾頭ありったけで抹消するつもりだ。もうすぐ百里と厚木からそれらを満載したビーストモードのF-35が離陸するだろう、それに対岸にある木更津の地対地ミサイル群。すでにこちらへと狙いをつけて発射の指示を待っている。
「くそっ、こうなっちゃなりふり構っちゃらンないわっ! 」吐き捨てた彼女は立ち上がると残る全てのマテリアルを自分の周囲へと展開した。「オペレーターの諸君、ご苦労っ! もうすぐこの基地は敵の手に落ちる、速やかにここから全員退去して地下のシェルターに避難せよっ! 」
「ヒュウガっ、君は何を ―― 」
「あたしは素直に負けを認めるタイプなのよ」そういうとヒュウガは歪んだ笑みを浮かべて後ろを振り返った。額に滲む汗と負け惜しみのウインクが彼女の今までの死闘を物語る。「でもただじゃ死なない、このまま基地のシステムをあたしの指揮下に収めて401を外海へと押し出すっ! 」
「ばかなっ、勝手にそんな事をしてただで済むと」
「思うわよ、だって ―― 」そういうと彼女は一気に全艦艇の眠る地下ドックへとアクセスした。「あたしが負けるほどの相手、あの時と同じで人類が互角に対抗できるとは思えない。でもあの二人なら ―― イオナ姉さまと千早群像ならきっといつかなんとかしてくれるわ、だからあなた達ももしもの時のために私たちの罪を許してここに居させてくれたんでしょ? 」
データスキャンを繰り返して探る彼女のありか ―― 見つけた。
7番格納庫中央3番乾ドック。
「さあ早くあなたはこの基地全員に退避命令を出してっ、そうしないと勝てる戦いも勝てなくなるわよ。だってここには ―― 」
その異変を捉えた彼女の心臓がドクン、と一回大きく鳴った。
感じた事のない重力振反応。
401の外形を象る表面を走る輝きはすでにその船体がアクティブである事を示している。克目したその瞳を射抜く赤の閃光が今まで死力を尽くして支えてきた彼女の決意を大きくかき乱す。
幾重にも紡がれて混じり合うアクセスフローの巨大な奔流はドックにある全ての回線を利用して自分の下へと殺到している、そしてわずかではあるが撚り糸の中から見え隠れする見知った波動と強い意志 ―― 間違いない。
姉さまっ、どうしてっ!?
「峰岸一佐っ、すぐに官邸に連絡を取り直して攻撃をただちに中止させてっ! 」血相を変えて懇願するヒュウガのただならぬ気配に困惑する峰岸は彼女の豹変した理由が分からない。「ど、どういう事だっ! 今さら総指令から発令された命令を ―― 」
「いいから止めなさいっ! ハッキングの犯人はこの基地の中にいたのよっ、地下7番格納庫3番ドックに固定係留中のイ401っ! 」
そこに居合わせた全員が彼女の言葉に耳を疑って狼狽する。「まさかっ!? 彼女は人類を絶滅から救った武勲艦だぞ、その401がどうしてここを」
「わからない、分からないから止めてって言ってンのっ! どうして姉さまがこんな事をしたのか分かるまであたしが本体を無理やり抑え込むっ! 」
「ヒュウガっ、ならば尚の事401はここで破壊しなければならないっ」
我を忘れそうになる峰岸が下したその判断はかろうじての正着、そして彼の言う事の正しさを彼女自身も理解している。401がここで反旗を翻すというならばたとえ武勲艦と言えども容赦なく葬ることは自明の理、なぜなら。
人類はまだ『霧』の事を何も知らない。
「攻撃命令は撤回できない、401はこのままここで鎮守府ごと破壊するっ! 」
「あーもうっ! 分かったわよっ! じゃあせめて攻撃までのカウントダウンクロック頂戴っ! それと ―― 」センターコンソール上に表示されるカウントタイマーはすでに十分を切っている、一瞥したヒュウガはその瞬間に閃いたわずかな可能性を求めてその言葉を口にした。
「すぐに居住区にいる彼らをここに呼んできてっ! 彼女の保護者全部っ! 」
* * *
「ヒュウガ、なにが起こってるっ!? 」いの一番に駆け込んできた群像が指令室の惨状を目の当たりにして彼女のフィールドへと駆け寄った。不可侵の防壁の中央で苦悶の表情を浮かべる彼女はそれでも必死で401からのハッキングに対して抗っている。
「分からない、わかってるのはイオナ姉さまがここを乗っ取ろうとしているって事だけ。ごめん千早群像、もうあたしの力では姉さまを止められない」
「ちょちょちょっ、なんだなんだ、どういう事なんだ一体っ! ―― あーっ! ヒュウガなんだそのカッコっ!? 新しい羞恥プレイでも ―― 」
「見つけてないってのっ! うっさい杏平っ、そんな事より ―― 」
「ヒュウガっ! そんな事よりなんか着なさいって! 露出趣味なのは知ってっけどここじゃアクセス稼げないって! 」
「 …… あんたたちねぇ」
流石にいおりの言葉に業を煮やしたのだろう、奥歯を剥いて怒りだしたヒュウガは全然空気を読めない ―― いや読まない? 401のクルーに思いっきり怒鳴った。「いいからみんな船に行ってっ! ここからの遠隔じゃどうにもできないって言ってンだからあんたらが中に入って直接姉さまを止めるのよっ! はやくっ! 」
「艦長っ! 」
群像達が7番ストレージに駆けこんできた時にはすでに異変を察知した副長の僧と静が緊張した面持ちで立っていた。潜水艦の中では大型の規模を誇る401の船体に浮かびあがる真っ赤な
「さっきから呼びかけてるんですがイオナちゃんぜんぜん応えてくれなくてっ! 一体どうしちゃったんですかっ!? 」
「外から内部のシステムに干渉しようにも強烈な防壁が張り巡らされて自閉モードに入っています、こうなったらまさかの ―― 」
「そのまさかだ僧、中から直接システムを制御してイオナを止める。味方の攻撃が始まるまであと5分ちょっと、遅れたら日本は重大な損害を被る事になるっ! 」群像の言葉に取り囲んだ全員が頷くとその輪からいち早くいおりが飛び出して乾ドックの下部へと通じる外階段へと走った。「外からのアクセス受け付けないんだったら緊急用のメンテハッチ使って中にはいるよっ! みんなついて来てっ! 」
「総員戦闘配備っ、各員部署につけっ! 」群像の号令一過、401のクルー達が大急ぎで席に座ってモニターに表示された現在の状況を確認する。予想はされていた事だが電源が落とされていたはずの艦体機能はすでに完全復旧、三次元を含む全てのインフォメーションは次々に数値と状況を吐き出し続ける。「レポートっ! 」
「ソナーアクティブ・パッシブとも作動中、対地対空対艦レーダー最大出力で周辺を探索中 ―― 艦長っ! レーダーに感っ! 」
「火器管制作動っ! ヤベえぞ艦長、401防空体制にモードが移行っ! 」
「まずいです艦長っ! 401はすでにIFFを切り替えて友軍を敵として視認しています、このままじゃ ―― 」
「 “ ぐ、群像っ! ” 」
「どうしたいおりっ!? 」聞いた事のない切羽詰まったその叫びに彼の危機管理が真っ先に反応する、「 “ ま、まずいって …… 重力子チャンバー、作動 ” 」
それはイオナが横須賀に帰って来てから誰も目にする事ができなかったブラック・ボックス。最も仲のいいいおりにさえも開かなかった本体下部ストレージ、パートナーである群像の問いかけにさえも口をつぐみ続けた。
霧の船が持つ最大最強の武器が秘匿された、ウェポンポイント。
「押さえろっ! 何でもいい、絶対にシームを展開させるなっ! イオナっ! 重力子チャンバー空間固定っ、そのままの状態で待機っ! 」
その時群像は自分の発した命令に思わず驚いて席の右側へと目を向けた。そしてその言葉に驚いた指令室の全員が空席になったままのセンターコンソールへと振り返る。
「 …… イオナ、は? 」
必ずそこにいなければならない家族の一員。
いる事が当たり前でいなくなる事など考えもしない ―― いや、彼らは霧との戦いでその経験を二度味わった、一度目は小笠原、二度目はあの北極海で。救命ボートの上で外洋の荒波に揺られながら彼らはなすすべもなく彼女の消滅を目の当たりにしたではないか。
呆然とするクルーの面々、その中で群像だけが弾かれたように立ち上がるといきなり踵を返して指令室への出口へと走り出す。「艦長っ! どちらへっ!? 」
「イオナを連れてくるっ! 艦の指揮は僧に任せるっ! 」
「 “ ばっか群像っ! イオナ迎えに行くってあそこは ” 」スピーカーから流れるいおりの声も置き去りにして群像は一目散にメンテハッチへの通路を駆けだす、その背中を追いかけてさらに彼女の警告が鳴り響いた。
「 “
* * *
「イオナっ!? 」
緊急退避を知らせる赤色照明とサイレンの鳴る長い廊下をひた走った群像の目に留まる質素なドア、ノックをしろと書かれた猫型の伝言版の書き込みをも無視した彼の手がドアノブにかかるや否や体当たりのように肩で押し込んで室内へと踊り込む。「イオナっ! 」
絶叫がこだます真っ暗な室内に置かれた隣り合わせのシングルベッド、乱雑に捲りあげられたままの上掛けの隣で彼女はいまだにすやすやと寝息を立てたまま動かない。時折小さく呻く声に生きている事を確信した群像はすぐに彼女の傍へと駆け寄って両肩を揺さぶった。
「イオナっ、起きろっ! どうしたんだ一体っ!? 」
「 “ こちら機関室っ! 僧、群像はっ!? ” 」その声からでも彼女がどれだけ困難な状況に置かれているかが分かる、だが彼は自分が群像から艦を預かっている以上感情を露わにして全員を不安に陥れる事を否定する。
「こちらブリッジ、どうしました? 」努めて冷静な声で受け答えするがその手元は苛烈を極めるキーボードタッチが展開中だ、せめてこの艦から放出されるデータラインの綻びを探して介入できるポイントを探し続けている。「 “ もうこれ以上はあたしだけじゃ押さえらンないっ! ハルシーム分離っ、砲撃シークエンススタートっ! ” 」
「僧やべえっ! 艦尾荷電粒子砲スタンバイ、仰角40っ! 」
「! ガントリーロックを力づくでこじ開けるつもりですかっ!? 」「砲撃開始っ! 耐ショックっ! 」杏兵の叫びとともに艦尾に装備された14cm/40 荷電粒子砲が火を吹いて船体の周囲に展開する強固な艦体固定具 ―― それは拘束具と言ってもいい ―― を軒並み吹き飛ばした。
「近接防御っ、パルサーガン全門斉射っ! 」船体へと降り注ぐガントリーロックの破片を吹き飛ばすために三門の25mm3連装パルサーガンが辺り一面にまき散らされ、濃密でありながら正確無比な対空射撃によって全ての破片が船体の周囲へとまき散らされる。
「さすがイオナさん、杏平より腕がいい」ダメコンを開きながら思わず感嘆の賛辞を呟く僧だがけなされた当人にそれほどの余裕はない。「言ってる場合かっ!? ロック解放、船体傾くぞっ! 」
叫んだ途端に届く衝撃が全員の体を揺らす。「静さん、有線でドローン射出。周囲の状況を外から確認したい」
「了解、ドローン展開。船体の状況を周囲から確認します」僧の指示を受けた静がパネルへと指を滑らせると有線式のドローンが司令塔に開いたポケットから飛び出してすぐにローターを展開した。霧との戦いで何度も窮地に陥った彼らは特に超重力砲使用時の際に起こる通信障害を解消するために後付けドローンの発射装置を追加装備した。有線無線どちらでも対応できて、しかも航続距離は艦体を中央に周囲二キロ半径。リチウム電池で動くこれならばたとえコンゴウの傍に接近したとしても絶対に察知されない。
「画像来ました、モニターに出します」再び静が手にしたスタイラスをモニターの上へと走らせるとスタンドアローンで動くドローンは備え付けられたCCDで捉えた映像を瞬時に指令室へと転送する。
「 …… おい、僧」
その映像を見た杏兵の口から零れた恐怖の呟き、静は眼を見開いてペンを落としたまま凍りついて僧はアレルギーよけのマスクの下で呆気にとられた。
上下に分かれた401の船体から現れたそれを知っている者はここでは群像も含めて五人、実際に見た者は401のクルーのみ。
整然と並んだ対の円盤が赤い雷いかずちを纏いながらゆっくりと左右に展開を始める。「 “ 重力子チャンバー縮退っ! エナジーゲインが軒並み上限突破してるっ! 僧っ!? ” 」
いおりの叫びを耳にしながら僧はその正体をマスクの裏で思わず呟く。
「な、なんであんなものが姉さまの中に」
それは超戦艦級でしか装備を許されない究極の防御システム、ヒュウガ自身それを見た事はないがその存在と機能はまるで生まれながらのDNAに刻まれたかの如く知っている。
「 ――
「 “ ヒュウガさん、もしかしてここと繋がってますか? ” 」格納庫をモニターする事で偶然にも外部音声を拾う事ができた彼女が僧の呼びかけに答えた。
「繋がってるわよっ! 群像はっ!? 」
「 “ 今イオナさんを迎えに宿舎へと向かってますがどうやら間に合いそうにありません ―― 残念ですが ” 」「どういう事よっ!? あんたたちまさか ―― 」
「 “ お分かりだと思いますが今401が展開しているのはミラーリング・システム、私達が見た中ではヤマトとムサシが装備していたスペシャル・ウェポンです。周囲の空間を変異させ、膨大なエネルギーを別次元の時空へと相転移させる防御システム ―― ですが一度発動すれば相転移の影響でこの鎮守府だけではなく横須賀の町全てが異相空間に呑みこまれて消滅します ” 」
「だからあんた達がなんとかしなさいよっ! 仲間なんかじゃないっ、家族の不始末でしょうっ!? 」
雄叫びと歯ぎしりが交互にヒュウガの表情へと襲いかかる。彼らがやろうとしている事はわかっている、それは自分たちが群像と触れた事で理解する事ができた。
―― 人だけが持ち得る特別な感情だ。
「 “ …… あなたは艦長とイオナさんを連れてここから逃げてください、あなたの力ならばまだ ―― ” 」
「バカなこと言ってンじゃないわよっ!! 」喰い気味に放つヒュウガの怒号が誰もいなくなった指令室にこだまする。「あんたら千早群像のっ! あたしが知ってる中で一番諦めの悪い艦長の家族でしょうっ!? あたしがここで何とか踏みとどまるからその間になんか知恵を振り絞って一生懸命抗いなさいっ! それができなくて何が『蒼き鋼』なのよっ!? 」
「 “ 褒めて頂いてありがとうございます。現在いおりさんが重力子エンジンの補機側を無理やり止めて臨界だけは阻止しています、この状態を維持したまま私たちはここで味方の攻撃を待ちます ” 」
彼らの事を歴戦だと認めている彼女はその決断が間違っていないという事を知っている ―― 船にいる連中は自分達の犠牲でイオナのコアだけは守ろうとしている。
でもだからと言って彼らを見殺しにしてっ!
生き延びた所であたしは二人になんて言って詫びればいいっ!?
「あんた達の覚悟はよーくわかった、っていうかそんなのもうずいぶん前から知ってるし」気持ちを切り替えて不敵な笑みを浮かべたヒュウガは再び進捗状況へと意識を向けた。データ侵食率50%、トップコーンはもう風前の灯。もうすぐ姉さまはこの基地全てを掌握するためのローテに入る。「でもそんなあんた達と一緒にいたからあたしはもう一個知ってる事がある」
「 “ …… それは? ” 」
そっと外した眼鏡をコンソールの上へと置いた彼女は最後の防壁をメインの周囲に張るために全ての機能をプログラミングへとつぎ込んだ。電子的に張り巡らされる多重防壁、それは霧の船が自らのコアを守るためだけに構成されたウィザード・ラムパート。
「あんたらは群像も含めていっつも『奇跡』を起こしてきたってことよっ」
* * *
不可解な夢だった。
自分に似た他人が群像に寄り添って楽しそうに笑ってる。彼女は一体誰だろう? 400? それとも402?
自分に背を向けて歩き出す二人の背中へと声をかけようとするがなぜか口が思うように動かない、追いかけようとするが足が全然動かない。
どうして?
思い通りにならない全てがなぜかもやもやして息が苦しくなっておなかがぞわぞわする、何かをしないとほんとにどうにかなってしまいそうなくらいにつらく。
こんな気持ちは初めてだ。
どうしよう。
あたしどうなっちゃうの?
* * *
「識別コード確認っ、百里エルボー1・エルボー2、それと …… 厚木じゃありませんっ! 岐阜からスカイヤー1・2・3っ、対艦専用F-2来ますっ! 」
「彼らの本気が分かりますね。万が一にもここから401を逃さない、最強の布陣です」覚悟を決めて落ち着いた僧の声に杏平と静が頷く。百里から接近するF-35はともかくとして最も近い厚木ではなく、岐阜にある飛行開発実験団から派遣された所が肝だ。配備されているのは旧式とはいえ今だ対艦攻撃能力世界最強を誇る三菱F-2後期型、そして搭載されているのは恐らく。
「五七式最新型の強化振動弾頭 …… それを喰らえばいかにクラインフィールドとはいえ一撃で撃破されるでしょう」
「ま、変に絨毯爆撃されて生殺しになるよりはマシなんじゃないの? 」頭の後ろに手を組んで背もたれに体を預ける杏平が達観して呟いた。「考えてみりゃよく今まで生き延びれたって言うか、とっくに死んでてもおかしくなかったモンな」
「そうですね、イオナちゃんがいなかったらあたしもとっくにサメのえさです。痛くない死に方ができるって言うのなら、まんざら悪くありません」
辞世の句と呼ぶにはあまりに淡々とした二人の言葉に僧はマスクの裏で思わずため息を漏らす。「お二人とも、諦めるのはまだ早い。この先事態がどう変化するかもわかりません、私たちは最後の瞬間まで最善を尽くしましょう ―― それにヒュウガさんの言った事もあながち気休めとは思えない」
「? 僧にしちゃいやに楽観的だな、なんか思い当たる事でもあンのか? 」
「いえね、杏平と一緒で今までの事を思い返していたんですよ。コンゴウとの戦闘、ムサシとの戦い …… その他もろもろどれをとっても私たちにとって楽な戦いなんてなかった。でも ―― 」
「でも? 」静の問いかけに何かを思い出すかのように僧は少し俯いて呟いた。
「私は群像と子供のころからの付き合いだからわかるんです …… 能力として何かが途轍もなく秀いでてる訳じゃない、でも彼はその想い一つで彼女らを退けて世界を救った」
マスク越しに放たれるその声に二人は息を呑む。冷静沈着を座右の銘とする彼が口にする、およそ非論理的なそのセリフは説得力に溢れている。
「彼は …… 千早群像という人間はただ者じゃない。彼は『持ってる』人種です」
「ちょっとぉ …… なによこれ」モニターに表示されるパワーゲージを睨みつけながら汗だくになってコントロールを続けるいおりの目の前に現れた変化、今まで機能をやりくりしながら必死でイオナの気を散らして抑え込んできたその手段が突然通用しなくなる。慌てた彼女が必死でリコマンドを繰り返しても結果は同じ、イオナはいおりからのメッセージに耳を貸さなくなってしまった。
「イオナっ! やめなさいイオナってばっ! 」モニターに向かって必死に呼びかける彼女の声も無視して補機のロックが次々に無効化される、キャップがくるくると回って制御芯が押し込まれる光景を目の当たりにしたいおりは大声で怒鳴った。
「僧っ! イオナが制御プログラムをオーバーライドっ! こっちのコマンドを全然受け付けなくなったっ! 」
「いよいよですか」いおりの叫びを受けた僧はすぐに静に言った。「こっちとあっち、どっちが早いでしょう? 」
すぐさま静が体勢状況図をモニターへと映しだして双方が準備を整えるまでの時間を表示する。「多分
「わかりました ―― いおりさん、ご苦労さまでした」僧の晴れやかな声にいおりのとぼけた声が重なる。「 “ えー? もういいのぉ? …… ちぇ、ここまでかぁ ” 」
「はい、今までありがとうございました。僕たちにできる事は全部やった、あとは」そう言うと僧は正面の三次元モニターに表示されるミサイルの航跡へと目を向けた。
「群像に …… いや、艦長に任せましょう」