蒼き鋼のアルペジオ -Ars Nova- Eingang   作:廣瀬 眞

22 / 36
Heavens and inferno

 遠雷のように鳴り響くいつもの演習終了の轟音に耳を澄ませながら、天翔の舳先に立ってドローンのコントロールをしていたヒュウガが穏やかに微笑んだ。

 

 朦々と立ち込めるおが屑の靄の中から二つの影が肩を並べてまだ波の収まらない海の上へと滑り出る、演習終了と同時に機関を下したタカオとシグレはお互いの艦上で顔を見合せたまま船が自然に止まるのを待っていた。

「 ―― ありがとう、ございましたっ! 」

 自然と近寄る舷側がまるでお互いを気遣うかのようにわずかな隙間を開け、船が止まった途端にシグレが大きな声でタカオに一礼すると彼女はふわりと船を離れてシグレの下へと舞い降りた。「じゃあ今日の演習はこれで終了、総評は後でヒュウガに聞くとして ―― なかなかよかったわよ、今日の戦い方」

 始めて褒められた事に戸惑い、キョトンとして自分よりも少し背の高いタカオの顔へと視線を送るシグレだがその喜びが表情までは至らず少し複雑な笑みになる。「 …… 意外ね、もっと喜ぶのかと思った」

「いえ、嬉しいのは嬉しいのですが ―― やっぱり勝ちたかったです」

 

「どうだイオナ? 」群像が結果の分析に思いのほか時間を費やしている彼女を気遣うように声をかけると、画像や機器からの測定結果をまとめたその可愛らしい戦術ネットワークは小さくため息をついた後にそれを口にした。

「引き分け」

 モニターで繰り返し流される最終局面のリプレイの後に告げられたその判定にどよめいたのはブリッジだけではなく全艦内の乗組員だ。「シグレは間違いなく撃沈判定、タカオは大破どまりだけど多分爆雷の爆発で上部構造と艦尾付近に大きな損傷。しばらくは浮かんではいられるけどいずれは沈没する。だから引き分け」

 両艦の被弾個所と被害想定がモニターへと表示されて結果の根拠が示された事で一応の落ち着きを見せた乗組員だが今度は思いがけないシグレの健闘に全員から拍手が上がった、二クラスも格下の船が正々堂々と渡り合った果てのドローはほぼ勝ち星に値するとばかりに称賛の声が広がる。

「タカオ、シグレ。ご苦労だった。本当に見ごたえのある演習だった」「 “ なーんかあたしがちょっと悪いみたくなってるけど、まあいいわ ―― それよりあたしもシグレも結構派手にあちこち壊しちゃってンだけど …… 修理ってもうできるの? ” 」

「もちろんです、タカオさん」群像の後ろに控えて黙って事の推移を眺めていた島が言った。「むしろそれこそこちらの望むところです、お二人ともそのまま本艦へと帰投してください ―― 船長の島だ、天翔全乗組員に告げる」途中から艦内電話を取り上げてバリトンの利いた声で喋り出すその声は誰も聞き逃さないようにするために大きい。

「これより本艦は演習海域から帰投するタカオ・シグレ両艦の補修点検整備を実施する、担当部署各員は速やかに配置につけ。機関前進微速舵そのまま、艦底開口部(ナックルゲート)展開可能深度確保」

 

 艦後方から中央に位置する整備ドックでけたたましいベルが鳴り響き、自動的に切り替わる電源で赤い非常灯に染まった密閉空間はいきなり昼光色に趣を変えて室内の様子をくっきりと浮かび上がらせた。

 両側の壁に不規則につき出た可動式のバルコニーと壁面へと取り付けられた様々な操作板、そして一階の部分にはヒュウガが硫黄島基地で使用していた重機材の数々と401が安置されていた。どんな衝撃を受けても大丈夫なように船体の三か所を強固なガントリーロックで固定された潜特型の表面に動力が伝達された事を示す青いヘキサが奔る。

 全乗組員のうち約7割がこのデッキの作業を主任務とするポリバレント・オフィサーとして天翔の運行に携わる、その全員が散っていた部署からここに駆け込んだ瞬間に彼らの雰囲気は一変した。それぞれの持ち場を表す原色のジャケットを羽織りながら頭部保護のためのヘルメットを被って乾ドック内を走る様はまるで一端の戦闘ハンガーだ。

「こちらドック長熊倉、ただいま全員配置につきました。これより乾ドックの入れ替え作業に入ります ―― 401の起動確認、ドック内注水。浮力確認と同時にロックを外しますので401はマーシャラーの指示に従って離艦の後右舷側へと回ってください」

「 “ 401了解、現在遠隔で艦を操作中 ” 」イオナの返事が轟音にかき消されて朦々と水煙が立ち上る、両側にある注水口から吐き出された海水はあっという間にドックの底を覆い隠して一気に船体の喫水線まで水面を押し進める。計器盤に表示される数値を読み取った熊倉はバルコニーのあちらこちらで様子を目視する作業員の合図を確認するとすかさず指示を送った。「401の浮力規定値到達、ガントリーロックオープン。続いてウェルドック解放、ワイヤーラッシング解除」

 

 水中に沈んだスラスタが仄かな光を放って主機が点火した事を確認したマーシャラーの足元がギギ、と軋みながらゆっくりと開きはじめる。左右に別れたスクリューから発する微かな航跡を押しのけるようにタンカーの後部が観音開きに開くと艦橋直下に設けられた誘導指揮橋に立つ男が両手のライトパドルをゆっくりと前から後ろへと振り始め、同時に401の艦首スラスタが小さな炎を上げた。解放されたガントリーを避けるようにして後進微速を続ける401が橋を頭上に見ながら艦外へと出ていく様はまるで巨大な生き物から生まれる胎児のようだ。

「 “ 401安全距離確認、これより右舷係留位置にへ向かう ” 」「了解しました。ガントリーロック一番から二番に交換、ただちにシグレの受け入れ準備 ―― 水深はどうか? 」「 “ ソナー室からドック長、現在水深200メーター。ゲート使用可能域に入ります ” 」

 矢継ぎ早の報告を受けながら熊倉がマイクを切り替える。「艦ちょ ―― いや島船長、熊倉です。メインドック準備完了、船の停止をお願いします」

 

「機関室、ゴースターン。デッドウッド収納と同時に両舷スタビライザー展開」チンチンという鐘の音とともにエンジンテレグラフが動いて針を後進の位置へと固定する、天翔のエンジンが轟音を上げ速度が落ち始めると同時に主舵が基礎ごと格納されて艦底両側から四枚のフィンが油圧でせり出した。「船体停止、以降の管理をDPS(自動船位保持装置)に移行 ―― さあ、いよいよです401の皆さん」

 圧巻とも言える船の操作に目を見張る401のクルーへと視線を送りながら島はマイクを片手に誇らしげな笑みを浮かべた。「これがこの船の本当の姿です ―― 工作艦天翔、整備モード。艦尾ナックルゲートオープン」

 

 潜水艦用の固定具から船舶用のクランプへと切り替わったドックの床が抜け落ちると解放されたままの後部から一気に海水が流れ込んで景色が変わる、機械に取り囲まれた洞窟と化したその場所を後方で進入待機していたシグレは呆気に取られて眺めていた。「 …… すごい、まさか船の中にこんな物を作るなんて」

「 “ シグレ、聞こえますか ” 」見惚れていたシグレの耳に熊倉の声が届く。「は、はいっ!? 」

「 “ これから貴艦を艦内ドックに誘導します、作業中は両艦とも敬称略しますのでご容赦ください。まずシグレを艦内ドックに固定してからタカオは左舷に、401は右舷に係留して整備を開始します ―― シグレ、ドック一番奥で点滅している目印に舳先を合わせて両舷微速。それから前方上の橋の中央に立っている誘導員のライトが見えますか? ” 」

「はい、よく見えます」

「 “ 結構。悪天候の際にはそれが橋の側面にあるLEDリレーに変わりますのでご留意ください …… 彼の振るライトの向きに注意しながらゆっくりと船をドック内へと進入させます、ゲート誘導が終わりましたらドックの両側から固定用のエクステンションデリックが伸びてきますので驚かないように ” 」

 言われるままにゆっくりと橋を潜った途端に両側の壁から生えるように出てきたアームががっちりと艦首両舷にあるボラードを掴んで固定する。「 “ 船体仮固定完了、停止位置正常ナックルゲート閉鎖。シグレは位置と姿勢をできるだけ現状維持してそのまま待機、すぐに底から架台が上がって固定されます ” 」

 けたたましいアラートチャイムの響きとともに海面下へと沈んでいた艦底部が強烈な油圧の力でせり上がって巨大なクランプがシグレの船体を挟みこんだかと思うと一気に持ち上げる、舷側から身を乗り出して下の様子を除き込むシグレに今度は無線から艦内スピーカーへと切り替わった熊倉の声が聞こえた。「シグレ架台固定完了、ドック排水。ドック内作業員はただちに修理個所の確認にかかれ ―― シグレ、ご苦労さまでした」

 見た事もない一連の工程に見惚れていた彼女が自分を呼ぶ声に顔をあげると伸びてくるタラップの向こうで受話器片手に手を大きく振る中肉中背の男が立っている、熊倉の姿を見た彼女はいつものお辞儀も忘れて思わず手を振って応えている自分に気がついた。

 

 硫黄島基地で係留作業に慣れているタカオにしてもその光景は圧巻の一言と言えた。舷側部に張り出した接触防止のエアフェンダーが展開して指示通りに接近した彼女の船体を自分のドリルよりも大きなアームがまるで包み込むように捕まえて引き寄せる、右舷側が見上げるほど巨大なクッションへと押しつけられてタラップが渡されるまでほえーという顔で眺めていた彼女は扉の向こうでひらひらと手を振るヒュウガを見てゆっくりと歩き出した。

「お疲れ様、なかなかいい教導だったわよ」白衣をまとってにっこりと笑いかける彼女を見たタカオが思わず目を丸くした。「 …… ちょっと、素直に褒めてあげてンのにその反応は何? 」

「や、あんたがあたし褒めるなんて珍しい事もあるもんだなーって …… なんか企んでる? 」怪訝な顔で覗き込むタカオだが当のヒュウガの表情は変わらない、むしろ更にその笑みを歪めながら彼女は尋ねた。「どうして相打ちにしたの? 」

「え …… ? 」思わぬ質問に思わずびくっと驚くタカオだったがヒュウガはお構いなしに尋ねる。「とぼけンじゃないわよ。あんたの今の実力なら両方に対応するなんて簡単でしょ? どうして ―― 」

「どうしても何もあの結果が全てに決まってんじゃない」自分の思惑を見透かされた事に慌てて顔をそむけながらタカオは答えた。「 ―― 少なくとも今の彼女の実力はあたしに大きな損害を与えるまでに成長したって事よ。ま、次はそうはいかないけどね」

「ふーん? という事は今のシグレはあんたの妹とほぼ同じ力を持っているって認めるのね? 」

 タカオ型の重巡は四番艦チョウカイの現出が確認され、三番艦のマヤは『あの時』コンゴウに取り込まれて戦没した。歩む道を違えた彼女が現第一巡航艦隊に所属するチョウカイと邂逅する事はなかなかないかもしれないが全ての海は繋がっている、もしかしたらどこかで出会う事があるかもしれない。その時に妹が誇れるような艦になっていなければどのような顔で会い見えようというのか?

「 …… そうね、そうとってもらってもかまわないわ。もしあの子があたしより強くなってなければの話だけど」「そっか」

 タカオの言葉にため息まじりの笑いを向けたヒュウガがいきなり彼女を抱きしめると頭を撫でた。「もー、えらいぞ『長女』(一番艦)っ! あんたのそういうトコほんとに可愛いったらっ! 」

「なっ!? ちょっ、ちょっとやめなさいよっ、あんた元あたしの上司でしょっ!? 今までした事もない事いきなりされても ―― 」「やっぱりあんたにシグレの事頼んで正解だったわ」

 耳元で囁くヒュウガの感謝に思わずもう、と言いながら抵抗を止めるタカオ、むくれる彼女の表情をしり目にヒュウガが言った。「ありがとねタカオ、シグレに自信をつけさせてくれて」

 

            *            *            *

 

「しかし見れば見るほど本当にすごい、よくこれだけの物をこんな短期間に造り上げましたね」401のクルー全員と共にベランダから作業を見守る群像は感動した。稼働していない状態ではただのだだっ広い空間だった場所が今では所狭しと立ち上がった重機材でごった返している、硫黄島の整備ドックは霧の船だったヒュウガの設計らしくどこか近未来を思わせる様式だったがここは無骨であるが故にいろいろな手順や仕組みがよく分かる。

「今までの当社の経験とヒュウガさんからの提案全部を詰め込んだワンオフ物の逸品です、機材の配置や倉庫の仕様などはヒュウガさんからの指示ですがそこに至るまでの導線やら階層構造は全部うちの設計チームが担当しました。多分統制軍のどの基地のドックよりも使い勝手がよく、そして絶対に速さでは負けません ―― お、出てきましたね」熊倉の視線の先に搬送チューブから吐き出された小ぶりなコンテナが置かれる。

「あれが今回の目玉です …… 何か分かりますか? 」全員が目を凝らしてよく見るとコンテナの中から引き出された大きなガラス製のカプセルが慎重に運ばれてシグレの損傷したビルジキールの傍へと置かれる、微かに伝わるその気配にびっくりしたイオナが思わず呟く。「 …… ナノ、マテリアル? 」

「正確には圧縮処理した、よ」背後からの回答に思わず振り向いたその先にはヒュウガとタカオが肩を並べて立っている。「キリシマとハルナを修理した時に残ったやつを初期化して保管しておいたの。今まであたしたちの艦の補修にはどうしても海水という触媒が必要だったんだけど ―― 」

「ちょ、それじゃああれか? もし補修するってンならいちいちこのドックに注水してからじゃないと出来ないって? それはあんまりにも非効率じゃねえか? 」

「そうね、それに鉱床にあるナノマテリアルを使っても全部が全部補修に使われる訳じゃなくて海水中に溶け込んでしまう物も何割かは発生する ―― いわゆる減衰率が大きな問題だったのよ」

 杏平の疑問にヒュウガが答えてイオナとタカオが頷く。イオナが撃沈された時にタカオは自らのナノマテリアルを全て彼女に移管して新たな船体を作り上げたつもりだった、しかし実際にはタカオの予想に反してその再現率は80パーセント程度に留まった ――  つまりおよそ二割のナノマテリアルが海中へと放出された事になる。

「お、始まりますね」熊倉がそういうと今度はチューブとは反対側に置かれたコンベアから細長い物体が運ばれてくる、ユニッククレーンでつり下げられたそれが壁面を回り込んでシグレの右舷に運ばれるまであっという間だ。「うちの技術部が開発した『UV硬化型アクアレジン』で作った彼女のビルジキールの雌型です。各艦の設計図から形状を割り出してドックの先にある工作室で成形、紫外線を照射することで硬化した雌型を損傷個所にあてがって補修する仕組みです」

 

 巨大な細長いクリスタルがしっかりとビルジキールの後へと宛がわれて寸分もずれないようにレーザーで測定された後に固定される。「 “ ドック長、作業準備できました。シグレちゃんに合図をお願いします ” 」

「了解した …… シグレ、聞こえますか? 」熊倉が尋ねると甲板に立つ彼女は大きく手を振って合図する。「これより右舷ビルジキールの補修を開始します、私が合図しましたら意識を集中して形状を想像してください。成形固定と蒸着が完了しましたらそれで作業は終了します ―― では始める。型内にナノマテリアルを注入」

 作業員が型の穴にカプセルから伸びたノズルを注入するとすぐにポンプが廻り出してカプセルの色が変わる、興味深々で身を乗り出す全員へと目を配りながら熊倉が手を上げるとシグレは静かに目を閉じてその作業へと没頭する。彼らの眼下で淡い輝きが透明な型を通してドック中を照らし出した。

「ほぼ海水と同じ成分を持つレジンですのでナノマテリアルが変質する事はありません、そして減衰が起こりませんから使った素材が全て艦の補修に使用できる画期的なシステムです」

 乾いた音とともに型が外されるとそこには元どおりになった彼女のビルジキールがある。「補修完了です、ご苦労さまでしたシグレちゃん」

 名前の後に敬称がついたことで本当に作業が終わったのだと分かってほっとした表情を浮かべたのが群像達のいる位置からもよく分かる。「あとは外装の傷やらへこみやらあるのですがそれはまた明日に行います、それには今御覧になった通りどうしてもお二人のお力が必要なのですが演習直後でお疲れでしょう? 通常航行には支障がないと思われますので今日の所は整備と弾薬補給で ―― ヒュウガさん、弾種は? 」

「んー、今日の演習見たところで難しい所ねえ …… できればシグレの霧式兵装を確認してはおきたいところなんだけど、今日の成果が本物かどうかも知りたい所ではあるし」

「そういう事ならもう一度演習弾でいいんじゃないか? 」悩むヒュウガに群像が言った。「ここには一週間ほど停泊する予定だから明後日にはもう一回演習ができる、彼女の兵装を確認するのに焦る事もないだろう」

「 …… そおねえ、千早群像のいう事にも一理あるか ―― じゃあドック長、弾種は演習弾でお願い」

「了解しました ―― もし興味がおありでしたら皆さんで工廠の方に向かわれてはいかかでしょう? ちょうど今演習弾を造っている所だと思いますので」

 

 隔壁を三つ前に越えて進んだ所にある巨大なスペースには様々な工作機械が置かれている、天翔のエンジンが生み出す巨大な電力を使って稼働するこの場所が工作艦の真髄と言っても過言ではない。「この場所ではナノマテリアルで造られてる物以外の全部の機器が、材料さえ手に入れば製造可能よ」

「全て、と言う事は401に積まれている電子機器も ―― と言う事ですか? 」僧が尋ねるとガイド役として先頭を歩くヒュウガは笑いながら振り向いた。「そゆこと。だからこのエリアはどっちかっていうと401や白鯨Ⅲのために作ったエリアと言えるかもね。クリーンルームも併設してるからそれこそ全部ぶっ壊れてもここで一から作り直せるわ、いちいち装備庁にしちめんどくさい書類やら何やら提出する事もナシ」

 いや官給品をこっちの勝手で造っちゃさすがにまずいだろうと彼女の発言に思わずあきれる群像だが、どうもそれは彼女ではなく浦上の言い草のように聞こえる。そもそも全てのパーツの製造・装備をここ一か所で完結しようというこの天翔の発想自体がいかにも物事の合理化を図ろうとする彼の発想によく似ていると思うのだ。

「お、見えてきた」ヒュウガが進む回廊の先にあるのは彼女がよく使っている卵型のマジックアームのうちの一基だった。有線で接続された制御盤のすぐ脇にある巨大なプレス機が上下動を繰り返し、開くたびに大量の弾をコンベアに置かれた籠の中へと吐き出し続けている。

「これが蒼き艦隊特製の演習弾製造機、よく出来てるでしょ? …… 今作ってるのは25ミリ機銃弾ね、シグレが派手に撃ちまくったから。ドローンが機器を海域から回収してたらこの後魚雷の型に変更するはずよ」

「材料は …… ほんとに木なんだ」

「そ、木っていうかおが屑ね。全国の地本に協力してもらって各都市の復興の際に出るおが屑を買い取ってもらってるの、集めたそれをこの型に詰め込んで高圧プレスを掛けると」ヒュウガの言葉の通りにプレス型が上下に押しつけられてしばらくすると、さっきと同じように木でできた弾頭が籠の中へと転がり出る。「弾頭の大きさで圧力は全然違ってくるけど基準は衝撃で弾体構造が崩壊する位の結着度で固めてるわ、当然火は使えないから魚雷なんかの推進機関は圧縮空気だけ。難点は演習でも見てもらった通り大気の摩擦で砲弾が燃えちゃう事だけど ―― でも迫力満点だったでしょ? 」

「なるほど、木を使う事で演習海域の環境アセスメントはかなり低く抑えられる。いかにも海で生きる霧ならではの発想だな」

 シグレとタカオの演習を計画した時に演習弾をどうするかという課題は特に群像の頭を悩ませた、というのもアメリカのように軍の管理下にある彼女達が実弾演習をした所でその費用は膨大とも言える軍事費の中からねん出される。しかし一民間企業である群像の会社が同じ事をやろうとすると統制軍からそれを買い取らねばならないからだ。艦隊のスキル向上のためには絶対に必要な費用である事は重々承知してはいるが節約できる所は出来るだけ節約しておきたいと言う庶民根性の権化はヒュウガが出して来たこの案に真っ先に乗ったという経緯があった。

「そうね。それに海の中には木を食べる生物もかなりの種類がいるから残留する事がない、魚雷の信管や推進機は本体が破壊されると海面に浮かびあがって探査ビーコンを発信するように設計してあるし再利用可能だから無駄がない。どーよ、いいことずくめでしょ? 」

「ほーんと、すごい発想だよねぇ。元々捨てる材料だから単価も安いし、このまま装備庁に売り込んじゃえば喜んで買うんじゃない? 」何となくの思いつきを口にするいおりだったが自分の想像とは違うヒュウガの反応にあれ? と首を傾げる。霧の発想で生み出された発明を人類側へと落し込む事はどこか禁忌の匂いがすると思っていたいおりにはそれは軽い冗談のつもりだったのだが。

「売りますよ、これ」

 そう言ったのは微妙な表情を浮かべているヒュウガではなく静の方だった。「 …… へ? 」

「いくつかブラックボックスは作りますがこの機械に関するほとんどの仕様と構造は特許庁に請願済みです、あとはこの機械の製造記録と実証結果を提出して認証を受けたらすぐに装備庁へとセールスに出向く予定なのですが」

「本気で行くんだっ!? 」自分の想像をやすやすと越えていく静の言葉に仰天するいおりだったが、蒼き艦隊の財布を預かる彼女には当然の事だと平然としている。「ここのところ何かと物入りで蓄えもすっかり減ってしまいましたからね、少しでも足しになりそうなものは役立てていかないと。私の国(台湾)では『お金は足が四本、人は足が二本』と言いますし」

 

            *            *            *

 

 夕暮れ迫る静かな海を蹴立てるように走る大艦隊、輪形陣を二重に組んで中央に居座る二隻の空母はすでに臨戦態勢だ。戦闘配備のサイレンがけたたましく鳴り響いて喧騒へと切り替える船の甲板から次々に戦闘機が打ち出された。第五世代機である殲35のアフターバーナーが異界の夜光虫のように宵のソロモンを駆け抜ける。

 

 

   ^     ^     ^     ^     ^     ^     ^     ^

 

 天翔の会議室で行われた慰労パーティーはこじんまりとしたものながらとても豪華で華やかなものとなった。JMUが民間フェリー建造で培った厨房設備の能力を計ってみようと言う場当たり的な企画だったのだが401の艦内で自炊生活に明け暮れたクルーから見てもそれは艦内設備とは思えないほど素晴らしいものだ。

 オール電化のシステムに各種調理器具の数々はどれもプロ仕様の物が用意されておまけに適度に使いやすい、料理に関しては腕自慢を誇る群像達が大喜びでパーティーの料理に取り掛かったのは言うまでもない。アシスタントにヒュウガのマジックアーム二基が張り付いて次々にトレーへと並べられる献立の数々は一見ホテルのメインダイニングも顔負けと言う物から作業員達の舌に馴染んでいる物まで様々な種類の数が所狭しと並べられた。

 招待を受けて入室しようとする島達一行が驚いて止めた足を中へと引きずり込んだのは各々思い思いのメイド衣装に着飾ったメンタルモデル達だ、見目麗しいという言葉しか表現できない彼女達の出迎えを受けた彼らは夢心地のような気分で蒼き艦隊からの接待を存分に受ける事になった。

 

 

   ^     ^     ^     ^     ^     ^     ^     ^

 

 天上を駆け抜ける無数の荷電粒子の光が一つも漏らさず艦載機のことごとくを撃ち落とし、ケラケラと哄笑を上げながら401よりも短いその小型艦はVLSのハッチを跳ね上げてありったけの浸食弾頭を蒼黒くなった空へと打ち上げる。炎と煙のページェントの先に現れる二重の艦隊からアラートが放たれるとすぐさまありったけの対空迎撃が始まった。

 旗艦福建の艦橋に立つ楊が背後で苦悶の表情を浮かべる初老の男を恫喝すると一部の艦隊が戦列を離れて黄海艦隊の前面へと躍り出た、見る間に鋒矢の陣形を組み上げた駆逐艦群は最大戦速でたった一隻しかいない霧の船へと吶喊する。

 

 

   ^     ^     ^     ^     ^     ^     ^     ^

 

「今日はこんな素晴らしい『入社式』を開いて頂きまして本当にありがとうございます。乗組員一同になり替わりましてこの島、改めてお礼を申し上げます」ビールを片手に深々と頭を下げる島の顔はすでに血色がよくなっている、会場をよく見るとすでに大半の乗組員たちが島と同じ顔色でにこやかにイオナやシグレ達と談笑をするのが見える。これは少し彼女たちにお酌を控えるように言わなきゃなと心の中で思いながら群像は何食わぬ顔で笑った。

「そんなお礼なんて。これから一緒に蒼き艦隊の一員として活動する皆さんを労うための精一杯の催しです、皆さんが楽しんでいただければ自分はそれで」

「そう、その奥ゆかしさです」酔眼を向けた島が何かを指摘するように大きな声を上げた。「私にはどうしても腑に落ちない事が一つあるのですよ、千早艦長。あなた達は人類であなたのお父様以外誰も抜けられなかったベーリング海を越えて北極海へと進出し、総旗艦を打倒して人類に平和をもたらした立役者だ。いや艦長だけではない、本当だったら世界中どの国に言っても敬意と尊敬を受けてしかるべきあなた達がどうしてそれほどまでに謙虚なのですか? 」

 

 

 

   ^     ^     ^     ^     ^     ^     ^     ^

 

 ―― バカめがっ!! ――

 一喝とともに吐き出された螺旋の光が海面をなぎ払う。一瞬で破壊されて海の藻屑と化す先鋒の艦隊、海面で燃え盛る重油の炎をかき分けてゆっくりと前へと進み出るその影に肝を潰した鉄壁の陣形が乱れる ―― その恐怖。

 怯えは瞬く間に大艦隊の隅々へと伝播して更なる混乱へと誘う、まるで怒りでそれを覆い隠すように怒号を上げる楊に向かって背後の男が腕を組んで何かを促す。

 それは彼の精神の平衡を取り戻すには十分な提案だった。がくがくと震える顎ともつれる舌を必死に動かして命令を下すと外縁部にいる生き残りの艦がハッチを跳ね上げてその独特の弾頭部を外部へと露出させ、万が一の時のために各国へと均等に配分された霧に対する特殊兵装はセルの脇にある排気口から炎を立ち上げて勢いよく上空へと飛び立った。

 

 

   ^     ^     ^     ^     ^     ^     ^     ^

 

「謙虚 …… な訳じゃありません、自分自身本当に一人では何もできないからです」笑いながらきっぱりとそういい切る群像の目に嘘はない。「あの日イオナが俺の手を取ってくれなかったら。あの時仲間が俺を手伝ってくれなければ。俺はきっとここにはいる事も生き残ることすら出来なかった、それにタカオやヒュウガやハルナやキリシマ ―― そして蒔絵。今の蒼き艦隊のメンバー誰一人欠けてもきっとあんな大それた事はできなかったでしょう …… だからみんなも誰か一人がその事について称賛を浴びる事にはすごく違和感を感じているのだと思います」

「ふむ。称賛は皆の頭上に非難は我一人に、と言う事ですか ―― ですがその生き方は千早艦長を苦しめる事になりはしませんか? 」島の酔いはすでに覚めていた。「上に立つ者であるのならばその非難も苦境も全員に分かつべきだ、貧乏くじを引く事だけが艦長の仕事ではないのです。誰かのためを思い、そのために全身全霊を注ぐ事は悪い事だとは思いませんがそれではあなたが報われない。千早艦長はもっと自分に寛容に生きられた方が良い結果を導けると思います」

 まるで瞳の奥の本心を見透かすような目で見つめる島の言葉に驚きながら言葉を失う群像、それはまるで自分の心の傷を言い当てられたようだった。

 今まで誰にも漏らした事のない大きな後悔、やり直す事の出来ない過去。

 そう、彼はあの時にそれしか選べなかった自分をいつも心のどこかで責め続けていたのだ。

 あの北極海で迎えた最終局面で、説得しようとする自分の意に反してムサシを討つ事しかできなかった事に。

 

   ^     ^     ^     ^     ^     ^     ^     ^

 

「! フレッチャー級現出っ!? 敵の前方に展開! 」オペレーターの叫びに動転する楊の目は最後の偵察機から送られてくるその映像へと釘づけになった。まるで海の底から湧いて出た黒い影が目標を庇うように現れたかと思うと特徴的なクラインフィールドを展開して全ての振動弾頭を受け止める、だが以前よりも威力を増したその兵器はまるで障子紙を突き破るかのように易々とその防護壁を貫通して次々に漆黒の船体へと牙を突き立てた。

 固定用のロックががっちりと船体に喰い込んでその先端に仕込まれた固有振動波発生装置を押しつけた瞬間に発生する異変、船体を構成するナノマテリアルが砂のように崩れ落ちて維持限界を超えたフレッチャー級はノルウェー製対艦ミサイル・ナーヴァルストライクを元に作られたHE弾頭の炸裂で跡形もなく砕け散る。

「よ、よしっ! いけるぞっ、振動弾頭第二波っ、ただちに ―― 」光明を掴んだ楊の声が激しく高揚して裏返る、だがまるでそれを嘲笑うかのように再び霧の高笑いが轟いて最後の偵察機の映像が光とともに失われた。すでに視認できる距離にまで近づいてきたその霧の船を望遠レンズで捉えたCICがうろたえたままその情報を艦橋へと送る。

「 “ CICから艦橋っ! 敵の艦種は元日帝の駆逐艦っ! アサ ―― ” 」

 ―― ごくろうだった、この愚か者ども ―― 

 有無を言わさぬその声が全員の耳へと届くと同時にその小さな船の全容が炎と煙で覆い尽くされ、吐き出された無数の炎の矢があっという間に上空で向きを変えた。

 ―― やっと使ってくれて ―― 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。