蒼き鋼のアルペジオ -Ars Nova- Eingang   作:廣瀬 眞

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ザ・スロットⅠ ―― ソロモン、再び

 この時期には珍しく熱帯低気圧発生の予兆すら見えないグアムまでの航路をひたすらに突き進む401と白鯨Ⅲ、ただし海流の関係で甲板に出て日向ぼっこというのどかな行為はお預けだ。交代制で艦橋要員を務める静は繰艦を受け持つ僧とともに刻々と移り変わる外の状況へと目を走らせていた。

「パッシブに感なし、硫黄島のビーコン確認。もうすぐ米国領海に入ります ―― なんか嬉しいですね、自分達の本拠地(ホーム)のサインを見つけるなんて」タカオの艦体を復元するために無茶をしたヒュウガへの代償は自らが手がけた硫黄島の基地全部と島の半分をナノマテリアル採掘のために費やす事だった、なんとか重巡一隻分の資源を確保した代わりに擂鉢山ごとなくなったかつての要衝はのっぺりとした北側の平面だけになっている。

「そうですね、すっかり変わり果ててしまいましたがまだ島として残っているのはありがたい。いつか里帰りができると言う事ですからね …… 針路を方位290に変更、マリアナ海嶺に向かいます」

 手元のジョイスティックをゆっくりと動かしながら舳先をマリアナ諸島へと繋がる海山列へと向ける僧、ほんの少しの揺れを体に感じながら静が尋ねた。

「そういえばどうしてヒュウガさんは硫黄島でナノマテリアルを見つける事ができたんでしょう? とても貴重な資源でめったに見つからないと聞いていたんですが」

「私もそのことはずっと疑問に思ってはいたのですが …… ですが沖ノ鳥島に彼女がそれを隠していた事を聞いて何となく硫黄島基地の秘密 ―― というかナノマテリアルの仕組みが分かってきたような気がします」

「? どういうことでしょう? 」ヘッドフォンを片耳だけ当てて後ろを振り返る彼女の目にはいつも通りの彼の姿しか映らない、ただ僧はじっとモニターを見つめながら何かを考えているようだった。

「硫黄島という場所が絶海の孤島でなお且つ軍関係者が撤退した跡地だったからそこを基地に決めたんじゃなく、元々彼女は硫黄島に目をつけていたんじゃないでしょうか」

「え? 」

「ヒュウガさんは多分あそこにナノマテリアルが眠っている事を予め予測していたんですよ ―― 多分群像の立てる仮説よりも先に彼女はその事に気づいていた。『第二次大戦の激戦区』にそれが埋蔵されている事を」

 僧の推理に静は逸る心を収めようと努力する ―― でも。「どうしてヒュウガさんはその事を艦長に言わなかったんでしょう? もし先にそれを知っていれば ―― 」

「彼女からそれを詳しく聞いた訳ではないのですが …… 僕は恐らくそれは彼女なりの ―― 霧を束ねた事のある大戦艦ヒュウガなりの霧に対する『懺悔』ではないのかと」

 

 僧の口から語られるその声にはどちらかというと何か思いつめたものがあると静は思った。「大戦時に多くの船が沈んだ場所は今から向かう鉄底海峡だけではなく硫黄島や地中海、そして北大西洋など世界中の海に点在しています。そして現界している霧の船は全て第二次大戦中に戦没もしくは解体された戦闘艦に限られている …… 僕は思うんです、もしかしたらその場所 ―― つまりナノマテリアルがある場所というのは彼女たちにとっての『聖域』ではないのか」

「『聖域』ですか? 」静の問いかけに僧はこっくりと頷いた。「そうです、決して侵してはならない場所。でもヒュウガさんは今を生きる仲間のためにその禁忌へと手をつけてしまった、自分や仲間の魂が眠る水底に隠された根源に。でも彼女の口からその正体を公にすることはできない、なぜならそれは自分達が生きた証を失くしてしまう事になるから」

「 …… だから彼女はあえてその事を艦長には言わなかったんですね、彼が自分でその事に気づくまで」

 分解されて取り込まれていくそれらがどうなるのかという事は401のクルーならば皆知っている、タカオもヤマトも分解されて401と一体化した後には元の痕跡は何も残らなかったのだ。何十万の兵士とともに海の藻屑と化したかつての同胞の墓標が今度は無に帰する ―― 彼女達の雄姿や成した行いはもう霧のメンタルモデルの心以外には永久に残ることはない。

「艦長がそれに気づいた時に誰にも言わなかったのはヒュウガさんの気持ちを慮っての事だったのだと思います …… ヒュウガさんだけじゃない、イオナさんと共に総旗艦命令を放った者の責務として彼は霧の今後の行く末も考えてお互いに共存できる未来のあり方を探し続けている」

「そんな事が本当にできるんでしょうか? 」「わかりません、凡人の私には」

 静の問いに間髪いれずに頭を振る僧は少し寂しげな声で言った。「ですがこうなってしまった以上何としても艦長はイオナさんと一緒にその道を探さなきゃいけない …… 副長である私のやるべきことは彼の生きざまを肯定し、そしてそれを成し遂げるための方法を必死に考え続ける事しか ―― 」

「違いますよ、僧さん」

 いつもとは違う彼女の口調にはっとした僧が視線を向けると静は穏やかに微笑みながら厳しい目で彼を見つめていた。「それは僧さんだけの仕事じゃない、今この船に乗り込んでいる私たちみんなの仕事ですよ? 」

 

            *            *            *

 

 ヘクチッっというかわいらしい声でくしゃみをしたヒュウガに当直を務める駒城が驚いて振り向いた。「 …… なによ、メンタルモデルがくしゃみしちゃいけないって決まりでもあンの? 」

「いや、そんなことはないけど …… あんまり可愛らしい声だったから思わず振り向いちった」

 浦上を除く他の統制軍幹部が彼女に対して敬語で接するのとは対照的にどういうわけか駒城と真瑠璃だけは彼女に対して砕けた口調で話しかける、霧の大戦艦というだけで畏怖の対象となる立場の彼女だがコンゴウやヒエイと違い一度懐を許した存在に対して寛容につきあえる所が彼女の良さだ。「ところで休むんなら部屋はちゃんと用意してあるよ、いくらメンタルモデルっつっても動きっぱなしって訳にはいかないんだろ? 」

「おあいにくさま、航路探査位の負荷なら息してるうちにも入ンないわ。それにこの船のソナーはとても優秀だからあたしの負担なんて全然無いようなモンよ ―― あと部屋戻っても浦上のいびきがうるさいし」

「ああ、中将ね。ほんと昔っからアレうるさくて …… え? 」笑いながら同意する駒城だったが彼女の残した一言に思わず表情筋が痙攣する。「 …… ヒュウガ、なんでそれ知ってンだ? 確か部屋割り別々に ―― 」

「え? そうなの? でも浦上の部屋ベッド二つになってたわよ? あたしてっきりそっかーツインかー別にダブルでもよかったのになーって思いながら片方使っちゃったんだけど」

「や、あの部屋は元々幹部宿泊のための部屋だからそういう作りにはなってンだけど …… 中将いたよね? なンも言われなかった? 」

「別にぃ? じゃおやすみって横になってからほんの数秒でゴーゴー唸り出して。防音しっかりしてるからまだいいけど昔の船だったらあいつ絶対乗船禁止よ? すぐに位置がばれちゃいそう」

 あ、そっすねと呟きながら前方のモニターへと顔を戻しながら “ あんたらそれまるっきり夫婦の愚痴じゃねえか ” と心の中で呟いた駒城はなぜかドギマギしながら前から思っている質問を彼女へと投げかけた。

「そ、そう言えばヒュウガ。前から不思議に思ってたんだけど」

「ん、なに? あたしがどうして自分の船を持ってないかって事? 」聞くより先に内容を指摘された彼の全身に痺れたように電気が走る、霧のユニオンコアには読心術でも実装してるんじゃないかと思うほどの正確な指摘に思わず声が上ずった。「そ、そう。どうして分かった? 」

「わかったもなにもどう考えたって不思議でしょうよ。霧の大戦艦を名乗りながら実体は当時の401のクルーが目にしただけ、確かにメンタルモデルとしては存在しててもその名乗りを上げてるのはあたしだけだもの。そりゃ誰だって疑いの目を向けるわよ」

「疑ってないって …… でもタカオから一応チラッと聞いたんだけど、なんかその他に理由があるんじゃないかなぁって」「 …… あンのおしゃべり」

 チッと舌打ちしながら眉を顰める彼女の気配に首をすくめながら駒城はなおも話を続ける。「北極海での出来事はレポートで読んだ、イオナちゃんと融合したヤマトはナノマテリアルごと跡形もなく霧になって消えちゃったんだって? んで俺ふっと思ったんだ、もし船に命があるのなら自分の生きた証がこの世界から消えてなくなる事をどう思うんだろうかって」

「あらあ筋肉オタクのくせに意外とロマンチスト」やり返さんばかりに背後でクスリと嗤うヒュウガの声を苦虫で聞き流しながら彼は言った。「ナノマテリアルが戦没した船から取り込まれて霧の船の修復に使われることはそれを配下に抱える国同士が共有する情報の一つだ、でも霧の船が修復を行う際にどこに移動して何を行っているかは彼女達の完全機密で誰も知らない。俺の知っている情報も事の顛末を報告書として提出してきた群像からの文面でしか分からないんだ、中将含めて俺達は統制海軍幹部で蒼き艦隊の一員じゃないからな」

「ふうん、あいつそういう所は義理堅いんだ。感心感心」

「でもそれって共食いだろ? 」

 

 駒城の発したその一言に艦橋の全員が押し黙って耳を傾ける。彼女に対して畏怖を感じている彼らが霧の事をいくら疑問に思っても尋ねる事などあり得ない、それが訊けるのは彼女に対して唯一対等に接する事のできる彼と浦上しかいない。「機械ならばそれもアリだと思う、実際あんたらとやりあってる時の俺達もそうしてたしな。でも俺はヒュウガも含めて霧の船の事を最近自分達に近い生き物なんじゃと思い始めてるんだ ―― 意志も感情も善悪もある生き物、共食いなんて不埒な行為をするのは相当な覚悟がいる。でもあんたはそれをしない」

「 …… 」

「イオナちゃんやタカオはナノマテリアルという物がただの物質であるという認識でしかない ―― いやもしかしたらわかっていても目的のためにあえてその事実には目をつぶっているのかもしれない。でもあんたは ―― 昔霧を束ねていたあんただけは違うんじゃないか? 」

「へえ、どういう風に違ってると思う? 」興味深々と言う感情を言葉に隠さず彼女が尋ねると駒城は言った。「あんたはそれをしたくない、仲間の生きた証を消してしまうくらいならこのままの姿で過ごしてもかまわないと思っている? ンじゃないかってね」

 

 沈黙を守ったまま返事をしないヒュウガへと恐る恐る視線を向けた駒城の目に映ったのは腕組みをして苦笑したままポリポリと額を掻いている彼女の姿だった。「んー、まずどっからあんたに説明したモンかなぁ …… じゃあさぁ駒城、人類が最も燃料資源として使ってる石油って何からできてる? 」

「石油、って …… 化石燃料だから元は植物や動物の死骸が圧縮変性して出来たモンだろ? 」「そ、大昔にこの地上で生きていた生物の成れ果て。でもそれを人類は有用な『資源』として自分達の生活に活用してるわよね? その時に彼らの昔の姿を思い起こしながら使ったりしてる? 」

 ヒュウガの言わんとしている事が分かって思わずあ、と声を出す駒城。「つまりナノマテリアルもそういう事よ、戦没船の残骸が何らかの力によって変性したあたしたちにとってのなくてはならない資源。だからあたしが自分の船を復元しない理由はタカオがあんたに喋ったのと今はまだそうしたいと思わないから、ただそれだけよ」

「 …… ほんとに? 」「ほんとに」

 さも当然と頷いて言い放った彼女に残念そうな表情を向ける駒城だがその気持ちに塩を刷り込むように彼女の追い撃ちがかかる。「だいたいさぁ駒城、考えてもみなさいよ。あたしたちはもともと戦うために生まれた兵器以外の何物でもないのよ? 共食いがヤダとかお墓がなくなるとかそんな瑣末なことでいちいち物事忖度できる訳ないじゃない。敵に勝つためには何だってやる、それがあたしたちのやり方考え方よ」

「 …… 貴重なご意見痛み入ります」

 自らの推理が外れた失望を謙虚に変換してペコリと頭を下げる彼にヒュウガは優しそうに微笑んだ。「そうがっかりしなくてもいいわ、むしろこちらこそ貴重な意見が聞けてとてもありがたいし」

「貴重な意見? 俺なんか言ったっけ? 」

「言ったわ、人の持つ死の概念。前にイオナ姉さまが千早群像から聞いた事があるって言ってたけど、人は喪っていく事の悲しみに折り合いをつけるために墓標を立ててその人を忘れないようにしているんだってね。私たちメンタルモデルにとっての死はコアの消滅という形でしかないけれど、もしかしたら私達も同じような考えに至れるのかもしれない。コアを失くして消滅したはずのヤマトの力がイオナ姉さまの中に未だに残ってて総旗艦ムサシの残骸はいまだに北極海の水底で眠り続けている、彼女達がこの世にいて良くも悪くも私たちにその記憶を残した事はもしかしたら人のそれと同じ事なのかもしれないわね」

 

            *            *            *

 

 マリアナ海嶺を山沿いに南下して北マリアナ諸島・ロタ島を抜けた先に見える島は広く大きい。16世紀にポルトガルの探検家マゼランに発見されその後スペインの植民地と化してから長く戦乱の嵐に翻弄され続けてきたグアムという島は最終的にアメリカの領土となって長き時を過ごして来た。北マリアナ諸島とともに南太平洋上にぽつんと浮かぶこの島はその後島嶼領海を守るための重要な拠点として今もかろうじて活動を続けている。

 島唯一の港であるアプラは常に支配国の軍港として機能していたが今ではほとんどその面影はない。米軍太平洋地域の要となるはずのそこは霧の第一次侵攻の際の標的とされて配置していた艦艇ごと完膚なきまでに叩き潰された、廃墟と化して一時は放棄された場所だったが霧との戦闘が終結した今では商船航路上に跳梁跋扈する『はぐれ』に対抗するために最低限の機能だけを回復させた状態だ。

 北側のサンゴ礁の突端に置かれた灯台の明かりを洋上航行の甲板で確認しながら401と白鯨Ⅲはゆっくり湾内へと進入するとすぐに座っていたイオナが群像を見上げた。「ポラリスポイント司令部より入港の許可。そのまま三番と四番に停泊してって言ってる」

「了解した …… しかしそれにしても」

 進行方向に見えてくる潜水艦基地の全貌を眺めながら彼は思わず呟いた。地上建造物を霧の爆撃によってほとんど破壊された敷地内は当時のままで資材搬入用のクレーンは一基だけ、本土の復興すらままならないのはどこの国でも同じだがここまで酷いと本当に機能しているのかと疑いたくなる。

「 “ 見てくれはひどい有様だが地下施設は普通に機能している、だがいかんせん今の米海軍の海中戦力はロシアにも大きく劣るありさまだ。バージニア級とシーウルフ級を全部霧との戦いに注ぎ込んだ今となっちゃあ旧式のロサンゼルス級しかいない、潜水艦隊の復旧は自ずと後回しになる ” 」

「一番パースと二番にちょうど泊ってますね」上甲板で双眼鏡片手に前方を監視している僧が呟くと全員の目が一斉にそちらへと向く、こちらよりほんの少し小柄で真っ黒い船体を海面へと覗かせている二隻の周囲では大勢の作業員が慌ただしく動き回って資材を運び込んでいる。倒壊した鉄骨の脇で車両クレーンが足元を固定しながらミサイルポッドを釣り上げている姿が妙に印象的だ。

「随分慌ただしそうですね、何かあったんでしょうか? 」「 …… 撤退や夜逃げってわけじゃあなさそうだねえ、まさか出撃? 」

 静といおりが呟く中目指す埠頭に幾人かの人影が走り出て発光信号を放ちはじめる、それが接岸場所だと確認した杏平が大きく手を振って合図すると401と白鯨Ⅲは同時に方向転換を開始した。タグボートの助けもなく見事なかじ取りで同時に岸壁へと船体を寄せる二艦の妙技にその場に立ち会った士官たちは舫を繋ぐボラードの前に立ち尽くしたままその信じられない光景に見入っていた。

 

「ようこそわがポラリスポイントへ。リムパックの件はお見事でした」

 基地司令だと自己紹介したテイラー大佐はいかにも実直な人柄と満面の笑みで群像と駒城に右手を差し出し、浦上には見事な敬礼を披露した。リムパックで蒼き艦隊が米艦隊に対してとった戦術はただちに詳報として各艦隊に配布され、特に残存数が少なく遅々として復旧の進まない彼の国の潜水艦乗りの溜飲を下げるどころか兵器としての有用性を再び軍部に向けて説くための説得材料になったようだ。

「お陰さまであれ以来大分第七艦隊の中でも立場がよくなってこちらの要望が聊かではありますが通るようになりました ―― しかしレポートには本当に驚かされました、兵装選択や艦体の制御など我々には目から鱗の数々で。そこまでしなければ霧には勝てないという事を痛感しました」

「お役にたてて何よりです、それにそれでこそリムパックという行事に参加した意義があると言う物。日本海軍を代表してお礼を申し上げます」浦上が頭を下げると並んだ二人も慌ててそれに倣う、良きにつけ悪しきにつけこういう所が相手を慌てさせるんだよなぁと二人が思ったその予測通りにテイラーは困惑で両手を振った。「いやいけません、仮にも中将ともあろうお方が立場が下の者に頭を下げるなど ―― 」

「立場の上下など些細なこと、自分達の成した事に人が礼を持って遇すると言うのであれば礼をもってお応えすると言うのが作法という物。武に生きる者の、それが礼儀と心得ております …… ところで」

 ずいぶん仰々しく立ち振舞うこととヒュウガの生温かい視線を背中に受けながら浦上は入港の際に気になったその点について尋ねた。「確か一番と二番に停泊しているロサンゼルス級を見かけたのですが、何やら状況が慌ただしい様子とお見受けしたのですが? 」

「ああ、アッシュビルとサンタフェの事ですか …… 両艦もあなた方の任務に同行させようと思っている次第で」当然と言った表情でさらっととんでもない事を告げるテイラーは帽子を取ってシニカルな笑いを浮かべた。「どうか我が艦隊のあの二隻もお二方の戦列に加えて頂きたい」

「テイラー大佐、お申し出は大変ありがたい事なのですがこの任務は米海軍と我が国で検討した作戦を蒼き艦隊が受諾したまでの事 …… 失礼ですがそのことは第七艦隊司令部オアフ島もご存じで? 」

「いえ、これはあくまで私自身の判断です」独断専行をあっさりと認めたテイラーだったがその目に後ろめたさの欠片もなかった。「ですがこれは我が潜水艦隊全部に関わる重大事なのです、もし水上艦艇が敵に対して物の役にも立たないというのであればおのずとそれ以降の主役は我々です。ですが現在米海軍はまず海上戦力の充実に力を入れたままで潜水艦の補充はされてはいない」

「それは確かにそうですが ―― 」

「我々はこの先起こるであろう戦いを生き抜くためにどうしてもバージニア ―― いえ、世界最強と称されたシーウルフ級の再配備が必要なのです。それを議会に納得させるために今回のミッションは非常に好都合」

「ですがテイラー大佐、敵の全貌が判明しないままでの出撃はあまりに無謀すぎます。一度戦ったとはいえ彼女たちの戦闘力はあまりに未知数、そんな危険な場所へ米海軍の貴重な資産をつぎ込ませる訳には」

 加えて今回の任務はあくまで隠密裏に水面下に残る中国海軍の痕跡を回収して帰還する事にある、隻数が多くなれば敵に察知される確率は高くなるだろう。もし見つかった時の事を考えて群像は蒼き艦隊の資産を時間差で南太平洋へと集める算段を取っているが、そんな中でもし彼ら二隻が攻撃を受けたならどうやって助ければいいと言うのか?

 群像の危惧に目を細めながら聞いていたテイラーは手にした帽子を丁寧に被りながら群像へと笑顔を向けた。「お気づかい感謝いたします千早群像艦長殿、ですがもしあなたの考えているような事が起こったのだとしたら ―― 」

 

 浦上と駒城、そして群像との間にまるで見えない壁があるみたいだ。群像の隣で黙って話を聞いていたイオナが思わず彼の袖をぎゅっと握りしめてこれから告げられる残酷な現実から彼を支えようとする。

「見捨てて構いません。旧式とはいえど彼らも一端の攻撃型です、少なくとも盾の代わりにはなるでしょう」

「っ!そんな事っ!? 」「よせ群像」駒城が小さな呟きで激昂する彼を抑え込む。

「 …… 敵の戦闘データを集めるために犠牲になると言う事をどうやらあの船のクルーは全員了承済みだそうだ ―― ですがもし不慮の事態が発生すればそこは敵の勢力下、後で助けに行く事も出来ませんぜ? 」

「それらのリスクは全て理解しております、それでもなお彼らは志願したのです」テイラーの表情から笑みが消えて、代わりに浮かびあがったのは強い決意と微かな憐憫を灯した目だった。

「我が米海軍がこの先も世界を護る秩序としてあり続けるために、尊い犠牲となる事を」

 

            *            *            *

 

「犠牲だと? クッソくだらねえ、命を粗末にしやがって」出撃前のブリーフィングを終えて解散した途端に悪態をつく駒城をため息混じりに浦上が諌める。「そう言ってやるな駒城。彼らだって本当に死を望んで戦いに挑む訳じゃない、ただ軍人なりにそうなる確率が高いという事を ―― 」

「ですが彼らの参加のおかげでこの調査の精度は下がります、本当は敵に察知されないように交互に広範囲を調べる予定がこれじゃあ半分の範囲だ。言っておきますけどこれはアメリカさんの自尊心を満足させるためじゃなくて中国が今しようとしている事をなんとか押さえるための説得材料を探す調査なんですよ? 」

 駒城が言うとおり無音潜航で広範囲の探索を予定していた調査チームだったがロサンゼルス級の参加でその風向きは大幅な見直しを余儀なくされた。速度も性能も装備も劣る二艦を海上警戒のために浅深度に置き、その隙に401と白鯨Ⅲが海底を這いまわってできるだけのサンプルを集める。テイラーにそう言われたからはいそうですかと呑みこむ事の出来ない彼らが出来得る限りの方策を模索して出た結論がそれだった。

「 “ やはりポラリスポイントを前哨基地にしたのが甘かったのかもしれませんね、かといって時間の猶予はこちらにはありませんでしたし ” 」

 すでに出港準備を終えた401から群像がため息まじりに愚痴るが浦上は二人からの不満を聞き流す。今さらここで言っても詮無い事だ、要は自分に与えられた仕事に最善を尽くせばいい事なのだ。当然二人もそのことはよく理解はしているのだろうが、欲を言えばもう少し万全の状態で作戦に臨みたいと言うのが本音なのだろう。

「ちょっとあんたたち、いつまでも女の腐ったみたいにグチグチ言ってないでやるべきことはちゃっちゃと終わらせてしまいなさい。あんた達がそんなンじゃあ浦上だって頭抱えるだけじゃないのよ全く」

 堪りかねたヒュウガがイライラしながら二人の艦長に檄を飛ばす、自分の本音を代弁してくれた事に浦上は思わず隣を眺めて叱られた二人はおずおずと口をつぐむ。まるで母親のような口調にクスリと笑った浦上は腕組みをしながら呟いた。

「でも確かに二人の言わんとする事もオブザーバーの立場としては理解できる」「ねえ浦上、あんたがそれ言っちゃあダメじゃない。少なくとも軍人でしかも上級幹部なんだから」

「だが若い連中の意見を立場で封じ込めちゃいかん、そこを履き違えると昔のような風通しの悪い組織になってしまうからな …… まあ俺もロサンゼルス級をまとめてくれる指揮官クラスの船がもう一隻あればいいとは思うんだがな、それも霧との戦闘経験のある奴がいい」

「潜水艦で? 確かナガトのとこに何隻か霧の潜水艦がいるにはいるけど …… トラック島にまだいると思うから連絡してみる? 」

 真顔で告げるヒュウガに浦上は唖然とした。なぜなら彼女が裏切り者だと言う烙印が押されているのは以前に聞いており、あえてそれを押して元の組織へと連絡するということは必ず何らかの耐え難い代償を必要とするのが暗黙の了解とされているそうだからだ。どうしてそこまで、とあえて彼女に踏み込もうとする好奇心を押さえて彼は答えた。

「いや、一度も連携をとった事のない船に指揮艦をお願いすると言うのも申し訳がなかろう。それに彼らだって霧の風下にいきなり立てと言われて従う気にもなれんだろうし ―― ここは何とか401とこっちで連携を取りながらロサンゼルス級を護ってやるしか手がないだろうな」

「超曖昧で場当たり的な戦略ね、ほんとにそれで大丈夫? 」自分の提案を反故にされた事にほんのちょっとイラッとしながら疑いの眼差しを向けるヒュウガに戦闘用の略帽を被りながら言った。「今回がもしだめなら今度は天翔を起点にして作戦を考え直せばいい事だ、生きていればまた次がある」

「あんたは昌福(ショーフク)さんかっての」

 

  ※ 昌福さん ―― 木村昌福海軍中将。アリューシャン列島キスカ島の撤退戦において奇跡の無血回収を成功させた日米共に評価の高い名将の一人。一度目の決行の際に作戦決行に最も重要な要素の濃霧が晴れ、強行突入を強く進言する部下に対して「帰ろう、帰ればまた来られるから」と諭し万難を排して撤収した事は有名な逸話である。

 

            *            *            *

 

 ―― 四駆、出撃準備 ―― 

 深い海のそこから響くその声は決して誰にも聞こえない、ただ彼女達と縁で強く結びついた者たちだけが感じ取る事のできる歪な聲だ。命を受けたその少女は甲板の上で穏やかな微笑みを浮かべながら白い鉢巻を頭に巻いて朗らかに言った。

「ヤマグモ抜錨、先発します」

 黒い靄の中心に並ぶ三艦の中央に立つその船が先んじて舳先を前へと突きだすと黒い水面がさざめいて左右へとわずかな引き波を起こす、続けて動き出した左右の艦の甲板に立つ少女たちはそれぞれにリラックスした表情で自分の周囲を取り巻く演算リングを指で弾いた。

「ヤマグモ、この前一人で勝ったからってあんまりはしゃいじゃダメよ? 今日もモガミがいないんだから」

「そうは言うがミチシオ、今回私たちが全力出撃ってどういうことだ? 人類側の艦隊ならば誰か一人で十分 ―― 」栗毛を左右で束ねた少女が不満げな顔で尋ねるのをミチシオはやれやれと答えた。「だーかーらー今回は気をつけろって事よ。相手に霧が一隻混じってるだけでも私たちには十分しんどいんだから、あんたも前みたく吶喊ばっか考えないでもうちょっと周りを見て行動しなさい。アサグモ? 」

「ちょっ! 霧の船がいるのかっ!? ヤマグモ先鋒私と代われっ、小手調べに私が ―― 」「聞けよっ。大体あそこの門番はヤマグモなんだから出しゃばっちゃだめよ? 交戦優先権はあの子で私たちはあくまで後詰め、弁えなさい」

「ちぇーっ、哨戒部隊の連中め。どーしてグアムから黙まーってあいつらをそのまんま行かせたりしたんだぁ? ちょっと誘導してくれればあたしのエリアに引き摺りこめたってのに」なおもグチグチと不満を口にするメンタルモデルに向かってミチシオと呼ばれた栗鹿毛の髪の少女はクスリと笑った。

「そうならなくてよかったわ、あなただったら主の忠告なんかそっちのけで突撃してたかも知ンないから。二人とも言っとくけど例のデータはまだ解析中で実戦配備には時間がかかる、だから今回はあくまで人類側の潜水艦部隊の実力を計るための様子見よ。危なくなったらすぐに ―― 」

「そういうあなたこそ殺る気マンマンじゃないんですか? 」先行するヤマグモが一つも表情を変えずに笑いながら言い放つ。「船の周囲からこわーい気配が漏れ出てますけど? 」

 

「まーね」

 ニヤリと笑うその表情に彼女の本性が垣間見える。数々の死地をくぐり抜けながらただ一人生き残って仲間を見送り続けたその記憶が彼女の内にある何かを大きく変えた、殺意に逸る気持ちを抑えた彼女は口角を大きく歪ませながら自らに言い聞かせるように呟いた。

「向こうさんが死んじゃったらそこまでの運でしたって主に報告するわ、だって手加減なんて死んでも真っ平御免だし」

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