蒼き鋼のアルペジオ -Ars Nova- Eingang   作:廣瀬 眞

31 / 36
ザ・スロットⅧ ―― Disintegration

 思わず嚙み締めた唇が白くなる、ヒュウガが自分に問いかけたその真意。

 わかっている、彼女は最初からシグレを『疑っていた』。

 佐世保沖にいきなり現れ四天桃花から託されて蒼き艦隊へと配属されたことも、現出してからそれまでの記憶がほとんどなかったということさえも。

 全てはどこかの誰かが仕組んだ策謀ではないのかと。

 今現在この時代で最も名高くその力と才を世に知らしめた私たち、その秘密と名誉は人類のみならず霧にとっても喉から手が出るほど欲しい代物。それは言い換えれば総旗艦の系譜に名を連ねた401は常に誰からも狙われる存在になってしまった、彼女自身がそうしてしまったが為に。

 彼女を蒼き艦隊へと編入するという連絡を千早艦長と401から受けたときに最も苦悩していたのは間違いなくヒュウガだ、蒼き鋼の主幹となる二人の決定に異を唱えられない彼女はどうすれば誰にも ―― もちろん二人にも気づかれずにシグレという異分子を囲いの内側で隔離できるかということを必死になって考えた。艦隊のシンボルとして君臨する二人と今や蒼き艦隊のみならず日本海軍のデータプログラムを構築する自分、名実ともに軍の屋台骨を支えるコアとなった部分にはできるだけ抵触させない方法を考えなければ。

 だからヒュウガはあたしに彼女を預けた。

 

 ヒュウガに問われて世界が歪むような眩暈を覚えたのはそこに答えがないからだ。

 ほかの誰よりも彼女と共に過ごしてきた時間、出会った時から今この瞬間に至るまでのすべての映像データをひっくり返して『その』痕跡を探している。言葉仕草表情目つき呟きため息の一つに至るまで全部。

 コアが過熱して火を噴きそうなくらい熱くなってそれでも幾度も幾度も躍起になって探した、探して探して探しまくった。でも。

 ゛ なによ、全部あの子じゃない ”

 目いっぱいみんなに遠慮してクッソ真面目で融通が利かなくてそのくせ馬鹿みたいに頑固者。そんなあの子のどこに疑う余地なんてあるっていうのっ!?

 

 じゃあなぜシグレはここに401たちが停泊していることが分かった?

 グアム近海に停泊して彼女たちの帰りを待ち受ける作戦概要にここは記載されてはいない。当たり前だ、ここは彼女たちが敵の攻撃から逃れてたどり着いたソロモン海のど真ん中。シグレは確かにこのあたりの海に詳しいとは言ったが、広大な海の中に浮かんだ針のような存在をピンポイントで見つけられるほどこの星は狭くない。何かに導かれるように、引き摺られるように迷わずここにやって来たという事実をあたしはみんなにどう説明すればいい!? 

 

            *            *            *

 

 イオナとともに艦橋に駆け込んだ群像はそのまま艦長席に飛び込んでひじ掛けのマイクを取り上げた。「いおりっ、機関出力二分の一。すぐに動けるようにしておいてくれ」

「艦長、タカオから未だ返信ありません、聞いているとは思うんですが。速度変わらず70ノット、距離5000まで接近。接触まで約140秒」

 静からの報告を聞いた群像が一瞬険しい表情を浮かべ、しかし意を決したように隣りへと座り込んだイオナに言った。「イオナ、戦況予想図をメインモニターに。シグレを仮想敵として設定した場合に発生する損害を高脅威順に」

「艦長っ、いくら何でもシグレちゃんをそんな ―― 」

「静、すまない。抗議なら後でいくらでも受け付けるが今はとにかく時間が惜しい ―― イオナ、頼む」暗い声で告げる群像に一つ頷いたイオナの目が焦点を失って、代わりに驚異的な速度で弾き出された演算結果が立ちどころにスクリーンの上から下へと流れては消去される。

「シグレの戦力をシラツユ型駆逐艦の標準、垂直発射筒二十門・Ⅽ型12.5cmレーザーキャノン・92式四連装改二魚雷発射管二基・94式爆雷投射機と考えて戦況予想。25ミリパルサーガンは威力の点を考慮して考察から排除」

 箇条書きに羅列された五つの可能性を順番に目で追いながらイオナが回答する最終結論へと到達すると僧が言った。「やはり我々ではシグレちゃん相手には分が悪いということですか …… 対潜演習の結果を考えるとこの船や白鯨Ⅲはともかくとして」

「カザンとサンタフェは高確率で撃沈される、だが逆に考えてその二艦さえ守ればシグレは誰も傷つけられない」何かを確信した群像は力強く頷いた。「静、全艦に連絡」

 

「白鯨Ⅲでサンタフェとカザンを曳航保護? 」真瑠璃がその指示を受けた時にはすでに401から巨大な磁石でできた基部が飛んできて艦体後部の外壁に音を立てて付着していた。

「さすがは千早群像、そういう判断をしたわけね」満足そうに呟いたヒュウガが駒城に視線を送ると意図を読み取った駒城がすぐに航路を操舵士に指示する、動き出した船体はヒュウガのクラインフィールドを被りながら401との距離を取り始めた。

「イオナちゃんとタカオでシグレを止める …… しかねえよなぁ、この場合」401とシグレ、そしてタカオを結ぶ三艦上の航路から軸線を外して想定戦域から離れる白鯨Ⅲの望遠映像を見つめながら駒城が呟き浦上が同意する。シグレの演習結果は逐一浦上の元にも送られ艦の性能や戦闘時の思考ルーチンなどが分析にかけられている、彼女の場合対潜戦闘においては卓越した能力を発揮することが分かっており一対一になるとイオナにはかなり分が悪い。

 だがそこにタカオが加わるとなるとこの大勢図式は大きく変化する。火力で三倍以上、しかも同じ水上艦同士の戦闘となるとそれは予測に著しい差を及ぼす。直近の演習ではシグレがタカオに勝ったとの報告が為されたが詳細を検討した結果同じ手が二度通じるとは考えにくい、つまりタカオに軍配が上がるとの結論に達していた。

「あくまでシグレがこちらの敵に回ったと仮定してのことだが、まだそうと決まったわけじゃない。とにかく何かのアクションが起こらないと …… 群像もつらいところだな」

「そっスね、軍人だったら勅諭宣誓に従えば事が済むっスけど中途半端なあいつにゃ少しばっか荷が重いでしょうね …… まあそんなあいつだから世界を救えたんだろうとも思いますがね」

 勝算の見えた安堵からか矢面に立つ群像に対して思い思いの感想を口にする二人だったがその脇でじっと画面を見ながら眉を顰めるヒュウガの姿に気が付いて二人は会話を止めた。

「どうしたヒュウガ、何か気になることでもあるのか? 」

「 …… なんか」

 

「変だね」

 お飾りになった操舵士がそう呟くとノンナは同意して小さく頷いた。「霧の連中ってこんな回りくどいやり方したっけ? 」

「そうね、どちらかというと力任せに突っ込んできてありったけの武器で徹底的に蹂躙する ―― さっきの連中みたいなのが本当ね」 

 おそらく群像たちの次に霧と多くの戦いを費やしたノンナは画面に小さく見え始めたシグレの姿にどこかしらの違和感を覚えていた、少なくとも人類に敵対する霧の連中は現在の科学では解明できない超兵器の威力を盾に押し出してきた印象が強い。圧倒的な威力の前に多くの軍が屈服した中、彼らの戦い方をただの脳筋戦法と揶揄しながら様々な戦略と戦術を駆使して五分以上の戦いを収めてきたノンナ達にはこのシグレの行動がどうしても腑に落ちなかった。

「最大戦速で突っ込んでくるのはまあ、アリ。でも相対距離50を切って魚雷の一発も撃ってないのはナシかな」「どう見ても駆逐艦らしくないっちゃあない戦い方だね。彼女が敵だとしたらここからどうやって勝ちを拾いに行く気なんダロ? 」

「さあねえ。もともと勝つ気がないのか、それとも」

「それとも? 」操舵士の問いかけにノンナの顔が少し緊張した。

「 ―― 誰も知らない『何か』を持ってるか」

 

「シグレの速度は? 」「依然70ノットで変わりません」

 静の報告に決意した群像はすぐさま杏平に命令を下した。「まずはシグレの足を止める、杏平艦首一番二番ホームガード装填。静、タカオにその旨伝えて効果範囲外にまで後退するよう指示してくれ」

「お、おい群像」静とタカオの通信を聞きながら杏平が驚きの声を上げた。「ホームガードをまさか直接シグレに中てるって? あんな高電圧直撃したら航法だけじゃなくってその他もろもろ一切合切 ―― 」

「わかってる、だがとにかく彼女を止めないとどうにも埒が明かない。もしそうなってしまったら後で俺が直接彼女に謝るから ―― 」

「タカオ急制動。シグレちゃんとの距離が開きます、あと5秒で効力範囲外」

 水上レーダー上の二つの光点が少しづつ広がり始めると杏平は顔を歪めながらスタイラスをモニター上で滑らせた。「ああもう、ほんとにどうなっても知らねえからなっ! 後でちゃんと謝れよ群像っ。一番二番目標シグレっ ―― 射出っ」

 ドスン、という鈍い音とともに艦首から放たれた二本の長魚雷がまるで糸を引くようにシグレの元へと向かい、その光景を固唾を飲んで見守る全ての目。回避した時のために杏平は次弾を魚雷管へと押し込んで背後のタカオはすぐに機関が動かせるように身構える。

「命中まで5、4、3 ―― 」イオナのカウントダウンとともにクルーの緊張は最高潮に高まる。

「2、1 ―― インパクト」

 開頭した弾頭から放たれたネットがシグレの前方に立ち塞がるように展開して量子コンデンサに蓄えられた電流が合図とともに一気に吐き出されると、闇が支配しつつあるソロモンの海に一瞬の蒼光が煌めく。チェレンコフ光のようなその輝きに照らし出されたシラツユ型の華奢なシルエットが再び闇に身を潜めるとその変化は水上レーダーに顕著に表れた。

「シグレちゃんの速度低下します、機関の停止を確認」

 静からの報告を聞いて艦橋の全員が同時にため息を漏らして全身の力を抜く、何とか無力化できた事に安堵するクルーだったがそれよりも艦のコアとなるシグレのメンタルモデルを保護するのが先だ。「静、タカオに繋いでくれ」

 

 前進微速でその光景を見守っているタカオの表情は厳しい。

 恐らくあの弾頭を使った事でシグレの機能はガタガタだ、クラインフィールドの展開を一瞬だけ確認はできたがキリシマの持つ固有兵装にしても水という媒体を使用した時の『電撃』の威力は侮れないと思う。駆逐艦程度の出力ではアレを防ぐ事などできないのだ。

「 “ タカオ、聞こえるか ” 」

 いつもなら聞いただけでプラグインが発動しそうな彼の声だが今の彼女は生憎そんな気にはなれない、シグレが多分強烈な電撃で意識を失っているかもしれないという心配もあるが、それ以上に同行した自分がどうして彼女を止められなかったのかと悔やむ方が先に立つ。

「 …… ごめんなさい千早艦長、私がついていながら彼女の暴走を止められなかった」

「 “ 済んでしまったことは仕方ない。それより彼女の身の安全を確保する方が先だ、全力で追いかけて来たところを悪いがすぐに接舷してシグレをタカオで保護してくれ。一応全機能は残らずロックして ” 」

「 “ タカオ、大丈夫? ” 」心配そうに尋ねてくるイオナの声に思わずモヤッとする表情を見せる、さすがに恋敵に心配されるというのは女の沽券に関わるとばかりに何事もないふりを装った。「あなた誰のことを心配してるの? あたしは何ともないわよ、それより心配しなきゃいけないのはシグレの方でしょうが」

「 “ ごめん ” 」

 素直に謝ってくるイオナにふん、と鼻を鳴らして不満を訴えるタカオだがなぜ彼女がそう尋ねてきたのかはわかっている。自分の声音の成分からおそらく感情の部分だけを抜き出して分析にかけ、気分が落ち込んでいることに気付いたのだ。心の底でイオナの気遣いに感謝しながら微笑んだタカオは気を取り直して群像に言った。

「了解したわ千早艦長、じゃあ今からあたしはシグレに接舷して彼女を保護してく ―― 」

 

 まるで開幕のベルのように鳴り響くアラートと同時に立ち上がるインフォメーションウィンドウは全艦ほぼ同時。

 

「! 量子乱流発生っ(クアンタム・タービュランス)。重力振検知、次元断熱による膨張を確認っ。群像! 」 

 量子乱流とはかつてレオナルド・ダ・ヴィンチが仮定を立て20世紀にロシアの理論物理学者レフ・ランダウによって定義された流体運動、極低温下における素粒子はその結合を失い遮断された空間内を互いに交じり合いながら暴れまわる。混相流と呼ばれるその現象の成れ果てが一体どうなるのかを知っている者は誰もいない、その場に居合わせた人々。

 そして申し子たるイオナやタカオにも。

「くそっ、いったい何がどうなってるっ!? イオナ、場所を特定できるかっ!? 」空間振動の余波で激しく揺れ動く椅子のひじ掛けをがっしりと掴んだ群像が尋ねたが隣に座る彼女はただわなわなとスクリーンに浮かぶシグレの影を見つめている、その視線がこの変異の爆心地を指し示す。

「まさかっ ―― シグレっ!? 」

 

            *            *            *

 

 悔しかった。

 夜の水面にひときわ高く飛び散る花火。

 それは彼女たちが挙げる最期の末摩。

 

 どうして私は。

 彼女たちを守ると誓ったはずなのに。

 こんなに離れてしまったのだろう。

 

 帰ろうと。

 もう一度やり直そうと艦長は言った。

 

 おめおめと生き残った私を仕留めようと群がる敵に背を向けて。

 その日から私は幸運という名を寿がれ。

 死神という業に魅入られた。

 

 もっと私に力が、あれば。

 

            *            *            *

 

 どうしてこんなにも苦しいのだろうと。

 あそこにいるのはシグレという名の正体不明の敵、記憶を失ったまま蒼き鋼に取り入って隠された自分の使命を果たそうとしている闇からの使者。歴史の残滓。

 このまま黙って見ていれば重力で閉塞されたあの船は量子分解を起こしてナノマテリアルごと爆散する、私たちは誰も手を汚すこともなく喉の奥に引っかかった鈍い痛みも蟠ったままの嫌な予感も取り除ける。

 ―― はずなのにっ。

 ヒュウガの顔が苦痛に歪み、走馬灯のように浮かんでは消えるシグレの記憶を握りつぶすように拳が握りしめられる。掌に喰い込む爪の痛みも悲鳴を上げる節々も彼女が覚える苦痛を和らげようとはしてくれない。

 どうしてっ!? 

 

「重力振極大、測定振り切りますっ! 」静の悲鳴は艦橋を駆け巡り群像の思考を鈍らせてイオナの判断に焦りを生む、重篤な事態を知らせる赤い非常灯の点滅に晒されながら打開する術さえ見つからない彼らの目は分子崩壊へと突き進むシラツユ型の船体をただ見つめることしかできない。解けるように舞い踊り空に瞬く星屑と交じり合う無数の光と間断なく続く不気味な空気の震えが彼らの心に未来を迫り。

 

 そして消えた。

 

 それは海の上に咲いた真っ白な花のよう。天空に向かって真っすぐに伸びた輝きが大きく開いてまるで花弁のように。

 舞い落ちるごとに消えていく欠片の灯が彼女の心残りを代弁するかのように。

 

「 …… そんな …… シグレ、ちゃんが」

 ソナーマンとしてそれは駄目な事なのかもしれない、だが静は爆散したシグレの姿を目の前にしてそれ以上の言葉を失った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。