蒼き鋼のアルペジオ -Ars Nova- Eingang   作:廣瀬 眞

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パナマ戦役 Ⅱ

「閣下、第一戦区より通信が」          

 ベネズエラの南方ボリバル州都シウダード・ボリバルに本拠地を移したベネズエラ中央軍司令部は異様な活気の最中にあった。壁面のモニターにはベネズエラ全軍の配置図が表示されて所狭しと置かれたパソコンの前に座る兵士は時間と戦うかのようにキーボードを乱打し、大勢の兵士がスペイン語で何かを早口に捲し立てながら行き交うその中央に置かれたテーブルのそばにベネズエラ軍の参謀長であるシプリアーノ・バルディリス陸軍大将は立っていた。「読め」

「アルバが三羽、巣は予定通り」

 何かを言いたげに少し口を開け、しかしため息をついて再び口を閉ざしたその表情を並んで立つロベルト・ポレス先任参謀は見逃さなかった。思うにできる事ならばそうなってほしくはなかったというのが本音か。「第二戦区の戦況は? 」

「迫撃砲陣地は全部潰されました。航空支援を受けた敵地上部隊は制御棟のある中州まで進出、センテニアル橋とアメリカ橋の守備隊は何とか敵を食い止めていますが機甲が来れば恐らく時間の問題かと」

「そうか」表情一つ変えず全軍を指揮する立場にある彼はじっとテーブルの上にあるパナマからコロンビア、そしてニカラグアにまで至る地形図へと視線を落とした。「ここまでシナリオ通りに戦況を予想されたのならこの後の事も彼に従わないと最良の結果は得られない、と …… そういう事だな」

「しかし閣下、それはあまりにも ―― 」「言うな」

 ポレスの訴えをバルディリスは言葉少なく遮った。「わが軍だけではない、この作戦での被害は各国相応に負わなければ成り立たないと彼は言っている。そして遺憾だが俺自身もそう考えている …… 初戦でわが誇り高きベネズエラ軍は彼の提唱する『アバンドン・ユニオン』計画の嚆矢として壊滅するだろう、ならばせめてこれに賛同した同胞の被害を少しでも軽くするために大いなる犠牲を払おうではないか」

「 …… わかりました、では」意を決して頷いたポレスはわずかに動揺する室内の空気を鎮めるようにはっきりと言った。「各部隊に連絡、作戦をフェイズ2に移行っ、第一歩兵師団はそのまま戦線を死守せよ! 『カヒガル』はどうかっ⁉ 」

「連絡ありましたっ、設置は完了しております。あとはご命令次第でいつでも」「よしっ、全員傾聴っ! 」

 全員の目が声と共に机向こうに佇む軍の総参謀長へと向けられる、バルディリスは鋭い視線を居並ぶ諸将へと向けた。

「これが始まればもう私たちは後戻りが出来ない」

 

「 ‟ ベネズエラという国に生を受け、そして軍人としてその任を全うすべく今なお奮戦している君たちを私は心から誇りに思う …… 今君たちが対峙しているアメリカという国はとても強大だ、敵うまい ” 」

 瓦礫の陰からじっとスコープを覗き続けるスナイパーがニヤリと笑って隣の観測員が肩を叩いた。「 ‟ だが私たちはそれでも踠き抗い世界に挑む、かつて霧との戦いに参加しなかったが故に見捨てられた南アメリカという大陸に住まう人々をもう一度彼らに認めさせるために ” 」

 

「 ‟ 不満を持つ者もいるだろう、命を惜しむ者もいるだろう。もし自分がそういう場面に遭遇した時にたとえ敵に投降するという選択をしたとしても私はそれを責めない、国家のために命を捨てることも屈辱に塗れて繋ぐことも行きつく果ては同じだ。ベネズエラ人の未来を護ると言う事に違いはない ” 」

 司令部の執務室で机の上に置かれたスピーカー言で耳を傾ける初老の男は何かを言わんとした隣の男を制するようにしっと人差し指を立てた。「 ‟ だが国家のためではなく南アメリカという大義のために命をかけようとする全ての者たちに対して私はここに誓おう、君たちを率いるこのシプリアーノ・バルディリスは必ずその後からすぐについていくと ” 」

「大統領閣下」「うむ」執務官に問われたベネズエラ大統領、ファン・ホセ・ビダンクールは一つ頷いた。「彼は嘘はつかん、昔からそういう男だ」

 

「さあ、私と一緒に最後のダンスを踊ろうという酔狂な者たちに告げる」

 バルディリスの表情が見る見る破顔する、不遜な笑いを満面に表した彼は手にしたマイクを一度口から離して周りを見渡すといつの間にか集まった作戦室の面々がやはり彼と同じ顔でクスクスと笑う。再びマイクのスイッチを入れたバルディリスは静かに、しかし力強く言った。

「 ―― パーティーの時間だ (vamos a hacer una fiesta)! 」

 

 鬱蒼と茂る森の中で眼下に巨大な建造物を見下ろしながら掌の中に赤い光を包み込んだ四人の男たちは、小さく頷いて手の中の起爆装置をそっと握った。

 

            *            *            *

 

 閘門の上を走る先頭の兵士が背中を叩きつけるように土嚢へと突っ込む、目標を指示するために撃ち込んだ黄色い煙幕弾に自らも視界を奪われながらも先鋒として制御棟のある中州へと吶喊したブラックフット小隊の面々は全員が無傷での渡河を完遂した。「マーチン、グレネードっ! 」

 反射的にベストから缶を引き抜いた男がピンを引き抜いて肩越しに土嚢の内部へと投げ入れる、ドン、という音と共に煙が晴れてすぐさま向こう側へと飛び込んだ彼は銃口を振って叫んだ。「クリアっ! 」

 声を受けてすぐさま援護のために土嚢の上に銃口を並べる後続だったがその報告に間違いがないと判断した時点で次々に内側へと体を潜り込ませる、そして彼らは霧の航空支援の威力というものを目の当たりにした。

「 …… こりゃ、ひでえ」

 鉄骨で組んだ見張りの櫓はへし折れて地に落ち、その上に設置されていたであろう近距離探索用の赤外線レーダーは見るも無残に壊れている。だがそれらの下敷きになって死んだ連中はまだましだ ―― 少なくとも『形』が残っている。おびただしい体液と部品に分かれてしまったその現場で濛々と立ち込める生臭すぎる鉄の匂いを嗅ぎながら小隊長である男はすぐに大声で先任伍長を傍に呼んだ。「フェルナンド、情報が欲しい! 生き残ってるやつはいないかっ⁉ 」

 中腰でするすると歩み寄る彼の手がひらひらと左右に揺れる。「50キャリパー(テクニカル)頭の上から斉射されたこんな狭い陣地が無事で済むと思います? これじゃ故郷カンザスの屠殺場のほうがまだましです」

「 …… 制御棟の方は? 」血に染まることも厭わずに地べたへと座ってラッキーストライクに火をつけて大きく吸い込む。「今Bチームが向かって ―― 入口の扉は全部溶接されてるみたいです、籠城して味方の救援を待つ感じですか」

「そりゃそうだ、ここを押さえられたら運河を押さえられたも同じだからな」肺の中身を煙と共に吐き出した小隊長は持っていたSCARを肩に担いでベストに仕舞ってあるM9を抜き出した。「突入部隊をBチームを中心に編成、ライオットシールド二枚とC4を用意してくれ。お前はここに残ってイロコイの連中と一緒に対岸からの敵の浸透を阻止しろ」

「おや貧乏くじ? 」おどけるフェルナンドの声に男は苦笑した。「どうかな、貧乏くじはこっちかも知れんぞ? いつもと違ってなんせ一人は生きたまま捕えなきゃだからな、9パラだけで果たして最上階までたどり着けるか ―― 」

「はいこれ」そう言うとフェルナンドはガンベルトから予備弾倉を二つ抜いて男に渡した。「了解しました ―― マーチンっ、C4とシールド持って中尉と一緒にBチームと合流! 美味しい所はBチームが持っていけ、残りは俺と一緒にイロコイと対岸の敵をけん制する。制御棟を突入部隊が制圧するまで絶対に閘門を渡らせるなっ! 」

 肩口のボタンを押して指示を出したかと同時にイロコイ小隊の先鋒が土嚢の上を飛び越える、確認するフェルナンドの肩をポンと叩いた中尉が振り向く彼の口に自分が吸っていたたばことSCARを押しつけた。「じゃあ後は頼む」

「できるだけ早めにお願いしますね、もし死に物狂いで攻められたらこの人数じゃとても支えきれないんで」ヘルメットの鍔を上げながらニッと笑ったフェルナンドが血泥をはね上げて走り出す背中を見送った男は、M9のスライドをずらしてチャンバーを確認してから大きく聳え立つ白い建物の根元に向かって全力で駆け出した。

 

「ブラックフットから通信っ、中州の防御陣地の奪取に成功! 増援を要求していますっ! 」

 吉報に声にも勢いが増す、報告を受けたジョージはすぐに今一番閘門に近い隊を送るように指示を出してから通信兵の背中のマイクを取った。「こちらチェロキー、敵火砲の沈黙を確認。支援に感謝する」

「 ‟ いえ、こちらこそお役に立てて何よりです。もうこちらに戻しても大丈夫ですか? ” 」レキシントンの柔らかい声が耳朶へと忍び込んでそれだけで彼は彼女が行った仕打ちすら忘れそうになる、だが今自分と大勢の仲間の命を救ってくれたのは自分の妻と息子の仇であるこの声の主だ。自分の心が迷子になって道を見失いそうになるその沈黙はほんの少しの間。「 ‟ チェロキー? どうしました? ” 」

「教えてくれ、レディ・レックス」 くそっ、こんな時にっ!

 俺はそれを彼女に聞いていったいどうしようって言うんだっ⁉ 「 …… あんたは、民間人を。手にかけた事をどう思ってる? 」

「 ‟ …… 悲しい事です。でもその時私たちに与えられた命令は『それ』しかなかった ” 」「それ? 」「 ‟ そうです。この星を食いつぶして壊そうとする厄災から護るためにその根源を絶つこと ―― 拠り所とする『アドミラリティ・コード』に命ぜられるままに私は、いえ私たちはその力を行使しました。その後の事はあなたもご存じのとおりです ” 」

 ヘキサゴルド。

 世界を救った五人の少年少女とたった一人の霧の協力者、彼らの願いは世界を変え人類の絶滅を防いだ。その後二隻の霧の船が米海軍へと帰順を申し出てアメリカ国内の世論は二分どころではなく混沌と化した、建国以来一度の侵略も被害すらなく鉄壁だと信じられていた国家に対する傍若無人な狼藉に加担したその二人を手放しで迎える事は人々の心情的にかなりの負担を強いた。もし彼らの国が他の国家と同じように自然発生的な起源だったとしたらこの話は恐らく認められはしなかっただろう、だが内戦に次ぐ内戦の果てに他民族を統合した合衆国はその歴史の教訓を是として彼女たちの軍参加を許可するに至った。

 むろんその結論にはいまだに軍内部 ―― 特に陸軍内での賛否両論が激しく交わされている、彼自身もこの作戦に参加していなかったら果たしてどちらの立場で意見具申を申し立てていたか。「 …… そうか」

 正負の感情が頭の中をぐるぐると駆け廻った挙句に重い溜息と言葉をやっとの思いで吐き出す、個人の持つ信条と忠誠 ―― 彼女もまた霧の艦隊という『軍』に属する『軍人』として与えられた命令を着実に遂行していたに過ぎない。地球の保全を第一とする何者かが認定した賊害を生業とする兵士という立場のなんと因果な事か。

「 ‟ いまさら何を言ったところで弁明にすらならない事はこの私がよくわかっています、その罪を償うために今何ができるのか。日本の蒼き艦隊のように民間組織としてその力を『抑制』して平和と治安のために使う事も一つの道でしょう、ですが私自身はこれをアメリカ国民のために揮おうと ―― そう考えたのです ” 」

「わかった …… ありがとう」

 恨みが晴れたわけではないし許したわけでもない、だが同じ立場にある者として彼女と違う答えは持てないと思う。「今日あんたと話せてよかったような気がする、お互いの過去に犯した過ちも恨みも分かり合うのには ―― 時間が、必要なのだろうな」

「 ‟ 皆さんがそれに折り合いをつけられる存在だということをもう私たちは知っています、その期間が少しでも縮まるように私たちは持てる力で証明をしていきます。あなたが退役するまでにそれが叶うならば私がこの道を選んだことにも少しは意味が持てるのでしょう ” 」

「俺の人生にそれが間に合わなかったとしてもあんたがそう生きるのなら文句はない、きっと世界で人類の味方をしてくれているあんたの同胞みんながそうであることを祈ろう ―― それより」

 ジョージの琴線に引っかかったその言葉。「世界を救ったあの日本の潜水艦が力を押さえているというのは本当なのか? あんたたちの総旗艦にこんなことを聞くのもなんだが」

 目の前でこれだけの力を見せつける空母よりも、そして戦艦よりも強い潜水艦なんて聞いたことがない、だが眉唾に尋ねるジョージの耳元に意味深なレキシントンの声が届いた。

「 ‟ 私がよく知る彼女が総旗艦(それ)を名乗ると言う事は、そういう意味なのですよ ” 」

 

 以前までのパナマ運河の管制塔は海抜上昇による水没で全ての機器機械関係が破損していてアメリカが港湾を含むこの施設を復旧する際にまず最初に手掛けたのは太平洋側と大西洋側二か所に存在する制御機能の修復だった、故にスペイン植民地時代の名残ともいえるコロニアル様式で設えられた白亜の建物は機能性一辺倒の巨大な灯台へと建て替えられその最上階には四方を見渡せるガラス張りの壁と新たな制御機材が所狭しと置かれている。パナマ政府との交渉が難航し緊張が高まっていたアメリカ政府がこの管制塔の出入り口を一か所だけ残して全て塗りつぶしたのはいざという時に敵の侵入経路を限定するためのもので、まさか自分たちがその当事者になるとは思わなかったというのが遥か頭上に張り出す展望台を見上げる中尉の素直な感想だ。「ブリ―チャー、C4っ」

 一人の兵士が素早く鋼鉄製のドアに駆け寄るとすぐに四角い塊を二つに千切ってドアに張り付けて信管を刺す、手際よく配線を伸ばして手元のスイッチへと巻きつけるとドアの反対側でシールドを背負って待ち構えるマーチンに頷く。起爆装置を持つ兵士の後ろでM9を構えた中尉が背中を叩くとドアの縁から閃光と轟音が迸って鉄のドアを建物の奥へと吹き飛ばす。「ブリーチっ‼ 」

 掛け声と同時にブリ―チャーが下がって侵入口を確保し、ドアの両側から四人がハイローの射線で室内をクリアする。イスラエル陸軍が考案したリミテッドエントリーという手法は奇襲が出来ない相手に対する制圧方法としては最も理にかなっている、果たしてその階層から上階へと移動する階段のそばでバリケードを張る敵を見た四人はすぐに元の場所まで身を引いてからコンカッションを投げ入れる。

 バン! 

 大音響と壁を揺るがす振動に続く苦悶の絶叫、すぐさまエントリーを始めた四人はわずかに一斉射で制御棟第一層を制圧する。階段のそばにあるエレベーターのドアへと駆け寄ると銃剣でこじ開けて隙間からコンカッションを投げ入れて機関部を破壊する、これで敵が自分たちの背後から回り込んでくることはない。指揮を執る中尉は無言でクリアのサインを送るとすぐに二本の指を立てて前へと振る、すぐにマーチンから盾を受け取った兵士が階段へと駆け寄ると頭上へと掲げた。

 ガンガンガンと立て続けに鳴る着弾音と激しい衝撃でシールダー二人の腕が震えて顔が歪む、AK103ー7.62ミリの打撃力は脅威だが幸いにもシールドを抜くには少し足りない。盾に守られながら少し開けた空間にほんのり覗く敵兵士のヘルメット目掛けて中尉が拳銃で狙い撃ちする、着弾の威力で弾かれた影を見たポイントマンが一気に駆け上がると後列の四人が容赦ない火力で一気にその階を切り取った。

「 …… クリア。どうだ盾は持ちそうか? 」尋ねられたシールダーが恐らく突入の要となる装備品の表面を撫でながらダメージを確認する。「そっすね、あと二回くらいは何とかなりそうです」

「目標はあと三階上だぞ」「 …… じゃあ最上階が無人なのを祈りましょ」

 前衛を追い抜いてシニカルな笑いを返したマーチンがポイントマンとして階段へと近づく、だが何かに気付いた彼は足を止めてしゃがんでじっと階段の手すりへと視線を凝らした。「トラップです」

 

「第二戦区より通信っ ―― 『Al son que me toquen bailo』、 …… ラストダンスを踊ろう、と」

「制御棟の守備隊からか? 」報告を受けたバルディリスの瞼が静かに閉じる、敵が完全に罠にはまった事を示すその言葉に作戦室の全員が息を呑んだ。「はい、間違いありません」

「アルバの位置はどうか? 」「依然ガトゥン湖上、ティグレ島の南900メートルの位置に停泊中」「 …… よし、予定通りで理想的だ。作戦を最終段階に移行、ポレス」

「はっ」短く返事をする彼にはその後の命令は分かっていた、操作盤の端に置かれた赤い受話器を握りしめてその言葉を待つ。バルディリスは言った。

「電文を、『リンゴは落ちた』と閣下に」

 

            *            *            *

 

 前衛二人の希望的観測は残念ながら外れた、決して少なくない損害を負いながらもジリジリと各階に置かれた防御陣地を文字通り噛み破ってきた突入チームだったが最上階へと足を運んだ瞬間に彼らは猛烈な痛撃に弾き飛ばされた。「マクスウェル、ルイジアっ⁉ 」

 どさりと圧し掛かってきた二人の背中に大声で呼びかける中尉だがその容体は肌越しにもわかる、虫の息だ。前面に押し立てられた盾が耐用限界を超えて粉々に砕け、止められない7.62ミリが喰い込んだ彼らに生きる術はない。「制圧射っ、撃て撃て撃てえっ‼ 」怒号と共に引き金をがく引きして正面のバリケードへと撃ち込み、人数が二人減ったバックアップが肩越しに続く、至近距離での銃撃戦で跳弾が駆け巡り後ろの一人が悲鳴を上げて倒れたのが分かる。硝煙の靄とコンクリートの破片が飛び散る中でカシャンとスライドの鳴る音がする、解放されたその役立たずを放り投げた彼は自分のSCARを先任に預けたことを後悔しながら自分の体に寄り掛かって盾の代わりを務める亡骸の脇にぶら下がったM4をひったくるとフルオートで応戦した。

「マーチンっ、コンカッションっ‼ 」仲間に指示を出して中尉が手探りで予備マグを引っ張り出してチャンバーに叩き込む、ボルトを弾いて再び引き金を引こうとした瞬間に手榴弾が頭上を飛び越え、後ろで苦悶を携えた重い体がどさりと倒れる音がする。そして彼は死の影を纏った小さな塊が転がってくるのを見た。

「⁉ 」

 反射的に死体をその物体の上へと被せ、とたんに喰い込む何発かの銃弾。衝撃で神経が悲鳴を上げ視界が震える、だがその視界も次の瞬間、同時に炸裂した二発の手榴弾のおかげで真っ白な光に埋め尽くされた。

 

 どこからか吹き込む風が彼の頬を撫ぜて意識に呼びかけ、中尉はそれでようやく重い瞼を開いた。爆発の衝撃で管制塔の大きな窓を塞いでいたバリケードが破壊され、そこから亜熱帯特有の生暖かい風が管制室内へと流れ込んでいる。光が差し込んで少し明るくなった室内へとうつ伏せのまま視線を向けながら被弾個所の状況を診断する、着込んでいた防弾ベストのおかげでバイタルへの重篤な負傷は避けられたようだ。だが左腕と左足はどうやら骨まで砕かれたようで感覚がなくピクリとも動かない。

 上半身をにじり起こしながら銃口を敵がいた場所に向けて様子を伺う、遊底が開いていないことを確認して膝射の構えを取った血まみれの彼はその視線の先で苦しげなうめき声を耳にして壁を支えにしながら無理やり立ち上がった。背中を壁に押し付けながら片方の足を必死に動かしてゆっくりと回り込んで声のする場所へと近づいていく、そして果たしてそこには今の自分よりも血まみれになった敵の将校らしき男が瞳孔の開いた眼を向けていた。

「Perro del Imperio(帝国の犬め)…… 」吐き出される怨嗟の呻きに中尉は苦笑した。「悪いな、スペイン語は分からないんだ …… どうせその傷の具合じゃあんたは長くない、せめてその前にあんたらの狙いを俺に話すっていう善行を施す気はないか? 」

 片手で腰だめに構えるM4の銃口の狙いを改めてその将校の胸元へと向けると吐血交じりの咳をした、命大事にと体を覆うアラミド繊維は思ったほど十分な役割を果たしていなかったらしい。「ま、俺もあんたと似たり寄ったりだがな。早いところ治療しないと同じ穴のムジナってわけさ ―― つまりボールを持ってるのは俺じゃない、あんたが持ってる」

 小隊長の言葉を聞いたとたんに死にかけの男の口から零れる乾いた笑い声、瓦礫と化した制御室に響くそれに不快感と警戒を強める。「 …… 何がおかしい? 」

「俺がそれを話すことはあんたにとっては『善行』でも俺にとっては『悪行』 …… てことだが? 」「なんだ、英語が喋れるんなら最初からそう言ってくれ。尋問の手間が省ける …… タバコは吸えるか? 」男が小さく頷いたところで小隊長は銃を床に置いてポケットから煙草を取り出した。くしゃくしゃになった包みから苦労して二本だけを取り出すと一本を相手の口へと咥えさせてから自前のジッポーで火をつける、交じり合う二人の煙が風にたなびいて部屋の奥へと消えた。

「『エル・シルボン』を知ってるか? 」

 ニコチンで眩む頭にそっと忍び込む男の声、小隊長の手が再びM4の銃把を握った。「傲慢と暴力、酒色に溺れ家族をいじめるお前たちに神から遣わされた死神の名 …… 気をつけろ、死神はお前の背中に憑りつこうとしているぞ」

「残念ながら俺の背中はコンクリートの厚い壁だ、憑りつく隙間もありゃしないさ。それよりあんたたちの目的は一体何だ? 」

 素性を明かさぬ以上彼の所属国や軍を推測するのはまずい、言葉を選びながら彼はなおも情報を引き出そうと言葉を続けた。「この運河を支配下に治めたところでいずれは政治的な配慮で『トントン』にされるのは目に見えてる、要するにいくら命を懸けたところで無駄骨だってことだ。俺たちが逆の立場でもそれは変わらない、パナマ政府と俺たちの『クソ』が話し合って利益を分与するだけだ」

「 …… クッ、クハッ …… クハ、ハハハハ ―― 」途切れ途切れに笑いを止めない男の態度に思わず苛立ちを隠せずに舌打ちをしながら銃口を持ち上げる中尉、これ以上の尋問は無駄でむしろ長引けば自分のバイタルが危うくなると判断した彼がとどめを刺そうと人差し指に力を向ける。「違うな犬っころっ! お前は全て間違ってるっ! 」

 死の咢に囚われ痙攣を始めた全身に抗うその男の顎だけがしっかりと動いて大声を放つ、怯む心をねじ伏せて中尉が尋ねた。「何が違うっ⁉ 俺の言ったことが違うのならお前が訂正しろ、今すぐっ(ナウ)‼ 」

「全部だ全部。お前が言った『パナマ政府』、政治的な話し合い。そして利益っ! お前たちのような輩が世界にのさばるからこそお前たちの意に従わない多くの民草が虐げられ、今も時に取り残されようとしている。やはり『あの方』がおっしゃる通り帝国は神の御心によって裁かれるべきなのだ! 」

「今すぐ答えろっ(イミーディットリィ)! そうじゃないとほざくあんたらの狙いは何だっ、『あの方』とはいったい誰の事だっ⁉ 」激高する中尉の声が廃墟を震わせる、だが目の前で息の絶え絶えのその男は穏やかに笑った。

「 …… 助かったぜ、お前が妙な善人じゃなくて。じゃあな『ヤンキー』」

 

 ぶるぶると震えながら持ち上げられた右手の何かを視認した瞬間に轟く銃声と吐き出されるマズルフラッシュ、培った訓練による額のど真ん中と心臓を直撃するダブルタップ。だがそれは生物としての活動を即座に停止させることはできない。絶命の瞬間に脊椎から発せられる反射的な電気信号が全身の筋肉を痙攣へと導き収縮運動というただ一点に集中する。

 カチン、という金属音を耳にした事で中尉の運命は決した、いや彼はここに踏み込んできたこと自体が負けに通じていたのかと強く思った。彼の行いを止めるのならば ―― この制御棟を一瞬で破壊してパナマ運河を放棄するしかなかったのだ。

 

            *            *            *

 

 島の陰からその爆音が轟いた時に取った三人の行動は三様だった。突然溢れ出す情報の波に旗艦であるアリゾナは翻弄されつつもその整理に演算サークルを加速させニュージャージーはさらなる情報を得るために艦載機の発進を準備する、そしてレキシントンは甲板の先端で遥か下面の湖水へと視線を向けながら怒りの表情で唇をかみしめた。迂闊だった、と。

 なぜその疑念にもっと目を向けなかったのか。

 過去歴やロジックでしか計算できない戦況予測は所詮データによる根拠に基づく結果に過ぎない、ゆえにそれは有体に言えば昔誰かが辿った足跡を追いかけているだけなのだ。すなわち地図に描かれた『航路』を進むだけの単純な『作業』。

 だが『拓く』者の定義はそれら一切の必要な過程をすべてご破算にしてでもだれも見向きもしない、気づくことすら思いもしない全く新しいものを探し出す事が出来る才能と勇気を備える者の事を指し示す。それを自分たちは目の当たりにしていながら ―― その体現者と交わっていながらあり得るであろう可能性に目を背けて先入観に思考を委ねてしまった。

 「おっ、落ち着いてください皆さん! いったい何があったんですかっ⁉ 第一師団チェロキー、第二師団アパッチっ。状況を説明してくださいっ! 」アリゾナの呼びかけが苦悩する彼女の耳朶を叩く、米軍に所属したことで指揮の優先権を人類側へと預けた日和見のツケが回ってきたことを実感しながらもここで後手に回ることはできない。せめてここからの敵の真の狙いを求めることが出来なければ何のための霧の艦隊か。「旗艦アリゾナっ、指示をっ! 」

「ガトゥンとサンタクララ双方の制御棟が同時に爆発、両閘門の開閉が不可能になりました。ニュージャージーは直ちに偵察機を進発させて両戦域の戦況確認を、レキシントンは攻撃機の収容後に二次を派遣してください。予測ではサンタクララ側で大規模な敵の反攻が考えられます」

「ニュージャージー了解、速やかに指示に従う」「レキシントンだ、攻撃機の帰艦は待たない。直ちに予備機をサンタクララへと向かわせる」

「ええっ? そんなことしたらソロモン封鎖作戦に影響が。遠距離からの監視を行うために艦載機は一機でも多い方が ―― 」「そんなことに構っていられる場合じゃないわ」アリゾナの指示に強い口調で反論するレキシントンは八機のドーントレスを矢継ぎ早に甲板上へと構成し、飛空の祖ライト兄弟の名を関するサイクロン星形エンジンが轟々と鳴り響く中彼女は発艦用の旗を広げた。「二人とも」

 

 この星に顕現した最初期艦としての威厳は旗艦という立場を譲り渡した今でも変わらない、その迫力と呼びかけに籠った危機感にアリゾナとニュージャージは思わず振り向いた。「思い出しなさい。私たちが予め立てた作戦のことごとく、戦略の全て。戦術全部をひっくり返して勝利を手にした千早群像という青年の事を。ヒト種でありながら彼らの科学では追いつくこともできない霧の演算能力を凌駕して私たちを翻弄した彼の頭脳とその才を」

「私たちが負けたのはあくまで『千早群像』に率いられた『蒼き艦隊』という任務群よっ、決して彼ただ一人に敗れたわけじゃないっ! 」抗弁したニュージャージーの顔に悔しさが滲む、だがレキシントンはそこで論理的に思考を重ねる演算とは全くかけ離れた『仮定』を口にした。「もしも彼が望んでその内に秘めた力を開放したら ―― 自らを戒めて一任務群の指令である今を止め、もっと大きな目的に注力を始めたのだとしたら」

 仮定とは言えその説得力に二人は言葉を失い戦慄した。演習開始から終了の瞬間に至るまでの戦略をデザインされ、圧倒的な戦力でありながらその全てを封殺されて終わりを告げたリムパック。今米軍が置かれている状況はまさにそれと同じではないか。

「 …… そんなこと考えたくもない ―― 考えてもいませんでした。まさかあの人と同じ才能を持つ人が敵側に」群像と直接対峙して敗北の憂き目にあったアリゾナが呟くと同時にレキシントンは手にした旗を大きく振った。爆装したドーントレスが彼女の両側を掠めて次々にガトゥン湖の大空へと飛び立っていく。

「しっかりしなさいよアリゾナっ、あんたらしくもないっ! 」ニュージャージーが弱気になるアリゾナに喝を入れた。「今はそんなあやふやな可能性に目を向けてるときじゃないっ、味方をどう守るかが先でしょうっ⁉ あなたもあなたよレキシントン、味方がピンチの時になにやってんの! 」

 彼女の両舷からキングフィッシャーが勢いよく飛び出してカリブ海へと向かっていく、じわじわと真綿で首を締めあげるような恐怖に押し包まれていた二人は強気に振舞うニュージャージーの声に惰気を払って頭を振った。「 …… そうですよね。あんな人がポンポン出てきたらこっちはとっくに手痛い目に遭ってるはずですもんね ―― ありがとうニュージャージー、おかげで気合が入りました」

「ほんと、空気読めない性格というのもありがたいものね …… あなたの言う通りだわ、ここはまず友軍のピンチを救ってからそれから後の事を考えましょう。アリゾナ、サンタクララ後方から接近する陸軍36師団に現状報告と支援要請を。少なくともガトゥン閘門側と同程度の戦況に持ち込まないと機能復旧は難しいと」

 大きく頷いてすぐに情報共有用のラインを展開していくアリゾナ、いつもとは違う水色のリングが回って通信を始める彼女をほっとした表情で眺めながらニュージャージーはふとある事に気がついてレキシントンに尋ねた。

「 …… ねえあなた、今あたしの事褒めてないわよね? 」

 

           *            *          *

 

「ほーんと、地球の力とは恐ろしいでーす」

 アークロイヤルが甲板の上に設えた椅子に座ってのんびりと紅茶を嗜みながら向こう岸を眺めている。内海に浮かぶ無数の艦船の影と細長い島を覆う木々が潮風に揺らめき、ほんのりと日が差し始めた満天の蒼穹を目覚めの早い渡り鳥が悠然と翼を広げる。

「それを言うなら自然の力でしょ? 」向かい側に座って背もたれに体を預けながら空を仰ぐイラストリアスが咎めると彼女は意味ありげに人差し指を振ってそれを否定した。「ノンノン、イラストリアス。それは正しくありませーン、私が言いたいのはもっと『大きな力』の事でーす」「大きな力? 」

「そう」ドヤ顔でふんぞり返るアークロイヤルが得意満面で自説を語る。「人類が壊して海に沈んでしまったこの島が今はこうやって元どおりになりました、そしてあっというまに木々が生えて鳥が飛び交う。私が言いたいのは―そうやって何もなかった所に自然を誘い元通りに復元してしまう力の事を言ってまーす」

「年中酔っ払いのあなたにしては随分哲学的だけど …… まあそうね、一理あるのは認めてあげる」「OH、旗艦に褒められましたぁ」

 全身で嬉しさを表現するアークロイヤルへと顔を上げてその屈託のない笑みにつられて笑うイラストリアス、そこへプリンツ・オイゲンが何とも気まずい顔をぶら下げてそっと歩み寄ってきた。「あ、あのぉ …… イラストリアス、様? 」

「あら、どうしたのオイゲン。シャルンホルストの傍についていなくていいの? 」

 

 東経72度24分、南緯7度18分。インドの南1600キロほど離れた赤道直下に点在する大小60以上の島々で構成されるチャゴス諸島、その中でも最大とされるディエゴ・ガルシア島は19世紀よりイギリス領としてインド洋における戦略地点としての役割を果たしている。サンゴ礁に囲まれた内海には空母や戦闘艦が停泊できる港湾設備と4000メートル級の滑走路を持ち、海面上昇によって島全体が没するまで世界の火薬庫と呼ばれた中東地域の抑止力として重要な位置を占めていた。

 本来であれば霧の艦艇には補給など必要なく、作戦海域に現地集合という形をとっても良かった ―― というかその方が敵にこちらの意図を察する暇も与えず包囲する事が要件の一だ。だが蒼き艦隊が複数回遭遇した各戦闘の仔細を分析するうちに敵勢力の活動範囲がソロモン海を越えているのではないかと推察されるに至った。つまり参加する霧の艦艇の数では海域を封鎖するのが関の山で、すでに外海に出撃している敵勢力がいるならば挟撃されてこの作戦は失敗する。加えて蒼き艦隊が総旗艦の損傷によりこの作戦には参加できないであろうという旧軍人側の『邪』な思惑がこの作戦構想に思わぬ横やりを入れた。つまりはこれだけ広範な包囲作戦にメンタルモデルの方々たちだけを送るのは実に心苦しい、ひいては参加する各国海軍にもあなたたちの背中を護る栄誉を賜りたい、と。

 恐らくは純粋に心の底からそう考えて自ら進み出たと考えたいところだがリムパックの参加時から人類側のその思惑に気付いていたシャルンホルストやビスマルクの考え方は違っていた、世界を救った極東の島国の少年少女にリムパックでもその違いを見せつけられた彼らが動けないこの隙に、自らの自尊心と名誉の回復を試みようとしているのではないか?

「まーったくクリークス達はひねくれてまーす、仮にも大戦艦という立場にあるのですからもっとどーっしりとした居住まいを下の者に見せなければ心細くなってしまいまーす。ですよねー、オイゲン? 」ニコニコと毒を吐きながら隣の椅子をポンポンと叩いて着座を進めるアークロイヤルだが彼女は苦笑いしながら頭を振って言葉を進めた。「米艦隊からの通信なのですが未だに封鎖状態が続いていて …… 」

「それでシャルンホルストがこれからどうするのかはっきりさせろって癇癪ふりまいてるわけだ。で、作戦総指揮の私の所に送り出された」「 …… ええ、まあ」苦笑いをして肯定するオイゲンに彼女はため息を吐いた。

「どうするっていってもねぇ。概念伝達は401の例の一件があるから使えないし、アリゾナと連絡が取れないって事はまだあっちはパナマですったもんだの最中なんでしょう? 作戦中に通信封鎖なんて当たり前の事なんだから気にすることないわ ―― そうねぇ、まだフランス海軍のリシュリューが到着してないから彼女からの報告を待って作戦の概要を伝えます。面倒くさいところを悪いけどシャルンホルストにはそう伝えて頂戴」

「わかりました、では準備が整い次第『オペレーション・ユスティニアヌス』を発動させるという旨伝えさせていただきます」「そう心配しなくても大丈夫でーす、オイゲン。『待てば海路の日和あり』ということわざもあるくらいではないですか、ここはみんなで大人しくインド洋の自然を満喫するでーす」

 頭を下げる彼女に能天気な言を勧めるアークロイヤルにイラストリアスが呆れ顔だ。「あなたねえ、それは海が荒れてるときに使う言葉じゃない? こんな穏やかな時に使ってどうするの? 」「おーう、間違えましたか。日本語ちょっと難しいでーす」

 ペロッと舌を出して恥ずかしそうに笑うアークロイヤルが遥か東の空へと視線を向けた。「だいたい米国側の戦力は大戦艦が二隻に強襲揚陸艦が一隻、しかもこの作戦に参加している各国の艦隊を正々堂々と打ち破った世界第二位の彼女たちでーす。よーっぽどの事がない限り彼女たちが負ける事なんてありえませーン」

 

            *            *            *

 

 歓声を上げて空を仰ぎ見る兵士たちの姿を捉えてレキシントンは自分の判断が正しかったことに胸を撫で下ろした。中州にあったサンタクララの制御棟は最上階を失って吹き抜けの煙突のような残骸を晒していたがその足元にある防御陣地は未だに健在だ、それどころか最後に見た時よりも兵士の数が増えて閘門を使って向こう岸へと渡ろうかと機会を窺う姿さえ確認できる。「チェロキー、こちらナバホ。状況を」

「 ‟ 来てくれたのか、レディ・レックス⁉ こちらの被害は突入部隊が全滅して中州の守備隊が少し巻き込まれた、だが敵の前線はツリーラインから少し後退している。向こうの様子はどうだ? ” 」目の前で起こった予想もしない惨事に情報が混乱していたのだろう、だが航空支援が来た事で矢継ぎ早に会話が飛び交う。「ガトゥンの側も同じように制御棟が破壊されました、ですが第二師団はすでにコロン市内に前線を移していたので比較的軽微な損害で収まっています。現在後詰の部隊の工兵隊を進出させて制御機構の応急処置を計画しています」

「 ‟ こっちも後方の陸軍に連絡して工兵を回してもらったところだ。その前に少しでも前に勢力範囲を広げてこの地域を完全に確保したいところだがな …… ただ敵がどの程度後退したのかはこちらではわからない、来てもらったところで悪いが対岸からパナマ市に続く林の中を偵察してくれないか? ” 」「それは構いませんが敵が前線を下げる意図は? 罠の可能性は? 」

「 ‟ それを今から敵に聞きに行くところだ。これから俺たちはセンテニアル橋を確保して対岸に向かう、即応部隊がやられっぱなしじゃ面目が立たない。後ろの連中に少しは海兵の意地を見せてやらなきゃな ” 」

 自分たちの戦略目標が破壊されたにもかかわらず次善策のために更なる前進を試みるその力強さは称賛に値する、意地とプライドを余すところなく照覧する彼とそれに追随する眼下の兵士たちにレキシントンの記憶が大いに揺さぶられた。あの大戦当時に劣勢でありながらひたすら勝利に向けて大海原を駆け回った機動艦隊、支えるために全力を尽くしたあの日々が心の底に蘇る。

「了解しました、ではこれよりわが隊はバルボア港を越えてアメリカ橋付近で反転の後パナマ市上空から運河対岸の森林地帯上空を偵察します。敵の高脅威目標に対しては発見次第報告と次善処置を行います、よろしいですか? 」

「 ‟ OKだレディ、頼りにしてる。この作戦が終わったら部隊総出であんた達に一杯驕らせてくれ、とっておきのバーボンを前線基地に隠してあるんだ ” 」

「了解しましたチェロキー、では皆さんの健闘を称えてサンタクララの閘門でお付き合いします」

「あたしはどちらかって言うとシャンパンとかの方が好みなんだけど ―― しょうがないわね、第二大隊のおごりって言うんなら付き合ってあげるわ。こっちの作戦前の景気づけってところかしらね」会話をモニターしていたアリゾナとニュージャージーが笑いながら口を挟むとレキシントンは苦笑しながらリング上に浮かぶウィンドウへと語りかけた。「誠に不謹慎ですがこちらの総意は以上ですチェロキー。是非とも叶えるためにこれ以上の無茶は控えてください、私からの報告がある前に橋を渡ることは極力避けてください。よろしいですか? 」

「 ‟ ジョージ・エリソン大尉だ、コピー ” 」

 顔も姿も見えない相手から告げられた名前が兵士という部品の記号を外して自分たちと同じ人間の輪郭を形どる、初めて味わう不思議な感覚に一瞬戸惑いながら彼女は彼を送り出すのに最もふさわしい言葉を探した。

「 …… ご武運を、大尉」

 

 何かに追われるように一足飛びで駆け抜ける大空、林が開けた左手に大きく広がる街がこの国の首都であるパナマ市だ。眼下に見えてくるアメリカ橋はかつて南北アメリカを繋ぐ唯一の連絡橋として大陸間の流通を支え、センテニアル橋にその地位を譲った今でも変わらずその役目を果たしていた。海面から桁下まで62メートルを誇るアーチ橋は霧の侵攻時の攻撃を逃れ、当時の姿を堂々と太平洋に面した運河の出口に供覧している。

 当初の作戦概要では第一海兵師団の第一連隊が渡河作戦の任に当たっているはずだったがアメリカ橋を渡ったところがパナマ共和国の首都にあたるため猛烈な反撃に遭う可能性があり、彼らの任務は侵攻というよりもどちらかと言えば敵主力の渡河阻止を重点に置いた布陣だった。海兵隊の中で最も歴史が古く規模も大きい彼らにしてみれば愚痴の一つも漏らしたくなるような消極的な立ち位置だったが流石に海兵、アリの子一匹通さぬ強力な防御でこちら側への侵入を阻止していた ―― はずだ。

「 ? 変だわ。どうして彼らが橋を ―― 」

 橋を封鎖していた強固な防御陣地、そこからまるで染み出すように味方の兵が少しずつ橋への浸潤を始めている。「こちらコード『ナバホ』、レディ・レックス所属艦載機。第一連隊応答願います」

「 ‟ こちら第一連隊第一中隊『カスター1』、よく聞こえます ” 」「作戦概要の確認を。確か第一連隊は敵主力の侵攻を阻止してアメリカ橋を封鎖する任についていると記憶していますが? 」

「 ‟ はい、確かにその通りです …… ところがですねぇ ” 」まるで悪戯を見つかった子供のように恥ずかしそうな声でカスター1が言葉を続けた。「 ‟ 実は先ほどから敵の明らかな前線後退が確認されまして。こちらは場所が開けておりますので敵の動向がよく観察できます、追って何人か出した斥候の報告では運河東岸からかなりの位置まで下がっております。で、こちらの部隊でも血気盛んな連中がいくつかの部隊で橋を占拠しようと言う案が持ち上がりまして ――  ” 」

「よくない兆候です、直ちに先行する部隊に帰還命令を。その橋の先はパナマの首都市街地、どう安く見積もってもかなりの戦力が展開されているはずです」焦る彼女を他所にドーントレスの編隊はあっという間にアメリカ橋上空へと差し掛かる、規律や統率を乱した軍隊が利己的に振舞った結果味方を窮地に陥れる事案は古今東西どこでも見られた悲劇である。笑って済ませられることではない。

 だが。「 ‟ そう言われましても。聞けば第二師団はコロン市市街地まで到達しているそうですし第一師団もセンテニアル橋へと侵攻し始めた様子、我が部隊だけがここで防御に専念しなくてはならない理由が部下に説明できません。ここは戦略的にも兵站拠点の確保と言う事で対岸地域に陣地を移動します ” 」

 これも意地とプライドのなせる業だが負の側面、対峙する敵よりも味方に後れを取ることを良しとしない欲望の産物。だが彼らの行動を阻止する権利は原隊にあって自分たちにはない。「 …… わかりました、では当該機は予定を変更してパナマ湾上空まで進出の後反転してパナマ市街地の高脅威目標を確認します、位置情報をそちらに転送しますのでそれまではくれぐれも慎重に ―― 」

 

 レキシントンの演算サークル内に突然ウォーニングが立ち上がり、ついで広域支援のために限界まで探索範囲を広げていたアリゾナのインフォメーションがある波形を映し出す。せっつかれるように解析を始める彼女を尻目にレキシントンは先導機から見えるパナマ湾の光景に目を奪われていた。

「レキシントン、重力振探知っ! 湾外から急速にパナマ運河入口へと接近する船影を確認っ! 」「見えてるわ」

 一言告げる彼女の表情が険しくなる、アリゾナが重力振の波形を基に艦名を検索する。たとえ初めてこの世に生まれる霧の船でもアドミラルコードの手引きなしで現界することはできない、言い換えればアドミラルコードの途方もないデータベースの中には必ずその船の情報が刻まれている。そしてその答えは数秒とかからずに彼女の元へと届けられた。

「艦名出ましたっ、CAー39。USSクインシー、ニューオーリンズ級重巡洋艦に間違いありませんっ! 」「何よびっくりさせて、うちの霧の船じゃない。大方生まれたばかりで迷子にでもなったのかしら? でも好都合ね。そっち側を確保してくれればパナマ運河を抜けるのに余計な戦闘の手間が省けるわ ――  ねえレキシントン、直ぐに発光信号で連絡を取って ―― 」

「無理ね」ニュージャージーの言葉を遮る彼女の表情に漲る緊張感はすぐに事態が切迫している事を教える。レキシントンは湾内へと侵入したその灰色の船体へと機を肉薄させながら告げた。

「船腹の個体識別紋章(イデア・クレスト)を確認、パターンは ―― 黒」

 

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