蒼き鋼のアルペジオ -Ars Nova- Eingang   作:廣瀬 眞

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リムパックⅠ ―― ロリっ子トマホーク

「 …… どうしたんだね、その顔は? 」

 大きな机の向こうで両腕を組んだ纐纈(はなぶさ)は苦虫を噛み潰した顔を向かい側に立つ群像へと向けた。なぜか隣に立つ上陰は我関せずという顔で窓の外の景色を眺めている。軍関係とは全くの無縁で一民間人である彼は言葉を受けて小さく一礼を返した。

「大した事ではありません、身内事でのちょっとしたいざこざで」

「いかん。それはいかんな、千早群像君。身内や家庭内でのトラブルは家長とも言うべき君の責任だ、ましてや君のご家族は一騎当千の兵ぞろい ―― 罹る不平不満や進言を蔑にしては大きなトラブルにつながりかねない、今回のように」

 棘のある口調で今回の事件の責任は全て群像にあると ―― 実際何も言い返せないのだが ―― 言いたげな基地司令に対して素直に頭を下げるしかない。しかし軍と一線を画した民間人として仕事を請け負う『蒼き艦隊』の責任者の謝罪を受けても横須賀要塞を守る基地指令の表情は一向に晴れない。

 下げなくていい頭は下げたくない主義の群像はいまだにどこかイライラとした面持ちでこちらを睨みつける纐纈の気配を探る。今まで自分達が依頼された仕事の中には主義に合わないという理由で断ってきたものも多々ある、民間軍事会社としては破格の規模と人材を有する自分達としてはその力の使いどころを常に考慮しなければならないのだ。無私無偏を貫くがあまり彼らに対して補給整備の全てを請け負う統制軍があまりいい顔をしないのも当然と言えば当然だ。

 だが世界はまだ彼らの力を必要としている。

 ヤマトが最後に放った総旗艦命令によって世界中の霧の船はアドミラリティー・コードの支配から解放されて各々が独自の意志や判断によって行動原理を決定している。比較的資産が潤沢なドイツやアメリカ、イギリスなどは大戦艦級と呼ばれる船に働きかけてある程度の規律を持った艦隊を保有する事ができた、だがそういう資産や過去の繋がりを持たない他の国家や艦船は ―― 。

 特にメンタルモデルを持つ事ができない軽巡洋艦クラス以下の無法な振る舞いは今だ世界の海を混沌へと追いやっている、頻繁に発生する意味不明な通商破壊行動を阻止するためにどれだけの損失を各国が被っている事か。

 

「君に来てもらったのは他でもない、今回の一件に関して統合軍からの裁定を通達するためだ …… 結論から言おう」

 瞬時に様々なケースを予測する群像の頭はあふれる分岐でめまいを起こした。最悪のケースは今回の損害賠償のためにイオナやヒュウガを含めた『蒼き艦隊』が統制軍に吸収されてしまう事、そうなってしまえば世界の軍事バランスは一気に日本へと傾いて彼らが掲げる無私無偏を貫けない。軍事力が政治に転用される事の危険性を群像はよく承知しており、自分達がその先鋒に立つ事だけは絶対に避けなければならないのだ。

 くらくらする頭で必死に対応策を考える群像だが呟くように零れた纐纈の言葉に彼は耳を疑った。

「 …… 不問だ」

「は? 」思わず顔を上げた群像の目にこれ以上ないほど眉をしかめた基地司令の表情が飛び込む。「不問といっとるんだっ! 君たちが乗っ取ったサーバーの復旧、乾ドックの修理その他もろもろ一切合財不問に処せとの軍務省からの通達だっ! 蒼き艦隊の補給に関しては今まで通り、母港も横須賀で現状維持、以上だこんちくしょうっ!! 」

 最後の方はまるで癇癪を起した子供のようにプルプルと震えながら吐き捨てた基地司令の顔を唖然として眺める群像に彼はうっ憤を晴らすかのようになおも追い打ちをかける。「だいたい君たちは国民の血税をなんだと思っとるんだっ、今だ世界は復興途上で国民総生産の向上もままならぬ中で今回の損失を補う事がどれだけ大変な事かわかっとるのかねっ!? 損失だけじゃない、今回横須賀に放った空対地・地対地ミサイルとその開発費も全部が税金からねん出されているっ、公務員の立場であるならばそれもまたやぶさかではないがたかが民間の企業の起こした不始末にどうして国がそれほどの犠牲を ―― 」

「その開発と技術供給を行ったのも彼らですがね」

「わかっとるわそんな事っ!! だから腹が立つんじゃないかっ! 」上陰の言葉に憤りを隠せない纐纈の顔はゆで上がった凧のように真っ赤になっている。「次官補っ! 今度という今度は言わせていただきますぞっ、文民統制だがなんだか知りませんが今回の件に関しましてはあまりに独断専行が過ぎるっ! 民間会社と言えども軍事に関わる限り彼らをえこひいきなく扱わなければ規律と言うものが ―― 」

「今回の裁定に関しましては我が省だけではなくその他各省の閣僚と分散首都の首長とも協議した結果です。しかも全員一致での結論ですから ―― 」

「あんたが裏から手を回したんだろうっ!? どうしてこちら側のあんたがそんなにこいつらの肩を持つっ!? 儂にはどう考えてもあんたがこいつらに何か弱みを握られてるか、あんたの特殊な趣味で ―― 」

「それ以上の発言は名誉棄損に該当しますよ基地司令、どうぞお控えください。それに私も北と同じで人形を愛でる趣味はない」薄らと笑いながら激昂冷めやらぬ纐纈の肩をポンポンと二度叩くと群像の下へと歩を進めた。「それでもどうしても腹の虫がおさまらぬということであれば、彼らに例の依頼を持ちかけてみては? 」

 

 上陰の一言に群像は背筋を寒くし、溜飲を少し下げた纐纈はドスンと椅子へと腰を下ろした。「『蒼き艦隊』責任者、千早群像君」

 荒い息のままそう告げた彼はデスクの引き出しを開くと定形外の封筒を取り出してバサッと群像の前へと置いた。「これは軍務省からの正式な依頼だ。報酬は通常任務の1.5倍 ―― くそっまた金かっ!? 」

「指令? 」

「わかっておるっ! …… 軍務省は君たち『蒼き艦隊』に来る二週間後に開かれる『リムパック2057』への参加を要請する、これがその契約書だ」

 リムパックとは『環太平洋合同演習』の略称で米統制海軍が主催する軍事演習の事だ。参加した各国は米海軍の艦艇を中心に様々なミッションを与えられて作戦に従事する、主に親善を兼ねた交流行事なのだがそこは各国自慢の艦隊が集う場ゆえにそれぞれの思惑とプライドをかけた戦いが繰り広げられる。

「例のはぐれ艦隊どもが跋扈している海域なので武装は現状のまま、ただし演習中は電子的にロックされて模擬戦モードしか使えない。あくまで各国海軍との親善交流を主とした演習だ、それでも霧の攻撃以来久しぶりに行われる大規模な演習になるから参加する国はどこもメンタルモデルが運用する艦を参加させると息まいておる」

「ですから自分達もこれに参加を? 」

「当たり前だっ! 我が軍でメンタルモデルを持っている艦隊は君の所だけだ、出さなくてどうするっ!? つまらん見栄だが沽券に関わるというので儂も塗炭を舐める思いでこの内容を承認したんだからなっ! 」

 ギリギリと奥歯を噛み鳴らしながら見上げる纐纈の前から素早く封筒を持ち去った群像は小さく一礼をして頭を下げた。「ご依頼の件、ありがとうございます。早速持ち帰って艦隊のメンバーと」

「バカ者っ! 受けろっ! 受ける以外の選択肢なんか許さんぞっ!? 」声を荒げた纐纈が再び立ち上がって群像を射殺さんばかりに睨みつけた。あまりの勢いに恐れをなした群像がほうほうの体でドアへと足早に向かうと背後からの視線を遮る様に上陰が後を追う。「では話はこれで、私は彼とこの後話がありますので」

「勝手にせいっ! ―― ああそうそう、言い忘れておったがな」ドアを開いて廊下へと足を踏み出した群像と上陰の背中に纐纈の声が突き刺さる。

「リムパックまでの補給整備は横浜第三管区の海上保安庁で行う、401はすぐに第七格納庫から出港、横浜へと向かうように。乾ドックが治るまで横須賀に君たちの居場所はないからな、そのつもりでいろっ! 」

 

「基地司令も根っから悪い人ではない、ちょっと金に汚ない御人ではあるが」

「いえ、今回の件に関しては全てこちらの過失です。むしろ叱っていただいてありがたいくらいで …… もしかして上陰さんが今回の事を? 」

「刑部博士との交換条件だからな、横須賀要塞を守る代わりにかかる罪状を抹消してくれと。これほどうまくいくとは思わなかったが」

 歩きながらの会話だが群像はふと上陰が以前の人となりとは少し変わっているような気がした。霧との戦いが佳境に迫りいよいよこれまでかと言う時に「環太平洋統一国家構想」なるものを考案して世界の覇権を握ろうとしたりと、良くも悪くも覇気にあふれた印象だった。だが今の彼を見ているとそういう澱んだ澱のようなもの ―― 憑きものが落ちた様な感じだ。

「以前の上陰さんならそんな取引には応じないと思っていましたが? 」

「私もそう思う ―― 変えたのは君だ、千早群像君」

「? 俺 …… ですか? 」身に覚えのない群像に上陰が小さく頷く。「君があの振動弾頭の解除コードを渡してくれた時に言った『切り札を託される人間は限られている』という言葉が全てだ …… 私はその時最後までそれを解除する事を躊躇った、君を信じたいと心の底から奇跡を願った。そしてそれは叶えられた」

 総旗艦との接触が失敗した時のために最後の手段として伝言とともにタカオに託した解除コード、もし自分達があの北極海でムサシに敗れていたら彼は間違いなくそのコードを解除して人類と霧は互いの生存を賭けた血で血を洗う戦いを繰り広げていただろう。

「自分が善人の範疇に留まっていられるなどとその時まで夢にも思わなかったのだよ、私が変わったと君が思うのならば多分その瞬間からだ」

 

                    *                    *                    *

 

「はっはあっ、それでお前さんが401で参加ってわけか」浮上航行中の露天甲板で豪快に笑う髭面の巨漢は傍らを航行する401の艦橋に立つ群像へと目を向けた。ヘッドセットのマイクに手を当ててできるだけ風による雑音を防ぎながら彼は本音を口にする。

「 “ 確かに横須賀の件では自分達に非がありますが、それでも契約書で縛って軍の演習に参加させるなんて一民間会社に対する横暴じゃないですか? 浦上さん ” 」

 浦上 博。統制海軍中将で現技術開発局局長であり今彼が乗艦している『白鯨』級の生みの親。群像の父である翔像の親友であり、父母を失った今では群像の身元引受人でもある。「それでも俺に言わせれば纐纈の言う事にも一理あるし間違ってもない。軍艦てのはどいつもこいつもは確かに金食い虫よ、そういう所をシブチンでいかないと世間の対面的にもまずいって事だ。もちろん本音を言えばお前達をどっか別の海軍基地へと追いだしたいのだろうがそうもいかない、奴もいろいろ我慢してるのさ」

「 “ どういう意味ですか? ” 」

「それは群像達『蒼き艦隊』が皆美少女ぞろいだってことさ」浦上の背後のハッチから顔を出した男が嬉しそうに笑いながら露天甲板へと姿を現した。「久しぶりだな群像、イオナちゃんも元気か? 」

 

 大勢の軍人が手もなく霧の艦隊に沈められた中での数少ない生き残り、しかも霧の艦船を撃沈した人類側唯一の武勲艦である『白鯨Ⅲ』の艦長である駒城大作は浦上の隣で大きく手を振る。「日本中の各『地本』(統制軍地方協力本部の略、主に統制軍の総合窓口として陸軍が管轄)の中で一番成績が優秀な所どこだか知ってるか? なんと我が神奈川県だ。それもリクルート、寄付収益ともダントツ一位 ―― 理由は簡単、『蒼き艦隊』の母港が横須賀だからだ」

「 “ …… おっしゃってる事の意味がよくわかりませんが ” 」

「かーっ、お前さんは鈍いねぇ? 戦術眼と作戦遂行能力に関しては申し分ないんだがいかんせん戦略面では分析力が甘い ―― 『蒼き艦隊』の持つ経済効果は今や横浜ベイスターズを遥かに凌ぐ推定60億円、この数値は群像の所みたいな一零細企業が叩きだす中でも破格の数値だ」

「特に大きなのが年に一度開催される『港まつり』と『横須賀基地祭』、今年久方ぶりの開催という事に加えて人類を救った『蒼き艦隊』が参加するって事で全国から大勢のお客さんが集まった。艦隊のお嬢さんたちも積極的に協力してくれたおかげでグッズの権利やらなにやらで統制軍と神奈川地本に入ってくる収益はかなりのものだと聞いている、もうすぐ群像の会社にはそれ相応のお金が振り込まれるはずだ」

「 “ すいません、そういう管理は僧と静に任せてあるもので ” 」

「コラ、お前さん社長だろ? そういう事はちゃんと自分でも目を通しておかないとダメじゃないか。軍の資格取得サイトからでもいいから今のうちに簿記やっとけ、3級で十分役に立つ」

「 “ 相変わらずですね、千早艦長 …… でもあの時みたいに自分で何でも抱え込まなくなっただけ少しは変わったって事ですか? ” 」

 

 駒城に続いて聞こえてきた懐かしい声に群像は破顔する。「真瑠璃か? 君もリムパックに? 」

 響 真瑠璃統制海軍少尉待遇オブザーバー、そして静の前任401ソナー手。「 “ はい、無理やり駒城ニ佐に襟首掴まれて。八月一日(ほづみ)さんともうまくやってるようで何よりです ” 」

「 “ 真瑠璃ちゃん!? 静です、お元気ですか!? ” 」「 “ ええっ!? 真瑠璃来てンの? ” 」「 “ ヤホー響っ! 久しぶりっ! ” 」「 “ 響さん、お元気そうでなによりです ” 」

 次々に回線へと割り込んでくる旧知の声でいきなり姦しくなった群像の耳、道を違えた間柄とはいえやはり仲間との出会いには心温まるものがある。海洋技術総合学院で自分の一個下でありながら総合成績では常に自分の一つ下という稀な才媛、直観的な戦況分析では度々彼女に助けられて大戦艦ヒュウガを轟沈させるという世界初の金星を上げる事に成功した。いわば401が今の地位を築いた立役者の一人だ。

「真瑠璃、久しぶり」

 イオナが無線ではなく艦体からの音響を使って直接話しかけた。海上で彼女がこんな事をするのは珍しい事であり、それがイオナの喜びを表している。「 “ ええ、元気してた? …… 聞いたわよあなたの活躍っぷり、相当千早艦長にこき使われたんでしょう? …… でもあんまり無理しちゃだめよ? 彼そういう所はほんとにボンクラだから ” 」

 たまに出る口の悪さも懐かしい。「元気そうで何よりだ真瑠璃、君がそっちにいると聞いて俺も心強い。権威のある大人たちに囲まれて肩身の狭い思いをしていたところだ、何かとフォローしてくれるとこちらとしても大いに助かる」

「 “ おま、それが最優秀武勲艦の艦長の言う台詞か? ” 」

 肩身の狭い大人の一人に数えられた駒城が思わず抗議の声を上げた。

 

「ちぇーっ、なによぉっ。あたしだって『蒼き艦隊』の一員なのにぃ」

 並走するニ艦の少し後ろに下がって後方警戒の任に当たる空色の髪の美少女はその長い髪をなびかせながら再会劇の一部始終をその耳で捉えていた。その後方では主砲である20.3cm連装砲の砲塔に座ったヒュウガがノートパソコンを操りながら過去の記憶に入り浸る。

「へえ、あの子も来てるんだ …… もっかい再戦(やり)たいなぁ」

「なに、ヒュウガ知ってンの? あの真瑠璃って子? 」意外そうな顔で振り返るタカオに向かってヒュウガは笑いながら小さく頷いた。「もっちろん。だってあたし沈めたのあの子だもん」

 ええっ、と驚きながら後ろを振り返ってニ艦の背中を二度見するタカオ。霧の艦隊発足時に東洋方面第2巡航艦隊旗艦をムサシより拝命して自分も含めてキリシマらを旗下に収めていた彼女が霧を裏切った一隻の潜水艦 ―― 401に沈められたという話は瞬く間に全艦艇へと広まった、その事がきっかけとなってありとあらゆる霧の船が401を目当てに日本へと足を向けた訳だが。

「ふ、ふーん。人間にしては少しはやるじゃない、でも艦を動かすのはクルーじゃなくてしょせんは艦長。千早群像あっての大戦果って事でいいんじゃない? 」

「その頃の千早群像ってまだ艦長としては駆けだしもいい所でね」懐かしそうな顔でモニターから視線を外して空を見上げるヒュウガ。「いちいち建前にこだわって自分一人で何でも決めてたらしいわよ? で、いざあたしとの戦いになってその俺様思考がぜーんぶ破綻してもう最後かーってなった時にあの子とイオナ姉さまが彼を叱り飛ばしたんだって」

「え …… 艦長を、叱る ―― 」

 

 そんなことしちゃって、いいの?

 だって艦長ってあたしの事を何でも知ってて思い通りに動かしてくれる大切な人じゃない、そんな人を叱るなんて ―― 。

 ああ、でもっ。

 あたしの言葉に耳を貸して素直に頷いてくれる ―― 千早群像っ!

 あたしも彼を叱ってあたしのおもうとおりにうごかしてみたいぃぃっっ!! 

 

「ねえ、そのちょいちょい差し込んでくる乙女プラグインなんとかなンない? 」別の階層へと飛んでいくタカオの妄想を咎めたヒュウガが彼女を現実に引き戻し、我に返ったタカオは照れ隠しで少し怒った口調を向ける。「! な、なによっ、少しぐらい考え事したっていいじゃないの! あたしにはあたしの未来設計ってモンがあるんだからっ! 」

「はいはい ―― で、千早群像はそこで自分の間違いに気づいて全員の考えを受け入れて決断するって今のスタイルに落ち着いたのよ。でも彼女にとって上官に対して言い返した事は絶対に許されない事だった」

「だから401を降りたっていうの? 」

「そゆこと。でもあたしに言わせればソナー手としての実力は静の方がもうちょっと上かナ? だから今のメンツが最強」

「でもあんたを沈めたあの子ともう一度戦いたいって …… あんたまさか」ヒュウガの言葉じりに不信の念を抱いたタカオが表情を曇らせるが当の本人はそれを一笑に付した。

「やーめーてーよー、そんな事ができたってぜーったいに沈められるのがオチだって。今の401に敵う相手がこの世界のどこかにいると思う? ―― そりゃ彼女ともっぺんやってみたいって思うけどそれは自分のプライドを守るって事じゃないのよ」

 そういうとヒュウガは真顔になってじっと401の隣にいるのっぺりとした白い船体へと目を向けた。「あの子はどっちかっていうと艦長向きなの。だからもう一度とは言わずに何べんも戦って彼女を育ててみたい ―― 『蒼き艦隊』の戦力として有能な艦長は一人でも多い方がいいでしょ? 」

 

                    *                    *                    *

 

 Rim of the Pacific Exercise ―― 環太平洋合同演習、通称リムパック。アメリカ統制海軍が主体となって行われるこの合同軍事演習は1971年に開催された第一回よりハワイ沖が実施区域と決められている。

 

 当然のことながらその補給基地となる北米艦隊ハワイ基地真珠湾周辺は各国から集まる艦船でごった返していた。各国の保有する海軍力の国際見本市会場の様相を呈するこの群島ではこの日を境に二週間の間、様々な思惑が秘められた情報収集がパーティーという形で行われる。

 その中でも注目を浴びたのは他ならぬ『蒼き艦隊』の初参加だ。人類では到達不可能と言われていた霧の艦隊本陣 ―― 北極海中心部へと401以下二艦という寡兵で侵入し当時の総旗艦ムサシを撃沈、そして最後の総旗艦命令を発令して全世界で猛威をふるった霧の戦闘行動を沈黙させたという快挙は世界中の人々を絶滅の恐怖から解放した。 

 しかし一方でそれを達成した艦隊メンバーが霧から寝返ったメンタルモデルを含む二十歳そこそこの学生たちの集まりだという事を耳にして軍人としての矜持やメンツ、プライドを潰されたと感じる軍関係者も多い。民間組織であるが故に多くのパーソナルデータの一般公開は個人情報保護法で厳重に管理されているため外部への流出は難しく、一人一人の概略と盗み撮りによる写真データ以外はどの国の諜報機関も入手ができない状態が続いていた。

 それがここへきて一転、『蒼の艦隊』のリムパック参加が日本国軍務省から公式にプレスリリースされた事で世界中の海軍は色めきたった。世界を救ったヒーロー達の生の姿を拝めるという事で各国からのオファーは引きも切らず、ついには世にも原始的かつ公正な『抽選』という手段を使って米統制海軍はなんとか事態を収拾する事ができた始末だった。

 

「ま、まあある程度の歓迎は予想はしてたけど ―― 」

 真珠湾の深奥 ―― 一番埠頭へと案内される401は国賓待遇の扱いで、後に続くタカオとともにさながら謁見艦隊の様相だ。海面上昇のおかげでずいぶんと島の面積は縮小し、複雑に入り組んで難攻不落な軍港の景色はなくなってしまったがそれでもここが太平洋全域を統制するための重要な拠点である事には変わりがない。すでに集結している各国艦艇からの敬礼の垣根を通り過ぎながら艦橋に出ている杏平が驚きの声を上げた。

「 “ 群像、お前たちは民間人だから敬礼なんぞせんでいい。その代わり手の一つも振ってやれ、多分面白い事になるぞ? ” 」

 悪戯めいた浦上の声を受けて群像が隣に立つイオナとともに手を振ると、一瞬の沈黙の後に全ての艦艇から怒号のような歓声が湧き上がった。いや艦艇だけではない、徐々に迫りつつある一番埠頭に集まった島民や駐留する兵士たち ―― ここに集った全ての人々が自分達に向けてありったけの賛辞を送っている。

 圧巻ともいえるその光景はかつて日本でも見たがその時にイオナはいなかった、自分の体へと染み渡る感謝と熱を初めて感じながら彼女は少し嬉しくなって小さく微笑む。その火に油を注ぐ行為が起爆剤となって全ての艦艇から光のシャワーが一斉に降り注いだ。

「 “ 誰が何と言おうとお前たちはそれだけの事を ―― 翔像ができなかった事を立派にやり遂げたんだ。誇っていいぞ ” 」

 弾けるフラッシュに目を細めながら群像は浦上の言葉に頷いて手を振り続けた。本当だったらここには父がいてその後ろには彼がいたのかもしれない、だが現実には父は味方の手で天に召されて代わりに自分がここにいる。

 心の中で群像はここへと至るまでの苦しい道のりと関わった全ての人への感謝の言葉を何度もつぶやきながら、瞼の裏で微笑む両親の面影を思い浮かべていた。

 

                    *                    *                     *

 

 全員が船を降りる以上海上陸上問わず周辺での異変を探知するのはもっぱらイオナの役目だ、そのイオナが埠頭へと降り立った瞬間にあたりをきょろきょろ見回した。

「どうした、イオナ? 」群像が尋ねると彼女はもう一度周囲の景色を確認してから不吉な言葉を呟いた。「 あの子が、いない …… ペンシルベニア級二番艦、アリゾナロスト」

 その船はかつて日本とアメリカの間で行われた太平洋戦争の初戦に置いてこの湾内で擱座着底したまま放棄された戦艦の事だ。まるで妹の無念を晴らすかの如く終戦まで戦い抜いた一番艦ペンシルベニアとは異なり一度も敵と砲火を交える事なく1177人の将兵とともに真珠湾の海へと没した彼女は以降、透かして見える残骸の上に作られた大理石の慰霊碑とともにここ真珠湾を守る祀神として永遠の眠りへと就いていた ―― はずだ。

 もちろん振動弾頭を米統制軍へと送り届ける際に補給のために立ち寄った時にはその姿はソナーによって確認されているから一種の航路標識代わりとして重宝されていたその残骸がなくなっている事は何かの変化と捉えるべきなのだろう、後ろに立つ僧へと目くばせをして警戒を促す群像だがその行為は出迎えの米統制海軍第三艦隊司令官以下幕僚に背中を押されておずおずと進み出た少し小柄な黒髪女性によって阻まれた。

「 …… あなたがあの、401? 」

 及び腰で尋ねてきたその女性はもじもじとしながら手をすり合わせる。「お初にお目にかかります。あたしはペンシルベニア級二番艦、アリゾナのメンタルモデルです …… あの、その …… 生まれてすみません」

 

 太宰治かっ! と突っ込みたくなるほど控えめすぎるその子は上目づかいにじっとイオナの様子を窺う、イオナが微笑んで手を差し出すとそれだけでびくっと全身を震わせるくらいに臆病だ。「はじめまして、あたしはイオナ。これからよろしく」ためらいがちに握った手の感触を確かめたアリゾナがほう、とため息をついて俯きながら嬉しそうに言う。「よかったぁ …… 総旗艦をやっつけた人だからどれだけおっかない人かと思って怖かったんですけど …… 優しい方でほっとしまし ―― 」

「ちょぉっとアリゾナっ!? 」

 突然大声が上がったかと思うと人垣を割って長身の金髪女性がつかつかと近寄ってきた。びくうっと全身を震わせたアリゾナがおびえた目を向ける先でその女性は覆いかぶさるような姿勢で彼女を叱り飛ばす。「なに最初っから敵に甘えてンのよっ!? 古参のあなたがそンなンじゃ相手になめられる一方じゃないのっ! もっとシャキッとしなさいシャキッとっ! 」

 ひええ、と怖気ながら何も言い返せずにおろおろするアリゾナを見かねた群像がその女性へと声をかける。「私は401の艦長を務める千早群像といいます、失礼ですがあなたは? 」

「 …… ちはや、群像? …… ああ」膝上二十センチ以上も上がったミニスカートから長い脚をむき出しにしてジェニファー・ローレンスばりに仁王立ちになった彼女は好戦的な目で群像を睨みつけた。「あんたがメンタルモデルたぶらかして運良く総旗艦を沈めた人類代表? ふーん」じろじろと群像の全身をくまなく眺めた後に彼女は口を開いた。

「随分と貧相な体だこと、こんなんで本当にあたしと戦えるの? …… まあ、いいわ。あたしはアイオワ級二番艦のニュージャージー、あたしがあんたを沈めてアメリカの本当の力ってものを見せてあげるから覚悟しなさい? 」

 

「すげえ体格差」

 無礼にふるまうニュージャージーを止めようと困り顔で右手を引っ張る南部ドレスをまとった少女、全然お構いなしにバチバチに敵対心をむき出しにして群像を煽り続ける光景を後ろで眺めながら杏平は隣の僧へと小声で尋ねた。

「おんなじ戦艦なのにどうしてあんなに背丈が違うんだ? 」

「そうですね、多分艦種とか影響力の差ではないでしょうか? 私達が過去に接した大戦艦級はいずれも歴史に名を刻んだ艦艇ですがアリゾナは何もできずに海軍名簿から除籍された不遇の艦です、メンタルモデルが構築される際にはそう言った要素が加味されるのではないかと。実際イオナさんは潜水艦ですから彼女たちよりは全然小柄ですし」

「影響力ねえ。何もできずに終わった船と片や単艦でアメリカ海軍史上最大の武功を誇るニュージャージーとはなにかと格が違うってわけか …… 確かにあの女の子じゃあどう見てもあのパツキンねーちゃんに敵わないよなぁ」

 

「ちょっと、やめなさいニュージャージーっ。せっかく遠くから来ていただいたお客様に失礼ですから ―― 」

「なーに言ってるのっ!? リムパックはなかよしこよしのお遊びじゃないのよ。演習にかこつけたそれぞれの国の力試し、いわばガチの喧嘩よっ! そんな相手に媚び売るなんてあなたどうかしてるっ! だいたいこんな若造にあたしたちがどんなに頑張っても歯が立たなかった総旗艦が屈したなんて考えらンない、この機会にその化けの皮を剥がして世界中に本当はどこが一番強いのかっていうのを思いっきりアピールするんだから生まれたばっかの『おばちゃん』は後ろに引っ込んであたしのやり方でも眺めて ―― 」

「 ―― あ? 」

 突然変わったアリゾナの雰囲気にイオナがブルッと一つ震える。ニュージャージーの右手を離したアリゾナが群像の前へと回り込むと突然頭の上にある彼女の首へと手を回して引きつけた、驚いた事に豊満な胸を見せつけるように背筋を伸ばして立っていた彼女の体がその一挙動であっという間に腰を曲げる。

「 …… おめー、いまなんつった? 」可憐な顔から飛び出す強い南部訛りと豹変する表情、飢えたコヨーテのように残忍な輝きを宿したその目が同じ高さに引き寄せられたニュージャージーを至近距離で睨みつける。不意をつかれて戸惑う彼女の前にアリゾナのスカートの中から振り出されたトマホークが一閃。

「『おばちゃん』て、だれのことや? …… 言うてみいやコラ」刃紋の浮き出た弧の刃先でペタペタと頬を叩く彼女に何も言い返せない史上最強、隠しておいた牙を剥き出してアリゾナはドスの利いた声でニュージャージーの耳元で囁いた。

「わかったらいろいろあやまれや …… いうこときけんやったらお前の耳削いで頭の皮剥いで詫びさせてもらうけんの」

 

「 …… あれ? 」立場逆転のその光景に唖然とする杏平の隣で僧はぽそっと呟いた。

「 …… すいません、まちがえました」

 

                    *                    *                    *

 

 コメツキバッタのように何度も何度も頭を下げながら謝るアリゾナの隣で一度だけ頭を下げたニュージャージーがいかにもばつの悪そうな顔でそっぽを向いている。「ほらアリゾナ、もう行くわよ」

 腰の所に巻かれた皮のベルトを引っ掴んで退場しようとするニュージャージに引きずられながらそれでも「すみませんすみません、あたしの妹がほんとすみません」と何度も頭を下げながら幕僚の影へと立ち去る二人。愛想笑いに冷や汗を浮かべながら見送る群像とイオナにそっといおりが近付いた。「大丈夫? 群像、イオナ」

「うん、平気」

「しっかし上陸早々ずいぶんな歓迎っぷりだわ、まっさかケンカ売ってくるなんてねぇ」

「売ってきたかはともかくとして彼女達を最初に俺達へと引きあわせたのは多分米海軍幕僚部の意向だな」ちょっと憤るいおりを宥める様に群像が笑った。「最初に会ったアリゾナは明らかに幕僚幹部から送り出されていた、その後にニュージャージーが来てこうなる事はあらかじめ織り込み済みだったんだろう」

「現にあれだけの騒ぎを起こしてアメリカ側は誰も止めに来なかった …… ホスト国の行動としては実に不自然です」一歩進み出た僧の言葉に静が並びながら答える。「それだけ彼らはアリゾナという船を信頼しているんでしょうね、何かあっても絶対に彼女が止める、と」

「物見遊山で済むのかと思いきやこりゃ …… ずいぶん楽しませてくれンじゃないの」最後に後ろから進み出た杏平が横一線で並んだ最後の一角を埋めて五人と同じく嬉しそうな目を向けた。

 

「あれが401 …… 『アルペジオ・オブ・ヘクサコルド』」

 横一列に並んで自分達へと目を向ける群像達を見た太平洋艦隊司令は思わずその言葉を呟かずにはいられなかった。世界を救った六人の少年少女、その見た目も体格も世界中から集まったどの軍人よりも劣っていながらその存在感は何者にも勝る。

 彼らを目当てに世界中の海軍がここを目指した、そして『最強』の二文字をもぎ取るためにそれぞれの思惑を心に秘めて明日からの演習に臨む。だがいままで写真でしか彼らの姿を拝む事ができなかった彼は眼前に立ち上るオーラを目にして自分の認識が全くの誤りであったことを悟った。

 それは互いに踏んだ『戦場』という二文字に強く刻まれた経験という名のインスピレーション。

「どうやら明日から胸を借りるのは間違いなく俺達の方だな」

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