蒼き鋼のアルペジオ -Ars Nova- Eingang 作:廣瀬 眞
「両舷前進原速、針路150」「針路ヒトゴーマル、よーそろー」
群像とイオナの声も高らかに浮上航行で湾外へと進出した蒼き艦隊は単縦陣のまま一路演習海域へと針路をとる。
世界中の主だった海軍が『統制軍』という名のもとにまとまっている以上すでに明確な敵対勢力というものはこの世に存在しないのだが、それでも総旗艦命令によって解放された霧の船の中ではいまだにその方向が定まらないものが存在する。人類側に与するものを元々の命令に則して敵という認識を持ち、攻撃をすることで自分の存在意義を確かめる集団。人類側では彼らの事を総称して「はぐれ艦隊」と呼んでいるがそれらによっていまだに十分な制海権を得られていない。
艦隊構成としては軽巡以下の艦艇に限られるのだが一艦一艦が保有する火力は恐ろしく高く対抗手段を持たない商船などはひとたまりもない、また持っていたとしても飽和攻撃に近いミサイルの雨霰に晒されて凌ぎ切る人類側の船は稀だ。従っていまだにメンタルモデルを保持していない国の海軍は一刻も早い入手が喫緊の課題となるのだが。
本来のリムパックでの形式は友好国同士の海軍が「仮想敵国」を想定してある状況下においての連携訓練を主にした演習方法が取られる、しかし残り少なくなった人類に敵対などという贅沢な選択肢はなく国際連合すら消滅した今の世界では意味がない。ゆえに今回に限ってはメンタルモデルを持つ国の海軍とそうではない海軍とのトーナメント形式による対抗戦、勝ちあがっていくことでの最強国決定戦という形が取られる事となった。
日本・アメリカ・ドイツ・イギリス・フランス・イタリア対中国・ロシア・オーストラリア・インド・
「 “ 就役間もないボニファス級まで全部来るとは …… 国の守りはどうすンだ? ” 」画面の向こうで呆れたように駒城が呟く。大人げないと言ってしまえばそれまでだがそれだけ今の彼らと戦うというのは意義があるのだろう、大型艦の火力には目もくれずにひたすら小型艦の機能と速度を追求した王立海軍はいわば彼らにとっての天敵とも言える。
「艦隊旗艦はボニファス級一番艦、サン・マルチーニョ。陣形は潜水艦の捕捉に最も有効な単横陣か …… 水上艦がタカオしかいなくて旗艦が潜水艦ならそれが一番の戦術だな」
「ですが私たち相手に旧態然とした戦い方では通用しないという事を分かってないとも言えます …… どうします、艦長? 」
「そうだな ―― 」僧の言葉に群像はチラリとセンターコンソールに座るイオナを見た。すると彼女はまるで群像の意図を理解しているかのように微笑みながら大きく頷く。
* * *
「! 状況終了っ!? 」
アリゾナの艦橋で本部からの報告を待つ三人のメンタルモデルはモニターへと打ち込まれたその文言に思わず艦内時計へと目を走らせた。演習開始からわずかに59分、結果は日本 ―― いや蒼き艦隊の完全勝利。
「早やっ!? 」
「スペイン海軍は対潜攻撃に主軸を置いたフリゲート艦の構成です、いわば401にとっての天敵。それをどうやって全滅させたのか …… 結果だけ見ても凄いとしか」唖然とするアリゾナの隣でニュージャージーが艦橋の傍らに立つ士官へと声をかける。「ねえっ、演習記録ってなんとかして入手できないのっ? こんなの絶対おかしい、情報収集艦も撃沈判定でその場にいたんでしょう? 」
「演習記録はリムパック終了後に各国へと戦闘詳報として送られるわ、落ち着きなさいニュージャージー。少なくとも今の情報で分かる事は ―― 」
「凄いのはイオナさんだけじゃなくて、あの千早群像という艦長と乗組員もということです …… 兵装搭載数はそのままでも弾頭は全部演習用の模擬戦モードですから確実に艦の急所に当てなければ撃沈判定は成立しません、戦闘単位における戦術の最適化と創造性 …… 『先生』が言った通りだ」
「で、その先生の一番弟子のあなたとしてはこれで怖気づいたとでも? 」レキシントンに尋ねられたアリゾナがぶるる、と体を一つ震わせて緊張した笑顔を浮かべた。「いいえ、むしろ望むところです」
蒼き艦隊完全勝利の一報はすぐに本部にも届き、その結果に全ての国が驚愕と畏怖の声を上げる。3対16という数もだがサイレントハンターと呼ばれる艦種を相手取って一発も被弾する事なく全滅させたという事実に戦慄する世界、メンタルモデルを持たない国は一部を除いて改めてその重要性を認識し、そしてすでに保有している国も総旗艦に勝てる実力を持つという事の意味を改めて思い知る。ただ一国、ロシアの潜水艦隊を指揮する将官だけがまるでその結果を予想していたかのようにうそぶいた。
「サイレント・サービスが水上艦に手も足も出ないなんて噂を連中はいつまで信じてるんだ? 」
ルスラン・シモノフ ロシア統制海軍中将。
『北のライオン』の異名を持つ生粋の潜水艦乗りで霧の艦隊との戦いでは常に互角以上の戦いを繰り広げたキルマーク12の伝説的な艦隊指揮官。授与された勲章はロシア軍最高位に位置するアレクサンドル・ネフスキー他多数という立志伝中の人物だ。ロシア海軍が誇る攻撃型原子力潜水艦K-581“ウラジオストク”を駆り旗下の潜水艦隊とともに霧の艦艇を追い回す様はまさにライオン、振動弾頭が各国に供与されていない段階でクラインフィールドの耐久力には限界があるという事をいち早くつきとめた一人だ。
だが艦内用作業服を着た大男が背中を丸めてロシアンティーを舐めている様はまるでクマの様で、これのどこがライオンなのかと周りを囲んで演習結果を見る幕僚の苦笑を買う。「閣下の予想通りというか賭けが成立しませんでしたね、やっぱりあの子たちはただ者じゃないという閣下の予想も込みで」
「だってグンゾウはショウゾウの息子だろ? あたりまえだ、そこいら辺の有象無象に負けてもらったんじゃ合同演習で親父に負けたこっちの立つ瀬がない」そういいながらズズっと紅茶をすする彼の声はどこか嬉しそうだ。「『リンゴはリンゴの木の近くに落ちる』か …… ところでこの場合どっちがリンゴでどっちが木なのか、気になる所ではある」
「しかしどうやって無傷でフリゲート16隻を全部沈められるのか ―― 閣下ならどうします? 」「そうだな、使うのが俺の潜水艦単艦という前提でなら ―― 」しばらく紅茶の水面へと視線を落としたまま思考に沈んだルスランだったが選ぶように言葉を紡ぎ始めた。
「16隻のフリゲートの単横陣は確かに潜水艦に対しては有効な手段にも思えるが実はそうではない。多分そんな事をした事がない連中はそれぞれがアクティブを放って401の場所を突き止めようと躍起になったんだろう、見つけちまえば攻撃手段も火力も存分にあるからな」
ふむふむと頷きながら艦隊司令の言葉へと耳を傾ける五人の幕僚だが彼らとてルスランとともに戦場を駆け巡った歴戦ぞろいだ。「だがそれで海中では何が起こったか ―― アクティブ波の乱反射で探査円内の一部に干渉領域が発生してほんのわずかだが細長いキャビティエリアが発生する …… それだけなら前進を続けていればすぐに解消できるエラーなんだが」
「が? 」
「もしその時に401が水温躍層(海洋や湖沼内部で、深さに対して急激に水温が変化する水面近くの層)に潜んで艦列が頭上を通過するのをやり過ごしたとしたら? 」
ルスランをしてしみじみと語るその戦術に一同は唖然とした。「勝ちに驕って背後を取られた連中に逃げるという選択肢はない。恐らく全艦右回頭で再び401と対峙しようとしたのだろうがそれで著しく速度は落ちる、敵のキールは狙い放題だ」
「16隻を一艦で指揮する訳がないから恐らく最初に狙うのは一番最初に動いたいくつかの艦、それを潰せばあとは烏合の衆 …… 敵の出方も地形も環境も全部読み切っての心理戦術 ―― なんて子供たちだ」
「闘いに大人も子供もない、彼らはショウゾウと同じく北極海にたどり着いただけではなく敵の総旗艦を沈めた立派な
「だから閣下もあの時母港ウラジオストクへの寄港を認めたんですものね」
北極海へと総旗艦との接触を目指す群像達への補給を認めたのはウラジオストクを母港とする極東艦隊司令であるルスランの独断だった。艦隊唯一の女性艦長であるノンナはその一部始終を司令官室で目撃した人物だ。
「あの時ぶん殴って壊したクレムリンとのホットライン、まだ直してないんですけど。帰ったら早速言い訳しなきゃなんですけど? 」
「SSTOの破片が落ちてきて壊れましたとでも言っとけばいい、あそこではよくあることだ」薄らと笑いながら最後の紅茶を呑み終えたルスランが感慨深げに言った。
「できる事ならば蒼き艦隊とやってみたい所ではあるがその前に」
「私たちは私たちで勝たない事には先に進めない」そう言うと幕僚の一人が壁に貼られた対戦表へと目を向けた。「我々の相手はイタリア統制海軍、ですか …… メンタルモデル3艦とはまたキツイ勝ち抜け条件ですね」
* * *
同じ国にルーツを持つ、同じ王立海軍であるイギリスとインドの戦いは文字通り死闘と化した。最新鋭のインド海軍と任務中で火力の高い『東洋艦隊』を欠いたイギリス艦隊とのガチの殴り合いはかろうじてかつての宗主国に軍配が上がったが残存艦艇はわずかに四隻、そして沈没判定を受けた中にはアークロイヤルの名前もあった。敗れはしたものの「メンタルモデル=不沈」という世間の常識を覆して通常戦力でほぼ互角に渡り合ったインドの健闘はリムパックに集結した海軍関係者に「万里一空」の言葉の意味を再び思い起こさせる、たとえ爪の先ほどの可能性だったとしても人は必ず努力によってそれを成し遂げられるという希望を得た彼らは帰港したインド艦隊を万雷の拍手で出迎えた。
だがその出迎えを受ける彼らの顔に笑顔はない、むべなるかな勝ちをもぎ取られた悔しさがそうさせるのかと全員が思ったがそれにしては様子がおかしい。一言も語らずに粛々と船を降りた士官将官のいずれもがまるで魂が抜かれたような表情で、呆然と宿舎まで葬列を組んでいた事が印象的だった。
インド艦隊の少し後から帰港したイギリス艦隊 ―― 二人を差し置いて戦術上の観点からかろうじて勝ちを拾った旗艦、D級駆逐艦ネームシップの「デアリング」の艦長は広報からの質問に少し硬い表情で語った。
「 …… 彼女たちの戦いと考え方の一端に触れ、私はこれからの兵器のあり方というものに疑問を持たざるを得なくなった。もし私達が彼らでも同じように彼女達に負けるだろう ―― 人と霧ではまだそれくらい、いやそれ以上の差が存在する」
フランス対フィリピン・インドシナ合同軍は順当にフランスの勝利。旗艦リシュリューの活躍で文字通りなぎ払われた形となった。次いでドイツ「クリークス・マリーネ」とオーストラリアも大方の予想通りドイツの勝利。ビスマルクの代理として参加したシャルンホルストだが十分にその代役を果たしたと言える。
誰もがメンタルモデルの牙城を崩せないと考える中、その期待を裏切ったのはロシア海軍。結果はメンタルモデル「イタリア」「ローマ」「トリスタン」を含む主攻戦隊を撃滅した後での旗艦撃沈、もちろんロシア側も無傷とはいかず多くの水上艦艇を失いはしたがルスラン・シモノフ率いる潜水艦隊は全く無傷のまま真珠湾へと帰投した。以前から彼の名前は霧の艦隊を恐れぬ命知らずとして口性のない大勢の関係者から揶揄されていたが、今回の結果を経てその実力が決して眉唾ものではないという事を公に実証した形だ。
ただ本人は遠巻きに取り囲む畏怖の目にもどこ吹く風とソブラニー・ブラックロシアンを咥えながら悠然と五人の艦長と埠頭へと姿を見せ、途中喫煙を注意しようとするMPにニヤリと笑いながら火口を振って火が付いていないことを確認させる余裕ぶりだ。小癪な姿を見せつけながら立ち去る六人の背中を見送りながら翌日にダークホースとして名乗りを上げた彼らへと人々は番狂わせの期待を寄せた。
最後の対戦となったアメリカ対中国。
投入できるだけの艦船を用意した中国に対してアメリカは打撃群最小単位である8隻で迎え撃つ。空母レキシントンを中央に配置する輪形陣に対して中国は霧との戦いで実績と改良を積み重ねた空母二隻を中央に配置する二重輪形陣 ―― 通称『奇門遁甲陣』で相対するのが定石だと事前の予想ではされていた。霧の艦艇が放つミサイルの飽和攻撃を移動陣形によってことごとく撃ち落としてその間に空母を発艦した殲35が敵艦隊に飽和攻撃を仕掛ける、いかにタイコンデロガ級二隻と霧の演算といえどもステルス機による対艦ミサイルの一斉射撃を全部かいくぐれるとは考えにくい、よしんば躱したとしても他の通常戦力は確実に損傷する。
「アリゾナも運が悪い、旗艦として最初の戦いがまさかあの中国だとは」キーボードを叩きながら戦況予想をする僧の口から零れるためいき。
「そんなに強いのか? 中国艦隊は」
「周囲を取り囲む二つの円が常に移動して互いの死角を殺して射角を確保して隙が全くありません。実際霧の艦隊と対峙しても彼女たちの攻撃が陣央部にまで到達した事はなかったそうです、そして旗艦はその円の中に紛れ込んで全運動を指揮する高速巡洋艦南昌。艦隊戦に持ち込んだ所で果たしてあの高速艦を捉えきれるかどうか ―― まごまごしているとアスロックの一斉射撃で粉砕されるでしょうね」
「となるとアメリカはニュージャージーとレキシントンの活躍いかんにかかってくる訳だ …… どちらにしても壮絶な痛み分けかあるいは」
「大丈夫」
センターコンソールに座ったイオナが何かを確信したように呟いて僧と群像の会話に割り込んだ。「アリゾナは負けない、だって彼女はものすごく強い」
それが実証されたのはイオナの発言からわずか数十分後の事だった。演習終了の表示とともに経過時間が表示され、そこに刻まれた数字を見た全員が声を上げて驚いた。「! 40分っ!? 」
浦上が、ヒュウガとタカオが。そして今日を勝ち抜いた国の軍幹部と全てのメンタルモデルが一体何が起こったのかと必死で頭の中でのシミュレーションを重ねる、だが中国海軍の実力を知る全ての兵士があまりの出来事に混乱する一方だ。何より驚いた事に双方の損害は中国側の『南昌』ただ一隻。
「 …… つまりはあのぐるぐる廻る輪の中から正確に旗艦を見つけ出して一撃で仕留めたって事なんだが …… 駒城、響。どう思う? 」演習結果を険しい表情で眺めた浦上が難しい顔で考え込んだままの若き艦長とソナー手に水を向ける。
「参加艦艇の数から恐らく055南昌型は何隻もいたはずです、多数の艦船の中に紛れてしているその中から正確にただ一隻だけを狙い撃つなんて偶然としか」
「キャビテーションの音紋がとれていれば大体の目星をつけられるとは思いますが正確には。多分八月一日さんでも難しいでしょう」駒城と響が自らの特技の観点から双方とも否定的な意見を口にする。アドバイザーとして乗り込んでいる浦上は二人の意見を聞いてから腕組みをして帽子の庇へと視線を隠した。
「俺達はニュージャージーとレキシントンの
「俺達がまだ知らない異分子。未知のメンタルモデル ―― アリゾナの力なのかも知れんな」
* * *
対戦二日目。
初戦蒼き艦隊とフランス統制海軍の戦いはあっけなく蒼き艦隊のワンサイドゲームで終了した。フランス史上最強の戦艦として名高い名艦のメンタルモデル随伴復活ではあったのだがいかんせん単艦では蒼き艦隊には分が悪く、タカオを囮に海流を使った無音航行でそっと単横陣の傍まで近寄った白鯨Ⅲと401が敵フリゲートの単横陣を破壊してしまった事で勝敗は決した。リシュリューも霧の船の特徴を生かして艦を横倒しにしての海中への艦砲射撃で何とか401を仕留めての大逆転を狙ったのだが、むき出しになった艦底部へタカオからの集中砲火を浴びて万事休す。
二戦目はロシア対ドイツ、人類側唯一の勝ち抜けとヨーロッパ最強海軍との息詰まる一戦だったがこの戦いは残念ながら奇跡の再現とはいかなかった。クリークス・マリーネ最高の頭脳「プリンツ・オイゲン」に搭載されたFumo25レーダーによるオールレンジサーチによって海中での行動を看破された彼らに逃れる術はない。ルスラン乗艦の『北のライオン』はなんとオイゲンから発進したAr196による至近からの対潜攻撃でこれにはさすがのルスランも度肝を抜かれて白旗を掲げた。まさか重巡にカテゴライズされた艦に対潜能力があるなどとは思いもしなかったのだ。
それでも随所に見せ場を作り、単艦での突撃雷撃を敢行したロシア海軍旗艦の奮闘にシャルンホルストは感銘を受けた。まるでかつてのUボート部隊を彷彿とさせる群狼戦術に翻弄されながらも相手の意表をついたフリゲート艦以外からの対潜攻撃を実行した事に彼女は少し恥じているようなコメントを残した。
「このような禁じ手を使ってしまった事を私は恥ずかしいと思っていますが、そうしなければ勝てなかったということもまた事実なのです。相手をしたロシア海軍はまさに私達の過去の英霊と戦っているような気持ちにさせました、本音を言うならいつまでも知恵比べをしていたかったのですがこれも戦の常。今回は私達に神の御加護があったのでしょう …… もしここに彼女ビスマルクがいたなら同じ事を言うはずです」
そして謎に包まれた二つの国、アメリカとイギリスの戦い。
「デアリングに ―― 白旗か」
帰港する両艦隊を出迎えるために埠頭で待っていた群像は双眼鏡で双方の旗艦を見比べながら呟いた。演習結果ではいまだ審議中で結果判定が出ておらず、実際に信号旗で見た方が早いという結論に落ち着いた彼らは時刻に合わせて大急ぎでここへとやってきた。
「ヤー、ほんとに惜しかったでーす。タッチの差でしたがアリゾナにしてやられました、残念残念」岸壁へと降り立ったアークロイヤルは頭をかきながら後ろを歩くイラストリアスを振り返った。レキシントンとさほど能力の差がないはずの彼女も屈託のない笑顔で群像達の前へと進み出る。「ほんとに残念、東洋艦隊のいない私たちで蒼き艦隊と戦ってどこまで通じるのかを試してみたかったんだけど、やはりアメリカ艦隊を侮ってはいけなかったということね」
「そんなに? 」イオナが尋ねるとイラストリアスは大きく頷いた。「ええ、少なくともこちらの奥の手を破るくらいには強いわ ―― ま、演習内容は帰ってからのお楽しみってとこね。それにしても ―― 」
やれやれという体で後ろを振り返る彼女の視線の先には意気揚々とタラップを降りてくる自国の士官たちの行列がある。「我が国は少し生活習慣を改めた方がいいんじゃないかしら? いくらお酒が強いと言ってもこう連日連夜飲んだくれてては二日酔いか船酔いかわかったもんじゃない」
「オー、イラストリアス。それを言う事はイギリス人にあるまじき行為でーす。ジョンブルの魂を奪ってはいけません、もしそれがなくなったら彼らはただの腑抜けになってしまいマース」
「なんであなたがここで本気になってみんなを庇うの? …… まあいいわ、アークロイヤルの言う事を否定する気はないしそれはほんとの事だから」ふふんと小気味のいい笑顔を浮かべたイラストリアスが群像へと右手を差し出した。
「じゃあ明日は頑張って、千早群像。401も ―― できれば来年、今度こそ戦いましょう」「ワオ、あこがれのヒーローと握手できるなんて光栄の極みでーす。イギリスに来た際にはぜひ私達を訪ねて来てくださいネ? 」
代わる代わる握手を交わした二人がにっこりと笑って踵を返すと列をなして退場する士官たちの後へと続く。「イラストリアス、これから反省会か? 」
「ええもちろん」尋ねた群像へと肩越しの視線を投げかけながら楽しそうに彼女は言う。「これから負けた他の国の人たちを集めて残念会なの ―― 反省なんてしたって意味ないわ、だってみんなやるだけの事は精一杯やったんだもの」
「皆さんもいらっしゃってもいいですけどあまりお勧めはできませーん、今日の「うち」みたいになりたくなーいとおっしゃるのでしたら」
* * *
そして演習最終日の朝を迎えてここで勝ち抜け組に問題が発生する。
ドイツとアメリカの双方どちらとも蒼き艦隊との対戦を望み、一度は総当たりでのリーグ形式に落ち着こうとしたのだが各国の戦力差を分析した「ビッグ・ブラザー」はネガティブを回答した。二国に対して蒼き艦隊は潜水艦二隻と重巡一隻、いくらメンタルモデルの数では同数といってもその保有火力に圧倒的な差があるというのが否定理由だ。
各国が納得する落とし所を模索する米統制軍だったが勝ち残っているのが自国の艦隊ではどんな提案をしても身びいきと取られかねず、困り果てて悶々としていた所に送られてきた一本の通信。思いがけない相手からの助け船によって最終日の対戦方法は決定した。
「 “ こちらはクリークス・マリーネ旗艦ビスマルク ” 」
彼女の提案によって蒼き艦隊はシード権を取り、午前中の演習ではアメリカとドイツが対戦する事になったのだが恐らくこれにはビスマルクの思惑が関与しているのだろうと言うのは犬猿の仲であるヒュウガの予測だ。ビスマルクと二番艦ティルピッツを欠いた状態での彼女達が果たしてどこまでアメリカ艦隊とやりあえるのか、本来であればここには来れないはずの「プリンツ・オイゲン」が参加している事こそその証だと。
「あいつは艦隊防御の他にデータ集めって趣味も持ってるからねぇ、多分対戦した国の戦力を全部丸裸にしとこうって腹なんじゃないの? 」しかめっ面で忌々しそうに告げるヒュウガ。「それが本当だとしたらずいぶん腹黒ねーちゃんになっちまうけど、いまの世の中でそんなことして意味あンのか? 」
「いまだに『ブンデス』とか『ドイチェ』を名乗らないのがその証拠よ、隙あらばすぐに最強と取って代わって大洋覇権を手に入れたいのがクリークス・マリーネの悲願。その試金石として今のアメリカ海軍は絶好のサンプルといえるわ」
「確かに。今回のアメリカは打撃群としては最小単位でありながら全兵種に対応可能、そうなるとこちらと先にやるよりも参加艦艇とバリエーションの多いアメリカと先に戦ってあわよくばこちらとも
杏平と僧を交えた三人の会話を聞きながらじっと何かを考え込んでいる群像。「群像? 」
イオナが尋ねると彼は構えを解いた。「イオナ、超重力砲以外の奥の手って何だと思う? 」
「超重力砲に使う演算能力を使わないと使用できない武器、たとえばアシガラの
「イラストリアスはアメリカに奥の手を破られたと言っていた。その手の武器が封印されている空母が持つ秘匿手段、そしてそれを初見で破ったアメリカ艦隊 …… いや「アリゾナ」か。どういう能力の持ち主なんだろう? 」
* * *
「 …… オイゲン、データはとれた? 」ぜいぜいと肩で息をしながらシャルンホルストは目の前のモニターに赤く点滅する『
「 “ こちらが撃沈される所までは何とか。しかしこのデータを見せても信用してもらえるかどうか ” 」不安そうに語る艦隊の頭脳はシャルンホルストからほんの少し離れた場所で機関を停止したまま漂っている、クリークスマリーネが自信を持って送りだした第二機動隊群は ―― 。
「あの子唯一人にやられるなんて」そう告げたシャルンホルストが全ての艦が停止した海域のすぐ先で何事もなかったかのように停泊している大戦艦、ドレスの裾を潮風に靡かせながら甲板に立つ小柄な女性の姿を驚愕の目で見つめていた。
「 …… うそでしょ。全滅? 」彼女達を知るヒュウガにとってもその結果は予想外だった。イケドンのビスマルクならばありそうな事でもシャルンホルストでは考えられない、慎重かつ綿密そして大胆に動くからこそ彼女はドイツ帝国が装備払底で身動きが取れなくなるその最期の瞬間まで生き延び続けたのではなかったのか?
「演習記録のログを見てみたんですけど、どうやらアメリカ艦隊は全ての対戦でほとんど被害を受けてないようですね …… うちと違って決して楽じゃない相手ばかりだったのに」浮かない顔で報告する静の隣で必死に戦況分析を繰り返すヒュウガだがどう考えても理が合わない。自分達は今まで様々な霧の艦種を相手取って戦ってきた経験がある、だがその記録を全部紐解いてありとあらゆるバリエーションを考えてみてもアメリカの勝利に結びつく根拠が見つからない。
特殊な
「仮にも世界中の海軍が集まる場所でホスト国のアメリカがそんなことする訳がない ―― し、これ以上はどれだけ考えても実際に当たってみない事には始まらないだろう。先方が今まで通りの戦術で来るのならこちらも今まで本気の霧と戦って得た経験と分析と瞬発力で勝負しよう …… いいですね、駒城ニ佐。浦上中将? 」
「 “ それしかないだろうな。なんとも場当たり的だが戦場は生き物だ、定石に囚われるのではなくその瞬間その瞬間での適切な判断が勝利につながる。ここはお前さんの持ってる『勘』とやらに賭けてみよう ” 」
浦上の言葉に小さく頷いた群像は通信を切って周りを見回すと全員が同意の意志を目に宿して同じように軽く頷く、いつも通りに意志の疎通を確認した彼は小さく笑った。
「懲りもせず俺の博打につきあわせてすまない、すまないついでに決勝の相手に挨拶をしに行かないか? 」
まさか自分達の埠頭まで蒼き艦隊の幕僚たちが出迎えてるとは思いもしなかったアメリカ側は着岸するなりおっとり刀でタラップをかけ降りてくる、各幕僚が整列する中メンタルモデルの三人はレキシントンを先頭に一歩前へと進み出て不敵な笑みを浮かべた。「まさかあのレセプションでの言葉をもう一度言うことになるとは思わなかったわ。私たちは負ける事なんかこれっぽっちも考えなかったのだけれど、まさかたった三艦しか参加してないあなた達がここまで勝ち残ってくるなんて」
「俺もそう思う、参加した全ての国が強敵ぞろいで自分も驚いている所だ …… でもせっかくここまで来たんだ、最後の有終の美は俺達が飾らせてもらう」
「最初はこんなやせっぽちの坊やが本当に戦えるのか心配してたんだけど」最初に出会った時とはすっかり表情も態度も変わったニュージャージーが恥ずかしそうに微笑む。「失言を取り消します千早群像、間違いを認めてここで改めて謝罪します ―― あなたは私達が全力で戦うに値する相手だと」
差し出された彼女の右手をそっと握った群像が笑顔でその言葉を受け取るとその傍からアリゾナがイオナの前へと進み出た。「イオナさん、あなたとやるのをずっと心待ちにしていました。私も全力を尽くしますので午後はお手柔らかにお願いします」
まるで裏表のないその笑顔と声はその場に居合わせた全員を和ませるかのようだ。嬉しそうに勢いよく差し出された右手をしっかりと握ったイオナは彼女につられるように笑顔を浮かべて、しかし心の底から湧き上がる闘志をちらつかせながら静かな口調で言った。
「こちらこそお手柔らかに ―― でもあたしは絶対に誰にも負けない」