蒼き鋼のアルペジオ -Ars Nova- Eingang   作:廣瀬 眞

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リムパックⅤ ―― 異分子の正体

 ハワイ南方海域、午後1時55分。

「 “ 演習開始五分前、各艦戦闘配備 ” 」真瑠璃の声が401のブリッジに響いて全員に緊張が走る、艦隊通信を繋ぐハブホストとして機能する白鯨Ⅲは401の後ろから左舷へと航路を変えてゆっくりと潜航を始めた。ヒュウガの弾き出した戦況予測では7:3でこちらが圧倒的に不利、艦数・火力・艦種の点から見てもこれは当然。「 “ こっちが相手より勝ってるのは踏んだ鉄火場の数だけ、しかしあの戦いを生き残ったという事がどれだけ凄い事なのかを知ってもらういい機会にはなる ” 」

 駒城の威勢のいい声は本当に励みになる、戦闘前の緊張した空気がそれで少しほぐれて和やかになった。「こちらも全力を尽くします駒城ニ佐、至らない所はご尽力を ―― 」「 “ 群像、それがいけない ” 」声を遮って先輩である艦長は群像の物言いを窘めた。「 “ いいか群像、旗艦なんてものはただの神輿でお飾りだ。普通の会社でもなにかトラブルが発生した時に責任をとったりつるし上げられる立場の人間が必要だろ? いざという時に差し出すための首ってのが本当の仕事なんだ ―― 普通はな。だが俺達は違う ” 」

「 ” あたしたちはそれぞれが独立して自分達の判断で戦う事ができる。今までもそうやって生き延びてきたんだからそのやり方を変える必要なんてない、そう思わない? ” 」最後尾でヒュウガとともに艦隊戦を一手に引き受ける事になるタカオは楽しそうだ。「 “ 401には千早群像、白鯨Ⅲには真瑠璃がいてこの船にはあたしが乗ってる。各艦別行動でも戦力的にはおつりがくるわ。一応戦況予測はこちらから真瑠璃を通じて情報共有の形をとるけどそこからは個別の判断にゆだねる、演算結果もその方がいいという回答 ” 」

「うん、ヒュウガ、頼りにしてる」メインモニターに映ったヒュウガに向かってイオナが声を投げかけると途端に白衣を着た歪んだ性癖持ちの才女は体をくねくねさせて猫なで声を捻りだす。「 “ ああもう! そんな水臭い事をイオナ姉さまったら、このヒュウガにすべてお任せくだされば姉さまに指一ついいや髪の毛一本足りとの触れさせませんのコトで姉さまはどうぞ大船に乗ったつもりでアリゾナだろうとニュージャージーだろうと思う存分いたぶって差し上げてくださ ―― ” 」

「 “ ヒュウガの事はほっといて。水上レーダーに感、いよいよお出ましよ ” 」最も索敵範囲の広いタカオの水上レーダーが一番外縁部に光点を映し出した、前衛四艦で菱形を組んで後衛を扇の形に展開する変形の第一航行警戒序列。「 “ なるほど、輪形陣じゃない。多分前衛でタカオをすり潰して後衛で潜水艦を仕留める気ね ” 」悶絶から立ち直ったヒュウガがすぐの戦況分析を各艦へと送り始める、演算特化型のマジックアームを二基持ちこんで並列接続にしたその能力はすでに大戦艦級を優に凌ぐ速さだ。「 “ 前衛の四艦の内三艦がメンタルモデル持ちで間違いない、さあどうする千早群像? ” 」

 

「レーダーに反応、艦影二」ニュージャージーの声にアリゾナがすぐに反応する。「各艦電撃戦用ー意、レキシントンは潜航中の潜水艦を配下の駆逐艦隊を指揮して追尾撃滅。ニュージャージーは敵水上艦を捕捉足止め」第一主砲の前に立つアリゾナの周囲に紫色の帯が円を描いて展開すると彼女の目前にいくつものウインドウが立ちあがる。素早く目を走らせて解析結果を読み取るその足元に半円球の三次元レーダーが現出した。

「お先に行きます ―― 旗艦アリゾナ、目標401。機関出力上げ第四戦速」

 巨大なシルエットがグンと舳先を持ち上げて速度を上げる様はまるでミサイル艦の様だ、波を蹴立てて勢いを増したアリゾナはそのまま一気に艦列から突出した。

 

 

「艦列の先導艦が単艦突出っ、ものすごい勢いでこちらに向かってきます! 」秒ごとに速度を上げる一つの光点に目を見張った静の声を受けて群像が一つ大きく深呼吸をする。何十通りものシミュレーションを繰り返して得た一つの可能性だがそれでも半信半疑の域を出なかった ―― 単艦での旗艦撃沈、だが現実にその動きを目の当たりにして群像は自分の予想が正しかったとある種の戦慄とともに実感せざるを得ない。

 呑みこんだ息を声に変えながら群像はいつもの通り静かに隣のイオナに命じた。「両舷強速ダウントリム20、深度40でホールドして取り舵10 ―― 行くぞみんな。401コンバットオープン」

 

 

「速度修正面舵5、針路交差と同時に後進一杯。VLAハッチ開いて」なおも増速を命じるアリゾナが無機質な声で命じると後部甲板の至る所のハッチが弾けて白い弾頭が外気に露出した。「フルリバース、対潜弾ローンチ」静かに告げる彼女の声とともに一斉に立ち上る発射炎でアリゾナの後部が黒煙に包まれる。

 

 

「 “ アリゾナエンゲージっ! 401っアスロックが行ったわっ! ” 」観測するタカオの声のすぐ後に静の耳に届いた多数の着水音。「着水音約20、高速推進音っ! 」

「後部1番2番カウンターメジャー、MOSS」群像が告げるや否や杏平のスタイラスがあらかじめ準備してあった囮を海中へと射出する。設定された距離を航走した後に傘を広げてその場に留まり、音波と電磁波で敵のIFFを撹乱するMk70は401目がけて殺到しようとした20発の対潜魚雷を全部引きつけてその周囲で縦横無尽に躍らせる。少しづつ遠ざかる姦しいキャビテーションの群れをヘッドセットで確認した静がほっとしたのもつかの間突然群像とイオナが同時の声を発した。

「来るっ! 」「サイドキック針路2度修正耐ショックっ! 」全員の体がずれた瞬間に掠める荷電粒子の束が外殻を通じて艦内へと轟音を響かせた。

 

 

「 …… 外した、か」まるでウェルデッキを開けた揚陸艦のように艦体後部を海に沈めて俯角での主砲砲撃を行ったアリゾナがウインドウを見て呟く、「左舷前、右舷後部スラスター全力噴射。針路変更086」前後のスラスターを操ってホバークラフト並の定点回頭、押しのけられた海面が巨大な波頭を周囲にまき散らし離された距離を再び詰めるために艦首を持ち上げたアリゾナの巨体があっという間に元の速度を取り戻す。

 

 

「401っ! 」20.3cm連装砲の砲身から荷電粒子の雷電が周囲に飛び散る、せめて後部主砲の一本でも作動不良に追い込まなければと援護を焦るタカオだがその目論見はあっという間に横槍で潰えた。うなじの産毛を逆立てるほどの恐怖と圧、そしてヒュウガの操作によって艦を傾けたそのすぐそばを掠める豪快な光の柱。すぐに最大戦速で回避行動へと移行するタカオの目に映り込んだ巨大な島。

「 …… 余計な邪魔を」舷側に収納されていた魚雷発射管を外へと向けて水雷戦を選択するタカオ。「 ―― ニュージャージーっ! 」

「そっちには行かせないわタカオ」艦上で仁王立つ彼女は不敵な笑いで両腕を組んだまま面舵を切る。「あなたも武勲艦の名を冠する一隻ならあたしの挑戦を避けては通れないはずよね? 」

「言ってくれるじゃない小娘。でもね、プロポーションだけであたしに勝てると思ったら大きな間違いよ。今からその事をいやって言うほど思い知らせてあげるわっ! ―― タカオからハブホストへっ、真瑠璃っ! あたしはニュージャージーを引き受けるから残りをお願いっ! 」

 

 

 タカオからの通信を傍受しても返答もできない状況、レキシントンから放り込まれた不規則に鳴る無数のアクティブに取り囲まれた白鯨Ⅲはすでにハンドサインなどを使った隠密モードへと艦内全てが移行している。タカオからの通信を流れるような綺麗な筆跡でしたためたメモを駒城へと差し出した真瑠璃はヘッドホンを半分だけ耳に当ててじっと反応を窺った。

 メモへと視線を落として少し何かを考え込む駒城、しばらくして何かを思いついたように隣に立つ浦上へと目を向ける。すると彼は無言でインフォディスプレイを指差してある数値の推移へと誘導した。深度が深くなっていく毎に本来海水温は下がっていくはずなのになぜか艦外の環境を測定するセンサーの温度数値はわずかながら上昇傾向を示している。

 お互いの意見が合致した所で二人はそれぞれの仕事に入った。駒城は操舵士の肩を叩いて両手で無音潜航の指示をし、浦上は静かにその場を離れると艦橋後部に設けられた戦術ブースへと赴き巨大なチャートプロッタに表示された海底地形図へと目を落とした。光学デバイダとパラロックを動かしながら真剣に何かを探している。

 

                    *                    *                    *

 

 目標をロストしてもレキシントンは平然と飛行甲板の先端で悠然と微笑んでいる、それは彼らが彼女の本命ではないからだ。海軍旗艦をアリゾナに譲ってから彼女の果たす役目はただ一つ。「 “ アリゾナからレキシントン、現在ASW続行中。アルファを指定ポイントへ誘引、到達まで90.対潜機進発 ” 」

「レキシントン了解」彼女の描く未来予測を現実の物にするために自分の持てる力で補助や援護に回る、近代海軍のあり方には程遠い ―― どちらかというと大昔の海軍戦術に似通っているやり方だが火力と耐久力に勝る大戦艦級を先行させて相手の出鼻を挫いてそのまま一気に攻め落とす。一歩相手を読み間違えればこちらの敗北は必至だが ―― 大丈夫。

 こちらにはその才能を私が認めたあの子(アリゾナ)がいる。

 トリコロールの横縞に染められた『C旗』を左手で大きく掲げて前方へと思いっきり振り出すと彼女の両脇からナノマテリアルで造られた二機のレシプロ機が同時に勢いよく発艦した。軍用機設計の天才エド・ハイネマンが生み出したドーントレスⅡが腹に一発の魚雷をつり下げて緩やかに右旋回で離れていく。総勢十機の対潜部隊はアリゾナの導きに従って指定された海域へのコースを編隊を組んで向かっている。

「レキシントンよりアリゾナ、対潜機予定通り。幸運を祈る」恐らく集中の度合いをより上げているのだろう、返信もなく途切れた通信に頷いた彼女はもう一つの回線を開いて背後に展開する護衛艦隊へと話しかけた。「さあ、私たちは私たちで自分の仕事をきっちりとこなしましょう、全艦対潜戦闘(ASW)および水雷戦用意  …… 私達を墜とした人間の唯一の船、見せてもらいましょうかその実力の程を」

 

 

 ぴったりと自分との距離を維持するアリゾナの光点を確認しながら群像は思案を巡らせる。もし距離を詰めてこようとするのならフルバーストで一気に引き離すことも可能だがあえてその選択肢は除外している ―― 彼女が持っている特殊能力『旗艦殺し』の仕組みを解き明かしてからでないと不用意に手の内を明かす事は命取りになる。

 エンゲージの段階でアリゾナは間違いなくこっちの存在を認識して交戦状態に入った、という事は中国戦南昌、イギリス戦デアリングも同様に狙い澄まして撃沈したということが証明された。でもそれをどうやって見分けているのかということまではわからない。「杏平、後部1番2番音響魚雷距離1400、3番アクティブデコイ。音響魚雷作動と同時にアクティブデコイ射出、機関停止深度60まで沈降。イオナ、コントロールを頼む」

「わかった、たのまれる」 

「もしこれでデコイを追うようなら彼女の探査指標が艦体が発する何かということに限定されますね」僧がモニターを眺めながら刻一刻と送られてくるヒュウガからの戦況予測を追いかけている。今のところ各艦とも著しい不利へと追い込まれているがそれがどこかの切っ掛けで逆転する事もままある、追い込まれている状況も彼らにとっては以前に何度も経験した事だ。

 圧搾空気が放出された鈍い振動が艦橋へと伝わりメインモニターに航跡が表示される。「3、2,1」静がヘッドホンを耳から持ち上げたとたんに様々な周波数の音響がエコーを伴って船全体に鳴り響き、探査装置全体が機能不全に陥った。すかさず発射されるアクティブデコイへのリンクを開いたイオナの周囲に黄色い帯が円を描く。

「リンク開始、機関停止タンク注水。深度60でホールド」

 

 

 自分に向かってきた2本の魚雷にも速度を落とすことなく追いかけるアリゾナはもろに音響魚雷の効果範囲内へと進入した、音と気胞によって荒れた海中からは全ての情報が遮断されて文字通り盲いるがそれでも甲板上のアリゾナは平然としている。間断なく立ちあがる空間ウインドウと真っ白になった三次元モニターを足元に置いたまま彼女は冷静に言葉を発した。「対潜機エンゲージ、こちらの指定する座標に魚雷投下。深度設定60」

 

 チクリと刺したその痛みにイオナは思わず頭上を見上げる。気のせいじゃない、まるで針のように細くて長いなにかが確実に自分のどこかに刺さっている。それはまるで抜こうとしても抜けない返しのついた釣針のよう。「 ―― 見られてる」

「? イオナ? 」群像の声にも何も返せず、ただ険しい目で見つめるその先。深度60メートルで息を潜める401をたぐり寄せるように引っ張る、知ってる気配。

「 …… アリゾナが、あたしを見てる」

 

 

 高めの高度から魚雷を落とすのはエンジン音をパッシブに察知されないための措置だ、攻撃態勢に入った五機から放たれた魚雷は頭を下に海中へと滑り込むとすぐに弧を描きながらアクティブを放って自分の目標たる401の姿を追い求める。跳ね返ってくる自然とは違う存在、硬い金属の感触を捉えた彼らに知能はない。だが音を消して静かに流れに乗ろうとする敵を見つけた彼らは即座に推進機を回して全速力で目標へと殺到した。

「! 高速推進音、前方12時! 雷数5! 」「前方っ!? 」予想外の攻撃に凍りつく艦橋だが群像と杏平の反応は早かった。「1番2番っ ―― 」

「スナップショットATCBっ! 距離1000で設定っ! 」言うなり飛び出した2本の短魚雷が一直線に魚雷の群れまで走るといきなり直前で炸裂して無数の小弾子をまき散らした。爆発による衝撃と散弾での迎撃に5発のMk46は次々に誘爆して破片になって沈んでいく。「今の攻撃はっ!? 」

「わかりません、探知範囲外からの攻撃ですっ ―― 艦長アリゾナ増速っ! 」

 せっかくの仕込みを反故にされた群像が小さく舌打ちをして体勢図へと目を向ける、こうもこちらの手の内を読まれた揚句にことごとく潰されるとは。「いおり、機関始動ミリタリーポジションっ、前進強速っ! 」

「!? それじゃあすぐにアリゾナに追いつかれます、至近距離から主砲で撃たれれば ―― 」慌てる僧を横目で追いながら群像が更に隣のイオナに視線を向ける。「構わないっ。静、敵の主砲の散布界まであと何秒だっ!? 」

「10秒ありませんっ! カウントダウン8、7 ―― 」「イオナ、つかまれっ! 」

 群像の叫びに意図を悟ったイオナが全身を投げ出すと彼は彼女の体を抱きしめた。「後部タンクフルブローっ! 前部タンク注水ダウントリム30、針路リバースっ! 」

 

 潜水艦が水上艦にとって脅威と呼ばれる理由にはいくつかあるが、その中で最も恐れられているのは水面下を空間のように利用できるその自在性だ。水上艦が海面という平面を移動する二次元移動に対して潜水艦は航空機と同じように深度さえ許せば三次元機動を展開する事ができる、そしてソナーによる探知しかできない水上艦にとって海中内での出来事は全て光点の二次元表示で推し量るしかないのだ。

 だがアリゾナの足元にある三次元モニターは401の立体機動をつぶさに表示して彼らがどういう動きをしているのかを知ることができる ―― がさすがの彼女も潜水艦による海面下での逆宙返り(リバースフリップ)には驚きのあまり二度見する。「 …… すごい、こんなことができるなんて」

 一瞬にして深度を200メートル以上変えた事で対潜弾の深度調整、方向転換が間に合わない。後ろを取られればこちらの体勢は不利になる。だが彼女は至極冷静に自分の足元の本体に対して指示を与えた。「右舷アンカー投下、左舷全スラスターサイドキック用意」

 

 天地が逆の状態でアリゾナの艦底を通過する401のパッシブから静のヘッドホンに届く金属がこすれ合う音。「艦長、アリゾナが投錨しました! アンカー着底まであと10秒」

「艦体復航上下反転正位置っ、イオナ、サイドキック針路反転180っ! アップトリム20、深度40っ 」イオナを抱きかかえたまま指示を続ける群像の命令に即座に反応する401は全員の体を横に振りまわすほどの勢いで一気に回頭を始める、アンカーの音を聞いただけで次の展開を予測した全員がその状態でも慌ただしく自分の仕事へと没頭した。静はヘッドホンを強く耳に押し当ててアリゾナの艦首の向きを探り、僧は海上で戦況を観測するヒュウガとリンクして戦域での各艦の位置取りを確認し。「針路反転完了、アリゾナ正対位置」

「3番4番Mk48(ADCAP)っ、撃てっ! 」静の報告とともに群像の声が飛び杏平のスタイラスがコンマの世界でモニター上を飛び跳ねる。互いに接近を続ける状況下での長魚雷は自分にも危険が及ぶ危険はあるが言い換えればそれは絶対に回避できない必死の間合い、命中を確信した杏平が思わず安堵の小さなため息を漏らす。

 だが。

 体勢図に刻まれた雷跡が光点と交差した瞬間に左右へと離れていく光景を見た艦橋の全員がイオナも含めて声を失う。何が起こったのかと考える暇もなく襲いかかるアリゾナの対潜弾。「後方着水音っ! 対潜弾20! 」

「この距離でかよっ!? 自分が爆発の巻き添えを食うかもだぞっ!? 」まるで相打ちでも狙うかのような彼女の攻撃に一瞬凍りつく杏平だがそんな暇はないと群像の指示が飛ぶ。「後部3番4番MOSSっ! 機関停止、急速潜航(クラッシュダイブ)っ! 」

 デコイの発振音を聞きながら急激に海底へと沈降を始める401、しかしイオナの目は再び頭上へと向けられる。まるでルーティンのように繰り返されるその光景に群像は潜水艦としての隠蔽手段が全く意味をなさないということを思い知らされた。このままではいつかジリ貧になる、そうなる前に何とか彼女の秘密を突き留めなければ。

「僧、静。頼みがある」

 

「アリゾナに見られてる …… ? 」僧の呟きにイオナが何度もうなづいて肯定の意志を示す。「戦闘中のデータログをもう一度確認してみましたがパッシブアクティブ共センサー類にはそれらしい痕跡は見当たりませんでした、どもそれじゃあどうやって? 」

「わからない、でも感覚的に彼女がじっとこちらを見ている事は確かに感じる」頭をふりながら静かに応えるイオナの表情は深刻だ。「どう思う、みんな? 」

「 “ もしかしてかなり微弱な重力振も捉える事ができる ―― とか? ” 」「あり得る事だが音響魚雷を使った時にアクティブデコイを放ったにもかかわらずアリゾナはそちらには見向きもしてない、あの時こちらの機関は停止してたし重力振を感知するなら迷わずデコイに攻撃を仕掛けたはずだ。だが彼女は一切スルーしている」

「 …… 重力振、ではない。この船が発する独特な、何か」少し俯いた僧がじっとモニターを見つめている、もしかして霧の船が持つ個体識別紋章かもと考えたが海底に向かって沈降を続けている401のそれを遥か海上から見る事などできるのだろうか? それにこの能力は恐らく『旗艦殺し』とこちらで名づけた特殊能力の根幹に至る部分だ、南昌やデアリングが仕留められた理由にはならない。

「しっかし一度目ェつけた獲物を絶対に逃さないなんてまるでサメみてえな奴だな、あの見た目からは全然想像もつかねえぜ ―― 」

 

 杏平が背丈の小さな女性の姿を思い出しながら呆れたように呟いた。確かに本気になった時の凄味は上陸の際に目にはしたが、これほどまでに勝ちにこだわる人物像を持つ者を彼は一人しか知らない。かつて自分達をとことんまで追い詰めた第1巡航艦隊旗艦の美しい姿を思いだしていた ―― 結構好みのタイプだった ―― 杏平だったがその息抜きの時間は突然の群像の叫びによってあっという間に現実へと引き戻された。「 ―― 杏平っ! 」

 まるでものすごい剣幕でも起こしたかのように飛び出した群像の声に、不埒な空想を見破られたかとビビった杏平が慌ててクルクルと指で弄んでいたスタイラスを落としかける。「な、なんだよ群像? 」

「いま、なんて言った? 」

「え …… だからあの見た目からは ―― 」「そうじゃなくてその前です杏平っ! 何ていいましたっ!? 」艦長と副長二人に身を乗り出されて思わず体が仰け反る。「や、だからまるでサメみてえな奴だなって ―― 」

「! それですっ! 」

「 “ ロレンチーニ器官か ” 」

 いおりの言葉にイオナ以外の艦橋の全員が大きく頷いて確信する。キョトンとあたりを見回すイオナに群像が難解な問題を解く事ができた会心の笑みを浮かべながら説明した。「魚の中にサメという種類の魚がいるんだが、彼らは頭の周囲にロレンチー二器官と言う特殊な感知機能を持っていて相手の筋肉から出る微弱な電気信号を感知して居場所を知ることができるんだ。恐らくアリゾナはそれに似たものを実装してこちら ―― いや旗艦の位置を特定しているんだと思う、と言うかそれくらいしか辻褄が合わない」

「艦隊旗艦は司令部も兼ねているので他の船に比べて大きな発電機を搭載している事が多いですからね、一度動き出せばそれを止める事は艦隊指揮を放棄するということですからまずあり得ない。アリゾナと戦い続ける限りその居場所は撃沈されるまで認識され続けます」

「と言う事は私達が白鯨Ⅲやタカオとリンクしている限りこちらの居場所はばれているって事ですか? 」静の問いに振り向いた杏平が応える。「リンクっつっても元は無線扱いだから微弱な電気信号を使ってる、つまりはアリゾナは他の艦だろうとアクティブデコイだろうとここから伸びてる電気の線を辿ってこっちを見てンだ ―― じゃあ通信しなきゃオッケーて話なんだが」

 

                    *                    *                    *

 

「ヒュウガ、401は? 」降り注いでくる対艦ミサイルを迎撃し、時折襲いかかる艦砲射撃を未来予測と巧みな躁艦で躱しまくるタカオが艦橋の窓から見える動く島を睨みつけながら尋ねた。「相当に苦戦中ね、今のところ先手を取られっぱなしだわ」

「もうっ! 千早艦長、一体何を手こずってるの? あたしと戦やった時みたいにさっさと片づけちゃいなさいよ! 」

 大戦艦級の攻撃に晒されておきながら彼女の顔には一切焦りの色が見られない、だが彼女の元上司であったヒュウガにとっては当然の事だ。火力こそ劣りはするものの対艦戦闘は総合力が物を言う、そこに機動力を加味すれば百戦錬磨の彼女の力はたとえ大戦艦級と言えどもニュージャージーの様な実戦経験の乏しい艦など物の数ではない。

 彼女が群像から渡された『縛り』さえなければ。

「ああもうほんとイライラするっ! こうなったらさっさとこの子片づけて401の援護に ―― 」「だめだって言ってンでしょう? あんたの仕事はもっと別にあるんだからその時まで我慢しなさいっての。下手に本気出してレキシントンが動き出したらそれこそこちらの計画が台無しになるわ」

「ちぇーっ」つまらなそうな顔で尚も対空防御と回避運動を繰り返すタカオ、圧の上がる火力に対して速度の緩急をつけて受け流す彼女はすでにニュージャージーの弱点を見抜いている。死線をくぐり抜けて生き残った彼女にとってその攻撃は。

「ちーっともやる気が感じられないのよナイスバディ、あんたの攻撃には工夫も殺気もなさすぎる。いい? 」そう言い放つとタカオは即座に主砲で一撃を放つ、狙い澄ました荷電粒子の束は相手の光の束の隙間をかいくぐって三番砲塔を直撃した。機械的に動力を遮断されて沈黙する火砲とその結果を受けてうろたえるように回避行動へと移行する大戦艦。こちら側へとさらけ出す大きな横腹は隙だらけだ、しかしタカオは魚雷の一本も放たずにニュージャージーが回頭する姿を余裕の笑みで見送る。

「タカオ、401から通信」ヒュウガがラップトップに表示されるメールを開きながら声をかけると彼女はほっとして朗らかな笑顔を浮かべた。「何て? 」

「アリゾナのからくりが分かったみたい。作戦をフェイズ2に移行、401は白鯨Ⅲからの報告があり次第当該海域に彼女を誘引。タカオは」

「ナイスバディの足を止めてからそこへと急行せよ、でしょ? 」待ちかねた指示を受けた彼女がにこりと笑うとヒュウガはいかにも意味深な笑みで応える。「まだあるわ。これよりその推論を確認するために一切の通信を封鎖する、次に会うときは海の上で。『蒼き艦隊』のチームワークを存分に発揮されたし …… だって」

 それはヒュウガが予想した通りの変化だった、彼女の両目がみるみる潤って肌の色が紅潮する。『チームワーク(相互信頼)』 ―― そんなありきたりな言葉が持つ意味に胸の底から熱くなる。初めてだった、これほど誰かを「勝たせたい」と思った事は。

「ヒュウガ」全身を震わせながら俯いて呟くその声にヒュウガは微笑んで小首を傾げる。「 …… 心って、いいわね」「そうね、こんな思いができるのなら人と付き合うってのもまんざらじゃないって思うわ。ってことで、もうがまんしなくってもいいんじゃない? 」

 

 窓の外に見えるニュージャージーの巨体へと挑みかかる彼女の目が爛々と光り輝き凄絶な笑みが浮かびあがる、かつて上官として指揮していた旗艦ヒュウガが彼女を日本近海哨戒行動に単艦で派遣した理由はそれだ。どの霧の船よりもクールで緻密な戦術を駆使する彼女に隠されたもう一つの貌、一度火がついたら止められない激情型とも言えるその姿をヒュウガはひそかに知っていた。

「やるわよっ、ヒュウガっ!! 」燃え上がるような気迫とともに艦の兵装が全て開いてロックされる、完全に戦闘態勢へと移行したタカオの後ろ姿を眺めながらヒュウガはその矢面に立たされることとなったニュージャージーの不幸を心の底から悼んだ。

 

                    *                    *                    *

 

 真瑠璃とやり取りしたメモ書きの映像が最後の通信となった401はすぐに無線封鎖して所定の行動へと移った。あらかじめプログラミングされたキャニスター二基を海中へと投棄するとすぐに舳先を白鯨Ⅲから示された場所へと向ける。

「静、アリゾナの様子はどうだ? 」目を閉じてじっと音に集中する彼女はその些細ともいえる変化に気づいていた。「キャビ-テーションが一定しません、どうやらこちらの反応が薄くなって迷っているのかも」

 

 三次元モニターへと表示されていたその光が少し小さくなった事にアリゾナは戸惑いを覚えている。彼女に備えられた三次元モニターは無線と呼ばれるすべての電波が持つ微弱な電気信号を全て捉えて個体分析を行う。たとえ同じ受信機を持っていたとしてもその受信内容や方向・時間によってその波形は絶対に異なる、それを大戦艦級の演算によって解析してその正体を暴いていたのだ。

 だが今起こっている不測の事態に彼女は選択を迫られていた。本来であれば旗艦として他の二艦と連携を取って戦術の変更を協議するべきなのだが送られてくるデータからはその余裕がない、ニュージャージーは現状タカオとの戦闘で少破 ―― つまり手いっぱいでレキシントンは駆逐艦隊とともに眼下の人間の船を捜している最中だ。そして自分が相手をしているのはあの超戦艦級を沈めた奇跡の船。

 各個で三艦を押さえるつもりがここにきて相手に引きつけられているという状況に彼女は焦っている、ここは一度仕切り直しをして再び会い見えるか ―― だがそれではせっかく優位の立場を手放す事になり、それをもう一度手にする事ができるかどうか。

「ならばここはそのまま意地でも力で押し切ります、覚悟を。401」

 

「! 海上でVLS発射音、対潜弾来ますっ! 」

「かかったっ! いおり機関始動、第五戦速針路このままっ! 杏平カウンターっ、後部発射管ホームガード射出っ! 」ドスンという衝撃とともに打ち出された二本の長魚雷が殺到する短魚雷の前で弾頭部を開口すると蜘蛛の巣に似た電磁ネットを大きく展開して行く手を塞ぐ、捉えられた兵装はコンデンサに蓄えられた高出力の電流を貰ってその機能を喪失させるという切り札だ、しかもそれは ―― 。

 

「! うそっ!? 」その一撃で401をロストしてしまったアリゾナは思わず声を上げた。微弱な電流を感知して敵の正体を看破するその特技は群像達が予測したロレンチー二器官と同じく高電圧にはめっぽう弱い、だが伝播効率の高い水中で電気を流せば放った当事者にも被害が及ぶ事を考慮してその手の類の兵装は一切開発されなかったという経緯がある。霧の船が持つ防御力と適応能力、いわばイオナの力を信じて浦上が401のためだけに開発した究極の防御システムだ。

 だがその攻撃を受け止めたアリゾナ自身も霧の船としての柔軟性を十分に持っている、すぐにシステムを再起動して秒単位での機能復旧を果たした彼女はすぐに水面下を見る目とも言えるセンサーを立ち上げて401の後を追う。その時間を失っただけでも彼女は目標から大きく距離を離された事が分かる、最大戦速で敵の攻撃範囲外から離脱する事は反撃のための狼煙だ。

「 ―― さすがですイオナさん、ですがここからはもう何もさせません。期待してくれてるみんなのためにも」ガコッと言う音とともにメインスラスターユニットの外装が大きく開いて青白い炎に変わる、最大戦速で後を追う巨大な船体が喫水下の舳先を水面上へと持ち上げた。

「あたしたちが、勝ちますっ! 」

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