擦れッタが地球でガンドアームを狩るだけの話
――逃げたら一つ、進めば二つ。
ミッションは簡単だった。
いつも通り、何も難しいことはない。
軌道降下突入ポッドの中に〈エアリアル〉と一緒に入って、地球の重力圏に下りて断熱圧縮の高熱に耐えたあと、目標と接触して交戦するだけ。
つまりそれは、着弾すれば対象をプラズマ化させ蒸発させるビーム兵器が飛び交う、殺し合いの場所に向かうということで。
いつも、いつも、少女はそれが不安だった。
死ぬのが怖いわけではない。自分と〈エアリアル〉が負けるはずはないからだ。
むしろ嫌なのは殺すことだ。
だから少女はいつも出撃前、広いとは言えないモビルスーツのコクピットの中で独りごちる。
「わたしはスレッタ・マーキュリー。一七歳、水星生まれの水星育ち。ここ二年ぐらいは地球でお仕事をしてて、今はその準備中。戦うのは怖いけど、お母さんの遺言だからしっかりしないと……」
これが最期になるかもしれないという諦念からついた癖、遺言じみた録音をMSのブラックボックスに残しておく。
あ、ちょっと違うかな、と思い直す。
この録音はきっと、顔も名前も知らない誰かに、自分が生きていたことを残すための言葉だ。
負けるはずがないのに、死ぬはずもないのに、今から死んでしまうような気持ちになるなんておかしいかもしれない。
でも、そういう気分だった。
だからもっと、具体的に自分の素性を述べるべきだと思った。
「えっと、言い直します」
録音はやり直し。
すぅっと息を吸い込んで深呼吸。
ヘルメットの中の空気は、少し独特のにおいがする。
「わたしの名前はスレッタ・マーキュリー。エルノラ・サマヤの娘で、エリクト・サマヤのリプリチャイルド――〈エアリアル〉に乗るために生まれてきた生体コードの複製、〈カヴンの子〉の最後の一人です」
二年前、彼女の母は亡くなった。
二十年近くの間、全力で走り続けるような生き方をしてきた人だった。スレッタが長じてからは特に忙しそうで、彼女と触れあった記憶は数えるほどしかない。
そして自身の命が尽きる直前になって、母は懺悔するようにすべてを伝えた――スレッタ・マーキュリーがどのように生まれてきて、どのように生きるべきかを。
少女は真実をすべて知らされてなお、ここにいる。
英雄デリング・レンブランの影響下にあるカテドラル直属の精鋭MS戦力、ドミニコス隊。
魔女狩り部隊とも揶揄される、スペーシアン企業体の走狗たる彼らが唯一、その存在を許容する魔女のモビルスーツ――〈ガンダム・エアリアル〉。
その搭乗者として。
「――ウィッチ1、出撃します」
『了解。カタパルト起動、ウィッチ1の軌道降下突入ポッドを射出します』
カウント開始。
衛星軌道上に待機していたドミニコス隊の宇宙母艦から、〈エアリアル〉の入った軌道降下突入ポッドが射出される。
オービタル・アサルト・シップ。
たくさんの軌道降下突入ポッドを抱えて地球近郊、高度三七〇キロメートルを周回し、必要に応じてMSを投入する軌道強襲艦。
ドミニコス隊が運用する船の中では比較的小規模なMS運用母艦だ。
その船底が開き、電磁カタパルトがせり出る。
カタパルトにセットされているのは、全長三〇メートルにも及ぼうかという巨大な楕円形のポッドだ。
植物の種子にも似た形状のそれは、全高一八メートルの巨人を内部に抱えて大気圏突入を可能にする降下艇の一種。
『五、四、三、二、一。射出!』
がくん、と衝撃が来た。
けれどそれだけ。大気圏に突入しても、突入時の振動や熱がコクピットにまで伝わってくることはない。
慣性制御ユニットによって守られたモビルスーツのコクピットは、こと耐G性の面では下手な旅客機よりはるかに安全だ。
もしモビルスーツのパイロットが死ぬとすれば、超高温の荷電粒子ビームを叩きつけられ、コクピットブロックごと蒸発するときか。
あるいは規制対象のMSであるガンドアームのように、データストームのフィードバックで人間の脳が焼き切られるときだけ。
そのいずれも、〈エアリアル〉には関係のないことだった。
――大丈夫だよ、スレッタ。
〈エアリアル〉から聞こえてくる声。
それはパーメット・リンクを通じて、スレッタ自身に話しかけてくる。
モビルスーツに意識を転写され、情報生命体として生きながらえる少女の姉/遺伝子上のオリジナル――エリクト・サマヤからの励ましの言葉だ。
幾度となく繰り返されてきた実戦の中で、彼女の声は前よりもはっきりと聞こえてくるようになった。
母の言っていたとおりだ。
戦いの中でパーメット・スコアが上がっていけば、エリクトの意識はどんどんはっきりしていく。
〈エアリアル〉に乗っている間、少女は姉とつかの間のコミュニケーションが取れる。
「うん。がんばろうね、エリクト」
軌道降下突入ポッドの外殻がパージされる。分離したシールドユニットが軌道降下突入ポッドから分離して、内部の〈エアリアル〉が外気に晒される。
〈エアリアル〉のセンサーが、北半球の朝焼けの空を映し上げた。
眼下に広がる光景は、一面の雲海。
太陽光を浴びて、きらきらと輝く白い雲は宝石のように綺麗だった。
軌道降下突入ポッドのブースターが逆噴射して、減速していく。
宝石箱をひっくり返したような空を見ながら、スレッタはこれからすべき仕事のことを考えた。
目的地は地球、かつて日本列島と呼ばれた地域。
そこに、彼女が狩るべきガンドアームはいる。
◆
アド・ステラ一二二年。
本格的な宇宙開発に乗り出してから一二〇年あまりの歳月が流れても、人類は何も変わらなかった。
いや、ある意味では致命的に退行してさえいた。
――ドローン戦争。
それは悪夢の名であり、西暦とアド・ステラにまたがって存在した時代の名である。
地獄と呼ぶことすらはばかられる狂気、数世代にわたって続いたドローン戦争は、人類に取り返しのない傷跡を負わせた。
西暦末期からアド・ステラに至るまで長く続いた自動化戦争の末路は、それまでの人類が経験してきた戦災とは次元の異なる災厄をもたらした。
毎年、世界のどこかで熱核兵器、化学兵器、生物兵器が使用され、この虐殺に至る意思決定にさえ人間が介在していなかった暗黒時代。
数十年間の退廃と荒廃によって、地球に存在する多くの国家において、教育機関と言えるものは劣化ないし消滅した。
初等教育を行う学校でさえ、存在しているのならば上等なアーシアンの居住区という有様なのだ。
汚染型AI兵器によってインターネットはフェイクニュースと偽科学と陰謀論の温床となり、まともな情報にたどり着くことは限りなく困難となっている。
スペーシアン企業の提供するフィルタリングAIはそもそも信頼されないようになっているから、情報汚染への対策として有効打になっていないのだ。
ドローン戦争の時代、敵対する陣営の市民を煽動し、世論を混乱させ、自陣営を有利に導こうというサイバー戦争の成れの果て。
それは当初こそ一方の陣営による効果的な情報戦だったが、すぐに地球社会に蔓延する猛毒となって情報空間を汚染し尽くした。
あらゆる電子的・情報的な防壁を貫通し、汚染型AI兵器は猛威を振るい、電子化された情報から真実を知ることは誰にとっても難しくなっていった。
今日のアーシアンの苦境、その直接の原因を挙げるならば、間違いなくこのドローン戦争の後遺症が挙げられるだろう。
万能元素パーメット発見以前、人類の通信環境は光速に束縛されていた。宇宙空間で地球のデータベースにアクセスすることは困難だったから、宇宙居住者たちは、独自のデータベースの複製を作るようになっていた。
これにより外部と隔離されたデジタルアーカイブを宇宙空間に構築していたスペーシアンは、辛うじてこの情報汚染とそれに伴う教育環境の劣化から逃れることができたのである。
科学技術の発展と維持に欠かせない人的資源の面で、スペーシアンはアーシアンに対して優位となり、情報共有元素パーメットなどの戦略資源の独占を経て、それは絶対的な格差として固定された。
さらに言うならば、ドローン戦争の主要な舞台となった地球上で問題となったのは、AIによる情報汚染だけではない。
より物理的な脅威として存在する完全自律型致死性兵器――キラーロボットの濫用である。
これは今日に至るまで未だに解決していない問題であり、生産拠点や補給拠点の完全自動化という愚行を犯していた地域に至っては、手がつけられない惨状を招いている。
ドローン戦争時代、敵国からの空爆を恐れた世界各国は、秘匿座標にオートメーション化された兵器工場を建設していたが、これらは軍事拠点の消滅に伴う書類の喪失、サイバー攻撃による電子情報の破壊により、当事国にすらどこに存在したかわからなくなってしまっている。
そして幾度となく繰り返されたサイバー戦による敵味方識別に対する情報欺瞞は、無差別攻撃を行うドローン兵器を誕生させた。
こうして無秩序に生産された
アーシアンに生まれるということは運試しだ。
まず、比較的被害の少ない地域に生まれるかどうか、
次に無差別攻撃モードのドローン兵器に遭遇しないかどうか。
最後に自分の住んでいる国や自治区が、スペーシアンの人間狩りや地域紛争に巻き込まれないか。
後世の人間が聞けば呆れかえるような惨状であるが、どの問題も発端は些細な効率化であり、より安価で効果的な軍事的恫喝の模索だったのだ。
ワールド・ワイド・ウェブによって繋げられた情報空間で、祖国の国益を最大化する安易な手段としての情報汚染。
他国との間に軍事的な均衡を保たねばならないが、できる限りの省力化と効率化を進めねばならない安全保障と財政問題の両立。
そのどれもが、簡単な解決手段など存在しない問題であり――高度AIによる効率化は、その解決策であるかのように思われた。
そして、その成れの果ての世界がアド・ステラ一二二年の地球だった。
世論を煽動する汚染型AIに煽られた人間が、大量破壊兵器を搭載した無人兵器を戦場に投入し、虐殺を繰り広げる悪夢が現れるまでに時間はかからなかった。
この暗黒時代に対して出されたひとまずの答えが、有人型単座機動兵器モビルスーツである。
ここでは、かの英雄デリング・レンブランの演説を借りてその概念を説明しよう。
――兵器とは人を殺すためだけに存在する
――純粋に殺すための道具を手にすることで、人は罪を背負う。
高度AIに戦争の在り方を依存しすぎた結果、文明の退行すら引き起こしたアーシアンの姿は、同じ時代を生きるスペーシアンにとって恐怖の対象であった。
すでに太陽系各地に広がった宇宙経済圏は地球経済圏の規模を上回っており、両者のパワーバランスがこの先、逆転することはないだろう。
だからこそ自分たちの生存領域にまで、汚染が広がることを彼らは恐れた。
しかし軍事技術としてのAIは、ミリタリーバランスを保つ上で必須であり、また宇宙生活においてAIを使用せずに暮らすことも不可能だった。
宇宙経済圏全体での軍事利用に限ったAI技術の規制など、現実的ではない。
ならば、AIを利用した兵器に人間の意思決定者を乗せればいい。
最後の最後に殺し合いの罪を背負い、その責任を受け持つ存在としてパイロットの存在を規定する。
それが人型機動兵器モビルスーツである。
モビルスーツはパーメット・リンクにより同調制御される全高一八メートルの巨人だ。
センサーと推進装置を全身に配置し、全企業で共通規格の超伝導モーターにより駆動する関節を持ち、火砲で武装した戦闘兵器。
従来の兵器から見れば、馬鹿馬鹿しいほどに巨大なそれは歩く要塞に等しい。
戦車砲に等しい砲弾を吐き出す火砲が、モビルスーツから見れば自動小銃ほどの大きさなのだ。
この馬鹿げた兵器システムの登場は、戦場の倫理観すらも塗り替えた。
モビルスーツは戦場において兵士個人の存在感を極限まで巨大化させ、その一挙一動に人々は英雄を見出した。
倫理なき技術の濫用によって地に堕ちた人の倫理は、人体を模した巨人の武威によって、これを恐れ敬うという形で歪に復権したのだ。
この経験が、ドローン戦争を戦い抜き、ガンドアームの不正義を糾弾した英雄デリング・レンブランの思想の源流であることは言うまでもあるまい。
また宇宙開発において人体を模した作業機械としても、モビルスーツは需要が高い存在だった。
それまで存在した宇宙重機モビルクラフトと、艦艇の間に収まる道具として空白を埋めたのである。
ここに宇宙開発を牽引する分野としてモビルスーツ産業が成立し、巨大な富と権力を得ていくのは自然なことであった。
◆
地球、日本列島。
かつて加古川と呼ばれた地域に、その集落はあった。
名前の通り、河川が通っているその地域は、それゆえに人が集まる場所になっている。
ドローン戦争による破壊とその後の行政機能の麻痺によって、ダムの類はそのほとんどが機能を停止しており、人が暮らすにはまず身近な水源が必要である。
高性能な浄水装置が開発されてもそのキャパシティには限度があるから、水源との物理的な距離がそのまま養える人間の数を制限するのだ。
ここにあるキャンプはかなり大規模なもので、数百人の難民が身を寄せ合い、農業をしながら暮らしている。
もっとも彼らとて自活できているわけではない。
実際のところ、彼らを生かしているのは企業からの援助だ。
――地球企業オックスアースへの人材提供と、その見返りとしての物資援助。
高性能な携行型浄水装置も、高効率の太陽光発電パネルも、電力を貯めておく蓄電池も、カロリー摂取を補う食糧も、最低限の文明的な暮らしに必要な情報端末も、すべてはオックスアースからの援助ありきのものだ。
ここにいる人々の多くは、そのほとんどが生まれたときからドローン戦争の惨禍に巻き込まれ、人生をズタズタに引き裂かれた犠牲者だった。
彼らのほとんどはろくな教育を受けていないし、帰属意識を持てるようなコミュニティに所属したこともない。
そんな彼らの人生における数少ない成功体験こそが、オックスアースに対する協力だった。
未来ある子供たちをアーシアンの尊厳のため送り出し、不当な差別を続けるスペーシアンと戦い、昨日よりも豊かな暮らしを得る。
新しい発電機とタブレット端末、美味しい食事と衛生的な水のために子供を売る。
たったそれだけで、人生に光が差すのだ。
何を恥じる必要があろうか。
我が子たちは正義のため戦い、豊かな生活をくれている。
スペーシアンからテロ組織と言われるような戦士たちへの協力もそうだ。
自分たちを助けてもくれない宇宙の貴族たちに比べて、彼らは頼りになる存在だった。
武器を持っていても紳士的だし、争いごとがあれば仲裁してくれるし、機械の修理などにも長けている。
今や加古川キャンプの住人たちは、完全にモビルスーツを運用する工作機関に依存した状態となっていた。
それは生きるための選択の連続であり、決して悪と呼ばれるべきものではない。
しかし今、彼ら自身の選択が呼び込んでしまった破滅は、ただひたすらに因果応報だった。
「おとーさん、なにあれ?」
「ひこーきかな?」
キャンプの子供たち――あと何年かすれば、オックスアースに送られて立派なパイロットになるだろう――が空を指さす。
雲を突き抜けて、何かがキャンプの近くに落ちてくる。
子供たちの指さす方向を見た大人たちは、最初、それが何なのかわからなかった。
あまりよいとは言えない栄養状態に加えて、日頃の娯楽がタブレット端末で見る動画しかない彼らは、視力がよくないのである。
雲を突き抜けて、落ちてくる機影。
最初に反応したのは、キャンプに居候している戦士たちだった。
「モビルスーツだ……」
「レーダーは何をしてた!?」
「それが急に……今まで何の反応もなかったのに!」
「上空から落ちてきやがったんだ! 迎撃準備! 〈プロドロス〉を出せ!」
「ちくしょう、オルコットがいないときに!」
不安そうに顔を見合わせるキャンプの難民たちを横目に、戦士たち――武装集団の戦闘員たちは格納庫に走っていく。
宇宙から落ちてきたモビルスーツが味方であるはずがない。
はるか頭上の天空にあるのは、スペーシアンたちが住まう
ならばアレはスペーシアンの走狗に違いなく、しかも企業のセキュリティフォースの定期便のようなやる気のない雑兵ではあるまい。
衛星軌道から降下してくるモビルスーツが普通でないことぐらい、多少の知識があれば推測できる。
「まさか……魔女狩り部隊?」
誰かがそう呟いた。
それに反応したのは、一際、小柄な人影だった。
「へぇ、面白いじゃん」
本当に小さな少女だった。
カールしたオレンジ色の頭髪を持つ、どこか猫のような印象の少女は、ヘソ出しのタンクトップに黒のカーゴパンツとラフな格好。
だが、大人の戦士だらけの中、場違いな彼女を責めるような視線は一つもない。
ただ、そこにあるのは畏怖だった。
「ノレアがいないのが残念だけど……あたしのガンダムが出られるまで、時間稼ぎよろしくね!」
そう言って駆け出した少女――ソフィを止めるものはいない。
何故ならば、この場で最高の戦力こそが彼女だからだ。
◆
――スレッタ。お願い。どうか。
――私たちの過ちを、ガンダムを滅ぼして。
今でも思い出せる。
母の遺言は、祈るような願いに満ちていた。
それはスレッタの母、プロスペラ・マーキュリーがまだ、エルノラ・サマヤだった頃。
ヴァナディース機関と呼ばれる研究組織は、一つの人類の夢を研究していた。
医療用サイバネティクス技術GUND。
宇宙放射線による体組織の劣化や、低重力生活による疾病、事故による人体の欠損――宇宙生活者が抱える様々なリスクを補い埋め合わせるために、そのテクノロジーは生み出された。
しかしその純粋な夢は、組織の買収とサイバネ技術の軍事転用によって悪夢へと変わった。
GUNDをモビルスーツに転用した結果、様々なメリットと引き換えにパイロットを殺す呪いとなったGUND-ARM。
ガンドアーム、通称ガンダム。
ヴァナディース事変によって組織が滅び、残党が魔女と呼ばれ迫害される世相になってなお、ガンダムは生まれ続けている。
アーシアンがスペーシアンを殺すための兵器として。
スレッタにはわからない。
どうしてアーシアンがスペーシアンを憎み、スペーシアンがアーシアンを差別していられるのか。
水星の資源採掘基地という太陽系文明の辺境で育ち、太陽風の荷電粒子が吹き荒れる過酷な環境で生きてきた少女は、豊かで恵まれたスペーシアンなどではなかった。
たっぷりの新鮮な空気と水分に満ちて、日光を浴びて生きていける青い星は、不衛生ではあれど、恵まれた環境のように思えてならない。
ほとんどの通信ネットワークから切断された辺境で、旧時代の地球産の映画やゲーム、コミックやアニメに浸って生きてきた少女は、地球の暮らしに親しみを感じこそすれ見下すような感情は湧いてこない。
そして殺し合いの理由もわからないのに、母親の願いだから、彼女は人を殺すのだ。
矛盾しているのかもしれない。
おかしいのかもしれない。
だけど。
――スレッタ、敵が来るよ。
ああ、それでも。
お母さんの最後の願いだから、叶えてあげたいと思ってしまったのだ。
それがどんなに罪深い行いなのか、今になって噛みしめているとしても止まれない。
「エリクト、みんな。お願い」
――いいよ。
――ガンビットでやっつけるね。
――みんなでお母さんの願いを叶えようね。
〈カヴンの子〉――人格転写型AIたちからの返答とともに、ガンドアームである〈エアリアル〉のパーメット・スコアが上昇。
機体制御OSのFCSがガンビットの起動を報せ、スウォーム兵器使用基準であるパーメット・スコア三に到達。
機体胸部と頭部に存在するシェルユニットが発光する。
だが、ガンドアームにあるべきデータストームのフィードバック――脳神経を焼ききる情報の嵐はやってこない。
当然だ。
〈エアリアル〉は特別なモビルスーツなのだから。
エリクト・サマヤ。
スレッタの遺伝子上のオリジナルであり、姉でもある人物の生体コードが溶け込んだ唯一のモビルスーツ。
言ってみればエリクト自身の魂が複写された唯一のガンドアームである〈エアリアル〉は、スレッタの代わりに中のエリクトがデータストームを引き受けている。
生身の人間であれば有害なデータストームも、超密度情報空間に存在するパーメットの意識体ならば焼かれることはない。
――スレッタ、僕が一緒に戦うから。君を一人にはしない。
〈エアリアル〉は灰色のモビルスーツだ。
水星でレスキュー活動をしていた頃は、水色と白色の綺麗な機体だったが、今では見る影もない。
胸部装甲と肩部装甲はダークグレーに塗られており、背中に突き出した四つの推進装置は妖精の羽のよう。
それ以外のすべての部位は濃淡の異なるグレーで塗装されており、死神じみた不吉さを見るものに抱かせる異形であった。
スレッタは姉からの気遣いに苦笑して、操縦桿を握りしめた。
ある程度の操縦制御は機体の側でしてくれるが、モビルスーツは人間が動かす兵器だ。
パーメット・リンクを通してパイロットの意図を伝えられた機体AIが、全身の関節推進装置や火器管制装置を動かすのが通常のMSだが〈エアリアル〉は違う。
MSと人間を直結させるガンドアームとも異なり、機体のOSに溶け込んだエリクトを通して、スレッタ・マーキュリーは〈エアリアル〉を動かしている。
いわば複数の意識が機体制御を分担しているような状況――地上を見た。
はるか遠方、地上からの対空砲火が来る。
センサーに感知されたモビルスーツの数は三機、いずれも二世代前の機種――大口径チェーンガンを装備した重MSが、ホバリングしながらこちらへと機関砲弾を叩きつけてくる。
三方向からの十字砲火、お手本のような対空砲火だ。
わざわざ回避運動を取るまでもなかった。
すいっと背中の高機動ユニットを動かして、右へ旋回するだけで全弾回避することができた。
MSの機動性が違うし、くぐり抜けてきた修羅場の数も違った。
――それじゃスレッタ。
――こいつらみんな。
――やっつけるね。
〈エアリアル〉が左腕に保持した大盾〈エスカッシャン〉ユニットが、バラバラに解けた。
シールドを構成していた部品が分離、銃口と推進装置を備えたスウォーム兵器ビットステイヴになったのである。
地球の重力下で、一一基のビットステイヴはまるで泳ぐように空を舞う。
それはまるで、獲物を見つけた肉食魚のように獰猛な動き――怯えた地上のMS部隊が対空砲火を加えるが、ビットステイヴには一発も弾が当たらない。
ビットステイヴは、一一人の〈カヴンの子〉によって制御されるスウォーム兵器だ。
その情報処理能力は、旧式のFCSに制御されたチェーンガン程度で捉えきれるものではない。
一一基の銃口から、一斉にビームが放たれた。
一機目。
ろくに反応することもできず、手足をもぎ取られて崩れ落ちた胴体にビームを集中砲火されて爆散。
二機目。
回避運動に移ろうとした瞬間、推進装置を狙い撃ちされ、地面へ転倒しながら蜂の巣。
三機目。
チェーンガンをパージして跳躍、上空のエアリアルに手を伸ばしながらビームを浴びて爆発。
全滅だったし即死だった。
たぶん殺さずに済ますこともできたが、〈カヴンの子〉たちの無邪気な残酷さは、エリクトにもスレッタにも抑えきれるものではない。
何よりもスレッタは何度も繰り返した出撃で心得ている。
手を抜けば殺されるのは自分であり、〈エアリアル〉なのだと。
それだけは避けねばならない。
〈エアリアル〉は今や、スレッタに残された母親との唯一の繋がりなのだから。
――スレッタ!
回避運動を取った。
〇・四秒前まで〈エアリアル〉のいた空間を、赤い光がなぎ払っていった。
大出力の収束ビームキャノン――発射方向を特定し、〈カヴンの子〉たちに反撃を命じる。
「みんな!」
――なんだあいつ!
――スレッタをいじめるな!
――殺しちゃおう、殺しちゃおう!
ビットステイヴたちが空中を泳ぎながら、敵影に殺到する。
深緑色をしたモビルスーツだった。
周囲のビルとの対比からして全高二〇メートルを超すであろう巨体に、横にも幅が広く角張った胴体と手足。
右手には大型のガトリングガンを保持、背中に背負った三つ叉の大型バックパックユニット――おそらくは先ほどのビームを発射した武装。
そして胸部と頭部に移植されたシェルユニットの発光を見て、エリクトとスレッタは同時にその正体を察した。
――アレはガンダムだよ、スレッタ。
「見つけた……!」
スレッタの意思が、〈エアリアル〉に伝わる。
〈エアリアル〉の右腕に保持された大型ビームライフルの銃口が、敵へと向けられた。
ガンダムを焼き尽くすために。
◆
「あはっ! 相手もガンダムなんてズルいじゃん! 最っ高ォ!!」
深緑色のガンダム――〈ルブリス・ウル〉のコクピットの中で、一人の少女が楽しそうに笑っている。
彼女の名はソフィ。
オックスアース残党の育成したガンドアームのパイロットであり、呪いのモビルスーツを駆る地球の魔女であった。
小柄な肢体にフィットしたパイロットスーツに密閉型ヘルメット。
派遣先の武装集団は見事にMSで全滅していた。
たった三機の旧世代MSに練度の低い民兵上がりのパイロットではこんなものだろう。
彼女がパイロットスーツを着て出撃するまでのわずかな時間ぐらいしか稼げなかったが、彼らにしては上出来だった。
だって今、ソフィはこんなにも楽しい気分になっている。
「ねえ、ねえ! スペーシアンもガンダムに乗るんだ!? 狂ってるよ、おかしくて笑っちゃう!」
アーシアンの自分たちはガンダムに乗るから魔女と蔑まれ恐れられ、こうして寿命を削りながらモビルスーツを動かしているのに。
それを道徳の時間みたいな屁理屈で責め立てるスペーシアンの側まで、ガンダムに乗っているのなら、最低限の建前だってないと認めているようなものだ。
残酷で滑稽な現実そのものみたいな灰色のガンダム――なんて醜いマシンだろう、とソフィは思う。
四枚の翼は妖精みたいなのに、額から伸びた四本の角はまるで悪魔のよう。
無骨で角張った自分の〈ルブリス・ウル〉と比べて、お人形みたいに綺麗な形をしているくせに、みっともないぐらい色のない灰色の怪物だ。
「あたしと踊ってよ、ガンダム!!」
〈ルブリス・ウル〉の推進装置を動作させ、爆発的推力で跳躍する。直後、それまで〈ルブリス・ウル〉の立っていた地面が、プラズマ化して爆ぜた。
照射された荷電粒子ビームの軌跡。
撃ってきたのだ。
ならばこちらもお返しにと、〈ルブリス・ウル〉の右腕に固定された重火器を構えた。
並みのMSの胴体ほどの大きさはあろうかというそれは、荷電粒子ビームでペレット型の砲弾を形成し、四本の電磁バレルで加速して連続投射する粒子ビーム兵器――ビームガトリングガンである。
砲弾が荷電粒子ビームであり、その加速方法がレールガンに近いことを除けば、おおむね実体弾のガトリングガンと同じ感覚で使える。
収束率を高めた粒子ビームを発射するビームライフルなどに比べて、減衰の激しい大気圏内での有効射程は短いものの、MS戦闘におけるその制圧火力は圧倒的だった。
ビームペレット弾が大気をプラズマ化させながら飛翔、上空を飛ぶガンビットめがけて無数の光弾が射出される。
引き裂かれた大気が上げる悲鳴のような金切り声――こちらに接近してきていた
ガンビットに用はない。
自分が踊りたいのはあの灰色のガンダムだけなのだ。
自在に空中を舞う敵のガンダムは、まるで風の妖精のようで楽しそう。
ああ、ああ!
自分もああいうものになりたい!
敵側のガンビットは一一基、それぞれがビーム砲を持っていて意思があるみたいにこっちを狙い撃ってくるし、連携して十字砲火までしてくる。
アレを動かしている敵のガンダムはよっぽど正気じゃない。
雨のように降り注ぐビームを急加速で回避――流れ弾が廃墟のビル群に着弾し、爆発する。
炎。
汚い街、汚い人間たちを洗い清めてくれる浄化の光。
だからソフィはガンダムに乗るのが好きだ。
壊せば汚いものが綺麗になる。
滞空時間が終わる。
重量級のMSである〈ルブリス・ウル〉は長時間の飛行ができない。
あくまでできるのは、推力任せの弾丸飛行と跳躍だけだ。
アスファルトの地面をたたき割りながら着地、全身の推進器を使って急加速。
着地の隙を狙っていたビーム砲の雨をかいくぐり、ホバリングして地面を疾走する。
地面が爆ぜる。
プラズマ化した物質の光。
爆音が空気を震わせて、遠くで難民たちが上げる悲鳴をかき消す。
すべてが快適だった。
現在のパーメット・スコアはスコア二。
モビルスーツそのものを自分の身体のように知覚して操縦できる状態だが、これでは足りない。
奥の手を使うことに決めて、ソフィはにんまりと笑う。
「パーメット・スコア三……!」
活性化するシェルユニットと同期して、ソフィにフィードバックがやってくる。
脳みそを素手でなで回されるような不快感。
こみ上げてくる吐き気と頭痛に耐えながら、少女はオックスアースから提供されていた資材にアクセス。
旧加古川シティのエリア内に分散配置されていた、旧型の群体遠隔操作兵器二〇基の起動を承認――破滅的な逆流の予感に震えながら、
廃墟の街並みのあちこちでロケットエンジンの推進炎が上がる。
灰色のガンダムを撃ち落とすために。
「これはどうかなあ!? 避けきれるかなあ、ちゃんとやって見せてよ!!」
笑う。
獲物をいたぶる猫のように笑いながら、ソフィは〈ルブリス・ウル〉の背部武装――フェーズドアレイ・キャノンを起動させる。
ガンビット操作時の信号増幅器の役割も果たすこのユニットは、〈ルブリス・ウル〉の目玉とも言うべき複合兵装だ。
サイバネティクス技術を応用したGUNDフォーマット制御の大型ビームキャノンは、パーメットを利用し高出力ビームの指向性を自在に制御できる。
通常、ビーム兵器は収束して砲門から飛び出したあと、徐々に減衰しながら真っ直ぐに飛ぶだけだ。
しかし〈ルブリス・ウル〉のフェーズドアレイ・キャノンは違う。
ソフィの感覚と同調して、直感的に粒子ビームの散布範囲を変更し、放射できるビーム兵器なのだ。
ビームの拡散範囲を決めてエネルギーをチャージ――動力炉と直結した高出力ビーム砲の威力は、ビームガトリングガンの比ではない。
四方八方から敵のガンダム目がけて飛んでくるミサイル・ガンビット――灰色のガンダムが空を舞い、ビームライフルを放って迎撃を試みる――敵側のガンビットもビームを放つが、全弾当たることはない。
ミサイル・ガンビットのすべてが、ソフィの意のままに動くドローンユニットであり、彼女の指示によって有機的に連携するスウォーム兵器なのだ。
ランダムな回避運動によって弾幕を避けていくミサイル・ガンビット――何基かはビームが直撃して落とされた。
脳を揺らすようなフィードバックの衝撃。
だが、構わない。
ミサイル・ガンビットの対処に追われて、こちらの狙い通りに動いてくれた敵のガンダムをせせら笑う。
「はい、これでおしまい!!」
敵のガンダムがライフルを投げ捨てる。
何をするつもりかは知らないが、もう遅い。
ソフィは――〈ルブリス・ウル〉は、牽制のビームガトリングガンを連射しながら、足場にしていた道路を蹴り上げ、空中へと飛び上がった。
背部フェーズドアレイ・キャノンの射角調整は完了。照準補正は感覚で終わらせてある。
一際まばゆい、目を焼くような輝き――大出力ビームキャノンが拡散モードで発射される。
それは光の雨だった。
まばゆい赤い光が、まるで打ち上げ花火のように真昼の空を染め上げ、あらゆるものを飲み込む拡散ビーム砲の光を放っていく。
より多くのガンビットを巻き込み、敵のガンダムを焼くための切り札。
光に包まれた頭上を見上げて、ソフィは八重歯を覗かせてにんまり笑う。
「これでおしまい――!?」
レーダーが警報音を鳴らすよりも早く、〈ルブリス・ウル〉の
何故、どうやって。
そんな動揺をおくびにも出すことなく、ソフィは右手のシールドユニット――ビーム・ガトリングガンと一体化している――からビームサーベルを掴み取った。
◆
全包囲から飛んでくるミサイル・アラームを聞いたとき、スレッタに焦りはなかった。
この程度の伏兵はあって然るべきだったし、それが敵のガンダムによって制御されるミサイル・ガンビットだったのも、驚きこそすれ脅威ではなかった。
全部で二〇基。
一一基のビットステイヴと連携すれば容易に対処できる物量だ。
パーメットによって人間により有機的に制御されるスウォーム兵器とて、所詮は特攻ドローンの亜種に過ぎない。
より自律性の高い攻防一体のスウォーム兵器ビットステイヴに守られた〈エアリアル〉にとって脅威ではない。
――スレッタ、敵の本命はミサイルじゃない。あっちだ。
エリクトからの声。
眼下の敵――深緑色のガンダムは、背部バックパックを展開している。
おそらくは先ほど発射された大出力ビームの発射口。
あちらが本命ならば、こちらが取るべき選択は一つだけ。
ビームライフルを投げ捨て、両肩に二本の腕を伸ばして抜刀。
二本のビームサーベルを抜き放った瞬間、視界を覆い尽くすような光の雨が飛んできた。
「エスカッシャンでお願い!」
〈カヴンの子〉らにそう命じる――ビットステイヴ一一基が集合し一枚の盾を形成――ちょうど〈エアリアル〉を覆い隠すような大盾型のビットが防御フィールドを展開。
刹那、光が弾けた。
赤い大出力ビームがまるでスプレーのように噴射され、拡散した荷電粒子が嵐のように荒れ狂っている。
そのプラズマ化した大気の地獄――拡散ビーム砲の雨を防ぎながら、推進装置の噴射方向を一定方向に集中。
敵のガンダムが滞空するその場所目がけ、〈エアリアル〉は
加速、加速、加速。
見えた。
敵。
――今だよ、スレッタ。
敵もこちらの意図に気付いている。
深緑色のガンダムがビームサーベルを左手で抜刀した瞬間、〈エアリアル〉の青いビーム刃が一閃された。
シールドと一体化したビームガトリングガンの電磁バレルを切断――紙一重で袈裟斬りを躱した敵が、反撃とばかりに左手のビームサーベルで斬撃を放ってくる。
スレッタは冷静だった。
〈エアリアル〉の右手首を回転させ、敵の斬撃をビームサーベルで受け止める。
ビームの粒子の火花が散った。
モビルスーツが超伝導モーターで駆動する人の似姿に過ぎず、ビームサーベルに質量はないからこそできる芸当――電磁気で収束したビームサーベルのビーム刃は、異なるビーム刃と反発現象を起すから、こうしてビーム刃を沿えてやるだけで斬撃を無効化できる。
特に速度の乗っていない抜刀したばかりのビームサーベルならば、対処は容易い。
スレッタ・マーキュリーというパイロットの超絶の技量が可能とする絶技であった。
「――わたしの勝ちです」
そのまま〈エアリアル〉は左手のビームサーベルを、敵のガンダムのコクピットに押し当てて――焼き切った。
一瞬、がくがくと
糸の切れた人形のように力を失い、眼下の地上へと深緑色のガンダムが墜ちていく。
轟音。
土煙が上がって、ガンダムだったものが地面へ倒れ伏している。
それはまるで、人間の死骸を一〇倍の大きさにしたような薄気味悪さがあった。
――アレどうしようか? 回収するの?
「ううん、今回のミッションはガンダムの破壊が目的だから……シェルユニットは再利用不可能なようにしておこうか」
エリクトの問いかけにそう答えて。
〈カヴンの子〉らが駆るビットステイヴが、残忍にガンダムの残骸を撃ち抜いていく様を、〈エアリアル〉は空中にたたずみ見守っていた。
両手にビームサーベルを握りしめたまま、周囲を見回す。
旧加古川シティは、最早、地獄のような有様だった。
二体のガンドアームの戦闘の余波で飛び散った荷電粒子ビームは、街のあちこちでビルを燃やし、道路に穴を開け、山の木々を燃やしている。
発生した火災の規模がどれほどのものになるか、スレッタには想像もつかなかった。
あとは現地の行政区の消火ドローンの仕事だ。
そう自分に言い聞かせて、スレッタは戦地から飛び去った。
――〈エアリアル〉を悪魔のように恐れる、難民たちの視線を背に受けながら。
◆
あれから宇宙へ帰還するまでのことはよく覚えていない。
ベネリット・グループ――ドミニコス隊への最大の出資元であり、スレッタにとっては父母の仇でもある超巨大企業体の地上拠点に到着後、スレッタはすぐに寝入った。
そしてあっという間に軌道エレベーターまで〈エアリアル〉と一緒に運ばれ、気付けば宇宙へと帰還していたのである。
当然のことながら、呪いのモビルスーツ――ガンダムを狩る魔女であるスレッタの境遇は到底、よいものとは言えない。
〈エアリアル〉がガンドアームであることは伏せられているが、年若い少女が専門の整備スタッフと一緒に乗り込んできて、モビルスーツを実践運用している姿は異様なものである。
であるからして妙な噂が立つ。
曰く、スレッタ・マーキュリーは魔女狩りの魔女である、とか。
限りなく事実に近い噂もその中には混ざっている。
自分がデリング・レンブランの愛人の子供で、特権でドミニコス隊にねじ込まれたのだ、などという噂を聞いたときは流石に笑ってしまったけれど。
自室のベッドの上で、スレッタは母の言葉を思い出す。
――逃げたら一つ、進めば二つ。
その言葉を支えに、今までずっと戦ってきた。
この世から一機でも多くのガンダムを消し去り、母の遺言を叶えるために。
だけど時々、わからなくなる。
自分がこの血まみれの道に進んで何を得て、何を失ってしまったのかを――もう水星にいた頃、レスキュー活動をしていた水星生まれのスレッタ・マーキュリーはどこにもいない。
ここにいるのは、ガンダムを狩って魔女を殺してきた
その実感が静かに湧いてくる。
極限環境でのレスキューならば、ビームサーベルで行うのは瓦礫撤去や破片除去のような精密作業だった。
それがいつの間にか、人間の乗っているコクピットを精密作業のように焼き切ることばかりが上手くなっている。
それはとても残酷で恐ろしいことのはずなのに、もう何とも思わなくなっている自分がいることに、スレッタは気付いていた。
「わたし、ちゃんと進めてるのかな……」
わからない。
胎児のように丸くなって、スレッタは布団に顔を埋めた。
それから一時間後、司令室に呼び出された彼女は、ナイーブな悩みが吹き飛ぶ現実と向き合う羽目になる。
「アスティカシア高等専門学園……学校、ですか?」
「ああ、そこに入学しろとのお達しだ」
いきなり学生をやれと言われてフリーズしているスレッタを見て、ドミニコス隊司令官ケナンジ・アベリーは困ったように頬を掻いた。
彼はヴァナディース事変の当事者であり、事件においてはエルノラ・サマヤの夫――つまりエリクト・サマヤの父親を殺害している。
なので当然、〈エアリアル〉の中のエリクトには死ぬほど嫌われている。
だが当時、生まれてすらいなかったスレッタには実感がないから、太った苦労人のおじさんという印象しかない。
「あー、つまりだな。学園にはデリング・レンブラン総裁のご令嬢がいて、今、そこではよからぬ陰謀が進んでいるかもしれない……ので、腕が立って年齢が近いお前に白羽の矢が立った。任務の内容は追って通達する」
「あのっ、ガンダム狩りは……」
「今回のガンダムで打ち止めだそうだ。敵の足取りがつかめるまで、そっちは臨時休業ってことだな」
「えぇ……」
自分の歩む血まみれの道を憂えてすぐ、ふわっとした理由で「それはもういいから」と言われてしまうと、どうすればいいかわからなくなる。
少なくともスレッタは、怒ったり悲しんだりするより先に困惑が先に来る性格だった。
昔は学校に憧れていたのは確かだったが、母の遺言を受けてからというもの、そういう憧れは全部捨ててしまったのだ。
今さら夢が叶うと言われても、どうすればいいかわからなくなる。
スレッタは年相応にうろたえながら、必死にケナンジへ訴えかけた。
「が、ががが、学校って……わたし、行ったことないです!」
「いい機会じゃないか」
切って捨てられた。
うろたえながら如何に自分が学生生活に向いていないか訴えるスレッタ・マーキュリーを、ケナンジ・アベリーがなだめるまで三〇分もの時間を要したのは言うまでもない。
――その行く先には祝福があり。
――そして少女は、運命と出会う。
「俺解釈のアド・ステラを書きたい!」の気持ちと「アー〇ード・〇ア面白かった…ロボットバトル書きたい…」の気持ちと「闇堕ちIF主人公いいよね!」の気持ちが悪魔合体して抑えきれずに衝動で書きました。
たぶんグエルとエラン4号でトライアングラーしたり、ミオリネとシャディクをドン引きさせたりする相良宗介タイプの芸風になってる闇のスレッタ。