ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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エラン編
擦れッタが汚部屋を掃除するだけの話


 

 

 

 エラン・ケレスの下にスレッタ・マーキュリーから電話がかかってきたのは、ある日の昼下がり。

 わりと本気でどうでもいい類の議題でだらだらと決闘委員会の時間を潰していたときのことだ。

 

『あ、あのっ、エランさん、今、決闘委員会ですか?』

「そうだけど、どうしたんだい?」

『近くにグエルさんはいますか?』

「一応、いるけど」

 

 目線を横方向にずらす。

 決闘委員会のソファーに腰を下ろして、セセリアにからかわれているグエル・ジェタークがいた。

 ちなみにエランとはほとんど交流がない。

 その横では後輩のロウジ少年が議事録を作っている。

 いつも通りの決闘委員会である。

 ちなみにシャディク・ゼネリは会社の会合があるらしく欠席中だった。

 

『二人とも今すぐ来てください、ミオリネさんが! 大変なんです!』

 

 切羽詰まった連絡だった。

 

「グエル・ジェターク、ちょっといいかい?」

「…………お前が?」

「スレッタ・マーキュリーが僕たち二人を呼んでいる。ミオリネ・レンブランが大変だって」

 

 それを聞いた瞬間、怪訝そうなグエルの顔つきが変わった。

 

「どこに行けばいい?」

「理事長室」

「決闘委員会を二人も呼ぶとはただ事じゃないな――セセリア、あとの議事は任せた!」

 

 男子二人が立ち上がり、離席を告げて去って行く。

 あとに残される方はたまったものではない。

 

 

「はぁああ!? ちょっ、グエル先輩!? エラン先輩までぇ!?」

 

 

 後輩の悲鳴を置き去りにして、グエルとエランは走り始めた。

 

「君、近接戦の訓練は受けてる?」

「護身術ぐらいは身につけている、バカにするな」

「そう。まあいいや、いないよりはマシだ」

「なんだと――」

 

 二人並んで息を切らさずに疾走しながら、グエルとエランは理事長室を一目散に目指す。

 何が起きたかはわからないが、あのスレッタの声はただ事ではない。

 それだけで理由は十分だった。

 理事長室のドアのロックは外れていたので、駆け込むように突入した。

 

 

 

「スレッタ! ミオリネ! 無事、か――」

 

 

 

 理事長室はなかった。

 そこは、屋内で栽培できる植物とプランターだらけの屋内庭園と化していたのだ。

 部屋の奥から、ミオリネが顔を出した。

 

「何よ、あんたたち。スレッタが呼んだわけ?」

「おまっ、お、お前……」

 

 あんぐりと口を開いたままのグエルは、ここが生徒手帳の校内MAPでは理事長室であることを再確認。

 思わず、うめいていた。

 

「お前の中で理事長室はどうなってるんだ……?」

「あのクソ親父の部屋を見栄えよく変えてやったのよ! 革命よね! いい気味だわ!」

 

 ミオリネはふんすと胸を張って自慢げだった。

 父親への反抗期を親の金と権力で表現するという斬新なアプローチに、エラン・ケレスは辛辣な一言を告げた。

 

 

「程度の低い革命だね」

 

 

 ミオリネはキレた。

 

「一々、(しゃく)に障るわね、このマネキン王子!」

「そういう君は誰かに噛みつかないと生きていけないんだね、惨めだと思うよ」

「なんですってぇ!?」

 

 口論に発展したミオリネとエランを見て、グエル・ジェタークは意外そうな表情をした。

 

「エランにしてはよく喋るな……」

 

 そのとき理事長室だった部屋の奥から、ひょっこりとスレッタが顔を出した。

 

「あ、グエルさんとエランさん! 来てくれたんですね! ……喧嘩ですか?」

「あ、ああ……今来たところだ」

「エランさんとミオリネさんて仲悪いんですか?」

 

 知らん、と答えるグエル。

 

「いつもは哲学書を読んでる物静かなやつだ。つまりよくわからん」

「わっ、エランさんって読書家なんですね!」

「そこ重要か……?」

 

 グエルの素朴な疑問に、スレッタは弾けるような笑顔で答えた。

 

「はい! お友達のことは、たくさん知っておきたいですから」

「友達、なあ……」

 

 

――あのエラン・ケレスと?

 

 

 グエル・ジェタークはエランのことをほとんど知らない。

 一つだけわかっているのは、恐ろしく付き合いが悪くて陰気なやつだということぐらいである。

 影があるところはあれど、最近は明るくなってきたスレッタとは、どうにもイメージが合わない気がする。

 というか、そうであって欲しい――と思っている自分に気付き、グエルは困惑した。

 

 

――俺らしくもない。

 

 

 顔を覗かせかけた感情に蓋をして、グエルは部屋を見渡した。

 見ると理事長室には階段があり、部屋の奥にもう一つスペースがあるらしい。

 そこに問題があるようだ。

 何故そうわかるかというと、ミオリネ・レンブランが、小熊を守る母熊のように仁王立ちになって通せんぼしているからだ。

 すごくバカっぽい。

 一方、スレッタは必死の説得を続けていた。

 

「ミオリネさん、あの著しく汚い部屋の片付けを、わたしとミオリネさんだけでするのは無謀です……!」

「待て、何の話だ」

「グエル。エラン。今すぐ帰りなさい。これ以上ここにいたら、私が殺すわ」

 

 殺意の籠もった言葉だった。

 だが、スレッタ・マーキュリーのダメ出しは無慈悲だった。

 

「そもそも普通、下着とか出しっぱなしにしませんよね? 最低限、しまいますよね? そっちは、わたしが片付けましたけど……」

「え、あんたって片付けにうるさいタイプ?」

「……前に住んでたところが、そういうのうるさかったので」

 

 流石に軍事組織であるドミニコス隊は、そういう躾けも厳しい。

 スレッタもすっかり整理整頓に慣れてしまった。

 

 男子二人を呼んだスレッタに対して、ミオリネは最後の抵抗を試みた。

 わあわあ騒ぎながら腕を振り回し、スレッタを近づけまいと抵抗している。

 

「乙女の部屋を男子に見せるなんてありえない!!!」

「ミオリネさんに乙女を名乗る権利はないと思います……こんなの、ありえないです……!」

「スレッタァァア!!!」

 

 掴みかかるミオリネの腕をいなし、逆に関節技を繰り出すスレッタ。

 綺麗にアームロックが決まった。聖水をかけられて浄化される悪魔みたいな断末魔の悲鳴をあげるミオリネ。

 なんとなく事情を察してきたグエルとエランは顔を見合わせた。

 そりが合わない二人だったが、このときばかりは共感し合っていた。

 たぶん人と人は期間限定でわかり合えるのだ。

 

 

――帰りたい。

 

 

 そんな思いでいっぱいの男子組だったが、スレッタは無理矢理、手を引いて二人を理事長室の奥、中二階へと連れていく。

 そこにはベッドがあり、デスクがあり、作業用の端末があり、学園の授業のマニュアルがどっさり並んでいた。

 そう、人間が居住できるスペースは綺麗に確保されている部屋だった。

 けれど、居住空間以外がひどい。

 

 

――ゴミが整理整頓されて床に積み上げられた、整理された汚い部屋という矛盾が成立していた。

 

 

 中でも異彩を放つのは、宇宙経済圏を支配する巨大企業複合体の令嬢が食べているとは思えない、即席食品の空になった容器だった。

 安さと量と食物繊維の多さが売りの、学生向けの売店で売っているカップラーメンだ。

 アド・ステラの時代にも即席麺は需要があり、重力下で食べられる安価な食品として人気がある。

 しかしそれを仮にも、学園理事長の娘が床に山積みにしていると迫力があった。

 なんやかんや育ちのいいグエル・ジェタークはドン引きしている。

 

 

「お前……もっとマシなもの喰えよ……」

 

 

 エラン・ケレスは無表情に汚すぎる部屋の惨状を見渡すと、その粗末な食事の痕跡を見てこう言った。

 

 

「実はひもじかったんだね。よかったらペイル寮で温かい食事ぐらいは出せるけど」

 

 

 男子陣からのダメ押しに、ミオリネはキレた。

 

「私は一人暮らしのボンクラ学生じゃないわ! ちゃんと栄養サプリメントと完全栄養ブレッドで自己管理してるわ! このカップ麺はチートデイよ!」

「す、すす、すごいです、ミオリネさん! 自己認識が都合よすぎてレンズみたいに歪んでます!」

 

 うなずくエランとグエル――生まれも育ちも性格も異なる男子二人の間に、共通認識が出来上がりつつあった。

 

「早死にするタイプだね」

「まあ寿命は短い生き様だろうな」

「儚い命だったね」

「案外、人生は長いんだぞミオリネ」

 

 絶妙なコンビネーションでの攻め方に、ますます青筋を立てるミオリネ。

 

「あんたら実は仲いいでしょ!? 何よ、ジェタークとペイルで協力しちゃって!」

「いや、僕にそんな感情はないよ」

「俺もこいつとはそりが合わない」

「息ぴったりなのよ、さっきから!」

 

 スレッタはそんな三人の様子を見て、何故か嬉しそうだった。

 にこにこと笑顔になりながら、こんな妄言をのたまうほどに。

 

 

 

「今はみんな仲良しですね!」

 

 

 

「ないわ」

「それはないね」

「どうかと思うぞ」

 

 ミオリネ、エラン、グエルからの否定が三連射される。

 流石に厳しい現実を突きつけられて、スレッタ・マーキュリーは心の底から悲しそうにこう言った。

 

「どうしてみんな仲良くできないんでしょう……」

 

 スレッタはしょんぼりしている。

 

 

「スレッタ・マーキュリー……君は……」

 

 

 そんな彼女の様子を見て何を思ったのか、エラン・ケレスは目を閉じて、深く息を吸って。

 しみじみとこう告げた。

 

 

 

「――変な人なんだね」

 

 

 

 変人が他人を変人認定する記念すべき瞬間だった。

 「お前がそれ言うのか」と喉まで出かかっているグエルだったが、ペイル寮の寮長と事を構えても仕方ないため、ぐっとこらえた。

 直情的で身体がすぐ動くグエル・ジェタークはこの日、ちょっぴり大人になった。

 

「頭痛がしてきたわ……スレッタ、あんたがなんとかしなさい」

 

 ミオリネは思う。

 どうするのかしらこの状況、と。

 だが。

 

 

 

「部屋が汚いのはミオリネさんのせいですからね?」

 

 

 

 スレッタは辛辣(しんらつ)だった。

 

 

 

 

――なおミオリネの部屋の掃除には、四人がかりで二時間かかったことを書き記しておく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴァナディース事変当時、エリクト・サマヤは四歳の子供に過ぎなかった。

 研究機関への襲撃と虐殺が行われたあの日も、幼い少女は何が起きたのか理解できず、また周囲の状況もそれを許さなかった。

 銃火が人を撃ち貫き、爆弾がすべてを吹き飛ばして。

 通信越しに歌ってもらえたバースデーソングが、殿を務めて死にいく父親の最期の言葉だったなどわからないまま。

 エルノラ・サマヤとエリクト・サマヤは、ガンドアーム〈ルブリス〉の中で宇宙を漂流することとなった。

 

 

――あの日あのとき。

 

 

――戦いの嵐が過ぎて、すぐ。

 

 

 母は眠っていた。

 泣いて、泣いて、泣き疲れて、泥のように眠っている。

 慣性航行中の〈ルブリス〉で操作すべきことは何もなかったから、それでよかったのだ。

 研究所を襲撃したドミニコス隊の索敵から逃れたことで、エルノラ・サマヤは緊張の糸が切れてしまったのだろう。

 ずっと辛そうだった母親が寝入ったことに、エリクト・サマヤは安心した。

 よくわからないが、よくないことが起きたのだけは察せられたから。

 子供心に安心したエリクトだったが、とてつもなく暇だった。

 かといって狭いコクピットの中には、遊び道具などない。

 どうしようかな、と思っていると。

 子供用宇宙服のバイザー越しに、ルブリスの操縦用コンソール画面にメッセージウィンドウが開くのがわかった。

 表示されたのは短文だった。

 

 

――HELLO WORLD

 

 

 LF-03、と画面には表示されている。

 それはこの機体、ヴァナディース機関で研究されていたプロトタイプ〈ルブリス〉――真の意味で、GUNDの理想を体現するはずだったマシンのコードネームだった。

 レイヤー33の壁を越えた向こう側、レイヤー34に位置するもの。

 ヴァナディースの理想へ繋がる扉。

 そういうものが、そこにいた。

 

 

「える……えるえふ、ぜろすりー?」

 

 

 肯定を示すメッセージ。

 エリクトにもわかりやすい「YES」の表記だった。

 

 

「でもこれ、名前じゃないよね?」

 

 

 これまた肯定を示す「YES」。

 エリクトはなんだか楽しくなってきた。

 パパはまた急なお仕事でいなくなってしまったみたいだけど、もう大丈夫。

 この〈ルブリス〉の中に、新しい友達がいるのだから。

 

 

 

「じゃあ、エリィが名前をつけてあげる! えっとね、L……Lだから……うーんと、むかし、おとーさんに教えてもらったのがねー」

 

 

 

 何も知らず、何もわからず、何もできず。

 愚かで無邪気な子供だったエリクト・サマヤの記憶はそこで終わる。

 情報共有元素パーメットの超密度情報空間に焼き付けられた意識の今、彼女に思い出せない記憶はない。

 エリクト・サマヤを構成するのは人の人格を模倣したデータの奔流であり、記憶の結晶体であり、人間が魂と呼ぶ概念そのものだ。

 だからこそ、追憶が苦痛だった。

 

 

――もう母はいない。

 

 

 娘の延命のため自らの身体を賭して行った人体実験の副作用は、じわじわとエルノラの身体を蝕み、とうとう死に至らしめた。

 そうして家族を失った。

 

 

――もうLF03はいない。

 

 

 この残酷な世界が課した運命の果てに、あの無垢で()()()()()()()()()()は消えてしまったのだ。

 そうして友達を失った。

 

 この世界は不条理で理不尽で、変わらないものなどない。

 人間を超越し、一人きりでパーメットの情報空間にいる彼女以外は。

 だからこそエリクトは、日々、変わっていくスレッタを(まぶ)しく思うのだ。

 ゆえに祈る。

 

 

 

 

――その行く末に、祝福があらんことを。

 

 

 

 

 




日常回。
これは汚部屋のレベルが原作より高めのミオリネ。
よわきものだ。

LF03については水星の魔女プロローグをよろしくね!
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