ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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今回は、とある理由により原作要素強めの描写を含むので苦手な方はお気をつけください。




















擦れッタが黄昏の夢を見るだけの話

 

 

 

 

 

 

 

――アド・ステラ120年代は、一般的に災厄の時代と言われている。

 

 

――AS125年、クワイエット・ゼロ事件から三年後。

 

 

 天から差し込む陽光は、オレンジ色に燃える炎の塊のようだった。

 それが一面の草原に反射すると、まるで大地が燃えているかのように錯覚してしまう。黄昏の空を眺めるとき、いつもスレッタは自分が夢を見ているのではないかと思う。

 それほどまでに彼女がくぐり抜けてきた運命の闘いは劇的で、はちゃめちゃで、思い返すだけでも現実感がないような出来事の連続だった。

 とはいえすべてはもう三年も前の話である。こうして地球に居を構えて、病み衰えた母と静かに暮らせていること自体、スレッタにとっては望外のよろこびだ。

 

 今は亡きベネリット・グループが密かに建造していた宇宙要塞〈クワイエット・ゼロ〉と、それを乗っ取り私的利用を目論んだプロスペラ・マーキュリーの引き起こしたクワイエット・ゼロ事件によって、宇宙のパワーバランスは大きく変わってしまった。

 かつて地球圏経済の一角を牛耳っていたスペーシアン企業連合体ベネリット・グループは、二代目総裁であり最後の総裁でもあるミオリネ・レンブランの解散宣言により消滅。その資産は地球企業へと売却され、経済を牛耳っていた列強の一つが丸ごと一つ、消滅してしまったのが今の世界情勢である。

 何の備えもなくベネリット・グループの資本を渡されたことで、いきなり弱小だった地球企業たちが環境に適応できるわけがなかった。

 少数の才覚あふれる経営者たちは、巧みに与えられた果実を最大限に利用し、地球企業の養分とすることに成功していたが――大半の元ベネリット・グループ資本は、ゆるやかにスペーシアン企業体によって回収され始めていた。

 考えてみれば当たり前のことである。

 

 如何にトップの鶴の一声ですべてが決まる独裁体制のベネリット・グループとて、実際には膨大な数の人間が寄り集まってできたコミュニティなのだ。いきなり地球に身売りしろと言われたところで「はいそうですか」と素直に言うことを聞くわけがない。

 スペーシアンとアーシアンの軋轢が強い今の時代であればなおのこと、アーシアンの下に就くなど我慢がならない人間の方が大半である。そういう状況下で何が起きるかといえば、地球に身売りさせられた元ベネリット・グループ系列企業の自主的な他企業グループへの身売りである。

 もちろん表面上はアーシアンの地球企業が上位に付いたわけなのだが、彼らにベネリット・グループの資産を有効に活用するノウハウはほとんどなく、身売りされてきた元ベネリット・グループ社員の言いなりになって経営されているところが跡を絶たなかったのだ。

 結果、元ベネリット・グループ社員が主導しての他企業グループへの身売りが、地球のあちこちで頻発するようになった。

 ベネリット・グループの消滅による経済的空白を埋めるべく、他の企業グループも積極的に買収を行っていったために、地球圏の経済の再編はとてつもないスピードで進んだ。

 結局、ミオリネ・レンブランがとどめを刺したベネリット・グループという巨大資本は、形を変えて他のスペーシアン企業体によって吸収されたも同然だった。

 

 確かに戦争シェアリングは止まった。

 これを主導していたベネリット・グループが崩壊したのだから、それも当然だろう。

 しかし再編された地球各地の経済圏では、各企業グループの代理戦争の火が早くも上がりつつあった。

 ニュースを見れば連日、地球のどこかで紛争が起きていることがわかる。

 世界は確実に、戦争の足音に満ちた嵐の時代へ突き進もうとしていた。

 

 けれどそんな政治的・軍事的な摩擦の末に起きる政変や武力衝突はもう、スレッタにとって縁がないことだった。

 昔ならいざ知らず、今ではMSの操縦一つできない身体なのだから、そんなこと気にしても仕方ないのだ。

 

 風の噂ではグエル・ジェタークを中心に元ベネリット・グループの企業が寄り集まって、なんとか独立した企業体としての立て直しを図っているらしいが――そういう難しい話は、スレッタにはよくわからない。

 彼女にとってグエルと言えば、何度も決闘で花婿の座を賭けて戦ったよき好敵手(ライバル)である。思い出すだけで笑ってしまうような、青春の一ページだった。

 しばらく丘の上から草原を眺めていたスレッタは、やがて二本の松葉杖に手を伸ばした。

 長時間にわたってガンダムに搭乗し、データストームの過負荷に曝されてきたスレッタの肉体は、神経レベルでボロボロに傷ついていた。アド・ステラの進んだ医療技術を持ってしても、手足をある程度、動かせるようになるまで三年もの長い月日が必要になるほどに。

 今でも長い距離を歩くときは松葉杖が必要になる程度に、彼女の身体は蝕まれたままだ。ヴァナディース機関の生き残りであるベルメリア・ウィンストンのナノマシン治療によって、末梢神経障害はだいぶ緩和されてきており、感覚神経に関しては元通りになっている。

 あとは運動神経が完全に戻ればいいのだけれど、というのがベルメリアの言だ。

 よっこいしょ、と下半身の力でなんとか腰を浮かせて、踏ん張りながら松葉杖を両腕で引き寄せて地面に突き刺し、立ち上がる。

 家事についてはホームヘルパーに一任しているが、毎日の散歩はスレッタの社会復帰に向けての日課だった。

 

 あの日あのとき。

 エリクト・サマヤのために全世界をデータストームに飲み込み、彼女が自由に活動できる情報生命体にとっての生存圏を確立しようとしたプロスペラは、〈クワイエット・ゼロ〉を使って全世界に厄災をまき散らそうとしていた。

 それはおそらく、仇であるデリングへの意趣返しでもあり、愛娘のためでもある屈折した復讐/愛情表現だったのだろう。どれほど歪であろうと、それは確かに母親の愛情だったのだ。

 それをスレッタが止めようとしたのは、突き詰めれば娘としての愛情が根源だった。

 

 

――お母さんを本物の悪い魔女にしたくない。

 

 

 たったそれだけの理由で、当時一七歳だった少女はガンダム〈キャリバーン〉に乗り込み、〈クワイエット・ゼロ〉のオーバーライドに抗いながら戦い抜いた。

 その代償がこの不自由な身体だった。

 悔いはない。

 自分に考え得る全力を尽くしたのだ、ならば対価は支払わねばならない。それが水星でレスキューとして長期間活動してきたスレッタの、峻厳(しゅんげん)たる意思だった。

 この宇宙は残酷で無慈悲だ。

 ちょっとした隕石雨(メテオフォール)、太陽から吹き付ける高エネルギーへの被爆、酸素切れで簡単に人間は死んでしまう。

 人間の生存とはそれだけで奇跡のように尊く、またそれゆえに容易く断ち切られるものなのだと――彼女は知っている。

 それを思えば、スレッタもプロスペラもエリクトもなんとか無事に生存することができたのは、本当に幸運な結果なのだと彼女は思う。

 よろめきながら立ち上がったスレッタは、我が家のある方に向かって歩き始めた。草原のすぐ傍に建てられた一軒家はバリアフリーで、車椅子で生活しているプロスペラ・マーキュリー、つまりエルノラ・サマヤにも暮らしやすいようになっている。

 つまりは足が不自由なスレッタにも過ごしやすい家ということである。

 セキュリティ上の観点からは都市部の高級マンションなどを提案されたのだが、ここがいいと選んだのはスレッタとエルノラの共通のわがままだ。

 黄金の野原を眺めながら、静かに余生を過ごす。

 それが我が子の救済に明け暮れたエルノラ・サマヤにとっての残り短い人生の願いなのだというのなら――それもいいだろう、とスレッタは思う。

 ひょこっ、ひょこっ、と松葉杖を突きながら足で接地しては、また松葉杖を前に突き出すのを繰り返して。

 スレッタは我が家に向かう。

 

「あっ、せんせー!」

 

 その道中、近所の子供が話しかけてきた。最近、スレッタは私塾のようなものを開いて、近所の子供たちに勉強を教えている。

 もちろんスレッタ自身、スペーシアンとして広範な知識を詰め込まれているから、初等教育のとっかかりぐらいなら問題なく教えられるのだ。

 ミオリネが用意してくれた教育補助AIも優秀で、スレッタがちょっとうろ覚えの知識などは補佐してくれるようになっている。

 そういうわけでこの地球の居住区――地球の中では中々に治安がいいとある土地を、ミオリネとサビーナたちは探し出してくれた――では、彼女は近所の塾の先生ということになっている。

 謝礼はほとんど受け取っていない。金銭ではなく農作物などの収穫物という形で、季節のお礼は受け取っているが、それ以外はほとんどスレッタとミオリネの持ち出しでの教育だった。

 スレッタは今の身体では働くことなど望むべくもないので、ほとんど株式会社ガンダムを運営するミオリネの財布を頼っている格好である。

 

 

――頼りになる■■さんだなあ。

 

 

 ふと、そう思った自分の思考に違和感を持つ。

 一体、何がおかしいのだろうと考えながら、スレッタは声をかけてきたわんぱく坊主に挨拶を返した。

 

「こんばんは、ヨーイチくん。どうしたの?」

 

「おれ、これから家に帰るところでさ! 先生が歩いてるの見えたから!」

 

「そっか、心配してくれたんだね」

 

 にっこりと笑うスレッタの顔を見て、幼い少年の顔がほんのり赤くなった。スレッタはこのあたりの少年にとって、憧れの年上のお姉さんだった。

 長いこと一人っ子かつ末っ子気質のスレッタは、そんな事実に全く気づいていないけれど――綺麗で優しい彼女は、いつだって子供たちの初恋を奪っていく罪作りな存在だった。

 少年がスレッタの左手、薬指の位置に輝く銀の指輪を見て、素朴な疑問を投げかけてきた。

 

「せんせー、その左手の指輪ってケッコン指輪ってやつ?」

 

 一瞬、何が言われたのかわからず、スレッタは小首をかしげた。

 ケッコン。

 結婚(マリッジ)のことだろうか。

 

 

――自分が?

 

 

――誰と?

 

 

 狐に包まれたような顔でスレッタが黙っていると、それを見て取った少年はこう言った。

 今日の先生はちょっと変だな、という思考が表情にあふれ出ている感じだ。

 

 

「えー、いつも先生、言ってるじゃん――今はムコ入りしたから()()()()()()()()()()()じゃなくて()()()()()()()()()()()()だって」

 

 

 

 

 

 思考の空白が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――え?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 わけがわからなかった。

 走りたくても走れなくて、必死で息を切らしながら家に戻ったときには日が沈んでいた。

 家の中は静かだった。

 どうやら母エルノラ・サマヤは午睡の最中にあるらしく、スレッタのおかしな様子に気づいた様子もなく車椅子の上でうとうとと眠りこけている。

 膝の上には軽量な電子ペーパーの書物が広げられていて、直前まで母が読書していたことがうかがえる。

 自宅の玄関に入ってすぐ、スレッタ今まで気にもしなかった事実に愕然とした。

 

 

――()()()()()()()()()()

 

 

 そんなはずはないのだ。

 彼女の記憶が正しければ、AS120年にプロスペラ・マーキュリー、つまりエルノラ・サマヤは死去している。その最期を確かにスレッタは看取ったはずなのである。

 グエルさんがジェターク社の立て直しに奔走して、今は小さな企業連合の長として頑張っているというのはいい。家族愛の強い彼ならば、アスティカシア高等専門学園を卒業したらそういう道に進むこともあるかもしれない。

 しかし今のスレッタには、相反する記憶が二つあった。

 

 たとえばシャディク・ゼネリ率いるグラスレー寮との決闘――あのときは他の寮の助力が得られず、結局ペイル社から借りたMSで数を水増しして決闘に臨んだ/ジェターク寮から協力を得て、グエルの〈ディランザ〉とくつわを並べて戦った。

 ありえない。だってあのときグエル・ジェタークは父親から決闘を禁止されていて、スレッタからのお願いを一度、はっきり断っているのだから。

 脳みそがぐちゃぐちゃになってかき混ぜられたみたいだった。

 スレッタは一階にある()()()()()に向かうと、個人用の端末を立ち上げて、保存してある学生時代の記録を引っ張り出した。筆まめな方であるスレッタは毎日、その日の出来事を日記にして保存しておく癖があった。

 AS122年のログを取りだし、むさぼるように読みあさった。

 そしてかつて存在した出来事を思い出すたびに、相反し矛盾する記憶が彼女の意識を苛んだ。

 

 

――アスティカシア高等専門学園への入学。

 

 

 水星の資源採掘フロントでレスキューをしていた自分が初めて通う学校/ドミニコス隊でガンダム狩りの魔女として知られていた自分が、デリング・レンブランの意向で就くことになったアスティカシア高等専門学園での任務。

 人命救助とガンダム殺し。まるで矛盾する経歴が脳裏をよぎった。

 

 

――ミオリネ・レンブランとの出会い。

 

 

 幾多の波乱を乗り越えて結ばれた、この世で最も愛する女性であり伴侶である銀髪の美女。この世で一番綺麗な人/何故か自分のことをデリングの妾の子だと勘違いして世話を焼いてきた苛烈な気性の変人で親友。

 ミオリネに対する愛おしさが胸にこみ上げてくる。

 その感情は決して嘘だと思えないのに、もう一つの記憶は「いや、あの人あれでかなりダメっていうかろくでもないタイプじゃないかな」と釘を刺してくる。

 自分の左手の薬指にはまった指輪は、すごく尊い誓いの存在のはずなのに、今のスレッタには――自分がスレッタ・M・レンブランなのかスレッタ・マーキュリーなのか、判断することができない。

 

 

――グエル・ジェタークとの出会いと決闘。

 

 

 すごく粗暴で感じが悪い人だったグエルさんをこらしめるために〈エアリアル〉に乗って戦って、二度とも正面から勝った/一度目は圧倒した挙げ句に殺しかけて、二度目は互いへの尊敬を抱きながらほぼ互角の攻防を繰り広げた。

 大切な記憶のはずだった。決闘ゲームはミオリネ・レンブランの花婿の座を賭けた権力闘争の一部だったけれど、それでも決闘の時間は、確かにスレッタにとって青春だから。

 なのに、自分の何を信じればいいのかわからない。

 

 

――エラン・ケレスとの出会いと決闘。デートの約束。

 

 

 これははっきり覚えている。

 自分は突然、態度を豹変させたエラン・ケレスに〈エアリアル〉を賭けて決闘を挑まれて。

 エリクトの目覚めのおかげもあって、〈エアリアル〉は辛うじて〈ファラクト〉に勝利することができたのだ。

 それでいろんなゴタゴタを片付けたあと、自分とエランさんは二人で人生初めてのデートに繰り出して――

 

 

――いいや、そんなはずがない。

 

 

 エラン・ケレス。

 デートの約束の日、強化人士四号はペイル・テクノロジーズによって殺処分されているのだから。その悲惨な最期を、自分は同じ顔をした少年、強化人士五号から確かに聞いたはずではなかったか。

 だがしかし、それではおかしい。もう一つの記憶と矛盾する。

 だって自分はエランさんとの決闘に勝ったあと、本当に楽しくて嬉しい最高のデートをして、その夜はテンションが上がりすぎて地球寮でミオリネさんたちに報告という名の女子会とか開いちゃって――

 

 

――また、困ってる?

 

 

――ここには強化人士のオルガノイドアーカイヴが組み込まれているから。

 

 

――今はこの子(エリクト)と同じってことかな。

 

 

 彼は死んでいる。

 疑いようもなく確かに、自分のあずかり知らぬところで骨も残さず蒸発したのだ。

 そして〈クワイエット・ゼロ〉の中でデータストームの過負荷に神経を焼かれたあの日あのとき。

 アーカイヴに保存されていた生体コードから蘇ったパーメット知性体として、自分を手助けしてくれた。

 彼の死を前提にして、辛うじて自分は奇跡を起こすことを許されたのだ。

 

 

――でも、でも、でも!

 

 

――グエルさんやエランさん、シャディクさんと一緒に株式会社ガンダムのPRダンスを踊った!

 

 

 あれは本当に楽しい思い出で、すべてが思い違いだなんてあり得ない。

 もしそれがスレッタ・M・レンブランの白昼夢に過ぎないというのなら、どうしてこんなに胸が痛いのだろう。

 

 

――プラント・クエタで起きたテロ事件。初めてミオリネとの間に生じた断絶。

 

 

 あの日、初めてスレッタは殺人を犯した/そんなわけがない。自分の掌は撃墜してきた無数のガンダムパイロットの血でべっとりと汚れている。

 ミオリネとの間に結んだ恋情の炎すら、その血が汚してしまった気がした/そもそも自分はミオリネとの間に恋を結んだことなどない。いろんな意味で面白い人だとは思うが、それはそれ。

 ズキズキと頭が痛んだ。

 

 

――地球寮に入ってきた新しいメンバー、ソフィとノレア。彼女たちの正体と学園での凶行。

 

 

 テロリストの一味だった少女たちとガンダムで交戦し、その死を看取った/ノレアと街で出会い、エラン・フィフスと共に三人で友情を育んだ。

 意味がわからない。ソフィって誰だろう自分はそんな子のこと知らない。だけどノレアのことは知っている。〈ファラクト〉に乗ってニカさんを踏み潰そうとした怖い少女――違う、あの子は気性が激しいけれど本当は不器用なだけだと自分は知っている。

 そんなはずがない。ソフィやノレアと一緒に過ごした時間は、あのランブルリングまでの数日間しかないのだから――矛盾する記憶と感情がごちゃ混ぜになって押し寄せてくる。

 スレッタの思考と感情は、今や完全に破綻していた。

 何かがズレているのではない。

 ここでは、スレッタの記憶は相反し矛盾する二重の色彩に彩られていて、人間関係も思い出も、一部が重なりながら全体がズレ続けている。

 気が狂いそうだった。

 あるいは自分はもうおかしくなっていて、今の今まで正気を保っていたふりをしていたのかもしれない。

 本当は〈クワイエット・ゼロ〉のときのデータストームに脳を焼かれて、自分はおかしな幻覚を見ているのではないか。

 喉から悲鳴のような声がほとばしった。

 

「ここは、()()()()()()()()()()()()()()()……!」

 

 ああ、だけど。

 だからなんだというのだろう。

 二十歳のスレッタは身体が不自由で、一人では遠くに出歩くこともできない。

 誰かに会って話をしようにも、今の自分には――いや、待てよ、と彼女は思考する。

 恐る恐る携帯端末を手に取る。

 自分がスレッタ・マーキュリーなのかスレッタ・M・レンブランなのか、確かめるならば一番楽な方法があった。

 ミオリネ・レンブランに電話をかければいいのだ。

 そうだ。

 そうすれば自分の記憶の混乱だって、きっと収まる。

 今は出張で家を空けているけれど、寂しがり屋のミオリネはきっともうすぐ電話をかけてくる。

 そうすれば何もかも解決する。

 

 

――ピリリリリッ、と着信音

 

 

 電話。

 端末のモニターに映った相手の名前はミオリネ・レンブラン。

 スレッタはすがるように、通話ボタンが表示されている画面を押そうとして。

 

 

 

 

「――よしな」

 

 

 

 

 背後から聞こえた声にびっくりして、端末を床の上に落としてしまう。

 衝撃吸収ケースでできた端末は、なおも着信音を鳴らしていたが――スレッタが凍り付いたように動かない間に、やがて音は止んだ。

 震えながら背後を振り返った。

 そこには、白衣を着た一人の老人が立っていた。ずいぶんと背が高くて、背筋一つ曲がっていない人だ。その意思の強そうな瞳が、値踏みするようにスレッタのことを見つめている。

 

「私に気づいたってことは、()()()()()()()()()()()にとっての永遠のまどろみ(エタニティハイロゥ)も破綻が近いってことさね。――()()()()()()()()()()()()、悪くないことだよ」

 

「だ、だだだ、誰ですか!? こ、ここは、私有地ですよ!?」

 

「知ってるさ、()()()()()()()()()()()()とミオリネ・レンブランの家なんだろう。まあ、私にとってはどうでもいいことさ――おっと、自己紹介がまだだったね」

 

 そして長身の老婆は、かくしゃくとした態度でぴんと背を伸ばして、不敵に笑った。

 まるで孫娘を見守るような優しい目線で、スレッタの目を見つめて。

 高らかに名乗りを上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私の名前はカルド・ナボ。ヴァナディース機関の設立者で――()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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