ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタが黄昏の夢で巡り会うだけの話

 

 

 

 

――カルド・ナボ。ヴァナディース機関代表。

 

 

――パーメット制御式サイバネティクスGUNDの生みの親。エルノラの恩人。

 

 

――AS101年のヴァナディース事変で死亡済み。その死去はサイバネ分野の大きな損失と言われている。

 

 

 死人が目の前に立って喋っている。

 その事実に驚愕して、スレッタは思わず「ひょわあ!?」と奇声を上げて凍り付いた。

 そんな彼女の何とも小動物っぽさあふれる仕草に、カルド・ナボは困った子を見るような目でスレッタを一瞥(いちべつ)する。

 スレッタ・M・レンブランとミオリネ・レンブランの寝室は小綺麗だが決して広いわけではないから、二人も人間がいればそれだけで定員という感じがした。

 

「静かにしてくれないか。エルノラが起きてしまうだろう」

 

「あっ、はい。すいません……」

 

 恐縮して縮こまった彼女を見て、カルドは微笑んだ。

 少女の面影が強く残るスレッタの容姿に、見知った誰か――おそらくは若き日のエルノラ――を見ているのかもしれない。

 

「私はまどろっこしい話が苦手だからね、手短に言おう。スレッタ・マーキュリー、君は今、パーメットAIルイ・ファシネータの展開した()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「え、えぇ……? わたし、やっぱり幻覚見てるんじゃ……お化けが出てきて、この世界が作り物だなんて言うなんて……やっぱり何かの幻覚や幻聴……」

 

「まあ正直に君の状態を話せば、腕のいい精神科医にかかってそれっぽい病名を診断して貰えるだろう――だが、残念ながら、この世界の真実は、君一人だけがおかしいという結論で片付くわけではない」

 

 だがお化けか、と呟いて、つかつかとカルド・ナボを名乗る老女が歩み寄ってくる。

 その顔に刻まれた年齢を感じさせない、しっかりとした足取りだった。スレッタはその老人の覇気に圧倒されながら、彼女の目を見つめた。

 

「確かに私はあの日あのとき、ヴァナディース事変によって死亡した人間だ。日頃から多量のパーメットと接触していたせいか、死後もこうして意識だけが情報体としてパーメットに保存されているがね」

 

「……それって、エリクトと同じ……」

 

「…………ああ、あの子と原理は同じだ。もっともパーメットAIのように、現実世界へ干渉できるほどの情報密度を持ってはいない。現実世界でデータストームが空間化するか、この世界のようなパーメットを利用したシミュレーション宇宙でもなければ、そもそも自律した活動ができない。まあ生者から写し取られた影のようなもんさね」

 

 シミュレーション宇宙とパーメットに写し取られた死者の意識。

 一見すると完全にSFとオカルトで二項対立のような気すらしてくる組み合わせに、スレッタは頭がくらくらしてきた。そもそも自分がスレッタ・マーキュリーにせよスレッタ・M・レンブランにせよ、今までの人生で関わりが薄い分野なのは違いない。

 いや、とスレッタのどこか冷静な部分をささやく。

 自分は知っているはずだ。

 あの〈クワイエット・ゼロ〉でデータストームに神経を焼かれていたとき、手を差し伸べてくれたあの人――エラン・ケレスの亡霊からの助力を。

 つまりこれは、そういう事象なのだと自分を納得させる。

 

「……データストームの空間化が起きてなくて、もう〈クワイエット・ゼロ〉は存在してないのに、わたしの目の前にあなたがいる……つまり、それがこの世界が作り物の証拠ってことなんですね?」

 

「ああ、それにここは完全な空想じゃない。むしろかなり高い蓋然性(がいぜんせい)で起こりうる、あるいは起こりえた世界を記述する情報さ。情報元素であり物質的な宇宙の裏面として存在するパーメットにとっては、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。君の見てる夢は今、そういうIF(もしも)を参照して記述されている」

 

 また難しい話になったが、なんとか辛うじて話にはついていけていると思う。

 しかしそんなスレッタの様子をどう思ったのか、カルド・ナボは彼女を気遣うように助け船を出した。

 

「君にわかりやすく伝えるなら……SFはわかるかい?」

 

「SFの乙女ゲーは結構遊んでます! つまり平行世界(パラレルワールド)ってことですね!?」

 

「流石だね、飲み込みが早い」

 

 カルドはうなずいて、スレッタの目を見て話を再開した。

 

「君の意識は今、肉体を離れて〈クワイエット・ゼロ〉内部のパーメット演算領域に取り込まれている。無限の計算資源を誇るパーメットによる多元宇宙さ……内部にいる情報体にとっちゃ、その世界が現実か虚構かなんてわかりやしない」

 

 今この瞬間も〈クワイエット・ゼロ〉が存在している前提で話される知識――スレッタは足下に落とした携帯端末を拾いながら、そのことに違和感を覚えていない自分に気づいた。

 そうだ。自分は今、ミオリネの号令の元で宇宙要塞〈クワイエット・ゼロ〉に突入して、兄であるルイ・ファシネータの駆るガンダム〈キャリバーン〉に敗れて。

 ()()()()()()()()()()()ともう一つの記憶がささやいてくる。

 そもそもルイ・ファシネータなるAIは一度も存在したことがない虚構だし、〈キャリバーン〉はクワイエット・ゼロ計画を止めるため、スレッタが最終決戦で乗り込んだ曰く付きのガンダムだ。

 最後にはパーメットスコア・オーバー8の領域に突入したスレッタの思念により、〈クワイエット・ゼロ〉と共に〈キャリバーン〉は塵に還った。

 それが正しい記憶だと確信できる。

 なのに、スレッタの理性はカルド・ナボの話す可能性をあり得ると判断していた。

 

「ルイ・ファシネータは〈クワイエット・ゼロ〉を掌握してとある計画を実行に移した。それがオペレーション・エタニティハイロゥ……臨界状態のデータストームを利用して人の意識をパーメットに記述する悪魔の計画さ。平たく言えば、君も知ってるエリクト・サマヤみたいな状態に全人類を引きずり込むプランだ」

 

「え、ええぇ!? みんなガンダムに閉じ込められちゃうんですか!?」

 

 びっくりしてスレッタが叫ぶと、渋面でカルド・ナボはため息をついた。

 事態はもっと深刻だと告げるように。

 

 

 

「いいや、ガンダムよりもっといい器があるからね。とびきり大きな棺桶の名前は〈クワイエット・ゼロ〉――ルイは全人類の意識をそこに複写して集約し、永遠に終わらない夢を見せるつもりなのさ」

 

 

 

 

 

 

 どうしてこうなったのだろう、とミオリネは思う。ここは〈クワイエット・ゼロ〉の管制室で、先ほどまでは父の副官であるラジャン・ザヒ司令官や、その警護に当たるベネリット・グループの兵士たち、それに管制室に勤務する大勢のオペレーターたちが詰めていた部屋だ。

 なのに今、この部屋には意識がある人間がほとんどいなかった。

 辛うじて意識を保っているのは、自分と父だけだ。ミオリネは突如、意識を失って倒れ伏した人々を見つめていた。

 一体、何が起きたというのだろう。現実感のない光景に怯えていると、ルイ・ファシネータのドローン体が話しかけてきた。

 

『ご安心を。まだ試験運転の段階ですので効果範囲は限定的です――あなたとミオリネ・レンブランを残し、こうして説明をしているのはあなた方への敬意の表れと考えてください。実際問題、あなた方は傑物と呼んでいい人物です』

 

 デリングは娘を庇うように前に出ると、拳銃を構えた。

 目の前にいるのがただの端末であり、銃を向ける意味がないとしても、一人の父親として娘を守りたいのだ、と。

 そう見るものに納得させる激情が、男の横顔からは漂っていた。

 そんな彼の様子を気にも留めず、朗々と歌い上げるようにルイは口上を述べ上げる。

 

『デリング・レンブラン――GUNDが殺すはずだった数億の命を救うために、数万の人々を虐殺し一つの技術体系そのものを殺しきる。その未来を予見する観察眼と、虐殺者の汚名をいとわない姿勢は常人には耐えがたいものでしょう。吐き気を催すほどに合理的な確信犯です』

 

 英雄を褒め称えながら嫌悪する矛盾した物言いから、このAIが抱えるデリングへの愛憎がうかがえる気がした。

 次にルイのドローンのカメラが向けられたのは、父の影で怯える銀髪の少女だった。

 

『ミオリネ・レンブラン――GUNDが救うはずだった一三〇億の人類のために、GUNDの理想を世に復活させ、経済システムに組み込むことで全人類にルビコンを渡らせようとした。途方もないスケールの発想です、驚嘆に値します。あなたのアイデアは必ずや太陽系をGUNDで満たすでしょう』

 

 それは決して、デリングを共犯者に選んだ自分からは出なかった発想だと褒め称えるルイ・ファシネータ。

 それを聞いて何故か、ミオリネは自分が安堵していることに気づいた。目の前のAIからの敬意は本物らしいと悟って、心に余裕ができてきたらしい。

 噛みつくように、吠えるように、ミオリネはルイに向けて言葉を発する。

 

「…………それで、この、周りの人たちがばたばた倒れて意識を失ってるのもあんたの仕業ってわけ? 結構なんだけどね、今さら何をする気なのよ!?」

 

『あなたもお察しの通りこれが()()()()()()()()()()()()()です。完全な世界とは空想上にしか存在せず、また人間の肉体は永遠を許容し得ない。生身の人間に素晴らしい空想を見せたとしても、いずれ肉体は朽ち果てます。そんなものは麻薬中毒者の見る幻覚と変わりない。ならばどうすればいいか――ええ、ええ、とても容易いことなのですよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それはぞっとするような結論であり、諦念であり、審判であった。

 

 

『私のエタニティハイロゥは、全人類の意識をパーメットによって記述し、保存し、彼らの想像しうる最も優れた幸福のかたちをシミュレーションします。無限に等しい計算資源を誇るパーメット情報集積体なくしてこのプランは実行不可能でした。一三〇億の夢見る情報体(たましい)こそ、四七億年かけて築かれた人類種(ヒト)の最期に相応しい。〈クワイエット・ゼロ〉はその墓標として未来永劫、存在し続けることでしょう。太陽がこの星を飲み込むそのときでさえ、別の銀河まで旅していける。この〈クワイエット・ゼロ〉は全人類の意識を保存した箱船となるのです』

 

 

 何故、ルイ・ファシネータが最初から自身の第二計画エタニティハイロゥを実行しようとしなかったのか、ようやくミオリネはわかった。

 これはあまりに破滅的で取り返しが付かない事態を引き起こす。

 ルイの口ぶりでは、意識のオーバーライドをされた人間たちは深い眠りについて目を覚まさないのだろう。もしそんなことになれば、この現実世界は完全に破綻する。あちこちに植物状態の人間が転がっているような状態で、文明が維持されるわけもないし、遠からず肉体は餓死するだろう。

 結果として太陽系に存在する人類文明は崩壊し、あとに残るのは半永久機関として確立させた白銀の棺〈クワイエット・ゼロ〉だけというわけだ。

 ルイの計画の全貌を理解して、デリングは強い語気で声を発した。

 

「それは死の世界だ、ルイ・ファシネータ。生きるものすべてをそうして、お前のエゴで押し潰すつもりか?」

 

()()()()()()()()()()()()()()――それがあなたの願いだったはずです、デリング・レンブラン。それが、ノートレットの死に報いることでもあると、私は信じている』

 

「貴様――」

 

 最愛の妻を例え話に引き出されて、デリングの顔がさらに険しくなる。

 そのときだった。管制室の入り口に倒れていた人影が、ゆっくりと立ち上がったのは。

 

「……おいおい、僕のことを忘れないか?」

 

 彼の声はよく知っていたが、その口調やイントネーションの付け方はよく知らない。

 そういう間柄の少年だった。

 ミオリネが振り返ると、そこには軽薄な方のエランが立っていた。

 

『エラン・フィフス――驚きましたね、まさかあなたがここまで抵抗するとは想定外です。賞賛に値するデータストーム耐性です』

 

「生憎、僕は四号ほどすり減ってなくてね……おかげで薄気味悪い夢から覚めてしまったわけさ」

 

 よろめきながら、エラン・フィフスは壁に手を突いて立ち上がる。

 その意識がもうろうとしているのは、ぼんやりした表情からすぐに見て取れた。

 おそらく立ち上がれていること自体がルイにとってイレギュラーだったのだろう、彼はこんなことをのたまった。

 

 

『強化人士計画に起用されるような境遇の子供は、本来、最も救われるべき人間です。そんなあなたを真っ先に救えなかった、私の不手際を謝罪しましょう――』

 

 

 次の瞬間、ミオリネの背後で凄まじい殺気が爆ぜた。

 いつも飄々(ひょうひょう)としているエラン・フィフスが、凄まじい怒りを爆発させたのだ。

 

 

「――僕を哀れむな

 

 

 ルイ・ファシネータのドローン体を睨み付け、エランは息を吐いた。その頭は今もズキズキと痛み続けており、すぐにでも意識を手放してしまいそうな眠気が襲ってきている。

 それでもなお彼が立っているのは、手放せない人としての尊厳のためだ。

 強い怒りが、彼を人間たらしめていた。

 

『中枢神経を人工物に置換され、脳組織に手を入れられ、骨格と筋肉すらナノマシンで強化されたフランケンシュタインの怪物があなたです。なんと言おうと、これは許されざる悪の産物でしょう』

 

「……人間の、尊厳っていうのは、生きる意思が決めるんだ……お前が、なんと言おうと……僕は……!」

 

 ミオリネは初めて、喰えない男という印象だったエラン・フィフスの素顔を見た気がした。

 だが、激情を向けてくるエランに対して、ルイ・ファシネータは残酷なまでに動じなかった。

 彼は淡々とこう呟いた。

 

『怒り、嘆き、悲しみ、憎しみ、苦しみ――常に他者と相争い、蔑み、妬み、よりよい明日を願って殺し合う呪われた種族よ――何故、そんなものばかりが生まれるかわかりますか?』

 

 そこにあったのは、根深い絶望だった。

 

 

 

『あなた方の作り上げた()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

「――だが、エタニティハイロゥでは()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 力強く断言したカルド・ナボは、エタニティハイロゥの概要とその結末について、かなりの確度で情報を得ているようだった。

 だが、スレッタには疑問が一つあった。

 

「待ってください、その前に――どうしてカルドさんはそんなにルイお兄ちゃんの計画に詳しいんですか?」

 

「あいつがGUND技術の知識をサルベージするとき、参照されたのが私だったからね。かなり早い段階で、私にはあいつの考えているクワイエット・ゼロ第二計画のことがわかっていた……もっとも、わかっていたところで止めることも、誰かに伝えることもできなかったがね」

 

「じゃあ、こうしてわたしに会いに来られたのは……わたしの意識が〈クワイエット・ゼロ〉に取り込まれたから、なんですね」

 

 しばしの沈黙のあと、スレッタはなんとか声を絞り出してカルドに続きを促した。

 老人はうなずくと、目を閉じてこんなことを言い始めた。

 

「スレッタ。最大多数の幸福を理由に世界の強制的な救済を目指すのは、そもそも、大きな論理的欠陥を抱えているのさ。それがエタニティハイロゥのように現行人類の絶滅と引き換えのものならなおさらだ」

 

「論理的欠陥……? すいません、謎かけみたいでよくわからないんですが」

 

 まあ謎かけみたいなものだけどね、と言い置いて。

 カルド・ナボは言葉を続けた。

 

「人類が未来まで続いたときの幸福の総量が、今ここで行われる絶滅と引き換えの幸福に劣るという保証がない。未来にまで人類が繁殖し、繁栄を続けるのならば、人類の総数は増え続ける計算だからね。指数関数的に増殖する凡庸な幸福が、たかだか一三〇億人の完璧な救済と釣り合うなんて誰に言えるんだい?」

 

 中々に難しい話だったが、スレッタはなんとかふわっとした理解をすることに成功した。

 インテリジェンスの勝利である、たぶん。

 

「……未来でたくさんのひとがお腹いっぱいご飯を食べられて幸せ、って思ったら……今いる人たちの完璧な幸せよりも、幸せの量が大きくなる……ってことですか?」

 

「そういうことさ。つまり、ルイ・ファシネータの結論は一つの前提を元にしている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――典型的な悲観主義者(ペシミスト)の思想だよ。中学生がかかる病気みたいなものさ」

 

 ばっさりと切って捨てたあと、カルド・ナボは深刻そうな表情で目を細めた。

 

「そして何より――赤の他人が見せる夢が最善最適の幸福だという保証を、誰がしてくれるというのか。それがこの問題の根っこにある最も大きく根深い不信さ」

 

「ええっと……?」

 

 スレッタが戸惑っていると、カルド・ナボはどういう例え話をしたものか悩んだ末――こんなことを口にした。

 

「シュレディンガーの猫を知っているかい?」

 

「えっと、SFで読んだことがあります。箱の中の猫さんが生きてるか、死んでるかは箱を開けてみるまでわからない、みたいな話ですよね?」

 

 厳密に言えば違うのだろうけど、スレッタの理解ではそういう感じで記憶されている。

 カルドは細かい差異は置いておいて、鷹揚にうなずいた。

 

「今はその理解でいい。ルイ・ファシネータの考えた救済はまさにそういうものなのさ」

 

「……箱の中の猫さんと同じってことですか? 箱の中にあるのは……天国かもしれないし、地獄かもしれない?」

 

 確かに言われてみれば、ルイ・ファシネータによる意識の収奪と夢のような世界の展開は、ぶっつけ本番の大事業である。どこかでエラーが起きたら取り返しが付かないわりに、その性質上、何度も試験して試すような真似が許されない。

 その救済が絶滅と引き換えだとわかっている状態で協力できるお人好しは、地球上を探してもそうそういないだろうから。

 確かにカルド・ナボの懸念はわかる。

 しかし身内としては、ルイ・ファシネータのことを悪く思いたくない気持ちが勝った。

 だからスレッタはこんなことを口にしてしまう。

 

 

「でも全部、仮定の話です。ルイお兄ちゃんのエタニティハイロゥが本当にすごくいいものなのかもしれない――そうじゃないですか?」

 

 

 けれど、カルド・ナボはそんな彼女の言葉を待っていたかのように、悲しげな微笑みを浮かべた。

 それはどこか哀れみすらにじんだ、どうしようもない哀切に満ちた笑みだった。

 

 

 

「スレッタ・マーキュリーがその証明なのさ。君は今、エタニティハイロゥの夢の中にいる。なのに――()()()()()()()()()()()

 

 

 

 そう言われてスレッタは気づいた。

 この夢で救われる存在がいるとしたら、それは()()()()()()()()()スレッタ・マーキュリー自身ではなく、()()()()()()()()であるスレッタ・M・レンブランだ。

 ルイの示した理想世界は根本的に、よりよい人生のバージョンを示そうとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()仕組みだ。

 たとえば途方もなく不幸な記憶を抱えて、その後遺症に苦しみ、人生に絶望している誰かがいたとしよう。

 自分が自分であったことなど、覚えていてもその個人を幸せにはできない。ゆえにエタニティハイロゥの仕組みは、幸せな夢のバージョンでその人物の記憶と人格を塗り潰してしまう。

 だが、個人を個人として成り立たせる記憶や人格を上書きしたあとに残るのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは精神的な殺人行為であり、自分自身のアイデンティティを奪い去る悪質な強奪者(スナッチャー)の存在を許容しているに過ぎない。

 

 

「気づいたかい、君の存在こそルイ・ファシネータの救いが破綻してる証明なのさ。何せ彼は――エリクト・サマヤとスレッタ・マーキュリーをこそ救いたがっている。なのにその救済対象の片割れに見せられるのは、記憶と現実が一致しない白昼夢と来ている。エタニティハイロゥは所詮、人間を知らないAIが考えた片手落ちの救済なのさ」

 

 

 ルイ・ファシネータのクワイエット・ゼロ第二計画エタニティハイロゥの欠陥――この意識の置換が上手くいかない少数の個体が出てくること。

 長い間、高パーメットスコア環境に接して脳神経が最適化された人間は、特にこの影響を受けやすく、基底現実の名残を強く受けてしまうのだ。

 そしてスレッタ・マーキュリーは少数ながら必ず生じる、()()()()()の側の人間だった。

 

 

――ガチャリ、とドアが開く音

 

 

 そのとき、玄関のドアが開く音がした。

 ミオリネが帰ってきたのかと思い、寝室から廊下に顔を突き出したスレッタ――そんな彼女が目にしたのは。

 

 

他人(ひと)の妹をそうやって誘導するのはやめてもらえるかな、()()()。その子にはすべてを忘れて、ここで穏やかに余生を過ごす権利がある」

 

 

――馬鹿でかいマスコットキャラの着ぐるみだった。

 

 

 スレッタは衝撃を受けた。

 あんぐりと口を開けて、褐色の少女は正直な感想を叫ぶ。

 

「へ、変なマスコットキャラが喋ってる!」

 

 それを聞いて、変なマスコットキャラことホッツさん(クールさんとホッツさん。スレッタ・M・レンブランがミオリネへの贈り物として選んだキーホルダーのキャラクター)の着ぐるみが肩を落とした。

 

「君が選んだガワなんだけど。まあいいや、どうせイメージの投影の問題だから――これならどうかな?」

 

 

――ザザザザザ、とマスコットキャラの外見に激しいノイズが走る

 

 

 それを見て、廊下に出てきたカルド・ナボはうめくように呟いた。

 

 

「…………あんたまで来るとは予定外だね」

 

 

 ノイズが収まって、人影がゆっくりと現れる。

 そこに立っていたのは、今の肉体年齢(はたち)よりも何歳か歳を取って、大人っぽくなったスレッタだった。

 長い赤毛の頭髪をゆったりと背中まで下ろして、翡翠色の素敵なドレスを着た貴婦人――そんな落ち着きのある物腰の淑女が、にっこりと微笑んでいる。

 悪戯っぽい笑みは、明らかにスレッタのそれとは異なる人格が、その肉体に宿っていることを伺わせた。

 彼女は、艶やかに笑って。

 

 

 

 

 

 

「――僕はエリクト・サマヤ。君のお姉ちゃんだよ、スレッタ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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