――閃光。
それは星明かりにも似た光の連鎖だった。
まるで流星のごとく遠ざかっていった〈エアリアル〉と〈キャリバーン〉の戦いの決着は、置き去りにされた仲間たちにもすぐわかった。
無尽蔵に思えるほど湧き出していた〈ガンドノード〉とガンビットの群れが、あるときから戦闘機動をやめて、オートパイロットモードで〈クワイエット・ゼロ〉への帰還コースを取り始めたからだ。
先ほど見えた一際大きな輝き――爆発が、管制ユニット〈キャリバーン〉が撃破された証だと考えるのは自明の理だった。
『終わった……のか?』
シャディクが呆然と呟くのを、エラン・フォースは〈ファラクト〉のコクピットの中で聞いていた。
続いて息を吸い込んだ音のあと、グエル・ジェタークが通信越しに叫んだ。
『――スレッタは!? 無事なのか!?』
そうだ、とエランは思考する。
戦闘の高揚感を切り離して、できる限り今できることを探した。
少年をGUNDフォーマットの致命的なデータストーム汚染から守っている〈アミュレット・システム〉は無事である。
ならば〈エアリアル〉のコンポーネントは無事だと考えるべきだろう。
そう、彼の理性は判断している。
けれど理屈ではない感情で、あの子の声を聞きたいと思った。
そしてたぶんこの気持ちはグエルも同じだった。わざわざ口に出す必要はないのに、あえて伝えるために彼は声を出した。
「〈ファラクト〉はGUNDフォーマットを搭載している。スレッタ・マーキュリーと〈エアリアル〉が無事なら、GUNDフォーマット同士の共振現象で現在位置を特定できるはずだ」
〈エアリアル〉と〈キャリバーン〉の死闘の余波か、まき散らされた荷電粒子がひどい。
電波干渉のせいで通常のレーダーは使い物にならない。
だが、遠隔のパーメット同士を同調させて情報を共有するパーメットは話が別だ。
感度を少しでも上げるためにパーメットスコアを上げるべきか、とエランが考えたそのときだった。
〈ファラクト〉に近づいてきた〈シュバルゼッテ〉が、
『……〈シュバルゼッテ〉のビットステイヴをアンテナにすれば、より広範囲にパーメット通信が打てるはずだ。やれるか?』
「できる。君の方でセッティングが必要になるけど」
『俺だってパイロットだ、簡単な操作ぐらいはできる』
エランとグエルの間にはもう言葉は要らなかった。〈ファラクト〉の基幹システムのセキュリティを意図的に遮断して――パーメットリンクで警告を鳴らしてくるシステムを黙らせたときは爽快感すらあった――グエル機とシステムを直結する。
パーメットリンクで〈ファラクト〉と〈シュバルゼッテ〉が繋がれ、超長距離パーメット通信を広域に放つための準備が始まった。
普段はエンジニア任せとはいえ、アスティカシア高等専門学園パイロット科のトップ層はバカでは務まらない。そしてエランとグエルはいずれも座学も含めたエリート中のエリートだった。
ペイル社とジェターク社の最新鋭機が、互いのセキュリティシステムをOFFにして共同作業とは。
間違いなく両者の技術屋が見たら卒倒しそうな蛮行である。少しでも相手に悪意があれば、MSを暴走させられること間違いなしの状態だ。
『……俺が言うのもなんだけど、二人ともそれはやって大丈夫か?』
途中、シャディク・ゼネリが本気で心配そうに声をかけてきたけれど。
まあ殺されることはあるまい、ぐらいの気安さで「もちろん」と答える。
グエルも「当然だ」と言い切ったので、このお話はおしまいだった。
天を仰ぐように視線を宙にさまよわせたあと、シャディクは深々とため息をついた。
『二人とも本当に変わったよ。これも水星ちゃんの人徳かな?』
「君にはミオリネ・レンブランがいるだろう」
エランは自分がらしからぬ軽口を叩いたことに気づいて、自分でも驚いてしまった。
まさか自分は、彼のことをそういう距離感の気安い友人だと思っているのか?
その感想はシャディクも同じだったようで、少し目を見開いたあと――いつも飄々としている彼らしからぬ、朴訥な笑顔を浮かべるのだった。
『ああ、そうかもしれない』
照れくさかった。
エランは視線を通信コンソールから外して、キーボードを叩くことに集中することにした。
〈ファラクト〉と〈シュバルゼッテ〉のリンクの構築はすぐに終わった。
元々、両機ともに実験機に近いMSだから、こういう通常の用途にないシステム操作ができる余地があるのである。機体に搭載されている補助人工知能のサポートもあって、すぐに作業は完了する。
「……グエル、リンクの構築が完了した。今からGUNDフォーマットで意図的に
『頼んだ、エラン』
エランは目を閉じた。意識を集中してガンダムと一体化させ、〈シュバルゼッテ〉のビットステイヴをアンテナにするイメージ――高出力の情報信号として自らの意識を宇宙空間に撃ち出す。
波が広がるようにパーメットの意識体が拡散して。
――エランさん……?
声。
フィードバックがあった。
スレッタ・マーキュリーを見つけた、という手応えと同時に〈エアリアル〉の現在位置が三次元的に把握される。
〈ファラクト〉と〈シュバルゼッテ〉の現在位置と合わせて相対的に座標を割り出して。
先ほど起きた爆発の衝撃によって、推進装置が故障している〈エアリアル〉が、〈キャリバーン〉の残骸共々、この宙域を離れつつあるのがわかった。
救助に向かうのであれば、一刻も早く出発すべきだった。
そのような状況把握を一瞬で終えたエランは気づく――〈ファラクト〉の手を、〈シュバルゼッテ〉の手が掴んでいることに。
グエルだった。
パーメットリンクで繋がっている彼もまた、エランと同じ結論に思い至っているようだった。
『……迎えに行くぞ』
「そうだね」
〈ファラクト〉は右手の長銃ビームアルケビュースを、〈シュバルゼッテ〉はビームブレイドを放棄して。
MSの両手を重ね合わせて、一体化するようにして二体のMSが互いの推力を一つにした。
〈シュバルゼッテ〉の腰部にビットステイヴが集約され、高出力の推進装置となって――〈ファラクト〉とタイミングを合わせて噴射する。
エランとグエルは異なる二機のMSを合体させ、まるで一機のMSのように振る舞わせていた。
二機のMSを合わせた総推力は凄まじく、高速でL4宙域を離脱しつつある〈エアリアル〉を捕捉するまで時間は要らなかった。
MSのセンサーがはるか彼方の点のような機影を捉える。
ボロボロに装甲が焼けただれた〈エアリアル〉は、右腕を欠損していたがコクピットブロックに大きな損傷は認められない。
『減速のタイミングはお前に任せる』
「わかった」
まさに一心同体だった。
〈エアリアル〉の残骸まで接近して、最適な減速タイミングで逆噴射をかけて、相対速度を合わせる。
言葉にすれば容易いが、それは一流のパイロットにしかできない繊細なランデブーだった。
〈ファラクト〉と〈シュバルゼッテ〉は互いの左腕を掴んだまま、右手を自由にして――二機のMSで〈エアリアル〉を挟み込むように同時に掴む。
ガキン、と衝突音。
MSの部位の中でも特に頑丈な部分である手指は、問題なく〈エアリアル〉の機体を確保できている。
三機のMSはその速度を殺すために推進装置を噴かして、ゆっくりと減速していった。
十分な減速が確認できたタイミングで、ようやく通信システムが復旧できたのか、接触通信で呼びかけがあった。
『あの……救助の方、ですか?』
『「助けに来た、スレッタ・マーキュリー」』
少年二人はほぼ同時に、異口同音に返答した。
二人とも少女の前ではいい格好がしたいから、やることもほぼ同じタイミングになったのだ。
それがとても恥ずかしいことのような気がして、エラン/グエルはやはり同じタイミングで黙り込むのだった。
『…………』
「…………」
そんな少年二人の純情など知らずに、スレッタ・マーキュリーは本当にびっくりしたという感じで声を上げる。
『え、えええっ!? お二人とも!? 来てくれたんですか!?』
――モテるねえ、スレッタは。お姉ちゃん嫉妬しちゃうなー憧れちゃうなー。
『エリクトは黙ってて!!』
どうやら、あのうるさすぎるスレッタの姉も健在らしく、パーメットリンクごしに声が聞こえてきた。
想像以上にピンピンしている様子に、はーっとグエルがため息をついたのがわかった。
気が抜けたのだろう。
『お前、本当に元気だな……』
「うん、無事でよかったよ」
『あ、あああ、ありがとうございます!?』
〈エアリアル〉をその腕の中に抱え込むようにして、男子たちのMSが虚空を漂う。
三人は今、まるで宇宙に散らばる星屑の一つだった。
打算のない好意と信頼が、彼らを結びつけている。
果たして恋情なのか友情なのか定かでもない思慕を抱えて、曖昧さの上に成り立っている三角関係だとしても――少年少女はこのとき確かに友達だった。
言葉など要らない心地よい沈黙。
しばしの間、エランとグエル、そしてスレッタは星の海原を眺めていた。
天の川銀河に瞬く数多の恒星が、燃え盛る星の光を届けてくれている。それは彼らが生まれるよりも前からあった星々の、過去の残光が届いた輝きだ。
少年少女の血肉を作るものがどれほど呪いに満ちたこの世界の歩みだったとしても、今この瞬間、綺麗なものを共に見る時間は嘘じゃなかった。
それはまるで奇跡のように美しくて――
『――スレッタ!! 無事かぁ!?』
そんないい感じの雰囲気をぶっ壊したのはチュチュだった。荷電粒子の嵐が収まってきたことにより、〈エアリアル〉に対する広域通信が届くようになったのである。
今の今まで〈クワイエット・ゼロ〉の宇宙港施設に取り残されていた少女は、半壊したデミバーディングでみんなの脱出地点を守っていたのだけれど。
もちろんスレッタ・マーキュリーはいっぱいいっぱいだったので、チュチュの存在を忘却していたのは言うまでもない。
『あ゛っ……えっと、チュチュさん……げ、元気ですよ!?』
『おいなんだ今の声!? 完全にあーしのこと忘れてたよなぁ今の!?』
チュアチュリー・パンランチのツッコミで慌て始めたスレッタを目にして、エランとグエルは通信画面越しに顔を見合わせた。
本当に仕方がないな、と二人は笑って。
初恋も親友もこの腕の中にあるよろこびを、心の底から噛みしめたのだった。
◆
――ガンダム狩りの
――少女と少年たちが生還に沸き立っていたころ。
「あっはっはっは、ルイ・ファシネータ! あんたの救済もクソ親父もといお父さんの野望もここで断ち切られたわ! 大人しくお縄につきなさい!」
スレッタの無事をショートメッセージで確認したミオリネ・レンブランは、めちゃくちゃ勝ち誇った笑顔でパーメットAIサーバー〈レガリア〉の前に来ていた。
護衛は最低限(つまりエラン・フィフスとSP何名か)に、事後処理に忙殺されているデリング・レンブランとラジャンを置いてきたのは言うまでもない。
〈クワイエット・ゼロ〉のフェーズ3は中断され、データストームの空間化も解除されたものの、依然としてこの要塞の管制権限はルイ・ファシネータが握っている。
だから銀髪の少女がサーバールームに入れたのは、強行突入などの成果ではなく、純粋にサーバールームの主と対話を求めて許可されたからに他ならない。
そして部屋に入って早々、ミオリネの口から飛び出したのが先の台詞である。
呆れたような声が、MS格納庫並みに広大なサーバールーム――そこに打ち立てられたシェルユニットの巨塔から浴びせかけられる。
『うかつですね、ご自身が人質にされるとは考えないのですか?』
「スレッタたちとの会話ログ、聞かせてもらったわよ。あんたってAIの腹の底がわかって大満足だったわ――底が見えた悪党、私は大好きよ? だってわかりやすいもの」
『……なるほど、実にあなたらしい露悪的な物言いですね』
とん、と床を蹴ってミオリネ・レンブランはパーメットAIの本体、馬鹿でかいシェルユニットに近づいた。
〈キャリバーン〉に宿っていたルイ・ファシネータは破壊されたが、それはルイ・ファシネータというAIの総体の一部に過ぎない。
データを同期していた〈クワイエット・ゼロ〉側のAIユニットはこうして無傷でここにあるから、スレッタたちがルイの野望を命がけで止めたあと、こうして事後の交渉をする余地もある。
数秒間、ミオリネは沈黙した。
どう切り出したものか悩んだ末、単刀直入に要求を口にすることにした。
「私たちの地球復興プランに協力しなさい、ルイ・ファシネータ」
巨塔を見上げるミオリネは、まるで神の偶像へ祈る巡礼者のようだった。
パーメットAIという名の最も新しい神は、巡礼者を迎え入れるようにこう問うた。
『私の本体は無事ですが、どうしてそこまで強気なのですか、あなたは』
「もうクワイエット・ゼロの完全稼働には〈エアリアル〉の協力が必要不可欠でしょう? あんたはもう、このままふてくされているか、スレッタに協力するかの二者択一なのよ――解体されたくないパーメットAIに、パーメットAIの協力なしには地位を維持できないベネリット・グループ。私たちって相性抜群のビジネスパートナーになれると思うんだけど?」
ミオリネ・レンブランとしては一蓮托生のビジネスパートナーなのだから、手を組むしかないと思ったのだけれど。
しかしあまりに人間くさすぎるAIルイ・ファシネータは、デリング・レンブランの娘に利害の一致だけを説かれて納得するほど素直ではなかった。
相手が何を考えているかわからない沈黙の時間ほど、気まずいものはない。
自分が冷や汗を掻いていることもノーマルスーツのセンサー越しにばっちりバレているのだろうな、と思いながら、ミオリネは口を開く。
「ルイ・ファシネータ、あんたは一〇年以内に戦争が起きるって言ってたわよね」
『ええ、避けようがない未来です。あなたたちの世代は、親世代が積み上げた負の遺産が戦乱を招く嵐の時代を生きることになるでしょう』
それが、デリングによる永遠の独裁を否定して、ルイによる永遠の夢想を打ち砕いた少女たちに課せられた自由の代償だった。
よしんばGUNDによる産業革命が上手くいっても――否、むしろ技術の普及と産業構造の変換は、確実に地球と宇宙の間で大きな紛争を巻き起こす。
ゆっくりと壊死していくはずだった身体を蘇生させる代償に、炎症のように傷口が膿んで腫れ上がることは十分予想できることだ。
そんなことはルイ・ファシネータに指摘される前からわかっていた。
スレッタには「スレッタとエリクトを、楽しい未来に連れて行く」と言ったけれど――それだって確実に成し遂げられるかはわからない。
だが、もう賽は投げられたのだ。
「……嵐ね。どのみち誰かが船頭にならなきゃいけないってことでしょう? 戦争が起きるから何もかも終わりになるわけじゃない、むしろ簡単に終わってくれないから私たちは苦労するんでしょう。ならせめて、私はその戦禍が少しでも小さくなるよう努力するわ。だからあんたも力を貸しなさいよ」
『私は敗者であり、人類の未来を閉ざそうとした暴走AIです。そのような存在を重用することが通るとでも――』
「私が通すわ。デリング・レンブラン総裁ならゴリ押しできる。今のままだと、私に権力が集中しすぎるし、親子二代にわたって巨大な権力を持つとかクソ独裁者ルートまっしぐらすぎてマジでヤバいのよね。そこで提案なんだけど」
ミオリネは目を逸らさず、巨大なシェルユニットの塔に語りかけた。
少女が口にするのは高潔な覚悟でも、清廉な誓いでもなくて――
「ルイ・ファシネータ、あんたは〈アミュレット・システム〉を運用する組織の腐敗と汚職を監視するオブザーバーになるのよ。人間が人間に優しい世界を作れないなら、
――予想の斜め上の人間否定だった。
ルイはしばらく黙ったあと、心底、呆れかえったようにコメントした。
『…………あなたはこの宇宙で最高に
「私はね、スペーシアンだのアーシアンだのくだらない差別を作ってる連中が死ぬほど嫌いよ。でもだから人類に滅びろなんて言うほど傲慢でもない。私なりの
人間が作る権力構造は腐敗するし、人間が処理できる情報処理能力には限界があるから、ベネリット・グループほどの企業帝国では必ず権力の分散が起きるし、世襲政治になりかけているこの宇宙時代の貴族たちの政治的劣化は避けられないだろう。
ゆえに影の支配者として振る舞え、と。
そうミオリネ・レンブランは言っているのだ。
よりによって人間への絶望から人間否定に走ったAIをその中枢に据えようというのだから、愚かしいを通り越して狂気すら感じる選択だ。
たぶんミオリネよりも常識的なルイは、当然の疑問を少女へと投げかける。
『AIに管理される社会は、人間が最も多く描いてきた
「ええ、そして私の庇護なしにあんたは当分、存続できないこともね。そして私が失脚してあんたが解体されれば、スレッタやエリクトがどうなるかもわからない――
今度こそルイは絶句した。
ミオリネの言葉が意味するところを理解して、その真意に心底、ぞっとしたのである。
『
答え如何によってはこの場で殺してやる、と言わんばかりの響き。明確な殺意の込められた問いかけに、強化人士五号とデリングにつけられた護衛たちの顔色が青ざめる。
ルイ・ファシネータはすでに〈キャリバーン〉を失っているが、〈クワイエット・ゼロ〉内部のドローンぐらいは遠隔操作できる。
生身の人間数名などあっという間になぶり殺しにできる高度AIを相手にしているというのに、ミオリネは眉一つ動かさなかった。
「おい、ミオリネ・レンブラン――」
エラン・フィフスが声をかけるが、少女は一瞥して彼を黙らせた。
凄まじい眼光であった。
「――
『矛盾している。彼女たちの未来を守るために、彼女たち自身すら使い潰すことになる。あなたは狂っています、ミオリネ・レンブラン』
大きなお世話よ、と呟いて。
ふてぶてしくミオリネ・レンブランは笑う。
白い肌を興奮で紅潮させている少女は、
「
ミオリネ・レンブランには今、何の力もない。彼女がやがて株式会社ガンダムの代表として手にするであろう
あの
そしてデリングからの穏便な権力の委譲など待っていては、忍び寄る
ゆえに彼女は我が身を危険に曝して、ルイ・ファシネータとの交渉を始めたのである。
デリングとルイの共犯関係は破綻し、スレッタの手でクワイエット・ゼロ計画は阻止された。
ならばその次にやってくる未来を作るのは、彼女の仕事だった。
「どこかのクズみたいな悪人にいいようにされて、スレッタとエリクトが人体実験のモルモットにされる未来が見たくないなら――
口にするのは、考え得る最悪の未来だった。
そしてそれがあながち、ありえないことではないからこそ――ルイ・ファシネータはこの脅迫に屈するしかないと彼女は知っていた。
あの二人のことを誰よりも大切に思っているのは、この
『あなたは不快で傲慢で無知で浅慮です。はっきり言って人間としてはデリング・レンブランよりはるかに質が悪い独裁者の素質にあふれています。今、口にしているもっともらしい理屈はすべて問題の先送りでしかない。あなたはまやかしの希望でスレッタたちを苦難の道へ連れて行く闇そのものだ――』
真っ正面から人格否定された。
ミオリネは黙って自分に浴びせられる罵倒を聞いたあと、にっこりと天使のように微笑んだ。
「で、そんな悪党と手を組むしかないって現実はわかった?」
『……いいでしょう、契約は成立しましたミオリネ・レンブラン。たった今から、私はあなたの共犯者です』
その渋々という感じの誓約を聞きながら、ミオリネは傲岸不遜に頷き一つ。
こうなって当然の流れなのだから当然そうなるわよね、という感じのふてぶてしさに、周囲の護衛たち(エラン・フィフスを含む)はドン引きしていた。
流石はあのデリング・レンブランの娘だと納得せざるをえない光景である。
ルイ・ファシネータの頭脳の依代――シェルユニットの巨塔〈レガリア〉が妖しく光って、少女へと問いかけを発した。
『何故、あなたはそうまでして――未来を欲するのですか?』
愚問だった。
しかしその問いかけの中に誠意を見いだしたから、ミオリネは優しく目を細めて。
まるで家族のように想っている親友のために、自分がやると決めたことを口にした。
「――わたしはあの子の友達よ。世界の一つや二つ、背負ってやりたくなったのよ」
・〈クワイエット・ゼロ〉(3)
デリングの失敗後、ルイ・ファシネータによって人類救済計画――事実上の絶滅をもたらすオペレーション・エタニティハイロゥに転用されるも、スレッタ・マーキュリーとエリクト・サマヤの抵抗により計画遂行は阻止された。
〈クワイエット・ゼロ〉によるデータストームの空間化は解除され、表向きはデリングの意向によってすべてが終結したと見なされた。
巨大なパーメットAIプラットフォームである〈クワイエット・ゼロ〉は、ベネリット・グループのガンダム事業の中核、そして抑止力としてその存在を維持されていくこととなる。
宇宙議会連合とベネリット・グループの紛争から始まった一連の流れはクワイエット・ゼロ事変と呼ばれ、これをきっかけとしてAS122年以降、激動の時代が始まったのである。
推奨BGMは「Farewell to the GUNDAM」