ベネリット・グループ本社フロントにて。
グループの重役たちが一堂に会し、とある会議が行われていようとしていた。
議題はシンプルだ。
先日、全世界に生中継で配信された映像――ジェターク社の〈ダリルバルデ〉と新型ドローンシステム搭載機〈エアリアル〉のデモンストレーション。
その内容に、重大なルール違反があった、という告発である。
シャディク・ゼネリは、モニタリングしていた〈エアリアル〉の稼働データの異常性を指摘していた。
「――以上です。パーメット流入値の基準を大幅に超える数値は、GUNDフォーマットの特徴と一致します。〈エアリアル〉はガンダムである、というのがグラスレーとしての見解になります」
養子の発言を引き継いで、サリウス・ゼネリ――グラスレー・ディフェンス・システムズのCEOが口を開いた。
鼻に呼吸補助チューブを通した老体であるが、その眼光は鋭い老人だ。
「デリング、あのモビルスーツはお前が新型ドローンシステム搭載機として、ジェターク社と決闘させ、全世界にデモンストレーションとして放送させたな? どういうつもりだ」
ベネリット・グループの上位企業三つ、すなわち御三家の一角からの、グループ総裁への糾弾。
それが今回の集会の意味であり、目的であった。
なお、ある意味で今回の事件の当事者たるヴィム・ジェタークは無言である。
下手に発言して、せっかくジェターク社が勝ち取った「次世代の対スウォームドローン防御システムを開発した大手」という立場をなかったことにされては困るからだ。
それにアレがガンダムであるならば都合がいい。
意思拡張AIを用いたジェターク社の製品は、人体に有害な影響を及ぼすことなくガンダムと拮抗しうると示した形になる。
将来的にはガンダムを正面から駆逐するモビルスーツとて開発できよう、というのがヴィム・ジェタークの立場であった。
ゆえに彼は当事者の一人でありながら傍観者を貫く。
デリングのやり方は
同じく御三家の一つ、ペイル・テクノロジーズの共同CEO――同じ衣装を着た四人の老女たちは様子見という雰囲気だが、その腹の内はわからない。
高度なフレーム設計と支援AIのノウハウを持つジェターク、堅実なフレーム設計と電子戦技術のグラスレー、推進装置や慣性制御、ナノテクなど先進技術の開発において先を行くペイル。
そのいずれもがベネリット・グループにおいての発言力、影響力共に強大な会社であり、子会社も含めれば経済力も相当なものだ。
であればこそ、実質的な独裁者であるグループ総裁デリング・レンブランとて、グラスレーからの要請を無視できず、この場が設けられたのだ。
それがこの集会――実質的にはデリングの行いへの査問会に等しかろう――が開かれた意味だと、参加した企業グループの要人たちは認識していた。
査問会の流れ如何によっては、デリング・レンブラン一強の現体制に風穴が空くかもしれないのだ。
注目せずにはいられない。
サリウスからの問いに対し、デリングは無言――かと思えば、その副官ラジャンが口を開いた。
長年、軍人時代からデリングを支えてきた側近中の側近である。
ほぼデリング・レンブランの代弁者に等しい人物だ。
「サリウス代表、それに関しては〈エアリアル〉の開発元、シン・セー開発公社から説明があります」
「何?」
シン・セー開発公社。
グループ内での序列は下から数えた方が早いような、経済規模でも技術面でも見るべきところはない、辺境の資源採掘企業だ。
そんな会社がガンダムを開発し、あまつさえデリングの後押しでデモンストレーションに参加したという事実に、その場の人間たちは一つの結論を出した。
――デリング総裁の隠れ蓑というわけか。
会議場の大型モニターに光が灯る。
画面に表示されたのはシン・セー開発公社の企業ロゴ。
あの〈エアリアル〉の製造元である弱小企業の主は、どうやら顔を見せる気すらないらしい。
『シン・セー代表のルイ・ファシネータと申します。長期の移動に耐えられないお見苦しい身体ゆえ、このような形で失礼致します。本機は元々、前代表プロスペラ・マーキュリー女史によって開発された新型ドローンシステムとその運用母体でした』
「何故、開発者がここにいない?」
『プロスペラ氏は二年前に死亡しています。その後の運用と維持の業務を引き継いだ私が、彼女に代わって皆様にご説明させていただきます』
いてもいなくても変わらないような弱小企業のCEOの交代など、大企業の集合体であるベネリット・グループではほとんど気にもされてこなかった。
プロスペラ・マーキュリーの死とは、所詮、この場ではその程度の意味しか持たない。
説明する人間は誰でもいいのだ。
『さて、皆様が議題に挙げられている〈エアリアル〉がガンダムであるか否か、ですが――結論から申し上げれば、〈エアリアル〉はガンダムでありながらカテドラルの協約に違反しない、画期的なブレイクスルーを起こした機体なのです』
カテドラルの協約とは、スペーシアン企業の監査組織カテドラルにおいて定められた、テクノロジーの進歩に対する倫理的制約と、それに基づき参加企業に課したルールのことである。
すなわちガンダムの開発禁止も、この協約で定められたルールの一つだ。
そして確立された技術への締め付け、研究者の虐殺、現存するガンダムの破壊処理、研究データの破棄などの苛烈な弾圧を行ってきたのがデリング・レンブランである。
ルイの意味不明な発言に、ざわつく会場。
それを気にも留めず、ルイ・ファシネータは言葉を続ける。
『ご存じの通り、GUNDフォーマットの拡散は悲惨な人体実験と無秩序な軍拡をもたらし、倫理なき戦争へと人類を退行させかねなかった……それが、かのヴァナディース事変以前の世界情勢でした。デリング・レンブラン閣下のご尽力あって、今の世界秩序の安定はあります』
GUNDフォーマットの危険性は、巷で知られているような「パイロットを殺す呪い」だけではない。
医療用サイバネティクス技術を応用、パーメットによる情報同期で人工神経を繋ぎ、モビルスーツを自身の肉体のように動かせる。
それがGUNDフォーマットの真価である。
本来、制御と運用に高度な技術が必要な、電子戦環境下で運用可能なハイテクドローン技術や、パイロットの育成にかかる時間――そういう設備や資産がなくとも、現代戦で活躍できるようになる兵器。
いつでも、どこでも、誰でもモビルスーツを操縦し、強力なスウォーム兵器で戦場を蹂躙できる。
それこそがガンドアームの脅威だったのだ。
『しかし一方で閣下は、我々に命じられました。呪いから未来を解き放て、と』
呪いとは無論、GUNDの呪いのことであろう。
続くルイ・ファシネータの発言は衝撃的であった。
『GUNDの呪いの克服――すなわち
大型モニターに表示されたのは、スレッタ・マーキュリーのプロフィールと顔写真だ。
気が強そうではないミドルティーンの少女――おおよそ一五歳ほどだろうか――が、〈エアリアル〉のコクピットに乗り込む姿が映し出されている。
あまりにも無法な発言だった。
二年間もの間、人体実験に等しい所業がデリングの黙認の下で行われてきたと暴露しているようなものだった。
衝撃を受けたサリウス・ゼネリが、声を荒げた。
「カテドラルの協約はどうなっている!? こんな馬鹿な話があってたまるか!」
『エアリアルに使用されている新型ドローン技術は、カテドラルの協約で指定されているGUNDフォーマットの定義の外にあります』
「こんな話を通してみろ、協約違反の産物で世界はドローン戦争の頃に逆戻りするぞ!」
倫理なき戦争による文明の汚染と崩壊――アーシアンたちが陥ったこの世の地獄が、今度は宇宙で再現されるという恐怖。
老人であるサリウスは、その悪夢を誰よりも深く実感している世代だった。
だが、会場にいる人間たちの大半にとって、ドローン戦争は過去の出来事であり、むしろ興味関心の対象はスレッタとそれに関するゴシップだった。
「まだ子供ではないか」
「こんな少女が……実戦を?」
「では、やはり例の噂は……」
「もう一人の……か」
「総裁もお盛んだな……」
深読みして納得していく企業関係者たち。
一方、サリウスの隣に控えるシャディク・ゼネリもまた、脳が痺れるような驚愕を味わっていた。
――水星ちゃんはデリング子飼いの魔女だって? 悪い冗談みたいだよ、ミオリネ。
自身の想像を超えた事態に遭遇して、若い少年はどうしたらいいかわからなくなっている。
ざわざわとし始めた会場を横目に、グラスレー社サリウス・ゼネリ代表がにらみつけるのはたった一人だ。
「デリング。お前がガンダムの開発を容認していたのか? それ自体が問題なのだ」
このとき、デリングは初めて口を開いた。
「ガンダムは搭乗者を殺す呪いのモビルスーツだ。では搭乗者を殺さず、人に罪を背負わせるだけの兵器は、ただのモビルスーツに過ぎん」
「詭弁だ。あれほどまでの魔女狩りを徹底したお前が、魔女を私兵にしていたなど笑えんよ――ガンダムの根絶こそ、我々の悲願だったはずだ」
対ガンダム用の電子戦デバイスを未だに維持・管理しているグラスレー社は、魔女狩り部隊の出資元の大手であり、デリングの古巣でもある。
盟友に裏切られたような状況に、サリウス・ゼネリは憤っていた。
しかしデリングはそれを意に介さず、声を張り上げる。
「――
デリング・レンブランからの衝撃的な告白に、会場のざわめきはどんどん大きくなっていく。
「ガンダムが?」
「すべて廃棄されたはずでは」
「オックスアースの亡霊……よもや事実とは」
「では……まさか例の噂も?」
「そのために妾の子を……」
その混乱すらも演出に利用して、デリング・レンブランは演説する。
自らの過ちを懺悔するかのように。
「我々は一つ、選択を誤った。二一年前の粛清を以てアーシアンに正義を教え込めたと信じていた。だが実際には、彼らはガンダムを製造しうる組織を再建し、人間を消耗品にするおぞましい冒涜的な技術の量産化に着手している。我々には再び力が必要だ。アーシアンであれ、スペーシアンであれ、秩序を乱そうとするものたちへの抑止力がな」
そして畳みかけるように、シン・セー開発公社の企業ロゴと共に、ルイ・ファシネータ代表がこうのたまうのだ。
『グループの皆様におかれましては、是非、私どもの研究成果を活かし、ベネリット・グループのために
「貢献というのは、その無害化されたシステムの共有化でいいのかしら」
このとき初めて、ペイル・テクノロジーズの共同代表たちが口を開いた。
要求はシンプルだ。
その美味しそうな果実をこちらに分ける気はあるのか、と。
強欲な怪物たちはそう問いかけていた。
『――将来的にはグループ企業内での
場の流れが変わった。
MS産業に関わるものたちはすでに、このデリング・レンブランが公認したも同然の技術のあつかいを考え始めている。
まるで悪魔のささやき――欲に駆られた人間たちが踊る様を見つめているかのような印象。
そのおぞましさに、サリウス・ゼネリは震えた。
とどめを刺すように、デリングがよく通る声を発した。
「――私に意見するものはあるか?」
いるはずがない。
サリウス・ゼネリはうなだれて、止められない時代の流れを受け止めていた。
その脇に控える義理の息子が、何を考えているかも知らずに。
――結局のところ、これは確認に過ぎなかったのだ。
――誰も逆らえない
――たとえ