ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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エピローグ
擦れッタが明日を生きるだけの話


 

 

 

 

 

 

 

――燃え落ちる星の光を、夜空に見つけた。

 

 

 

「ノレア、どうしたんだ?」

 

 キャンプ用大型テントの真ん前、たき火の前に並んで座る少女に声をかけたのは、背が高い青年だ。

 すっかり腐れ縁になった彼との旅だが、こうして不意打ちみたいに声をかけられると困る。

 どう答えたものか少し考えた末、事実を口にすると照れくさすぎるので何も言わないことに決めた。

 

「……別に」

 

「ああ、軌道上の戦闘のあとか……流れ星だな」

 

 ニュースを聞いている限りでは、数年前から続く戦争は、ようやく節目を迎えようとしているらしい。

 最近は上がりっぱなしだった物価も落ち着いてきたし、戦争の終結が近いのは本当なのだろう。

 二人はずっと長い長い旅をしている。

 戦火を逃れているのではない。

 少女はもう記憶の中にしかない、自分の故郷を探していて。

 青年は仕事を辞めてこしらえた退職金を元手に、少女の旅についてくると言い始めたのである。

 お節介なやつである。

 ぽつり、と不安が声になってこぼれた。

 

「……あの子は大丈夫でしょうか」

 

「大丈夫さ」

 

 マグカップに注いだ温かなハーブティーを手渡しながら、青年は共通の友人の姿を思い浮かべた。

 人懐っこい笑顔の、褐色の肌をしたあの娘が死ぬはずがない。

 そう信じられた。

 

「なにせ、あのスレッタ・マーキュリーだ。存外、ひょっこり僕らに顔を見せに来るかも」

 

「……そうですね。殺しても死ぬ気がしません」

 

 そして。

 少女と青年は顔を見合わせて、友人の無事を祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結論から言おう。

 つまるところアド・ステラという歴史は、戦争を求め続けた。

 ベネリット・グループ発のGUND革命は地球圏に破壊的な衝撃を与えた。ハイテクノロジーによる爆発的な進歩は、停滞して腐りかけていた社会を一変させた。

 貧者にあふれた地上は、部分的にだが急速に経済力をつけていった。アーシアンとスペーシアンという壁によって分けられていた貧富の格差が、人口規模の差というシンプルなアドバンテージによって崩されていった。

 それはあちこちに転がっていた導火線に火をつけるきっかけとなった。

 

 

 

――世界は流転し、時代は加速し、人々は流血を求めた。

 

 

 

 戦争。

 幾度となくその犠牲になったものが痛みを訴えようと、血を求める声が人々を突き動かしてしまう現象。

 圧政からの解放のために。不当な差別と搾取に抗うために。奪われた自由を取り戻すために。

 それは必然的な事象のごとく、死を引き連れてやってくる。

 

 

――人間は()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 あまりにも救いようがなく、あらゆる資源(リソース)が不足するこの世界では、欲しい未来を勝ち取るために戦いは必ず起きる。その結果、犠牲になり続ける人々がいるのに戦いをやめられないのは、不条理なほどにこの宇宙が冷たい方程式に満ちているからだ。

 人々が幸福に生きられる明日を正しいもの、望ましいものと定義するなら――戦争はどうしようもなく間違っている。

 正しくないのに、間違っているのに、それは嵐のように吹き荒れてしまう。

 だが、それは忌まわしい圧政や搾取の鎖に満ちた現在を肯定する理由にはならないからこそ――戦争はなくならない。

 

 勝ち取りたい未来のために、人は相争い、殺し合うのだ。

 そしてアド・ステラという時代は、あまりにも長く停滞しすぎたのである。

 その揺り戻し(バックラッシュ)が破壊的事象を引き起こすのは、避けられぬ流れであった。

 

 

 

――光が、弾けた。

 

 

 

 月軌道上に浮かぶ要塞が、今まさに破滅の時を迎えていた。宇宙を照らす輝きは、巨大な核融合炉が破壊されたことで漏出したプラズマの白熱光だ。

 星の光がどれほど眩く美しいとしても、殺し合いの光に人は目を奪われる。

 宇宙要塞の推進装置にプラズマの焔が回り、焼き切れた機関部が断末魔の悲鳴のような光を吐き出す。

 爆発。

 外殻が剥がれ始めた要塞のハッチを突き破って、七色に光る人型が躍り出る。

 白亜の装甲と光り輝く論理推進機関の巨人――その光の翼を持ったMSはこう呼ばれていた。

 

 

 

――〈エアリアル〉。

 

 

 

 ガンダム狩りのガンダム。

 真なる魔女のモビルスーツが、たった一機で要塞の機能を葬り去ったのを目にしてなお、兵士たちの戦意は消える気配がない。

 星々の輝きを背景にして、ちかちかと瞬く荷電粒子ビームの光。

 それは、殺し合いがやめられない人々の戦意の発露だった。

 目を細めたパイロットに対して、超光速通信で管制AIからメッセージが届いた。

 

 

『制圧目標〈クワイエット・ゼロ〉二号機〈ゲッターデメルング〉の沈黙を確認――スレッタ、お疲れ様でした』

 

 

 パーメットAIルイ・ファシネータからのねぎらいの声を聞きながら、ガンダムの中で赤毛の女はため息をついた。

 〈クワイエット・ゼロ〉二号機――宇宙議会連合の過激派残党によって建造された〈クワイエット・ゼロ〉を模倣した兵器である。

 かつてヴァナディース機関の亡霊だけがノウハウを持ち、ベネリット・グループの資本があって初めて実現した超兵器は、ここ数年で模倣可能なものに成り下がったのだ。

 それもこれも元を正すと半分くらいはミオリネのせいである。

 一時期は完全に途絶えたGUND技術の系譜は、その有用性が再確認されたことで鮮やかに人類文明へ浸透していった。

 株式会社ガンダムによって全世界に公開されたGUND技術(大本はパーメットAIであるルイ・ファシネータの供与した技術だ)は、瞬く間に次世代のインターフェースとして世を席巻したのである。

 そして世界中の資本が注がれ、技術開発が進むにつれてGUNDは魔女の秘法ではなくなった。それはガンダムもクワイエット・ゼロも例外ではない。テクノロジーによって建造可能なものは、いずれテクノロジーによって模倣されるのだ。

 時計の針はそうして前に進んだ。

 赤毛の女――スレッタ・マーキュリーは端的に自身の心情を述べた。呆れ半分の愚痴である。

 

 

「――ミオリネさんの尻拭いって楽じゃないよね」

 

 

――そういうスレッタは二つ返事で引き受けたよね、今回の仕事。

 

 

――こういうのはやめて、裏方に徹する約束じゃなかったっけー?

 

 

「それはそうなんだけど、エリクト……睨まないでよ、もう」

 

 

 脳裏に浮かんだ姉からのジト目に苦笑をこぼす。

 クワイエット・ゼロ事変で破損した〈エアリアル〉は実質的にほぼ新造されているが、中枢となるパーメットAIシステムは中のエリクトごと引き継いでいる。

 そういうわけでスレッタ・マーキュリーとエリクト・サマヤの姉妹は、あれからそこそこの歳月が経っても現役だった。

 二人が話題にしている渦中の人物は、レンブラン財団代表――この太陽系で最も有名な女ミオリネ・レンブラン。

 スレッタ・マーキュリーの大親友であると同時に疫病神でもある彼女は、控えめに言ってやることなすことすべてがえげつない。学生時代はまだ可愛げがあったと再確認させてくれるぐらいに。

 

 

――独裁者の爺さんたちにモテモテの親友ねえ……

 

 

「それミオリネさんに言うと、わりと本気で嫌がるからね、エリクト?」

 

 

――単なる事実じゃん。

 

 

 高速で宇宙空間を飛翔する〈エアリアル〉――その機影が横切った宙域には、無数のMSの残骸が漂っている。

 ダークグリーンで塗装された機体は、紛れもなくガンダムの特徴――全身に搭載されたシェルユニット――を備えている。

 宇宙議会連合によって開発された旧型GUNDフォーマット搭載MS〈ルブリス・メガセリオン〉。全身に兵器を搭載した異形の巨人、怪物じみた二四メートル級の大型MSの残骸が、月軌道上に漂っている。

 その数はゆうに六〇機を超えていた。

 ここからは月が大きく見える。動力炉を破壊された〈クワイエット・ゼロ〉二号機〈ゲッターデメルング〉が、月の引力に従ってゆっくりと落ちていくのを確認する。

 たぶんこれで、長い長い戦争にも一区切りがつく。

 〈エアリアル〉が舞う虚空は、炎と鋼の成れの果てが漂う宇宙戦争の跡地だった。

 

 太陽系大戦(ガンド・ウォー)の最後の激戦区となった月戦線――その裏側で密かに起きていた世界の危機は、人知れず白亜の妖精〈エアリアル〉によって葬り去られた。

 第二の〈クワイエット・ゼロ〉とその濫用による世界征服の脅威。

 あまりにも鮮やかで劇的だったクワイエット・ゼロ事変は、当然のように追従する模倣者を生んだのである。寡兵でも一発逆転できる超兵器という幻想は、負けが込んでいる陣営にとって喉から手が出るほど欲しい魔法の杖だ。

 〈エアリアル〉の通信システムが、広域通信帯に垂れ流されている電波を拾う。

 

 

『……魔女め』

 

『……バカな……我らの大義が……』

 

『おまえは……何のために戦うのだ……』

 

 

 撃破した敵からの怨嗟の声。

 彼らから見れば、スレッタは最後の希望を目の前でへし折った悪魔のような存在だった。

 ショックはない。

 誰も殺さずにこの戦場を制圧したスレッタ・マーキュリーは、もう少女ではなく大人だったし、戦いに対する心構えもできている。

 痛みを感じなくなったわけではない。けれど向き合うための祈りを、スレッタはもう知っている。

 

 

「誰かが戦わなくちゃいけないなら、わたしがさっさとそれを終わらせるよ」

 

 

 もうガンダムは子供兵を供物に捧げる悪魔のマシンではない。

 新型GUNDフォーマットであれ旧型GUNDフォーマットであれ、大人の兵士が乗り込み、属する組織のイデオロギーのため行使するありふれた暴力装置だ。

 今日、データストームによる障害は、GUND技術を用いた人工臓器によって軽減できることが知られている。

 元々は人道目的で安価に供給されたGUND義体は、そうして戦争利用されて――生身の身体を人工臓器と入れ替えることで、データストームの負荷を踏み倒せることが周知されたあと、人々はこぞって魔女の技術に手を出した。

 ベネリット・グループの管理下にないガンダムが地球圏にあふれかえったのは必然だった。

 あらゆる抑圧、あらゆる圧政、あらゆる差別に立ち向かうために、解放者としてガンダムは利用された。

 スペーシアンによる支配体制を打ち負かすため、あるいはその傀儡たる政府を打ち倒しアーシアンの独立を勝ち取るために。

 そういう()()()()()としてガンダムは立ち上がった。宇宙議会連合もベネリット・グループもこの嵐の時代に飲み込まれていった。

 そして。

 

 

――戦争が、ヴァナディース機関の遺産を爆発的に世界へ広めた。

 

 

 かつてのドローン戦争の惨禍も、デリング・レンブランの魔女狩りも過去に置き去りにして、時代は不可逆的に変わった。

 世界は、人間は、平和を求めなかった。

 数え切れない戦火が拡がって、GUNDがもたらした可能性を戦争のために利用し続けてきた。

 新型GUNDフォーマットによる戦争抑止は、いくつもの抜け道によって形骸化すると同時に――GUND技術は日常のあらゆる場所に普及していった。

 善悪を超えて。

 罪業を抱えて。

 正しさを踏み倒して。

 矛盾だらけの痛みを飲み込んで。

 それがミオリネの望んだ形の未来なのかはわからないが、彼女が人知れず流してきた涙を、スレッタ・マーキュリーとエリクト・サマヤは信じる。

 彼女たちはもう、子供のように無垢ではいられない。

 そう、正しくないものも愛おしいものも知っている。

 結局、ガンダムは呪いから解き放たれても戦争の道具になったけれど――それでもスレッタはこう思うのだ。

 

 

「わたしには友達(みんな)がいて、エリクトとルイお兄ちゃんがいて……好きな人もいる。手放したくない明日がある」

 

 

 身勝手かもしれない。無責任かもしれない。

 だが、大人になったスレッタ・マーキュリーは、そうして守りたいものを定めることができた。

 だからね、と呟いて。

 

 

「今でも信じられるよ、エリクト」

 

 

 水星の資源採掘基地で生まれて。

 その能力を必要とされなければ、生きる価値すら見いだされない場所でもがくように生きてきた女の子が、昔、確かにそこにいたのだ。

 実感する。

 ああ、だから自分は――アスティカシア高等専門学園に来てから、ずっと楽しかったのだ。

 必要だからではなく、ただ愛して、愛されるということ。

 ずっと抱えてきた痛みすらも乗り越えて、色あせることない黄金の日々を胸の中に抱えて、スレッタ・マーキュリーは争いの続くこの世界で生きる。

 絶望ではなく希望を誰かに伝えるために。

 さあ帰ろう、自分の帰るべき場所へ。

 

 

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()って、そう思える」

 

 

 

 

 そして。

 星の光が煌めくこの世界で、かつて少女だったスレッタは愛しい人たちの姿を思い浮かべた。

 自然と微笑みがこぼれ落ちる。

 

 

 

 

――慈しむように。

 

 

 

 

――抱きしめるように。

 

 

 

 

 

 














・太陽系大戦〈ガンド・ウォー〉/第一次太陽系大戦
人類史上、初めてとなる本格的な星間戦争。
次世代GUNDフォーマット〈アミュレット・システム〉の使用の自由化と普及、地球圏の再開発に伴って、汎用人型作業機械ガンダムは人類文明のあらゆる場所で用いられるようになった。
これにより経済的復興を遂げた一部のアーシアンに対して、スペーシアンはその支配体制を維持しようとした。
地球各地に圧政からの解放、あるいは独立を求めての紛争が拡がるのは避けられない流れだった。
こうした紛争状態の延長線として、クワイエット・ゼロ事変以来となる企業グループと宇宙議会連合の戦争も再燃した。
宇宙議会連合の過激派は、人型機動兵器としてのガンダム――〈ルブリス〉シリーズの大量配備に踏み切り、スペーシアン企業の自治体制の解体と地球への賠償を要求。
ベネリット・グループはこれに対して、他の企業グループと共に企業同盟軍を設立し、スペーシアン企業の自治存続を求めて対立。
両者の軍事的緊張状態はすぐに全面戦争に発展し、ドローン戦争以来となる宇宙戦争へと突入した。

この戦争の主役は呪いから解き放たれ、ただの兵器として位置づけられたガンダムだった。
従来のMSに比べて格段に操縦難易度が緩和されたガンダムは、アーシアンとスペーシアン双方が軍事目的で利用。
地球圏にはびこっていたあらゆる火種を巻き込んで、戦火は燃え盛り――人々はそうして戦争の愚かさを思い出した。

太陽系大戦は数年間続いた末、ミオリネ・レンブランの粘り強い交渉により、中立を貫いていた火星フロント群と木星フロント群が参戦、企業同盟軍の勝利に終わった。
この戦争の教訓によって地球社会再建の重要性が再認識され、企業の専横への自浄作用として、地球の復興が進むことになったのは歴史の皮肉である。


一説によれば――大戦の裏ではクワイエット・ゼロの悪用を目論む複数の勢力と、〈エアリアル〉の戦いがあったとされる。




・GUND技術の戦争利用
かつてヴァナディース機関とオックスアース社によって示されたMS操縦インタフェース、GUNDフォーマット。
データストームと呼ばれる致命的なフィードバックによる神経損傷問題によって歴史の闇に葬られたこの技術は、クワイエット・ゼロ事変を機に再び蘇った。
大きく分けてGUNDフォーマットには二つの系統が存在する。
新型GUNDフォーマット〈アミュレット・システム〉による超光速通信ネットワークと、これによるフィルタリングシステムを前提にしたベネリット・グループ系列。
旧型GUNDフォーマットにGUND臓器を組み合わせることで簡易的フィルターとした非ベネリット・グループ系列である。
GUND義体――パーメットによる制御システムを備えたサイバネティクスの普及は、無数の人体改造技術を花開かせ、強化人士の亜種と呼ぶべきものを広く世に浸透させた。
この戦争利用が医療用サイバネティクスに対するハードルを大幅に下げ、今日の太陽系文明における人類の繁栄を支えているのは歴史の皮肉と言えよう。



・レンブラン財団
新型GUNDフォーマット〈アミュレット・システム〉およびGUND義体の技術公開後、その管理のため設立された財団法人。
創設者にして初代代表はミオリネ・レンブラン。
数度の宇宙戦争を経てベネリット・グループが凋落したあともなお、太陽系文明における調停者として一定の影響力を保ち続けている巨大な組織である。
宇宙進出した人類の基本的人権としてサイバネティクスによる医療福祉を掲げており、人類の宇宙生活を支える基盤となっている。
しかしその運営形態は秘密主義で知られており、この不透明さから批判にさらされることも少なくない。



・株式会社ガンダム
AS322年現在(クワイエット・ゼロ事変から200年後)、太陽系最大のサイバネティクス企業。レンブラン財団とは双子の兄弟のような関係にある。
その母体はベネリット・グループ系列の教育機関、アスティカシア高等専門学園で設立された学生ベンチャー企業であった。
元ヴァナディース機関の研究者ベルメリア・ウィンストン以外のメンバーは全員がこの学園の出身だったことが知られている。
数度の宇宙戦争と社会再編に伴って規模が縮小したベネリット・グループを吸収、母体となった企業グループを完全に飲み込んだ形となった。
太陽系大戦におけるGUND技術の濫用を巡り、内部分裂があったことが創設メンバーのニカ・ナナウラの自伝で明かされており、現在でも医療義体部門(旧ヴァナディース系列)と宇宙開発部門(旧ベネリット・グループ系列)は仲が悪いことで有名。



・太陽系開発会議
第一次太陽系大戦〈ガンド・ウォー〉終結後に設立された国際組織。
レンブラン財団を中心に地球圏フロントが一体となり、木星フロント群および火星フロント群と合意を取り付けて設立された。








次がエピローグです。




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