――アド・ステラ322年(クワイエット・ゼロ事変から200年後)。
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シャディク・レンブラン ベネリット・グループ総裁
惑星間高速実習船〈スプロール〉艦内、MS格納庫にて。
最大で木星と地球の間を三〇日前後で航行可能な惑星間高速定期船は、今の太陽系文明にとってなくてはならないものだ。最近では次世代の宇宙船航行システムとして空間跳躍航法の研究が進んでいるけれど、実用化は当分、未来の話であろう。
つまり何が言いたいかというと――今もってなお船旅というのは安全であればあるほど退屈なものであり、それは船外作業実習を兼ねて乗り込んでいる若者にとっても同じということだ。
宇宙開拓時代の船乗りと違って、彼らには十分な耐放射線防護措置とナノテクによる体調管理が行き届いていて、パーメット通信によるネットの娯楽も完備されているのが大きな違いである。
とはいえ学校の実習というのは、当然のことながら各種レポートの提出期限もあるのが当然である。
そういうわけでアド・ステラ100年代前半の歴史についてのレポートを作る羽目になった学生が一人、星間ネットワークに端末を繋いで調べ物に精を出すこともありえるのだ。
複数の検索結果をホロウィンドウで眺めたあと、
「――すごい! クソ映画と歴史ゲームのフリー素材は実在したんだ!」
『君ってたまにすごいバカになるよね!』
少女に対してツッコミを入れたのは、
赤毛に褐色の肌、太い眉がチャーミングな容姿は、生前の彼女の成長をシミュレーションした結果らしい。
ちなみに自分に都合が悪くなると八歳児の姿になって「おねえちゃん 子供だからよくわかんない」と幼児退行する悪癖がある。
今だって赤毛の少女をボコボコに正論でぶん殴ってくる。
『寝ぼけてんの? そもそも元ネタありきの創作でしょ、こういうの?』
コクピットシートに形のいい尻を預けている赤毛の少女は、眉をしかめて嫌そうにため息をついた。
「わかってないなあエリクトは。VRゲームで散々ふれ合ったあの人たちがガチ実在してたって感動は格別なんだよ?」
『君の趣味のクソゲーって何かあるとジェターク仮面様が助けてくれるやつだっけ? 絶対グエルあんなやつじゃなかったと思うんだけどなあ!! そりゃ私闘でジェターク社のMSを持ち出したり……結構してるな……いや、あんなだったかも……』
「もうエリクト……【ウィッチ・フロム・テンペスト】はこの太陽系で一番売れてるゲームだよ? 今後の歴史観はこのゲームに染め上げられるんだよ? グエルさんっていったらなんかコミュイベント進めると赤いMSに乗って戦闘中に助けてくれるツンデレキャラに決まってるじゃん!!」
『それ実物知ってる僕の前で言うかなあ!!』
VR歴史アドベンチャーゲーム【ウィッチ・フロム・テンペスト】は、太陽系で今一番売れているゲーム産業の救世主とさえ呼ばれている一大コンテンツだ。
地球圏を自由に散策できるアドベンチャーパート、複数の勢力の思惑が絡み合う骨太な歴史パート、そしてMSシミュレーター並みと評価されながら爽快感のあるアクションパートから構成されており、その中毒性から社会問題になるほどのエンターテイメントだった。
ボリュームとゲームプレイの楽しさが両立している超大作というわけなのだが、このVRゲームには一つ致命的な欠点があった。
赤毛の少女のように史実と混同する、あまり歴史に興味がないカジュアル層に対して深刻なミーム汚染を残していったことである。
歴史好きの一部がアド・ステラ100年代を語るときに名前を出す程度だった人物が、今では歴史ゲームの濃いキャラ付けに侵食されている有様なのだ。
「あ、わたしはエラン・チームも好きだけど? アイアン・シャディクもいいと思う!」
赤毛の少女がホロウィンドウで無邪気にゲームのPVを再生した。
エリクトは限界だった。
流石に顔見知りが謎のスーパーヒーロー面してる無駄に高度なAI生成ムービーシーンを投げつけられると、エリクト・サマヤとてツッコミを入れざるをえない。
なんやかんや身内判定の入ってる相手なのである。
必ずしも性格がいいとか善人だとか思っているわけではないが、まあ悪い奴らじゃなかったと思うぐらいの情は湧いている。
なので困惑が勝った。
『エランとシャディクが何をしたんだよ! 死後に謎のキャラ付けされる謂われはないだろ!!』
「死後一〇〇年も経てば歴史上の人物はフリー素材なんだよエリクト……ほらこっちの歴史改変軍と戦う【デスティニー・オーダーズ】では絶世の美女のデリング・レンブラン総裁がいるし……」
『虐殺おじさんもここまで愚弄されてると流石に哀れになってくるな……』
「コミュ障未亡人キャラでよくない目で見られててセールスも上位だったんだよね……ちなみに今は水着デリングが夏イベントでリリースされて売り上げがすごいことになってるよ。何故か娘のミオリネ・レンブランよりコスプレ差分が多くなってるよ総裁は」
『僕の記憶容量にゴミみたいな情報を刻むのやめてよぉ!!!!』
「ほらこれがアスティカシア高等専門学園の制服バージョンのデリング・レンブラン(♀)」
銀髪巨乳美女をホロウィンドウに表示され、エリクトは流石に叫んだ。
『誰だよこいつ!? これもうミオリネでいいだろ!!』
「ミオリネ・レンブランはなんか史実が脳裏をよぎるって理由で未亡人キャラのデリング・レンブラン(♀)の方が人気なんだよエリクト」
『この世界は狂ってるよ……!!!!』
頭を抱え始めたエリクトを横目に、赤毛の少女は適当にレポートをまとめ始める。
やはり功罪の大きさやネームバリューで言うなら、ミオリネ・レンブランが一番レポートをまとめやすいところはある。良くも悪くも第一次太陽系大戦〈ガンド・ウォー〉後の社会再編で大きく影響した人物だし、あのレンブラン財団やガンダム・グループの創設者でもあるのだ。
どこを切り取っても美味しすぎる。
偉大な歴史的英雄としてまとめてよし、GUND技術を世にばらまいて混乱を招いた大悪人として罵倒してよしである。
まるで万能調味料のようにどんな歴史観のレポートを書いても馴染む。それがミオリネ・レンブランという素材である。
ボンクラ学生の救世主と言えよう。
世界史の講師からレポートがボコボコに添削されるのは考えないものとする。
ちなみに少女の属する学校は、もろに旧ベネリット・グループ資本の流れをくんでいる。
彼女の所属する学園――アスティカシア高等専門学園は創設から二〇〇年以上の歴史がある伝統的教育機関であり、学園の伝統について誇りも持っている。
少女がわざわざアスティカシア高等専門学園の関係者について検索エンジンで調べていたのも、それが一番、興味が持てる対象だったからだ。
それに個人的な理由もある。ふとキーボードを叩く手を止めて、少女はため息をついた。
「――どうしてわたし、スレッタ・マーキュリーなのかなあ」
――彼女はご先祖と同じ名前を持っている。
そして当然、同姓同名のご先祖様が出てくる歴史ゲームを遊んでしまうと、その名前をネタにからかわれることもある。
こうなってくると俄然、気になってくるのが自分のルーツである。
スレッタは『うわっ……デリング・レンブランの画像検索が汚染されてる……AIのフィルタリング間に合ってないじゃんこれ……』と恐怖におののくエリクト・サマヤをちらっと盗み見る。
エリクトは自称アド・ステラ100年代生まれのパーメットAIである。
嘘か本当かは知らないが、少なくともスレッタの祖母の代のときにはすでに先祖代々から続く守り神みたいなポジションだったとか。
控えめに言って激動の時代と言って差し支えないアド・ステラの大戦期をスレッタの一族が生き延びてこられたのは、こと電子戦では無敵に近いこのスーパーAIがいたからだ。
幼くして父母を宇宙作業中の事故で亡くしたスレッタにとって、エリクトはかけがえのない家族だった。
「っていうかエリクト、わりと疑問だったんだけどさ?」
『うん、何?』
「わたしのご先祖様の方のスレッタって結局、誰と結婚したの? 既婚者だったって情報は出てくるわりに相手がわからないんだけど」
『第二次太陽系大戦の混乱でその辺の情報ごそっと欠損したからねー……ごめん、家族の恋愛事情は秘密にしておきたいかなあ』
意外な答えだった。
軽薄なエリクトのことだから、さぞノリノリで答えてくれると思ったのに。
「えぇ!? なんで!? ご先祖様のことだよ!? 教えてくれたっていいでしょー!?」
『そりゃあ僕も、君は誰とキスをするとか煽ったけどさぁ! 妹の真剣な恋愛事情を茶化して話すのは気が引けるっていうか……』
「変なところで義理堅いのが腹立つよエリクト……!!」
散々、スレッタに当事者面をしておいてこれである。
ちなみにスレッタ・マーキュリー(ご先祖様の方)は【ウィッチ・フロム・テンペスト】ではめちゃくちゃ強いNPCである。
MS戦をしていると何故か「わたしと友達になってください!!!!」と言いながらガンダムに乗って乱入してくる上、理不尽に強いために大抵のプレイヤーは
大きく分けて企業ルート、宇宙議会連合ルート、地球ルートの三つの分岐シナリオが用意されている【ウィッチ・フロム・テンペスト】において、何故かどのルートを選んでも戦う羽目になるすごいキャラなのだ。
実質的にイベントバトルと言われている所以だが、一部のやりこみガチ勢はゲームスタート直後の状態でも倒せることを証明、さらに第四ルートが発見されたのは記憶に新しい。
さておき、スレッタ・マーキュリー(子孫の方)は深々とため息をついた。
「ううっ……ゲームじゃあんなに強いご先祖様がいると肩身が狭いよぉ……」
『クソゲーで理不尽NPCにされてる妹を見せられた僕はやるせないよ?』
「まぁ……わたしも馬鹿にしてきた相手は〈エアリアル〉でボコボコにしてるんだけど」
『そういうところ、すご~く君のご先祖にそっくりだと思うよスレッタ……』
ちなみに今スレッタが乗っている〈エアリアル〉は当時品――つまりはあのクワイエット・ゼロ事変で活躍した初代〈エアリアル〉のこと――の復刻レプリカ品である。
レンブラン財団からのデータ提供で精巧に再現された〈エアリアル〉は第七世代GUNDフォーマットを採用しており、もちろんデータストームなどという野蛮な事象とは縁がない。
個人所有のMSが珍しくない昨今、大ヒットVRゲーム【ウィッチ・フロム・テンペスト】でのあつかいも相まって、やたらと人気の機種である。
ちなみに他には〈ダリルバルデ〉と〈ファラクト〉のレプリカモデルが人気になっているあたり、やはりゲームで活躍したかどうかが一番の判断材料らしい。
自分の愛機の中でしばらくぼーっとしていたスレッタは、ふと、これだけは訊いてみたかったことを尋ねた。
「あのさ、エリクト……ご先祖様って幸せだったのかな?」
エリクトはきょとんとしたあと、等身大ホログラムでつかつかと〈エアリアル〉のコクピットに近づいてきて。
にっこりと笑った。
それはたぶん、心からの笑顔だった。
『あの子が不幸な人生なんて、僕が許すわけないじゃん』
一般的に、ご先祖の方のスレッタ・マーキュリーが駆け抜けた歴史は、嵐の時代と呼ばれている。
ここ二〇〇年間で最も波瀾万丈の時期だったと言ってもいい。
きっとそんな時代を生きるのは楽なことではなかったろう――そう、後世を生きる子孫のスレッタは思ったのだけれど。
エリクトの言葉には不思議な説得力があった。
『――あの子は普通の女の子だったよ、人よりちょっぴり頑張り屋さんだっただけでね』
しみじみとそうエリクトが語ったときだった。
〈エアリアル〉のシステムがホロウィンドウを展開、見知った相手からの暗号化回線が開いた。
その名義がもう一人の家族と言うべき相手だったので、スレッタ・マーキュリーは顔をほころばせた。
「あ、ルイおじさん!」
『お久しぶりです、スレッタ』
パーメットAIであるルイ・ファシネータは、少女の財産管理をしており、エリクト・サマヤとも馴染み深い相手だ。
この手の高度AIの人権が認められた第三次太陽系大戦(今からざっと四半世紀は前の話だ)の前後、人格型AIの権利向上のためにいろいろな活動を行っていたと聞く。
技術革新によって押し広げられた人類の可能性と活動限界に合わせて、人類そのものの定義も拡張される。
生まれたときからそうだった若い世代である少女には実感できないけれど、そうやって社会の価値観を刷新していくのは、並大抵の努力ではあるまい。
彼女にとっては優しいおじさんであるルイ・ファシネータだったが、エリクト・サマヤはどうにも苦手にしているらしかった。
『ちょっとルイ、何の用なのさ。今スレッタはレポート作成中なんだけど』
『いえ、せっかくスレッタが木星研修から帰ってきたんですから、お祝いでもどうかと思いまして』
『甘やかすなよー、君はたまに会って優しくしてりゃいいんだから楽だろうけどさー』
ホロウィンドウを睨むエリクトはちょっぴりご機嫌斜めだった。
以前に聞いたところでは、ミオリネ・レンブラン存命中に散々こき使われたことでちょっとした遺恨があるらしいのだが。
まあそれも今を生きるスレッタには関係のないことだった。
「ちょ、ちょっと二人とも喧嘩しないでよ……」
保護者と親戚のおじさんという感じで対立する二人――どちらもパーメットAIで二〇〇年前の価値観なら
そんな彼女を無情な現実に引き戻したのは、生身の人間の声だった。
「あ、こんなところにいた!!」
この実習船に乗り込んでいるアスティカシア高等専門学園の学生である彼女は、スレッタにとっては腐れ縁の幼馴染みだった。
与えられた自室より〈エアリアル〉のコクピットの中の方が落ち着くので、ここでレポート作成をしていたのだけれど。
そんな少女の気持ちは、幼馴染みにバレバレのようだった。
「ちょっとスレッタ、今日が提出期限のレポート、出してないのはあんただけだからね? 流石にもうできたわよね――」
「うげっ」
スレッタは濁ったうめき声を出したあと、とりあえず、頼れるパーメットAI二人に声をかけた。
困ったときは誰かの手を借りる。
これぞ宇宙生活者の必須技能なのだ。
「エリクト、ルイおじさん! 学校のレポート作るの手伝って!!」
――あらゆる出来事を過去へと追いやって。
――世界は回り、時代は変わり、人間は生きる。
――今はただ、目一杯の祝福を君に。
ガンダム狩りのスレッタ - 了 -
これにて完結です。
自分なりに書きたいものが書けたと思います。
ありがとうございました。