ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタがエランとお話するだけの話

 

 

 

 

「わわわ! このデミトレーナー、すっごい操縦感度悪くないですか!? ふわぁ……」

『あんた好みの感度ってピーキーすぎてついていけるやついないわよ!?』

「ふわぁ……お借りしてる機材で言うのも何ですけど、反応が鈍いです! はふぅ……」

『マゾ向けの設定にするのはやめなさいよ! あとで貸したMSの調整するのこっちだからね!?』

 

 真昼の演習場にて。

 通信越しに怒鳴り合う少女二人がいた。

 片やスレッタ・マーキュリー、グエル・ジェタークを破った新たなるホルダーである。

 もう片方はジェターク寮メカニック科の二年生、ペトラ・イッタである。

 一見すると因縁深そうな組み合わせの二人は、今、協力して一つの課題に挑んでいた。

 

 

――地雷原走破課題。

 

 

 行われているのはMSを使った実技試験、対MS地雷原を観測手(スポッター)からの情報を元に、最低限の光学情報で走り抜けるというものだ。

 この学校におけるパイロット科が、スペーシアン学生に対する、地上戦を見越した軍事教練の性質もあるものだと実感させる内容。

 ブリオン社製の訓練用モビルスーツ〈デミトレーナー〉――四角いパーツを組み合わせた無骨なシルエットが特徴のマシンだ――を使った実技試験は、パイロット科の必須履修科目である。

 そしてこの実習にはスポッターが必須であり、いろいろと悩んだ末、スレッタ・マーキュリーは最近、連絡先を交換したばかりのジェターク寮の面子に相談。

 なんやかんやあって、メカニック科のペトラが助っ人に来ることになったのである。

 それもこれも、やはり新旧ホルダーのあの伝説の一戦の経緯が大きい。

 

 

――スレッタ・マーキュリーはグエル・ジェタークの強さに感銘を受け、もう一度、手合わせしたいと自ら頭を下げに来た。

 

――その結果があのほぼ引き分けと言っていい決着である。

 

――ゆえに二人の間には尊敬と信頼が芽生えている。

 

 

 おおむねそのように流布されたスレッタとグエルの二回目の決闘の経緯は、すぐにジェターク寮の生徒たちの知ることとなり、彼らからのスレッタに対する好感度はぐっと上がったのだ。

 さらにこの水星女が、今まで日陰者としてあつかわれてきた妾腹の子であり、勝利のために必死だったという説明も付与されると、もう物語は仕上がっていた。

 不遇だった妾の子が王者グエル・ジェタークと出会い、学園最強のプライドに目覚めてその座を継承した、という金枝篇めいたストーリーが。

 これがよかった。

 もはやジェターク寮においてスレッタは、いずれ倒すべき壁であり、尊敬すべき好敵手と見なされている。

 要するにかなり友好的になっている。

 実習課題の機材が足りず困っていると相談すれば、二つ返事で助っ人がやってくるぐらいには。

 

『っていうか、さっきからあくび多過ぎ! あんた真面目にやるつもりある? 私はラウダ先輩に会う予定引き延ばしてこっちに来てるんだからね?』

「しゅ、しゅいません……昨日は他の寮の子が夜襲してきて……その対応で眠れなくって……」

『はぁ? 夜襲?』

 

 昨晩は大変だったのだ、とスレッタは説明する。

 地球寮に忍び込んでの妨害工作をしようとした他寮の女子生徒二人が、地球寮の増設されたセキュリティに引っかかって大変なことになったり――激怒したチュチュによる鉄拳制裁が振るわれたのは言うまでもない――したり、彼女たちの属していた寮がその件で激怒し、深夜にもかかわらず報復をしようとしてきたり。

 実にアスティカシア高等専門学園らしい治安の心温まるエピソードである。

 校内カーストが弱小もいいところの地球寮にわざわざ身体を張って嫌がらせに来る寮など、やはり母体となる企業の立場はあまり強くないのが恒例だ。

 つまりは社会的立場が弱い者同士の乱闘になりかねなかったのであるが、これを収めたのがスレッタ・マーキュリーの一言であった。

 

 

――わ、わわっ、わかりました! 決闘で決着をつけましょう!

 

 

 グエル・ジェタークを病院送りにしたホルダー〈血まみれの(ブラッディ)スレッタ〉からの誘いである。

 怖すぎて向こうから土下座してきたのは言うまでもない。

 

『何それ、おもしろっ!』

「面白くないですよ、なんですか〈ブラッディ・スレッタ〉って!」

『それはまあ、グエル先輩にあんたがした仕打ち考えると、ねえ?』

「ううっ……わたしは普通の青春が送りたかったです!」

『ホルダーが何言ってるの……一時方向に地雷あるわよ、ほら回避する!』

「わわっ、ありがとうございます、ペトラさん!」

 

 雑談の片手間にこの難関の実技試験を突破していくスレッタ・マーキュリーは、やはりとんでもない凄腕だと実感するペトラだった。

 結局、スレッタは初見で一発合格という快挙を成し遂げ、教官たちを驚嘆させることになる。

 

 

 

 

 

 

「スレッタ・マーキュリー。ちょっといいかな」

 

 放課後、ミオリネの温室の前にいたスレッタに声をかけてきたのは、背の高い美男子であった。

 エラン・ケレス。

 スレッタが言うところのイケメンである。

 

「エランさん!」

「はぁ? エラン?」

 

 温室の奥から顔を覗かせたのはミオリネ・レンブラン。

 先日、さながら学園の支配者のごとき宣言をした理事長の娘である。

 

「あんた、何の用よ?」

「君に用はないよ」

「知ってるわ。いい? この子に近寄る悪い虫には、私、容赦しないからね?」

「…………君って意外と見苦しい人間だったんだね」

 

 無表情なまま毒を吐くエランは、先日の「マネキン王子」の罵倒以来、ミオリネに対して厳しかった。

 二人の険悪な空気に慌てたのはスレッタだった。

 

「み、みみ、ミオリネさん!? 大丈夫です! エランさんは悪い人じゃないですよ、たぶん!!」

「あんたのそういうところが不安なのよ……」

 

 荒ぶるミオリネをなんとかなだめて――事後の報告をちゃんとするのが条件と釘を刺された――エランとスレッタは二人並んで歩き出す。

 少し散歩しながら話をしたい、というのがエランからの誘いだった。

 温室があるエリアには、人工物ではない本物の樹木が植林されている。

 その木立の間の遊歩道はよく整備されていて、ちょっと話しながら歩くのにピッタリなのだ。

 スレッタがし始めたのは、今日の授業の話だった。

 ペトラの力を借りて一発合格できたこと、余った時間はペトラとの雑談に当てて、MSの話題で盛り上がってさらに仲良くなれたこと。

 たくさんの嬉しいことを、エランに対して話した。

 

「わたし、〈エアリアル〉以外のMSに乗るの久しぶりなのでわくわくしちゃいました! やっぱり〈デミトレーナー〉系列は挙動が素直で面白いですよね」

 

 モビルスーツに親しみを感じているような口調――スレッタ・マーキュリーの出身地を思い出した。

 

「君は水星の開拓地(フロント)の出身なんだっけ?」

「はい。わたし、ずっとモビルスーツに乗ってきたんです。水星の資源採掘基地で人命救助(レスキュー)のお仕事をしてて。二年前までそういう暮らしだったんです」

「……一五歳までずっと、モビルスーツを?」

「はい。そのころは別に寂しくなかったんですよ? 仕事で忙しくて中々会えなかったんですけど、お母さんも生きていて」

「……ごめんね、つらいこと聞いちゃって」

「い、いえいえ! わたしが勝手に話してることですから、エランさんは気にしないでください」

 

 デリングの妾腹の子。

 スレッタ・マーキュリーの出自に関する噂は、他人との交友関係のないエランもよく知っている。

 この太陽系でも有数の権力者の子が、ガンダムに乗っているなどどう考えても正気の沙汰ではなかったが――スレッタの話を聞く限りでは、そもそも親の庇護を得られていたわけではないようだった。

 彼女の支援者である企業、シン・セー開発公社についても調べてみたが辺境の資源採掘業者に過ぎず、あまり豊かな暮らしを送れていたようには見えない。

 表に出てきては都合の悪い子供は、日陰者として辺境に追いやったわけか。

 

「えらいね……一五歳までってことは、この学園に入るまでは何かしてたの?」

 

 それがエランの一番聞きたいことだった。

 スレッタはちょっと困ったように眉根を寄せて。

 

 

「えっと…………ごめんなさい、詳しいことは喋れないんですけど……やっぱり、()()()()()()()()()()()()()をしてました。辛くて、苦しくて、いろんなことがありましたけど……地球に来られたのはよかったです。ずっとアーカイヴの映像でしか知らなかったから」

 

 

 なるほど。

 この二年間でガンダムに乗るための魔女に仕立て上げられたわけか。

 たとえば自分のように、ペイル・テクノロジーズがこうして強化人士の実験をしているのだ。

 同じベネリット・グループの最高権力者が、似たような腹黒い真似をしていても不思議ではなかった。

 

 それにしても二年間とは、ずいぶんと長持ちしたんだな、と思う。

 他の実験体で得られたデータを元にして、最終的な調整を我が子に施したのだろうか。

 もしそうだとすれば、デリング・レンブランというのはさぞや冷酷非情で血も涙もない男なのだろう。

 血を分けた我が子を、強化人士に仕立て上げて決闘ゲームに送り込んでくるのだから――あるいはそういう狂気こそが、この時代(アド・ステラ)の権力者には必要なのかもしれない。

 

「地球のこと、知ってるんだ」

「はい! その、学園の皆さんはあんまりいい印象がないみたいですけど……夕焼け空とか、夜の星空とか、夜明けの空とか……スクリーンの投影映像とは違う、綺麗なものがいっぱい見られるんですよ。だからわたし、水星が故郷ですけど、地球のことも好きなんです」

 

 地球にもベネリット・グループの拠点はあるし、事実上の治外法権になっている地域は数多いと聞く。

 極秘裏に強化人士の実験をするなら好都合だったろうな、と思う。

 現地のアーシアンを検体にすれば、調達も廃棄もさぞ簡単だったろう。

 使い捨てのモルモットにはアーシアンを用いて、本命の駒には父親への忠誠心が厚い妾腹の子を使う。

 

「そっか。いろんな思い出、あるんだね」

 

 如何にも企業の腹黒い権力者たちがやりそうな手口だった。

 何せエラン自身、そうやってペイル・テクノロジーズによって調達された地球人(アーシアン)の難民の一人だったのだから。

 そうだったらしいと聞いているだけで、自分ではもう何も思い出せないのが皮肉だが。

 そんな思い出を持っている彼女のことが、羨ましいと思った。

 

「で、でで、でも! 今は楽しいですよ! 学園に来てから、いろんなことが眩しくて! 友達もできました!」

「友達?」

 

 尋ねると、スレッタは指を折りながら友達の数を数え始めた。

 本当に幸せそうに微笑みながら。

 

「はい! えっと、ミオリネさんに、地球寮の皆さんに……グエルさん、ラウダさん、ペトラさん……今度フェルシーさんも紹介してもらえるって話で……すごいんです! 両手の指を全部使っても数え切れないぐらい、友達がたくさんできました!」

 

 そして一拍おいて、少女はちょっと照れくさそうにこう言った。

 

「そ、そ、そそ、それから、もちろんエランさんもお友達です!」

「僕も?」

「え、えっと、ご迷惑でしたら……」

 

 別に嫌なわけではなかった。

 むしろ少し心地よく感じている自分に気付いて、強化人士四号(エラン・ケレス)は驚いた。

 

「いや。君が迷惑じゃないなら、それでいいよ」

「も、ももも、もちろんです! よろしくお願いしますね、エランさん!」

 

 そして。

 スレッタ・マーキュリーは心の底からの笑顔を少年に向けるのだった。

 朗らかで、優しくて、花開くような笑みを。

 

「君は……」

 

 

 

――こんなにも残酷な世界で、どうしてそんな風に笑うことができるんだろう?

 

 

 

 このときエラン・ケレスは、少女のことをもっと知りたいと思ったのだ。

 それが好奇心なのか、もっと違う感情なのか――自分でもわからないままに。

 

 

 

 

 

 

「無害化されたGUND(ガンド)フォーマットとは……我々の投資も無駄になったかもしれないわね」

 

 ラグランジュポイント四、ペイル・テクノロジーズ本社フロントにて。

 宇宙空間に浮かぶ巨大な人工居住空間の中に、その薄暗い部屋はあった。

 先端技術でMS産業をリードする御三家の一つ、ペイル社。

 それを支配する四人の共同代表――頭髪を剃って、顔面以外の頭部を環境適応生地の布で覆った四人の老女たち。

 身長も体格も顔つきも異なるのに、同じ衣装と同じ化粧をしているからか、異様なまでに四人で一つという印象を見るものに与える女たちは、向き合って席につき今後の方針を話し合っていた。

 

「もしシン・セー開発公社の発表が事実なら、GUNDフォーマットを巡る環境は大きく変わったことになります。あのデリング・レンブランが認可したのであれば、地下で違法な研究をする必要もなくなります」

「こうなってくると強化人士計画そのものがリスクね? 施術済みの検体……四号と五号の殺処分も検討すべきかも?」

「強化人士四号も五号も、まだ耐久値(じゅみょう)は残っていたと思ったけれど、もったいなくないかしら?」

「今、一番突かれて痛い物的証拠は、あの子たちの肉体そのもの。カテドラルの協約違反のテクノロジーが詰まっているわ」

 

 もし処分するのであれば、()()()()()()()の準備をしなければならない。

 役目を終えたものは数十万度のプラズマで焼却処理され死体も残らず浄化される――合理主義を通り越した信仰、炎を神聖視する原始宗教のごとき思考回路。

 それがペイル・テクノロジーズという企業を動かす首脳部の思想であり、さながら科学技術崇拝者(テクノロジー・カルト)と呼ぶべき存在だった。

 

 そのとき、彼女たちの脳組織に侵襲しているデバイスに着信。

 ナノテクで生体組織に抗老化処置(アンチエイジング)を施し、情報通信技術によって認識を共有すべくパーメット利用端末を埋め込んだ彼女たちは、一種のサイボーグであった。

 そんな共同代表たちに指示を伝えたのは、ペイル社を実質的に支配する機械知性だ。

 

 

――戦略型高度AI〈ペイルグレード〉の外付け装置。

 

 

 それが四人の共同代表の正体であり、本質であった。

 〈ペイルグレード〉という神託機械(オラクルマシン)に仕える神官たちのコミュニティ。

 かのAIからの指示は簡潔だった。

 

 

――デリング・レンブランがガンダムを認可したも同然である以上、実用化の速度が最も重要である。

 

 

――シン・セー開発公社からの技術供与のタイミング次第では、ペイル・テクノロジーズの技術的優位が消える公算が大きい。

 

 

――最も確実な手段は〈エアリアル〉の実機からのリバースエンジニアリングである。

 

 

――ゆえにアスティカシア高等専門学園の決闘システムは有用である。

 

 

 すべての指示を理解した老女たちは、先ほどとは打って変わって、強化人士たちに好意的な意見を口にし始めた。

 

 

「では、四号にもまだ使い道がある。素晴らしいことね。四号がダメになっても五号でリベンジできる、これはとても有意義なことです」

「強化人士には捨て駒になってもらいましょう。ペイル・テクノロジーズの栄光の礎としてね」

「では〈ファラクト〉の準備をしないとね。デリングのおかげでついに表に出せるわ」

「ベルメリアにももっと働いてもらわねばなりません」

 

 

 他者の生命を、()()()()()()へ捧げる供物程度にしか考えていない老女たち。

 彼女たちはこれまでのような繁栄を手にすべく、何のためらいもなく、声も高々にこう謳うのだった。

 

 

 

 

「「「「――すべてはペイル・テクノロジーズのために」」」」

 

 

 

 

――異口同音に喋るその姿は。

 

 

 

 

――まるで地面を這い回る毒虫のように醜怪(グロテスク)だった。

 

 

 

 

 




地球寮のセキュリティ強化されたので、カメラアイに遮光スプレー事件は未遂で終わりました。
ジェターク寮にコネができたので、観測手も無事にペトラが務めました。
相変わらずアーシアン差別はありますが「あのスレッタの身内なら」とやや態度が軟化している模様。

ペイル社は普通に悪い奴らです。
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