『現在、我々の計画の
『〈エアリアル〉とスレッタ・マーキュリーは
『そこでペイル・テクノロジーズの研究の産物を利用します。彼らが行っていた強化人士計画――非人道的な人体実験とその被験者、およびそれを搭乗者としたガンドアームの存在を掴むことに成功しました』
『――〈ファラクト〉。基幹システムは〈ルブリス〉亜種の域を出ませんが、搭乗者の側を選別し、データストーム耐性を人為的に引き上げることにより、高負荷を前提に高い戦闘能力を発揮するよう調整されたモビルスーツです』
『ペイル社の〈ファラクト〉は現状、〈エアリアル〉以外で最強のガンドアームです。いわゆるガンダムの呪い……
「両者を潰し合わせ、パーメットスコアを上げる……それがお前の目論見というわけか」
『はい、閣下。GUND-ARMが〈ルブリス〉のコンポーネントを流用して動作している限り、私の
言葉を区切ったあと、
『ご安心を。我々の〈エアリアル〉は決して負けません。そのための彼女なのですから』
ルイの言葉を聞いても、デリング・レンブランは表情一つ変えなかった。
次に彼が発した言葉には、スレッタ・マーキュリーへの全幅の信頼があった。
それは敬意にも似て。
「当たり前だ、ルイ・ファシネータ――スレッタ・マーキュリーは戦士だ。自らの罪を背負い、前へと進むため戦うものが、
ゆえに男はこう言い放ち、会話の終わりを告げた。
「結末の分かりきった勝負に興味はない。結果が出たら報告しろ」
『失礼致しました、閣下』
そして通信が切れたあと、ルイ・ファシネータは独りごちる。
それはどこか、親しい友人に話しかけるような、親愛の籠もった口調だった。
『――エリィ、君たちは
彼は一途にこいねがう。
少女たちが到達する
『エラン・ケレスを名乗る彼と〈ファラクト〉は強敵だ。勝ってくれよ、二人とも』
◆
「あのマネキン王子が
ミオリネ・レンブランは荒ぶっていた。
ちょうどネコ科の動物が外敵を威嚇するときはこんな感じかな、と思わせる怒りっぷり――美人が怒ると迫力があると地球寮の面子を感心させるぐらいに。
事態の経緯はこうである。
いつまでも夕食の席に着かない異母妹を探しに行ったミオリネが、MSハンガーの方を見て回ると、そこには静かに涙を流しているスレッタ・マーキュリーがいて。
泣きながら事情を説明されたミオリネ・レンブランは激怒した。
「――あのマネキン野郎、泣いたり笑ったりできない身体にしてやるわ!!! 情緒不安定すぎるでしょ、デートの約束を取り付けたその日にキレて喧嘩売りに来るって何!? あいつなんなの!?」
まあまあ落ち着いて、となだめるマルタンを横目に、地球寮の面子も顔を見合わせている。
想定される事態がどう考えても最悪なのだ。
「ミオリネが怒ってる分にはマシ。むしろこの情報がジェターク寮に流れた方がヤバいだろ。ノリノリで喧嘩ふっかけるぞ」
ヌーノの冷静な指摘。
「あいつら最近スレッタと仲いいからなー……ジェタークとペイルの紛争の引き金がスレッタかよぉ」
ドン引きするオジェロ。
「ジェターク寮全員が浅はかだとは思わないが、あのグエル・ジェタークだからな……義憤でどう動くか読めない」
アリヤもそれが現実的にあり得る事態だと首肯する。
それを聞いてスレッタは慌てた。
「わ、わたし、そういうのは望んでないです!」
わたわたと両手を突き出して、「ストップ」のジェスチャーをしながら、少女は自分の意思を全身でアピール。
「どうしてエランさんがあんなことを言ってきたのかは……わかりません。でも、決闘は別に問題ないです」
「どうしてだい?」
ティルの問いかけに、スレッタはこう答えた。
「だってエランさんより
強がりではなく真剣な目だった。
こうしていると彼女が、ひどく傷ついて泣いているだけの女の子ではなく、
「は、はは……流石はホルダーだね、安心したよ」
そう言いつつ、ややマルタンは引いていた。
スレッタ・マーキュリーは基本的に腰が低くて優しい子だが、こういうときかなりおっかない少女だと学びつつある。
腕っ節だって、体格に恵まれていて格闘術か何かをやってるようだから、地球寮の大半のメンバーより強いだろう。
よく考えなくても武闘派なのだ、普段はそう見えないけれど。
「戦うのはペイル社のMSですよね……ちょっと今の〈エアリアル〉だと機動性が足りないかもしれません。シン・セー開発公社の方に何かいい既製品のパーツを送ってもらえないか、尋ねてきますね!」
思いついたが早いか、涙を拭く暇も惜しいとばかりに通信設備の方へ走っていくスレッタ。
そんな彼女の後ろ姿を見送りつつ、アリヤが現状でできる分析を口にした。
「相手が何を出してくるかわからないが、ペイル社の選抜パイロットである以上、〈ザウォート〉系列か……グエルが〈ダリルバルデ〉を出してきたように、〈エアリアル〉に勝てる見込みがあるだけのMSを用意してると見るべきだ」
「すっぴんの〈エアリアル〉のままだとヤバいんじゃ……」
「不味いだろうね。スレッタは結構、決闘を重ねて動きも性能も観察されている。今回の決闘は、エラン・ケレス個人の意思というより、バックにいる企業の意向かもしれない」
オジェロの不安げな声をティルが肯定する。
実際、彼の推測は九割方、正解だった。
「なんか強化パーツの当てある人、いるかなぁ?」
マルタンの問いかけに応える面子は皆無だった。
「ははは、そうだよね……うちの予算じゃそんな余分なパーツないよね……」
「ないなら作りましょう! 突貫作業になりますけど、適当なジャンクパーツを仕入れてきて――」
ニカが提案したときだった。
スレッタが声を弾ませて駆け込んできた。
「ミラソウル社製のフライトユニット、三日後に送ってもらえるそうです! 未使用のMS用外付けブースターがあったみたいで、今から大急ぎで届けてくれるそうです!!」
「嘘ぉ!?」
「ミラソウル社って言ったら、MS用推進器の分野じゃ中堅の老舗だよ! かなりいいのを引いたね、スレッタ!」
いつの間にか「さん」付けをやめるようになっていたニカが、嬉しそうに顔をほころばせた。
スレッタにきちんとした支援が届くのも嬉しければ、メカニックとして老舗の推進器を弄れるのも喜ばしいのだ。
テンションの上がっているニカに対して、他のメカニック科二年生たちは悩ましげだった。
「三日後かあ……」
となると残り日数は四日間。
「フライトユニットの点検に一日、〈エアリアル〉本体への装着作業と点検に一日、実機試験に一日、最終調整に一日ってところかな? 到着から四日間もあるんだからなんとかなるよ」
「マジかよニカ、本気か?」
ヌーノが思わずそう呟くと、耳ざとく聞きつけたチュチュがキレた。
「はっ? ヌーノてめえ、ニカ姉ができるって言ってるの疑ってんのか?」
「なんでそこでキレるんだよ!? そりゃできねえとは言わないけどよお……」
「最悪スクラップからブースターでっち上げる覚悟だったし、それに比べれば既製品使えるなんて天国だろ、な?」
メンチを切るチュチュ、慌てるヌーノ、フォローするオジェロ。
「そうだね。今のうちに点検項目と実機テストのチェックリストを作っておこう。データはメーカーの製品ページからダウンロードできるみたいだし、事前に読み込んでおけばすぐ終わる」
ティルはそう言って早速、作業に取りかかっているようだった。
いざやるべきことが明確になると、地球寮というコミュニティは団結力が強い。
迫害されている側のマイノリティということもあり、身内での団結力はどこの寮よりも強いのだ。
そんな彼らの協力に励まされたのか、スレッタはすっかり涙の引いた顔でみんなを見た。
「み、皆さん……〈エアリアル〉の調整、よろしくお願いします!! わたし、絶対に勝ちますから――」
任せとけ、という力強い返事が返ってきて。
少女は嬉しそうに微笑んだ。
「――デートの約束、きっちりエランさんに守ってもらうんです!!」
スレッタ・マーキュリーは絶賛、色ボケしていた。
◆
――数日後。
◆
「先輩の娘さんが……デリングの娘……? そんなことって……そんな残酷なことって……!」
一人の中年女性――若い頃は美人だったのだと察せられる容姿だが、長年の苦労が顔に出ている――が、端末に表示されたデータを見てうめき声を漏らしていた。
彼女の名はベルメリア・ウィンストン。
ヴァナディース機関の生き残り、いわゆる魔女と呼ばれる研究者の一人であり、非道な人体実験を繰り返して強化人士計画を進めてきた張本人である。
彼女が目にしているのは、先日の会合で判明した、デリング・レンブランの新しいGUNDフォーマットとその開発経緯に関するレポートだった。
新しいGUNDフォーマットが人体に無害であるという情報も衝撃的だったが、何より、ベルメリアにとって残酷だったのは。
死去した開発者の娘であり、そのガンダムのテストパイロットだという少女――スレッタ・マーキュリーに色濃く、エルノラ・サマヤの面影があることだった。
ヴァナディース事変のあと、ベルメリアとエルノラは一度も顔を合わせていない。
お互いに生きるのに必死で、魔女同士が連絡を取り合うなどもってのほかだったのだ。
ゆえに彼女はすぐに察した。
プロスペラ・マーキュリーというのが、エルノラの偽名であることに。
そして彼女の娘スレッタ・マーキュリーがあのデリング・レンブランの隠し子だという不確定情報に、心がざわついていた。
――先輩、あなたは仇敵に身も心も売り払ってまでして。
――GUNDの理想を追い求めたんですか?
それはきっと、壮絶な覚悟だったのだろう、と思う。
憎悪すべき仇敵の愛人に堕ちて、その子を産み落としてまでして援助を取り付け、GUNDの呪いを解くために生涯を捧げる。
それは自己保身のため、呪いを弄んできたベルメリアにはできないことだった。
動揺で手が震える。
そのときだった。
調整用のベッドに寝転んでいた少年――強化人士四号が身を起して、ベルメリアに話しかけてきたのは。
「ひどい話だよね」
少年は嘲笑う。
愚かな女、愚かな科学者、愚かな魔女の成れの果てを。
「あんたのやってきたことって結局、全部無駄だったんだよ。あんたが泣きながら切り刻んできた僕らの身体も、嫌々作ってたガンダムも――何もかも、出来が悪い失敗作だ。デリング・レンブランが仕込んだスレッタ・マーキュリーと〈エアリアル〉の方が成功作だった」
それは強化人士四号が知っているはずのない情報だった。
こういう駆け引きになれておらず、思わずベルメリアは口を滑らせた。
「どこでそれを……」
「ああ、否定しないんだ。じゃあ、やっぱりそういうことなのか」
「……あなた!」
謀られた怒りに駆られたベルメリアだったが、すぐその怒りは萎えてしまった。
こちらを見てくる四号の眼光が、恐ろしいほど鋭かったからだ。
怒りと憎しみに満ちた瞳が、彼女を咎めている。
「所詮、あんたは醜い失敗作のために人体実験をしてただけの、ただの無能なのさ」
罪悪感に耐えきれず、ベルメリアは情けない自己弁護を叫んだ。
「やめてぇ!!! 仕方がなかったのよ! 私だって本当はやりたくなかった、でもやらなければ殺されるのよ! 全部、私のせいじゃないの!!」
「言い訳ばかり達者だな、あんたは!」
人体実験の被害者として正当な怒りを叩きつけたあと、少年はすぐにベルメリアから視線を外した。
床にうずくまって泣き始めた中年女性を慰める義理など、彼にはなかったからだ。
そんなことよりも、今はただ決闘が待ち遠しい。
――スレッタ・マーキュリー。
――君こそが成功作だというのなら見せてあげるよ。
――失敗作なりの意地をね。
あの
ぼうっ、と彼の頬に発光する光の筋が浮かび上がった。
ガンダムの呪い、パーメットの過剰流入によって浮かび上がる痣。
「この
そう呟いた少年の顔に浮かぶ痣は。
――