――決闘場所はフロント外宙域と決めていた。
宇宙空間は黒くなどない。
様々な星の光が瞬くこの場所は、手が届かない光ばかりが目に入る光り輝く煉獄のよう。
はるか彼方、フロントから一機のモビルスーツが発進してくるのが見えた。
白亜の妖精。
ガンドアーム〈エアリアル〉。
少年が倒すべき敵、乗り越えるべき成功作。
「KP-002、〈ファラクト〉出る」
発艦したMSのシルエットは〈ザウォート〉系列に似ていたが、それよりも一回り大きい。
まるで黒い死神。
その機体の名は――
――〈ファラクト〉。
頭頂高一九・一メートル、重量五七・一トン。
設計上のベース機となった〈ザウォート〉に対して、二〇トン近く増加した重量分の大半が推進装置を内蔵した肩部可動スラスターユニット〈ブラストブースター〉――マントのような機動ユニットに集約されている異形。
ハイヒールのような構造の踵でかさ増しされた身長と相まって、その細身のシルエットに反して威圧感ある外見のモビルスーツだ。
携行火器は
その他、全身に頭部ビームバルカン、両脚の踵に内蔵ビーム砲、腕部にビームサーベルを内蔵。
空間戦闘に重きを置いた設計――人体のプロポーションから逸脱した長すぎる手足、その胸部と肩部、頭部には特徴的なシェルユニットが埋め込まれている。
その機体を目にした大半の人間の感想は「〈ザウォート〉の上位機種か」という程度のものだったろう。
――その実態がガンドアームだとも知らずに。
それから始まったのは茶番だった。
いつも通りの決闘委員会、いつも通りのシャディク・ゼネリ、いつも通りの前口上。
『立会人はグラスレー寮寮長、シャディク・ゼネリが務める』
そして、そのときがやってきた。
『両者、向顔』
エランとスレッタ。
モニター越しに向かい合う二人の間に言葉はない。
その形容しがたい空気を察してか、シャディク・ゼネリはおどけるようにスレッタへ問うた。
『水星ちゃん、決闘に賭けるものは決めた?』
『はい、わたしが勝ったら――エランさんにデートをしてもらいます!』
爆弾発言だった。
自覚がないのは罪である。
そしてこの場面は全校放送されていた。
当然のことだが、決闘委員会の部屋にいたグエル・ジェタークも聞いている。
『デートォ!? ちょっと待ってどういうことだスレッタ・マーキュリー!?』
『グエル、落ち着けよ。今は決闘の最中だ』
『え、えぇえ!? なんか不味いこと言っちゃいましたか、わたし!?』
『エラン、貴様ぁ!! スレッタ・マーキュリーと何をしたぁ!?』
やかましすぎる。
本当に鬱陶しい奴らだ、とエラン・ケレスは思った。
『グエル、本当に落ち着いてくれ――セセリア、煽るなよ、マジでやめてお願い――ああ、うん、始めようか』
シャディクの締らない発言と共に、決闘の口上は始まった。
『勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず』
スレッタ・マーキュリーが唱え始めて。
「操縦者の技のみで決まらず」
エラン・ケレスがそれに続き。
『「――ただ、結果のみが真実」』
二人の言葉が異口同音に続く。
『フィックスリリース!!』
――決闘が始まる。
決闘は互いの距離を詰めることから始まった。〈エアリアル〉の大型バックパック――空間戦闘用に調達してきたのだろう――が推進炎を噴き、〈ファラクト〉の全身の推進器が莫大な推力を生む。
空間戦闘と射撃戦に特化して開発された〈ファラクト〉のFCSは優秀だ。
すぐに敵機を捉えることに成功した。
「スレッタ・マーキュリー……君は僕とは違う」
『……エランさん』
無言でビームアルケビュースを連射した。大型ビームライフルから高出力・高収束率の荷電粒子ビームが発射される――〈エアリアル〉のガンビットが展開され、目視できるフィールドを発生させこれを防御。
ガンビットの集合体による自動防御とは。
まだ使っていない機能があったらしい。
「これが僕の〈ファラクト〉……ペイル社の作った呪いのモビルスーツだ」
『その機体は……ガンダムなんですか?』
問いかけへの返答は決まり決まっている。
〈ファラクト〉から無数のスウォーム兵器が放出される――それはガンビット、GUNDフォーマットによって制御される群体型遠隔操作兵器群。
「パーメットスコア三……!」
エラン・ケレスの頬に光の筋が浮かび上がる。
これまでの苦痛に満ちた赤い痣ではない、心穏やかでいられる青い痣が。
ああ、これが
『――これは! 今すぐその機体から下りてください、エランさん! ガンダムはあなたの生命を削ってしまいます!』
「知っているさ。そのために僕は、体中を弄くられてきてる……君と違ってね」
その言葉に込められた粘ついた悪意に、スレッタは戸惑っているようだった。
『エラン……さん……?』
「ああ、今はとても気分がいいんだ……ガンダムに乗っているのに、透き通るような気持ちだ……」
陶酔しきった声。
狂えるパイロットの意志に従い、
〈エアリアル〉のビットステイヴと比べても小型のガンビット――四対八基のガンビット〈コラキ〉が、赤い光を吐き出した。
スタンビームと呼ばれるそれは、電磁ビームを照射することで直接、照射対象をクラッキングする汚染型AI兵器だ。
ビットに内蔵できる程度の機構ではMSのセキュリティへの浸透はたかがしれているが、それでも数秒間、照射部位の駆動制御をダウンさせることができる。
システムの復旧までの間、相手MSは武装や駆動部を無効化され、満足に戦えなくなる――
それを難なく回避する〈エアリアル〉――初見でその危険性を理解したらしい。
スタンビームはただの盾ならいざ知らず、防御をガンビット――精密なスウォームドローンの集合体に頼っている〈エアリアル〉の天敵と言うべき兵装だ。
『このガンビット……ガンダムを無効化するための!?』
背部のフライトユニット――決闘のために増設したのだろう――を使って、回避運動を取っていく〈エアリアル〉。
まるで踊るような機動だった。
その美しい白亜の妖精の姿に、スレッタ・マーキュリーの姿を重ねて、〈ファラクト〉は手を伸ばす。
妄執に満ちた悪しき左手を。
「許せないな――君はいつもこんな気持ちでガンダムに乗っていたのか?」
『エラン先輩!? ガンダムってどういうこと!?』
ペイル寮の後輩たちから、悲鳴のような問いかけが聞こえてくる。
ああ、鬱陶しい。
こんなことならオペレーターなんて不要だったな、と思う。
機密事項の守秘義務違反かもしれなかったが、今のエランにとってはすべてがどうでもよかった。
「
『エランさん! 早くその機体を停止させてください!』
そういう自分はそのガンダムに乗り続けているのにか、と思った。
嫉妬があった。憧憬があった。憎悪があった。親愛があった。嫌悪があった。
すべてがグチャグチャに混ざり合った激情のままに、エラン・ケレス――今や〈ファラクト〉そのものとなった少年は叫ぶ。
「君に何がわかる!! ズルいんだよ、何もかも! こんな何の負担もないガンダムに乗って、一方的に力を振るってきた君に! 僕の何がッ!」
『エラン先ぱ――』
そのとき、外部からの音声が聞こえなくなった。
何者かの通信妨害。
おそらく学園側との通信は完全に途絶している。
まあ、どうでもいい。
この不自然な現象を気にすることもなく、エラン・ケレスは激情のままに言葉を吐き出す。
「脳神経を弄られて、身体を作りかえられた強化人士! ガンダムを動かすための
『じゃあ、誕生日を覚えていないって――』
〈ファラクト〉が全身の推進器を噴かして加速する。
〈エアリアル〉に対して並行するように距離を保つ軌道に見えたそれ――突如として、それが急速接近の軌道に変じた。
その戦闘機動は鋭角的で、ほぼ九〇度の直角な軌道制御を実現――あまりにも異様な慣性制御であり、理不尽な接近方法だった。
全身に分散配置された慣性制御モジュールをGUNDフォーマットで連動させ、瞬間的にほぼ完全な慣性制御を行う――それがこの高機動型ガンドアーム〈ファラクト〉の真価だ。
予想進路を完全に裏切る動きに翻弄されながらも、〈エアリアル〉がビームサーベルを抜刀する。
面白い、と思った。
反応してくるか。
「意外と意地が悪いじゃないか、スレッタ・マーキュリィイ!! そんな記憶、残っているわけないだろう!! 自分の顔も、名前も、過去も! 君にはちゃんとあるんだろう、愛された思い出が!!」
左手で握られたビームサーベルとビームサーベルが
相手の体勢を崩すべく選んだ方法は同じだった。
互いの
フレーム越しに伝わった衝撃がコクピットを揺らす中、エラン・ケレス――強化人士四号は怒りを叩きつけた。
「この顔も! この声も! ペイル社のエリートを真似た偽物だ! 君に僕の何がわかるっ!! 何もかも持っている君が、妬ましくてたまらないんだよッ!!」
対するスレッタ・マーキュリーの返答は。
『――
底冷えするような声だった。
あのスレッタ・マーキュリーとは思えないほど、暗く静かに透き通った敵意。
凍てつくような絶対零度のそれを浴びて、一瞬、エラン・ケレスは戸惑う。
モビルスーツ越しに会話する少女が、自分の知っているスレッタ・マーキュリーと重ならない――それほどの変化だった。
〈エアリアル〉の左手が動くのが見えた。
ビームサーベルを抜くつもりだ。
「――なっ」
不味い。
肩部可動スラスターの装甲が開き、後退用大型スラスターを展開。
大型推進装置が火を噴いて急加速、〈ファラクト〉は一瞬で離脱体勢に入った。
これまで鍔迫り合いでの姿勢制御に使っていた推力を転化し、急速離脱する〈ファラクト〉――黒いガンダムに対して、〈エアリアル〉はどこまでも冷淡だった。
それまで大盾〈コンポジットガンビットシールド〉に集合されていたビットステイヴが飛び立ち、一一基のガンビットが殺意を剥き出しにして襲いかかってくる。
苛烈なビームの弾幕を張りながら、スレッタが淡々と問うてくる。
『そんな八つ当たりでガンダムに乗って暴れてるんですか、って訊いているんです』
「な、に……っ!」
くだらないです、と呟く声をマイクが拾う。
『エランさんはそうやって、自分の不幸に浸るためにわたしを出汁にしてるんですよね?』
〈ファラクト〉を撃墜せんとするビットステイヴの銃火は苛烈だった。幾条もの荷電粒子ビームが飛び交い、〈ファラクト〉の現在位置と未来の予測位置に対して十字砲火を仕掛けてくる。
偏差射撃を見越そうがどうしようが被弾させてやるという悪意すら感じる
そのビームの火線を掻い潜るようにして避けながら、動揺のままにエランは叫ぶ。
「君はっ! どうしてっ!!」
『痛いのはわかります。苦しいのもわかります。でもわたしは、そんな残酷な目に遭ったことはありません。だからきっと、エランさんの気持ちがわからないんだと思います。これで満足ですか?』
ガンビットの一つが、〈エアリアル〉のビームライフルに装着されるのが見えた――延長用電磁バレルとしても機能するというのか。
負けじと〈ファラクト〉がビームアルケビュースを構えた瞬間、荷電粒子ビームが発射された。
速い。
それは〈ファラクト〉を掠めるに留まっていたが、明らかに先ほどより威力と射程が上がっている。
こちらも反撃するが、避けられた。
大型ビームライフル、ビームアルケビュースを連射する――半数が回避され、もう半分をガンビットの展開したフィールドで弾いてみせる〈エアリアル〉。
まるでこちらの動きを見切っているかのような回避運動、研ぎ澄まされた技量を感じさせる操縦だった。
エネルギーパックを交換する間にも、〈エアリアル〉は距離を詰めようとしてくる。
『これ以上、情けない繰り言でわたしを失望させないでください』
「言うじゃないか……!」
相手の間合いでは勝負にならないな、と判断する。
〈ファラクト〉にかけられたリミッターを解除する。
最後のトリガーになる音声認識。
「パーメットスコア四……!」
刹那、世界が切り替わった。
〈ファラクト〉のすべてが知覚できた。
パーメットを利用したあらゆる人工神経、駆動部、推進器の隅々にまで意識が行き渡る。
最早、エラン・ケレスと〈ファラクト〉の間に境界線はなかった。
少年はガンダムであり、ガンダムは彼の肉体なのだ。
パーメットの混ざった推進剤の噴射効率をさらに引き上げ、凄まじい加速をする〈ファラクト〉――追いすがる〈エアリアル〉が引き離されていく。
その瞬間だった。
スレッタ・マーキュリーがその言葉を放ったのは。
『――
人殺し。
頭を殴りつけられたような衝撃が突き抜けた。
あの朗らかで優しい少女と結びつかない単語が、エラン・ケレスを動揺させる。
理解できない。
どうして彼女にそんな単語がまとわりつくのかわからない。
だって彼女は権力者の隠し子で、強化人士とガンダムの成功作で、自分とは違って恵まれた人生を――
『――きっと、わたしと同じぐらいの子が乗ってるようなモビルスーツを倒してきました。ビームサーベルでコクピットを焼き切って、塵一つ残さず殺したんです。わたしの手は血まみれで、もう取り返しなんてつきません』
どうしてそんなことになったのだろう。
スレッタ・マーキュリーの優しさを、朗らかさを、眩しさを好ましく思った。
そしてその輝きが、自分とは違う恵まれた成功作だからなのだと確信して、妬んで、憎んでここまできた。
胸が痛かった。
自分でも何故そうなっているのかわからないまま、ガンビット〈コラキ〉を飛ばす。
スタンビームで動きを止めて、仕留める。
感情と切り離された戦術的思考が、次の一手を打っていた。
「……君は……そんな」
『教えてください、エランさん! あなたの手は何人の血で汚れているんですか!?』
スタンビームによって形作られた、赤い光の結界が〈エアリアル〉に迫り来る。
それはビームによって編まれた牢獄にも似て、接触した電子回路を汚染して強制停止させる猛毒だ。
四対八基のガンビットを動かすのは、エラン・ケレスの思念だ。
今やパーメットスコア四によって、感覚がどこまでも鋭敏に拡張された彼は、それら八基のスウォーム兵器を自身の手指のように動かせる。
捉えた、と確信する。
『まだっ! 誰も殺していないのなら――やり直せます! 手遅れだなんて言わせません!』
「戯れ言を……それなら、君はどうなる!?」
右手のビームアルケビュースと両脚のビームガンを一斉射する――〈エアリアル〉の逃げ場をなくす弾幕。
ビーム兵器を防げばスタンビームによってガンビットを無効化され、ガンビットを使わなければ荷電粒子ビームの餌食になる。
いずれにせよダメージを負う二者択一の選択に、対して、スレッタ・マーキュリーは――
『――
――ガンビットを機体各部に装着し、さらに機動力を上げて対抗してきた。
ガンビットの推進装置を補助スラスターに転用した形態、ビットオンフォーム。
四方八方から襲い来るスタンビームの網を、踊るような機動でくぐり抜けてくる――すれ違い様に振るわれた銃剣、ビームブレイドが〈コラキ〉二基を切り裂く。
破壊によるフィードバックはやってこなかった。
ただ失ったという喪失感が押し寄せてくる。
痛覚はないのに指が千切れたと実感できるような感覚――怒りのままにビームアルケビュースを構えた。
〈コラキ〉のスタンビームを掻い潜るのに手一杯の〈エアリアル〉はいい的だった。
「スレッタ・マーキュリィイイイイ!!!!」
荷電粒子ビームが撃ち放たれる。
◆
スレッタ・マーキュリーは怒っていた。
エラン・ケレスに対して、そしてこの世界が他者に課す理不尽な運命に対して――何より、少年がここまで追い詰められねばなかった世界の仕組みに。
どうしてみんな幸せになれないのだろう、と少女は
自機に大出力ビームが迫る間でさえ、スレッタはそういう優しい怒りを抱いてしまう。
――迫り来るビームの軌跡が見える気がした。
その射線上に置くようにして、ビームライフルを速射した。
当たる。
荷電粒子ビームと荷電粒子ビームがぶつかり合い、射線がズレた。
ビームでビームを撃ち落とすという曲芸――だが、次の瞬間、〈エアリアル〉が思うように動かなくなった。
背部フライトユニットにスタンビームが当たったのだ、と認識したときには、推力が無茶苦茶になっている。
均衡の崩れた推力バランスを立て直そうとした瞬間、右脚に敵機のビーム砲が掠った。
脛の部分に当たった荷電粒子ビームが、その白亜の装甲を溶かしてしまう。
「ぐうぅう!」
がくん、と機体が揺れた。
推力バランスを崩し、ビーム砲が掠ったことで揺れた機体に〈コラキ〉のスタンビームが直撃したのだ。
一時的な情報汚染によって入力を受け付けなくなるシステム――思わず悲鳴のように姉の名を叫んだ。
「エリクト!」
――僕は大丈夫。でも不味いよ、敵の追撃が来る。
――いや、来ない?
機体が機能を停止している間も、それまでの慣性によって〈エアリアル〉は高速で前に進み続けている。
宇宙空間をバトルフィールドにした状態では、重力や空気抵抗による失速も望めないから、文字通り制御不能になった機体で高速移動する羽目になるのだ。
〈エアリアル〉のメインシステムが動作を復旧する。
目の前に岩の塊があった。
推進方向を変えて、なんとか回避する。
こちらは右脚に被弾したが、向こうは八基しかないガンビットのうち二基を失っている。
悪くない交換条件――機能停止中、〈ファラクト〉が銃火を撃ち放ってこなかったのが不思議だった。
そう思っていると、震えるような声で尋ねられた。
『……つらいのは君の方だろう!? どうしてそんなことが言える!!』
スレッタ・マーキュリーにとっての前提が、彼には理解できないのだ。
ただ心のままに叫んだ。
「わたしが
『君だって自由じゃなかったんだろう? 誰かに命じられて、引き金を引かされたはずだ――』
「わたしはお母さんの願いを叶えるために、人を殺す道を選びました――その罪深さを知っていたのに、そうしたんです」
〈ファラクト〉が光の軌跡を描いて、虚空を飛ぶ。
遠く遠く、推進炎の輝きへと手を伸ばす。
いつか自分へ下る裁きを願うように。
「こんなわたしに罰すらないなら、この世界は本当の地獄じゃないですか――
認められない。
そんな風にこの痛みすら
「戦う理由もないあなたに、わたしは負けられません!」
飛来する荷電粒子ビーム――〈ファラクト〉の大型ビームライフルは狙いが正確だが、それゆえに読みやすい。
ビームライフルから展開した銃剣ビームブレイドでビームを切り払い、空いている左手でビームサーベルを逆手抜刀する。
ビットステイヴを集合させたビットオンフォームの機動力と背部フライトユニットの推力を合わせ、〈エアリアル〉は着実に距離を詰めていく。
〈ファラクト〉からの通信――まるで激情をそのまま声にしたかのよう。
『見つけたさ、戦う理由は君だッ!』
エラン・ケレスは普段の怜悧な仮面を脱ぎ捨てて、吠えるように自身の戦う理由を口にする。
それは剥き出しの願望だった。
ビームアルケビュースのエネルギーパックを交換しながら、〈ファラクト〉はさらに退き撃ち――後退しながらの移動射撃に徹しようとする。
すでに二機のモビルスーツはバトルフィールドの領空塔――バトルフィールドの端を規定する人工物――からはみ出しており、そのことで警告も来ていた。
だが、最早そんなことはスレッタにとってもエランにとってもどうでもいい。
二人の間にあるのは、戦いの勝敗を重んじる決闘でもなければ、命を奪い合う殺し合いでもない。
ここにあるのは過酷な道を歩んできた少年と少女の、救われない信念を賭けたぶつかり合いだけだ。
『君を倒す! ここで倒されなければ、君はずっとその
パーメットスコア四の時間切れがなくなり、脳を苛む苦痛すらなくなった
あまりにも凄惨な罪を背負い、それを呪いのように刻まれたスレッタ・マーキュリーの生き様。
それこそが少年の打破すべき敵であった。
〈ファラクト〉の両脚の踵に仕込まれたビーム砲が、荷電粒子ビームを発射する。
〈エアリアル〉は盾を構えることすらせず、ビームサーベルでビームを切り払ってみせた。
それはスレッタにとって、やれるからやっているという程度の絶技。
殺し合いの中で磨き抜かれた技能の一部だ。
『スレッタ・マーキュリー!
エランの叫びは痛々しいほどの共感に満ちていた。
これまで仲間だと思っていた少女が、自身よりも重い十字架を背負っていたからこその痛みに満ちた共鳴。
スレッタの信念を受け入れてしまえば、彼女は奈落の底まで覚悟と共に進むであろうという確信。
それが、エラン・ケレスを突き動かしているようだった。
『――まるで
〈ファラクト〉からのビームの弾幕は濃密で、いよいよ回避運動と切り払いすべてを駆使しなければ追い付かなくなる密度だった。
ビームアルケビュースからの高速高威力のビームライフル、両脚の内蔵ビームガンからのビーム砲、そして頭部ビームバルカンからの牽制射撃。
一体のモビルスーツがこれほどの密度と精度の弾幕を張れるかという驚愕――紛れもなくGUNDフォーマットの恩恵たる精密・並列動作。
弾幕が激しすぎて近づくことができない。
直撃でこそないが、弾けた荷電粒子ビームの飛沫で装甲が削れていくのがわかる。
〈エアリアル〉は少しずつ全身の装甲がボロボロになっていた。
「――それでも、わたしは負けられないんです。苦しくても、悲しくても、痛くても、救われなくても!」
このままでは追い付けない。
そのときだった。
〈ファラクト〉から先ほどの残りのガンビットが吐き出され、こちらへと飛来してくる。
赤い光の結界、触れたものを麻痺させるスタンビームの牢獄。
今度こそしのぎきれないという確信があった。
それでも負けられない。
何故ならば。
「――逃げれば一つ、進めば二つ」
母の言葉を思い出した。
迫り来る敗北への道筋――スタンビームの牢獄に囚われ、今度こそ穴だらけになって撃破される未来。
避けようがないそれを予測しながら、どうしてかスレッタ・マーキュリーの心は穏やかに凪いでいた。
敗北を受け入れたのではない。
何の根拠もない確信が、ギリギリまで彼女に回避運動を取らせる。
「ごめんね……エリクト。わたし、いつも頼ってばっかりなのに、こんなにボロボロにしちゃって……でもね」
――スレッタ。
「――わたしは逃げない! 〈エアリアル〉もエランさんも、どっちも取りこぼさず未来に進むから!!」
その瞬間。
たしかに〈エアリアル〉の中で何かが変わった。
これまでにない一体感――エリクトの見ているもの、〈カヴンの子〉の見ているもの、すべてがスレッタ自身に共有されているという実感。
無数の目と無数の脳を繋がれたような自意識の拡張。
そういう万能感に包まれながら、スレッタは姉の声を聞いた。
――僕が君を連れて行くよ、スレッタ。
〈エアリアル〉のシェルユニットが、青く透き通った光を放って光り輝く。
――それがどんな終わりでも、僕たちはずっと一緒だ。
「――行こう、エリクト!!」
善を望んで、右手を前へと伸ばす。
希望を掴むために、悪しき未来を撃ち抜くために。
〈エアリアル〉が一際まばゆい光を放った――青い光の放射が周囲の空間構造に伝播し、そこに存在するあらゆる情報が書き換えられていく。
その光に包まれた瞬間、今まさに殺到せんとしていたガンビット〈コラキ〉が動きを止めて。
完全にその機能を停止した。
『
〈エアリアル〉の放ったオーバーライドの光――その輝きから逃げ回り、なおも〈ファラクト〉は銃火を浴びせかけてくる。
そのすべてが、もう見えている。
推進器を噴かして回避、避けきれない弾だけをビームサーベルで切り払い、荷電粒子の飛沫一つ浴びることなく。
〈エアリアル〉は最短距離を一直線に駆け抜ける。
「ガンダムは破壊して! パイロットには生きてもらいます!!」
牽制のビームライフルを放つが、〈ファラクト〉に容易く回避される。
高度な慣性制御と大推力の調和――如何なる方向にも瞬時に軌道を変更できるモビルスーツという兵器の一つの到達点。
だが、今のスレッタ・マーキュリーの敵ではない。
推進方向の変更の予兆を捉えていたから、その移動先にビームバルカンをばらまいておくだけでいい。
未来予測にも似た偏差射撃――自分から弾幕の中に突っ込む形になって、〈ファラクト〉の携行火器ビームアルケビュースが砕け散る。
爆発。
武器を投げ捨てる黒いガンダム。
『――スレッタ・マーキュリィイイ!!!!』
〈ファラクト〉が二本のビームサーベルを腕部サーベルラックから抜いて、二刀流で襲い来る。
白熱するビーム刃の輝き――右手の銃剣ビームブレイドと、左手のビームサーベルの二刀流でこちらも迎え撃つ。
衝撃。
鍔迫り合いが起きた。
「エランさん!!!」
次の瞬間には互いに同じ判断をしていた。
目と鼻の先にある敵機目がけて、頭部ビームバルカンを連射。
ブレードアンテナを狙ったそれを、互いに
同時に〈ファラクト〉の肩部可動スラスターユニットが被弾し、火を噴いて機能を停止。
それで、もう詰みだった。
『僕は負けられない、君にだけはっ!!!』
鍔迫り合いを仕切り直すため、〈ファラクト〉が
決意に満ちた少年の咆哮を聞きながら。
スレッタは呟いた。
「――これで終わりです、エランさん」
そこでエラン・ケレスも状況に気付いたようだった。
戦闘中、いつの間にか本体から切り離されていた一一基のビットステイヴ――それらすべてが、鍔迫り合いに夢中になっていた二人の周囲を取り囲んでいて。
輪になって踊りながら、無邪気な殺意を銃口と共に向けている。
――スレッタ! スレッタ!
――撃っちゃうよ! こいつ撃っちゃうよ!
――だいじょぶ! だいじょぶ! スレッタには当てないから!
〈カヴンの子〉たちのにぎやかな声を聞きながら、スレッタ・マーキュリーは決然とこう告げた。
「お願い」
荷電粒子ビームの雨が降り注いた。
それは〈ファラクト〉の手足をもぎ取り、胸部シェルユニットを撃ち砕き、ブレードアンテナを跡形もなく消し飛ばして。
黒いガンダムを
――WINNER
コンソールに表示された勝利を告げるメッセージ。
それを見ながら、ほうっとスレッタ・マーキュリーはため息をついた。
そしてすぐ、あの黒いガンダムに取り残されているエラン・ケレスを助けるため、コクピットハッチの開放操作をするのだった。
◆
――揺らめく
ああ、幻影が見える。
もう思い出せもしない過去の残滓が、今さらどうして。
そう思ったのに。
――ハッピーバースデートゥーユー。
声が聞こえた。
ボロボロの貧しい家屋。
生クリームだって乗ってはいないただのパンケーキ。
そこに一本だけ大きな
一人の女性が歌を歌っている。
――ハッピーバースデーディア■■■。
心の底からの祝福。
それがかつて自分にあったという実感と共に、涙があふれ出した。
何もかも失ったと思っていた。
けれど、そうではなかった。
名前も顔も思い出せないのに、それでも鮮烈に焼き付いた幸福な光景。
自分が何故、今の境遇になったのかはわからない。
親に人身売買されたのか、自分の意思で人生を売ったのか、誰かに誘拐されて売られたのか。
そんなことはもう、どうでもいいのだ。
たった一つ、そうあって欲しかった記憶が戻ってきたのだから。
それだけで強化人士四号は救われてしまった。
「君は……僕とは違う」
救われない道を歩もうとしている少女と、自分は決定的に違うのだと自覚する。
それが悲しくて、苦しくて、嬉しくて、強化人士四号は泣き続けた。
コクピットハッチが開いた。
パイロットスーツに身を包んだスレッタ・マーキュリーが、〈ファラクト〉のコクピットに入ってくる。
少年を助けようと必死な少女の顔を見て、こぼれ落ちたのは謝罪の言葉だった。
「ごめん……君を、救えなくて……」
「わたしはそんな風に、
少女に手を引かれて、大破した〈ファラクト〉のコクピットから連れ出される。
バラバラに残骸になったガンダムの手足が浮かぶ空間で、ぽろり、と彼は言った。
「誕生日あったんだ……僕にも祝ってくれる人が、いたんだ……」
「……
そう言ってヘルメットのバイザーの向こう側で微笑む少女が眩しくて。
名もなき少年は目をすがめた。
「……それで君は、いつ救われるんだい……?」
「そんな日がやってこなくても、進むことはできますから」
スレッタ・マーキュリーはそう言って、困ったような顔で笑うのだ。
どうすればこの娘を救えるのか、わからないのに――それでも少年は願わずにはいられない。
「おかしいよ、それは……じゃあ、僕が君の救いを祈るよ……君がどれだけ罪深くても、僕だけは君を
「…………そうですよね、おかしいですよね……」
自分の幸せは信じられないのに、目の前の誰かの幸福は心の底から願えてしまうなんて。
きっと自分はもう、どこかが壊れているのだろう。
それが悲しみなのか、よろこびなのか、わからない感情を抱えたまま――スレッタは泣き笑うのだ。
「でも、よかったです。エランさんが、ここで生きていてくれて」
二人、星の光に照らされて。
少年の身体を抱きしめながら、少女は優しすぎる
底抜けにお人好しで、朗らかで、優しいスレッタ・マーキュリーは――
たとえこれから先も、ガンダムを滅ぼすため血まみれの手が残るとしても。
――呪うように、祝うように。
――魔女は祈る。
◆
――虚空で少年と少女が抱き合っていた頃。
――ベネリット・グループ本社フロントにて。
グループ総裁の部屋で端末越しに、デリング・レンブランにその存在は報告していた。
通信越しの会話、血の通わぬ交流、陰謀の共謀者として。
『〈エアリアル〉のパーメット・スコア六への到達を確認しました。無事に〈エアリアル〉の覚醒は進んでいます』
「ご苦労。次の段階に移れ」
『はい、閣下』
そして通信が切れたあと、
『ああ、ああ、勝利の塔を登り詰めるがいい! 君の願いは叶うだろう、スレッタ・マーキュリー! 我々は必ずや、ヴァナディースの過ちを根絶するのだから!』
誰の手も届くことない向こう側、超高密度情報の渦で
心からのよろこびを沿えて。
少女の勝利を。
『祝うがいい、エリクト・サマヤ! 私と君を置き去りにした悪夢は、もうすぐ終わるのだから!!』
――
シン・セー開発公社のアミュレット・システムによってエランくんは寿命をすり減らすことなくパーメットスコア使い放題に加入し大暴れしました。
なんだそのご都合主義設定って感じですが、詳細は後日。