アスティカシア高等専門学園のフロント外宙域は、今や戦場となっていた。
無数のドローン子機〈プルーマ〉が虚空を飛翔し、迎撃に出たMS〈デミギャリソン〉に群がってくる。
出撃時には三六機だった〈デミギャリソン〉部隊は、ドローン母機を撃墜するために重武装だったのが災いした。
小回りの利かない重火器仕様では、凄まじい物量で襲ってくる〈プルーマ〉と距離を保つのは容易ではない。
足を止めたものから組み付かれ、ヒートクローで装甲を引き裂かれていく地獄のような状況だった。
『う、うわああ!! 来るな、来るなぁ!!』
『機動しろ、足を止めるな! 敵のドローンの単体性能は低い!』
『ちくしょう、敵が多すぎる!』
何より〈デミギャリソン〉部隊の敵は〈プルーマ〉だけではなかった。
これら大量のドローンを輸送してきた九機の全翼機型ドローン母機〈アラス〉――翼の名を冠した大型無人兵器は、自衛用のクローアームを展開し、内蔵ビーム砲でこちらを狙い撃ってくる。
現代の高出力化したビームライフルと比較しても遜色ない威力の荷電粒子ビームである。
それが九機もの〈アラス〉の編隊から放たれるのだ。
ビームの弾幕を避けなければ撃墜され、そちらに気を取られすぎれば〈プルーマ〉の餌食となる。
学園の警備が本業である彼らには、あまりにも荷が重い戦況だった。
無数の〈プルーマ〉が防衛ラインを突破し、フロントの一部区域に向かっていくのを、〈デミギャリソン〉部隊の隊長機が捉えた。
『妙だ、さっきから戦術試験区域の方に向かっているぞ――あちらに何かあるのか?』
『学園の生徒がMSで演習を申請しています』
『くそっ、不味いぞ――』
このままでは生徒からも死者が出る。
最低限、子供たちだけは守らねばなるまい。
しかしすでに〈デミギャリソン〉部隊は半壊しているも同然で、ドローン母機〈アラス〉を叩けるだけの余裕はなかった。
そのときだった。
こちらのパーメットコードに合わせて通信が入ったのは。
『こちらドミニコス隊所属〈ユリシーズ〉、これより応援要請に応じてMS部隊を展開する。持ちこたえてくれ』
地獄に救い主がやってきたようだった。
スペーシアンのMS部隊最精鋭と呼ばれる集団が、何故こんな場所にいるのかという疑問に答えは出なかったが。
発進したMS部隊には、確かに特徴的なエンブレムが刻まれていた。
『あのエンブレム……本当にドミニコス隊か!?』
それから語るべきことはほとんどない。
戦況は逆転して、ドローンの群れは殲滅されたのだから。
◆
――戦いの終わりまではあっという間だった。
ラグランジュポイント四第七三区、アスティカシア高等専門学園で起きた未確認ドローンによる襲撃事件。
その一報を受けて到着したドミニコス隊所属MS運用母艦〈ユリシーズ〉およびその艦載MS部隊は、スペーシアン最精鋭とも言われる実力を存分に発揮。
襲撃で大量に投入されたドローン子機〈プルーマ〉およびその母機である戦術AI搭載ドローン〈アラス〉を、ドミニコス隊のモビルスーツ部隊は速やかに撃破した。
司令塔であるドローン母機を破壊された〈プルーマ〉たちはその動作を停止し、第一三戦術区域内で起きていた戦闘も終結に向かっていた。
現場に到着したドミニコス隊のモビルスーツ――最新型の〈ベギルペンデ〉と標準的な第四世代機〈ハインドリー・シュトルム〉の混成部隊だ――は、実習用のMSで応戦していた学園の生徒たちを保護。
こうしてドミニコス隊が保護した学生の中には、とある事件の重要な証人であるエラン・ケレスの姿もあった。
何体ものモビルスーツが並び立ち、周囲を警戒する中。
武装した兵士と装甲化ドローンで周りを固められた少年は、明らかに狙撃を警戒されていた。
〈プルーマ〉ドローンに紛れて潜入していたステルス車両は、スレッタ・マーキュリーの手によって跡形もなく蒸発していたが、別口で伏兵がいる可能性も否定できない。
そんな少年と近距離で話せるのは、ドミニコス隊にとって見知った顔であるスレッタ・マーキュリーだけだった。
「…………これでお別れなのかな、スレッタ・マーキュリー」
褐色の肌に赤毛の少女。
互いの過去と情念をぶつけ合い、決着をつけた彼女に対して、エラン・ケレスは特別な思いを抱いていた。
果たしてそれに何という名前をつけるべきなのか、少年は知らなかったけれど。
それでも別れが惜しいと思った。
自分のせいでまた人殺しをさせてしまったという悔恨の念もあったが、それを口にして、少女を困らせるのはもっと嫌だった。
だからエランはいつも通りに振る舞うことにした。
「次に会うときは、エランさんが自由になったときですよ。一週間後のデートは無理になっちゃいましたけど」
そう言って屈託なく笑うスレッタに、そういえばそんな約束をしたなと思い出す。
自分が決闘を挑んだことで有耶無耶になったと思っていたのだが、どうやら少女はしっかり約束を覚えていたらしい。
「そうだね……少し、時間がかかりそうだ」
一体どれだけ取り調べを受けることになるのか、エランにもわからないのだ。
ペイル社に帰還するよりはよほど身の安全は保障されるだろうが、それでも監禁状態になるのは間違いない。
少年がそのように思考していると、スレッタ・マーキュリーは少し不安げに表情を崩して、彼の顔を見つめてきた。
「決闘、勝ったんですから……デートの約束、守ってもらいます」
そう言われては素知らぬ顔などできるはずがない。
エラン・ケレスはどう答えたものか数秒間、思案した末に、何の面白みもない言葉を絞り出した。
「……うん、デートコース、考えておくよ」
「楽しみにしてますね」
そして次の瞬間。
強く、強く、エランは身体を抱きしめられた。
周囲を大人の兵士たちが取り囲んでいることなど気にもせず、スレッタは少年へ人の体温のぬくもりと親愛の情を伝える。
皆、気まずそうにしているが、知ったことではないらしい。
「――エランさん、
その言葉に込められた万感の思いを、否定できるはずもない。
たぶんあの決闘から、エラン・ケレスを名乗って生きてきた強化人士四号は生まれ変わったのだ。
どうすればいいか迷った末、少年はただ心のままに喋ることにした。
「生きるよ、僕は最後まで生き抜く…………君もね、スレッタ・マーキュリー」
「……はい、そうですね」
それはきっと、痛みを共有した二人にとって、どんな言葉よりも重い誓いだった。
◆
数分後。
エラン・ケレスから離れたスレッタを待っていたのは、モビルスーツから降りてヘルメットを脱いだグエル・ジェタークだった。
もしかしたら、当分、顔を合わせられないかもしれない。
そう思うと、今のうちに伝えるべきことを伝えた方がいいと思った。
スレッタは、気まずそうに目をそらしているグエルに近づくと、ぺこりと頭を下げた。
「グエルさん、本当にありがとうございました。たぶん、わたしがこの学園に来て楽しかったって思えたのは、グエルさんのおかげです」
その言葉を聞いて、グエル・ジェタークは明らかに動揺していた。
ぱくぱくと口を開いて声にならない音を漏らしたあと、彼はようやく、自分の中にあった悔恨を口にすることができた。
「俺は……俺がもっと早く気付いていたら、お前が…………あんな……」
人間が乗っている装甲車両をビームライフルで撃ち抜き、乗員ごと撃破する。
モビルスーツという兵器の性質を考えれば容易いが、この学園で決闘だけに集中してきたグエルにとって、それはあまりにも衝撃的な光景だった。
戦うということは、人を殺すことに直結している。
そんな当たり前のことを、少年は自らの手を汚すことなく実感させられていた。
もしかしたら好きなのかもしれない女の子に手を汚させて、そんな現実を認識すること自体が、グエルには情けなく思えてくる。
「グエルさん」
彼のくしゃくしゃになった顔を見て、スレッタは困ったように微笑む。
それは彼女にとってもう、当たり前になってしまった行為だから、気にする必要などないのだと。
どう伝えればいいのか迷った末、スレッタ・マーキュリーは率直な言葉で伝えることにした。
「わたし、ああいうのは
「なっ……」
二の句が継げなくなったグエルは、頭の中が真っ白になるのを感じた。
そして湧き上がってきた感情のままに叫んだ。
「……そんなわけ、あるか……ッ! 一番つらいのはお前だろうがッ!!」
慣れているから人殺しも問題ないなんて言えるほど、スレッタ・マーキュリーが擦れているならどんなによかっただろう。
だがグエル・ジェタークは知っている。
彼女は優しくて、惚けていて、なんてことはない日常を愛していたことを。
それは嘘なんかじゃないと叫びたかった。
「知ってるんだよ、お前が、よく笑って……友達作りが楽しみで、あのくだらない時間が好きなやつだって……なのにッ!!」
どうすればいいのかわからないから、そうやって衝動的に叫ぶことしかできない自分が惨めだった。
まるでスポーツの延長のような感覚で助太刀した結果、グエルが直面した現実は、好きな女の子が殺人者であり、残酷な現実に慣れてしまっているというどうしようもない仄暗さに満ちている。
ジェターク家の御曹司グエル・ジェタークでは、どう立ち向かえばいいのかわからない、どす黒い闇が広がっている場所にスレッタはいた。
泣き出したいぐらい悔しかった。
そんな彼の顔を見上げて、スレッタは心の底から、安堵したような言葉を吐き出す。
「グエルさんのそういうところ……青臭くて、甘くて、わたしは嫌いじゃないですよ」
そしてスレッタは、握手を求めるように右手を差し出した。
恐る恐る、スレッタ・マーキュリーの手を握った。
パイロットスーツ越しでもわかる少女の細い指が、グエルの掌を握り返してくる。
「スレッタ……俺は……」
「きっとまた会えます、グエルさん」
「……ああ、そうだな。そうだよ、な……」
言葉はそこで途切れた。
お互いがお互いに言うべきことを言えたもの同士の――心地よい沈黙があった。
◆
グエルと別れたあと、スレッタは保護された地球寮のみんなの様子を見に行った。
〈デミトレーナー〉の近くで、チュチュが泣いていた。
ショックを受けて地面に座り込んでいるチュチュの周りを、地球寮のメンバーが心配そうに取り囲んでいる。
その光景を、スレッタ・マーキュリーは遠巻きに見ていた。
――わたしが近づいたら、またチュチュさんを傷つけてしまうから。
そう、自分に言い訳して。
スレッタは地球寮のみんなに背を向けた。
拒絶されるのが怖くて仕方がないから、逃げただけだとわかっているのに。
歩いて、歩いて、歩いて。
しばらく黙り込んでいると、駆け寄ってくる影があった。
明らかに周囲の制止を振り切って突っ込んできたのは、銀髪の美少女。
ミオリネ・レンブランその人であった。
「スレッタ! スレッタ!」
警護の兵に引き留められながら、それでもミオリネはスレッタの名を叫ぶ。
彼女に対して、スレッタは何を言おうか考えた挙げ句、つまらない注意事項しか思い浮かばないことに気付いて苦笑した。
家族みたいな距離感でずっと過ごしてきたから、口うるさい妹みたいなことを口にしてしまう。
「ミオリネさん、わたしがいない間も、ご飯をちゃんと食べなきゃダメですよ。またカップラーメンばっかり食べてたら怒りますからね」
「バカッ! そんなのどうでもいいわよ、どうして、あんたが――
ああ、なんて答えればいいんだろう。
――実はわたしにとってあなたの父親は家族の仇同然で。
――あなたの父親に自分から志願して、いっぱい人を殺しました。
――こんなの言えるわけがないよね。
何もかも狂っている気がした。
それでもスレッタ・マーキュリーには心があるから、親愛も友情も慕情も消えてはくれない。
その焦げ付いた感情を抱えながら、スレッタはミオリネの顔を見つめる。
「どうして、でしょうね。こうなっちゃった理由、わたしはわかってるんですけど……言えません」
「……スレッタ!!!」
ミオリネは泣きそうな顔をしていた。
「あんたが、何をしていたって! 私は、私だけは
だから「いかないで」とミオリネは言った。
その言葉が嬉しくて、暖かくて、泣きそうなぐらいに心に響いたのに。
涙は出てこなかった。ただミオリネの美しい顔を見つめて、親しみを込めて笑うことにした。
「…………迎えが来たみたいです。また、ゆっくりお話ししましょうね」
「――スレッタァ!!!」
ミオリネの叫びを背中に受けながら。
スレッタ・マーキュリーは見知った顔――ドミニコス隊モビルスーツ部隊の同僚に挨拶した。
「エドさん、ジェフさん、お久しぶりです」
二十代半ばの若いパイロットたちは、口笛を吹きながら少女の帰還を歓迎した。
「我らがプリンセスのご帰還だ」
「待ちかねたぜ、スレッタ」
軽口を叩いていた青年たちは、すぐに真面目な顔になった。
彼らが伝えるのは、直属の上司からの指令である。
「ケナンジ・アベリー隊長からの指示を言おう――お前は今からドミニコスだ、
深々と目を閉じた。
学園での楽しかった日々――なんてことはない、くだらない日々が脳裏をよぎった。
そのすべてを大切に、心の中の宝箱にしまって。
目を開けたとき、そこにいたのはアスティカシア高等専門学園の学籍番号LP〇四一、スレッタ・マーキュリーという少女ではなく、ドミニコス隊の
ひどく落ち着いた声音で、少女は応答する。
「了解――
スレッタの声に応じるように〈エアリアル〉の色が変わっていく。
ナノテクを応用した偏光塗料が本体からのパーメットリンクに同調して、水色の胸部装甲がダークグレーに、白亜の装甲が薄いグレーに、赤色の
その肩に浮かび上がるエンブレムは、ドミニコス隊所属を示すもの。
別物になった
まるで自分たちの手の届かない世界へと、スレッタ・マーキュリーが去ってしまうかのような感覚を得て、彼らは動くことができない。
周囲をドミニコス隊の戦闘員たちに囲まれて連行されるエラン・ケレスは、その巨影を見上げて、ただ一言、こう呟くのだった。
「魔女狩りの、ガンダム……」
――狩るべき異端者を見つけて。
――ガンダム狩りの