ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタを理解しようとみんなが頑張るだけの話

 

 

 

 ニカ・ナナウラには、思い出してもぞっとする事実がある。

 

 

 つい先日まで毎日顔を合わせていた友人が、実はスペーシアンの監査組織カテドラル直轄ドミニコス隊の隊員だったなど、誰に予想できるだろう。

 余人であれば友人の正体に驚愕するだけで済んだかもしれない。

 だが、ニカにはとある秘密があった。

 アーシアン過激派組織〈フォルドの夜明け〉によって送り込まれた連絡員――スパイという裏の顔が、少女にはある。

 ニカ自身に大きな思想はない。

 

 スペーシアンもアーシアンも同じ人間であり、条件が平等なら結果を出せるはずだという希望はある。

 けれどそれは、若人らしい未来への展望にも似た情熱であって、アーシアンの窮状に対する思想などではなかった。

 スパイに抜擢された理由もメカニックとしての腕を買われてのものだったし、どん底の児童労働者が高等教育の機会を得られるという餌に食いついて、ニカ・ナナウラはアスティカシア高等専門学園に入学してきた。

 そういう身の上だから、あのスレッタ・マーキュリーがドミニコス隊――スペーシアンの敷いた秩序の尖兵だったという事実は、ニカにとって純粋な恐怖だ。

 もし彼女の前で尻尾を出していたら、今ごろは刑務所送りになっていたかもしれない。

 そう考えると、背筋が寒くなる。

 

 何よりも嫌だったのは、仲のよかった友達が学園を去ってしまったというのに、ほっとするばかりで悲しむ余裕がない自分自身だった。

 今の地球寮の雰囲気は、基本的にいつも通りだ。

 いなくなってしまったスレッタと〈エアリアル〉のことについては、基本的に触れないやんわりとした暗黙の了解ができあがっているけれど。

 シン・セー開発公社からの資金援助が止まったわけではないから、その点については心配が要らないのも大きい。

 気弱な寮長のマルタンなどは、とりあえず資金繰りの心配をしなくていいことに胸をなで下ろしていた。

 

 今、一番ニカが心配しているのは、後輩でパイロット科一年生のチュチュのことだ。

 いつもは不良のような言葉使いと気性の荒さで周囲を威嚇している少女だが、彼女が本当は優しく義侠心にあふれていて、それゆえに怒っているだけなのを、ニカ・ナナウラは知っている。

 自分を「ニカ姉」と慕ってくれるチュチュのことが、ニカは嫌いではなかった。

 そんな少女は今、とても落ち込んでいる。誰もいない部屋で一人、チュチュが泣いているのを見かけたのは、ただの偶然だった。

 

「チュチュ?」

「ニカ姉……」

 

 バツが悪そうな顔のチュチュは、手の甲でごしごしと目元を拭いている。

 泣いていないとアピールしたがっているようだが、真っ赤に腫れた目元で台無しだった。

 

「いいよ、誤魔化さなくて。スレッタのことでしょ?」

 

 そう言うと「うん」とうなずいて、チュチュは黙り込んだ。

 辛抱強く付き合って隣の席に腰を下ろすと、ようやくチュチュはぽつぽつと内心を話し始めた。

 

「あーしはあのとき……撃てなかったんだ……ドローンならいくらでも撃てたのに……見逃したら、ニカ姉たちが、みんなが危ないって頭ではわかってたのに……」

「……スレッタが、撃ったっていう車?」

 

 怖い話だった。

 自分たちの元に、暗殺のため兵士が送り込まれていたという話も。

 それに対して何のためらいもなくスレッタ・マーキュリーが引き金を引けたというのも。

 ニカの言葉からそんなニュアンスを読み取ったのか、チュチュが言葉を荒げた。

 

 

「スレッタは悪くねえ!! あいつは……あーしの代わりに引き金を引いたんだ……なのに、あーしは泣いてばっかりで! あいつを見送ってやることもできなくて!」

 

 

 顔を両手で覆って、チュチュは涙をこぼす。

 

 

「あーし、自分が情けないよ……」

 

 

 チュチュの純粋な涙に対して、隠し事をしていて、嘘つきのニカ・ナナウラは本心からの言葉を返してあげられなかった。

 本当はスレッタ・マーキュリーのことが怖くてたまらないのに、それでも友達だからという体で善良な先輩のフリをするしかない。

 そんな自分が嫌いだった。

 

「大丈夫だよ、チュチュ。きっとスレッタは帰ってくる。そのとき、ちゃんと言ってあげようよ――おかえりって」

「ニカ姉……」

 

 月並みなよくある台詞だった。

 そんな言葉で泣き止んでくれたチュチュは、本当に純粋だと思った。

 自分自身の演技に厭気が差しながら、ニカ・ナナウラは頼りがいのある姉貴分を演じ続ける。

 生きるために。

 

 

 

 

 

 

 グエル・ジェタークはアスティカシア高等専門学園付属の図書館にいた。

 クラシックな紙の書籍はもちろん、様々なデジタルアーカイブに接続して自由に閲覧できる、電子ペーパーやモニターの端末もそろっている場所。

 ここで学ぼうと思えば、様々なことを学ぶことができる。

 もっとも多くのスペーシアンの生徒たちは、ここを勉強や実習の調べ物に利用する程度で、本来のアーカイブとしての利用するものはほとんどいないのだが。

 今、グエルは猛烈な知的欲求に突き動かされ、毎日のように図書館に入り浸っていた。

 勉強しているのはアド・ステラの歴史であり、世界情勢である。

 

 アーシアンとスペーシアンの対立構造の始まりがなんであったのか、グエル・ジェタークは知らない。

 もちろん歴史の授業であらましは知っている。

 ドローン戦争、地上の荒廃、進展する宇宙開発、格差の固定化――そういったものが積み重なって今の世界があるのだと、薄っぺらい教科書並みの知識はある。

 だが、それだけだ。

 その一つ一つの事象の詳細も知らなければ、それが何故、現在へ連なっているのか繋がりを読み解く教養もない。

 グエル・ジェタークが今、猛烈に恥じているのは自らの無知であり無力であった。

 

 

――あのとき、スレッタ・マーキュリーが引き金を引かねばならなかった理由。

 

 

――実はドミニコス隊の隊員だった少女が、そうも血塗られた道を歩かねばならなかった理由。

 

 

 すべてを知りたいと思った。

 その過程で耐えがたい差別の歴史の中に、自分自身も絡み取られていたと自覚して、少年は今、猛烈におのれを恥じていた。

 アーシアンを差別する理由ははっきりしている。

 彼らの多くは無教養で無分別であり、ろくな教育を受けておらず、すぐに暴動を起こす野蛮な人々だからだ。

 そのようにグエル・ジェタークは周囲から聞いて育ってきたし、事実、ニュース報道を見てもそのような現実ばかりが目に入った。

 だから差別して当然だと思っていた。

 

 しかし歴史書を紐解いてみれば、そういう構図ができあがったのは精々、ここ一〇〇年の話でしかなかった。

 生まれつき劣った人間も、愚かな人間もいないのだ。

 グエルが生きている現実にあるのは、太陽系社会の抱えるもっと構造的な問題であり、アーシアンたちの窮状はその結果に過ぎなかった。

 そして構造的な差別と搾取の繰り返しがテロリズムの温床となり、治安維持の名の下に様々な軍事作戦が行われていることを――グエル・ジェタークは初めて知った。

 それは別に悪の権力者が隠蔽している真実などではない。

 少年が図書館に通って本気で調べれば、すぐわかってしまうような現実だった。

 みんながそれを知らないのは、単に興味がないからだ。

 以前のグエルと同じように。

 

「……ちくしょう」

 

 わかったのはただ一つ。

 スレッタ・マーキュリーの手を血に染めさせたのは、自分のように怠惰な大勢の人間だという実感だけだ。

 グエル・ジェタークが憤って挑むには、あまりにも巨大で覆しがたい壁があるように思えてならなかった。

 書籍を紹介してくれた図書館の司書に礼を言いながら、本を返却して――虚脱感に襲われながら席に着いたときだった。

 よく見知った男の気配がした。

 

「隣、いいかな」

「……シャディクか」

 

 長い金髪に褐色の肌、胸元をはだけて着崩した制服。

 シャディク・ゼネリがそこにいた。

 

 

 

 

 

 

「噂になってるよ、あのグエル・ジェタークが突然、歴史について猛勉強を始めてるってさ。どうしたんだい、らしくもない」

「お前もあの場にいただろう、シャディク」

 

 ああ、と返答する。

 あの日あのとき、シャディクも確かに居合わせた――通信越しだったが、何が起きたのか把握していた。

 企業の暗殺部隊が乗った車両、撃つことができない生徒たち、一人だけ撃つことができた少女。

 ならば、あとはなるようにしかならないだろう。

 流石にスレッタ・マーキュリーがドミニコス隊の所属だったのは驚いたが、納得したのも事実だった。

 

 

――デリングの子飼いの魔女。

 

 

――歳に見合わない高すぎる戦闘技能。

 

 

――必ずエラン・ケレスを助けられるという伝手。

 

 

 なるほど、ドミニコス隊のモビルスーツ乗りならすべての条件を満たせる。

 そういう納得があったから、シャディク・ゼネリはスレッタ・マーキュリーに近づこうとしなかった。

 迂闊に近づいて、周辺を嗅ぎ回られたら面倒なのだ。

 自分はあくまで善意で協力した子供でいるべきだと思ったし、事実、そうすればすぐに信用してもらえた。

 だからシャディクは、グエルが一体、何に駆り立てられているかわからない。

 

 

「俺は……知らなくちゃいけないんだ。あいつが何と戦って、あんな風に覚悟を決めたのかを……」

 

 

 びっくりするぐらい青臭い理由だった。

 あまりにも甘ったるすぎて、一瞬、自分はからかわれているのかと思うぐらいに。

 だが、如何にもグエルらしい理由だった。

 甘っちょろくて、情が深くて、真っ直ぐな彼らしい理由だ。

 

「水くさいな。勉強会なら俺も一緒にやっていいか?」

「お前が……? 構わないが、邪魔をするなよ」

「しないさ、むしろ手助けできると思うよ」

 

 そうしてシャディク・ゼネリは、グエルの懐に入ることに成功した。

 あるいはグエル・ジェタークをこちら側に――親アーシアン派に引き込めるのではないか、という打算も多分にあったが。

 このときシャディクは初めて、何のコンプレックスもない真っ直ぐな好感を、グエルという男に抱いたのだ。

 

 

 

 

 

 

「――デリングゥウウゥウ!!!!!」

 

 

 鬼気迫る勢いであった。

 もし殺意だけで人を殺せていたなら、ミオリネ・レンブランは一〇〇回ぐらいデリング・レンブランを殺していただろう。

 彼女のアポイントメントを認めてベネリット・グループ総裁の部屋に通した警護の兵たちも、彼女が()()()()()()でなければ、迷わず射殺していたに違いない。

 それほどの勢いであった。

 

「騒がしいぞ、ミオリネ」

「答えなさい、デリング・レンブラン!! あんた、スレッタ・マーキュリーに何をしたの!?」

「私が? その問いは不正確だな、ミオリネ。スレッタ・マーキュリーは()()()()()()()()()()()()()()()。これがお前の望む答えか?」

「ッ!! こっのクソ親父ぃ!!!」

「ミオリネ様!」

 

 今にも殴りかからんばかりの勢いのミオリネは、デリングの副官ラジャンが間に挟まったことで、辛うじて収まったようだった。

 とはいえその白皙の美貌は見る影もなく、紅潮して真っ赤に染まっている。

 憤怒で赤くなっているのだ。

 我が子の凄まじい怒りに触れてなお、デリング・レンブランは冷静であった。

 すでにドミニコス隊から報告を受けている。

 娘が何に対して怒っているのかは想像がついた。

 

「もしお前が、スレッタ・マーキュリーのありようを無惨だと、残酷だと感じたのならば――それがこの世界の真実の姿なのだ、ミオリネ」

「そういう残酷な世界から子供を守るのが大人ってやつじゃないの!? あんた、言ってることおかしいわよ!!」

 

 ミオリネが口にしたのは、彼女の信じる良識ある大人が取るべき行動であり正義の形だった。

 だがそれは、デリング・レンブランという英雄の論理には通じない価値観だ。

 

「年齢など関係ない。この世界の平和と安寧は、スレッタ・マーキュリーのような意思と覚悟を持った人間によって守られている。その献身と庇護の下で暮らしてきたお前に、口を挟む資格などない」

「それ、は…………そんなの、あんたがスレッタに強制したんじゃない!」

「それは違う。あの者の母が死んだとき、スレッタ・マーキュリーは自ら私にこう願い出たのだ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とな。そのときから二年間、あの者が約束を違えたことはない。アレは自らの意思で罪を背負うと決めた戦士だ」

 

 ミオリネを襲った衝撃は、思わず足下がふらつくほど彼女を驚愕させた。

 あの優しいスレッタが、自分から願い出た――それがデリングの嘘ならどれだけよかっただろう。

 だが、ミオリネ・レンブランは知っている。

 この男は決して嘘をつかない。

 自分と母に隠し事をしていたとしても、見え透いた嘘をつくことだけはない。

 それがたった一つ、ミオリネがデリングを信じている真実だった。

 

「何よ……それ……」

「自らを育んできた生活が如何なる犠牲の上に成り立っているか、お前は考えたことがあるか? スレッタ・マーキュリーはそれを理解しながら、罪を背負い、戦い続けている。そのような戦士たちの庇護があって初めて、お前の生きてきた世界は成り立っているのだ」

 

 そんなこと一度も考えたことがなかった。

 それがどれだけ残酷な振る舞いだったか――今さらになって理解する聡明さがあるミオリネは、絶句するしかない。

 黙り込んだ娘の姿を視界に収めながら、デリング・レンブランは淡々とこう告げた。

 

 

「――()()()()()()()()。ミオリネ、お前の見てきた平和で窮屈なゆりかごは、その地獄の外側に設けられた安全地帯に過ぎん」

 

 

 何も言い返せなかった。

 悪夢にうなされて、何度も何度も謝るスレッタの姿を思い出す。

 彼女の見ていた悪夢とは、魔女狩りの記憶だったのだろう。

 

 

――それが意味する痛みを、ミオリネ・レンブランは知らない。

 

 

 ミオリネは何もわからないまま、ここまで来てしまった。

 スレッタ・マーキュリーの見ていた世界を構成する、本当の残酷さを。

 

 

「何一つ背負う覚悟のないものが、スレッタ・マーキュリーの意思に口を挟むな。それはあの者への侮辱だ」

 

 

 何百回罵っても足りないような父親に、諭されるように説教されて。

 

 

 

――ミオリネ・レンブランはこの日、悔しさで泣いた。

 

 

 

 

――何度も何度も、涙が涸れるまで。

 

 

 

 

 

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