ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタがペイル社相手に無双するだけの話

 

 

 

 

 

 アド・ステラ一二二年。

 ここ最近、ベネリット・グループは大きなスキャンダルに沸いていた。

 御三家の一つ、ペイル・テクノロジーズによる数々の協約違反と、その物的証拠である人体実験の被害者――あまりにも非道な内容のそれは、リークされるなりすぐに太陽系全域のマスメディアを賑わせた。

 まるでベネリット・グループ側が、積極的にこの件を大事にしたがっているかのような動きだった。

 常のベネリット・グループであれば情報統制や各種圧力でもみ消すような不祥事が、今回ばかりは何の妨害もなく大々的に報道されているのだ。

 特にグラスレー系のグループの動きは積極的で、ペイル・テクノロジーズによる非道な行いを、堂々と非難するような論調のニュース記事が発信されている始末である。

 

 

 

「「「「風向き、変わってきたわね……」」」」

 

 

 

 そして今、ペイル・テクノロジーズ本社フロントの内部では、四人の老女たちが今後の対応を話し合っていた。

 ペイル社協同代表の四人である。

 

「四号の処分に失敗したのは痛かったわね」

「貴重な市民IDのない戦闘部隊(インビジブル・ソルジャー)も皆殺しとはね。おかげで口封じの手間が省けたけれど」

「〈ファラクト〉の残骸は回収済みよ。あの機体が従来型GUNDフォーマット使用機である証拠はないわ」

「最悪、四号が告発に利用されようとこちらには本物のエラン様がいる。決定的な証拠はないに等しいのです」

 

 限りなく黒に近しい灰色を白と言い張れる、というのが、この権力にどっぷりと漬かった老女たちの思考回路だった。

 事実、ペイル・テクノロジーズという企業は、その利益を最大化する権力ゲームによって規模を拡大してきた。

 あらゆる不祥事は抹殺され、正当な権利や人権侵害を訴えた裁判は沈黙に追いやられ、何者も批判できない御三家の一つにまで登り詰めてきたのだ。

 ゆえに今回も同じように上手く沈静化させられるだろう、という楽観論が、共同代表たちを支配していた。

 それは人間であれば誰もが陥る正常性バイアスの罠なのだが、彼女たちは気づけない。

 全能の支配者として企業に君臨してきた長すぎる時間は、才女たちを暗愚な支配者にまで貶める、知的劣化を引き起こしていたのである。

 

「カテドラルが動いているという情報もあるわ」

「まあ、ヴァナディース事変のように我々を皆殺しにすると?」

「今のデリングにそんな気概はないでしょう。所詮、現体制の中で王様をしていれば満足する男でしょう、アレは」

「妾の子を学園に送り込んで保身に必死だものね。となると今回の告発は、サリウスあたりの差し金かしら」

「ご老体のガンダムアレルギーにも困ったものね」

「彼の養子……シャディク・ゼネリといったかしら? あのあたりから切り崩すのはどうかしら」

 

 実際のところ、積極的にペイル・テクノロジーズのスキャンダルを盛り上げているのは、そのシャディク・ゼネリの息がかかっている企業たちなのだが、自分たちに都合がいい情報だけを摂取してきた老女たちは気付かない。

 経営者としての彼女たちはずいぶん前から、高度AI〈ペイルグレード〉の指示に依存した存在となっていた。

 自分たちの陰謀の手腕すら、AIのそれに寄りかかった稚拙なものになっている自覚がないのだ。

 そんな彼女たちを揺るがす一報が入ったのは、そのときだった。

 共同代表たちにインプラントされている通信端末に、同時に衝撃的な情報が入ってきたのだ。

 

「なんですって!?」

「デリングは本気なの!?」

「ドミニコス隊が臨戦態勢ですって!?」

「このペイル・テクノロジーズに強制執行する気なの!?」

 

 それは弾劾裁判のような駆け引きの場で状況をひっくり返す気だった彼女たちにとって、寝耳に水の状況である。

 そしてこの危機を前にして、〈ペイルグレード〉は()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

――スレッタ、時間だよ。

 

 

――今日も可愛い可愛い君のお姉ちゃんがサポートするからよろしく。

 

 

 コクピットの中でうたた寝していたことに気付いたのは、姉の呼びかけがあってからだった。

 うん、と寝ぼけ眼で目を覚まし、機体の自主点検中だったのを思い出す。

 点検自体は半分以上終わっており、すぐに残りも片付けてしまえる範囲だった。

 残りのチェックを始めたスレッタに対して、エリクトが持ちかけてきたのは際どい話題である、

 

 

――ところでエラン・ケレスには抱擁(ハグ)でグエル・ジェタークには握手(ハンズシェイク)だった違いって何?

 

 

――お姉ちゃんその辺の心の機微が気になります!

 

 

「……二人とも、わたしにとっては大切な人だから。一番気持ちが伝わるのってああいうのかなって思って……エランさんには生きて欲しいし、グエルさんには楽しい思い出いっぱいもらったし……」

 

 

――スレッタが男二人を転がす魔性の悪女になってるよぉ!?

 

 

――ショック! お姉ちゃん超ショック! え、マジで言ってる!?

 

 

「もうっ、からかわないでよエリクト。わたしは真面目なんだからね」

 

 

――ごめん僕、ほら恋愛経験とかないから……

 

 

――ちょっと高度な男女の感情の機微は手に余るかな……

 

 

 やや引いている姉に対して憤慨(ふんがい)しつつ、〈エアリアル〉のコクピットで点検を済ませていくスレッタ・マーキュリー。

 彼女が着ているのはドミニコス隊のエンブレムがついた専用のパイロットスーツであり、学園で着ていたホルダー用のスーツではない。

 〈エアリアル〉の方はMS運用母艦〈ユリシーズ〉に積んであった予備部品を使ってメンテナンスを受けており、機体の調子はいい。

 普段からのメンテナンスを大事にされてたんですね、と整備士に言われたとき、スレッタはちょっと複雑そうに微笑んでしまった。

 地球寮のみんなの仕事ぶりを褒められて嬉しい気持ちと、そんな彼らとろくにお別れもできずに来てしまった後ろめたさが、彼女にそういう態度を取らせている。

 やがてチェックリストがすべて埋め終わったときだった。

 ぬっと現れた巨体を見て、びっくりしてスレッタは大きな声を出してしまう。

 

「ケナンジ・アベリー隊長!」

 

 

――げっ、父さん殺したクソ野郎じゃん。

 

 

――僕はふて寝するからスレッタあとよろしく。

 

 

 一瞬で不機嫌になったエリクト――彼女とケナンジの因縁を考えれば無理からぬことだ。

 若い頃はバリバリ前線で働くエースパイロットだったというケナンジ・アベリーは、二一年前のヴァナディース事変のとき、エリクトの父親ナディム・サマヤを殺害している。

 それを思えば今のエリクトの反応はだいぶ柔らかい方だろう。

 そこに妹への気遣いを見出して、スレッタは苦笑する。

 

「いや、学園生活楽しんでたところすまないな。急な復帰になっていろいろ戸惑ってるだろうなと思ってな」

「いえ、大丈夫です。わたしから持ち込んだ事案ですし」

「エラン・ケレス……の身代わりにされていた少年のことは心配するな。我々が責任を持って保護している。如何にペイル社とはいえ、この船の中にまで手出しはできんよ」

「ありがとうございます!」

 

 スレッタの心からの感謝に微笑んだあと、最近、体重が増えたとこぼす巨漢の隊長は本題を切り出した。

 

「それで……やれるか、〈エアリアル〉は」

「はい。報告の通り、オーバーライド――()()()()()()()()()()で、〈エアリアル〉はパーメット通信機器への能動的(アクティブ)な電子戦能力を獲得しました。今回の作戦はその機能を最大限に利用するよう指示が出ているんですよね?」

「ああ、なんとも信じがたい話だが……流石はデリング総裁肝いりの最新鋭機か」

 

 パーメットスコアの上昇のことは、ケナンジたちにも伏せられた極秘事項だ。

 あくまで〈エアリアル〉の製造元によるOSアップデートと、それに伴う機能拡張として説明されている。

 対ガンダム戦に詳しいドミニコス隊であればこそ、「パーメットスコアを上げてもパイロットが死なないガンダム」など想定外という事情もある。

 先の会議の場で〈エアリアル〉が新型GUNDフォーマット使用機であることは明らかにされたが、それが現場に周知されるまでにはギャップがあるのだ。

 もっともスレッタ自身、パーメットスコアの真価について詳細はわかっていないのだけれど。

 彼女が知っているのは、母プロスペラ・マーキュリーこと本名エルノラ・サマヤの遺言だけだ。

 

 ガンダムを滅ぼして欲しいという願い。

 ヴァナディースの過ちを正してほしいという願い。

 パーメットスコアを上げていけばエリクトは自由になれるという願い。

 そして最後の願いは――

 

 

 

――エリィ、スレッタ。

 

 

――()()()()()()

 

 

 

 今となっては呆れるほど身勝手なエゴだと思う。

 ガンダムの殲滅という使命とは、どうあっても相容れない祈りだった。

 なのにこの遺言をスレッタ・マーキュリーが忘れられないのは、そこに込められた想いが本物だったと知っているからだ。

 自分は確かに愛されていた。

 それだけで満たされて戦えてしまうから、少女は今こうしてドミニコス隊の魔女として生きている。

 

「オーバーホールしてる暇はないからな、装甲や推進装置は学園仕様のままだ。決闘用出力リミッターとFCS制限の解除ぐらいだが、やれるか?」

「慣れた機体です、ベストを尽くします」

「そうか。では、またブリーフィングのときにな」

 

 そう言って去って行くケナンジ・アベリーの後ろ姿を見送りながら、スレッタ・マーキュリーは思うのだ。

 あの人の中にある感情は果たして、自分への申し訳なさなのか、それとも年若すぎる部下への気遣いなのか。

 きっと両方なのだろう、とスレッタは思う。

 ケナンジは〈エアリアル〉がガンダムであることと、スレッタ・マーキュリーの母親がその開発者であることを知っている。

 それだけわかっていれば、彼女の母親が魔女の残党であることは想像がつくし、ヴァナディース事変の魔女狩りで活躍したパイロットであればこそ、思うところはあるのだろう。

 それまで黙っていたエリクトが口を開いたのは、ケナンジが完全に見えなくなってからだった。

 

 

――ああいうのを偽善者って言うんだよ、よく覚えておくといいよスレッタ。

 

 

――後悔するぐらいなら最初からしなきゃいいんだよ。

 

 

 そこに込められた憎々しそうな響きは本物だった。

 スレッタは目を閉じて「そうだね」と呟いて。

 

「難しいよね、後悔せずに生きるのは……」

 

 独りごちるのだった。

 

 

 

 

 

 

 宇宙空間に、無数の艦艇がひしめいていた。

 ペイル・テクノロジーズの所有するフロント前に陣取るのは、ペイル社の所有するMS運用母艦たちであり、展開されているMS部隊も同様であった。

 ベネリット・グループの所有する大規模工業施設プラント・クエタなどの重要拠点には護衛艦隊が配置されており、普段はローテーションを組んで御三家持ち回りで警備を行っているが――今回ペイル・テクノロジーズが配置した艦隊は、まさにその中核を担う戦力であった。

 配備されているMS〈ザウォート・ヘヴィ〉は、軽量機ながら高い積載量を誇る第四世代モビルスーツの名機である。

 背中には大型ビームキャノンと対機動ミサイルポッドをマウント、右手にはロングバレルのビームライフルを保持した〈ザウォート・ヘヴィ〉は、高い攻撃力と機動力を持った攻撃的なMSだ。

 現在この宙域にはMS一個中隊(MS一二機前後)を運用可能な母艦が、ペイル社側だけで二〇隻以上も布陣しており、軽く二四〇機ほどのMSがいる計算になる。

 

 フロント側に配備されている警備部隊も含めれば、もっと数が増えるだろう。

 もちろんこれは尋常な数の戦力ではない。

 明らかに「これから本気で宇宙戦争をします」と言っているような物量の展開なのである。

 

 強制執行――要するに武装解除と立ち入り捜査――のため無数のMS運用母艦を引き連れてやってきたドミニコス隊は、ペイル・テクノロジーズ側のあまりに強硬な態度に苛立ちを隠せなかった。

 旗艦〈ユリシーズ〉艦長を務めるケナンジ・アベリーは、深々とため息をついて敵の布陣を見た。

 一応は様子見という感じの布陣で、敵側は四個中隊(MS四八機ほど)が哨戒に出ているような状況だが――まさに一触即発という感じである。

 下手に突けばベネリット・グループの企業軍と、監査部隊ドミニコス隊の間で大規模な軍事衝突が起きることになりかねない。

 

 とはいえ、やりようはある。

 

 ペイル社の艦隊旗艦はわかっている――旗艦〈レヴィアタン〉、巨大な蛇の名を冠したMS運用母艦だ。

 他の船と比較しても一目でわかるほど巨大なMS運用母艦で、二個中隊(MS二四機)を運用可能なMSハンガーと複数の電磁カタパルト、そして艦隊戦用の主砲を備えた大型艦である。

 流石に御三家の一つだけあって五〇〇メートル級の大型艦を運用できるのだから恐れ入る。

 MS部隊の練度や装備の質でドミニコス隊が負けることはないが、あのような大型艦と艦砲射撃で撃ち合うはめになれば話は別だ。

 

 何より部隊のイタズラな損耗は避けたい。

 そういうわけで、スレッタ・マーキュリーと〈エアリアル〉にくだった命令はシンプルだった。

 護衛のMS八機と共に、ペイル社艦隊旗艦〈レヴィアタン〉を無力化せよ――いわゆる斬首戦術である。

 初手で指揮系統を潰せばあとはどうとでもなる、というのがケナンジ・アベリーの読みだった。

 

 事実、ペイル・テクノロジーズ側の護衛艦隊の士気は高いとは言えなかった。

 まず大々的に暴露されたスキャンダルの中身が中身だけに、自社の側に問題があるのはわかりきっている。

 さらにこの場でドミニコス隊を退けたとしても、その後の展望があるのかさっぱりわからない。

 これまでの上層部の動き方からして、下手をすれば現場の暴走という形で切り捨てられるのではないか――同じベネリット・グループ内の権力闘争の余波にしか見えないこの戦いは、決して前線の兵の士気を高めるようなものではなかった。

 そんな彼らに戦闘続行が不可能な言い訳を与えてやれ、というのがケナンジの判断だった。

 

「なるべく殺さずに可愛がってやれ。言い訳が立つぐらいにな」

「護衛艦隊のお坊ちゃまたち相手でしょう? 余裕ですよ」

「怪我させないように気をつけないとな」

 

 軽口を叩くドミニコス隊のモビルスーツパイロットたちは、口調こそ冗談じみているが全員が本気だった。

 現在、展開されているだけでも敵は六倍の数、さらにそこに母艦からの対空射撃がつくとわかっていても、だ。

 ドミニコス隊が負けることはないと確信している。

 彼らにはエリートであり精鋭であるという自負があった。

 そして何より――

 

「今は我らが勝利の女神もいるからな」

「この作戦の要はお前なんだ、頼んだぞスレッタ」

 

 

――彼らが信頼するプリンセスがここにいるのだ。

 

――愛らしき小さな魔女(リトル・ウィッチ)

 

――ドミニコス隊最年少にして最強の乙女。

 

 

「も、もう……女神とかプリンセスとかやめてくださいッ!」

 

 スレッタの抗議に対して、男衆の反応は無神経だった。

 

「模擬戦で先輩方をボコボコにして格付けしようとするクレイジービーストとかの方が良かったか?」

「今思い出しても頭おかしいよな、なんだよあの操縦」

「む、むむ、昔のことは忘れてください!!」

「無理だろ」

「俺ちょっとあの変態機動は夢に見る」

「こいつモビルスーツに乗ると狂犬だからな……学園じゃ友達狩りしてたって聞いたぜ?」

 

 どうやらドミニコス隊の知人がいるアスティカシア高等専門学園の生徒がいたらしい。

 思わぬところから漏れた話題に、スレッタは焦った。

 

「友達狩りぐらい普通じゃないですか!?」

「……いや?」

「友達は狩りの対象じゃないぞ?」

「水星って怖いところなんだな」

 

 次々と入るツッコミの嵐に、スレッタは憤慨した。

 

「もうっ! わたしは〈エアリアル〉のコクピットに行ってますから!」

 

 ぷんぷんと怒りながら席を立った少女がいなくなると、ブリーフィングを終えたパイロットたちは、皆、一様にうなずいた。

 

「いい娘だよな」

「死なせたくないよな」

「じゃ、まあそういうことだな」

「空しいよなあ、大人にできるのが戦場で騎士ごっこだけって」

「言うなよ、悲しくなってくる」

 

 全員の心は一つだった。

 あの娘を無事に学園へ送り返してやろう。

 そのように団結した男たちの心情など知らず、少女は戦場へ駆り出される。

 

 

 

 

 

 

 旗艦〈ユリシーズ〉から出撃した〈エアリアル〉と護衛の二個小隊の〈ベギルペンデ〉を出迎えたのは、〈ザウォート・ヘヴィ〉の群れからの手荒な歓迎だった。

 長距離用のビームキャノンが何十発も飛んでくる――それをビットステイヴの盾〈エスカッシャン〉で防ぎながら、MS九機は敵陣への突入を開始した。

 本格的な戦闘はしたくないが、小競り合いぐらいのアリバイ工作はしておきたい。

 ペイル社護衛艦隊のそういう思惑から始まった戦闘である。

 小規模なMS部隊を追っ払うだけでいい――護衛艦隊側の予想は、すぐに打ち破られることになる。

 

『なんだあのバリアは!?』

『ビームキャノンを何発当てても落とせないぞ!?』

『盾の真横を狙え、対機動ミサイル照準!!』

 

 あまりにも敵部隊の進行スピードが速すぎるのだ。

 通常であれば対空砲火を浴びてすぐにでも爆発四散しているであろう、弾幕の真っ只中を、たった九機のMSが突っ切ってくるのだ。

 それもこれも、灰色のMSが張っている妙なバリアのせいだった。

 複数のドローン子機から出力されていると思しき力場が、斥力を伴う盾となってあらゆる攻撃を防いでいるのだ。

 〈ザウォート・ヘヴィ〉部隊の放ったビームキャノンも、MS運用母艦からの対空砲火も、そうして力場のバリアに弾かれて霧散してしまっている。

 

『くそっ、撃たれた!?』

『この距離で当ててくるのか!?』

『被弾した、戦闘不能! 救助を頼む!!』

 

 迎撃に出ていた〈ザウォート・ヘヴィ〉部隊は、射程に入った途端に〈ベギルペンデ〉のビームライフルで狙い撃たれ、戦闘不能にされている。

 しかも絶妙に撃破ではなく中破程度のダメージだから、損傷を受けた機体からの救難信号で通信は大変なことになっていた。

 敵機の迎撃のため、カタパルトからMS部隊が発進しようにも、まだパイロットの生きている機体が進路上にあるためカタパルトが使えない、といった事態が多発。

 護衛艦隊は短時間で大混乱に陥っていた。

 

『たった九機のMSだぞ!?』

『一機やけに強いMSがいます、もしかして噂の――』

『デリング子飼いのガンダムとやらか! 撃ち落とせ!』

 

 かくして艦隊の敷いていた防空網は易々と九機のMSに突破され、旗艦〈レヴィアタン〉への道が開けつつあった。

 だが、もちろん〈エアリアル〉の盾に守られている二個小隊のMSが余裕なわけではない。

 何せ、たった九機しかいない部隊なのだ。

 一瞬でも気を抜けば、すぐさま対空砲火に落とされるのはわかりきっている。

 この無茶が利いているのは、〈エアリアル〉という破格のMS戦力があり、それに追従できる凄腕しかいない部隊だからだ。

 一歩でも〈エアリアル〉のバリアの範囲外に出れば、たちまち撃墜されるであろう空間。

 そこで機械のような精密な攻撃を続ける胆力と、状況に合わせてフォーメーションを組み替えられる操縦技術が求められる陣形だった。

 

『〈レヴィアタン〉有効射程圏内に敵MS部隊が入ります!』

『主砲準備、対機動ミサイル、一番から九番まで発射!』

『近接迎撃システム起動、一番から四番まで撃て!』

 

 切り込んできた九機のMSは一機も脱落することなく、旗艦〈レヴィアタン〉目がけて真っ直ぐに突っ込んでくる。

 艦載の対機動ミサイルが何発も発射されたが、そのすべてが〈エアリアル〉のビットステイヴに撃ち落とされ、MS部隊に届くことはなかった。

 護衛艦隊の他の艦艇が混乱に陥る中でも、旗艦〈レヴィアタン〉は冷静だった。

 対空砲火を濃密に展開しながら、MS部隊の発進を命じる。

 ようやく発進した〈ザウォート・ヘヴィ〉二〇機あまりが、ドミニコス隊のMSの行く手をさえぎるように展開――ビームキャノンとビームライフルで濃密な弾幕を形成する。

 

 

――だが、そのすべてが防がれた。

 

 

 〈エアリアル〉がビットステイヴによって展開するバリアの強度は極めて高く、生半可な攻撃ではその盾を崩すことはできない。

 そして弾幕の合間を縫って、盾の隙間から顔を出した〈ベギルペンデ〉たちがビームライフルを一斉射――次々と〈ザウォート・ヘヴィ〉の手足を撃ち抜いて戦闘不能に追い込んでいく。

 圧倒的な数の差の中で不殺を実行する、という異様な戦術――もはやドミニコス隊と護衛艦隊の間の練度の差は、誰の目にも明らかだった。

 

『遊ばれているのか、俺たちは!?』

『ちくしょう、かてっこねえよ!』

『バカ野郎、弱音を吐――ぐわぁ!?』

『隊長機が被弾した! 指示を!』

 

 数で勝る自分たちの攻撃は通じず、逆に相手側の攻撃は必殺必中という有様なのだ。

 MS部隊にも混乱は広がり、あっという間に二〇機以上のMSが戦闘不能に追いやられた。

 

 

――加速、加速、加速。

 

 

 圧倒的な密度の弾幕を展開する五〇〇メートル級の巨大戦艦――敵旗艦〈レヴィアタン〉を視界に収めた〈エアリアル〉は、〈ベギルペンデ〉八機に周囲を守られつつ、作戦の最後の手順を実行した。

 大盾を密集させた防御陣形で、敵からの対空砲火に耐える数秒間――誰かが脱落すればその瞬間に瓦解する、あまりにも脆弱な防御。

 けれど、そうはならない。

 彼らにはスレッタ・マーキュリーと〈エアリアル〉がいるのだから。

 〈エアリアル〉の胸部と頭部のシェルユニットが発光し、青い輝きを放ちながらパーメットスコア六の機能――オーバーライドを開封。

 あらゆる情報構造体を支配する光が、旗艦〈レヴィアタン〉のパーメット情報通信機器に直撃した。

 

 それはクラッキングと呼ぶのもおこがましい力だった。

 戦闘艦に積まれたすべての演算処理装置が掌握され、通信機器は征服された。

 索敵、砲撃、指揮、航行――艦艇として考えられる戦闘能力が喪失していくのを、艦橋のブリッジクルーは呆然と見つめていることしかできない。

 その汚染は戦術データリンクで結ばれていた護衛艦隊全体に波及し、あっという間に二四〇機を超えるMS部隊と二〇隻の大型艦が、目と耳と鼻を奪われていく。

 相互通信すべてが途絶し、艦隊全体がパニック状態に陥っていた。

 まるで魔法にかけられたかのように、ペイル・テクノロジーズ護衛艦隊は無力化されていく。

 戦闘開始からわずか三〇分足らずの出来事だった。

 

 

「なんだ、これは……」

 

 

 悪夢を見ているかのような結末に、旗艦〈レヴィアタン〉艦長はうめいた。

 ほとんど死者を出すことなく、二四〇機を超えるMSと艦隊が、まともな戦いもさせてもらえずに終わった。

 これではまるで。

 

 

 

「魔女め……」

 

 

 

 灰色のMS(エアリアル)をにらみつけながら、〈レヴィアタン〉艦長はペイル・テクノロジーズの落日を確信するのだった。

 

 

 

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