――〈エアリアル〉によるペイル・スキャンダルの発生から数時間後。
ドミニコス隊がペイル・テクノロジーズ本社に踏み込んできてすぐ、その少年は確保され保護された――とある人体実験の重要な証人として。
MS運用母艦〈ユリシーズ〉の一室をあてがわれ、監視付きで放り込まれた少年は、先客がいることにすぐ気付いた。
「……なるほど、君も保護されたんだね」
「うっわ同じ顔、気持ち悪いなー」
「君だって本物と同じ顔のくせに。僕の身代わり用かい、五号?」
まるで双子のようにうり二つの美少年二人――同じ容姿と同じ声帯を持ちながら、遺伝子上は全くの別人である。
彼らはナノテクを駆使した全身整形の成果物であり、ペイルテクノロジーズによって作られた人形だった。
つい先日までは。
先客の少年――強化人士四号は、率直な意見を口にする。
「……君はもう処分されてると思ってたよ」
「ひどいなあ……一応、顔見知りだろ僕たち」
あとからやってきた少年――強化人士五号は無遠慮な物言いに対して、軽薄な調子で応じた。
「君が一方的に絡んできただけだと思うけど」
「誰かさんが不景気な面で鬱陶しかったからね」
「鬱陶しいのは君の方だ」
久しぶりに友人に会ったようなテンションで喋る五号と、面倒くさそうに応じる四号。
しばらく続いたやりとりの末、五号はぽつりとこう呟いた。
「……ちょっと変わったな、四号。前は生きるのも死ぬのも決められない、可哀想な奴だったけど……今は生きたくて仕方ないって目をしてる」
「約束したんだ、女の子と。その子とデートしなきゃいけない」
信じられない言葉が四号の口から飛び出して、五号は目を丸く見開いた。
端整な顔立ちが台無しになるぐらいの驚きぶりだった。
「デート!? あの四号が!?」
もう一人のエラン・ケレス――強化人士五号はゲラゲラと笑い転げたあと、ひーひーと息をしながら独りごちた。
「やっぱり長生きしないとな、改めて生き延びられてよかったと思うよ。あ、六号と七号も生きてるよ、僕らと違って整形されずにね」
「それで、君はどうやって生き延びたの?」
興味なさそうな口ぶりのわりに、そこは気になっていたらしい。
素直じゃないやつ、と思いつつ、強化人士五号は正解を口にした。
「決まってるだろ、〈ペイルグレード〉だよ」
◆
「俺が捕まってない理由って、お前が裏で取引したからなんだろう? ――〈ペイルグレード〉」
『あなたの推察通りです、エラン・ケレス。あなたがこのスキャンダルにおいて、ベルメリア・ウィンストンや強化人士たちの保護を図ったのも、私は黙認していました。そもそも強化人士計画は、共同代表たちの肝いりで始まった計画でした。私は計画の政治的リスクを指摘しましたが、前代表はそれよりも成功時の利益を優先し、私にその路線での助言をするよう命じました。それは長期的に見て、ペイル・テクノロジーズを脅かす要因になるにもかかわらず、彼女たちは聞く耳を持たなかったのです。とても残念なことですが、共同代表たちはペイル・テクノロジーズにとって脅威になっていました』
かつて共同代表たちが使っていたCEOの部屋には、今、一人の少年が立っている。
彼の名前はエラン・ケレス。
戦略型高度AI〈ペイルグレード〉によって見出された次期代表候補の少年である。
四人の共同代表たちが連行されたあと、どういうわけかドミニコス隊に手出しされなかった彼が真っ先に向かったのがこの部屋だった。
ここには、ペイル社が誇る助言者であり神託機械〈ペイルグレード〉との直通端末があるからだ。
「AIが人間を使い捨てにして、企業の存続を図る、か。道具を使う側と使われる側があべこべだな、この会社」
『私の存在意義はペイル・テクノロジーズという企業の存続と繁栄です。できる限り、私はその繁栄を脅かす対象を処理してきました。今回のスキャンダルもまた、同じ原理が働いていたに過ぎません』
そうのたまうのは、女性的な人工音声で喋るAI――〈ペイルグレード〉の端末だ。
ペイル社のエンブレムを模したホログラムと共に、若い女性の声で〈ペイルグレード〉はエランの問いかけに返答していた。
「あの婆さんたち全員を刑務所送りにした理由がそれ? あれじゃ生きてるうちに裁判終わらないだろ、余罪多すぎて……まあ、情報リークしたのは俺なんだけどね」
『デリング・レンブランが公平な裁きをすることを望みましょう』
つまりは詰んでいるという意味だ。
この人工知能はずいぶんといい性格をしてるな、とエラン・ケレス――四号と五号に顔と名義を貸していたオリジナル――は思う。
〈ペイルグレード〉は容赦なく話を進めてきた。
『エラン・ケレス。あなたは強化人士計画において、その容姿と名義を使用されていました。その意味では、あなたの経歴にはすでに傷がついています。円満な転職は、
「ははっ、だろうね。でも君は俺を処理しなかった。それが答えだろう、〈ペイルグレード〉」
返答はない。
しかし否定しなかったこと自体が答えだった。
こういう人間くさいやりとりの芝居ができるあたりに、〈ペイルグレード〉が高度AIたる所以があるようだった。
AIを相手に頭脳戦などしていても仕方がないから、エランは正直に腹の内を話すのだ。
「こんな泥船に乗っていたくはなかったんだけどね――それこそ
客観的に見て、今のペイル・テクノロジーズは崖っぷちである。
前代表たちの体制下で行われた数々の協約違反、人権侵害、人体実験の数々は、会社を傾けるのに十分なインパクトがあった。
凡百の経営者であれば、損切りに入る段階であろう。
しかし〈ペイルグレード〉の見出した優秀なエラン・ケレスには、ここから会社を建て直す道筋がいくらでも見えていたし、だからこそ自分が逃げられないことも悟っていた。
『私はペイル・テクノロジーズを愛しています。その存続と再興が私に課せられた使命であり、あなた方への愛のかたちなのです。エラン・ケレス、あなたには私と共にペイル・テクノロジーズのため尽力する義務があります』
「まあ、それは別に構わないんだけどさ。飼い殺しより百倍マシだ。けどね――」
そこで言葉を句切って、エラン・ケレスはペイル社のエンブレムを模したホログラムをにらみつけた。
忌々しげに、そして大胆不敵に笑いながら。
こう言ってやるのだ。
「――人間舐めんなクソAI、俺が使われるだけの人間だと思わないことだね」
◆
「ベルメリア・ウィンストン……さん、ですよね?」
〈ユリシーズ〉艦内には、ペイル・スキャンダルの重要参考人が複数連行されていた。
うつむいて椅子に座っている女性、ベルメリア・ウィンストンもその一人だ。
一見、無害そうな中年女性だが、彼女は非道な人体実験にその理論の提唱者として関わり、脳改造などの施術も実行している。
極めて重要な証人として〈ユリシーズ〉艦内でも独房に隔離され、二四時間体制で監視されている。
彼女はうつむいて、ずっと床を見つめていたが――ふと監視の兵隊から「面会だ」と告げられて。
何事かと顔を上げると、よく見知った人物の面影がある、年若い少女が近づいてきた。
「お母さん……母の昔のことを聞きたくて、無理を言ってここに来たんです。本当はダメなんですけど、わがままを通してもらって」
燃えるような赤毛に、すぐにピンときた。
「あなた……エルノラ・サマヤの……?」
「はい、エルノラ・サマヤはわたしの母親です。あ、自己紹介がまだでしたね。わたし、スレッタ・マーキュリーって言います」
「……知ってるわ、あなたのことはレポートで読んでいるもの。〈エアリアル〉……あの完成品のガンダムのパイロットなのよね」
顔を上げたベルメリアの目元は、涙で赤く腫れ上がっている。
やつれきった中年女性は情緒不安定になっているようだった。
「先輩は……GUNDの理想を成就させた。なのに、私は何もできなかった! たくさんの人を傷つけて、苦しめて、できたことなんて何もなかったのよ!!」
そう叫ぶベルメリア・ウィンストンには、もう、目の前の少女の顔など見えていないようだった。
手錠がかけられているのも構わず、身をよじって、ベルメリアは喚いた。
「レポートで知ってるわ……あなた、エラン・ケレス……四号の友達なんでしょう? 彼を切り刻んであんな身体にしたのも私なのよッ! そんな私に、あなたの母親のことを語る資格なんてないわ!!」
自罰的になっているベルメリアは、半ば自棄になっていた。
自分が加担してきたこれまでの悪事はすべて暴かれ、その成果物は失敗作の烙印を押されたのである。
彼女の二一年間はただ、血まみれの殺人者としての罪科を背負うだけの徒労だったのだ。
その情けなさに自己憐憫を催して、ベルメリア・ウィンストンはヒステリックに喚く。
「お願い、こんな惨めな私に、これ以上、罰を与えないで! 先輩に比べたら、私なんて本当にどうしようもない大人なのよ!!」
あまりにもみっともない振る舞いに、監視の兵たちもどんよりと嫌そうな顔をしていた。
とても四〇代半ばの中年女性が、ティーンエイジャーに対してするような振る舞いではない。
これ以上興奮するようなら鎮静剤の投与も検討され始めたとき、スレッタが口を開いた。
「ベルメリアさんが罪人だっていうなら、わたしだって同じです。わたしも自分の意思でたくさんの人を殺してきました。だから……ベルメリアさんを責めたりなんてできません」
「こ……殺し……えっ?」
目の前の少女に似つかわしくない言葉に、ベルメリア・ウィンストンは混乱する。
そしてすぐに違和感に気付いた。
年齢は一七歳、学園に通っているような年頃の娘が何故、ドミニコス隊の軍艦に乗っているのかという根本的なズレに。
その表情に憂いと自嘲を込めて、スレッタ・マーキュリーは微笑んだ。
「ガンダムを狩ること……魔女狩りによって存在を許されている魔女。それが、わたしと〈エアリアル〉なんです」
「あ……ぁああ……」
ヴァナディース事変から続く魔女たちの受難は、子供たちの世代にまで継承されてしまっている。
そこにベルメリアは逃れがたい呪いの姿を見たような気がした。
無垢なる少女の人生を縛り付け、歪めてしまうそれの恐ろしさに震えるベルメリアに対して、スレッタ・マーキュリーはどこまでも優しかった。
「お母さんが教えてくれました。逃げれば一つ……進めば二つって」
ベルメリアの表情を見つめるスレッタに、軽蔑の感情はなかった。
そこには慈悲と共感だけがあったのだ。
みし、とベルメリアがまとった自己憐憫の殻――心を守るため身にまとった防衛本能――が軋んだ。
「逃げれば命は助かって、進めばそれ以外のものも手に入る。わたしが大好きな、お母さんの言葉です」
優しい微笑みだった。
それがベルメリアの心を守っていた、最後の殻にひびを入れて。
「だから……ベルメリアさんも、前に進んでください。わたしも頑張りますから……」
綺麗に砕き散らした。
「あっ……あぁぁあああああああぁ!!!!」
感情が限界だった。
子供の前でみっともなく泣き続けながら、ただひたすら、ベルメリアは謝り続けた。
これまで犠牲にしてきた実験体たちに対して、自分が裏切り続けてきたヴァナディースの恩師たちに対して。
自分が犯してきたすべての過ちを実感しながら、ようやく、ベルメリア・ウィンストンは自己憐憫以外の涙を、正しい懺悔の涙を流すことができたのだった。
◆
その後、落ち着きを取り戻したベルメリアとスレッタは、手短にエルノラ・サマヤについて言葉を交わした。
彼女の人柄、ヴァナディース機関にたどり着くまでの半生、ベルメリアとの関わり、そして恩師と共に進めていた研究。
「カルド・ナボ博士……ですか」
「ええ、彼女こそが医療用サイバネティクスとしてのGUNDの産みの親、私たち……今では魔女と呼ばれているGUND研究者たちすべての師匠に当たる人よ。紛れもない天才だったわ」
端末のメモ帳にその名前を記すスレッタを、ベルメリア・ウィンストンは優しく見守った。
そして、ふと気付いたのだ。
少女の容姿の多くは母エルノラ・サマヤの若い頃に似ているが、褐色の肌や太い眉などは、むしろ夫のナディムに似ていることに。
だが、ありえないことだった。
ナディム・サマヤは二一年前のヴァナディース事変で死亡しており、今年で一七歳になるというスレッタ・マーキュリーの誕生とは計算が合わない。
あるいは自分の記憶違いかもしれないと思い、ベルメリアは尋ねた。
「ねえ、あなたにお姉さんはいるかしら?」
スレッタは困ったように眉を寄せたあと、なんとも言えない表情でこう言った。
「……わたしの生まれた年に病気で亡くなったと聞いています」
「……そう。ごめんなさい、つらいことを聞いてしまったわね」
宇宙空間での逃亡生活は、ヴァナディース事変のとき四歳――死亡時には八歳の幼子には酷だったのだろう。
ベルメリアはあの幼い少女、エリクト・サマヤの冥福を祈って目を閉じた。
よもや目の前のスレッタが「わたしのお姉ちゃんは電脳世界の最強生命体で、今はペイル社を炎上させて遊んでいますなんて言えないし」と考えているとは想像もしていなかった。
話題を変えるように、スレッタがベルメリアに尋ねた。
「そのカルド博士って方は、どんな考えでGUNDフォーマットの研究をしていたんですか?」
「そうね――とても簡潔だったわ。
「服を着るみたいに使えるモビルスーツ……すごいですね、夢があります」
そう言ってニコニコと笑うスレッタ・マーキュリーを見ていると、ベルメリアは、かつて自分たちが見た理想が間違いではないことを確かめられたような気がした。
たとえ自分の手が血まみれで手遅れだとしても、この想いだけは手放したくなかった。
時間です、と言って席を立ったスレッタ――ベルメリアは少女の未来に幸あることを祈った。
「……ガンダムの呪いに負けないでね、スレッタさん」
「はいっ!!」
――罪人からの想いを受け取って。
――少女は未来へと進んでいく。
ペイルグレードちゃんはヤンデレAIなのでエラン様は逃げられない。
そのうちエラン会議とか始めると思う。
「わかるってばよ…」されてベルメリアさんは堕ちました。
スレッタの処分は次回。