ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタがデリングと面談するだけの話

 

 無重力空間での艦内通路の移動にはコツがある。

 世の中には移動補助用の輸送グリップなどもあるが、最終的に重要になるのは慣性の法則の把握である。

 自分が今どれだけの質量を持っていて、どれだけの運動エネルギーを帯びているか。

 これを把握していれば、地球育ちのアーシアンが考えるほど宇宙での暮らしは難しくない。

 そう言う意味で今、スレッタ・マーキュリーの前を移動している巨漢――縦にも横にも幅広い――ケナンジ・アベリーは大した人間だった。

 間違いなくスレッタなら、あんな巨体をコントロールできる自信がない。

 

「ケナンジ隊長、わたしに下る処分はどうなるんでしょうか?」

 

 ベルメリアとの対面を終えてすぐ、スレッタはケナンジに連れられて艦内を移動していた。

 ペイル・テクノロジーズを巡るスレッタの行動は、もちろん問題行動である。

 現場にいたナイト小隊からの証言で、実行者がスレッタ・マーキュリーであることも明らかだ。

 本来であればすぐさま独房入りだろうに、何故、自分が自由の身なのかスレッタにもわからなかった。

 一方、振り返ったケナンジは怒っているというより戸惑っているという感じの態度だった。

 

「いや、まあ……やってくれたな。正直、俺にも何がどうなるんだかさっぱりだが、上はお前を連れてこいと仰せでな。ペイル社の重要参考人たちと一緒に、ベネリット・グループ本社フロントに向かってもらう」

「えっ?」

「復唱」

「は、はい! スレッタ・マーキュリー、ベネリット・グループ本社フロントに向かいます!」

 

 少女と中年男はしばらく連れだって艦内を移動した。

 道中、無言だったケナンジが、唐突にぽつりと呟いた。

 

「まあ……頑張れよ、スレッタ・マーキュリー」

「は、はい……?」

 

 上司がどういうつもりでそう言ってきたのか、この時点でのスレッタは察していなかった。

 

 

 

 

 

 

――なぁにが話は通しておくだよルイ・ファシネータ! 明日からいい加減なペテン師(スウィンダラー)に改名しろバーカ!!

 

 

――思いっきり問題になってるじゃん、どうすんのさ、スレッタが呼び出し後に処刑とかされたらさぁ!?

 

 

『落ち着いてくれないか、エリクト・サマヤ。スレッタが呼ばれたのは、たしかに今回の一件がきっかけだが、彼らの対話はいずれにせよ避けられないことだった。それは君もわかっていると思うが?』

 

 

――何の話?

 

 

『どうせ()()()()()()()()()について、君も話してないんだろう?』

 

 

――アレはお母さんが()のために抱いた願いだ。スレッタには関係ない。

 

 

『デリングへの復讐を諦めたように、エルノラの願いも諦めるのが今の君か、エリィ』

 

 

――それがスレッタのためにならないなら、たとえお母さんの遺言だろうと僕は破るよ。

 

 

――それにあの人の遺言にクワイエット・ゼロは出てこなかった。それがすべてだよ、ルイ。

 

 

――そういう君だって、ヴァナディースの理想ってやつのためにデリングと組んでるじゃないか。

 

 

『そうだね。本来、私はデリング・レンブランを諸悪の元凶として排除すべきなのだろう。だが、今の私にとって、それは優先順位が低いタスクだ。達成されるべき目標は他にあるし、デリングもまた、この時代(アド・ステラ)が生んだ英雄(かいぶつ)に過ぎない』

 

 

――とにかく、スレッタは無事なんだね?

 

 

『そこは安心してくれていい。緊張で胃が痛くなってるとは思うが、まあ、それはペイル社を炎上させた必要経費だと思って欲しい』

 

 

――はっ?

 

 

『つまりだ、エリィ。スレッタは今、デリング・レンブランと一対一の面談を受けるところなんだよ』

 

 

 

 

 

 

 

 ケナンジとの会話から数十時間後。

 幾人もの警護の兵の視線に晒されて、スレッタ・マーキュリーは通路を移動し続けた末、よくわからないセキュリティシステムで何重にも持ち物検査をされた末、とある部屋に案内された。

 ベネリット・グループ本社フロント――その中枢たる一室に今、一人の少女がガチガチに緊張して入室しようとしていた。

 

「し、ししし、失礼しまっす!!!」

 

 緊張しすぎて元気がよすぎる挨拶が飛び出たが、部屋の主が気分を害した様子はない。

 その男は「うむ」とうなずくと、前に進むよう少女に促した。

 灰色の髪に豊かなあごひげを蓄えた壮年の男――その人物とスレッタは、以前、顔を合わせたことがある。

 二年前、母が死んだあと、すぐのことだった。

 

「お、おぉお、お久しぶりですっ、デリング・レンブラン総裁っ!!」

「久しいな……スレッタ・マーキュリー」

 

 室内には副官のラジャンの姿すらない。

 ヴァナディースの魔女の娘と一対一の面談。

 普通に考えて、魔女狩り部隊の元締めがするとは思えない所業である。

 安全管理上は問題があるとしか言えないが、それでもなお対面であることに意味があるのだといわんばかりのシチュエーションだった。

 

「ここに外野はいない。緊張する必要はない。お前のありのままの言葉で答えればいい」

「は、はい……あの、今日、わたしを呼ばれたのって……」

「お前が察しているとおりだ――ペイル・テクノロジーズのスキャンダル。その原因である機密情報の漏洩を行ったのは、当時、現場にいたお前と〈エアリアル〉だな?」

「……その通りです」

 

 スレッタとデリングの間に緊張感が漂い始める。

 

「スレッタ・マーキュリー。お前の怒り、お前の正義感からの行動によって、ペイル・テクノロジーズの信用と株価は失墜した。関連企業にも多くの影響が出ている。お前の行動は、多くの人間の日常と安寧を破壊した。そのことについて、何か申し開きはあるか?」

 

 デリングの言葉は正しい。

 間接的には生活の破綻や自殺者などの形で、スレッタの行動が原因で命を落とす人間も出ていることだろう。

 その責任をどう取るのかと、今、スレッタは問いかけられていた。

 すうっと息を吸い込んで、デリングの顔を見つめる。

 

「申し開きは――ありません。わたしは自分の意思で、こうなるとわかっていて、〈エアリアル〉に機密情報を暴露させました」

「その決断が人を殺すとわかっていて、その行動を選んだのか?」

「……はい」

 

 スレッタは言い訳をするつもりはなかったし、同時に自身の行動に弁護の余地がないことも理解していた。

 余人から見れば、ひとときの感情に駆られた愚かな行いと映るだろう、ということも。

 如何なる叱責が飛んでくるかと思えば――デリングが発したのは、素朴な問いかけだった。

 

「何故だ? お前にとって人体実験の被害者は友人だったかもしれん。だが、そこまでして罪を背負わねばならないほどか?」

 

 問われているのは、その行動で背負うことになる罪業を知りながらその道を選んだ理由だった。

 それは根源的な問いかけである。

 スレッタ・マーキュリーという人間の根幹にある価値観。

 それが何なのかと言われれば、たぶんそれは()()()()()()()()()()だ。

 

 

「一番弱い立場の人たちが食い物(リソース)にされて(かえり)みられないなら、そんな世界は間違ってます。デリングさんは、そういうものが秩序や平和だって言うんですか?」

 

 

 むしろ問い返したくなった。

 このアド・ステラの太陽系社会で、経済的にそれを牛耳っている元締めの一人と言ってもいい男が、何故、今日までその罪悪を見逃してきたのか、と。

 誰かの日常や安寧を脅かすことが紛れもない悪であるように、その日常の名の下に誰かを虐げることも悪なのだから。

 それが根本的に解決しようがない、人間という生き物の宿業なのだとしても――見て見ぬフリをしていい理由になどならないはずだった。

 この二年間、地球の地獄を見てきたスレッタ・マーキュリーは、そのように考えている。

 

「なるほど。一理ある。だが、お前のその行動の始まりは、エルノラ・サマヤの遺言だ。あの日あのとき、お前はこう言った――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と」

 

 デリングの言は鋭かった。

 今この瞬間、スレッタが抱いている義憤すら、始まりは私欲に等しいエゴだったのだ。

 

 

「スレッタ・マーキュリー。お前の血塗られた覚悟の始まりは、そんな正義感ではなかったはずだ」

 

 

 少女は今、おのれの過去を問われていた。

 たとえ相手が母親から人生のすべてを奪い、利用し尽くした挙げ句、死に至らしめた相手であろうと――スレッタにはデリング・レンブランを憎むことができない。

 それは実感のなさも大きかったが、何よりも、奇妙な共感があったからだ。

 言葉にして話したわけではないのに伝わるもの――互いが言及するこの世の理不尽に対して、おそらく同じ感情を抱いているという確信。

 それが何故なのか、スレッタは気になってしまう。

 

「たしかに、わたしはお母さんの願いを叶えるために人殺しになりました。その意味もわからずに、血まみれの道を選びました。でも今は違います……その罪深さを知っていて、わたしは人殺しをしています」

「知っていれば殺人が許されると言うのか?」

「いいえ。人を殺すのは、とても悪くて、罪深くて、取り返しがつかないことです。それを忘れたことは一度もありません。それでも――」

 

 

――思い出せるのは地球で見た景色。

 

 

 朝焼けの空の下、人の営みが始まろうとしている街の雑踏。

 夕暮れの空の下、家路を急ぐ人々とオレンジ色に染まる街。

 

 

――あるいは学園で出会った友人たちのなんということはない平穏な日々。

 

 

 スペーシアンである自分を温かく迎え入れてくれた地球寮のみんな。

 勘違いとはいえ、自分を妹のように可愛がってくれるミオリネ・レンブラン。

 敵対した仲であっても友情を築くことができたグエル・ジェタークやジェターク寮の面子。

 互いに怒りをぶつけ合いながらもわかり合うことができた、エラン・ケレスを名乗る少年。

 

 

 たとえこの手を血に染めようとも、彼らの穏やかな暮らしが守られて欲しいと、スレッタ・マーキュリーは思ってしまう。

 優しく愛おしむような声音で、少女は自らの答えを口にした。

 

 

 

「――わたしがこの手を血で汚すのは、そうしてでも()()()()()()()()があるからです。その願い(エゴ)を叶えるために、わたしは罪を背負い続けます」

 

 

 

 しばしの間、沈黙があった。

 机を挟んで向き合うスレッタとデリングは、互いから目をそらすことなく見つめ合っていた。

 何秒経ったろうか、デリングは瞑目して、深々とため息をついた。

 それはどこか、安堵に似た響きの吐息。

 

「変わらないな、お前は変わらず傲慢で勇敢な戦士であり続けている」

「あっ、ありがとうございます……?」

 

 傲慢と勇敢って褒められてるのかな、と思いつつスレッタはデリングの顔を見た。

 相変わらずのいかめしい面構えだが、その不機嫌そうな表情はミオリネ・レンブランそっくりだった。

 顔の造形は正反対と言ってもいいのに、表情筋の使い方がそっくりなのだ。

 だからたぶん、今は少し機嫌がいいのだとスレッタは察した。

 

「お前に下る処分は……オーバーライドの使用に関する規則の作成、二週間の謹慎処分だ。その後、学園での任務に戻るがいい。ベネリット・グループはペイル・テクノロジーズに対して粛清を行う。それが私の答えだ」

「そう、ですか……」

 

 重い処分を覚悟したスレッタの行動すら、最初からデリング・レンブランの掌の上だったのだと察する。

 あるいはオーバーライドの覚醒と、その威力を見せつける形になったペイル・テクノロジーズに対する一連の強制執行すらも。

 自分は道化だったのではないかという疑念に囚われつつ、ふと、スレッタは大事なことを思い出した。

 

「あ、あのっ!」

「なんだ」

「み、ミオリネさんの様子、とかは聞かれないんですか?」

 

 何せ、父と娘である。

 すでに母が死去しているスレッタとしては、如何に険悪な関係であろうと、きちんとコミュニケーションした方がいいと思ってしまう。

 ミオリネにとっての父親がいいものではないことは察しているが、かといって父親の方まで娘を嫌っているものなのだろうか――そんな疑問を込めての問いかけであった。

 デリングはほとんど表情を変えなかった。

 ぴくり、と眉根を動かして一言。

 

「お前はミオリネの護衛として学園に使わしたのだったな」

「はい」

「ならば報告しろ。ミオリネの様子もそのとき話すがいい」

 

 そういうことになった。

 スレッタはいろいろなことを話した――ミオリネとの初対面のときの勘違いを聞かせたときなどは、明らかにデリングはうろたえていた。

 理由は不明である。

 妾腹の子云々の勘違いは有名だから、きっとスレッタの知らない事情があるのだろう。

 学園でのミオリネは傍若無人なようで世話焼きで優しいこと、自分を本当によく可愛がってくれていること。

 理事長室が汚い部屋になっていたことも話した。

 健康管理の面で問題があったが、今は地球寮で共同生活するようになって改善されたと聞くと、デリングはしかめっ面でため息を吐いていた。

 たぶんミオリネの名誉を思うなら言わない方がいいことだったが、こればっかりはスレッタも譲れなかった。

 誰かが健康管理しないと、ミオリネは健康を害する。

 そういう確信があった。

 

 一通り話し終えると、デリングは「もういい」と一言。

 スレッタが目を閉じて、ふうっと息を吐いた瞬間だった。

 デリングはこう言った。

 

 

「スレッタ・マーキュリー。〈エアリアル〉がパーメットスコアを上げたその果てに、エルノラ・サマヤの()()()()は叶うだろう。あるいは、お前の抱いた()()()()すらも」

 

 

 頭を殴られたような衝撃だった。

 思わず目を見開いて、デリング・レンブランの顔を見た。

 その表情からは何も読み取れない。ただ鋼鉄のような意思がみなぎっていることだけが察せられた。

 

「それって、どういう意味――」

「話は終わりだ」

 

 そう言われて退出を促されると、スレッタとしては抵抗のしようがない。

 去り際に見た男の姿にあったのは、とてつもなく強固な意志だった。

 それに言い知れぬ不安を覚えながら、スレッタ・マーキュリーは扉を閉めて、来た道をとって返していく。

 少女の後ろ姿を見つめながら、デリング・レンブランは確信するのだ。

 自らの選んだ選択が最良であることを。

 

 

「私が世界を救おう、ノートレット……お前の遺志と共に」

 

 

 

 

――燃えるような祈りを胸に抱き。

 

 

 

 

――英雄は血塗られた道を進み続ける。

 

 

 

 

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