ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタがエランとデートするだけの話

 

 

――その日の地球寮は朝からやかましかった。

 

 

 その原因はもちろん、ミオリネとスレッタの異母姉妹(そんな事実はない)である。

 褐色の肌に赤毛の少女を椅子に座らせ、甲斐甲斐しくメイクの世話を焼く白い肌に銀髪の少女――絵になるビジュアルだが、その会話内容は口喧嘩めいている。

 化粧台の前に座らされたスレッタは、食生活が終わってたわりに美容にも敏感なミオリネに、これでもかと説教を喰らっていた。

 

「あんた、まさかノーメイクでデートしようとか思ってない? 暴挙よ?」

「み、みみ、ミオリネさん! わたしは可愛いので……ナチュラルメイクでなんとかなりませんか!?」

「あんた意味わかって言ってるそれ!?」

 

 ギャアギャアとやかましく言い合っている二人の姿は、最早、地球寮にとっては日常である。

 スレッタが不在だった一ヶ月半の空白期を思うと、ようやく日常が帰ってきたという気すらしてくる光景だ。

 なので「まーたやってるよ」と男子勢は気にも留めていないし、スレッタが青春らしいイベントをすると聞いて、コイバナ好きの女子勢はすでにコーデについてああでもないこうでもない話し合っている。

 実は以前にも「スレッタの快活さを意識したショートパンツにするか」と「ここは髪型共々、意識してイメチェンし、フェミニンな魅力を前面に押し出すか」で激論が交わされていたのであるが――最終的にスレッタの「わ、ワンピースとか着てみたいです!」の一言でそういうことになった。

 衣類の準備はミオリネの伝手で速やかになんとかなったのだが、いざ、持っていく小物やバッグまで含めた話になると女子の間でも意見が分かれたのである。

 

 何せ、スレッタ・マーキュリーの初デートである。

 泣いても笑っても人生で一度きりの初めてのデートなのだ、最高の状態で送り出してやりたいではないか。

 かくして外野の盛り上がりがすごい中、スレッタのメイクは完成した。

 元々、本人の顔の造形がよいので、確かに最低限のメイクで様になる。

 ミオリネは若干イラッとしてきた。

 

「あんたの言うとおりにすごく可愛いじゃない……! 最高ね、スレッタは!」

「み、ミオリネさん! キレながら褒めるの怖いですよ!?」

 

 ちなみにスレッタは今、髪を下ろしてよく梳いたロングヘアに、薄い桃色のワンピースに白色のカーディガンを羽織ったフェミニンなルックで足下は初夏を意識した白いサンダルである。

 当然、つま先まで入念に女子陣の手で手入れされている。

 歩きにくそうという理由でスレッタは敬遠していたのだが、「じゃあ歩行訓練しなさい!!」とサンダルで綺麗に歩く練習までさせられていたのは記憶に新しい。

 そういうわけで、全身にビットステイヴを装備した〈エアリアル〉もびっくりのフル装備の可愛い女子が誕生していた。

 

「わ、わああ……わたし、今すごく可愛いですよミオリネさん!」

「ええ、あんたは可愛いわ……エランのやつなんか恋に堕としてきなさい!!」

「そ、そーいう話になるんですか!?」

「食い気味にデートの約束取り付けておいてイモ引いてんじゃないわよ!?」

 

 ただの正論ではない。

 ドレッドノート(西暦時代の戦艦のこと。時代を一変させた性能から、誇張表現に用いられる)めいたド級の正論。

 ド正論である。

 

「ううううぅうう……か、覚悟を決めます」

 

 待ち合わせ場所までの道順を生徒手帳(デバイス)にたたき込み、ふーふーと深呼吸。

 スレッタ・マーキュリーは今から緊張しまくっていた。

 さて、デートの支度を手伝い終えたミオリネは、ノートタイプの端末を開いて調べ物を始めていた。

 

「そう」

「あ、あれ? ミオリネさんは宿題か何かですか?」

「私だって、いろいろ考えることがあるのよ……どうやって前に進むか、とかね」

 

 そう、ミオリネは今、とても真剣に自分にできることを探している。

 どうすればスレッタを血塗られた道から解放できるのか――ミオリネ・レンブランはかつてなく真面目に考えていた。

 まだ目処は立っていないが、ペイル・スキャンダルの余波がある今が絶好の好機でもあった。

 デリングがすべてを決めてしまう前に提案しなければいけない、と焦っていると――スレッタが画面を覗き込んできた。

 

「……ガンダムについて調べ物ですか?」

「ええ、そうよ。今、何かと話題でしょ」

 

 しばらく沈黙したあと、スレッタは急にとある高名だった研究者の名をあげた。

 

「実はGUNDフォーマットの研究者の方とお話したんですけど、カルド・ナボ博士って方がすごく参考になるらしいですよ?」

「……あんたの伝手も大概、謎よね。まっ、わかったわ。ありがたく参考にさせてもらうから」

 

 検索AIにカルド・ナボについてのデータ収集と概要作成を命じた。

 これでミオリネがいない間にも、ある程度、参考になるデータが集められる。

 すでに異母妹(そんな事実はない)のデートの見守り(ストーキング)の準備を終えているミオリネ・レンブランは、素知らぬ顔で彼女を送り出すのだった。

 

「エランとのデート、頑張りなさいよ」

「はいっ!!」

 

 弾けるような笑顔と共にスレッタ・マーキュリーは歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 アスティカシア高等専門学園にはいくつかのエリアがあり、その中には様々な店舗を収めた商業エリアもある。

 ベネリット・グループ資本の会社ばかりだが、一通りのショッピングが楽しめるし、様々な民族料理が楽しめるレストランや軽食のフードコート、映画館や各種アトラクションを置いた娯楽施設もそろっている。

 つまり若い少年少女がデートをするのに必要なスポットも少数ながら完備されているのだ。

 流石にアスティカシア高等専門学園に来るような企業の子弟を相手するだけあって、質はいい店がそろっている。

 

 MSを使った演習ができるような広大な空間を、人工重力の影響下においた超巨大建造物(メガストラクチャー)であるアスティカシア高等専門学園では、商業エリアが一つの街を形成していた。

 ここが太陽系有数の経済規模を誇るベネリット・グループの学校であることがよくわかる、とてつもない規模の人工空間だ。

 そういうわけでデートの待ち合わせ場所までのスレッタの道のりは、中々に波乱に満ちていた。

 午前九時ちょうどに集合ということになっていたのだが、道中、何度も乗る電車(トラム)を間違えそうになったし、ナビゲーションアプリの助けがあっても迷いそうになった。

 アスティカシア高等専門学園は広すぎるのである。

 

 地図上では駅前、噴水のある広場が待ち合わせ場所に指定されている。

 

 こつこつ、こつこつ、と音を立てて歩く。

 履き慣れないサンダルなのですごく緊張した。

 足の指先まで可愛く、なんて想像したこともなかったし、地球寮のみんなやミオリネには感謝してもしきれない。

 だが、緊張するものは緊張する。

 第一、自分にこんな可愛いひらひらした服、本当に似合っているのかと今さらになって緊張してくる。

 出発前は「今のわたしってラグランジュポイント四(地球と月の重力が均衡し安定している宙域のこと。アスティカシア高等専門学園を始め、ベネリット・グループ本社フロントなどが存在する)で一番の美少女じゃないですかミオリネさん!」などとはしゃいで、彼女を呆れさせていたぐらいなのだが、

 一五分前行動を心がけていたのに、気付けば五分前まで時間は切迫していた。

 少し早歩きで待ち合わせ場所まで急いだ。

 

 噴水が見えた。

 あそこだ、と歩を早めつつ周囲を見回した。

 いた。

 青いジャケットに身を包んだエランの後ろ姿が見えたのだ。

 彼はベンチに座っているようで、その特徴的な頭髪の色ですぐに居場所がわかった。

 背が高いから、座っていてもすぐ見つかったのである。

 

「エランさん! すいません、お待たせしちゃいましたか――」

 

 返事がない。

 恐る恐る近づくと、エランはベンチの背もたれに身体を預けているようだった。

 身じろぎ一つしていない。

 

 

「…………エランさん?」

 

 

 違和感を覚えながら、少女は少年の前に回り込んで。

 まるで眠るように。

 少年は息を――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――もとい、すやすやと寝息を立てていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ね、寝てる……!?」

 

 スレッタ・マーキュリーは驚愕した。

 流石に至近距離での驚きの声は大きすぎたらしい。

 パチッと目を開けたエラン・フォースは何度か瞬きしたあと、現在時刻を広場の時計で確認して。

 ちょうど午前九時であることを確認後、少し申し訳なさそうに眉を歪めた。

 

「ごめん…………昨日、眠れなくて…………うとうとしてたよ」

「……緊張してたんですか?」

「うん、そうみたい」

 

 かっこ悪いところ見せちゃったかな、と言うエランに、スレッタは微笑んでこう言った。

 

「いえ、わたしも昨日はすっごく緊張して、ミオリネさんたちに早く寝なさいって怒られちゃいました!」

「そっか。おそろいだね」

「はい、おそろいです!」

 

 そう言ってニコニコと笑うスレッタ。

 しばらくの間、彼はじっとスレッタを見つめて微動だにしなかった。

 

「どうかしましたか?」

 

 無言でうなずいて。

 エランはこう言った。

 

 

「……うん。今日の君は、いつもにも増して可愛いよ、スレッタ・マーキュリー」

「はぅあ!?」

 

 

 嬉しすぎて心臓が口から飛び出るかと思った。

 なのでスレッタはいつもより、少しだけ大胆になることを自分に許した。

 エランが立ち上がろうとした瞬間、スレッタは迷わず少年の手に自分の手を重ねるように差し出して。

 その手を握りしめる。

 花のように微笑んで、少女は少年の手を引いた。

 彼が生きていて、目の前にいるという現実が愛おしかった。

 たぶん今、スレッタ・マーキュリーは心の底から笑うことができている。

 

 

 

 

「始めましょう、わたしとエランさんのデートを!」

 

 

 

 

――これは血まみれの手を差し出して。

 

 

 

 

――誰かのために光を目指して歩いていく少女の物語。

 

 

 

 




これでエラン編は一区切りとなります。
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