ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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グエル編
擦れッタが決闘でグエルを殺しかけるだけの話


 

 

 

 

「あのグエル・ジェタークと決闘!?」

 

 

 

 アスティカシア高等専門学園の学内通路にて。

 メカニック科二年の生徒ニカ・ナナウラは素っ頓狂な声を上げた。

 今日一日でいろんなことがキャパシティオーバーになったスレッタ・マーキュリーが、親切な学園の少女に愚痴った結果である。

 純然たる善意で学園の案内を買って出てくれたニカの厚意に甘えるべきだったのだろう。

 少なくとも、アドリブでミオリネ・レンブランの顔を見に行くなんて――すべきではなかった。

 まさか転入初日からこんなことになるなんて、とスレッタは頭を抱えていた。

 

「ええっと、ミオリネ・レンブランさんに挨拶しに行ったんですが、こう、誤解からとんでもないことになっちゃって」

「ミオリネって…………理事長の娘の?」

「えーっと、親の仕事のしがらみというか、そんな感じで顔を見せに行っただけだったんです……」

 

 嘘ではない。

 レンブランとマーキュリーの血筋には、それぞれ因縁があるのだから。

 まさか家族友人を皆殺しにした相手と虐殺の生き残り、などという剣呑な関係だとは誰も思うまい。

 もっとも今の自分は、そのドロドロした因縁も実感が湧かず、どうしていいのかさっぱりわからないというのが本音なのだけれど。

 

「すいません、ナナウラさん……学校を案内してもらってたのに、まさかこんなことになるなんて想像もつきませんでした……」

「ううん……まあ、そういうこともあるよ! 犬に噛まれたとでも思ってやり過ごそう、ね」

 

 にっこりと笑うニカ・ナナウラはアジア系のアーシアンで、青いメッシュの入ったショートカットの少女だ。

 背丈があり肩幅も広くがっしりした体つきのスレッタに比べると、ずいぶんと小柄に見える。

 何よりありがたかったのは、彼女が人格者であり、これからスレッタが入る寮の先輩であることだった。

 

「本当にありがとうございます……いろいろ、ご迷惑おかけするかもしれませんが、よろしくお願いしますっ」

 

 人の優しさがじんわりと染み渡るようだった。

 シン・セー開発公社はどういうわけか、スレッタの編入先を地球寮――ここアスティカシア高等専門学園において、唯一、地球人(アーシアン)の学生を受け入れている特別枠――にしたらしい。

 エリクトから届いたメッセージによると「どのグループ内企業の息もかかってないから好都合」という理由らしいのだが。

 実際、こうして会ってみたメカニック科のニカ・ナナウラはとてもいい人で、積極的に学園の案内をしてくれている。

 

「スレッタさんが来てくれたおかげで、スポンサー企業がついてうちの予算もぐっと増えたんだよ! そんなふうに卑屈にならなくてもいいって」

「…………あっ、お金で黙らせたんですか、うちの会社(シン・セー)

「あははは……そういう受け取り方はしてないよ、私は」

 

 生々しい現実に引き戻されたスレッタは乾いた笑みを漏らした。

 ひょっとしなくても札束で人様の居場所を買い叩くスペーシアンだと思われているかもしれない。

 

「まあ、そういう話は置いておいてさ。決闘はいつから?」

「えっと、決闘は明日の昼です。私のモビルスーツがまだ届いていなかったので――」

 

 歩いて、歩いて。

 地球寮に着いた頃には、夕暮れになっていた。

 地球寮はモビルスーツハンガーが並ぶ一角にある古びたハンガーを改装した建物で、ハンガー内部に居住空間を増設し、寮として使用しているようだった。

 なるほど、この学園でのアーシアン差別がどういうものか一目でわかる。

 しかし中に入ってみると、一部の設備はやけに真新しくなっており、セキュリティ設備なども中古だが信頼性の高いメーカーのものが導入されている。

 

「おーいニカ! ……っと、噂のうちに入るって言うスペーシアンか!?」

「えっと、はい! 水星出身のパイロット科二年、スレッタ・マーキュリーです! よろしくお願いします!」

「おーう……ああ、ホルダーと決闘するっていう無謀な編入生か」

 

 あまりガラのよくなさそうな男子二人――オジェロとヌーノというらしい――から挨拶される。

 彼らが何に注目しているのかわからず、視線を上げて。

 そこに、家族の姿を見つけた。

 

 

 

「――〈エアリアル〉!!! やっと届いたんだ……」

 

 

 

 全高一八メートルの巨人が、MSハンガーに立っている。

 まるで水星にいた頃のような、目が覚めるような鮮やかな色彩。

 水色と白色と赤色のトリコロール・カラー。

 背部の推進装置は実戦仕様の四枚の翼ではなく、シンプルなバックパックタイプ。

 何から何まで昔の姿だった。

 懐かしくて、嬉しくて、震えるような感動が胸を打った。

 まるで何もかもが、母が亡くなる前に戻ったような錯覚――地球寮の面子からの言葉に現実に引き戻される。

 

「すごいよね、これ。まさか市販品じゃなくてハンドメイドなんて」

「あっ、はい……オーバーホールから戻ってきたばかりなので、たぶん絶好調だと思います」

「よろしく……うちに来たってことは、こっちで弄っていいんだよね?」

「は、はい……メンテナンス、お願いしても大丈夫ですか?」

 

 わらわらと集まってくるメカニック科の面子――特に決闘の話に食いついてくるオジェロとヌーノは何故か盛り上がっている。

 何だろう、地球寮の男子は勝負事が好きなのだろうか。

 それがまさか、自分とグエルの勝敗で賭博が行われているなどとは想像もせず、スレッタはぼんやりとする。

 

 だって、人殺しの機械(ガンドアーム)じゃない〈エアリアル〉がそこにいるのだ。

 わからない。

 自分は本当に人殺しになったのか、すべてが夢だったんじゃないかとさえ思えてくる。

 ぼーっとしていると、誰かから「何を決闘にかけたのか」と問われて。

 ふにゃりと幸せそうに、スレッタ・マーキュリーは笑った。

 

 

「決闘、負けたら、わたしが自主退学しろって話になっちゃって」

 

 

 周囲の生徒たちが息を呑む。

 え、とか、それはひどい、とか小声で聞こえてきたけれど。

 

 

「問題ありません。だって――」

 

 

 スレッタの胸は、燃えたぎる太陽のように晴れていた。

 

 

 

「――わたしと〈エアリアル〉は負けませんから」

 

 

 

 

 

 

「やらかしたわ、シャディク」

「うん、きっとミオリネが悪いね」

 

 グラスレー寮、寮長の部屋。

 ある種、貴族的な趣味がうかがえる広々とした一室で、ミオリネ・レンブランは一人の少年と向き合っていた。

 長い金髪に褐色の肌、にこやかで爽やかな笑顔。

 そして何故か胸板を見せつけるように開け放たれたセクシーな胸元。

 シャディク・ゼネリ。

 女子生徒からの人気が高い生徒で、グラスレー寮の寮長であり、学生の身でありながらすでに経営者としていくつかの子会社まで持っているエリート中のエリートだ。

 そしてミオリネの幼馴染みでもある。

 地球産の茶葉で入れた紅茶を出しながら、シャディクは優しくミオリネに問うた。

 

「で、君が俺を頼るなんて珍しいね、どうしたの」

「……もう、グエルの決闘のことは聞いてるんでしょ?」

「ああ、君が焚きつけたって噂になってる」

「……最悪ッ」

 

 悪態をついたあと、ぽつぽつとミオリネは事情を話し始めた。

 デリング・レンブランの妾腹の子の噂が耳に入ったこと、この時期に不自然な転入生が、何故かわざわざ自分に挨拶しに来たこと。

 頭に血が上って、自分でも信じられない暴言を吐いてしまったこと。

 

「あの子が仮にクズ親父の子供だったとしても、あの子に罪があるわけじゃないのよ。なのに、私はあのとき頭に血が上って……ああもうっ! とにかく! 決闘って取り消しにならないの!?」

「それは難しいな、ミオリネ。俺も決闘委員会のメンバーだ。いくら君の頼みでも、えこひいきはできない。決闘はもう受理されている」

 

 だが、とシャディクは告げる。

 

「でもまあ、立会人として万事、ひどいことにならないように差配ぐらいはするさ」

「恩に着るわ」

「…………珍しいな、ミオリネからお礼なんて」

 

 意外そうにシャディクが呟くと、ミオリネは目を細めて一言。

 

「あんたが、私から逃げるからでしょ」

「……なんのことかな?」

 

 無言のまま、ミオリネは退室していった。

 その後ろ姿をずっと目で追っていたシャディクは、やがて、はぁ、とため息を一つ。

 そして部屋の隅に控えていた事実上の秘書に呼び掛けた。

 

 

「サビーナ、〈ミカエリス〉の準備をしておいてくれ。義父さんの親馬鹿に助けられたかな、今回は」

 

 

 自分の顔を見つめるサビーナに気付き、シャディクは笑った。

 軽薄な笑みだった。

 

「――シャディク」

「決闘には立会人がつきものだろう? 心配しなくても、無様を晒したりはしないさ」

「〈ミカエリス〉を出さねばならないほどのことか?」

 

 骨太で長身の美少女――サビーナ・ファルディンは、学園では同性の少女達から王子様のようにあつかわれている。

 そして陰謀家であるシャディク・ゼネリの本当の顔を知っている同志の一人でもある。

 

 〈ミカエリス〉はグラスレー・ディフェンス・システムズの開発した最新鋭機であり、MSとしては紛れもなく傑作機だ。

 ビームデバイスと電子戦デバイスの複合兵装を腕部へコンパクトに詰め込み、軽快な運動性と高い攻撃力を両立しており、グラスレー社らしい機体バランスに優れたMSである。

 そもそもシャディクは「決闘」などという学園の権力ゲームごっこに興味がない人物だし、会社の資産である最新鋭機のお披露目が、決闘の立会人などという地味な役割では差し障りがあるのではないか。

 このアスティカシア高等専門学園において、学生寮のリーダーを務めるということは、企業の顔役を務めることに等しい。

 その責任をわかっているのかと、サビーナは問いかけてきていた。

 

「決闘は人死にが出ないクリーンな戦い。そういうことになっているだろう? 今回の決闘は不味いかもしれない、俺はそう思うんだよ」

 

 現ホルダーのグエル・ジェタークは強い。

 だが、あるいは。

 

「なに、心配は要らないさ。杞憂だったときは、俺が義父さんからお叱りを受けるだけだ」

 

 飄々とそう言ってのけるシャディクだったが、その目つきは険しい。

 情報端末に表示されるスレッタ・マーキュリーの経歴――そして彼の情報源が掴んだ薄気味悪い噂話――そのいずれも信憑性に欠けている。

 

 あのミオリネに腹違いの姉妹がいたかは定かではない。

 だがしかし、スレッタ・マーキュリーが何をしていた人物なのか、さっぱりわからない()()なのは事実だ。

 どこか憂いを孕んだスレッタの顔写真を見つめながら、シャディクは呟いた。

 

 

 

「見極めさせてもらおうかな、君が何者なのかを」

 

 

 

 

 

 

 学園仕様のモビルスーツにはいくつかの制限がある。

 まず、駆動出力は市販モデルから三〇%差し引いたものであること。

 またビーム兵器の出力はこれに準じる形で学園施設を損壊しない程度の低出力モードであること。

 FCS(火器管制システム)でコクピットへの攻撃が不可能なよう、機体制御AIにロックをかけること。

 そして最後に、決闘の勝敗を決める基準としてブレードアンテナを頭部に最低一本は持つこと。

 勝敗はシンプルで、このブレードアンテナを損壊させた側が勝利する。

 

 そして何より重要なのは、妨害工作などの絡め手に関する()()は存在していないことである。

 この学園においては、あらゆる問題に関する決着が決闘――貴族的趣味の儀式――によって決されるが、その過程で生じる不公平について、審判する決闘委員会は関与しない。

 要するにバックについている企業が大きい陣営、実家が太い個人ほど有利なルールなのだ。

 学生自治の名の下に教員たちも見て見ぬ振りをする、アスティカシア高等専門学園の悪徳がべっとりと張り付いたような有様。

 あるいはこの弱肉強食の秩序こそが、デリング・レンブラン理事長の意思なのかもしれなかったが――

 

「そういうところ、変わらないんですね」

 

 水星の過酷な資源採掘基地も、荒れ果てた地球のスラムもそうだった。

 より多くのリソースを持つものが、力を持たない弱者をリソースに変えて秩序を維持する仕組み。

 それはたぶん、人間という生き物の宿業なのかもしれなかった。

 

 嫌だな、とスレッタは思う。

 きっと遠い昔、見たこともない青い星に憧れていた自分は、もっと優しい世界を想像していた。

 今では思い描くのも難しくなったような、甘く淡い夢を。

 

 

――今の自分にその資格があるのかは、わからないけれど。

 

 

 第一三戦術試験区域――アスティカシア高等専門学園を構成する超巨大建造物(メガストラクチャー)に設けられたバトルフィールドの一つ。

 その地下レール網を使って、二機のモビルスーツが移動していた。

 模擬戦ならざる決闘、

 移動用のMSコンテナキャリア――モビルスーツ本体を直立させたまま、専用レールを使ってフロント内を高速移動させられる大型の自走式コンテナ――が開き、内部からMSが姿を現す。

 水色と白色と赤色のトリコロールに塗られた流線型の美麗なMS、〈エアリアル〉だ。

 右腕には標準的なサイズのビームライフルを一丁、左腕には大型の盾〈エスカッシャン〉を一枚保持している。

 背面のバックパックユニットに装着された二本のビームサーベルと合わせて、標準的な構成のモビルスーツと言えるだろう。

 

 

「LP〇四一スレッタ・マーキュリー、〈エアリアル〉出ます」

 

 

 すうっと深呼吸。

 予定とは少しズレてしまったけれど、結果的には予定通りになったからいいだろう。

 ドミニコス隊から下された密命はシンプルだ。

 現ホルダーであるグエル・ジェタークに勝利し、ホルダーの座を奪い取ること。

 その決定の裏に如何なる政治的思惑があるのか、スレッタ・マーキュリーは知らない。

 

 ただ懸念事項が一つ。

 ドミニコス隊司令官ケナンジ・アベリーからの指令の中で、きつく言いつけられたことがある。

 

 

――最初の一戦ではガンビットを使うな。

 

 

 命令の内容はシンプルだ。

 要するに、ガンダムとバレるような振る舞いは慎めということらしい。

 最初の一回だけというのは、たぶん、政治的な取引なり圧力でどうにかしてしまう用意があるのだろう。

 大人の世界は複雑怪奇で、わかりやすくエリクトに噛み砕かれて説明されても「嫌な場所だなあ」という感想しか湧いてこない。

 

「みんな、今日は大人しくしててね」

 

 

――いいよ。

 

 

――つまんなーい。

 

 

――スレッタだけでだいじょーぶ?

 

 

 返答はみんな素直だった。

 これで今日はビットステイヴなしでの戦いになる。

 モビルスーツ戦の基本に立ち返った勝負になる、と気を引き締める。

 相手はまさにそのMS戦の基本を突き詰めた設計思想、装甲・出力・推力のお化けな〈ディランザ〉タイプ。

 しかも一〇〇回以上、連戦連勝というパイロットだ。

 油断できる要素はない。

 

 

――全力で戦うのかい、スレッタ。

 

 

「わたしの全力じゃなきゃ……たぶん負けちゃうかな」

 

 そのときだった。

 オープンチャンネルで通信が入ってくる。

 

『これより双方の合意のもと、決闘を執り行う。勝敗は通常通り、ブレードアンテナを折ったものの勝利とする』

 

 褐色の肌の金髪の美男子が、パイロットスーツ姿で画面に映っている。

 何故かヘルメットだけしていないが、そういうしきたりなのだろうか。

 

『立会人はシャディク・ゼネリが務める』

 

 しかしそんな疑問を口に出す間もなく、儀式は順調に進んだ。

 

『両者、向顔(こうがん)

 

 モビルスーツの球体型モニター(三六〇度すべてを映すモニター。パイロットに直感的な操縦を可能とさせる、現行第四世代機の標準仕様である)に、相手側のパイロットの顔が映った。

 グエル・ジェターク。

 学園最強の決闘王者(ホルダー)である少年は、純白に黒と金の差し色が施されたパイロットスーツ姿だ。

 ヘルメットのバイザー越しにもわかる精悍な顔つきが、不機嫌そうにスレッタを見ている。

 

『それがお前のモビルスーツか……似ているな、ドミニコスの正体不明の新型によく似ている』

「うぇっ」

 

 声が出そうになった、もといちょっと出た。

 実戦仕様とは装甲のほとんどを換装しているし、背部の推進装置も軽量なバックパックタイプにしてある。

 一番覚えられやすい〈エアリアル〉の顔だって全くの別物、水星時代の優しい顔つきだ。

 けれど流線型を主体とした太い脚部や、胸部のシェルユニットなどの特徴は押さえているから、たしかに〈エアリアル〉は()()()()のだ。

 グエル・ジェタークほどの社会的地位がある立場の子弟なら、ドミニコス隊の未確認機の画像データぐらい持っていてもおかしくない。

 

『噂通りのえこひいきってやつか、それともハンドメイドのパチモノか――俺が暴いてやる! 精々、今のうちに思い出作りに励んでおくんだな、田舎者ォ!』

 

 えこひいきだのパチモノだの、ひどく失礼な人だと思った。

 それもよりによって〈エアリアル〉――自分の姉そのものであり、母が心血を注いで作り上げたモビルスーツに。

 要するにスレッタはむかっとした。

 なので、ちくちくと毒を吐く――二年間の経験で確実に少女の口は悪くなっていた。

 

「グエルさんも……決闘で負けた自社製品(ポンコツ)の売り方、考えておいてくださいね」

『……お前、瞬殺してやるよ』

 

 怒気。

 まず口上を述べたのはグエルだった。

 

 

『勝敗はモビルスーツの性能のみで決まらず』

 

 

 スレッタがこれに続き。

 

 

「操縦者の技のみで決まらず」

 

 

 グエルとスレッタの声が異口同音に重なる。

 

 

『「ただ、結果のみが真実」』

 

 

 そして最後に、シャディク・ゼネリが決闘の開始を告げるのであった。

 

 

『――フィックス・リリース』

 

 

 

 

 

 

 グエル・ジェタークには矜持がある。

 それは学園最強の決闘王者、ホルダーとしての誇りである。

 実のところ彼は、ホルダーの特権――学園理事長の娘ミオリネ・レンブランの婚約者になれるだとか、その婚約者がとてつもない美少女であるとか、ベネリット・グループ総裁の椅子への最短コースであるとかの事情には興味がない。

 彼の憧れはただ一つ、スペーシアン自治組織カテドラルが誇る精鋭部隊、ドミニコス隊への入隊。

 要するにエリート部隊に入れるぐらい強いパイロットになることである。

 

 学園最強のホルダーが誇りなのは、それが彼自身の積み上げてきた努力が、たしかな強さになっていることの証だからだ。

 これだけは自分のもの、自分の強さだ。

 他の誰にも文句は言わせないし、この()()の世界に卑劣な策謀やコネで勝ち取ったような地位は持ち込ませない。

 それがグエルの矜持であった。

 

 だからこそ腹立たしいのが、これから叩き潰す予定の挑戦者のことだ。

 

 

――スレッタ・マーキュリー。

 

――水星出身の田舎者。

 

――学園理事長の隠し子疑惑のあるMSパイロット。

 

 

「ハンドメイドのオリジナル機だと? ここは遊び場じゃないんだぞ?」

 

 苛立たしい。

 見慣れない華奢なMS――意図的なのか、ドミニコス隊が運用していると()()()()()に特徴が似ている――を持ち出した、どこぞの愛妾の娘。

 さぞ父親と母親から溺愛されて育ったのだろうな、と思う。

 

 

――自分を捨てていった母親の背中を思い出す。

 

 

 ああ、気分が悪い。

 そんなふざけたやつが、自分に挑もうというのか――このグエル・ジェタークに。

 憤懣(ふんまん)やるせないという顔で、グエルは操縦桿を握りしめた。

 どうせくだらないやつだ。

 さっさと倒してしまおう。

 

 バトルフィールドは立体映像を投影されたホログラムで、今回の条件設定は一面の荒野だ。

 天候は荒天。

 荒れ模様の空の下に、マゼンタ色の重MSが一歩前に歩み出す。

 機体に張り巡らされたパーメット・リンク――光よりも速く情報を伝達する万能元素の神経網が、グエルの意思を受けて制御AIを動作させる。

 〈ディランザ〉の背中と脚部の推進装置が作動し、地面をホバーで疾走する。

 

 あっという間に加速する機体――スパイクシールドを追加した結果、武装と合わせ九〇トンを超える総重量となったグエル専用〈ディランザ〉は、継戦能力を犠牲に出力を高めたピーキーな専用機だ。

 そのカスタマイズはOSで調整可能な範囲を超えて、推進装置の一部には次世代機で採用される予定の新型エンジンが使われているほどだ。

 専属の整備チームがいてこそ機能する、レースマシンのような戦闘兵器。

 まさに決闘という競技に特化されたMSが、グエルのMSであった。

 さて、敵はどこかとパッシブレーダーの反応を見る――ジェターク社自慢の戦闘システムは、周囲の環境から得られた情報を総合し、敵の位置を探知することに優れている。

 いた。

 一二時方向、まさか真っ正面から突っ込んでくるとは。

 

「素直だが、馬鹿正直だな!!」

 

 グエルは獰猛に笑う。

 重量級MSである〈ディランザ〉の優位は揺るぎない。

 重装甲・高出力のマシンである〈ディランザ〉は、運動性こそ低いものの、標準的な出力のビームライフルであれば数発は耐えられる正面装甲を持っている。

 標準的なモビルスーツの多くは、重要部位(バイタルブロック)の装甲化に留めて、対ビーム兵器用の防御力をシールドに依存している。

 つまり同じ距離で撃ち合った場合、〈ディランザ〉の側は被弾しても戦闘を続行できるが、相手側はそうではないという防御力の差を生み出す。

 加えてグエル機は対ビームコーティングが施されたスパイクシールドを両肩にマウントしている。

 正面からの撃ち合いでは負ける道理がない。

 敵MS〈エアリアル〉は、見た目からペイル・テクノロジー社の〈ザウォート〉のような軽量な飛行型MSかと思っていたが――どうやらスレッタ・マーキュリーは正面からの決着がお望みらしい。

 

 見えた。

 

 有視界戦闘に突入した以上、互いのビーム兵器が届くのは自明の理。

 グエルの〈ディランザ〉がビームライフルを放った瞬間、向こうからのビームが飛んできた。

 生意気にも偏差射撃。

 こちらの未来位置を織り込んだ射撃だが――問題ない。

 肩のスパイクシールドで荷電粒子ビームを弾き、速度を落とさずに直進。

 ビームが直撃しようと〈ディランザ〉のホバー走行に揺るぎはない――機体それ自体の大質量が慣性によって砲弾のごとき一直線の走破を可能としている。

 

 敵機が近づいてくる。

 ライフルをマウントラッチに仕舞い込み、長大な得物を両手で保持する。

 ビームパルチザン――長柄の先端から十字型にビーム刃が展開される。

 ホルダーたるグエル・ジェタークの代名詞、無敗の伝説を打ち立ててきた武器が、〈ディランザ〉の速度と重量を乗せ横凪ぎに振るわれた。

 刹那。

 

 〈エアリアル〉がその名の通りに、飛んだ。

 足腰をバネにした跳躍と全身の推進装置の連動制御――〈ディランザ〉の頭上に飛び上がった〈エアリアル〉の手にあるビームライフルから、ビーム刃が展開された。

 ビームサーベル型の銃剣。

 しまった、と気付いたときには遅かった。

 精密で無駄がなく、そして速い剣閃。

 ビームパルチザンが刃の根元から両断される。

 不味い。

 すぐさま長柄武器から手を離し、ビームトーチに手を伸ばす――その右腕の肘関節を粒子ビームが撃ち抜いた。

 爆発。

 

「ぐあっ!?」

 

 接近戦で圧倒されている――このグエル・ジェタークと〈ディランザ〉が?

 攻撃に回避の余地がない近距離戦闘は、むしろ〈ディランザ〉の独壇場のはずだった。

 だが実際には、たった一回の交錯でこちらは武器を潰され、右腕を撃ち抜かれている。

 反応が間に合わない。

 

 単純に〈エアリアル〉が速すぎるのだ。

 まるで機体の指先にまで神経が入っているかのような、気味が悪いほどなめらかで自然な動き。

 ホバー推進で斜め前方へ全速力で退避。

 残った左腕で武装を引き抜き、仕切り直すしかない。

 そう判断したグエルは正しかった。

 だが。

 

「がぁっ!」

 

 衝撃。

 推力バランスが崩れた機体が、前のめりになって転倒する。

 ありえない。

 そんなことができるのか。

 〈ディランザ〉の背部推進装置が、精確に狙い撃たれていた。

 

――あの一瞬で、こんな照準が人間にできるのか?

 

 うつ伏せになって倒れ込んだディランザに向けて、推進装置で空を駆けて飛んでくる〈エアリアル〉。

 ビームライフルを使うでなく、近づいてきた敵は、どういうつもりなのか〈ディランザ〉の上半身を引き起こして。

 

 

――次の瞬間、〈ディランザ〉の顔面にエアリアルの正拳がめり込んでいた。

 

 

 マニピュレータはモビルスーツの部位の中でももっとも頑丈な部分の一つだ。

 精密作業をするだけでなく、武器を保持しての格闘戦を行うこともあれば、人工物の近くで制動する際に掌を利用することもある。

 であるからして、繊細そうなイメージに反して、モビルスーツの手は頑丈にできており、ちょっとした格闘戦ぐらいではびくともしないのだ。

 センサー群を詰め込んだ頭部の方が、はるかに脆い程度には。

 

「ぐぅっ!?」

 

 二発目。

 

「うおぉ!?」

 

 三発目。

 

「がぁっ!?」

 

 四発目。

 

 繰り返される殴打。

 ぐしゃり、ぐしゃり、とディランザの装甲が歪んで、砕けて。

 その頭部の立派な角――ブレードアンテナが根元からポッキリとへし折れるまで時間は要らなかった。

 決闘ならばこれで試合はおしまいだ。

 グエル・ジェタークの敗北という形で、この決闘はあっさりと終わる。

 

 

「負け、た……俺が?」

 

 

 呆然とコクピットで呟くグエルだったが。

 何も終わってはいなかった。

 〈エアリアル〉が動いた。

 倒れ込んだ〈ディランザ〉を、両手を使ってうつ伏せから仰向けになるよう引き起こして。

 数秒間、戸惑うように立ち尽くす〈エアリアル〉――まるでコクピットを潰せないことを戸惑っているかのような挙動――そしてすぐさま()()は、()()()()()()()()()()()したようだった。

 

 凄まじい衝撃。

 轟音。

 

 誰が想像できただろう。

 モビルスーツが、モビルスーツに膝蹴りを叩き込むなどと。

 

「ぐわああっ!!!」

 

 コクピットに凄まじい震動が襲ってくる。

 まるで巨大なハンマーで叩かれたような衝撃。

 コクピットブロックに対する攻撃はFCSのレベルで規制され、ビームライフルの射撃にせよビームサーベルの近接戦にせよ、モビルスーツ戦でコクピットを狙うことはできない。

 だが、コクピットブロック以外に、()()で手足や胴体を叩きつけることはできる。

 モビルスーツの慣性制御が優れているといっても、それはあくまで戦闘機動に伴うGに対する機能の話だ。

 

 そしてモビルスーツの基本構造は、数十トンの質量を打撃として叩きつけられる想定などされていない。

 そんな攻撃に備えられるのであれば、世の中から運動エネルギー兵器の類は消えているはずだ。

 機体のフレームが軋みを上げて、めきめきと音を立て、コクピットブロックにまでそれが伝わってくる。

 

 

――殺される。

 

 

 生まれて初めて、グエル・ジェタークが感じた死の恐怖であった。

 泣きたいような絶望感と、何をしても無駄なのではないかという無力感、そのすべてが襲いかかってくる。

 涙がこぼれる。鼻水が出てくる。唾液があふれる。

 小便を漏らした。

 

 

「う、うわああああぁぁああ!!!」

 

 

 叫ぶ。

 だが、助けなどあるのだろうか。

 自分はこのまま、あの得体のしれないモビルスーツに殺されてしまうのではないか。

 そんな諦観がグエル・ジェタークの脳裏をよぎったときだった。

 

 

 〈エアリアル〉の動きが変わった。

 

 

 有線分離式の巨大なアーム――モビルスーツの胸部装甲ほどはあろうかという厚みと質量の塊が、純然たる運動エネルギーの塊になって突っ込んでくる。

 〈エアリアル〉はそれを避けるため、倒れ伏した〈ディランザ〉から飛び退るように回避運動を取った。

 全身の推進装置を一方向に向けた緊急回避。

 着地して大盾〈エスカッシャン〉を構えた〈エアリアル〉のセンサーが捉えたのは、有線分離式のクローアーム――巨大な右腕を装着し直し、華麗に現れた一機のモビルスーツの姿だ。

 

 

『――そこまでだよ』

 

 

 二〇メートル級の大柄なモビルスーツ〈ミカエリス〉。

 西洋甲冑のごとき見た目と、シオマネキのように肥大化した右腕の大型アーム。

 グラスレー・ディフェンス・システムズの誇る最新型の第四世代機が、バトルフィールドに介入してきていた。

 

 

 

 

 

 

『やれやれ、危なかった。もう少しで君は()()()()を起こすところだったんだ』

 

 

 無機質な殺意でグエルの〈ディランザ〉を破壊しようとしていた〈エアリアル〉は、今や〈ミカエリス〉を警戒してグエル機から距離を取っている。

 この時点でシャディクの読みは的中していた。

 

 

『初めての決闘で熱くなりすぎてしまったんだね、ああ、よくあることだよ。()()()()()()にはよくあることだ』

 

 

 シャディクの語り――それはこの決闘を視聴している、すべての学園生徒、そして企業関係者たちに向けたパフォーマンスだった。

 今まさに行われようとしていた、頑丈なMSに守られたパイロットそのものへの攻撃。

 MSを用いた「決闘」という剣闘士じみた見世物を、血なまぐさい殺し合いに変えかねなかったイレギュラーを、シャディク・ゼネリは演出一つで塗り潰して見せた。

 

 試合に熱中しすぎた選手の視野狭窄(しやきょうさく)をなだめ、その幕引きを宣言する貴公子然としたレフェリー。

 左右非対称(アシンメトリー)の腕部を持つ、純白の騎士。

 モビルスーツ〈ミカエリス〉を駆り、少年と青年の狭間にある彼は、そうして自分に割り当てられた役割を完遂する。

 

 シャディクの意図を受けた〈ミカエリス〉の制御AIは、器用にも人型の左腕を用いて、慇懃(いんぎん)な礼をしてみせる。

 全高二〇メートル級の巨人は、まるでサーカスの司会者のように振る舞って見せていた。

 すべては戯れ言、すべては演出、すべては余興に過ぎないと視聴者の印象を塗り替えるために。

 

 

 

『――ここは学園、これは決闘、みんなが楽しく見られる見世物(ショウ)なのさ』

 

 

 

 ここは戦場じゃない、と言外に告げられて。

 コクピットの中でスレッタ・マーキュリーは強く動揺していた。

 無我夢中だったのではない。

 むしろその逆で、透明と言えるぐらいに澄み切った思考で、スレッタは目の前の敵を()()()しようとしていた。

 

――どうやって?

 

 いつものようにビームサーベルが使えたなら、迷わず彼女は相手のコクピットを焼き切っていただろう。

 

 敵意があって加害するのではない。

 悪意があって殺傷するのでもない。

 

 何の意味もなく、何の意図もなく、ただ敵を倒すとはそういうことだと身体に染みついてしまったのだ。

 スレッタは今、そうやってグエル・ジェタークを殺しかけていた。

 機械的な冷酷さで、無感動に殺人を犯そうとしていたのだ。

 

 

――()()()()()()()()

 

 

 呆然と立ち尽くすスレッタの耳には、もうシャディクの言葉は聞こえていない。

 ただ寂しくて、おぞましくて、怖かった。

 自分自身が。

 

――WINNER

 

 勝者を告げるメッセージがコンソールに浮かぶのを、呆然と眺めながら。

 自分はもう、元のスレッタ・マーキュリーには戻れない。

 そう、残酷に自覚させられた。

 

 

「あれ、なんでだろ……わたし、勝ったのに……」

 

 

 その頬を、熱い雫が伝い落ちる。

 

 

「……涙が」

 

 

 そして。

 ぽろぽろと涙をこぼす妹を見守り、エリクト・サマヤは〈エアリアル〉の中からこう語りかけるのだった。

 スレッタを、世界のすべてから守るように。

 

 

 

――スレッタ。

 

 

――君は間違っていないよ。

 

 

――狂っているのは、()()()()()()()()()

 

 

 

 

 




・エアリアルの見た目は、
 エアリアル改修型(ダークグレー)→エアリアル(原作初期)に変わっています。
 ガンビットとかは改修型準拠かもしれません。

・ヴィムの暗殺爆弾は普通に(画面外で)失敗しました。
・スレッタはストライク先輩やバルバトス先輩めいた残虐ファイターにすくすくと育ちました。
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