「私が勝ったら、ペイル寮へのいじめをやめてもらいます!」
第一一戦術試験区域――月面を模したバトルフィールドにて。
〈エアリアル〉のコクピットの中でそう宣言するスレッタ・マーキュリーは正義感に燃えていた。
一方、彼女と対峙するのは三体の異形のMSと、それに乗った三人の凸凹トリオだった。
『ふん、このジュピター・エンタープライズ社の〈
『ホルダーは思い上がったようだね!』
『俺たちをジェターク寮の奴らと同じと思わないことだな!』
美少年、妖艶な美女、巨漢の三人組――ちなみに全員十代の生徒である――は、ペイル・スキャンダルを機に始まった学園でのペイル寮生徒へのいじめ行為の主犯格たちだった。
ド許せぬ事態に学園最強はキレた。
いじめをやめるよう注意しても無視されたため、とうとう、決闘で決着をつけることになったのである。
「はいっ、三対一でハンデとして十分ですね」
スレッタは無表情にうなずいた。
挑発ではない。
ただの事実という口ぶりだった。
『思い上がるなよホルダー! この宇宙を支配するのは弱肉強食のルール、エリートが劣等を虐げるのは当然のことさ!』
「力あるものが正しいなら……皆さんに発言権はありません! わたしの方が強いので! どうしてそんなこともわからないんですか!?」
『こいつ……人の話を聞いている!?』
「たしかに、ペイル寮の皆さんをいじめていいと思っている生徒の皆さんはいっぱいいます……悲しいことですが、皆さんには
蛮族の論理が飛び出した。
「いじめっ子をいじめるわたし……完璧な
『くそっ、このホルダー頭がおかしいのか!?』
少女の名は〈友達狩りのスレッタ〉、決闘で倒した相手に友達になることを強要する様子から〈
学園のあらゆる生徒が、この勝負の行方を見守っている。
当然、あらゆる生徒がホルダーの蛮族発言を聞いているので、より畏怖の念は強まっていた。
『木星フロントが育んだ適者生存のルールが! 僕たちの正しさを証明している! 敗北者であるペイル寮は大人しく弱者として虐げられるべきなのさ!』
ハハハハハハハハ、とどこからともなく笑い声が聞こえてきそうな物言い。
ジュピター・エンタープライズ寮の筆頭、パイロット科一年生ギルの弱肉強食ルールの肯定に対して、スレッタは舌戦で応じた。
「いえ、貧乏くさい環境では貧乏くさい生存戦略ができあがるだけだと思います! 弱者切り捨ては
『な、なんだとォ!?』
スレッタ・マーキュリーは口が悪い。
これはドミニコス隊で可愛がられた結果であり、エリクト・サマヤと連日、お話しした結果である。
共通点は煽りが上手いことだ。
「ついでを言うなら……木星なんて
『貴様ァ―――!!!』
かなりひどい極限環境マウンティングが飛んだ。
しかも事実なので反論の余地がない。
宇宙に浮かぶ
大量の資源があり、地球圏からの相応の投資を経てフロントも増強されており、人口も増え続けている。
寂れた資源採掘基地があるだけな上に、文字通り、殺人的な太陽風が吹き付けてくる水星とは大違いだ。
その後、なんやかんやあってフィックスリリースされた。
◆
決闘委員会の部屋には、メンバー全員が集合していた。
今回の決闘、立会人はエラン・フォース(改名したエラン・ケレスこと強化人士四号)で、ギリギリで御三家に収まっているペイル寮の筆頭を今も務めている。
自分の寮の待遇が決まる勝負だというのに、彼の表情はいつも通りで動いていない。
彼の横に立ったグエル・ジェタークが尋ねた。
「当事者だって言うのに動じないな、お前は」
「スレッタ・マーキュリーが勝つよ。それ以外の結末があると思うかい?」
「まあ、今さらか。そうだな、俺とお前に勝ったホルダーだからな」
大型モニターで勝負を観戦しながら、グエルとエランは言葉を交わしていく。
モニターの中では、月面を舞台にして三対一の死闘が繰り広げられていた。
「あの〈ファラクト〉とかいうMS、ガンダムだったらしいが大丈夫なのか?」
「うん、あの一戦のときはちょっとした助けがあってね。後遺症とかはないし、思ったより僕の寿命は長いみたいだ」
「…………そうか」
センシティブな話題だけに、グエルはそれ以上、踏み込もうとはしなかった。
気まずい沈黙になるのを嫌ったのか、珍しくエランの方から口を開いた。
「グエル・ジェターク。ジュピター社のMSはどういう機体なんだい?」
「ジュピター社のMSはフレームレベルでは設計の水準が古い、第三世代相当だ。たしかバトラシリーズとかいう宇宙用に特化したMSで、ブリオン社のデミシリーズとシェアを争ってたはずだ」
「彼らの機体、今回の決闘用に申請された新型みたいだね」
今回、ジュピター・エンタープライズ社が投入してきた三体のモビルスーツは、明らかに汎用性を捨てた特化型と言うべき異形のマシンであった。
ずんぐりとした見た目で背中に強力な電磁バリアの発生装置を搭載した〈タートル〉、極端に華奢なシルエットの機体にビームマシンガンを搭載した〈ホーネット〉、両腕が極端に長く蛇のようになっている〈シーホース〉。
それぞれが怪物じみたシルエットであり、そこに洗練された人型機動兵器としてのまとまりはない。
各々の機体特性を見て取って、グエルはうなるように批評した。
「バーンの盾役、ローズの攪乱役、ギルの攻撃役……中々、ちゃんと考えられた編成だな。決闘のルールに特化して汎用性を捨てて、機能を絞ることで性能を高めているんだ」
「MSとしては落第じゃないかな、それ」
「決闘で勝てるなら結果がすべてだ。ホルダー対策に特化したMSも、多人数で数の優位を取るのも立派な作戦だ」
そう言いつつも、グエルの顔には不満そうな表情が浮かんでいる。
いつもならば「興味ないね」の一言で切って捨てるエランだったが、この暑苦しい友人――そう、エランの認識でもすでにグエルは友達なのだ――の感情には興味があった。
「……言われれば助太刀したのに、って顔してるね」
「もちろんだ。あいつが負けるとは思えないが、な」
「ホルダーと元ホルダーがいて三対二じゃ向こうが可哀想だよ」
「それもそうか……」
画面の向こうでは、早速、脱落者が出ていた。
ジュピター社のMS〈タートル〉は背中の電磁バリアでビットステイヴのビーム攻撃を無効化し、高圧の状態で流体化した特殊樹脂を詰め込んだ胴体により、ビームサーベルによる格闘攻撃を行えば高速硬化ゲルが吹き出して対象を捕縛してしまう、という恐るべきMSだった。
コクピットを狙えないという決闘ルールを逆手にとって、胴体そのものを亀の甲羅のように巨大化させ、内部に高速硬化ゲルを満たした
当然、巨大なバリア発生装置――本来は艦艇用の対ビーム防御装備を転用――と相まって、MSとしての機動性は存在しないも同然だ。
機体容積のほとんどを特殊装備に回している関係で、ホバー機能のような機動力を補う装備もつけられない。
言ってみればホルダーの〈エアリアル〉の得意技を潰すための歩く盾、それが〈タートル〉だったのだが――
『いじめを! やめなさいッ!!』
『ぐわあああああ!?』
バーンの乗った〈タートル〉は、〈エアリアル〉から
股関節を狙った蹴りである。
超重量級である〈タートル〉はスモウレスラーもかくやという肥満体であり、当然、それを支える脚部にかかる負荷も凄まじい。
卑劣な蹴りによって〈タートル〉の関節は無事に破壊され、その自重で脚部が崩壊し、倒れ込んで動けなくなった。
とどめの蹴りでブレードアンテナをへし折られ、バーンの〈タートル〉は試合終了した。
「電磁バリアも質量攻撃は防げないからな……相変わらず足癖悪いな、あいつ」
「君は死にかけたんだっけ?」
「人のトラウマをほじくるなよ、エラン」
一方、〈死の風〉チームは盾役の早すぎる退場にうろたえつつも、勝負を捨てていなかった。
牽制役の〈ホーネット〉と攻撃役の〈シーホース〉が連携すれば、十分に勝ち目はある戦いだった。
一一基のビットステイヴが爆撃めいたビームの雨を降らせる中、スレッタ・マーキュリーは叫んだ
『決闘は友達を作るための場なんですよ!? わたしは友達が欲しいだけなんです!!!』
グエルはちょっと引いた。
「狂ったAIみたいなこと言い始めたな」
「そこが彼女のいいところだからね」
その台詞には「普段と違う彼女の顔」を見た人間の余裕が満ちあふれていた。
やはり先日のデートが、エランにもたらした余裕なのだろうか。
「エラン……なんだその余裕は……!」
「嫉妬は見苦しいよ、グエル・ジェターク」
「スレッタ・マーキュリーとのデートがよほど楽しかったらしいな……!?」
やや険悪になった男達を余所に、高機動型MS〈ホーネット〉に乗ったパイロット科二年ローズが叫ぶ。
『グエル・ジェタークとエラン
ただの正論ではない。
ド級の正論、ド正論が飛んできた。
『わたしにはっ! 恋愛してる余裕がありません!!!』
スレッタは全力で拒否しながら、ローズの〈ホーネット〉をビームライフルで撃ち落とした。
凄まじい早撃ちだった。
『きゃあああああ!?』
バックパックを撃ち抜かれた〈ホーネット〉が地面に叩きつけられ、さらに追い打ちとばかりにビームの雨が降り注いだ。
手足をもぎ取られ、ブレードアンテナを撃ち抜かれ、無事に〈ホーネット〉は無力化された。
こちらも試合終了である。
「本人があの調子だと苦労するな」
「君に譲る気はないけどね」
「あいつが決めることだろ。そして俺はグエル・ジェタークだ、勝ち取るタイプなんだよ」
決闘委員会の部屋での会話である。
あまりにも少年たちの空気は独特で、いつもなら茶々を入れるセセリアも口を挟めないでいた。
それほどまでにグエルとエランの間にある空気は真剣であり、下手に茶化すとあとが怖いのである。
その空気を打ち破ったのは、それまで黙って話を聞いていたシャディク・ゼネリだ。
「おいおい二人とも? そんなに水星ちゃんが好きなのかい?」
「人の恋路に口を挟むな、シャディク」
「もちろん好きだよ」
堂々と返答されて、目を見開くシャディクだった。
「変わったよね、二人とも」
「そうか?」
「そうかな?」
「ああ、自覚がないって言うのが如何にも……恋煩いってやつか、水星ちゃんも罪な女の子だねえ」
おどけつつも、画面の中の〈エアリアル〉を見つめるシャディクの視線は。
警戒対象に向けるそれだった。
その頃――月面バトルフィールドでは、最後の一機である〈シーホース〉が〈エアリアル〉と対峙していた。
パイロット科一年生ギルは、あまりにも容易く敗れた三機一ユニットの戦術に困惑していた。
『くっ、ば、馬鹿な……〈死の風〉がこんなにもあっさりと……!?』
「極端な役割分担による〈エアリアル〉対策は悪くない路線でしたが――わたしと〈エアリアル〉は無敵です! 一度、連携が崩れれば脆いのが特化型の欠点です!!」
『抜かせ、ホルダー!!』
いじめっ子のMSがその両手を伸ばす――スネークハンドと呼ばれるその兵装は、蛇腹状のパーツが連結された腕を超伝導モーターで駆動させ、まさに蛇体のごとく変幻自在に襲いかかるビームデバイスだ。
回転ノコギリのようなビームカッターがスレッタ・マーキュリーに襲いかかった。
円運動を描いて襲い来るビームカッターを、銃剣ガンブレイドと抜刀したビームサーベルで受け止める――電磁力の反発で弾いた瞬間、超伝導モーターで繋がれた蛇腹が次なる斬撃を放ってくる。
ビームサーベル以上の射程と自由度で襲い来る必殺の斬撃であった。
たまらず後退する〈エアリアル〉――〈シーホース〉のギルが笑う。
「ハハハハハハハハ!!! この〈シーホース〉のスネークハンドはビームサーベルに対して絶対的に有利だ!」
襲い来るビットステイヴのビームの雨を避けながら勝ち誇るギル。
〈エアリアル〉に勝負を挑まれてなお自信たっぷりだっただけあり、その操縦技量は凄まじい。
自由自在に虚空を泳ぎ回る、一一基のビットステイヴからのビーム掃射――その圧倒的な火力を次々と避けながら〈エアリアル〉に迫っていく様子は鬼神のごとしだ。
だが。
突然、その動きが鈍った。
「月面を再現した戦術試験区域……
「細かく帯電しやすい土砂が超伝導モーターに絡みついてしまったんだね。あれじゃ動くことができない」
「詳しいな、エラン」
「もし君と戦うことがあったら、使おうと思っていたテクニックだからね」
「はっ、言ってろ」
実況解説中のグエルとエランは冷静だった。
先ほどからのビーム攻撃の狙いが、着弾地点の土砂を巻き上げることにあったのだと気付く程度には。
もっとも自分が当事者だったのなら、戦闘中にそこまで気づけるかは微妙なところだ。
〈シーホース〉が迂闊と言うよりも、自分の不利を演出して後退した〈エアリアル〉が上手だったと見るべきだろう。
――画面の中では、動きを止めた〈シーホース〉がブレードアンテナを撃ち抜かれていた。
WINNERの表示が画面に表示されるな否や、グエルとエランは同時に生徒手帳を取り出してメッセージを送信。
送り先はスレッタ、内容は「お前の勝利を讃える」「おめでとう」――それぞれのらしい言葉だった。
「えっ、二人とも水星ちゃんに……? 何、今の早撃ち?」
「祝福のメッセージだ、シャディク。そんなにおかしいか?」
「僕は前から彼女が勝つたびに送ってたよ」
何食わぬ顔でそう言ってのける二人に、シャディク・ゼネリは友人たちの成長を感じていた。
ちょっと前まで女性絡みのネタは自分の専売特許だったというのに。
「みんな……俺を追い抜いて大人になっていくんだね……」
本命のミオリネに一歩踏み出せない男、シャディクはそんな寂しさを感じるのだった。
『――この学園でいじめは!! このわたしが許しません!!!』
ホルダー、スレッタ・マーキュリーの宣言。
もとはと言えば少女がペイル・スキャンダルを引き起こしたのが原因で始まったいじめなのだが、それを知るものはこの学園にはいない。
圧倒的な力による支配、蛮族たるホルダーからの威圧。
ものすごいマッチポンプによって、アスティカシア高等専門学園におけるペイル寮へのいじめは落ち着くことになるのだった。
木星〇国とは特に関係ないオリキャラのモブです(真顔)
例のドローン襲撃事件での殺人には
〈血まみれ〉は異名としてあんまりなので、ジェターク寮を中心に〈友達狩り〉に異名が変更されました。
どのみち恐ろしいのには変わりない模様。