――MSハンガーエリア、地球寮にて。
ホワイトボードを持ち出したミオリネ・レンブランは、でかでかと会社名を板書し、地球寮のメンバー全員に見せつけた。
「株式会社ガンダム……ですか?」
ミオリネが言い出した突拍子もない会社名に、スレッタは困惑している。
「ええ、まあ大風呂敷広げたは良いんだけど社員がね、いないのよ」
「つまり?」
ミオリネは微笑んだ。
宇宙一の美少女が天使のように笑っている、そんな感じの笑みだった。
「あんたたち全員、ベネリット・グループの期待の新星、デリング・レンブラン総裁直々に投資してもらえる学生ベンチャー企業の社員になりたいわよね!?」
そういうことになった。
暴君ミオリネ・レンブランは勢いで押し切って、地球寮を株式会社ガンダムの母体に改造しようとしている。
ミオリネはにっこりと笑って、仲間・友情・団結の三拍子を唱えた。
「私たちは今や株式会社ガンダムという泥船に乗った仲間よ!!」
最初にキレたのはチュチュだった。
「都合が悪いとき仲間面すんなクソスペワガママ女ァ!!」
「都合がいいときだけ仲間面の方が問題でしょ!!」
「そりゃーそうだけど、今回のは通り魔だろミオリネェ!!」
「何よ! 私はみんなにいい話を持ってきたのよ!?」
「じゃあ泥船とか言うのやめろよ!?」
ぎゃーぎゃーとわめき合うチュチュとミオリネを見て、スレッタは首をかしげて隣にいたニカ・ナナウラに尋ねた。
「あの二人って仲いいんですか?」
「あー、スレッタは知らないか。スレッタがいない間にちょっといろいろあってね、前より仲良くなったの、あの二人」
「人間関係って複雑ですねー……」
うんうんとうなずくスレッタ。
そのときだった。
地球寮のインターホンが鳴って、外から聞き覚えのある声が聞こえてきた。
『ミオリネはいるかな?』
来客はシャディク・ゼネリだった。
取り巻きのサビーナを連れてやってきた少年は、ミオリネの前につかつかと笑顔で乗り込んできて。
その顔を見た途端、ミオリネはいきなり要求を突きつけた。
「単刀直入に言うわ、シャディク。株式会社ガンダムに協力しなさい」
「見返りは?」
「あんたってビジネスじゃないと協力できないの?」
「そう教育されたからね。一応はほら、義父さんにそれっぽい報告しないといけないしね」
「はいはい、ごますりご苦労様……うちの事業の進捗とか内部事情わかるだけで十分じゃないの?」
色気のない話を始めたミオリネとシャディクを横目に、スレッタは困惑していた。
「……シャディクさんは、ミオリネさんが心配で様子を見に来たんですよね? ミオリネさん、もうちょっと優しくしてあげてもいいんじゃないですか?」
「あのね、スレッタ。こいつはこっちを心配してるようなフリして、株式会社ガンダムに一枚噛みに来ただけなのよ。グラスレーの後継者候補がガンダム事業を見に来るなんて、そういう目的しかないでしょ?」
ミオリネはいつも通りに、シャディク・ゼネリに対して辛辣だ。
そこに安心感すら覚えて彼が胡散臭い笑みを浮かべていると――スレッタは困惑気味にこう言い放った。
「え、でもたぶんシャディクさん、ミオリネさんのこと好きですよ?」
――場の空気が凍った。
ミオリネはフリーズしているし、シャディクは笑顔のまま固まっているし、地球寮の面子は「こいつマジかよ」という顔でスレッタを凝視している。
あまりにも場の空気が気まずいのに慌てて、スレッタ・マーキュリーはフォローになっていない暴言を吐き始めた。
「だ、だだだ、だって! わたしは幾千の恋愛シミュレーションと実戦デートをこなした
「ぶっ飛ばすわよ、あんた!? 思いっきり他人の助けを得て初デートしたやつが自信つけすぎでしょ!!」
「ほ、補助輪付きでも実戦一回と零回の間の差は大きいです!!」
「こ、こんの~!! スレッタァ!?」
ヒィイイイイイ、と悲鳴をあげて逃げ惑うスレッタ・マーキュリーと、追いかけ回すミオリネ・レンブランを眺めつつ、シャディク・ゼネリは出されたお茶を啜った。
美味しい。
たぶん淹れ方がいいんだろうな、と思う。
地球寮はいい環境だ。これまで孤独を持て余したミオリネにとってはいい環境だろう。
そう、理性ではわかっているのに、自分の知らない彼女の顔をいくつも見せつけられている気がして、シャディクは落ち着かない。
「素直になれないツンデレのミオリネさんに! あと一歩踏み出せないシャディクさん! うわー! ラブコメみたいです!!」
ガッツポーズである。
逃げ回りながら謎の実況を続けるスレッタはいい性格をしていた。
何かこう、現役のドミニコス隊で凄腕の魔女というイメージが、音を立てて崩壊していくのをシャディクは感じた。
いや、なんなんだろうこの娘。
「あははは……水星ちゃん、それ本人の前で言うのはやめようね」
「で、ででで、でも! シャディクさん! ミオリネさんってこう見えて結構乙女ですから待ちの姿勢――」
「ぶっ殺すわ!!! スレッタ、今日という今日は許さないからぁ!!!」
ミオリネは本気でキレている。
いきなり無礼な寸評をされて、シャディク・ゼネリは冷や汗を掻いた。このホルダー、腰が低いように見えて傍若無人すぎる。
下手に機嫌を損ねると友達狩りの対象になりかねないのと相まって、野生の肉食獣がうろつく
やがてミオリネが体力切れになってへばると、二人の追いかけっこは終わった。
「そ、そそ、それで! どうしてお二人はなんか距離が近いんですか!?」
「はぁ……はぁ……あのね、私とこいつが幼馴染みだからよ。他の理由、必要あるかしら?」
幼馴染みと聞いて、目に見えてスレッタはよろこび始めた。
目をキラキラさせて、ミオリネとシャディクの顔を交互に見ている。
「お、幼馴染み! 本当に実在したんですね!! わたし、恋愛シミュレーションにだけ出てくる設定とばかり……!」
「いい加減ゲームから離れなさいよ!?」
「で、でもミオリネさん! わたしの恋愛知識によるとシャディクさんは一見、軽薄に見えて本命には激重タイプのチャラ男ですよ!? ミオリネさんはちょっとチャラ男属性に厳しすぎです!」
「だーかーらー! あんたと違って!! 私はゲーム知識で人間を分類してないのよ!!!」
どうしよう、とシャディクは思った。
こんなミオリネの顔は今まで見たことがないが、果たして見てよかったのかという疑念も抱かざるを得ない。
そのときだった。
スレッタの生徒手帳に普段あまり目にすることがない人物から連絡が届いたのは。
連絡リストに載っているその人物の名を見た瞬間、スレッタは気まずそうな顔になったが、渋々、メッセージ通りに端末を操作。
端末のスピーカーとホログラム投影モードを起動させると、見慣れない企業のロゴが浮かび上がった。
「あ、あのー……なんだか、わたしの古巣の方から、お話があるみたいです」
心底、気乗りしないという表情のスレッタ。
そんな彼女を余所に
『どうも皆様、初めまして。私はルイ・ファシネータ、シン・セー開発公社の代表を務めております』
意気揚々とした慇懃な台詞に、ミオリネとシャディクは聞き覚えがあった。
あのプレゼンの場でもとうとう顔を見せなかった秘密主義者――ルイ・ファシネータ代表の喋り方。
「シン・セー開発公社って……地球寮のスポンサーの!?」
『はい、皆様のお役に立てているようで光栄です』
「こ、こちらこそ! いろいろな援助ありがとうございます!」
真っ先に頭を下げに行くマルタンは、ある意味、寮長としての自覚に満ちている。地球寮の設備が改善されてきているのは、ひとえにこの謎のスポンサーのおかげだからだ。
機嫌でも損ねてスポンサーを撤退されたら堪らないので、全力で媚びにいっていた。
学生の身分なのに社会人めいた悲哀を背負う少年、それが寮長マルタンなのである。
呆気にとられている地球寮の面子を余所に、ミオリネはスレッタに耳打ちした。
「ちょっとスレッタ、あんた、ルイ代表について何か知らないの?」
「……いえ、わたしはあんまりよく知らないので……お母さんが亡くなったときも、こうやって通信越しに話したぐらいですし……」
『つれないですね、スレッタ・マーキュリー。二年前はもう少し素直な子でしたが……世間ずれするとはこういうことなのでしょうか。子供が育つのは早いものですね』
まるで
「ううっ、こういうノリが何かよくわからなくて苦手なんです~!」
「あんたにも苦手なものってあったのね……」
先ほどまでの傍若無人ぶりが嘘のように縮こまっているスレッタを見つつ、シャディクは口を開いた。
「先日はどうも、ルイ代表。シャディク・ゼネリです。今日はどういったご用件です?」
『おお、シャディク・ゼネリ様。先日はお世話になりました。実は株式会社ガンダムの件でお話がございまして』
「お話、ですか?」
シャディクの合いの手を受けて、ルイ代表が口を開いた。
『――皆様はすでに株式会社ガンダムの目的についてはご存じでしょうか?』
「それならすでに話してあります、ルイ代表。新しいガンダムの安全性のPRと医療用サイバネティクスGUNDの復興、ですよね」
ミオリネの言葉を聞いて、スレッタは表情を曇らせていたが、それに気付いているのはシャディク一人だった。
「医療、って言ってもなあ……」
「そりゃ、兵器を売りさばいて大もうけ、とかよりは抵抗ないけど……俺らメカニック科で医療の知識とかねえし」
「学生ベンチャーでMS開発までは普通しないからね。とはいえ、専門外なのは否めない」
メカニック科の面子が顔を見合わせていると、ルイ・ファシネータは如何にも待っていましたとばかりにセールストークを押しつけてきた。
『我々、シン・セー開発公社としては、この事業は非常にやりがいのあるものだと考えております。技術的な面でのサポートは惜しみませんし、弊社からも必要な人材を送る用意があります』
「…………必要な人材、ですか? 〈エアリアル〉の関係者でしょうか?」
ミオリネの問いかけ――返答。
『ベルメリア・ウィンストン――先日、ヘッドハンティングしたばかりの貴重なGUND研究者をそちらへ派遣致します。医療用サイバネティクスとしてのGUNDの復興にお役立てください』
かの有名なペイル・スキャンダルで四人の共同代表の影に隠れて、大きく報じられることはなかった人物の名である。
まず、それが何者なのかすら、この場の大半の生徒は知るまい。
如何なる取引の結果、彼女の罪が減免されたのかすら、この場にいる生徒たちには判断のしようがない。
そういう名前であった。
ゆえに、この場においてベルメリアの名に反応できたのは――
「ベルメリア……さんが?」
――スレッタ・マーキュリーただ一人であった。