ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタがベルメリアを庇うだけの話

 

 

――ルイ・ファシネータ代表からの連絡から数日後。

 

 

 その人物は地球寮にやってきた。

 MSハンガーを改装した建屋の中で顔を合わせたのは、来訪者と地球寮の全員、そしてミオリネ・レンブランであった。

 どこかおどおどとした印象――その中年女性は、ためらいがちに口を開いて挨拶した。

 

「今日からこちらで技術協力することになったベルメリア・ウィンストンよ、よろしくね……スレッタ・マーキュリーさん、また会えたわね」

「ベルメリアさん! やっぱり、そうなんですね!」

 

 スレッタが嬉しそうに駆け寄ると、ベルメリアも安堵したように微笑んだ。

 少女の友好的な態度によって、緊張が解けたらしい。

 

「こんなに早く会えるとは思ってなかったわ」

「わたし、嬉しいんです。あ、皆さん、こちらのベルメリアさんはGUND……医療用サイバネティクスの専門家なんですよ! これでミオリネさんの野望も上手く行きますね!」

「何が野望よ、歴とした事業よ人聞きの悪い」

 

 株式会社ガンダムの代表ミオリネ・レンブランは、そう言ってスレッタをにらみつけた。

 世間的にはデリング総裁のドラ娘が親のすねをかじって始めた学生ベンチャー企業なのだが、それはさておき。

 外行きの仮面を被ると、ミオリネもベルメリア・ウィンストンに挨拶した。

 

「株式会社ガンダムの代表、ミオリネ・レンブランです。何かとご迷惑をおかけすると思いますが、よろしくお願いします」

「ええ、私にできることなら何でも言ってちょうだい」

 

 ミオリネとベルメリアの間に、ひとまず友好的な雰囲気が築かれかけたときだった。

 それまで、下を向いてうつむいていたニカ・ナナウラが、決然と顔を上げたのは。

 

「私なりにあなたについて調べました……ペイル・スキャンダルに関わってた人ってことですよね? どうして刑務所に入らず、こんな場所に居るんですか?」

「……ニカ?」

 

 突然のことだった。

 基本的に人当たりがよく、メカのことが大好きなメカニック科の生徒――ニカ・ナナウラらしからぬ刺々しい物言いに、その場の誰もが困惑していた。

 周囲の困惑した視線にも気付かず、ニカは感情的に叫んだ。

 

「人殺しの片棒を担いでたのに、今さら人助けなんておかしいじゃないですか!!」

「お、おい落ち着けよニカ」

「どうしたんだよ、お前……」

 

 同じメカニック科二年のオジェロとヌーノがなだめるが、ニカが引く様子はなかった。

 まるで何かの罪悪感に突き動かされるように、少女は疑惑の人物を糾弾する。

 ベルメリア・ウィンストンは反論しなかった。

 正しすぎる少女の物言いに同意を示して、視線を床に向けてうつむいた。

 

「そうね……私は償いきれない罪を犯しているわ……だからこそ、少しでも人を救う形で償いたいの」

「そんなの虫がよすぎます!! 悪いことをしたら、罰を受けるのが当然じゃないですか!?」

「ニカさん」

 

 スレッタ・マーキュリーが硬い声でニカを制止した。

 真っ直ぐな視線が、ニカ・ナナウラを見つめている。

 

「罪を抱えてでも、前に進もうとしている人を一方的に叩くのは……間違っていると思います。今日のニカさんは、ちょっと様子がおかしいです」

「スレッタ……でも……!」

 

 怯みつつもニカがなおも言いつのろうとした瞬間だった。

 スレッタ・マーキュリーは爆弾発言を投げつけた。

 

 

「ベルメリアさんが罪人だって言うんなら、()()()()()()()()()()……!」

 

 

 その言葉の意味がわからない人間は、この場にはいなかった。

 あのドローン襲撃事件のとき、スレッタ・マーキュリーは人間の兵士が乗り込んでいた装甲車にビームライフルを発射している。

 その結果、彼女の手が血で汚れていることは、地球寮の人間には周知の事実だ。

 誰も何も言えなくなった。

 沈み込んだ場の空気に耐えきれず、ニカ・ナナウラは走り出した。

 

「ごめん…………私っ!!」

「ニカさん!!」

 

 呼び止めるスレッタの声に振り返ることなく、ニカは逃げ出した。

 

 

 

 

 

 

 ニカ・ナナウラはMS演習場の土手に寝転んで、青い空――投影された作り物のそれを見上げていた。

 今日は演習場を使ったカリキュラムはないから、とてつもなく静かでだだっ広い空間があるだけだ。

 ここを選んだ理由はなんとなくだった。

 学校の人が多い施設だと意地が悪いスペーシアンの生徒に絡まれそうで嫌だったし、地球寮のみんなが来そうな場所はもっと気まずいから、消去法でここになっただけだ。

 なのに、どういうわけだろうか。

 視界の端にピンク色のポンポンが見える。

 

「……チュチュ?」

「……探したよ、ニカ姉。さっきはどうしたのさ」

 

 横に座り込んだチュチュを横目に、しばらくニカは沈黙して。

 意を決して口を開いた。

 

「私さ、チュチュが思ってるほど立派な人間じゃないんだ……結構、後ろめたいこといろいろ抱えてて、うん、そのせいかな」

 

 チュチュは黙って姉貴分の独白を聞いていた。

 少女にとってニカ・ナナウラは頼りになるメカニック科の先輩だ。

 故郷のみんなに買ってもらった中古の旧式MS〈デミトレーナー〉を、あり合わせの部品でスペーシアンと戦えるようカスタマイズしてくれた恩人だ。

 とびきり腕利きで面倒見がよくて、尊敬している大切な友人でもある。

 そんな彼女の知らない一面を、チュチュは目の当たりにしていた。

 

「だからきっと、立場が弱いベルメリアさんに当たっちゃったんだと思う」

 

 スレッタにあんなことまで言わせちゃった、と独りごちて。

 ニカは再び口を閉じた。

 どう応じたものか、悩んで、悩んで、悩んだ末に――気の利いた言葉なんて思い浮かばなかったチュチュは、今の正直な気持ちを伝えることにした。

 

「あーしにも話せない悩みなのはわかるよ……でもさ、しんどい気持ちぐらいは言ってくれたっていいじゃん……あーしたち、仲間じゃんか」

 

 返事はない。

 チュチュがニカの顔を見ると、そこにはうっすらと笑みが浮かんでいた。

 仲間か、と呟いて、ニカはゆっくりと立ち上がる。

 

「ごめんね、チュチュ。変な話聞かせちゃって……」

 

 立ち上がった頃には、いつものニカ・ナナウラがそこにいた。

 

「うん、ちょっと元気出てきた……ベルメリアさんに謝ってくるね……」

「あーしも付き合うよ、ニカ姉」

「もう、チュチュは心配性だなあ」

 

 ニカが苦笑した瞬間である。

 物陰からすごい勢いで銀髪の美少女が飛び出してきた。

 ミオリネ・レンブランである。

 どうやら一言一句聞き逃さず、話を全部盗み聞きしていたらしい。

 

「話は終わった? ほら、さっさと歩く! あんたたちには株式会社ガンダムの社員としてキリキリ働いてもらうんだからね! まずはベルメリア・ウィンストンさんに謝罪よ!!」

 

 めちゃくちゃな勢いでニカの肩を掴むと、ミオリネは勢いよくこう断言した。

 その後ろでは、ミオリネに付き添っていたらしいスレッタ・マーキュリーが、苦笑しながらこちらに近づいてきている。

 

「重要なのは今まで何をしていたかより、()()()()()()()()()でしょ! そういうわけで、私の会社ではそういう過去をほじくり返すような真似は禁止するわ!」

「あン?」

「私は社長、あんたたちは社員! この序列が崩れることはないわ!!」

「テッメエ、ミオリネ!! せこいことしてんじゃねーぞコラッ!!」

 

 きゃーきゃーとやかましく騒ぎながら、ミオリネとチュチュ、スレッタとニカの四人は並んで地球寮への道を歩き始めた。

 あんなに曇っていたニカの胸中は、不思議と今、晴れている。

 自分の問題は何も解決していないのに、友達と一緒に居るだけでなんとかなるような気持ちになるのだから不思議だった。

 そんな自分がおかしくて、ニカはくすりと笑うのだった。

 

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 スレッタ・マーキュリーはいつものように〈エアリアル〉のコクピットで、チャットAI――ということになっている姉のエリクトへ語りかけた。

 その表情はコクピットの影のせいでよく見えない。

 

「ミオリネさんはすごいな……あんな難しい話題で、みんなをなんとかなるような気持ちにしちゃうんだから……」

 

 少女の声音は暗く沈んでいて、ミオリネを讃えると言うよりも――嫉妬するような、もっとほの暗い感情が宿っていた。

 スレッタの話を黙って聞いていたエリクトは、淡々と妹を諫めるように口を開いた。

 

 

――スレッタ。そういうのを真に受けちゃダメだよ。

 

 

――あの子の言っていることは正しい。でも正しいだけだ。

 

 

――本当に痛みを背負っている僕らとは、生きている世界が違う。

 

 

 それはたぶん事実なのだろう。

 ミオリネ・レンブランはこの残酷な世界で流される血の赤色を知らない。

 飛び交う憎悪の峻烈さを知らない。

 人々の苦痛の総量を想像もしたことがない。

 けれど、だからこそ――夢のような言葉でみんなを納得させることができる。

 それがとても、綺麗だと思ったから。

 

 

「気を遣ってくれてるんだ、エリクト。ありがとう――でもね、わたしね。真っ直ぐで眩しいミオリネさんを見ていると――」

 

 

 苦しくて、苦しくて、スレッタはこう呟くのだ。

 

 

「――すごく羨ましくて、心が痛かったんだ」

 

 

 

 

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