――シャディク・ゼネリがスレッタ・マーキュリーに決闘を申し込んだ。
そのニュースは瞬く間に学園に広まった。
まさに人の口に戸は立てられないというやつである。
あの〈友達狩りのスレッタ〉に勝負を挑むだけでも勇者の行いだったし、それがグラスレー寮長――残された最後の御三家ともなれば話題性は抜群だ。
あるいは今度こそ、学園を〈友達狩り〉の恐怖から解放してくれるのではないか、と希望を持つもの。
最後の御三家が攻略されることで〈友達狩り〉の偉業が達成されるのではないか、と絶望に浸るもの。
様々な思惑を孕んで外野は盛り上がっていたのだが。
肝心のスレッタはと言えば、ジェターク寮まで足を運んで助力を願い出ていた。
「申請ルールは集団戦、向こうはモビルスーツ六機を申請している、か」
「はい、そこでグエルさんたちに、地球寮への助力をお願いしに来ました」
「今のままだと地球寮から出せる戦力は二機だけだからね。お願いできないかな、グエル・ジェターク」
付き添いのエラン・フォースがそう言うと、グエルは難しそうな表情になった。
以前なら衝動的にOKを出していたかもしれないが、あまり過度に援軍を出すとそれはそれで角が立つ――その程度に、グエルは自分を抑えて思考できるようになっていた。
もちろん個人的には助力してやりたいのは山々なのだが。
熟考の末、グエルが出した結論はシンプルだった。
「残念だがジェターク寮として貸し出せる戦力はMS一機が限度だな。地球寮に肩入れしすぎると要らん軋轢を招く」
兄の言葉を受けて、異母弟ラウダ・ニールが言葉を引き継いだ。
「悪く思うなスレッタ・マーキュリー。僕らはジェターク寮だ。全面的にお前の味方をするわけにはいかない」
「いえ、一機でも加勢していただけるだけでありがたいです。ラウダさんも難しいところ、ありがとうございます」
「……ふん。兄さん、それで誰を出向させるんだい?」
素直な感謝の言葉にまんざらでもなさそうなラウダ――実のところ、ラウダとスレッタはそこそこ仲がいい。
所属する寮の違いもあってそこまで交流が深いわけではないが、ウマが合うらしい。
そんな二人を微笑ましそうに見守りつつ、グエルはかねてから決めていた答えを口にした。
「エラン、決闘委員会としての仕事はお前に任せたぞ」
「いいよ。僕には乗るMSがないからね」
以心伝心というやつだろうか。
どうやらエラン・フォースにはグエルの決心は筒抜けだったらしい。
やりとりを聞いていたラウダが目を見開いている。
「兄さん、まさか」
「ラウダ、俺のテスト機――〈ディランザ・ルナ〉は使えるな?」
「本気かい、兄さん!」
ああ、と応えて。
グエルは論理的に自分が出るべき理由を口にする。
「戦いはおそらくグラスレーの数的優位が確保された状態で始まる。機種も最新鋭の〈ミカエリス〉と〈ベギルペンデ〉だろう。地球寮の戦力は〈エアリアル〉と〈デミトレーナー〉の改修機の二機だけだ。ここに助っ人は中々いい目立ち方をするぞ、何せ三対六だ」
ジェターク寮最強の男が助っ人に出る。
なるほど、助っ人としては破格である。
充分に肩入れしすぎと言われそうな戦力ではあるが、そこは「グエル個人のワガママ」で押し通す気なのだろう。
勝てばいいが、負ければヴィム・ジェタークがどう怒るか、気が重くなるような状況である。
はあ、とラウダはため息をついた。
「……兄さんが一度言い出したら聞かないのはわかってるよ……スレッタ・マーキュリー、この勝負、絶対に勝ってもらうぞ」
「もちろんです。グエルさんの力を借りられるなら百人力です!」
「わかってるじゃないか!」
グエル・ジェタークを尊敬しているという意味で、ラウダとスレッタは相性がいい。
早速盛り上がっている二人を横目に、グエルはしばらく沈黙を保っていた――意を決したように口を開くまでは。
「だが一つ、条件がある」
ぴたり、と動きを止めたスレッタに、やや緊張しながら、グエル・ジェタークは条件を告げた。
その額には冷や汗が浮かんでいる。
「……この決闘に勝てたときは、俺の願いを一つ聞いて欲しい。それでいいか?」
事情がまるでよくわからない、グエルに都合のよすぎる話である。
スレッタ・マーキュリーの反応は――
「はい、よろしくお願いします!」
――快諾であった。
あまりにもためらいのない返答に、グエルの方がびっくりしてしまうぐらいの勢いのいい返答だった。
「いいのか、こんな条件を呑んでしまって」
「だってグエルさんは、卑怯なことをする人じゃないですから!」
にこにこと親愛に満ちた微笑みを浮かべるスレッタ――当然だろう、という顔をしているラウダ。
そんな二人を目にしていると、グエルは緊張していた自分が馬鹿らしくなってきた。
そうだった。こういう相手だから、スレッタ・マーキュリーを好きになったのである。
「…………変わらないな、お前は」
ふっ、と息を吐いて。
少年はすぐにいつもと変わらぬグエル・ジェタークになった。
「あ、ところでグエルさん! その〈ディランザ・ルナ〉ってどういうMSなんですか!?」
「チームを組むなら教えといてやるか、いいか――」
新型のMS〈ディランザ・ルナ〉の性能とその役割について熱く語り合い始めた二人を、エラン・フォースはぼんやりと見つめていた。
色っぽい話はないけれど、あれはあれで二人だけの世界ができあがっている。
なんだか羨ましいな、と思いながら、エランは決闘の手順を考え始めるのだった。
◆
一方その頃、決闘を挑んだグラスレー寮のメンバーはMSハンガーに集合していた。
シャディク・ゼネリと取り巻きの女子五人が見つめているのは、グラスレー・ディフェンス・システムズ本社から届いたばかりのMSと新装備だった。
純白の騎士〈ミカエリス〉の左腕に装着される新装備――複合兵装ジャベリンブレイサーは、有線式の分離・射出機構が内蔵された大型の質量兵装である。
〈エアリアル〉が持つガンビットの防御フィールドの突破を目的として、グラスレー・ディフェンス・システムズで開発された武装である。
これまでの決闘で得られたデータは抜かりなくグラスレー・ディフェンス・システムズの技術開発部に送られており、彼らが出した現時点でのガンダム対策がこの武装なのだ。
「〈ミカエリス〉の追加装備か……シミュレーターはみっちり動かしたつもりだけど、実戦で使えるかな」
「シャディクなら問題ないだろう」
「謙遜も嫌味に聞こえるってやつだよ、シャディク~」
「今回はレネの言うとおりだな」
「ははっ、ありがとう。みんなの分のMSも届いてるようだね。義父さんが頑張ってくれたみたいだ」
六人が見上げた先にあるのは、梱包を解かれたばかりの紫色のMS――先のドローン襲撃事件でも活躍した〈ベギルペンデ〉の追加分であった。
強力なジャミングによる電子戦機能と、高い水準でまとまった戦闘能力を持った第四世代の傑作機である。
当然のことながら、学園で用いられている低価格帯の〈ハインドリー〉とは、お値段も大きく異なる。
「〈ベギルペンデ〉が追加で三機、大盤振る舞いだね~」
「ドミニコス隊向けのハイエンドモデル……もらっちゃっていいのかな……?」
メイジーとイリーシャが尋ねてくるのを、シャディクは苦笑して受け入れた。
「相手が〈エアリアル〉ならこれでも足りないぐらいさ……何せ、こいつの
「例のオーバーライドか」
「うん、伝手で手に入れた情報だから間違いない。〈エアリアル〉は強力な電子戦能力を持ったMSだ」
実戦であれば、上位互換と言える電子戦能力との撃ち合いになり、アンチドートが無効化される恐れがある。
シャディク陣営にとって幸いだったのは、その強力すぎる機能ゆえに、オーバーライドの利用に制限かけられていることだった。
「オーバーライドの使用制限、それは今の〈エアリアル〉についている首輪だ。これが実戦なら為す術もないってところだけど、決闘のルールの
あの自由自在に飛び回るドローン兵器からのビーム砲の十字砲火は、通常のパイロットに対処できるものではない。
シャディクと五人の女子たちはいずれもトップクラスのランカーであり、パイロットとしての技量は抜きん出たものであるが、対処しきれる攻撃には自ずと限度がある。
その〈エアリアル〉最大の脅威を封じきれるというのが、シャディクの言うところの勝ち目であった。
生徒手帳を見ていたサビーナが、シャディクに話しかけた。
「シャディク、スレッタ・マーキュリーがジェターク寮に向かったそうだ」
「……となると助っ人はグエルだな。最初考えてた六対二の条件はご破算だ。チームは二つに分けよう、グエルと地球寮の相手を三人でしてもらう」
「スレッタ・マーキュリーの相手を三人ですることになるが、大丈夫か?」
心配げな問いかけに対して、シャディクはイタズラっぽい微笑みで応じた。
そこにあるのは、戦うものとしての矜持だった。
「俺も腕が立つパイロットのつもりだよ、サビーナ」
◆
決闘の前には、宣誓式が行なわれる。
決闘委員会のメンバーの内、年長者二名が敵味方に分かれて参加するチーム戦――異例の状況に、流石の決闘委員会のメンバーも動揺を隠せない。
「ちょっとぉ~、グエル先輩ぃ? ホルダーとシャディク先輩の決闘に顔出しはみっともなくないですかぁ~?」
「抜かせよ、セセリア。俺はジェタークの男として助っ人をしている。それ以上でもそれ以下でもない」
「うっわ、男の世界って感じ~! 暑苦しい~!!」
ソファーに座ってやり合うセセリアとグエルを横目に、エラン・フォースはいつも通りに冷静な声をだした。
向かい合う二人――現在の
二人の間に立って、外野の声を無視して儀式を進行する。
「双方、魂の代償をリーブラに」
照明が切り替わり、青く荘厳な雰囲気付けの灯がついた。
「決闘者はシャディク・ゼネリとスレッタ・マーキュリー、場所は戦術試験区域四番。決闘方法は集団戦を採用、異論はないか?」
「はい」
「ないよ、エラン」
そこでスレッタが口を挟んだ。
「あ、あのっ! 今回の決闘、学校の外にも……全世界配信ってできますか!?」
「できるけど……どうしたの、スレッタ・マーキュリー?」
「み、ミオリネさんが会社の宣伝のためにそうしたいって……」
「……構わないかな、シャディク・ゼネリ」
「ああ、俺は構わないよ」
うなずき一つ、エラン・フォースが問うた。
「スレッタ・マーキュリー、君はこの決闘に何を賭ける?」
「シャディクさんにもっと株式会社ガンダムに関わってもらって、わたしと友達になってもらいます!」
続けてシャディク・ゼネリ――悠然とたたずむ長身の少年。
「シャディク・ゼネリ、君はこの決闘に何を賭ける?」
「ミオリネ・レンブランの花婿の座と、その隣に立つ権利を賭けようか」
恥ずかしげもなくそんなことを言うものだから、脇で聞いていたセセリアなどは「え、マジですか?」と驚き果てている。
最早、決闘に賭けるものの時点でほとんど告白である。
一体、ミオリネ・レンブランはどんな気持ちでこれを聞くのやら――そう呆れかえっている女子の視線を無視して、エラン・フォースは無関心にうなずいた。
「
ぱん、と手と手を打ち合わせる音。
こうしてシャディク・ゼネリとスレッタ・マーキュリーの決闘は承認されたのだが。
スレッタは承認の儀が終わってすぐ、シャディクに声をかけた。
「あのっ、シャディクさん!」
「なんだい、水星ちゃん」
「どうして突然、ミオリネさんを賭けて決闘だなんて……」
この場に来ているのはスレッタだけで、渦中の人であるミオリネ・レンブランは来ていない。
何事かを考え込んでいる様子だった。
ミオリネがそうなるのも無理はない。
シャディクらしからぬ行動なのである。今まで決闘ゲームには無関心極まりなかった男とは思えない積極性であった。
気さくでいい人ではあるが、どこか傍観者然としている人物――それがスレッタから見たシャディク・ゼネリの印象である。
そんな彼の突然の心変わりに驚いているのは、彼女も学園の大半の生徒と同じだ。
問いかけに対して、シャディクの返答は――
「――ようやく俺も、
そう言って身を翻す男の背中には、強い決意がにじんでいた。
誰も呼び止められず、茶化せない、そういう真剣な雰囲気だった。
なので、スレッタ・マーキュリーはこう呟くのだ。
「わっけわかんない、です……」