――話はシャディクとの決闘前にさかのぼる。
スレッタ・マーキュリーは一人、〈エアリアル〉のコクピットで身体を丸めていた。エリクトと話すわけでもなく、ただひたすらぼーっとしているだけの状態である。
そんな彼女に話しかけるものはいなかった。
ふよふよと宙を浮かぶその影が近づいてくるまでは。
『お悩みですか、スレッタ・マーキュリー』
びっくりして声がした方に目を向けると、エアリアルのコクピットがある高さにまで、小型の飛行ドローンが飛んできていた。
「ルイ……さん?」
聞き覚えがある声は、シン・セー開発公社ルイ・ファシネータ代表のものだった。
『こんにちは、スレッタ・マーキュリー。ああ、これは最新型のフロートドローンです。各種センサー完備でパーメット通信により遠隔操作可能、ホログラム投影機能もありますので、皆様とお話しする際、便利かと思い送らせていただきました』
「うわー……なんか、すごいですね!」
『そうでしょう、そうでしょう』
何故か自慢げなルイ・ファシネータ――遠隔操作で起動しているあたり、どうやらルイ・ファシネータの意のままに動くらしい。
ちょっとセキュリティ上は問題あるんじゃないかな、と思いつつ、スレッタ・マーキュリーは苦笑した。
「悩んでいるように、見えましたか?」
『ええ。今の時期に悩むとしたら、それこそ株式会社ガンダム設立の件かと思い、あえて声をかけさせていただきました』
「そんなにわかりやすかったですか……はい、その、なんとなく不安になってしまって」
普段、あまり付き合いがない相手だからよかったのだろうか。
わりとすんなり、口にできなかった漠然とした不安を話せてしまえた。
ルイ・ファシネータの答えは簡潔であった。
『ミオリネ様もいろいろと考えているようですし、あなたが心配せずとも株式会社ガンダムは上手く行きますよ』
「そ、そういうものなんですか?」
『ええ。閣下――デリング・レンブラン様も協力していますし、我々、シン・セー開発公社も協力しています。専門知識はベルメリア・ウィンストン氏が、企業経営にはシャディク・ゼネリ様が力添えするのです。豪華な顔ぶれではありませんか。あなた方はもっと気楽に挑戦すればいいのですよ』
ですから、と言い置いて。
本当に伝えたいことを言うのだという口ぶりで、ルイ・ファシネータはこう言った。
『いいですか? あなたが背負う必要はないですし、気負わなくても存外、他の誰かがやってくれるものですよ』
「……でも、背負わなきゃいけない重荷だってあると思うんです」
『道徳的な問題として、あるいは責任論として、ですか。確かに、人として望ましい生きる姿勢というものは存在します。しかしですね――』
まるでスレッタの内面を見透かすように話すルイは、熱っぽい口調でこうのたまうのであった。
心からの願いを語るように。
『これは私の持論ですが、
「け、結構、極論ですね?」
『極論、大いに結構! まあ、あなたはまだ一七歳なのです。確かに無知でいるのは罪ですが、何でもかんでも自分で背負う歳でもないでしょう』
そして慰めるようにこう言うのである。
『誰かが
その言葉でピンときた。
ルイ・ファシネータはおそらく、母の遺言のことを知っているのではないか、と。
あの場にはスレッタとエリクト――〈エアリアル〉しかいなかったはずだが、この怪人めいた人物なら何かの伝手で知っていてもおかしくはない。
「ルイさんは……お母さんのことを知ってるんですか?」
『……ええ、よく存じております。とても強く、苛烈に生きた人でした。彼女がいなければ、今の私はここにはいなかったでしょう』
そしてルイはスレッタを慰めるように、スレッタの身を案じるようなことを口にした。
『スレッタ・マーキュリー、あなたは確かに愛されていた。それだけは私が保証致します。ですからどうか、ご自分を大切にしてください』
「……ありがとうございます。ルイさん」
『新型GUNDフォーマットのお話が上手く進めば、あなたの家族のことも世間におおっぴらにできるようになります。物事はおおむね、あなたにとって優しい方向に進んでいるのですよ』
「なんだか、ルイさんって思ってたよりずっと優しいんですね……わたし、誤解してたかもしれないです」
スレッタの呟きに、ルイ・ファシネータは呵々大笑した。
『はっはっはっは、私は確かに秘密主義者で顔一つ見せない薄情者ですが、私なりの正義感は持ち合わせているつもりですよ』
「そ、そこまで言ってないですよ!?」
『おっと失礼、つい冗句を』
そうだ、とスレッタは独りごちて。
「これ、ちょっと前にみんなで撮った会社のPR動画なんです! ルイさんも見てみてください!」
タップされる再生ボタン。
流れ始めた歌と踊りを見て。
『こ、これは……』
ルイ・ファシネータ代表は絶句した。
◆
――後日、ベネリット・グループ本社フロントにて。
デリング・レンブラン総裁の居室において、ルイ・ファシネータは総裁直々に呼び出しを喰らっていた。
話題はもちろん、彼が協力する株式会社ガンダムの件である。
「ルイ・ファシネータ、説明しろ」
『はい、閣下。こちらが株式会社ガンダムのPR動画です。学生ベンチャー企業らしい手作り感と低予算感をあえて全面に押し出すことで、シュールなPR動画としての
画面の中ではスレッタ・マーキュリーと〈エアリアル〉が謎のダンスを披露しながら歌っており、ガンダムは希望の光であり、未来を目指しており、安全で無害で飛べて歌って踊れるということをアピールしている。
画面手前でくねくねと踊るスレッタの動きに連動して、画面奥側の〈エアリアル〉もそれに連動するようにダンスを披露している。
とても全高一八メートルの人型機動兵器とは思えない有機的な動きは、確かに〈エアリアル〉がGUNDフォーマット使用MSであることを示す格好のパフォーマンスと言えるだろう。
なめらかすぎて動画のコメント欄ではAI生成のCGを疑われていたが、それはさておき。
デリングは無言で何回か動画をリピート再生すると、渋面で沈黙した。
「……もっとやりようはなかったのか?」
『ミオリネ様の自主性と判断を尊重致しました。結果として現在、ラグランジュポイントのスペーシアンを中心に世界的な大ヒットを記録しておりますし、ミオリネ様の慧眼には驚くばかりです』
「ルイ・ファシネータ」
デリングは話題を切り替えることにした。
『はい、閣下』
「
『……全世界同時配信の生中継の出来事だったからかと』
これに関しては本気でルイ・ファシネータは関係ないため、戸惑うことしかできなかった。
思春期の娘の恋愛事情が気になるらしく、デリング・レンブランは無言で動画を見返して。
「そうか……」
重く、重く、相づちを打った。
『ミオリネ様の近辺で変わったことがあれば、すぐにご報告致します』
「うむ」
そういうことになった。
◆
「第二弾を公開するわよ!!」
「正気かミオリネェ!!」
地球寮では株式会社ガンダムの社長と社員が早速揉めていた。
具体的にはミオリネ・レンブランとチュアチュリー・パンランチが揉めているのだが、まあいつも通りである。
「前回の撮影でもスレッタは途中から疲れて死にかけてたんだぞ! これ以上は監督として容認できねえ!」
「それはチュチュがクソみたいなリテイクを連打するからでしょ!! 大御所監督気取りはやめなさい!!」
「テメエ! 一番面倒くさい動画撮影を投げておいてその言い草は何だコラァ!!!」
どちらの言うことも正論である。
社長のミオリネは営業に走り回っていたし、結果として動画の撮影と編集は地球寮の面子に丸投げされて大変なことになっていた。
相反する正義がぶつかり合う悲劇である。
「でもこう、折角いい感じに流行ってるんだし、ここはさらにいい感じの動画を出したいわ!!」
自分とシャディクのやりとりが太陽系全域のネット社会でバズっていることに関してミオリネは無言であった。
そこに触れたら殺すという意思が満ちあふれているため、株式会社ガンダムの社内でこの話題に触れようという勇者はいない。
そのときだった。
「動画、流行ってるみたいだね」
「なんというか、すごい動画だったな……」
「まあ、水星ちゃんらしくていいんじゃないかな」
地球寮に入ってきたのは、ペイル、ジェターク、グラスレーの御三家を代表する美男子たちである。
彼らを引き連れてきたのは赤毛の少女スレッタ・マーキュリー、学園を武力で支配する魔王である。
褐色の肌をつやつやさせて、スレッタは満面の笑みでこう言った。
「友達のグエルさん、エランさん、シャディクさんを連れてきました! ガンダムダンス(スレッタ・マーキュリー考案の謎の踊り。〈エアリアル〉も歌って踊る)を踊ってもらいます!!」
突然の宣言に、その場の全員が固まった。
最初にツッコミを入れたのはグエル・ジェタークであった。
「スレッタ・マーキュリー……待て、何でそうなる!? エランとシャディクはともかく、俺は完全に部外者だぞ!!」
「クレジットに特別出演って書いておきますから安心してください!」
「そういう問題じゃないだろ!?」
この場で唯一、株式会社ガンダムに何の関係もないグエルは、何故か出演を決定されていた。
スレッタ・マーキュリーからは逃げられないのである。
「僕は構わないよ。株式会社ガンダムの協力者だしね、これでも歌って踊れるつもりだよ」
「身体のキレをアピールするのをやめろエラン! なんだそのダンスは!」
「僕なりに研究したガンダムダンスだよ」
「お前……」
エラン・フォースはシュールで奇妙なダンスを踊っている。
誰かこいつを止めてやってくれ、とグエル・ジェタークは切に願った。
ちなみにその願いは聞き届けられない。
悲劇的な喜劇である。
「ははは、俺はもう水星ちゃんの友達だからね……」
「はい! 決闘の代償として友達になってもらいました!」
「スレッタ・マーキュリー……お前の友達の定義怖くないか……?」
シャディクはすでに諦めていた。
もっともなグエルのツッコミが報われる日は来ない。
これは彼がスレッタに教えてしまった青春のよろこびの結末、〈友達狩りのスレッタ〉なのだから。
むしろ責任を取るべきであった。
「……いいわね! それで行くわ! ほら、あんたたちさっさと撮影に行くわよ!」
社長からGOサインが出てしまった。
この時点で地球寮のメンバーは抵抗を諦めており、チュチュだけが「テッメエ慰労会ちゃんと開けよコラッ!!」と正論を叩きつけていた。
ぞろぞろと地球寮を出て撮影に赴く他の面子を横目に、ミオリネはシャディクに声をかけた。
「シャディク」
「…………なんだい、ミオリネ」
長い、長い沈黙があった。
「…………なんでもないわ。行くわよ」
ミオリネ・レンブランとシャディク・ゼネリ。
触れたいのに触れられないハリネズミのジレンマは、まだまだ続くようだった。
――幾度もぶつかり合いながら。
――少年少女の青春は続いていくのだ。
これでシャディク編は一区切り、そしてグエルとのデートに続きます。
ルイ代表ドローンはアリ〇ギアの隊長ドローンみたいな感じです。