ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタがミオリネの大切な人になるだけの話

 

 

 

 

――歓声があがっている。

 

 

 

 グラスレー寮MSハンガーにて。

 シャディク・ゼネリの駆る〈ミカエリス〉は、寮生たちからの万雷の拍手と声援と共に迎え入れられていた。

 モビルスーツのコクピットハッチが開き、キャットウォークにパイロットが下りてくると、それは一層熱の入ったものになっていった。

 

「流石だ寮長!」

「かっこいいぜ!」

「シャディク様!」

 

 今回の決闘が現ホルダーと新ホルダーの交代劇だったことなど、誰もが忘れ去ったような熱狂。

 事実、メカニック科とパイロット科の生徒たちにとって、今回のシャディクの活躍はまさにヒーローと呼ぶべきものだった。

 そう、今回の見世物(ショウ)の主役は、強いだけで横暴なジェタークの元ホルダーでも、これまた強いだけで無作法な田舎者の新ホルダーでもない。

 両者の醜態を救って自らは何も求めなかった、シャディク・ゼネリこそが讃えられるに相応しいのだ、と。

 

「ははは、みんなありがとう! だけどこれは、決闘委員会として当然のことさ!」

 

 シャディクの洒脱な物言いに、さらに盛り上がる生徒たち。

 彼らに満面の笑みで手を振りながら、シャディクは取り巻きの少女たち――シャディクが囲っている学園の美少女たちと噂だ――の輪の中に入っていく。

 

「さっすがじゃ~んシャディク。それでこそだよね~」

「……うん、かっこよかった」

「いい演出だったと思うよ」

「そ、そうだね……」

 

 そして黙っていたサビーナが、にこやかなシャディクに一番聞くべきことを問うのだった。

 

「お前の目から見てどうだった、あの編入生の実力は」

 

 しばしの無言。

 目を閉じたあと、心の底からの実感を込めて、シャディクはぽつりと呟いた。

 

 

 

 

「実戦だったら殺されてた、二度とやりたくないね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――雑魚を殺しかけただけで凹みすぎだよ、スレッタは。

 

 

――瞬殺してやるとかイキって秒で負けた噛ませ犬(グエル)じゃん、忘れよう忘れよう。

 

 

「…………たまーに、たまにだけどね? わたし、エリクトのそういう無神経なところ羨ましくなるんだ……」

 

 

――そりゃあ僕はもうパーメットの意識体(たましい)だから、神経も脳もないけどね?

 

 

――だいたいさ、モビルスーツでド突き合いして殺すなもクソもないって。

 

 

――流石に人の家(ひとんち)で虐殺しておいて、今さらガンダム運用する連中は頭が変だね!

 

 

「ううぅ……だんだん、エリクトの言うことが正しく思えてくる自分がやだなぁ……」

 

 

――ふっふっふ、お姉ちゃんに抵抗は無意味だ。僕のようになーれ。

 

 

「え、絶対やだ」

 

 

――ひどい!

 

 

 決闘が終わり、それぞれが自らの寮のMSハンガーに帰還したあと。

 雑談とも愚痴ともつかない会話を、〈エアリアル〉のコクピットでスレッタは交わしていた。

 一見するとかなり異様な光景で、コクピットに閉じこもってブツブツと独り言を言っているようにしか見えない。

 なので面倒見のいいニカ・ナナウラなどは、わざわざ様子を見に来ていた。

 

「あ、あの、スレッタさん? 大丈夫?」

 

 そこではっと我に返ったスレッタは、奇行にしか見えない自分の言動をどう誤魔化すか考えた末、ありきたりな言い訳に終始すると決めた。

 

「は、はい! その、チャットAIに愚痴ることでメンタルケアを行ってるんです……」

「スレッタさん、すごい落ち込み方だね……」

 

 セルフケアでカウンセリングAI使うぐらい凹んでる、と解釈したニカは、開け放たれたコクピットに顔を突っ込み、スレッタに話しかける。

 

「それってやっぱり今日の決闘のこと?」

「…………やりすぎちゃった、ので」

「うん、まあ正直ちょっと怖かったけど……でも仕方ないよ、私はメカニック科だからわからないけど、決闘って実際にモビルスーツでやり合うんでしょ? 無我夢中でやっちゃったことは悔やんでも仕方ない、私はそう思うな」

「そ、そうでしょうか……」

 

 ずいぶんと人間のできている励ましだった。

 そのときだった。

 かつんかつん、と足音を立てて、近づいてくるピンク色のド派手なポンポンが二つ。

 

「オイ新入りィ……」

「ひぃいいいい!?」

 

 背は低いが目つきが悪く声も低音でドスが効いていて、まるっきり不良漫画の登場人物みたいな少女が現れた。

 ついでに頭髪はピンク色のポンポンがものすごいボリュームで頭に二つくっついている。

 いくら何でもあのポンポン大きすぎないかとスレッタは思ったが、口に出すと本気で怒られそうなので言及を我慢していた。

 ともあれ、件の人物――チュチュは、いつも通りにドスの効いた声だったが、ニコニコと機嫌良さそうに笑っている。

 

 

「よくやったっ!! クソスペ成金ボンボン野郎が情けない悲鳴あげてよぉ!! あーしは今年一番スッとしたぜ!! お前のことも気に入った!! やればできるじゃねーか、スペーシアンにしちゃ見所ある!!」

 

 

 あのルール無用の残虐ファイトがいたく気に入ったらしく、チュチュは心の底から愉快そうに笑っている。

 

「え、えーと、ありがとうございます?」

「おうっ!! ばしばし鍛えてやるから覚悟しろよなぁ!!」

「ひええええええ!?」

 

 鍛えるとは一体、何をだろうか。

 ドミニコス隊に放り込まれて基礎訓練をスパルタで叩き込まれたとき以来の恐怖が、スレッタに襲いかかってきていた。

 

「ちょっとチュチュ、スレッタさん怯えてるでしょ」

「ニカ姉……あーしは別に何にもしてねえよ、ちょっちリキ入っちまっただけだし?」

「え、ええと、チュチュさん、はいい人だと思います!」

「おーう、わかってるじゃねーか新入りぃ!」

 

 チュチュことチュアチュリー・パンランチはパイロット科一年の生徒であり、学年だけで言えばスレッタの方が年長者である。

 だがしかし、こう、雰囲気がもう無理だ。

 少なくともスレッタには、彼女の前でお姉さんぶる度胸はない。

 そのときだった。

 

 ピンポーン、と呼び鈴の音。

 以前はザルもいいところだった地球寮のセキュリティだが、シン・セー開発公社からの資金援助により、中古のセキュリティ機材の設置に成功。

 今ではきちんと電子ロックがかけられ、センサー感知式の警報が鳴るシステムまで導入されている。

 何かあったとき人間の警備員を呼べるような契約は結べなかったが、警備ドローンを導入すればいいだろうというのがメカニック科の面子の見解だった。

 つまり地球寮は今、西暦時代におけるオートロックのマンション程度の安全(相応のハッキング技術があれば解錠されてしまう)が確保されているのだ。

 予算って素晴らしい、とは寮長マルタンの言である。

 ともあれ、そうして来客――アーシアン差別が激しい学園で、わざわざ僻地にある地球寮を訪ねてくる客は少ない――に対応すべく、連動している携帯端末を手に取るニカ。

 

「はい、どちらさま――」

 

 画面に映っているのは、銀髪の美少女であった。

 その名はミオリネ・レンブラン、グエル・ジェタークをスレッタにけしかけてきた悪役令嬢(ヴィラン)である。

 

 

 

『スレッタ・マーキュリーがいるのって、ここで合ってるかしら?』

 

 

 

「ひょげえええ!?」

 

 

 スレッタは奇声をあげて怯えた。

 

 

 

 

 

 

 許可を取るなりずかずかと踏み込んできたミオリネは、チュチュからの「何しに来やがったクソスペワガママ女ァ!」という罵声を一顧だにせず、一直線にスレッタの元へやってきた。

 コクピットから下りたものの、まだパイロットスーツを脱いでいなかったスレッタに近づいて。

 

「やっぱり……あんたの端末(デバイス)、貸しなさい」

「え、ええ、あ、はい、どうぞ……?」

 

 勢いに押し切られて端末を渡すと、素早く設定メニューを開いて衣服との連動機能をタッチ、ミオリネはあっという間に設定を書き換えて。

 次の瞬間、スレッタの着ているパイロットスーツの色が変わった。

 

「ふぇえ!?」

「まだ設定変えてなかったのね」

 

 パイロットスーツに織り込まれたナノテク素材が光を偏向させてその色彩を変えた――宇宙漂流者を発見しやすくするための機能の応用――のだが、まあそういう技術的な話はさておき。

 今やスレッタの衣装は、白地に黒色と金色で差し色が入った特別なカラーリング、決闘前のグエルが着ていたものと同じ色彩になっていた。

 つまらなさそうにミオリネが呟く。

 

「この衣装は決闘の勝者、ホルダーの証よ……私の婚約者の証でもあるわ」

「こ、こここ、婚約者ぁ!?」

 

 素っ頓狂な声を上げたスレッタ・マーキュリーの顔を、じっとりと半眼でにらみつけるミオリネ。

 

「あんた、ちょっとついてきなさい。話がある」

「え、ええぇ……」

 

 その後、地球寮の面子との押し問答の末、「婚約者の間の話に口を挟むなんてずいぶんとゲスな好奇心があるのね!? それが地球流ってことかしら!!」とキレたミオリネの一喝で押し切られて。

 そして現在。

 スレッタとミオリネは、例の温室に二人並んで歩いて向かっていた。

 二人の間に会話はない。

 気まずい沈黙の中、ぽつり、とスレッタが言葉をこぼした。

 

「婚約って……これって、わたしへの嫌がらせだったりします?」

「ぶっ飛ばすわよ、あんた!? そういう決まりなのよ、ホルダーが婚約者ってクソ親父が決めたの!」

「え、でも、わたしたち……」

 

 皆まで言うな、とミオリネはその眼光で告げた。

 ものすごい美人の鋭い目つきというのは、それだけで威圧感があるものだ。

 それに気圧されて、スレッタは言葉を飲み込んだ。

 

 

――わたしたち、()()()()()ですよね?

 

 

 異性愛もののフィクションばかり摂取してきたスレッタ・マーキュリーは、アド・ステラの時代としては保守的な方の価値観を持っている。

 婚約というのは男の人と女の人がするものだと、ぼんやり思っているのだ。

 もちろんここ二年の経験で、同性婚が普通である地球圏の一般的な価値観にも触れているが、一五年間、水星で培った価値観はそう簡単に消えるものではない。

 別に嫌悪感などないが、かといって我がことになっていきなり飲み込めるかと言われれば否だ。

 

 そのようなことを、このときのスレッタは考えていたのだが――()()()()()()()()

 

 温室の前についた。

 アスティカシア高等専門学園のドーム状の居住空間には、人工的な重力があり、青い空を模したスクリーンが天井に投影されており、緑の木々や芝生が再現されている。

 そんな贅沢な空間の中でも、特に贅沢なことをしているのがこの温室だった。

 学園の一角を占有している温室は、完璧に気温管理されており、いくつものセンサーが設置されており、地球から運び込んだ土でトマトが育てられている。

 トマチンのようなアレルゲンを出さないよう品種改良され、人工的な空間の中でしか生きていけない新種のトマト――人間に都合よく遺伝子改造された生命。

 いくつも連なったそれの一つを手に取ると、専用のハサミで茎を切り、綺麗に水洗いして。

 ハンカチの上にそれをのせて、ミオリネはスレッタに差し出した。

 温室の入り口でミオリネを待っていたスレッタは、困惑している。

 

「えっと、これって……」

「トマトよ、食べたことないの?」

「あ、ありますけど……食べていいんですか?」

「そう言ってるでしょ」

 

 恐る恐る、丸のトマトを手に取って。

 スレッタはそれにかじりついた。

 瑞々しく、甘くて、酸っぱい美味しいトマトだった。

 すごい。本当に美味しい。決闘で体力を使ったこともあり、あっという間に平らげてしまう。

 もぐもぐ、ごっくん。

 小動物みたいな仕草で自分のトマトを咀嚼(そしゃく)しているスレッタを眺め、ミオリネが口を開いた。

 

 

「決闘のこと、悪かったわね。あのときは私、頭に血が上ってどうかしてた……ごめんなさい」

 

 

 トマトを食べ終わったスレッタは、口元をハンカチで拭いて。

 

「いえ、いいんです。わたしもミオリネさんに隠し事してました」

「えっ?」

「最初から、グエル・ジェタークは倒すつもりだったんです。なんだか順番があべこべになっちゃいましたけど」

「それって……」

 

 ミオリネは目を閉じたあと、ふぅって息を吐いた。

 

「クソ親父の指図?」

「デリング・レンブラン理事長が関わってるかは……わたしにはわかりません」

「あんたが、グエルを倒せるぐらい強いのは……」

「……ごめんなさい、言えません。本当に何も答えられないんです」

 

 こうしてみると、自分は隠し事ばかりだな、とスレッタは思う。

 リプリチャイルドであることも、弾圧された魔女の子であることも、ガンダムの使い手であることも、ドミニコスの走狗であることも。

 言えないことばっかりなのに、人から信頼を勝ち取ろうなんて厚かましい話だと思う。

 

「でも、ですよ?」

 

 こんな隠し事だらけの自分でも、本当のことはあるのだと誰かに伝えたかった。

 それがたまたま、ミオリネ・レンブランになっただけでも。

 

 

「お父さんの顔を知らないのは本当なんです。私にはお母さんしかいなくて、でもお母さんも二年前に死んじゃって――お母さんが遺してくれたモビルスーツと、中のAIたちがわたしの家族なんです」

 

 

 しょっちゅう話しかけている相手であるエリクト――パーメットに人格を転写された人類初の存在――や、〈カヴンの子〉――人格転写型のガンビット制御AI――のことは伏せておいて、対話型のチャットAIということにしておく。

 それを複雑そうな表情で聞いているミオリネが、何を考えているのか、スレッタ・マーキュリーにはわからない。

 きっと人と人は、簡単にわかり合えたりしない。

 だからせめて、スレッタは自分に話せる範囲の誠実さを、婚約者になったという少女へ伝えておきたかった。

 それが任務の間だけの関係だとしても。

 

「あんたは……それじゃ、もう」

「一人じゃないですよ。〈エアリアル〉……ええっと、わたしのモビルスーツもありますし、それに」

 

 これだけは言っておきたかった。

 それはたぶん、嘘にしたくない本当の気持ちだった。

 

 

 

「わたしはきっと、あなたを守るためにやってきたんです。それだけは信じてください、ミオリネさん」

 

 

 

 たぶん、愛想笑いとかじゃない笑顔で話せたと思う。

 無意識に誰かを殺しかけたという事実があったとしても、まだ、こんな風に笑えるなら、自分は大丈夫だと思えた。

 

 

「――なんだ、あんたってそんな風に笑えるんじゃない」

 

 

 スレッタの笑顔を見て、ミオリネも微笑む。

 その笑みが、周囲すべてを傷つけるようにしか生きられない少女にとって、どれだけ大きな意味のある(ゆる)しだったのか――スレッタにはわからない。

 だから勘違いとすれ違いを幾重にも重ねた会話は、こうして結末を迎えるのだ。

 

 

 

「そうね……もう、あんたは一人じゃないわ。私たちは姉妹(おなじ)なんだから……大丈夫、私が、あんたを守る」

 

 

 

 意表を突かれたような顔で、心からの戸惑いを込めてスレッタは目を見開いた。

 その口からもれたのは、間抜けな小声だけだった。

 

 

 

「えっ……?」

 

 

 

 何を言ってるんだろう、この人。

 スレッタは困惑した。

 

 

 

 

 

――かくして喜劇の幕は上がり。

 

 

 

 

――スレッタ・マーキュリーの受難が終わることはない。

 

 

 

 

 

 




地球寮は設備面でいい感じになりました。
たぶん決闘もやれなくはないぐらいの懐事情。
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