擦れッタの知らないところで陰謀が進むだけの話
宇宙議会連合本部フロント――巨大な棒状の基部と、リング状の基礎からなる人工物に無数の小惑星が接続された
多数のスペーシアンの
今や太陽系全域にその生活圏を拡げ、宇宙単体で巨大な経済圏を作り上げたスペーシアン――宇宙議会連合は、企業グループと並ぶ巨大なスペーシアン勢力であった。
ラグランジュポイント1にある一大拠点の一室で、二人の男性が顔を突き合せていた。
一人は中年の恰幅のいい紳士、もう一人は黒いスーツを着込んだ痩せぎすの男だ。
「どうかね、そちらの調子は」
「データストーム耐性値の高い子供の選出に苦慮しています。いっそ、ペイル・スキャンダルの強化人士のような施術ができればいいのですが」
「ベルメリア・ウィンストンを確保されたのは痛かったねえ。ベネリット・グループも手回しがいい」
椅子に座った恰幅のいい男は、報告のため足を運んできた痩せぎすの男に対して、悪戯っぽい笑みを向けた。
質の悪いジョークを思いついたように、彼はこんな言葉を発した。
「しかし因果なものだね……件の〈エアリアル〉にせよ、ペイル社にせよ、ヴァナディースの魔女の遺産……君たちオックスアースにとっては因縁の相手だろう?」
「……所詮はデリングの軍門に下った裏切り者ですよ。今の我々は宇宙議会連合の皆様に尽くす所存です」
「ははっ、これはすまないね。試すようなことを言ってしまった」
ちっともすまないと思っていなさそう――恰幅のいい紳士が冗談めかして口を開く。
「君たちオックスアースの働きには満足しているよ……とはいえ、アレだ。調略の失敗は残念だったね」
「……例の動画はご覧になりましたか?」
痩せぎすのスーツの男がそう問うと、恰幅のいい紳士は苦笑した。
「ああー、シャディク・ゼネリはもうダメだね。使い物にならないだろう、アレでは。青春していて実に子供らしいが、ねえ」
「テロ組織との繋がりをリークしてスキャンダルにするという手もありますが」
「一介の学生がテロ組織を援助していた、など信じるものがいないよ。それにそのカードは彼がもっと出世してからの方が美味しい」
たとえばグラスレー社の後継者とかね、と言って恰幅のいい紳士は笑う。
「所詮は義憤に駆られたアーシアンシンパの子供なのさ。自分たちが利用されているなどと想像もしていない、賢しい子供は本当に使いやすくていい」
「デリングの娘共々、こちらに取り込めればよかったのですが」
「彼女らはガードが堅すぎる。デリング直々に人材を送り込んでいるとなると、我々が手出しする余地はないさ。残念だねえ」
本当に残念そうに嘆息したあと、紳士はにっこりと微笑んだ。
忘れていたプレゼントを思い出したような、そんな邪気のない笑みであった。
「〈ニーズヘッグ〉の起動試験は順調かね?」
「はい、これまで被験者二九名が廃棄処分になっていますが、データストームの流入量は許容範囲内です。耐性値の高いパイロットであれば二、三回の出撃は耐えられるでしょう」
「充分だねえ。GUNDフォーマットは素晴らしい発明だ、MSの起動試験だけなら無学な子供でもできる。難民キャンプの素体で充分だろう?」
「はい、すでに充分に性能試験含めて完了しております」
「尊い犠牲だ」
三〇人弱の死者――いずれも一〇代の子供――をなんとも思わぬ口調で、二人の男は会話を進めている。
死んだのはアーシアンの子供ばかりで、とびきり安い生命だからだ。
わざわざ貴重な時間を割いて言及しただけでも充分な敬意を払っているとでも言いたげな口ぶりであった。
「本番で〈ニーズヘッグ〉を動かす駒は決まっているのかな?」
はい、と答える黒服の男。
彼が口にした第一候補は、先日、任務から回収したばかりの少女だった。
「――ノレア・デュノク。アーシアン武装勢力〈フォルドの夜明け〉に派遣していたパイロットですが、使い道がなくなったので帰投させた人材です」
恰幅のいい紳士は顔をしかめた。
彼がその少女の名前を記憶していたのは、単に今動かせる数少ない
微塵も情を抱いていない口ぶりで、彼はクライアントとして当然の疑問を口にした。
「大丈夫なのかね? 確か精神的に不安定なんだろう?」
「向精神薬を処方して落ち着かせています。何、操縦には影響が出ない程度の薬ですよ」
「ふーむ……未来ある子供の不幸は心が痛いねえ」
その不幸を食い物にしている側の人間とは思えないほど、心底、善良な紳士がそうするように哀しみをあらわにする男。
そして悲しそうな表情のまま、彼はこれから出る犠牲の数を思って、悲嘆に満ちた声を漏らした。
「アスティカシア高等専門学園で起きる大量虐殺……アーシアンによるテロ事件によって、ベネリット・グループは企業としての自治能力に疑問符を突きつけられる。その実行犯が地球の魔女ならばなおのこと、デリング・レンブランの過去の行いへの報復テロとして説得力が出るだろう」
「ノレア・デュノクはアーシアンの怒りを代表する殉教者になるのです。きっと彼女の仲間たちの死も報われるでしょう」
心の底から、少女たちの死が正しき報いへ繋がると信じている口調――オックスアースの男に対して、宇宙議会連合の議長はねちっこい笑みを浮かべた。
「そう、これは正義の鉄槌なのだ。
◆
「うあぁああぁあ……ソフィ、ソフィ……」
意味のないうめき声を上げながら、くせっ毛のボブヘアの少女が部屋の隅にうずくまっている。
眠いのに脳が痛む。
もうろうとする意識の中、それでも誤魔化しきれない激情。
医者から言われたとおりに薬を服用してはいるが、ここのところ続く慢性的な不眠症が改善する様子は一向になかった。
それほどまでに彼女――ノレア・デュノクの精神は追い詰められていた。
――友達のソフィが殺された。
相手は
どうしてそんなものがあるのか少女には上手く理解できなかったが、周りの大人たちが噛み砕いて説明してくれた。
曰く、卑劣なスペーシアンのルール破り。
曰く、慈悲の欠片もない破壊行為。
曰く、ソフィは最期まで勇敢だった。
きっとそうだったに違いない、とノレア・デュノクは必死に自分で言い聞かせた。
なんとか憎悪で心に鎧をまとって、湧き上がる疑問と恐怖から目をそらさなければ、今すぐ死んでしまいたくなりそうだった。
怒りはあった。
悲しみもあった。
憎しみがあった。
だが、何よりも耐えがたいもの――死への恐怖は、どんなに怒り憎もうと消えてくれない。
あんなに元気でMSの操縦だって上手かったソフィが、自分と別行動になったほんの数日の間に、あっけなく死んでしまうなんて。
死体すら残らない死に方だった。
ビーム兵器でコクピットを焼き切られて、塵一つ残さず蒸発――苦しまなかったはずである。
それ以外に、残されたものが救いにできる要素は何一つなかった。
ガンダムは強い。
普通に戦っていれば、まずスペーシアンのMSに後れを取ることはないほどに。
だからこそ今までノレアが恐れるのは、ガンダムの呪いに蝕まれ、じわじわ寿命がすり減っていく末路だけだった。
なのに、ソフィは殺された。
ガンダムを撃墜され、跡形もなく消え去ってしまったのである。
それが近い将来の自分の未来のように思えて、ノレア・デュノクは恐れ続ける。
「ノレア、時間だ」
黒服の男に呼ばれて、試験場に置いてあるMSに乗り込むための準備をさせられる。
疑似重力のかかっている居住区を抜けて、無重力状態の通路に出た。
ここは地球ではない。
宇宙にオックスアースが設けている秘密のMS開発拠点――それがどういった資金と資材の流れで成り立っているのか、ノレア・デュノクは知らない。
いや、本当は察していても必死に現実から目をそらしている。
ロッカールームでパイロットスーツに着替えて、鏡に写る自分の顔を見た。
ひどい顔だ。
目の下にできた
食事を取って身体を休めようと努めているのに――まるで眠れない夜が続いたせいだろう。
パイロットスーツを着込んだあと、気密ヘルメットを抱えてMS試験場へ向かった。
広い空間に出る。
そこに置いてあるMSは彼女のよく見知った機体でありながら、そうではない巨大なマシンに成り果てている。
異様/異形――〈ニーズヘッグ〉と呼ばれる外付け装備によって肥大化し、通常時の二倍以上の身長になった〈ルブリス・ソーン〉。
ほとんど恐竜的な肥大化・巨大化の最果てというべき怪物に、これから彼女は乗り込む。
黒服の男から聞かされているのは、それがノレアの乗るべきMSであり、極めて高い機体負荷と引き換えにどんなMSにも負けない性能を得ているということだけだ。
どれだけ自分の寿命が削れていくのか、彼らは教えてくれない。
自分の面倒を見るオックスアースの黒服も、〈ルブリス・ソーン〉に〈ニーズヘッグ〉を組み込んだ技術者たちも――ノレア・デュノクという生体CPUがあとどれくらい使い物になるのかに関心はあっても、彼女の怯える心に寄り添うようなことはしない。
それが彼らなりの自衛策であり、彼女へ感情移入しないための生存戦略なのだ。
――消耗品に過ぎないガンダムの魔女。
それが嘘偽りないノレア・デュノクの現実であり、変えようがない運命だった。
本当はこんなMS、起動したくもないのに。
起動試験のために〈ルブリス・ソーン〉のコクピットに乗り込む。
外付けユニットの〈ニーズヘッグ〉が巨大過ぎて、薄気味悪い怪物に〈ルブリス・ソーン〉が捕らえられたような格好――コクピットハッチが閉まる。
「システム・オールグリーン。ノレア・デュノク、いつでも始められます」
『了解。パーメットスコア1、始動』
「ぐぅっ」
巨大な機体に肉体が接続される。
その本能的不快感に悩まされながら、コクピットの中を見回す。
今までにない重苦しい感覚。脳みそを指で引っかき回されているかのような不快感。
これでスコア1など冗談ではなかった。
通常の〈ルブリス・ソーン〉ならば、スコア2を使ったぐらいの痛みが、機体と接続しただけである。
だが、技術者たちは無慈悲だった。
『続けてパーメットスコア2に移行』
「待っぐぅぁあああああああ!?」
パーメットスコア2に引き上げられた瞬間、耐えがたい苦痛がノレアの脳を襲った。
ズキズキと痛み始める頭を抱えて、少女は絶叫する。
データストームの流入が始まったのだ――人体に存在しない無数の兵装と異形の四肢の集合体〈ニーズヘッグ〉が、ノレアに与えた負荷は絶大だった。
それを自身の肉体として認識しようとしただけで、拒絶反応に等しいパーメットの赤い痣が頬に浮かび上がり、激痛にノレアは叫び続けた。
「うあぁぁあああああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」
『バイタル安定しません』
『データストーム流入量は許容値だ、続けろ』
『了解。パーメットスコア3に――』
――耐えられない。
――死にたくない。
――楽になりたい。
そう心の底から願った瞬間だった。
声を、聞いた。
――ノレア、大丈夫?
聞こえるはずのない声だった。
その刹那、ノレア・デュノクの感じていたあらゆる苦痛が消え去っていくのがわかる。
まるでいなくなった友達が、自分のことを護ってくれているみたいだった。
「聞こえる……ソフィの声が……」
それが現実なのか、自分の幻聴なのかわからないまま、ノレアは感動の涙を流す。
「うん……うん……私も会いたかった、ソフィ……!」
涙で視界がぼやけて、頭の中が熱でいっぱいになって、何も考えられなくなって。
〈ルブリス・ソーン〉のコンソールにシステムメッセージが浮かび上がったが、それはモニタリングしているオックスアースの技術者たちには検知されておらず。
コクピットにいるノレアは
そこにはこんな文字列が書かれていた。
――