スレッタ・マーキュリーがその報せを受け取ったのは、地球寮で明日の授業の準備をしていたときである。
不意打ちのような訃報だった。
――ドミニコス隊ルーク小隊のみんなが死んだ。
マコトさん――いつも変な冗談ばかり言う困った人だったけど、責任感が強いベテランで人懐っこいルーク1。
カークさん――マコトさんの抑え役で沈着冷静、スレッタに対して何度も世話を焼いてくれたルーク2。
マルセルさん――辛辣なツッコミ役だけれどなんだかんだで一番マコトさんに懐いていた相棒役のルーク3。
ドユンさん――小隊で一番若くて、比較的年が近いこともあってスレッタに親切だった紳士のルーク4。
慌てて葬儀への出席を決めた。後々、学科の単位のあつかいでハードスケジュールになるとしても、彼らとのお別れには絶対に居合わせたかったからだ。
作戦中のKIAだったと聞いている。
MSに乗った状態での戦死とは、おおむね、死体も残らない死に方を意味する。彼ら四人もその例に漏れず、葬儀場に運び込まれた棺桶は空っぽだった。
その空白がかえって、もう彼らはこの世のどこにもいないのだと実感させて。
気付くとスレッタは泣いていた。
少女の静かな泣き声を聞きながら、参列者は誰もがうつむいて彼らの死に報いることを誓っていた。
死体のない葬儀に参列したあと、スレッタ・マーキュリーはすぐに学園へ帰ることになった――数日分は余裕を見て外出届を出していたが、宇宙での旅路は何かとトラブルが多い。
余分に申請した分の余裕など、ちょっとしたトラブルで消し飛んでしまう。
そして案の定、スレッタ・マーキュリーは道中の
「臨検で三日待ちって……」
近隣で発生したテロ事件の影響で宇宙港の発着が見合わせられており、向こう三日間はこのフロントから身動きできないらしい。
困りました、と思ったスレッタは仲の良い友人――ミオリネ・レンブランに現状を報告。
すると返答は――
『気晴らしに遊んだら? 三日ぐらいあっという間よ?』
実にミオリネらしい、素っ気ないようでこちらの心情を思いやる文面であった。
知人の葬儀に出たあとなのだから、思いっきり遊んで気分転換してから学園に戻ってこい、と言いたいらしい。
言葉が足りなさすぎるところはデリングさんそっくりですね、と本人が聞いたらマジギレ待ったなしのことを考えつつ、スレッタはホテルに荷物を置くことにした。
ラグランジュポイント4にあるこのフロントは、元々、他のフロントとフロントの間を中継する位置にあり、宇宙船を用いた交通の要衝と言える場所である。
それだけ人の出入りも激しい場所であり、こうして大勢の人が留め置かれている状況下で、スレッタが早めに宿を取れたのは幸運だった。
宿を取れなかった人の中には、私有の宇宙船の中で寝泊まりする人もいるという。
それを思えば、スレッタはずいぶんと恵まれていた。
「遊ぶ、ですか……」
とはいえスレッタ・マーキュリーはこの一七年間、暇つぶしと言えばもっぱら〈エアリアル〉にインストールされたゲームとアニメで、こういった人口の多い都市部での遊びというのはさっぱりわからない。
彼女にある知識と経験は、エラン・フォースとのデート、そしてつい先日のグエル・ジェタークとのデートでの体験だけである。
「……よしっ!!」
とりあえず娯楽施設と食べ物屋さんを探しましょう、と決心するスレッタだった。
馬鹿正直に地図に従って歓楽街へと繰り出した少女がトラブルに出くわすのは、リンゴが木から落ちるような必然であった。
◆
「これが
そう呟くのは、道行く通行人が見惚れるような美少年である。
市街地をあてどなくぶらつく少年――あるいは彼の顔を見れば、事情通であるならば「ペイル社の新CEOエラン・ケレス」だと思うかもしれない。
だが、実際のところ、彼は件の本物とはまったくの別人――最新のナノテクで全身を整形された影武者である。
今では自由人である彼、強化人士五号は存分に休暇を満喫していた。
彼がここに来てもう一週間になるが、中々どうして、小金持ちのスペーシアンらしい暮らしというのは悪くない。
「……何を考えてるんだか、あの社長さんも」
今ではシン・セー開発公社の所属になった少年に下された最初の指令は、このフロントで待機することだった。
それ以外に特に命じられた仕事はない。
待機しているだけでホテルの滞在費用と賃金が出るのだから、すこぶる楽な仕事である。
ペイル・スキャンダルの被害者として彼に支払われている賠償金は相当な額だが、それに手を着けなくても遊んで暮らせる額の賃金が支払われている。
いや、確かこんなことを言っていたか。
――スレッタ・マーキュリーと出くわすことがあったら、助けになってあげてください。
まったく意味がわからない指示である。
件の少女は同じラグランジュポイント4とはいえ、まったく別のフロントにいるはずなのだから。
遠く離れたアスティカシア高等専門学園の生徒がこんなフロントに来るはずがないのだが――そう思いながら街を歩き、少々早めの昼食でも取ろうかと飲食店の並ぶエリアに近づく。
そのときだった。
「やめなさい! そういうのはダメなことです!!」
どこかで聞いたことがある声だった。
その声というのが、強化人士四号ことエラン・フォースが惚気話のついでに見せてきた「スレッタ・マーキュリーの可愛いリアクション動画」のそれだと気付いたとき、エラン・ケレスの影武者は、過去最高に嫌そうな顔になった。
まさかあの社長――ルイ・ファシネータはこれを見越していたのか。
嫌々ながら、強化人士五号は声がした方に向かって駆け出した。
◆
「おいおい、無視するなよお嬢ちゃん」
「俺たちと遊ぼうぜぇ?」
ノレア・デュノクは現在、低劣で愚劣で品性下劣なスペーシアンのチンピラ二人に絡まれている。
いや、人とカウントすらしたくない。
こういうのは野良犬が関の山ですね、と冷淡に思考するノレア。
どうしてこうなったのかを振り返ってみよう。
まず、つい先日、拠点に乗り込んできたMS部隊をノレアが殲滅したまではよかった。
だが結局、嗅ぎつけられた施設は廃棄が決まり、大急ぎで撤退することになった――船体識別番号のバレている輸送船で長期間の航行はできないから、脱出後すぐにオックスアースの伝手で用意した別の輸送船二隻へ荷物と人員を載せ替えることになり、ノレアと〈ルブリス・ソーン〉――今は〈ニーズヘッグ〉と呼ぶべきかもしれない――は別々の船に乗せられることになった。
どうしてそうなったのかの説明はなかったが、どうやら次の作戦決行時まで、なるべくノレアをガンダムに近づけたくないらしい。
逃げられるとでも考えているのだろうか。
あるいはそれほどまでに、〈ニーズヘッグ〉が見せた破壊が恐ろしくなったのか。
いずれにせよ、ノレア・デュノクが自らの使命に背くことはないというのに。
――何故ならば、ソフィが祝福してくれたのだから。
データストームで悶え苦しんでいたあの瞬間、聞こえてきた声は確かに亡くなったソフィのものだった。
彼女に話しかけられたあとから、〈ニーズヘッグ〉の操縦に伴う苦痛はなくなり、スペーシアンのMS部隊も簡単に返り討ちにすることができた。
あのあと声は聞こえなくなったが、今のノレアには確信できる。
自分はソフィに守られているのだと。
ともあれ、そうしてガンダムと引き離されたノレアを乗せた船は、作戦の決行地点へ合流すべく近隣のフロントへ立ち寄って物資を補給。
だが、それがよくなかった。
ちょうどベネリット・グループの警備部隊が臨検を開始し、三日間ほどこのフロントに留め置かれる羽目になったのである。
船体識別番号も船籍も乗組員の偽造IDも完璧だから、臨検自体は問題ない。
長期航行する宇宙船に船員の家族が乗っていることは珍しくないから、ノレアは今、世話役の黒服の妹ということになっている。
そういうわけで三日ほど空き時間ができたノレア・デュノクは、黒服から「作戦前の休暇だと思って楽しんでこい」とフロント市街地へ送り出されてしまった。
ご丁寧に少なくない額の小遣いまで添えて、だ。
意図を図りかねて見上げた黒服の男の顔には、どうしようもない罪悪感が浮かんでいた。
くだらない感傷だった。
そんなに同情したいなら、今すぐ自分の代わりにガンダムに乗ればいいのに。
その程度のつまらない偽善のせいで、遊びたくもないのに歓楽街をほっつき歩いたら、こうしてチンピラに絡まれてしまった。
モスグリーンのモッズコートに両手を突っ込んでいる少女は、さて、どうしたものかと思案する。
流石に拳銃などは持ち歩いていないし、精々、護身用の折りたたみナイフくらいしか持ち合わせていない。
何より刃傷沙汰の騒ぎを起こして自治警察の介入を受けるのは避けたかった。
苛立ちのあまり、ノレアは悪態をついた。
「…………スペーシアンが。どいてください」
その呟きを聞いて、チンピラは怯むどころか下品な笑い声をあげた。
「ひゃははは、なんだこいつアーシアンか? オイオイオイ、お上りさんかよ!」
「お嬢ちゃん、俺たちが宇宙のいいとこ教えてやるよぉ……! 地球じゃ味わえない気持ちいいことをなあ!」
下劣すぎる。
もう耐えられない。
あとのことは置いておいて、こいつらを刺そう。
そう、ノレアが激情のままに動こうとしたときだった。
「やめなさい! そういうのはダメなことです!!」
猛然と背の高い女が飛び込んできた。
よく見れば、そいつは若く筋肉質な少女だ――ノレアよりも年長者のようで、四歳ほど年上くらいだろうか。
褐色の肌に燃えるような赤毛。
一度見たら忘れられないような容姿である。
勢いよく突っ込んできた少女はいきなりチンピラのみぞおちに拳をめり込ませた。
おぐぅ、と鈍い悲鳴をあげてチンピラが倒れ込む。
激痛で動けないらしい。
「な、なんだァ! テメエは!!」
「この子、怖がって刃物を持ち出すところでしたよ!? 危機管理もできないのに強引なナンパなんてダメです!!!」
「なっ、俺たちを心配してるのかテメエ!?」
「はいっ!」
次の瞬間、やはりみぞおちに拳がめり込んでもう一人のチンピラもダウンした。
目にも止まらぬ早業である。
ピクピクと痙攣して地面に倒れ込んでいる二人を横目に、赤毛の少女はノレアに声をかけてくる。
「あのっ、大丈夫ですか?」
「…………あなたは」
目の前で起きたあまりにもあんまりな解決法に、唖然としているノレア・デュノクは何も考えられず。
思わず、率直な感想を口にした。
「…………暴力的な人ですね?」
「えぇー!?」
心外そうな赤毛の少女をジト目でにらみつけ、ノレアはため息を吐く。
どうしようソフィ、また変な人がやってきた。
――互いの正体も知らぬまま。
――二人は出会った。