真っ昼間の市街地だというのに、いきなり物騒なことになっている。
強化人士五号が駆けつけたときには、トラブルらしきトラブルは制圧されていた。
一目見てそうわかる状況だった。
地面に倒れて悶絶してるチンピラ二人と、モッズコートを着た小柄な少女――ローティーンぐらいだろうか――と向き合う赤毛の少女。
パーカーにジーンズ姿のラフな私服姿のスレッタ・マーキュリーが、チンピラ二人を殴り倒して少女を助けたらしい。
いきなり暴力的すぎるだろ、と毒づきながら強化人士五号は二人に声をかけた。
「あー、そこの二人? とりあえずここから離れた方がいいんじゃないか?」
「またナンパですか」
モッズコートの少女ににらまれた。
理不尽すぎる。
「いや、僕は……」
「え、エランさん!? どうしてここに!? キャラ違いませんか!?」
「あー、あーもう! 説明面倒くさいな! まずはチンピラどもから離れた方がいいだろ! そして僕は君らを口説く気はない、以上!」
奇っ怪極まりない状況の煩雑さに、何もかも面倒になって五号はキレた。
するとどういうわけか、スレッタと見知らぬ少女は顔を見合わせてこそこそと話し始めた。
「様子がおかしい人ですね」
「なんだか知ってる人かと思ったんですが……別人かもしれません」
「双子の兄弟とかじゃないですか」
「なるほど~」
奇人変人あつかいされた上に勝手に納得されている。
苛立ちでどうにかなりそうだった。
「わかった。僕はもう何も言わな――」
「じゃあ移動しましょう!」
「そうですね」
あっさりとハシゴを外され、エラン・ケレスの影武者はちょっと泣きそうになった。
あまりにもスレッタ・マーキュリーが自由すぎる。
どうして今まで高額の賃金がホテルでの待機に支払われていたのか、わかる気がした。
この面倒くさそうな女の子の世話を焼けというのか、あのルイ・ファシネータとかいう男は。
かくしてその場から離れて歩いているうちに、ぽつり、と見知らぬ少女が疑問を投げかけてきた。
「で、誰なんですか、あなたは」
「あー……僕はエラン、エラン・フィフスって呼んでくれるかな。そっちの赤毛の子のお世話を上司に頼まれてるしがない勤め人さ」
その名前を聞いてぴんときた様子のスレッタ・マーキュリーに対して、モッズコートの少女は怪訝そうに眉をひそめた。
「……それ本当に人名ですか?」
「うん、偽名。本名教えたくないし、仮名ってやつだよ」
「意味不明ですね。興味もありませんが」
モッズコートの少女はすたすたと早歩きで二人から離れようとしている。
対してスレッタ・マーキュリーは、エランの顔を見て、何事かを納得したようにうんうんとうなずいている。
「あー、エランさんの……そういうことでしたか」
「あんまり大きい声で言いふらさないでもらえると助かるよ」
「はい、そうですね……あ、どこに行くんですか?」
スレッタがそう呼び掛けると、ぴたり、と足を止めて。
面倒くさそうにモッズコートの少女は振り返った。
「助けられたのは事実なので同伴しましたが……私はスペーシアンと馴れ合う気はありません」
「いきなり直球の差別発言だね。まあ、無理もないけど」
スペーシアンの地球への関与がろくでもないのは周知の事実であり、差別的政策なんてキリがないのだから、地球出身のアーシアンがスペーシアンに敵愾心を抱いていても無理もないのである。
善意で助けてもこういうキツい態度を取られるのもよくある話だよね、と五号改めエラン・フィフスは肩をすくめたが――スレッタ・マーキュリーの反応はひと味違った。
少女は決然と顔を上げると、モッズコートの少女へと強烈に自己主張した。
「わたしはスペーシアンじゃなくてスレッタ・マーキュリーって名前の人間です! 属性で安易にカテゴライズするのはよくないって、わたしのお母さんもよく言ってました!」
目を丸くしたあと、見知らぬ少女はそれはそれは嫌そうにスレッタをにらみつけた。
「……鬱陶しい人ですね」
「よく言われます!」
「皮肉です」
「大丈夫です、通じてますよ!」
「どの口で言ってるんですか!?」
思わず少女が声を荒げて突っ込むと、スレッタ・マーキュリーは胸を張ってこう言い返してきた。
「たとえあなたに皮肉を言われようと、わたしは諦めないってことです! まずは名前を教えてください!」
「……押しつけがましい……」
そしていい加減うんざりしたのか、モッズコートの少女は目を閉じて深々とため息。
顔を上げて、スレッタ・マーキュリーにこう名乗った。
「ノレアです。これでいいですか?」
如何にもうんざりして嫌々ですという態度だった。
エラン・フィフスはそろそろ二人が口論になるのではないかとヒヤヒヤしていたが――
「はい、ノレアさん! よろしくお願いしますね!」
「なんでそうなるんですか!?」
――その心配はないな、と考え直した。
なるほど、最近の女の子が何を考えてるのかはさっぱりだなと納得して。
スレッタとノレアの背中を追いかけるのだった。
◆
名乗ったあと、このスペーシアンの少女はますます鬱陶しくなった。
やたらと距離が近いし、ぐいぐい押してくるし、本当に何なのだろう。
ぬっと顔を近づけてきて、スレッタ・マーキュリーが問いかけてくる。
「ノレアさんの故郷ってどんなところなんですか?」
「あなたがそれを聞いてどうするんですか?」
言外にスペーシアンのくせに、とにじませてノレアは応じる。
しかしその拒絶の感情は、容易くスレッタ・マーキュリーによってさらに否定されるのだった。
「聞いてみたいんです、わたしが!」
「……そこまで言うんなら、まずあなたが話すべきじゃないですか?」
「そ、そそ、それもそうですね! えっと……じゃあ、水星の話をしますね?」
スレッタ・マーキュリーの故郷として出てきた土地の名前は、ノレアの想像を絶するものだった。
漠然と地球に住むアーシアンと、宇宙空間に浮かべたフロントに住むスペーシアンというイメージしか持たないノレア・デュノクにとって、太陽系第一惑星に人が住んでいるという話自体、正気の沙汰とは思えなかった。
月面や木星ならばまだわかる。ノレアもニュース報道などで積極的に宇宙開発されているのは知っているからだ。
しかし太陽に最も近い地獄のような星に、何故、人が住んでいるのだろう。
「水星? ちょっと待ってください、あの水星ですか? 人間が住めるんですか?」
「はい! パーメットの採掘基地があるんです! 私はそこで生まれて……」
知らない話だった。
スペーシアンと言えば、アーシアンから搾取したお金で優雅に暮らす宇宙の貴族という認識しかなかったから、ノレアは軽いカルチャーショックを受けていた。
しかもよりによって資源採掘とは。
そんなことのために地獄のような太陽に最も近い星に住み着くなんて、正気の沙汰ではない。
「水星はすごいですよー、採掘事故でよく人が死にかけますし、太陽風の放射線と荷電粒子が吹き付けてくるのもよくあることです! ノレアさんにも見せてあげたいです!」
絶対に死ぬと確信できる極限環境だった。
思わずノレアは叫んだ。
「私に対して恨みでもあるんですか!?」
「わたしの故郷なんですよ! 太陽が近くて、こう、過酷で……閉鎖的で……食事も不味くて……人心は荒廃してて……あれ? あんまりいいところないですね……?」
「ちょっと待ってください、いいところが一つもない故郷を紹介しようとしてるんですか……?」
このスレッタ・マーキュリーという少女――と言ってもノレアより何歳も年上なのだが――は、とにかく彼女の想定を凌駕する珍妙な言動をしてくる。
わざとやっているのではないかと疑いたくもなるが、本人の言動を見るに単にこれが素のようである。
ノレアは頭が痛くなってきた。
「と、とにかく! スペーシアンって属性だけで判断しないで欲しいってことです」
「…………ええ、まあ。アーシアンから搾取するどころか、進んで自殺行為みたいな過酷な環境で生きているスペーシアンがいるのは理解しました」
皮肉交じりにそう言うと、スレッタは嬉しそうに笑った。
「水星のいいところが伝わったみたいでよかったです!」
「微塵も伝わってませんからね!? 私の人生で絶対に近づかない場所にはなりましたが……」
「そ、そんなぁ!?」
今の会話から水星の資源採掘基地とやらに住みたくなる人間がどれほどいるのだろうか。
不味い、この女の考えていることがまるでわからない。
そのくせ人懐っこい笑みを絶やさないから、つい、心を許してしまいそうになる。
まるで
「……違う」
「え?」
「あなたと私は、違います」
スペーシアンとアーシアンは相容れない対立軸の上にある存在だ。
そのはずなのだ。
そうでなければ今までノレアが見てきた、搾取され、まともな暮らしを奪われ苦しみながら生きる人々が嘘になってしまう。
これまでの自分の価値観と相容れなさすぎる異物を前にして、少女の思考は焦り始めていた。
だが、ノレアの言葉をどういう意味に受け取ったのか、少女は太い眉を八の字にして慌ててこう言った。
「そ、そそ、そんなことないです! ノレアさんは可愛いです! わたし並みに!」
「なんなんですか、この人!? 自己肯定感がお化けなんですか!?」
「フィフスさんは両手に花ですね!」
「僕を巻き込むのやめてくれないかな……正直、お金もらっても嫌な取り合わせなんだけどさ」
それはエラン・ケレスの影武者の嘘偽らざる本音だったが、女子二人からの反応は辛辣だった。
「は?」
「フィフスさん、顔がいいからって自惚れてませんか?」
「二人とも僕に厳しくないか?」
困り果てた様子でエラン・フィフスがそうのたまうのを横目に、ノレアは嫌気が差してため息をついた。
いい加減、こんな茶番は終わりにすべきなのである。
「というか、私はスペーシアンと馴れ合う気はないんです。これ以上、つきまとわないでください」
「嫌です」
即答だった。
表通りで足を止めたスレッタとノレアは向き合い、互いの視線を重ねてにらみ合った。
拒否の理由としてスレッタが述べたのは、ある意味、もっともな発言であった。
「ノレアさんの問題対処能力じゃ、またトラブルに巻き込まれたときにナイフを抜こうとしますよね?」
「え、ちょっと待って。この子武器を持ってるのか?」
「さっきポケットから抜こうとしてましたから。拳銃は持ち物検査で引っかかるので非金属製のナイフだと思います」
「……めざとい人ですね」
当たりだった。
厄介な人に目をつけられたな、と思う。
やはり安易に凶器を持ち歩くとかえって判断力が鈍るのかもしれない。
自分では自身を冷静だと思っている激情家――ノレア・デュノクはそういう少女であり、当然、その思考は他人とズレていた。
そんな彼女に、スレッタ・マーキュリーは堂々とこう言い放った。
「わたしはノレアさんの自由よりも、あなたの手で危険に晒される誰かの命を取ります」
「……ずいぶんな言い方ですね。フロントの自治警察にでも突き出しますか?」
スレッタの返答はノレアの予想外で、想定外で、斜め上の回答だった。
「いいえ。でもノレアさんに休暇を楽しんで欲しいのも事実です、なので――
「嫌です」
即答だった。
いくらなんでも厚かましすぎる、という感情が先立った。
それを聞いたスレッタ・マーキュリーは、心の底から悲しそうな顔をすると、ゆるりと拳を構えた。
暴力のにおいがした。
「なら……ノレアさんがナイフを抜くのとわたしが拳を突き出すの、どちらが早いかの勝負になりますね……!」
「暴力を振るう前提がおかしいですよ!?」
「ノレアさん、時には拳を交えるのも友達だって昔のコミックに書いてありましたよ……!」
「そんな理由で人を殴ろうとしないでください」
まるで意味がわからないのに、その珍妙な言動に振り回されている自分がいた。
油断すると口の端がゆるみそうになるのを、ノレア・デュノクは必死に我慢した。
認めるわけにはいかない。
こんな見ず知らずのスペーシアンにペースを狂わされるのが、ソフィがいた頃みたいで楽しいだなんて。
「あー、うん。二人とも、とりあえず、ここはブランチでも一緒に取るのはどうかな。美味しいカフェを知ってるんだ」
二人のやりとりに疲れ切っている様子で、エラン・フィフスはそう提案した。
それに対する女性陣の反応は、ひどく無慈悲だったけれど。
「まだいたんですか?」
「うーん、ご飯にはまだ早くないですか?」
「君たちさっきから僕の気遣いに対して一々ひどくないか!?」
そのときだった。
フロントの大通りに設置されている大型スクリーンを見て、スレッタ・マーキュリーが顔を輝かせた。
そこには今週公開の新作映画の予告編が映っており、それを見た少女は明らかにテンションが上がっていた。
それは巨大怪獣が大都市で暴れるという内容の古典的な特撮映画だった。
「…………皆さん、せっかくですし『ゾギラ』見ましょう!」
「はっ? なんですか、それ」
「怪獣映画か~……いや、僕は構わないけどね?」
完全に意味不明という反応のノレア、やや引きつつも全否定はしないエラン。
二人に対して、スレッタは熱弁した。
「大きくて、怖くて、強い怪獣が暴れるのを見るんです! きっと楽しいですよ!」
「幼稚ですね」
「まあまあ、それじゃあ映画を見てからご飯でも食べようか?」
強引にスレッタに押し切られる形で、三人は映画館へと足を運んだ。
◆
劇場から出てきたとき、ノレアは茫然自失の状態だった。
何もかもが生まれて初めての経験だったから、言葉が見つからなかったのである。
劇場の迫力ある映像、耳をつんざくような音響、画面の中で踊る人間ドラマ、暴れ回る巨大怪獣の迫力。
最初は白けた気持ちで付き合っているだけだったのに、気付くと、ノレア・デュノクは夢中で画面に見入っていた。
そんな自分の心の働きが信じられなくて、少女はうつむいて黙り込んでいる。
これは悪のはずである。
スペーシアンがアーシアンから搾取した資本で作り上げた娯楽映画だ。こんなもので自分の心が動くはずがない。
そう思いたいのに、心を満たしているのは全然別の感情だった。
「すごかったですねー、ゾギラ! あのビームは反則ですよ!」
「最近の特殊効果ってすごいんだね。僕も魅入っちゃったよ」
うきうきと弾んだ声で感想を話すスレッタとエラン・フィフスを横目に、しばらく黙りこくっていたノレアだったが――スレッタ・マーキュリーから向けられる視線に気付いて、とうとう本音をこぼした。
「……面白かったです」
それを聞いた瞬間、スレッタ・マーキュリーはほころぶような笑顔でノレアに抱きついた。
「ですよね! ノレアさんも楽しめたみたいでよかったです!」
「わぷ!? な、なんですか、いきなり!?」
「わ、わわ、ごめんなさい! こう、ハグが親愛の気持ちを伝えるときはいいって聞いたので!」
「馴れ馴れしい人ですね……」
ノレアから離れると、ご飯を食べに行きましょう、とるんるんでステップを踏むスレッタ。
三人はそれからエラン・フィフスお気に入りのカフェに行き、一緒に少々遅めの昼食をとりながら、映画の感想を話し合った。
ノレアも言葉少なく、しかし確実に参加したその感想会は――ただ、どうしようもなく楽しかった。
ゆっくりと三人でご飯を食べ終わったときには、午後の昼下がりだった。
段々と夕刻に近づいてきたタイミングで、そろそろお開きにするかという雰囲気の中、スレッタ・マーキュリーは嬉しそうに笑って。
こんなことを言ってきた。
「それじゃ、ノレアさん――
呆れかえって、本音が口からこぼれた。
「…………なんですか、それ」
「明日もこのカフェの前で待ち合わせしましょう! 九時集合でどうでしょう!」
「いえ、私はスペーシアンと――」
「ただのスレッタ・マーキュリーとなら待ち合わせしてくれますよね、あとフィフスさんも!」
強い。
押しが強すぎる。
それがさほど不快ではない自分に気付いて、ノレアは愕然としていた。
やれやれと肩をすくめたエラン・フィフスはそんな少女の様子に気付きながら、あえて何も言わなかった。
軽薄に何も考えていないような素振りで、彼はあっけらかんとして。
「ああ、また明日。どうせ今日含めて三日間は臨検で動けないんだ、みんなで遊ぶのもいいんじゃないかな?」
「…………そう、でしょうか」
うつむきながら、ノレア・デュノクは考え込んで。
結局のところ、この未知の楽しさに心を躍らせてしまうのだった。
もしノレア・デュノクが少しでもスペーシアンのニュース報道や流行に対して関心を持っていれば、目の前のスレッタ・マーキュリーが「スペーシアンの新型ガンダム」のパイロットであり、その広告塔だと気づけただろう。
だが長い間、友人を失ったことに対して塞ぎ込み、不眠症を発症してろくに眠れずにいた彼女は、ここ最近まともにニュースをチェックしていなかった。
ガンダムの中でソフィの声を聞いて、ようやく精神を持ち直した矢先――状況に流されるがまま、彼女は見知らぬ赤毛の少女と交流を深めていくのだ。
――それはきっと忘れられない記憶。
――輝かしい黄金の三日間の始まりだった。