ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタがノレアと友達になるだけの話

 

 

――ところでスレッタとノレアとエランには共通点がある。

 

 

 いずれも皆、一般的なスペーシアンの上流階級ないし中流階級から見れば、かなり悲惨な境遇にあった子供たちであり、同年代のある程度、裕福な層の子弟と比べて娯楽に興じた経験が薄いのである。

 つまりどういうことかというと、いざ時間と資金を与えられて「遊んでこい」と放り出されても、どういう風にお金を使えばいいかイマイチわかっていないのである。

 もっともある程度、社会常識と小器用さがあり、影武者候補として教育を受けていたエラン・フィフスの場合は、そのお金でいい食事をして、いい服を買い、いい靴を履く――などの優雅な生き方ができていたりするのだけれど。

 いざ三人で遊ぶとなると、どういう遊びがあるのかわかっていない三人ができあがるのである。

 その結果――スレッタとノレアとエランは、上映中の映画をむさぼるように観賞することになった。

 そもそも体験したことすらないから、手当たり次第に映画を見た――SFを、ファンタジーを、冒険活劇を、恋愛を、ホラーを、アニメを、コメディを、サスペンスを、アクションをとにかく見まくった。

 

 

――そして上映が終わるたびに休憩を取っては熱く感想を語り合った。

 

 

 馬鹿馬鹿しいほどに安上がりで、ちっぽけで、愚かしい時間の使い方だった。

 きっと時間とお金の大切さをわかっている大人だったなら、もっと有意義な体験にお金を注ぎ込んだのだろう。

 だが、ろくに人柄も知らない相手なのに、そんな風に時間を共に過ごすうちに――それがひどく心地いいことに、ノレア・デュノクは気付いてしまった。

 そして今。

 流行りの恋愛映画を見て泣いてしまい、目元を真っ赤に腫らしているノレアは、じっとりとすわった目つきで向かいの席の二人をにらんでいる。

 

「……誤解しないで欲しいのですが。私はあなたたちに気を許したわけではありませんので、そのつもりで」

 

 ファストフード店の席でむっしゃむっしゃとホットドッグを頬張りながら、ノレア・デュノクはそう主張する。

 とてもさっきまで、少女と少年の切ない恋の行方に一喜一憂し、ぽろぽろ涙をこぼして劇場で余韻に浸っていた人物とは思えない台詞である。

 気を許したわけではないが、目の前でメロドラマを見て号泣することはするらしい。

 同じ映画でちょっぴり泣いたスレッタは、ニコニコと笑顔で応じた。

 

「はいっ、ノレアさんとわたしはもう友達ですよね!」

「人の話聞いてましたか!?」

「だ、だって! 同じ映画を見て! 同じように涙を流した仲じゃないですか!」

「バカにしてますか?」

「してません! 『明日、同じ月を見よう』は名作恋愛コミックの実写映画化なんですよ! キャスティングも脚本も映像も完璧でした!! あれは誰だって泣くに決まってます!!!」

 

 ちなみにエラン・フィフスは全然泣いていない。

 擦れているので展開を先読みしてばかりで、ドラマに感情移入できないタイプの見方をしていたせいである。

 力強い断言に居心地が悪くなり、エランはため息をついた。

 

「うわー、話について行けない僕が浮いてるな、これ……」

「フィフスさんは結構、人の心がないタイプですよね」

「スレッタ・マーキュリー、僕にだけ当たり強くないか!?」

 

 それは主に顔と声がスレッタの知っているエラン・フォースと同じなせいなのだが、こればかりは不可抗力なので理不尽な話である。

 

「あなたは軽薄でヘラヘラしているから泣けないんですよ」

「ノレアも僕に当たりがキツくないか? 僕、君たちに何かしたかい?」

「なんの役にも立っていないのは確かですね」

「うっ……」

 

 そうなのだ。

 会社(シン・セー開発公社)からスレッタの世話を焼くよう言いつけられて同伴しているエラン・フィフスだが、彼はこれまでのところまるで役に立っていない。

 ノレアがチンピラに絡まれていたときに助けに入ったのはスレッタだったし、この映画館巡りの日程においては本当に何もしていない。

 ただついてきて映画を見てジュースを飲んでいるだけである。

 美徳といえば精々、美味しいカフェとレストランのことを知っていることぐらいだろうか。

 ちょっとした観光ガイドぐらいのお役立ち度である。

 

「ノレアさん、友達は役に立つとか立たないで一緒に居るものじゃないと思いますっ」

「さりげなく僕が役立たずなのは否定しないんだね……」

「そもそも私はあなたたちと友達になった覚えがですね」

「わたしは友達だと思ってますよ! 一緒に同じ映画を見て、楽しくお話しできるのはきっと友達でいいと思います!」

 

 ファストフード店のフライドポテトをつまみながら、ノレアは目の前の少女の朗らかさになんとも言えない気持ちになる。

 胸が温かくなるような、それでいて辛くなるような気持ち。

 それはたぶん安堵と嫉妬の両方だった。

 この世界にはこんなにも、世界の善なる部分を抜き出したような人格の持ち主がいるのだという安心感と同時に、何故、そんな恵まれた人間が自分の前に現れたのかとささくれ立つ気持ちもある。

 恵まれた境遇だからだろう、と答えを決めつけるのは、スレッタ・マーキュリーに不誠実な気がして嫌だった。

 じっと彼女の顔を見つめていると、不意にスレッタが立ち上がった。

 

「と、とと、トイレです!」

「あ、そうですか……」

 

 謎の積極性と暴力性を備えているわりに、小動物のような無害さを感じさせる人柄は流石だと思う。

 駆け足でトイレに駆け込むスレッタ・マーキュリーを見送ると、しばらくノレアは黙り込んで、プラスチックトレーの上のフライドポテトを見つめた。

 スレッタがいなくなると、あんなに騒がしくも楽しかった空間が落ち着きすぎてしまう気がして。

 

 

「身の上話なら聞くよ?」

 

 

 不意打ちだった。

 突如、エラン・フィフスを名乗る少年はそう言ってノレアの顔を見つめてきた。

 

「二度と会うことがない相手だから話せることだってあるだろ?」

「自惚れすぎですよ、気持ち悪い。そこまであなたを信頼していませんよ、スペーシアン」

 

 あーはいはい、と両手を振ったあと、それじゃあ、とエランは口を開いた。

 

「僕の身の上話を聞いていきなよ。そこらの映画よりは面白いはずだからさ」

 

 またこの男は適当なことを言う。

 そう思って適当に聞き流そうとしたが――エラン・フィフスの身の上話は確かに衝撃的だった。

 

「僕ってイケメンだろ? 何せ、エリートの美男子そっくりに整形されたからね。この顔も、声も、骨格もどこかのハイスペックな誰かさんの真似っこをした作り物なんだ」

「…………は?」

 

 それこそ映画の中でしかお目にかかれないような境遇に、ノレアが固まっているとエランはペラペラと自分の身の上話を続けた。

 

「まあ闇の深い話でさ。金持ちのエリート様そっくりに全身整形されて影武者をやれば、正規の市民IDを発行してやるって餌に釣られて行ってみたらイカレた職場でね。僕は危うく死にかけたってわけ」

 

 つまるところ彼は本来、正規の市民IDすらない身分の人間だったらしい。

 恵まれた中流以上の家庭出身のスペーシアンを想定していたノレア・デュノクは、少年の意外すぎる過去に思わずこう問いかけた。

 

「あなた、元々は――」

「さあ、アーシアンとスペーシアン、どっちだと思う?」

 

 しばし考えたあと、ノレアはこう結論を出した。

 

「……どちらでも同じことです。あなたみたいに軽薄な人間の言うことは信用できません」

「はいはい、まっ、ド底辺に生まれつけば、きっとどっちでも大差ないと思うけどね」

「…………それは」

 

 欺瞞に満ちた支配構造に加担する悪のスペーシアンと、守るべき同胞たるアーシアン。

 そういう善悪二元論の世界に生きてきたノレア・デュノクは、エラン・フィフスの言葉に応える術を持たない。

 昔の彼女ならばにべもなく激昂し、この少年を刺し殺そうとしていたかもしれない。

 だが、怒りや憎しみで身を固めるには、今のノレアは疲れすぎていた。

 長きにわたる不眠症と抑うつ症状は、ノレア・デュノクの激情家の側面を薄れさせ、どうしようもなくダウナーな側面を強めていたのである。

 押し黙ったノレアを見て、年上の少年は背伸びをして。

 こう言った。

 

「君の言いたいことはわかるつもりだよ。スレッタみたいなやつは極少数派で、大抵のスペーシアンはまず素朴な差別をするもんだからさ。スペーシアン社会がアーシアンにしてる搾取や弾圧はろくでもなくて、差別だって当たり前みたいにはびこってる。でもさ、僕みたいな境遇のやつは、そういう大きい構図の話に関われないんだ。自分がどうやって今を生きるかだけで手一杯で、世界の未来のことまで手が回らない――だから、まあ」

 

 スペーシアンへの怒りに満ちたノレアの言葉を否定せず、エラン・フィフスは微笑むのだ。

 

「ノレアみたいに怒ってくれる人がいるのも正しいんじゃないかと、僕は思ってる。世界中が僕みたいなやつだったら大変だろ?」

 

 びっくりした。

 てっきり自分の怒り/憎しみを否定されるのだとばかり思っていたのに。

 飄々としているエラン・フィフスは、肩をすくめて話しにオチをつけた。

 

「まあ、ド底辺の境遇だった僕も、今じゃこうやって真っ昼間から街をふらつけるご身分ってわけだし? 人生万事、塞翁が馬ってやつさ」

 

 適当に、軽薄に笑ってみせる彼のことが、少し、以前と違って見える気がした。

 ノレア・デュノクは無言で彼の顔を見つめて。

 はぁ、とため息をついた。

 

「結局、自慢ですか?」

「九割は苦労話だよ! もう少しで消されるところだったからね、僕」

「今は女の子を二人侍らせて映画館に真っ昼間から入り浸っている不良じゃないですか。気持ち悪い」

「その気持ち悪いっていうの傷つくな……」

 

 エラン・フィフスはちょっと眉をひそめて傷ついた顔をしている。

 そうやってこちらに罪悪感を抱かせようという性格が気にくわないのである。

 しばらく沈黙したあと、意を決して、ノレアは口を開いた。

 こんな同胞でもない相手に、話すべきでないことを喋るために。

 

 

「…………友達が死んだんです。私が不在だった数日の間に、二度と会えなくなって」

 

 

 それ以上、言葉は出てこなかった。

 だが、それで充分だった。

 エランは無言でうなずいたあと、ノレアの心情をピタリと言い当ててみせた。

 

「……それで、死ぬのが怖くなった?」

「…………っ! なんで」

「顔を見ればわかるよ」

 

 ジト目でにらみつけたが、エランは涼しい顔をしている。

 そしてノレアに対して、かけるべき言葉を探した末に――少年は彼なりの誠実さを選んだようだった。

 

「まあ、そういう人生相談の答えは、僕も持ち合わせてないんだけど――うん、そうだ」

 

 まるで最高の名案を思いついたとばかりに、にっこりと笑って。

 エラン・フィフスはこうのたまった。

 

「次に困ったことがあったら僕が助けてやるよ。それでどうかな?」

「……生意気ですよ」

 

 思わず軽口を叩いてしまったが、それが彼なりの誠意なのは理解できた。

 そして言わなくてもいいことを言ってしまった。

 

「……忠告しておきますが、当分、ラグランジュポイント4で仕事はしないことですね」

「へえ?」

「……っ! あなたと顔を合わせたくありませんから」

「ははは、手ひどいなあ」

 

 自分がうっかり口を滑らせたことに驚きながら、ノレアはドリンクのストローに口をつけた。

 今の自分はどうかしている。

 大事な作戦の前なのに、そのことで口を滑らせかけるだなんて。

 そのときだった。

 ぱたぱたとこちらに駆けてくるスレッタ・マーキュリーが見えて、何故か、ノレア・デュノクはほっとしてしまった。

 

「お、お待たせしました……!」

「長いトイレでしたね」

「そこは詮索しないでください、ノレアさん!!」

 

 細かく詮索すると一発でセクハラになるタイプの発言だったので、エラン・フィフスはすまし顔で目を逸らしている。

 彼と彼女のいる空間に居心地の良さを感じる自分を見つけて、ようやくノレアは気付いた。

 意地の張り合いでは、もう自分はスレッタ・マーキュリーに負けっぱなしなのだと。

 何故ならば。

 

 

 

――この時間が永遠に続けばいいのに、と。

 

 

 

――ノレアはそう願ってしまったのだから。

 

 

 

 

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