――三日目の夕方。
最後の映画の上映が終わった。
映画の内容は互いの過去を知らない殺し屋同士が友情を育み、やがて殺し合うことになるという悲劇を描いたものだった。
ありきたりなノワールものであり、取り立ててすごい作品ではなかったが、脚本も演出もメリハリがあり、アクションの切れもいい佳作である。
この映画に関しての感想は、スレッタとノレアで真っ二つに割れた。
シアター出るために歩きながら、二人は互いの顔を見て会話する。
「友達になったのに殺し合うなんて……ジョンはおかしいと思います、ちゃんと話し合えばよかったんです」
スレッタの意見に対してノレアのそれは違った。
「ジョンがあの判断をしたのは当然です。いくら友情が芽生えていても、それまでの自分の生き方を裏切るなんてできませんよ」
作中での悲劇の原因になった主人公の判断に対して、スレッタとノレアの感想は真っ向から対立している。
二人から視線で意見を求められたエラン・フィフス(仮名)は、やれやれと肩をすくめてこう言った。
「バカだよ二人とも。生きたいならあんな殺し合いせずにいればよかったんだ、ジョンもイーロイも、あの二人はどっちもバカだ」
自分の身の安全が第一のエランらしい言葉だった。
しかしあまりにも空気を読んでいない感想だったので、女性陣からの反応は冷たいものだった。
「はっ?」
「フィフスさん調子に乗ってませんか?」
「なんで僕に辛辣になるときだけ呼吸ピッタリなんだよ!?」
いつも通りに息のあった連係プレイでエラン・フィフスを追い詰めて、スレッタとノレアはくすくすと笑い始めた。
実に年頃の少女らしい、険のない無邪気な笑みだった。
「まったくさ……」
そう言いつつ、エランはまんざらでもない表情である。
初日の頃はだいぶ尖っていたノレアも、今ではすっかり憂いや険しさのない笑みを浮かべるようになっていた。
親しい友人を亡くしたばかりだという少女が、こうして無邪気に笑えるのなら道化の一つや二つ買って出てやるさ、とエランは思う。
劇場を出て、ロビーのソファーに腰を降ろして。
三人はぼーっとしながら何でもない雑談に興じる。
「終わっちゃいましたね……」
「流石に夜の部まで見る気力はないな、僕は」
携帯端末の時刻表示を見て、ノレアが声をあげた。
「あぁ……私もそろそろ帰らないといけません。またチンピラに絡まれるのは癪ですから」
「ノレアさん、刺しちゃダメですよ」
「私をなんだと思ってるんですか?」
「…………ええっと」
「その意味深な間はなんですか?」
じゃれ合うスレッタとノレアを横目に、うっすらと笑みを浮かべてエランは提案した。
「途中まで送るよ。ナンパ避けにはちょうどいいだろ?」
「……変なことしたら刺しますからね」
「僕への信用ほんとにないな!?」
仲が良さそうな二人を見て、スレッタは心の底から嬉しそうに笑うのだった。
だが今日が三日目であり、明日には臨検も終わって各自、各々の船で出航することになると思うと――ふと、悲しくなった。
「ここでお別れなんですね……」
ナイーブになったスレッタに対して、ノレアはいつも通りに冷静に事実を指摘した。
「お互いにこれでお別れの相手だってわかってたじゃないですか。何がそんなに悲しいんですか?」
「そうですね、ここで居合わせただけの関係かもしれませんけど……それでも、わたしたちは友達です。お別れはやっぱり、さみしいですよ」
呆れた様子でノレアがぼやいた。
「結局、連絡先も素性もわからない相手なのに、そんなこと言っていいんですか?」
「確かにそうかもしれません、でも……」
問いかけに対して、スレッタの答えはシンプルだった。
全幅の信頼と親愛の籠もった声音――あまりにも眩しい祈りに満ちた言葉を、少女は口ずさむ。
「また会ったとき、笑って
「……そう、ですか」
「はい、ですから――」
映画館を出て行こうとするノレアの背中に向けて、スレッタ・マーキュリーは満面の笑みでこう言った。
「――また、いつか。ノレアさんもフィフスさんも、どうか元気で!」
帰り際、足を止めて振り返ったノレアは、最後にぽつりとこうこぼした。
「……ええ。また、いつか」
「まあ、僕はすぐに君とは顔会わせる気がしてるけどね?」
やれやれと肩をすくめて、スレッタの方を見やるエラン。
彼に付き添われて映画館を出て行く少女の後ろ姿を、スレッタはいつまでも見つめていた。
それが今生の別れではないと信じて。
◆
「み、みみ、ミオリネさん! この課題、手伝ってくれませんか!?」
足止めを喰らっていたフロントの宇宙港から数日後。
無事にアスティカシア高等専門学園へと戻ってきたスレッタ・マーキュリーを待っていたのは、不在の間に出された各種課題の提出締め切りだった。
これでもだいぶ教師陣の温情のある措置なのだが、それはそうと山ほど課題を出された側にとっては何の救いにもならない。
地球寮の自室で課題の山に向き合うスレッタは、あまりの物量に目が泳いでいた。
「はぁ!? あんたねえ、自分の課題は自力で終わらせないと意味がないでしょうが!」
「うぅぅう……正論が、正論が刺さってます!」
ミオリネからの容赦なきツッコミに、スレッタは情けないうめき声を漏らした。
とても学園最強の魔王と恐れられている少女とは思えぬ物言いである。
弱り切っている妹(そんな事実はない)の姿を見て、ミオリネは仏心を出すことにした。
「しょーがないわね……こっちの政治と経済の方は手伝ってあげるから、モビルスーツ操縦の法令とか、あんたの専門分野の方は自分でやりなさい?」
「あ、あああ、ありがとうございます!! ミオリネさんって慈悲の心を持ってたんですね!!」
「ぶっ飛ばすわよ、あんた!? ……最近ますます図々しくなってきてない?」
「我が世の春です!」
「調子に乗りすぎなのよ! いいから課題ちゃっちゃと片付けなさい!!」
「ううっ、学校ってつらいこともいっぱいあるんですね……」
学校に行けと言われて途方にくれていた頃が懐かしく思えるほど、今のスレッタの学園生活は充実しているけれど。
こういう宿題の山は全然嬉しくないので、人間、慣れには限度があるのだと思う。
「ノレアさん、元気にしてるかなあ」
新しくできた友達、連絡先さえ知らない少女のことを思いながら。
スレッタ・マーキュリーはMS操縦における法令についてのテキストを開き、その膨大な内容に圧倒されるのだった。
「ひぃいい!? 座学は苦手です!」
「あんた一応プロでしょ!? ドミニコス隊なんじゃなかったの!?」
「操縦のプロです! 座学は頑張りましたが忘れました!!」
「なら法令! また覚えなさい!!」
「あぁぁあああ――――ッ!!」
まるでショッピングモールで親からはぐれた幼児のようにスレッタ・マーキュリーは号泣した。
嫌いな勉強一つでここまで泣けるのは才能であろう。
呆れ果てるミオリネを尻目に、少女は泣く泣くテキストをノートにまとめていくのだった。
◆
ラグランジュ4の宙域を航行する大型輸送船の内部――とある船室の中で、少女と黒服の男が向かい合っていた。
二人の会話内容は事務的だったが、その内容は通常の仕事についてのものではなく、大規模なテロ攻撃に関するものだった。
「ノレア・デュノク。お前にはアスティカシア高等専門学園で開かれるオープンキャンパスの最終日に、会場となるフロントを襲撃してもらう。会場には理事長であるデリング・レンブラン――ベネリット・グループ総裁も参加する。このことから会場の警備は厳重なものになると予想されるが、オープンキャンパスという行事の性質上、宇宙港への一定距離までの接近は容易だ。ノレア、お前には
「つまり輸送船で接近後、敵の警備網を突破して会場まで乗り込めと?」
「そうだ。今のお前と〈ニーズヘッグ〉ならば可能なはずだ」
〈ルブリス・ソーン)を組み込んだ超大型モビルスーツ〈ニーズヘッグ〉を乗せた巨大な輸送船に合流したノレア・デュノクを待っていたのは、数日後に決行される作戦の事前説明だった。
黒服の男がしてきた作戦は、学園とはいえ敵の拠点の一つに特攻同然の突撃をしろというものだった。
この作戦はオックスアース単独での破壊工作――ありていに言えばテロリズムであり、他に戦力となる友軍はいない。
「無茶を言ってくれますね……」
本来ならばソフィの〈ルブリス・ウル〉との共同任務、かつ内部の協力者ありきだった計画を修正した結果が、この無謀としか言い様がない作戦だった。
だが、確かに〈ニーズヘッグ〉と
精神的に落ち着きを取り戻しつつあるノレア・デュノクは、そう、冷静に判断する。
このときまでは。
「そして今回の作戦は、スペーシアンのプロパガンダに対して
「……ソフィの仇ですか?」
「不明だ。しかし関連性はあるとうちの技術部は見ている」
黒服の男は手に持っていたタブレット端末を操作すると、目標となるモビルスーツとそのパイロットの概要を表示してノレアに手渡してきた。
その画面を見た瞬間、少女は自分の中の大切な何かが壊れる音を聞いて。
「あは……あははははははははっ!!」
「ど、どうした……?」
自分自身が抑えられず、気付くと爆笑していた。
これはたぶん、笑うしかない運命の巡り合わせだ。
突如、笑い出したノレアに引いている黒服を気にもせず、彼女は絞り出すように呟いた。
「幸せって必ず終わりがあるんですね……忘れてましたよ」
泣き笑いながら、ノレアはタブレット端末に映った標的の顔と名前をもう一度見た。
スペーシアンの開発した新型ガンダム〈エアリアル〉のパイロット。
燃えるような赤毛に褐色の肌、太い眉毛に愛嬌のある顔立ち。
一度見たら忘れられないような容姿の友人。
――スレッタ・マーキュリー。
――それが、ノレア・デュノクの戦うべき対象の名前だった。