――ラグランジュ4、アスティカシア高等専門学園、地球寮にて。
ミオリネ・レンブランとシャディク・ゼネリの二人は、会議室になっている部屋でシン・セー開発公社の代表と直通回線で話をしようとしていた。
相手はルイ・ファシネータ代表が送りつけてきた直通回線付きのフロートドローンである。
机の上に置かれたドローンに対して、銀髪の少女は礼を尽くして声を掛けた。
「ルイ代表、お忙しいところお時間を頂きありがとうございます。早速ですが、率直に伺いたいことがあります」
『はい、なんでしょう? ……おや、本日はシャディク・ゼネリ様もお越しになっていたのですね』
「ええ、彼と私から質問がありまして」
一拍おいて、ミオリネは本題を切り出した。
「お伺いしたいのは、アミュレット・システムの普及に伴う未来の展望についてです」
『ふむ、どういうことでしょう?』
「新型GUNDフォーマットの普及の先にあるのは、ありとあらゆるモビルスーツのOSがアミュレット・システムなしには成立しなくなる世界です。アミュレット・システムは今のモビルスーツ産業の利権とは比べものにならない絶大な利権をこの世に生み出します。それを牛耳ることになるのは、シン・セー開発公社……ルイ・ファシネータ代表、あなたとその後援者であるデリング・レンブランです。違いますか?」
『その通りです、ミオリネ様。やはりあなたは聡明だ――シャディク様も同じお考えなのですね?』
ルイからの問いかけに対して、シャディクはうなずいた。
褐色肌の少年は、生真面目な顔で自身の懸念を口にする。
「ええ。アミュレット・システムなしに機能しない新型ガンダムは、パーメットAIサーバーの使用権の購入という利権を生み出し、データストームを克服したガンダムという武力を独占する……これは明らかに経済と武力の両面で、ベネリット・グループが覇権を取る流れを生み出すでしょう。そうなったとき、世界情勢がこれまでのように安穏としたものであるとは到底思えない」
ひりついた空気が、室内に充満していた。
ミオリネとシャディクの懸念は、先日の新型GUNDフォーマットに関する説明会以来、二人がずっと抱いてきたものである。
パーメットAIサーバーによるデータストームのフィルタリングと、遅延ゼロの超光速通信による遠隔制御技術――それは明らかに、兵器としてのMSの次世代機に留まらないブレイクスルーだ。
それがもたらす莫大な利権は、確実に社会を動かすだろう。
ゆえに彼らは新型GUNDフォーマットの影響力を恐れていた。
『それがデリング・レンブラン閣下による世界征服も同然ではないか、とお二人はお考えなのですね?』
「ええ、そうですね。俺はそれが、新たな紛争の火種になるんじゃないかと思っています」
「シャディク、あんた……」
「君も同じ考えだろ、ミオリネ。ここを有耶無耶にはできないよ」
二人のやりとりを無言で聞いていたルイ・ファシネータは、いつも通りの、どこかおどけたような口調でこんなことを言い始めた。
フロートドローンのモニターに表示されるアニメーションは、笑顔を意味する顔のアイコンだ。
『ふむ、ではここで少々、問題提起を致しましょう。お二人は
ルイからの質問に真っ先に答えたのはミオリネだった。
経営戦略科の才女らしい如才ない物言いである。
「少なくともスペーシアン社会はそうだと言っていいのではないでしょうか? 地球のことは……難しい問題だと思いますが」
「……難しい質問ですね、ルイ代表」
率直な意見を述べるミオリネに対して、難しい顔をして黙り込むシャディク。彼がこの問題に対して、いろいろと思うところがあるのは明らかだった。
二人の若人の本音が透けて見える反応に、ルイ・ファシネータは楽しげに次の問いかけを発した。
『――
「……ええ、多少は。義父との仕事の都合で顔合わせすることもあります」
「フロント自治区の集まった国際的組織ですよね。企業自治の権利を巡って、あまりうちのグループとは関係がよくなかったはずです」
やはり言葉少ないシャディクに対して、模範解答を返してくるミオリネ――これは教えがいがあるとばかりに、ルイ・ファシネータの代理であるドローンは答えを口にした。
『彼らとベネリット・グループ――我々のような企業勢力の対立は、すでに何年も前から武力衝突に発展しているのですよ。水面下の出来事ではありますがね』
「えっ……本当ですか?」
驚愕したミオリネの問いかけに対して、どこか物憂げにルイ・ファシネータは実例を挙げた。
それは少女にとって最も身近な
『身近な話題ですと、そうですね。たとえばスレッタ・マーキュリーが地球で交戦してきた相手というのは、地球の魔女が駆るガンダムでした』
「っ……」
言葉を失ったミオリネを余所に、神妙な顔でうなずくシャディク――彼が内心で何を思っているのか、ミオリネに知る術はない。
「……アーシアンのガンダム、ですか? それはつまり、二一年前に粛清されたオックスアースのような?」
『
なるほど、それは既知の事実である。
グラスレー・ディフェンス・システムズ代表の養子シャディク・ゼネリではなく、反スペーシアン武装組織の支援者プリンスにとっては、だが。
後者の姿を知られるわけにはいかないシャディクは、涼しい顔で驚いたような顔をしてみせる。
心底、衝撃を受けているミオリネと彼の姿を視界に収めて、ルイ代表のドローンは半眼のアニメーションを表示。
やけに表情豊かなドローンである。
『ですが考えてもみてください。これまで一方的にスペーシアンに圧政を敷かれ、搾取されてきたアーシアンがいきなり高性能なモビルスーツを独力で開発などできるでしょうか? それが可能であるならば今日の惨状はなかったでしょう』
「……つまり、その、宇宙議会連合がアーシアンのテロリストを支援していると?」
『少なくともデリング閣下と我々はそう考えています』
不味い、とミオリネは思う。
これは明らかに一介の学生ベンチャーの社長が聞いていい話の内容ではない。
ベネリット・グループと宇宙議会連合が水面下で繰り広げていた暗闘など、ミオリネ・レンブランにどうにかできる話題のスケールではない。
『そう焦らずともよいのですよ。この程度の情報は機密には当たりません。多少の事情通であれば推測できる深度の情報です』
要するにですね、とルイ・ファシネータは最初の質問に対する答えを口にする。
『この世界はずっと前から平和などではなく、その見せかけの安定も近いうちに失われるかもしれない。そういう危機感があってこそ、デリング閣下は我々に新型GUNDフォーマットの開発を命じられたのです』
この平和は遠からず崩壊する。
その不吉な予言にも似た言葉を前にして、ミオリネはようやく自分の欲しかった問いの答えを知った。
「つまりアミュレット・システムは、経済戦争と武力衝突の両方で勝利するための力――そういうこと、なんですね?」
無言。
それが何よりの肯定であった。
『我々の敵とは何なのか――これは二一年前から続く宿題の答えの一つなのですよ、お二人とも。ミオリネ様もシャディク様も、どうか我々の理念をご理解頂きたい』
そろそろ時間ですので失礼致します、と告げて。
ルイ・ファシネータのドローンは棚の上の所定の位置に着陸し、無線給電による充電モードに移行した。
ドローンの電源が切れているのを確認したあと、ミオリネは深々とため息をつき、敗北感に満ちた愚痴を漏らす。
「…………やられたわ、いつの間にかクソ親父の世界征服の片棒を担がされてるなんてね」
「ミオリネ、考えすぎだよ。確かにアミュレット・システムはかなりえげつない利権を生むだろうけど、目に見えた首輪付きのシステムなんてそう簡単に流行るわけがない」
じろっとミオリネがシャディクをにらみつける。
気休めを言うんじゃないわよ、とでも言いたげなジト目で幼馴染みの顔を見上げて。
素のミオリネは彼女らしい言葉でシャディクに問いかけた。
「それ、本気で言ってる?」
「……正直、自分で戦ってみてガンダムは怖いって感想しかないかな。一度、水星ちゃんの動きを見ちゃうとね」
嘘偽らざる本音をシャディクが口にすると、ミオリネは肩をすくめて眉根を寄せた。
グラスレー寮と地球寮の決闘は、結果として新型GUNDフォーマットの威力を全世界に見せつける場になってしまったのである。
株式会社ガンダムにとっては知名度アップになって幸いな出来事だったが、それがあのろくでもない父親に利用されそうとなると話は違ってくる。
正直かなりしんどいのである。
「そっ。あんたたちとスレッタの〈エアリアル〉の戦いは全世界で放送された。従来型MSと新型GUNDフォーマットの性能差のこれ以上ないサンプルとしてね」
「ミオリネ……」
「アレを提案したのは私よ。結果として、クソ親父の野望の手助けをしちゃったみたい」
そういう徒労感でいっぱいのミオリネを、幼馴染みのシャディク・ゼネリは叱咤した。
「落ち着け、ミオリネ。株式会社ガンダムの理念はなんだ? 君は今、自分の考えたヴィジョンを見失ってる」
そう言われて、はっとしたようにミオリネ・レンブランは目を見開いて。
それから深呼吸して目を閉じた。
「…………そうだったわ。少なくとも、新型GUNDフォーマットのPRとしてはこれ以上ないものができてるし……ええ、旧型GUNDフォーマットを葬り去るにはいい機会よね」
「それが君の目的かい? ガンダムを葬り去るっていうのは……呪いのモビルスーツっていう概念を殺すことか」
「あんたのそういう話の早いところ、嫌いじゃないわ。つまり、私は私情で動いてるのよ……あの子、スレッタがガンダムと戦わなくていい世界を作りたい。それだけよ」
ある意味、この上なくミオリネらしい理由だったから、シャディクはそれを好ましく思ってしまう。
情に厚い親分肌であり、綺麗事を追い求めてしまう綺羅星のような少女――自分が好きになったミオリネ・レンブランらしいと言えよう。
そんな彼女の手助けになるのなら、今の立場も悪くないと思えてしまうぐらいに。
「……ああ、君らしいと思うよ」
その一言に込められた思慕の情が伝わったかどうか。
ミオリネはつんと顔を背けて、話題を逸らすように話しかけてきた。
「あんたも大変よね、グラスレーのサリウス代表は反ガンダムのままなんでしょ?」
「まあ、義父さんは平常運転さ。正直、俺はガンダム容認派だったんだけど……ここまでえげつない支配構造ができあがっていると、それも怪しくなってくるかな」
革命家のシャディクとしては可能なら新型GUNDフォーマットを入手して、どうにか地球側の軍拡に繋げたいという下心はあったのだけれど。
事態はすでにそんな段階にはなく、もっと切羽詰まった支配と管理が差し迫っているように思えてならない。
不味いよ義父さん、とシャディクは心の中で思う。
これはもう、ガンダムを容認するかどうかの話ではない。
ミオリネがうなずいて、彼女らの抱く危機感を言語化した。
「そうね、まるでこれは……クソ親父を頂点にしたディストピアの前段階よ」
◆
『新型GUNDフォーマットがもたらすのは新たな支配構造の確立だ。デリング、お前はアーシアンだけでなくスペーシアンの頭上にまで君臨しようというのか? 確かにベネリット・グループはこの上なく潤うだろう、だが、それは最早――』
「サリウス。私は権力欲でこのような計画を推し進めているわけではない」
長距離移動用のシャトルの中で、二人の権力者が画面越しに顔を合わせている。
一人はデリング・レンブラン――巨大企業複合体ベネリット・グループの総裁たる独裁者。
一人はサリウス・ゼネリ――御三家の一つグラスレー・ディフェンス・システムズの代表たる保守派の老人。
この二人が顔を突き合わせて話すこと自体、ただ事ではなかった。
シャトルの通話用モニターに映るサリウスに対して、デリングは淡々と自身の考えを述べる。
「現在、我々が享受している平和の維持は最早、絶望的な段階にある。宇宙議会連合では過激派が主導権を握り、以前から行なわれていた破壊工作は日増しに激化している。奴らが一線を越えるのは時間の問題だ。我々の敵はアーシアンではなく、同じスペーシアンから生じた外敵だ」
それはあの日、新型GUNDフォーマットの存在をデリングが認めたときの演説の続きだった。
アーシアンのガンダムの裏にあるのはスペーシアン勢力であり、彼らによる攻撃が激化している現状はすでに予断を許さぬ段階にあるのだ、とデリングは言う。
デリングとサリウスは、ドローン戦争の地獄の再来を防ぎたいという意味では同志なのである。
対立しているのはその方法論であり、それゆえにデリングは彼らしくもない饒舌さでサリウスを説得にかかっていた。
「旧型GUNDフォーマットを利用したガンダムは、最短時間でのパイロットの育成を可能にする。人口の多いアーシアンによる消耗品の補充――オックスアースを使って、奴らはそういった非人道的な行為に手を染めている。すでにこの世界ではドローン戦争以前への倫理的後退が再発しているのだ」
『そのための新型GUNDフォーマットか。奴らの武器を駆逐するための武器に、お前は猛毒を選んだのだぞ』
「わかっている。だが、私は後悔だけはしない――ガンダムを駆逐しうるのは、最早、ガンダム以外ありえないのだ」
しばしの沈黙のあと、サリウスは何かに気付いたように声をあげた。
『待て、宇宙議会連合の破壊工作と言ったな?』
「アスティカシア高等専門学園でのオープンキャンパスでは、理事長である私の訓示がある。奴らは必ず、私自身という餌に引き寄せられて
『一般人が大勢、見学に来るイベントだぞ? 何を馬鹿な、いや、まさか――』
「サリウス、だからこそテロの対象として最適なのだ。宇宙議会連合の過激派は、ベネリット・グループに対する介入の口実を求めている。大勢のスペーシアンが死ねば、彼らの目論見は果たされるだろう」
確信に満ちた断言であった。
敵の襲来を迎え撃とうというのか、この男は。
絶句したあと、ため息をついてサリウスは警告した。
『敵が引き起こすテロを鎮圧し、奴らを叩くための
デリングの答えは簡潔だった。
「――私はすべての悪逆に報いを与える。それだけだ」
◆
――スレッタ、この機体は間違いなくガンダムだよ。
――ルーク小隊の残した記録に映ってた奴は、〈エアリアル〉や〈ファラクト〉と同じ〈ルブリス〉のコンポーネントを使っている。
「そっか、ありがとうエリクト……見たところビーム兵器に対して防御が硬いね。まるで〈エアリアル〉の天敵みたい」
――それが狙いかもよ? 僕らは連中のガンダムを狩りすぎた。恨みも相応に買ってるだろうし、アンチ・エアリアルみたいなMSを作る動機ぐらいあるかも。
「恨まれてる、か……わかっていても、いざ、自分がそういう状況になってみると実感湧かないね」
ハッチを閉じた〈エアリアル〉のコクピットの中で、スレッタは姉と対話しながら、とある映像を見返していた。
ドミニコス隊との直通回線で送られてきたそれは、戦死したルーク小隊が作戦中に撮影した記録映像であった。
巨大な未知のモビルスーツ――まるで怪物じみた巨体の異形――が、ルーク小隊の〈ベギルペンデ〉を撃破していく映像である。
それは彼らの生前の人となりを知る少女にとって辛いものだったが、同時に多くの情報を得ることができるものだった。
敵の巨体に見合わない素早さ、強力な内蔵火器、既存のMSと一線を画す反射速度――すべてが敵の正体がガンダムであると示唆している。
ビーム兵器を無力化する何らかのフィールドを持っていることから、〈エスカッシャン〉による十字砲火での撃破は難しいだろう。
万が一、交戦する場合になったときのことを考えながら、スレッタは本隊に向けて交戦時の対策案とそれに必要な能力の項目を作成。
〈エアリアル〉にかけられている何重もの縛りを解き放つため、使用許可を求めて申請書を提出した。
「こちらウィッチ1、敵MSの襲撃に備えて申請した事項の許可を求めます」
それは即座にドミニコス隊の使用する戦術AIによって妥当性が審議され、現場指揮官に向けてその結果が提出される。
そうして責任者からの許可を得て、スレッタの求めた機能のアンロックは承認された。
『こちらコマンダー、了解。緊急時には、独自判断でのオーバーライドの使用および実戦仕様システムのアンロックを許可する』
「ウィッチ1、了解」
――大人たちの思惑を余所に。
――魔女たちの物語が始まろうとしていた。