――アスティカシア高等専門学園には、オープンキャンパスという行事がある。
ベネリット・グループの企業から推薦をもらった子供だけが入れる学校であるアスティカシア高等専門学園は、その内情がどうあれ世間的にはエリート校である。
しかし推薦者だけでは如何にも風通しが悪いため、見学希望者に対しての学校行事の体験会や生徒による催し物、モビルスーツを用いたデモンストレーションなどを執り行う行事である。
言ってみれば学校主催のお祭りであり、毎年、大勢のスペーシアン市民が見学に訪れてくる。
学校の特殊性ゆえに数日間にわたって開催されるオープンキャンパスは、生徒自身の手による出し物・出店なども催されるため、ちょっとしたお祭りのような様相を呈する――要するに文化祭・学園祭の類と一緒くたになったのが、アスティカシア高等専門学園におけるオープンキャンパスなのだ。
そういうわけで田舎者丸出しかつ一般的生活に疎いスレッタ・マーキュリーにとって、ここ数日間のオープンキャンパスは最高に楽しい行事となっていた。
地球寮でも出し物――山羊のミルクを使ったシチューだとか、山羊のミルクだとか、妙に癖の強い飲食物の提供――をしていたが、その合間を縫って、いろいろな出し物を見に行っている。
その道中ではタイミングを見計らっていたグエル・ジェタークや、エラン・フォースが同行してデート紛いのイベントが起きていたり、ミオリネとシャディクがどうでもいいハリネズミのジレンマごっこをしていたりするのだが、それについてはここでは割愛する。
とにかく如何にもスレッタらしい青春があった、と書き記しておこう。
かくして明日の最終日の前日、夕暮れ時――スレッタは地球寮のもう一つの出し物の前で、ベルメリア・ウィンストンと談笑していた。
二人が話している見学ブースには、株式会社ガンダムとしての目玉、医療用サイバネティクスGUNDの試作品として、二足歩行型の車椅子が展示されていた。
これは非侵襲型のBMI(ブレイン・マシン・インターフェース)によって、車椅子に座った人間の意のままに動く義足というもので、双方向性のフィードバック機能によって、義足のセンサー情報が直感的にわかる優れものだった。
本来のGUNDに比べればずいぶんと大型で不格好なものだが、視覚的にその器用さがわかりやすい歩行型車椅子は、わりと好評な出し物になっている。
「GUND義肢、お披露目できるようになりましたし……このGUND義足の歩行ユニットも、結構いろんな人に見てもらえてますね!」
「ええ、まだまだ初歩的なものだけどね。GUNDの理念復活の第一歩よ」
「ベルメリアさんに頼りっきりだったけどなー。いやー、すごいわプロって」
そういうのはメカニック科としてGUND義足の制作に携わったヌーノである。
それに乗っかってニカ・ナナウラも口を挟んだ。
「あのPR動画もよかったんだよ、スレッタのガンダムダンスでうちの知名度高いもん」
「ううっ、ちょっとあのときは調子に乗りすぎました……」
何故か今になって羞恥心が芽生えてきたらしいスレッタが、恥ずかしそうに縮こまった。
それを見ていたオジェロが、呆れたように呟いた。
「今さら過ぎるだろ……」
「まあノリがいいのがスレッタのいいところだし……たぶん」
「ニカ姉、スレッタに甘くねえか? もっとガツンと言ってやんねえとこいつわかんねえって」
チュチュの諫言に対して、ニカは諦め混じりの笑みを浮かべた。
「チュチュ、スレッタが小言言ったぐらいで反省すると思う?」
「あー……」
「わたしのあつかいひどくないですか!?」
「〈
「ううっ、友達を一〇〇人作りたいだけなのに……!」
「決闘で作るなよ!?」
とうとう地球寮の面子からも突っ込まれているスレッタ・マーキュリーの覇道は、留まるところを知らない。今や全学年のパイロット科生徒は、学園最強からの友達狩りに怯える日々を送っているのだから。
空気はほぼ魔王による治世である。
この穏やかな空気を引き裂いたのは、やや剣呑な少女たちの声であった。
「スレッタ・マーキュリー! そしてアーシアンの奴ら! ずいぶんと楽しそうじゃんか!」
「へぇ……スレッタは明日のランブルリングも余裕ってわけ?」
二人連れだって歩いてきたのは、ジェターク寮の二人組み、グエルの取り巻き女子ことフェルシーとペトラだ。
「フェルシーさん! ペトラさん! ……ランブルリング、ってなんですか?」
頭の上に「?」を浮かべたような疑問の表情に、呆れ果てた様子でペトラはため息をついた。
「ホルダー様のくせに明日の日程も把握してないってどうなってんのよ……あんたらもちょっとはこいつのスケジュール管理してやったら?」
「あぁ!? なんだぁテメエ!?」
アーシアン相手だからと嫌味を言うペトラと、その含みのある言い方にキレるチュチュ。
アスティカシア高等専門学園における日常風景である。
これでも以前の差別意識全開の発言に比べたら、軽口レベルになってはいるので改善されているのである。スレッタがホルダーになる前の惨状がうかがい知れる意識改革の現状であった。
「本っ当ならグエル先輩がホルダーとして超かっこよく君臨してたんだからなぁ! 明日は覚悟しとけよお前ェ!」
「グエルさんは強いですよ! わたしの方が強いだけです!」
「ぐぬぬぬ……こ、こいつ……」
文句があるなら決闘で決めましょうと笑顔で手を差し伸べるスレッタ、恐怖して後ずさるフェルシー。
じりじりと距離を詰められたフェルシーが、ペトラに助けを求めようとしたそのときだった。
「何やってるんだお前ら……?」
「やあ」
グエル・ジェタークとエラン・フォースが、ひょっこりと顔を見せた。
フェルシーは怯えた小動物のようにグエルの背の影に隠れた。
「グエル先輩~!」
「グエルさん! エランさん!」
友人たちの登場に目を輝かせるスレッタ・マーキュリーは、すぐにフェルシーとペトラの言っていたランブルリングについて尋ねた。
「あの……ランブルリングってなんでしたっけ?」
「その様子じゃやっぱり忘れてたな……? 一応、説明したはずなんだが……」
「ホルダーは毎年、ランブルリングに参加するのが恒例行事なんだよ。スレッタ・マーキュリー、今年は君の番だ」
「えっと……?」
「最終日に行なわれる模擬戦だ。バトルロイヤル方式で参加は自由、自社製品MSとパイロットの技量のアピールの場でもある。俺たちジェターク寮も当然、参加する」
エランとグエルに解説されて、ようやくスレッタは「そんな説明受けたような気がしてきたな」と思い出し――焦って奇声をあげた。
「うひぃ!? すっかり忘れてました……!」
「エアリアルの調整なら済んでるから安心していいよ」
「この前届いたMS用の武器もセッティング済み。いつでも大丈夫だよ」
メカニック科のティルとアリヤからのフォローに、ほうっと安堵の息を漏らすスレッタ・マーキュリーだった。
「ありがとうございます……まあでも、学園の皆さんが相手なら勝つ自信はありますが……」
「こいつ……いや、お前はそういうやつだけどな?」
「君らしいね、スレッタ・マーキュリー」
そうだ、とエラン。
スレッタが彼に視線を向けると、いつも通りのポーカーフェイスのまま、少年は意外なことを言った。
「今年は僕もランブルリングに参加するからよろしくね」
「エランさん!? え、どんなMSで――」
「それは秘密かな」
サプライズ要素らしい。
彼らしからぬ茶目っ気であった。
「俺のMSも改修が終わったところだ。スレッタに挑戦するちょうどいい機会だしな」
「グエルさん新型ですか!? うわー、強敵揃いじゃないですか……」
「嬉しそうだな……」
「はい、お友達と戦うのは楽しいです!」
完全にバトルジャンキーの妄言である。
目をキラキラさせているスレッタを見て、グエルは遠い目をして夕焼け空――ドーム型の天井に投影された人工の空を見上げた。
「……AIに間違った学習をさせたエンジニアってこういう気持ちなのかもしれないな」
好きな女の子を狂ったAIあつかいするという意味不明な状況に陥りつつ、グエル・ジェタークはちょっと過去の自分の言動を振り返った。
あのときは最高の青春だったが、ちょっと選択を間違ったかもしれない。
ほんのりと初恋の苦さを噛みしめるグエルだった。
◆
――オープンキャンパス最終日。
青空の下、学園の敷地内。
スレッタ・マーキュリーとミオリネ・レンブランは、連れだって歩きながら出店で買い食いをしていた。
出店を運営しているのはアスティカシア高等専門学園の生徒たちなのだが、どうやら顧問の教師や寮ごとに運営ノウハウがあるらしく、プロ顔負けの食べ物を出す店も数多くあるようだった。
もぐもぐと右手のバナナチョコクレープを食べつつ、左手のフランクフルトも喰らうスレッタを呆れ顔で見ながら、フルーツトッピングのクレープに小動物のようにかじりつくミオリネ。
「んふー、おいひーですねー、ミオリネひゃん!」
「食べながら喋らない! 行儀悪いわよ!」
「ひゃい! つい、美味しくて……」
むしゃむしゃとフランクフルトを三口ぐらいで喰らい尽くしたスレッタは、学園内に設置されたゴミ箱――テロ対策用に監視カメラ付き――にゴミを捨てる。
そうして空いた左手で、次はどんな食べ物を買い食いしようかと周囲を見渡すスレッタ。
しかし二人は出店のあるエリアから少し外れた、広場のあたりに出てしまっていた。
人通りもまばらなそこで、ぴたり、と足を止めて。
ミオリネは意を決したようにスレッタに呼び掛けた。
「スレッタ」
「なんですか、ミオリネさん?」
きょとんとした顔のスレッタ――その純真無垢な瞳を見て、ミオリネはふと罪悪感を覚えた。
こんなにもお祭りを楽しんでいる妹(そんな事実はない)に対して、何もこんなときに尋ねなくてもいいではないか、と思う。
だが、ミオリネには奇妙な予感があった。
今このとき問わねば自分は機会を逃す――そんな勘が働いて、結局、少女はそれを口にすることに決めた。
「先に謝っておくわ……ごめん、あんたに対して、私はこれから聞きづらいことを聞くわ」
「……はい」
クレープをもぐもぐと完食しながら、スレッタはミオリネの顔を見つめた。
その顔に影が落ちる。太陽を模した人工照明がその角度を変えたのだ。
「……ルイ・ファシネータから聞いたのよ。あんたが戦ってきたのは、地球のガンダムだったって……」
そこで出てきた名前は、スレッタ・マーキュリーにとって驚くべきものではなかった。シン・セー開発公社の代表である件の人物は、株式会社ガンダムの協力者として、積極的にミオリネたちと関わっている。
あくまでも一介のパイロットに過ぎないスレッタにはうかがい知れない内情だったけれど。まさか自分の過去まで明かすほど深い繋がりになっているとは、とスレッタは思う。
血まみれの自分の過去が具体的に知られたことについては、自分でも驚くほど何の感想もなかった。
きっと、いつか、そういうことになるだろうと悟っていたのかもしれない。
「株式会社ガンダムは、新型ガンダムの安全性をPRして、呪いのモビルスーツって風評と概念を消すための会社よ。ゆくゆくは新型GUNDフォーマットを世に広めて……私はもう、あんたが戦わなくていい世界を作りたいの。今までずっと、あんたに直接言えなかったけど……それが、今の私の夢」
ミオリネの美しい顔が、ずっとスレッタに向けられている。
その切れ長の目に宿るのは、心の底から自分のことを案じるミオリネの情だった。
スレッタには思いつかないような手段と目標を持って、ただ純粋に綺麗事を叶えようとしているミオリネのことが、眩しくて、眩しくて。
――ああ。
――なんて。
――美しい。
ため息が出そうなほどに、その美しさに見惚れて、憧れて。
この血まみれの指では絶対に掴めないその輝きに、身を焼き焦されるような羨望を覚えた。
だから続くミオリネの言葉を聞いたとき、スレッタが覚えたのは純粋な戸惑いだった。
「ねえ、スレッタ。私の夢は、
スレッタ・マーキュリーの幸福。
そう問われると困ってしまうのは、たぶん、今がすでにスレッタにとって充分に幸せだからだ。
自分を慕ってくれる友達がいて、気のいい地球寮のみんなに囲まれて、憧れていたコミックみたいなデートをして、こんなにも優しい親友がいて。
これ以上、何を望めというのだろう。
「…………本当に、ミオリネさんってすごいなあ……」
スレッタには思いつきもしない視点での問いかけだった。
二度と戦わなくていい未来。
いつか、そんな未来が来るのだとしたら、と想像して――そこにエリクト・サマヤの幸せはあるのだろうか、と考えてしまう。
人命救助や宇宙空間での補修作業などの仕事なら〈エアリアル〉の出番はいくらでもあるだろう。
〈エスカッシャン〉のビットステイヴに内蔵された〈カヴンの子〉だって、戦う以外の用途で手助けしてくれる。
考えて、考えて、考えて。
――どれだけ多くの少年/少女が乗ったコクピットを焼き切ってきたかを思い出す。
ああ、だからか、と悟った。
どれだけミオリネ・レンブランがスレッタの心を動かすような綺麗事を言っても、羨望を覚えるばかりで、決してそこにたどり着けないのは。
もうすでに、自分が背負うべき罪と罰の結末を望んでしまっているからだ。
「……わからないんです。わたしには、ミオリネさんの言う幸せの形が本当に正しいのか……」
「スレッタ……」
「わたし……そう遠くない未来に、ミオリネさんが言うような未来がやってきたら、それはすごく素敵なことだって思うんです。なのに――」
嘘偽らざる本音を口にしたとき、スレッタの顔に浮かんでいたのは憧憬と困惑だった。
二つの感情がグチャグチャにない交ぜになって、自分でもどんな表情になっているのか、わからないままに。
少女は決定的な言葉を口にした。
「――そこにわたしがいる風景が
目を見開いて、スレッタの顔を見つめるミオリネは、何も言えない様子だった。
気まずい沈黙が続いたそのときだった。
放送からアナウンスの音がして。
『こちら決闘委員会、ランブルリングに参加する生徒は指定区域に集合してください』
セセリアの放送を聞いて、スレッタはぱっと身を翻した。
「そろそろ時間みたいです。また、あとでお話ししましょう」
「……そうね」
駆け出したスレッタの背中を目で追いかけながら、ミオリネは堅く堅く拳を握りしめた。
「バカね、本当にバカ……」
それが自身に向けたものなのか、スレッタに対するものなのかもわからぬまま。
激情のままに、銀髪の少女はうめくように呟いた。
◆
『これよりオープンキャンパス特別イベント、ランブルリングを開催します。ルールはバトルロイヤル方式、制限時間は三〇分、ブレードアンテナを折られた時点で戦闘不能と見なし――最後まで残ったパイロットの勝利とする』
ランブルリングを取り仕切るのは三年生のシャディク・ゼネリだった。
本来ならば決闘委員会フルメンバーからくじで選ばれるのだが、今年はグエルもエランもパイロット科で参戦するため、消去法で不参加のシャディクにお鉢が回ってきたのである。
『参加は自由。エキシビジョンだから気軽に参加して欲しいな――決闘委員会からも二人、参戦してる』
シャディクの放送を聞きながら、ランブルリングに参戦する地球寮の生徒たちはテンションを上げていた。
特にお調子者のオジェロは一段と気合いが入っている。
『頼むぜチュチュ! 俺たちが気合い入れて修理した〈デミトレーナー〉カスタム、活躍させてくれよ!』
『ったりめえだ! この前の決闘みたいには行かねえってグラスレー寮の連中に思い知らせてやらぁ!!』
修復されたチュチュの〈デミトレーナー〉チュチュ専用機は、ボックス型ビームサーベルの増設に加えて、背部のバックパックも独自の大型ブースターが追加されており、より一層、機動性が強化されている。
以前、〈ミカエリス〉に急速接近されて為す術なく撃墜された苦い経験からの改善であり、使用されているパーツも型落ちではなく、現行バージョンの最新型に換装されている。
シン・セー開発公社がスポンサーについたことで新古品のパーツを買いあさることができた成果である。
そうしてスレッタと共に、株式会社ガンダムの看板を背負ってチュアチュリー・パンランチはMS輸送コンテナで戦術試験区域に乗り込むのだった。
◆
『立会人はベネリット・グループ総裁、デリング・レンブラン理事長に務めていただきます』
シャディクの放送が流れる中、学園内部を走るモノレールの車内――デリング・レンブランは少数の護衛と共に、そこに座している。
「ルイ・ファシネータ、推移は順調か?」
彼が呼び掛けるのは共犯者たる存在、ルイ・ファシネータであった。
端末から聞こえる声は、若い男のものだ。
『はい、閣下。間もなく敵は〈エアリアル〉と遭遇するでしょう――此度の襲撃を以てパーメットスコアをスコア8まで引き上げられれば重畳なのですが』
「我々に敗北は許されない。それを覚えておくがいい」
眼下の岩山を模した戦術試験区域には、大量のMS輸送コンテナが運び込まれていた。
アスティカシア高等専門学園の生徒たち。
無邪気にもランブルリングが無事に開催されると思っている子供たち。
敵も味方もガンダムであり、自らの制御下にある事件の脇役たちを俯瞰して、ルイ・ファシネータはこう応じるのだ。
『もちろんです、閣下。スレッタ・マーキュリーはあらゆる試練を乗り越えることでしょう――』
◆
『ランブルリング、スタート』
デリング・レンブランの号令と共に、試合がスタートする。
ここまでは例年通りであった。
だが、今年のランブルリングの様子がおかしくなるのはここからだった。
MS輸送コンテナが解放されると同時に、三〇機以上のMSがバトルフィールドに参戦した。
しかしここからが問題だった。例年であれば、ここからバトルロイヤル方式らしく乱戦になるのだが、今年のランブルリングはひと味違った。
『うおおおおお、ホルダー!!!』
『愛してるんだァ!! ホルダーをぉ!!!』
『ヒャハハハ!! 誰が一番早くホルダーに撃墜されるか競争だな!?』
『ホルダー……素晴らしい……あなたとのひとときを楽しませてください……!』
〈友達狩りのスレッタ〉によって頭をやられてしまった生徒たちの駆るMSが、集団で〈エアリアル〉に押し寄せてきていた。
その数は一〇機以上、ランブルリングがいくら自由参加とはいえ、異例の大群であった。
それは所属する寮も学年も性別も何もかもを超えた、パイロット科生徒たちの異様な連合軍――言うなればホルダーファンクラブである。
一目散に〈エアリアル〉目がけて突撃してくる彼らを前にして、ホルダーの座を狙っていた他のパイロットたちは恐慌状態だった。
『う、うわあああああああ!? ホルダーのファンがフィールドを練り歩いているッ!?』
『オイオイオイ、どうすんだよアレ!?』
『ホルダーに近づけねえ……まるで百鬼夜行だぜ!?』
『ホルダーが現代のワイルドハントって噂は本当だったんだ!』
飛び交うビーム、撃墜判定が出て地面に倒れ伏すMS、混乱して流言飛語をまき散らす生徒たち。
ランブルリングは阿鼻叫喚の地獄絵図である。
スレッタは困惑した。
「様子のおかしい人たちがこんなに!?」
『お前のファンだろ!? なんとかしろよ!』
「えぇ……」
チュチュからのもっともなツッコミに、嫌そうな声音で応じるスレッタ。
この少女、わりといい性格をしている。
二人が漫才のようなやりとりをしている間にも、ホルダー愛に満ちた狂気の集団は〈エアリアル〉に近づいてくる。
そのときだった。
鋭いビームの光条が、先頭を走っていたMSの頭部をブレードアンテナごと消し飛ばした。
『誰だ!?』
ホルダーファンクラブのMSがビームの射撃方向に目を向けると、崖上にいたのは深紅の鎧武者――ジェターク社の第五世代機〈ダリルバルデ〉だ。
ビームライフルとビームショットガン、ビームカタナのマウントが一体化した複合武器コンポジットアームズを携え、シールドドローンとバックパックを換装した〈ダリルバルデ〉の改修型である。
そのパイロットはもちろん、グエル・ジェターク。
元ホルダーにして現ホルダーの
「あれは……グエルさん!?」
『悪いが〈ダリルバルデ〉の刀の錆になってもらうぞ!』
崖から飛び降りながらビームカタナ――実体剣とビームデバイスの融合した近接装備を左手で抜刀する〈ダリルバルデ〉。
『前ホルダー……負け犬がぁ!』
『口だけは達者だな!!』
中距離戦でのビームの撃ち合いが起きる暇もなかった。ロックオンされるよりも早く急加速して、グエルは敵の一群に飛び込むことを選んだのである。
赤い鎧武者がMSの大群に飛び込み、ビームカタナを振るうたびにブレードアンテナが宙を舞い、撃破判定が出ていく。
グエル・ジェタークと〈ダリルバルデ〉は絶好調だった。
『ハハハハ!! じゃあ君たちから落とすとするかあ!!』
『ご友人……素晴らしい操縦です……』
ホルダーファンクラブがグエルの〈ダリルバルデ〉を包囲しかけた瞬間だった。
遠距離から飛んできた荷電粒子ビームが、MSの手足をもぎ取った。
『何っ!?』
『君たちの事情に興味はないけど……邪魔者から落とすよ』
全身の推進装置で飛行するMSに乗った少年エラン・フォース――やはりホルダーの
その黒いガンダムの名前を、スレッタ・マーキュリーは知っていた。
「エランさん……それって〈ファラクト〉ですか!?」
『これはシン・セー開発公社で改修された〈ファラクト〉、新型GUNDフォーマットのアミュレット・システム搭載機だから安全だよ』
「……じゃあ! 株式会社ガンダムの仲間ですね!」
『うん、そうだね。よろしくね』
「はいっ!!」
スレッタとエランが仲良くおしゃべりしている間にも、グエルのビームカタナが次々と敵を切り裂き、エランのビームアルケビュースが敵を撃ち抜き、スレッタの〈エスカッシャン〉が容赦なく十字砲火を加えているのは言うまでもない。
結論から言えば、戦闘開始から一〇分で、参戦した機体の半数がトップランカー三人によって蹂躙されていた。
あまりにもあんまりな光景だったが、誰が見ても強すぎる強者というのは、それはそれで盛り上がるものである。
なんとか場を持たせるべく、シャディク・ゼネリは必死でそれっぽい実況に精を出していた。
『今、また挑戦者を打ち倒したのは現ホルダーのスレッタ・マーキュリー! 株式会社ガンダムのPV、ガンダムダンスでお馴染みのMSパイロットです! その乗機〈エアリアル〉は強い、強すぎる……僚機のように連れ立っているのは同じく株式会社ガンダムの〈ファラクト〉! やはりホルダーと激戦を繰り広げたエラン・フォースの乗機です! そして縦横無尽にカタナを振るうのはグエル・ジェターク! ジェタークCEOの長男、元ホルダーの意地を見せて暴れ回っています!』
この三人が恋の三角関係にあるのを知っている学園関係者などは「魔王とその眷属による支配」「バトルロイヤルというのは建前で魔王に生け贄を捧げる儀式だった」などと口さがない噂を立てている。
実際問題、男子二人はお互いを意識して積極的に狩りを行なっているので質が悪い。
ハイテクの塊であるモビルスーツを駆使しているのに、やっていることはメスに求愛するため狩猟に励む野生動物と大差ないのである。
あるいはそれこそが、人類が宇宙を開拓しようと変わらぬ人の営為の証なのかもしれなかったが。
ともあれ、白熱の狩りが行なわれている最中であった。
突如として緊急事態を告げるアラームが鳴り響いた。
『こちらフロント管理社です。ただちに模擬戦を中止し、生徒の皆さんは戦術試験区域から退避してください。繰り返します――』
『――っ! 緊急事態宣言! ランブルリングはただちに中止、戦術試験区域にいるものは全員退避!!』
刹那。
轟音を立てて戦術試験区域の空が割れる。
投影されているホログラムがひび割れ、爆音と共に外壁に亀裂が走って。
――白熱するプラズマの火と共に天井が爆ぜて。
――スレッタの平穏は終わりを告げた。