スレッタが戦術試験区域のランブルリングで試合を繰り広げていた頃。
その外壁の外側の宙域には、一機のMSが配置されていた。
一見すればそれはオレンジ色の〈ザウォート〉なのだが、背部バックパックなどはむしろ〈ファラクト〉のそれと同じ形状をしている。
その異形の機体を駆るのは、一人の美少年であった。
コクピットの中で独り言で愚痴る少年は、こんななりでも勤め人である。
「まあガンダムじゃないだけ文句はないけどさ……ずいぶんとピーキーなMSを押しつけてくれるなあ」
今の強化人士五号――もといエラン・フィフスの身分は、シン・セー開発公社のテストパイロットである。
彼が搭乗しているMS〈ザウォートHMC〉は、HMC(ハイモビリティ・カスタム)の名前の通り、機体各部に追加ブースターを配置したカスタム機である。
〈ザウォートヘヴィ〉を素体として開発されたこの機体は、〈ファラクト〉の運用データを元に、元ペイル社の先進技術開発部が設計したMSであり、その開発目的は将来的なGUNDフォーマット搭載機のためのデータ収集だ。
言ってみればGUNDフォーマットを搭載していない簡易〈ファラクト〉と呼ぶべき性能なのだが、この機体には一つ問題があった。
そもそも原型機である〈ファラクト〉自体が、全身の推進装置と慣性制御装置の連動制御に、BMI(ブレイン・マシン・インターフェース)であるGUNDフォーマットを用いていたのである。
直感的に全身の推進器を操作できるのが売りだった機体から、そのインターフェースを取り外して、通常のMSと同じ制御方式にした結果――ちょっとした操作で機体がとんでもなく大きく動く、やたらと敏感なMSができあがったのである。
あくまでデータ収集が目的だからとはいうが、こんなマシンでは危なくて一般のパイロットは乗せられないだろうな、とフィフスは思うのだった。
だが、エラン・フィフスはGUNDフォーマットなしでも凄腕のパイロットである。
この程度のじゃじゃ馬は乗りこなせてしまうのが、少しでも寿命を削らないため、GUNDフォーマットに頼らない操縦の腕を磨いてきた彼の強みだった。
とはいえ不可解なことはある。
シン・セー開発公社の指示が、何故か、学園を来訪するデリング・レンブランの護衛になったことである。
学園理事長でもあるデリング・レンブラン総裁の
正直、かなり気まずい。
「浮いてるよなあ、これ」
いくらデリング・レンブランが実質的なスポンサーとはいえ、自社のテストパイロットをわざわざ駆り出さねばならないほど人手不足なわけではあるまいに。
あるいは彼の上司ことルイ・ファシネータには、独自の思惑があるのかもしれなかったが――面倒である。
そのときだった。
データリンクしているフロント管理社のレーダーが、不審な輸送船団を探知。
管制室からの誘導に従わず、規定の航路を外れて戦術試験区域に接近してくる影が三つ。
先の戦術ドローンによるテロ事件の影響もあり、警戒レベルが上がっているフロント管理社のMS部隊はこの時点で目標の撃沈も視野に入れて行動を開始。
『こちらフロント管理社、ただちに輸送船のエンジンを停止させろ、繰り返す――』
その通信を入れた瞬間、三隻の輸送船はさらに加速し始めた。
予想進路は明らかにランブルリングが行なわれている戦術試験区域――この時点で警備についていたMS小隊すべてに発砲許可が下りた。
「おいおい、マジかよ」
エラン・フィフスの驚きの声。
彼がドン引きしている間にも輸送船の加速は止まらず、とうとう〈デミギャリソン〉部隊はビームライフルを一斉射。
ロングバレルのビームライフルから発射された荷電粒子ビームは、真っ直ぐに輸送船に突き刺さり――刹那、船体を突き破って巨大な何かが飛び出してきた。
バラバラに砕けた船体外殻の欠片を振り落として、巨影が鎌首をもたげる。
それは、異形なるものだった。
腕の太さだけで並みのモビルスーツの胴体ほどはあろうかという巨躯、長く伸びた竜の首、第三の足のごとく尻のあたりから延長された長い尻尾、推進装置が寄り集まって構成された脚部。
まるでファンタジー映画に出てくるドラゴンのような姿形の化け物が、〈デミギャリソン〉部隊の方を向いて。
両手の砲門を構えた。
『散開して回避!!』
フロント管理社のMS部隊がその指示に従って回避運動を取った瞬間、極太の荷電粒子ビームが一〇発同時に発射された。
幸いにも〈デミギャリソン〉部隊に当たることはなかった高出力ビーム砲は、しかしそのままアスティカシア高等専門学園を構成する外壁に直撃。
戦術試験区域の外殻に亀裂が入り始めていた。
『――管制室、今すぐ生徒たちを避難させろ!!
MS部隊の怒声を聞きながら、エランはそっと戦場から離れようとしていた。
オレンジ色の〈ザウォートHMC〉は元々、警備部隊の指揮系統に組み込まれていないし、周囲の目を気にしなければどう動いても文句を言われる筋合いはないのだ。
「やだやだ、命懸けで戦うなんてごめんだよ、僕は」
誰にも注目されていないのをいいことに傍観者でいようとしたエラン・フィフスは、しかしながら、そうあることを許されなかった。
次の瞬間、オープンチャンネルの通信で聞こえてきた声に、聞き覚えがあったからだ。
『そこに……いるんですね、スレッタ・マーキュリー……』
その少女の声は。
あのバカみたいな三日間で何度も聞いたそれだった。
クールぶってるくせに激情家で、意外と涙もろくて、怒りと悲しみに満ちた瞳をしていた少女。
「ノレア……?」
彼の呟きと同時に、外壁に再び突き刺さった高出力ビームの光が爆ぜて。
次の瞬間には、異形のMSがフロントの天井に穴を開けていた。
◆
私情だった。
自分の行動が本来の作戦目的からズレているのはわかっている。
できるだけ多くのスペーシアンを抹殺し、デリング・レンブランの権威に傷をつける――それがこの無差別テロの趣旨であり、それはノレア・デュノクもわかっているつもりだった。
一般の船を装って宇宙港まで近づき、ここを破壊して逃げ場をなくしたあと、一般人が多くいる学園エリアを襲撃。
殺戮の限りを尽くすのが本来のプランだった。
だが、ダメだったのだ。
いざ作戦の現場に来てみると、心がざわついて。
そして実況付きで配信されているランブルリングの映像を見ていると、どうにもならないぐらいに感情が揺れ動いた。
あんなにも楽しそうにMSを玩具みたいにあつかって楽しんでいる奴らの中に、ソフィの仇が紛れ込んでいるなんて許せるわけがなかったのだ。
だからノレアは輸送船の進路を書き換えて、ランブルリングが行なわれている戦術試験区域へのコースに変更。
新型ガンビットを満載した他二隻の輸送船と共に、〈ニーズヘッグ〉を積んだ船を突っ込ませることにした。
そしてノレア・デュノクは、〈ニーズヘッグ〉そのものとなってフロント外殻に穴を開けた。
プラズマの閃光。
大穴が開いた外壁から大気が流出し、内部で嵐のような乱気流が起きているのがわかった。
その風を感じながら、ノレアは激情のままに叫んだ。
「ソフィ……壊してやろう……! あの子も、何もかも!!」
パーメットスコアを上げる。
ソフィのくれた加護。
優しい頬を撫でるそよ風のような感覚のあと、パーメットスコアの上昇に伴う全能感だけがやってくる。
パーメットの青い印。自分がソフィに守られている何よりの証。
そして二隻の輸送船に積まれている一二機のガンビットとノレアの意識がパーメットリンクで接続され、内蔵されていた制御AIが目覚める。
叫ぶ。
「〈ガンヴォルヴァ〉――!!!」
輸送船の船倉を突き破り、輸送船から次々と無人の人型機動兵器――MS型ガンビット〈ガンヴォルヴァ〉が飛び立つ。
右手にビームカービン、左手にシールドを携えた灰色のMSは、ガンダムの証であるシェルユニットを胴体に組み込まれており、そこを妖しく発光させている。
全部で一二機の〈ガンヴォルヴァ〉がビームカービンを一斉射すると、たちまちにフロントの外壁に穴が開いていくのがわかった。
フロント管理社のMS部隊に荷電粒子ビームを浴びせかけると、被弾した〈デミギャリソン〉の手足がもげるのがわかった。
中破させた程度で撃墜には至っていないようだがどうでもいい。
手薄すぎる警備を訝しむほどの理性も、今のノレアにはなかった。
少女を突き動かしているのは、狂おしいほどの激情だ。
戦術試験区域の内部へと降下する〈ニーズヘッグ〉と〈ガンヴォルヴァ〉の編隊――全部で一三機の機影が、一斉にフロントの人工の大地に降り立つ。
二〇〇トンを優に超える質量体が着地した瞬間、地面が震えた。
四〇メートルを超える頭頂高の怪物〈ニーズヘッグ〉は、そこにあるだけでMSパイロットたちに違和感を感じさせる代物だった。
戦術試験区域のバトルフィールドの中には何体ものMSが存在していた――だが、今は有象無象のスペーシアンはどうでもいい。
ノレアが探しているのはただ一人――スレッタ・マーキュリーだけなのだから。
そのときオープンチャンネルの通信で聞こえてきた声があった。
『皆さん、早く避難してください! MSが動かない人は無事なMSに乗せてもらってください!!』
皆の盾になるように、ガンビットを飛ばしてこちらに対峙する白亜のMS。
ざっと一五〇〇メートル先にいたその白いガンダムを視認した瞬間、ノレアの頭の中で、憤怒と歓喜と悲嘆が同時に弾けた。
興奮のあまりどうにかなってしまいそうな顔で、ノレアは低くうめくように笑った。
「見つけましたよ、スレッタ・マーキュリー……!」
オープンチャンネルでの呼び掛けだった。
ゆえに相手の反応も早くて。
『ノレア……さん……?』
つい最近知り合ったばかりの友達の声に、ノレアはかすれた笑いが喉からあふれてくるのを感じた。
『なんで……ガンダムに、ノレアさんが……』
「アーシアンのガンダムを見るのは初めてですか? そんなわけっ……ないですよねぇ!!」
そしてノレアは、一番最初に訊くと決めていたことを口にした。
「日本の加古川でガンダムを撃墜しましたか? スレッタ・マーキュリー……答えてください」
数秒間の沈黙。
そして息を吐き出すように返ってきた答えは――
『――あなたの、友達だったんですね』
その言葉に込められた悔恨を感じ取った瞬間、感情が爆発した。
〈ニーズヘッグ〉の巨体がノレアの感情のままにぶるぶると震えだし、背中に背負われた四つのユニットからなる翼――四つのバリア・ガンビットが分離・展開される。
この巨大なガンダム〈ルブリス・ニーズヘッグ〉の防御を司る四つの障壁発生装置。
「……やっぱり、そう、なんだ。ははっ、あははは!!」
両腕の五指に備え付けられたビームキャノンを構えた瞬間、スレッタの白いガンダム――〈エアリアル〉が飛び出してきた。
それでいい。
最初から、もう、ノレアが殺したいのは名前も顔も知らないスペーシアンなんかではなくなっていた。
誰よりも何よりも、その笑顔も優しさも知っている少女のことを――心の底から憎いと思った。
だから。
「あなたを殺します……スレッタ・マーキュリー!!!」
〈ニーズヘッグ〉からビームキャノンが解き放たれる。
一〇条もの高出力ビームの光は、ランダムな回避運動を取ろうとどれか一発は被弾するよう、射線をばらけさせてあった。
だが、〈エアリアル〉はそのすべてを難なく回避すると、宙を舞いながらビームライフルを連射してくる。
その荷電粒子ビームは精確に〈ニーズヘッグ〉に突き刺さったが、装甲の手前で半球状のフィールドに阻まれ霧散した。
ビームに対する絶対防御――バリア・ガンビットによる電磁防護フィールドの効果である。
『ノレアさん! やめてください! こんな戦い、意味ないです!!』
「じゃあ返してよ! ソフィを返してよぉ!!」
『……っ!!』
口論の間にも、ノレアの殺意のイメージを伝達されたガンビット〈ガンヴォルヴァ〉は宙を舞って、少女の敵を追い詰めようとしている。
一二機の〈ガンヴォルヴァ〉が円陣を組み、〈エアリアル〉を包囲するようにしてビームカービンを浴びせかけた。
実戦出力の青色のビームが飛び交い、白亜のガンダムを四方八方から狙い撃つ――だが、一発たりとて〈エアリアル〉には当たらなかった。
ビットステイヴ三基で一対のバリアを三個同時に展開し、躱しきれないビームを防ぎながら回避運動を実行、同時にビームサーベルを抜刀する〈エアリアル〉――緊急回避と斬撃が同時に繰り出され、〈ガンヴォルヴァ〉の一機が頭部とビームカービンを握った右腕を切り飛ばされる。
そのまま武装を失った〈ガンヴォルヴァ〉を蹴り飛ばし、〈エアリアル〉はガンビット複合兵装〈エスカッシャン〉を攻撃モードで展開――六基のビットステイヴから照射された荷電粒子ビームが、慌てて回避運動をとろうとした二体目の〈ガンヴォルヴァ〉の手足をもぎ取っていく。
FCSにバイタルブロックへの攻撃制限がかけられている学園レギュレーションの〈エアリアル〉でできる最も効率的な無人MSの無力化方法は、こうして手足を奪い取ることだった。
早速、二機の〈ガンヴォルヴァ〉を無力化されて、そのフィードバックの感覚をわずかに感じながら、ノレアは怒りのままに吠える。
「くぅっ! よくも、よくもぉ! そうやってソフィのことも殺したんですか、スレッタ!!」
『……それは、わたしが背負うべき罪です! でも何も関係ない学園の人たちを巻き込むのは筋が通りません!』
――何も関係ない?
――
――そんなわけがない!!
それは八つ当たりに等しい思考の飛躍だったが、今の少女には関係がなかった。
煮えたぎる怒りと憎しみに身を委ねて、ただ憎むためだけに憎しみの理由を探し続けた。
怒り狂い、ノレア・デュノクは叫び続けた。
「黙れ人殺しがぁ!!! 罪だと言うなら死んであがなえ!!」
残り一〇機の〈ガンヴォルヴァ〉のうち、四機にビームサーベルを抜かせて、もう残り六機にビームカービンを構えさせる。
MS型ガンビットである〈ガンヴォルヴァ〉は、シールドを構えさせていれば通常のMS同様の防御力を発揮できる。
センサー群が捉えた敵影――逃げ遅れたのであろう学園の生徒たちが乗っているMSを目にして、ノレアは悪意に満ちた笑みを浮かべた。
「そうだ……あなたの友達も殺してあげますよ、スレッタ!!」
殺意をコマンドして。
六機の〈ガンヴォルヴァ〉を、学園の生徒たちの方へと向かわせた。
◆
「――グエルさん! エランさん! チュチュさん! そっちに六機向かいました!」
悲鳴のような声を上げながら、逃げ遅れた生徒たちのMSを庇っている三機のMSに対してスレッタ・マーキュリーは呼び掛ける。
心の底からの血を吐くような願いを。
「逃げてください――あれは無人兵器です!!」
『逃しませんよ、全員殺します……!』
呪うような陰々滅々とした声を絞り出し、ノレア・デュノクの異形のガンダムが空中へ飛びかかって来る。
凄まじい大質量の物体が高推力で無理矢理に突っ込んでくる威圧感――その竜頭から六門のビームマシンガンが掃射されてくるのを辛うじて回避――回避した先に待ち構えていた二機の〈ガンヴォルヴァ〉が、ビームサーベルを片手に斬りかかってくる。
空中での剣戟だった。
スレッタはビームライフルの銃剣ガンブレイドを展開、左手のビームサーベルと共に二振りのビーム刃で敵のビームサーベルを受け止めた。
二対一の鍔迫り合いになった刹那、敵の背後に飛ばしていたビットステイヴ三基がビームを照射。
背中から荷電粒子ビームを浴びせられ、〈ガンヴォルヴァ〉の一機は手足をもぎ取られて、鍔迫り合いから脱落した。
左足以外の四肢を失った〈ガンヴォルヴァ〉を蹴り飛ばし、もう一機の敵に向き直る〈エアリアル〉――勢いよく右手の銃剣ガンブレイドを敵の右腕に押し当てて、ビームサーベルを握った腕を切断。
背後から迫り来る異形のガンダム――ノレアの乗機を察知し、飛び上がるようにして垂直上昇する〈エアリアル〉。
次の瞬間、一秒前まで〈エアリアル〉のいた空間を、五本のビームクローがなぎ払い、その攻撃範囲に巻き込まれた〈ガンヴォルヴァ〉が爆発する。
その爆発の余波を受けながら、スレッタ・マーキュリーは右手のビームライフルを投げ捨てた。
あのMSもどき――動きからして有人機ではない――は十分に減らした、あとはあの未確認の大型機を仕留めるだけでいい。
そう冷静に思考して、背中のハードポイントに携行していた武装を右手で保持する。
円筒状の大きな実弾武器は、大型の質量弾を発射するマガジン式ロケットランチャー、通称バズーカである。
「ノレアさん!!!」
『この〈ニーズヘッグ〉が、あなたを殺します! スレッタ・マーキュリー!!』
今や邪竜そのものとなった少女は、両腕の五本のビームキャノンをスレッタに向けてくる。
「みんな!」
――スレッタ、こいつビームが効かない。
――どうする?
――スレッタの盾になるだけでいい?
私が合図したら攻撃して、と思念で〈カヴンの子〉らにお願いする。
――わかった!
――スレッタ、勝ってね!
――こんなやつの恨み言に負けちゃだめだよ!
姉妹たちからの励ましを聞きながら、スレッタは異形のガンダム〈ニーズヘッグ〉を視界に収めた。
閃光。
一〇条のビームキャノンが〈エアリアル〉に発射される。
凄まじい量のエネルギーが大気をイオン化させ、膨大な熱量を伴った荷電粒子ビームが飛来する。
通常であれば、回避運動を取るべき場面だった。しかし今のスレッタには、一方向からの攻撃ならば
極太のビームキャノンの隙間を縫うように泳いで、彼我の距離を詰める。
疑似重力による自由落下と推進器の推力を合わせた荒技――距離が三〇〇メートルを切ったあたりで叫んだ。
「今!」
スレッタ/〈エアリアル〉の周囲を泳ぎ回っていたビットステイヴが、一斉に〈ニーズヘッグ〉目がけてビームを発射。
それは当然のように〈ニーズヘッグ〉のバリア・ガンビットによって防がれたが――〈エアリアル〉の狙いはまさに、電磁防護フィールドを展開したその瞬間にあった。
彼我の距離が二〇〇メートルを切る。
バズーカのトリガーを引いた。
カチ、カチ、カチ。
至近距離からのバズーカの連射――三発のロケット弾頭が砲門から吐き出され、真っ直ぐに〈ニーズヘッグ〉の盾へと飛んでいく。
迎撃のビームマシンガンが飛んでくるよりもわずかに早く、ロケット弾がバリア・ガンビットに突き刺さった。
爆発、爆発、爆発。
赤い業火が爆ぜて、四基のバリア・ガンビットのうち一基を盛大に包み込んだ。
学園レギュレーションで一発あたりの炸薬の量が減らされているものの、三発同時に着弾すればそんなことは関係ない。
万が一の〈ニーズヘッグ〉の襲撃に備えて、スレッタが用意していた実弾武装である。
破壊されたバリア・ガンビットの一基が脱落し、地面に落ちた。
『あぐっ……ぐぅうう、よくもぉ!!』
「今すぐパーメットスコアを下げてください、ノレアさん!」
『冗談じゃない……怒りを、憎しみを、捨てて……何が残るんです!?』
ノレアの様子がおかしかった。相手の機動力から判断して、パーメットスコア4以上の出力がされているはずなのに、彼女はあまりにも会話ができすぎている。
スレッタ自身はエリクトの守護のおかげで経験したことはないが、これまで交戦してきた敵ガンダムのパイロットたちは皆、パーメットスコア4を出力している状態ではもがき苦しんでいた。
特有の異様な興奮状態や過呼吸の症状も見られない。
このままでは
「エリクト、パーメットスコア6――オーバーライド!!」
――いいよ、スレッタ。あのガンダムを僕たちで止めよう。
次の瞬間、〈エアリアル〉のシェルユニットが一際
白亜の妖精を中心にして、半球状に広がった干渉波は〈エアリアル〉を狙っていた〈ガンヴォルヴァ〉二機や、〈ニーズヘッグ〉を包み込んで――
――
「……えっ?」
『ふざけたこけおどしを――ッ!!』
青い光に気圧されていたノレア・デュノクも、何も起きなかったことに困惑しながら、スレッタの〈エアリアル〉への攻撃を再開する。
〈ニーズヘッグ〉のビームマシンガンの雨を回避しながら、何故、オーバーライドが不発に終わったのか戸惑うスレッタ。
そんな少女の耳を叩いたのは、彼女以上の混乱と困惑の中で叫ぶ姉の声だった。
――なんで!?
――なんで邪魔するの!?
――
エリクト・サマヤの問いかけに答える声はなく。
少女たちの罪と罰に満ちた戦いは続くのだ。
・〈ルブリス・ニーズヘッグ〉
GUND-ARMを核としたスウォーム兵器の運用母機。
〈ルブリス・ソーン〉がニーズヘッグ・ユニットと合体して構成される、頭頂高40メートルクラスの超大型モビルスーツである。
ニーズヘッグ・ユニットは強力な六連装ビームマシンガンを備えた頭部、ビームデバイスの塊である両腕、推進装置の塊である脚部、バランサーを兼ねた巨大な尾から構成されており、コアとなるガンダムを胴体部分に格納して運用する。
本機はモビルスーツでありながら宇宙用戦闘艦(大型の巡洋艦クラス)に匹敵する火力を獲得。
機体の大型化に伴い悪化した運動性を、ジェネレーターを内蔵したバリア・ガンビット(MSに匹敵するサイズの防御用ガンビット)で補っている他、機体の装甲そのものが分厚く対ビーム処理されている。
機体の巨大化と重量増に伴う劣悪な操縦性は、本来、モビルスーツとしてもスウォーム兵器キャリアとしても破綻していると言わざるを得ない。
これをGUNDフォーマットの操縦負荷と引き換えに、強引に実用化したのが〈ニーズヘッグ〉である。
本機は子機であるMS型ガンビット〈ガンヴォルヴァ〉の運用母機を兼ねており、複数の〈ガンヴォルヴァ〉を指揮することでMS一個中隊規模の統率が可能である。
ニーズヘッグ・ユニットの開発には、オックスアース製ガンダムを撃墜してきた謎の敵――〈エアリアル〉が深く関わっている。
数少ない目撃証言や回収できた交戦データから、〈エアリアル〉の機能の再現を目指し、これを仮想敵としているのがニーズヘッグ・ユニットの仕様である。
〈エアリアル〉の機能再現は技術力不足(コアとなるパーメットAIの知見・技術・ノウハウが存在しないため)により難航し、通常の二倍近い巨体となったニーズヘッグの機体負荷は大きい。
パーメットスコア2程度の運用でもパイロットがデータストームに耐えきれなくなり、複数のテストパイロット(いずれもアーシアンの孤児である)が死亡している。
まさに「ガンダムの呪い」の塊である。
試験中に遭遇したドミニコス隊ルーク小隊を壊滅させ、返り討ちにした。
その後、ノレア・デュノクによってアスティカシア高等専門学園オープンキャンパス最終日、複数の〈ガンヴォルヴァ〉と共にテロを決行。
スレッタ・マーキュリーの〈エアリアル〉と激突することになる。
・武装
頭部ビームマシンガン×6
腕部ギガンティックアーム5連装ビームキャノン/5連装ビームクロー×2
尾部テールガンブレイド×1
大型バリア・ガンビット×4
ガンヴォルヴァ×12
・〈ガンヴォルヴァ〉
本機は〈ルブリス〉をベースに開発された半自律型無人兵器――モビルスーツ型ガンビットであり、その制御方式は通常のMSにおける行動決定プロセスの応用である。
すなわち人間の意思を制御AIが受け取り、あらかじめ組み込まれているモーションパターンからMSの動作が決定される一連の動き――これをGUNDフォーマットで拡張し、MS型ガンビットにさせたい動きのイメージをパイロットが送り込むことで、機体のAI側で動作を最適化させている。
要するにドローン母機のパイロットをデータストームで耐用年数がすり減るプロセッサと割り切り、高度な作戦行動を可能にしたドローン兵器――既存技術の塊が〈ガンヴォルヴァ〉である。
このため操縦者のイメージが明確で具体的であればあるほど、〈ガンヴォルヴァ〉の動きは洗練されていく。
効率的にドローン兵器を運用するため人間を生体部品/消耗品と見なす。
人の意思決定の責任をパイロットに求めたMSという兵器の思想に反する、非人道的ガンダムの行き着いた姿こそ〈ガンヴォルヴァ〉なのである。