ガンダム狩りのスレッタ   作:灰鉄蝸

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擦れッタがグエルのお見舞いに行くだけの話

 

 

 

 

 

「うわあぁぁああ!!! 誰か、誰か助けてくれぇえ!!」

 

 

 

 悲鳴をあげても、誰も助けてはくれない。

 みしみしと軋むコクピットの中で、今まさにグエル・ジェタークは最期の時を迎えようとしていた。

 恐怖、絶望、無力。

 そのすべてを口から胃の中に詰め込まれているような不快感、尿を漏らしてしまうほどの無様。

 何もかもどうでもよくなるほどの――自分には何もできないのだという痛みに満ちた感覚。

 

「あ、ぁああ……とうさん……」

 

 かすれた声であふれたうめき声は――

 

 

 

「グエル!!! しっかりせんか!!」

 

 

 

――父からの怒声にも似た励ましでかき消された。

 

 

 目を開く。

 目の前に、モビルスーツのコクピットにいるはずもない父親の姿が見えた。

 ヴィム・ジェターク。

 厳つい顔立ちでがっしりした体躯、最近はちょっと中年太りしてきた実の父親が、目の前にいる。

 

「と、とうさん……?」

 

 そこでようやく、自分がベッドの上に寝かされていることに気付いた。

 起き上がろうとしたが、すっかりくたくたに疲れ切っているらしく、全身がだるかった。

 なんでもここはアスティカシア高等専門学園に付属した医療施設で、あの決闘のあと、グエルはすぐにここへ運び込まれたらしい。

 仕事を放り出して駆けつけたらしいヴィムが、誇らしげに言った。

 

「流石は俺の息子だ、よく生きて戻った! なに、軽い脳しんとうだ、検査結果も異常はないようだぞ!!」

 

 わははは、と豪快に笑うヴィム。

 ここ最近、久しく見ていなかった父の笑顔だった。

 それが愛する息子が死の淵から生還したことへのよろこびだとわかるほど、グエルは大人ではなかった。

 

 

「父さん……? でも、俺、負けて、ホルダーが!」

 

 

 そう口にした瞬間、父が見せた怒気は本物だった。

 それはグエルの無様に対するものではなく、謀られたという裏切りへの怒りだったのだけれど。

 そんなことは少年にはわからないから、一瞬、びくりとグエルは震えてしまう。

 

 

「あんなものはすべて嘘だったのだ! お前が戦ったのはデリングの(めかけ)の子だ! あの成り上がり者は約束を守る気などなかった! お前が生きて帰ってきただけでいいっ!!」

 

 

 怒鳴った内容に優先順序はなく、そのすべてがヴィム・ジェタークという男の嘘偽らざる本音なのである。

 グエルの炎のような気性はこの父親譲りだとよくわかる、怒りとよろこびが同居した言葉。

 まだ頭が混乱しているグエルは、父の感情のすべてを受け止め切れたわけではなかったが、ひとまず、自分のことを心から父が案じてくれているのだとわかってホッとする。

 デリングの妾の子がどう、とかは意味がわからなかったが、父が自分を愛してくれているという実感が、すぅっと全身に染み渡るようだった。

 

 

「お前は俺の子だ、強いやつだ。へこたれるなよ」

 

 

 まるで幼い子供にそうするように頭を掴んでガシガシと髪を撫でると、ヴィムは椅子から立ち上がってこう言った。

 

 

「いいか、さっさと傷を癒やせ。我が社の製品PRはやり直しだ、忙しくなるぞ!」

 

 

 まったく意味がわからなかった。

 ホルダーの重責に振り回され、父の反応に一喜一憂してきたグエル・ジェタークは、すべてがなかったことになったような現実に目が回るようだった。

 頭が混乱したままのグエルが、入れ替わりに見舞いにやってきたラウダ、フェルシー、ペトラにもみくちゃにされたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 ふと、気付いたのはモビルスーツについて考えたときのことだった。

 自分の〈ディランザ〉はフレームレベルで壊れてしまった、と聞いたとき、どくどくどく、と心臓が早鐘を打ったのである。

 極度の緊張状態のフラッシュバック――モビルスーツの操縦中に受けたストレスが原因だ。

 医師からはすぐに「よくあることなので、催眠療法でよくなりますよ」と言われたが、この経験はグエルにとってショックであった。

 

 

――怯えている? この俺が?

 

 

 今までずっと、学園でモビルスーツを使って決闘してきたというのに。

 これまでの戦いでは、死の恐怖など一度も感じてこなかったからか?

 数十トンのモビルスーツを大推力で乗り回し、ビーム兵器で斬り結ぶ決闘――そう、よく考えるまでもなく危険な()()の世界にいて、自分は今まで、危険を感じたことがなかったのではないか?

 甘ったれていたのだ、とグエルは自分を責めてしまう。

 何という思い上がりだったろうか、と。

 あれほどの強者が、あれほどの暴力、あれほどの恐怖を身にまとって戦う世界があるというのなら。

 今まで自分がやってきたことは、本当にお遊びではないか。

 

 

――実際のところ、スレッタ・マーキュリーと〈エアリアル〉の戦力は、アド・ステラ一二二年においても上から数えた方が早い個人である。

 

 

 速攻で潰さなければ危うい、と評されたグエルの技量もまた、この時代に生まれ落ちた天才のそれだったのだが、当人にそれを知る術はない。

 ゆえにグエルは泣いた。

 

 悔し涙であり、自身の情けなさへの苦痛の涙であった。

 声を押し殺して、病院の個室でグエルは泣いた。

 こんな姿、誰にも見られたくはなかった。

 

 そんなときであった。

 こんこん、と控えめなノックの音。

 見舞客として入室許可は出ているだろうに、律儀なことだった。

 涙を手の甲で拭いて、鼻を啜って、グエルはノック音に答えた。

 

「入れよ」

 

 少なくとも自分の家族や身内ではないな、と察する。

 こういう遠慮がちな態度を取りそうな知り合いは、グエル・ジェタークにはいない。

 グエルの声に反応してAI制御の扉が開いた。

 見舞客は意外な人物であった。

 

 

「……スレッタ・マーキュリー…………?」

 

 

「あ、あのあのっ、すすす、すいませんでしたっ! そのっ、決闘やりすぎちゃってぇ!」

 

 開口一番、ぷるぷると震えながら頭を下げてきた少女は、そのくせっ毛の赤毛と相まって、なんだか新種の小動物みたいだった。

 とてもあの悪鬼のようなモビルスーツのパイロットとは思えない振る舞いに、グエルはすっかり毒気を抜かれてしまった。

 

「……勝者ならもっとシャキッとしろ。勝ったんだろ、決闘」

「ええ、はい、そのぉ……」

「ああ、制服もホルダー仕様か。似合ってるじゃないか」

 

 そう、目の前のおどおどしているスレッタ・マーキュリーこそ、彼を真っ正面から打ち破った張本人だった。

 卑怯もクソもないほど圧倒的な戦闘能力であり、反射速度であり、判断速度の差であった。

 今でこそ「こうすればよかった」と反省点も見えてくるが、それはあとから冷静になって見えてくることである。

 あの場であんな曲芸をやられて、まぐれだ反則だなどと抜かせるほど、グエル・ジェタークのプライドは軽くない。

 

「お前を見くびっていた。えこひいきやコネでMSに乗っているんだと勘違いしてこの様だ」

「えっ、あ……」

「お前、前からモビルスーツに乗ってたんだな。どこで訓練したんだ?」

 

 答えはなかった。

 つまりは言えないような内容ということか。

 そう思って話題を変えようとした瞬間、スレッタの方から話しかけてきた。

 

「最初から、あなたを倒すのがわたしの目的でした」

「本当なんだな、お前が……理事長(デリング)の送り込んだ……その、凄腕だって(うわさ)は」

 

 妾の子云々は、流石に口に出すのがはばかられた。

 

「…………」

 

 沈黙。それがスレッタ・マーキュリーの返答であり、静かな肯定であった。

 自分の知らない世界には、あんなにも恐ろしくて、強いパイロットがいるのか。

 そんな未知への畏怖が湧いてくる。

 

 

「あのっ……モビルスーツに乗っているときって、どんな気持ちですか」

 

 

 一瞬、挑発されているのかと思った。

 しかしスレッタの表情を見ていると、それが真剣な問いだと伝わってくる。

 だから正直に答えた。

 

「怖いさ、モビルスーツに乗るのが、今はすごく怖い。おかしいか?」

 

 嘲弄だって覚悟していた。

 あまりにも()()()()()()ジェタークの男子にあるまじき弱音だと思ったからだ。

 

「いいえ、おかしくなんてありません。わたしだって、ずっとそうでしたから」

「えっ?」

 

 スレッタは真っ直ぐな目をしていた。

 深緑色の瞳が、グエル・ジェタークの目を見つめている。

 

 

「だって、負けたら何もかも失ってしまうのに…………怖くないなんて言ったら全部嘘になるじゃないですか」

 

 

 生命も、尊厳も、家族も――すべてが消えてしまうのが、怖くないなんて言えるわけないです、とスレッタ。

 その言葉を聞いて、グエルは納得した。

 深く、深く、はらわたの奥深くまで染みこむような納得だった。

 

 

「そうか。お前は今までずっと、そんな戦いをしてきたんだな」

 

 

 それは強いわけである。

 覚悟が違うのだ。

 もし仮に同じ回数分、MSで戦っていたとしても、命懸けで負ければすべて失う覚悟だったのなら――スレッタ・マーキュリーにグエル・ジェタークが負けるのは道理だ。

 奇妙な感覚だった。

 相手の方が自分より格上だと認識したのに、そこに敗北者の惨めさは微塵もなかった。

 むしろ清々しいような気持ちで、グエルは口を開いた。

 

 

「俺は……負け犬のまま終わりたくない。おかしいよな、今はMSのコクピットがこんなに怖いのに、まだ、お前に勝ちたいと思っている」

 

 

 ぶるぶると震える手を見ながら、それでもグエルはこう思うのだ。

 

 

――こいつに勝ちたい。

 

 

――いいや、勝たねばならない。

 

 

 これは、きっと。

 自分自身の憧れのために。

 

「……逃げれば一つ、進めば二つ」

 

 ふと、スレッタが何かを呟いた。

 そして顔を上げて、病床にあるグエルの顔を覗き込んだ。

 

「ホルダーは勝者として敗者に一つ要求できるんでしたよね。決闘の作法に疎いわたしは()()()()()()()()()()()()()って約束しました」

「ああ」

 

 でも、とスレッタは呟いた。

 

「決闘は勝者が総取り、敗者は何も残らない……なんて、ちょっと寂しくて、わたしは嫌なんです」

 

 そして、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。

 不思議な感覚だった。

 

「……わたしもジェターク社の皆さんも、()()()()()()()()決闘だってできると思うんです」

 

 整ってはいるが、小動物みたいに可愛らしいという感じの少女だった。

 彼女よりも美人の女子生徒など、グエル・ジェタークは腐るほど知っている。

 なのに、どうして。

 

 

「――勝者としてわたしは、グエルさんに要求します。全力でわたしと()()してください」

 

 

 その顔から目が離せない理由がわからないまま、グエルはスレッタの言葉を聞いた。

 だが。

 

 

「はぁああぁああ!? ちょっと、あんたたち何言ってるのよ!?」

 

 

 素っ頓狂な声だった。

 グエル・ジェタークの見舞いに訪れたミオリネ・レンブランが、意味不明なことを言うスレッタに出くわしたのは、ちょうどそのときであった。

 

 

 

 

 

 

 流石に病室で騒ぎすぎたため、スレッタとミオリネはお見舞いもそこそこに追い出されてしまった。

 とぼとぼと帰路につきながら、二人は話し始める。

 

「また決闘ってどういうことよ!? あんた、ジェタークの連中にハメられたの!?」

「ち、ちちち、違いますよ!? わたしからっ! 言い出したんです! その、グエルさんと意気投合してっ!」

「あいつと意気投合ォ!? あんた、騙されてるんじゃ……いいえ、グエルにそんな小賢しいことする頭はないわね」

「ミオリネさん、グエルさんには厳しいですよね」

 

 当たり前でしょ、とミオリネ。

 

「ファザコンのあいつが、パパのご機嫌伺いでむしゃくしゃするたびに当たり散らされてたこっちの身にもなって欲しいわね」

「そ、そんな風には見えませんでしたけど……」

「あんたに負けて、ぽっきり傲慢さをへし折られたんじゃないの? いい薬よ」

 

 ぴたり、と足を止めて。

 ミオリネ・レンブランが問うてくる。

 まさか考えなしに言い出したんじゃないでしょうね、と言外に示しながら。

 

「で、どういうつもりなの?」

「えっと……ベネリット・グループの次世代モビルスーツ同士の模擬戦として、〈エアリアル〉とジェターク社の戦いを流すんです。〈エアリアル〉の素性、みんな気になってるみたいですし、いい機会になると思います」

 

 もちろん、こういう面倒ごとの処理は大人にぶん投げる。

 ガンダムであることの秘匿を破るのかとか、その場合の事後処理をどうするのかとか、そういうのは全部ケナンジ・アベリーやさらにその上司が考えればいいことだ。

 ホルダーという()()()()()()()になった以上、これはスレッタのわがままではなく、グループ内企業から挑戦を受けた場合のテストケースにもなる。

 避けては通れない道ならば、こちらから前に一歩進むべき。

 それがスレッタ・マーキュリーの持論であった。

 

 

「逃げれば一つ、進めば二つ――お母さんがよく言っていました。逃げれば生命(いのち)は助かって、進めば誇り(プライド)も経験値も手に入るって。きっと決闘だって同じだと思うんです」

 

 

 それはたぶん、この学園に来なければ、思い出すことさえしなかった甘っちょろい夢だ。

 どうしてそんな夢を見てしまったのかと言えば。

 

 

「進んだ先にあるのは奪うだけじゃないって――わたしは示したいです」

 

 

 誰よりも、何よりも、自分自身の魂のために。

 飲み込んだ言葉の重みを実感しながら、スレッタ・マーキュリーは深く息を吐いた。

 スレッタの話を黙って聞いていたミオリネは、すぐにもっともな忠告を始めた。

 

「そんな上手く行くわけないでしょ。あんたを支援してる誰かさんが話をつけたって、ジェタークの奴らは巻き返すいいチャンスだって調子に乗るわ。どんな妨害工作してくるか、わかったものじゃない」

「うっ」

 

 そしてミオリネは、ふっと優しく微笑んで、スレッタの顔を見上げた。

 それは紛れもなく親愛の情がこもったまなざしだった。

 

「その話、私も噛ませなさいよ。一応、あんたの花嫁ってことになっているんだからセコンドくらいはしてあげる」

「わっ……元婚約者に死体蹴りするのって悪役令嬢っぽいです、ミオリネさん!」

「はたくわよ?」

「うひゃー!?」

 

 大人に面子があるように、子供にだって意地はあるのだ。

 それを証明したいと、スレッタ・マーキュリーは思う。

 

 

 

 

――それはキラキラときらめく願いだった。

 

 

 

 

――夢のように、星のように。

 

 

 

 

 

 




グエル編は青春ストーリーです。
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