「冗談じゃないぞ……」
眼下で繰り広げられる死闘の激しさに、強化人士五号――エラン・フィフスは怖じ気づいていた。
オレンジ色のMS〈ザウォートHMC〉に乗る彼は、今、アスティカシア高等専門学園の戦術試験区域の外側、ノレアが異形のMSでこじ開けた大穴の側にいる。
とんでもなく馬鹿でかい大穴である。
そこから見える風景は、ほとんど終末的と言っていい有様だった。
巨大な竜のようなMSが幾条ものビーム砲を放ち、フロントが爆発でどんどん損壊し、白亜の妖精が宙を舞うたびに敵MSが撃墜されていく。
少しでも立ち入れば死んでしまうのではないかと思わせるような、どうしようもない破壊が渦巻く空間であった。
その渦中にあってなお自分は、殺し合う二人の少女――ノレアとスレッタを止めたいのか、とエラン・フィフスは真剣に考える。
――どう考えてもそんな義理はない。
たった三日間、一緒にいただけの相手である。
そりゃあ多少、情も湧いているがそれだけだ。
わざわざ何のリスクもない立場になれたのに、今さら、自分から死地に向かう馬鹿がどこにいるというのか。
じきに決着もつくだろう。
スレッタ・マーキュリーかノレア・デュノクの死という形で、自分が関わらずともこの馬鹿げた騒動は終わる。
そう考えて、逃げだそうとしているはずなのに。
エラン・フィフスの明晰な頭脳はむしろ、どうすれば最短距離であの場所に――ノレアとスレッタが殺し合う戦場に介入できるのか、考え始めている。
――ああ、馬鹿げている。
こんなのどうかしている。
三日間、馬鹿みたいにはしゃいで映画を見まくって、感想を言い合って、ちょっとした人生相談に乗っただけの女の子のために、命をかけるだなんて。
だけどもう、仕方がないじゃないかと思う。
友達なのだから。
覚悟を決めたエラン・フィフスは、〈ザウォートHMC〉の推進器を全開にして、戦術試験区域の内部へ突入した。
◆
〈エアリアル〉が宙を舞い、光刃が振るわれ、あっさりと敵影を両断する――五機目の〈ガンヴォルヴァ〉を斬り捨てながら、スレッタはビームキャノンの嵐を回避する。
その背後ではフロントに着弾したビームキャノンが着地点の物質をプラズマ化させ、巨大な爆発が起きていた。
残る六機目の〈ガンヴォルヴァ〉からのビームをビットステイヴのバリアで防ぎ、〈エアリアル〉は一直線に加速。
ノレアの〈ニーズヘッグ〉のビームマシンガンの掃射を跳躍で回避――鮮やかな戦闘機動で〈ガンヴォルヴァ〉を脳天から腰まで真っ二つに切り裂きながら着地。
爆発四散する機体を背後に、白亜の妖精は邪竜と向き合った。
〈ニーズヘッグ〉とノレアが呼ぶ異形のMS――縦にも横にも通常のMSの二倍以上の大きさを誇る機械仕掛けの竜。
長くしなる竜の首と尻尾を持つ機体は、その胴体の部分に通常サイズのMSが組み込まれているようだった。
シェルユニットの発光部から判断して、あそこが中枢なのだろう。
破壊するのならばあそこだ、とスレッタは判断する。
『あなたのお友達は強いですね、スレッタ・マーキュリー……もう連れてきた〈ガンヴォルヴァ〉も全滅しました』
その言葉に安堵する。
グエルとエラン、それにチュチュがいるのだから安心だとは思っていたが、それでも生徒から被害者が出ていないのは喜ばしいニュースだった。
『あなたを殺してから、彼らも殺します。そうすれば――』
「そんなことはさせません」
スレッタの決意の言葉と共に、一一基のビットステイヴが一斉にビームを発射する。
〈ニーズヘッグ〉の巨体がうごめき、三基のバリア・ガンビットが電磁防護フィールドを展開する――ほとんどのビームはそれによって霧散してしまったが。
『ぐぅう!?』
そのうちの一発が、バリアの隙間を通り抜けてニーズヘッグの正面装甲に直撃した。
装甲が分厚いせいか、実戦出力の青いビームにもかかわらず、一撃では破壊しきれなかったが――やはりそうか、とスレッタは納得する。
全部で四基だったバリア・ガンビットは、それぞれが決まった範囲の防御を受け持ち、四つ集まることで三六〇度すべてをカバーしていたのだろう。
スレッタがそのうちの一基を破壊したことで、今の〈ニーズヘッグ〉は対ビーム防御において万全ではなくなっている。
それに戦っているうちに気づいたことがある。
〈エアリアル〉が推進器を全開にして突っ込むと、再び〈ニーズヘッグ〉は両腕の五連装ビームキャノンを構えて、全部で一〇門の砲口から荷電粒子ビームをぶっ放してきた。
その瞬間を狙ってあらかじめ待機させていたビットステイヴに、ビーム砲を発射させる。
〈エアリアル〉が回避運動を取るのと〈ニーズヘッグ〉にビームが着弾するのはほぼ同時だった。
『あぁああ!?』
小さな爆発が起きて、ニーズヘッグの巨大な腕――ギガンティックアームの装甲が弾け飛ぶ。
分厚い対ビームコーティングが施された装甲とて、何発もビームが直撃すれば無事では済まない。
装甲が砕け散り、内部フレームがむき出しになった〈ニーズヘッグ〉は、痛みに耐えるように身を軋ませながら爆炎から躍り出る。
淡々とスレッタは語る――〈ニーズヘッグ〉の機能上の弱点を、ノレアに突きつけるように。
「ルーク小隊の皆さんが残してくれたデータと、これまでの戦闘でわかりました。あなたのMSはビームに対する絶対防御と、ビーム兵器の同時使用ができません」
『何を、当たり前のことを……』
「ええ、でも――わたしと〈エアリアル〉にとっては十分な隙です」
『――笑うなぁ!!!』
〈ニーズヘッグ〉が憤怒に突き動かされるようにして、両手のビームクローを展開してきた。
その脚部推進装置が動作し、爆発的な推力を生み出す――巨大なビーム刃が襲い来る。
両手にビームサーベルを構えた〈エアリアル〉と一〇本のビームの爪を生やした〈ニーズヘッグ〉がぶつかり合う。
その結果は互いの腕一本だった。
交差の瞬間、〈ニーズヘッグ〉の左のギガンティックアームを切断した――だが、すれ違い様に〈ニーズヘッグ〉の尾が飛んできたのである。
ルーク小隊のルーク1を殺した一撃。辛うじて避けたものの、〈エアリアル〉自身もその左腕を持って行かれた。
「くっ!」
『スレッタァアア!!!』
左腕を失ったことで変わった機体バランスを再調整、エリクトにその補助を頼みながら着地――飛んできたビームマシンガンの弾幕をガンビットのバリアで受け止めて。
どうしようもない殺し合いの最中で、心が冷めてしまいそうなのに。
ミオリネの言葉を思い出す。
――私たちのいる場所に戻ってきて!!
とっくの昔に血まみれの手だとわかっていたのに、それでも帰りたいと願ってしまった。
あの暖かな日だまりに――ミオリネ・レンブランがいて、地球寮のみんながいて、グエル・ジェタークがいて、エラン・フォースがいて、シャディク・ゼネリがいる友達の輪の中に。
そこに戻る資格が自分にあるのかと問い続けながら、スレッタ・マーキュリーは自分の原点である言葉を思い出した。
――進めば二つ。
――逃げれば一つ。
そうだ、進もう。
誰も殺さず、殺させないために。
もっと力が必要だというのなら、自分はよろこんでそれに手を伸ばそう。
「誰も殺させない――そんなこと、絶対にさせない!」
そう誓った刹那、スレッタの視界がさらに透明になった。
周囲の空間で起きている全事象をより見通すための感覚器――目であり、耳であり、鼻であり、舌であり、指であるそれが直接、脳に据え付けられたような感覚だった。
今のスレッタには、ノレアのしようとしていることが手に取るようにわかった。
その肉体である〈ニーズヘッグ〉の状態が手に取るようにわかるから、次の動作の予兆すら容易くわかってしまう。
同時に〈エアリアル〉の全身に配置されたシェルユニットが青色から変色、眩い銀の輝きを放っていく。
――パーメットスコア7……いいや、さらに上昇してスコア8に到達したよ、スレッタ。
――今の僕たちなら何だってできる。
――行こう、スレッタ。
エリクト・サマヤは一抹の悲しみをにじませて。
愛する妹と共に〈エアリアル〉の完成を祝うのだった。
◆
スレッタ・マーキュリーのガンダムが宙に浮かび上がり、銀の輝きを放ち始めた瞬間。
バリア・ガンビットの制御が奪い取られていくのがわかった。
残った三基のバリア・ガンビットが地面に墜落し、機能を停止させられていく。
「なにこれ……オーバーライド……気持ち悪いっ!!」
ノレアの呟きは恐怖にも似ていた。
防御を丸裸にされた〈ニーズヘッグ〉を待っていたのは、ガンビット複合兵装〈エスカッシャン〉を構成するビットステイヴ一一基による
四方八方から飛んでくるビーム攻撃が、〈ニーズヘッグ〉の巨体を刺し穿ち、焼き切って、爆発させていく。
ニーズヘッグのギガンティックアームが爆発して地面に落ちる。
長い尾が穴だらけになって千切れ飛ぶ。
必死で〈ニーズヘッグ〉の巨体を推進器で移動させ、頭部のビームマシンガンで迎撃しようと試みた――そのすべてをビットステイヴに避けられる。
――あははは!
――楽しいね、楽しいね!
――殺しちゃおう、スレッタのために!!
声が聞こえてくる。
無邪気な幼児の残虐性が、まるで血のにおいを嗅ぎつけた人食い鮫のように襲いかかってくる。
気が狂いそうな恐怖を感じながらノレア・デュノクは叫んだ。
「なんなの!? あなたは一体……なんなんですか!? スレッタ!!!」
とうとう〈ニーズヘッグ〉の脚部を撃ち抜かれ、回避運動すらままならなくなった。
地面に不時着して動けなくなった〈ニーズヘッグ〉は、もういい的だった。実戦出力のビームで撃たれまくった装甲は、対ビームコーティングも空しくボロボロに崩れ落ちていく。
そしてとうとう、〈エアリアル〉が片腕でビームサーベルを抜いてこちらに近寄ってくる。
ああ、自分は死ぬのだと覚悟して。
どうしようもない恐怖に怯えながら、コクピットの中で少女はうずくまった。
――ソフィ。
――怖いよ。
そっちにいけるはずなのに、どうしてだろう。
とにかく死ぬのが怖くてたまらない。
そのときだった。
『ノレア! スレッタ! もうやめろ!』
ここにいるはずがない人物の声が聞こえてきた。
コクピットの半壊したセンサー群からの情報を見る。画面中央に映っているのは、〈エアリアル〉とビームサーベルで鍔迫り合いするオレンジ色のMS。
荷電粒子の火花が散る中、スレッタと少年の声が通信越しに聞こえてきた。
『フィフスさん!?』
「あなたまで……どうして、ここに……」
『そんなのどうだっていい! 僕は敵じゃないっ!』
動揺しているスレッタの〈エアリアル〉を蹴り飛ばしながら、オレンジ色の〈ザウォート〉タイプがノレアを守るように立ちはだかった。
そして少年は、ガンダムに乗っているノレアを叱るように声を荒げた。
『どうしてガンダムに乗って殺し合ってるんだ!? 死ぬのが怖いなら逃げろよ!!』
そんなこと言われなくたってわかっている。
でも、こうしてガンダムに乗る以外の生き方を知らない自分に、他にどんな生き方が選べるというのだろう。
幸せを思い描けなくて、ノレア・デュノクは弱音をこぼす。
「逃げて……その次はどうするの? 私の生きる場所なんてここしかないのに……」
『僕が一緒にいてやる! どうやって生きるかなんて一緒に考えればいいんだよ! 言ったろ、助けになるって!』
約束。
あの黄金のような三日間で、彼とだけ話した本音。
その最後に彼がした安っぽい口約束を思い出す。
――次に困ったことがあったら僕が助けてやるよ。
「そんな約束……信じろって言うの!? こんな手遅れの私に……」
信じられなかった。
そんなことのために命を賭ける少年がいるなんて、想像もしたことがなかったから。
こんな自分のためにそこまでしてくれる彼のことがわからなくて、戸惑うばかりのノレアは声一つあげられなかった。
『僕と来い!!』
再び斬りかかってきた〈エアリアル〉のビームサーベルを、両手のビームサーベルで受け止める〈ザウォート〉タイプ。
彼はあくまでノレアを庇うように動いていた。
じりじりと〈エアリアル〉のパワーに押し込まれながら、少年は――エラン・フィフスは血を吐くように叫んだ。
『生き方が分からないなら一緒に探してやる! 怖いなら隣にいてやる! その先のことなんて後でいい! 逃げていいんだ――僕にお前を救わせてくれよ!!』
それは祈るような誓いだった。
〈エアリアル〉のパワーで押し込まれた末、蹴り飛ばされた〈ザウォート〉タイプが地面を転がる。
鈍い悲鳴を上げるエランは、それでもなおMSで立ち上がろうとしていて。
そんな彼の姿を視界に収めながら、ノレア・デュノクは嘘偽らざる願いを口にした。
「あとで教えて。貴方の、本当の名前――」
本当に、彼の本当の名前を知りたくなったから。
〈エアリアル〉が死神のように近づいてくる。
横凪ぎに振るわれたビームサーベルの光刃が、真っ直ぐにノレアの視界に迫ってきて。
エラン・フィフスの絶叫が響いた。
『――やめろぉおおおおお!!!!』
斬撃が、茶色のガンダムを斬り捨てた。
衝撃と共に、電磁場で収束された荷電粒子ビームの刃が振るわれ、〈ルブリス・ソーン〉の頭部と胸部上面のシェルユニットが焼き切られていた。
ギリギリで無事だったコクピットブロックの中で、ノレアは敵対する少女の呟きを耳にする。
『……殺せるはず、ないじゃないですか……』
緊張の糸が切れた。
遠のく意識の中、ノレア・デュノクは――まだ自分とスレッタが、友達でいられたことを知って。
涙をこぼしながら、気を失った。
――奇しくもこのとき、二人の少女は共に涙を流していて。
――その雫の煌めきだけが、少女たちの感情を表していた。
・〈ザウォートHMC〉
〈ザウォートヘヴィ〉をベースにした高機動射撃機体。
〈ファラクト〉の運用データを元に元ペイル社(現シン・セー開発公社)の先進技術開発部が設計した〈ザウォート〉系列の改修機。
将来的なGUNDフォーマット搭載量産型機のためのデータ収集機であり、簡易〈ファラクト〉というべき性能だが、GUNDフォーマットを搭載していないためその操作性は劣悪である(全身の推進装置や慣性制御装置の制御を直感的に行えないため、操縦難易度が上がっておりピーキー)。
機体カラーはオレンジ色。
背部に複数の推進装置を束ねた大型ブースター×2を装備。
固定武装はビームバルカン×2、腕部内蔵ビームサーベル×2。
携行火器としてビームライフル×1。
シン・セー開発公社から提供された機体を強化人士五号が使用。