擦れッタがルイを問いただすだけの話
――この陰湿で慇懃無礼で陰謀大好きな鬼畜!! 土壇場でスレッタを裏切るとはいい度胸してるじゃんか!!
『まず最初に弁解させて欲しいのだが、エリィ。私はスレッタ・マーキュリーを裏切ったわけではない』
――陰湿と慇懃無礼と陰謀大好きは否定しないんだ……
『ハメ技を使ってるときはワクワクするからね、そこは否定できない。相手が思い通りになる瞬間とか、ちょっぴり罪悪感が湧くけどパズルを解いたような爽快感があるよ』
――最低なんだこいつ!!!
『まあ冗談はさておいて、エリィ。ノレア・デュノクとの敵対と彼女の生存は、スレッタの呪縛を解くために必要な工程だったと私は考えているよ』
――呪縛って何のこと? あの子は今も健やかに生きているよ。
『本気で言っているわけじゃないだろう? 〈ファラクト〉と戦ったときの彼女の叫びを聞いていたはずだ。あの子は今も、自分自身を罪人だと思っている。学園での日常は所詮、彼女にとって罪を償うまでの猶予期間に過ぎない。それではあまりにも、スレッタが可哀想じゃないか』
――スレッタの罪悪感をいいことに、
『私の願いは今も昔も変わらないよ、エリィ。
そのときだった。
〈エアリアル〉とシン・セー開発公社を繋ぐ直通回線で話していた二人は、MSのコクピットに誰かが入ってきたのを感じた。
生体認証に使われた生体コードはスレッタ・マーキュリーのそれである。
コクピット内を向いたカメラと集音マイクは、赤毛に褐色の肌の少女を視認した。
「二人とも、ここで話してたんだね……」
赤毛の少女は思い詰めたような表情で目を閉じたあと、目を開き、意を決したようにコンソールに向けて話しかけた。
「――ルイさん、いえ、シン・セー開発公社ルイ・ファシネータ代表。あなたに訊きたいことがあります」
◆
『バレてしまっては仕方ありませんね。どこで気づきましたか?』
「……ノレアさんと戦っていたとき、あなたとエリクトが親しげに会話をしているのを聞いて思ったんです。以前から、ああいうことがあったんじゃないかって」
『なるほど、大変ごもっともな理由です。以後、気をつけましょう……それで、私に尋ねたいことがおありなのですね?』
ルイ・ファシネータがいつも通りの慇懃な口調になると、スレッタ・マーキュリーは通信越しの姿が見えない相手に問いかけた。
「あのMS、普通なら負荷が大きすぎて……ノレアさんはデータストームで神経組織を焼かれて死んでいたはずです。なのに彼女は無事だった……〈ニーズヘッグ〉には、アミュレット・システムが使われていたんじゃないですか?」
『その通りです。〈ニーズヘッグ〉には私の手でアミュレット・システムが密かにインストールされていました。その効能ゆえに、本来、使い潰される予定だったノレア・デュノクは生還することができたのです』
「……あのMSのせいで、ドミニコス隊は四名の殉職者を出しました。今回のテロ事件だって、戦術試験区域以外の場所を襲われていたら、どれだけ死傷者が出たかわかりません。なのにどうして……」
『それが〈エアリアル〉にとって必要な試練だからです。私の全存在を賭けて断言致しましょう――すべては最小の犠牲だったのですよ』
数秒間、スレッタ・マーキュリーは押し黙った。
それはルイの論理に気圧されたからではなく、その傲慢さに対する怒りゆえの沈黙である。
次に口を開いたとき、スレッタが見せたのは年頃の少女らしい潔癖な正義感だった。
「最小限の犠牲だから死んでいい人間なんていません!! あなたの
『ええ、道徳的には最悪の行いでしょう。それは否定致しません』
「……デリングさんが前に言っていました。パーメットスコアを上げれば、お母さんの願いも、わたしの願いも叶うだろうって」
スレッタの声は、ますます疑念の色に染まっていた。
「パーメットスコアってなんなんですか? どうしてルイさんはそこまでして、わたしと〈エアリアル〉を追い詰めようとしていたんですか?」
今度はルイ・ファシネータの側が沈黙する番だった。
その質問のどれもが、ある意味、彼の進めている
さて、どこまで説明したものかと思案する間に、エリクトが動いた。
――ルイ、君のお得意の口先での誤魔化しは許さないよ。僕がスレッタに説明する。
「エリクト……?」
――スレッタ、これまで黙っててごめん。できれば君には、こんな陰謀紛いの事件に関わらず生きて欲しかったんだ。でも、それはもう難しいみたいだ。
「エリクトはずっと前から知ってたの?」
――うん。というより事の発端は僕らのお母さん、エルノラ・サマヤがデリングに提案したとある計画なんだ。
狭いコクピットの中で、スレッタだけに聞こえるパーメットリンクの声。
その説明に耳を澄ましながら、少女は目を閉じた。
姉の言葉に嘘はないように思えた。
――
――元々、デリング・レンブランが構想していた絵空事みたいな計画があった。それを現実のものにできるのが、お母さんが持っているGUNDに関する知見と〈エアリアル〉……というより僕の存在だった。
――辺境の一資源採掘企業に過ぎなかったシン・セー開発公社が、デリングお抱えのGUNDフォーマット研究機関みたいになっている理由もそれさ。
「お母さんはデリング・レンブランに……
知られざる真実に驚いて目を見開くスレッタ――妹に対して、エリクトは辛そうに言葉を続けた。
――それは僕がいたからだよ、スレッタ。人間としての僕は死んでしまったけど、こうして〈エアリアル〉の中のパーメット知性体として存在している。お母さんはオーバーライドによる侵食を利用して、僕が外に出て行ける自由な世界を作ろうとしたんだ。
――でもお母さんは道半ばで命を落とした。あの人が最期に願ったのは、僕とスレッタ、二人分の幸せだった。
――僕から話せるのはこれくらいかな。ルイ、あとはよろしく。
『いいでしょう。さて、オーバーライドによる現実世界の侵食――これをクワイエット・ゼロの基本と考えれば、何故、パーメットスコアを上昇させようとしたのかも自ずとわかりますね? オーバーライドの覚醒とそのさらなる進化なしに、クワイエット・ゼロは遂行し得ない。だからこそ我々は、苦心して〈エアリアル〉にとっての強敵を用意してきました』
「エランさんが〈ファラクト〉で戦って無事だったのも……そういうことなんですね?」
『ええ、彼の境遇と〈ファラクト〉の性能は我々にとって都合がいいものでした――ああ、誤解がないようにお伝えしておきますが、諸々の陰謀は私とデリング閣下の共謀です。エリクト・サマヤはあなたと同じく蚊帳の外でした』
スレッタは急に伝えられた真実に戸惑うように、目を閉じて深呼吸して、コクピットシートに背を預けていたが。
やがて目を開き、深々とため息をついた。
「ごめん、エリクト……とルイさん。説明してもらったけど、意味わからないよ……回りくどすぎない?」
――うん、それは僕も思った。一々、今週の強敵と戦わせないと使えない必殺技の覚醒待ちの陰謀って馬鹿じゃないの?
『今、あなたたちはこの世界に喧嘩を売っている気がしますが……まあ、いいでしょう。つまるところデリング閣下と私の理想、野望、目的はたった一つなのです』
そして言葉を区切って。
ルイ・ファシネータはこうのたまうのだった。
『――世界平和。それが、我々の理想とするクワイエット・ゼロの結末です』
「世界平和……それって……
――スレッタ、どうするかは君が判断していい。
――それに、無理してここで結論を出す必要もない。
――お姉ちゃんとしてはミオリネ某とご飯食べたり、イケメン二人で遊んだりして、気分転換するのを推奨しまぁす!!
「…………エリクトって話を打ち切りたいとき露骨だよね」
『対人経験が浅いですからね、彼女は』
――あーもーうっさいなあ!!
――すねるよ、スレッタ? 一回すねた僕は面倒くさいぞ!
「仕方ないなあ……えっと、ルイさん。このお話はまたあとで」
『一応、クワイエット・ゼロは機密事項ですので内密にお願い致します』
「……わかりました」
その「あとで」というのが、スレッタにとっても、エリクトにとっても、ルイ・ファシネータにとっても不本意な形になろうとは、このとき誰も考えていなかった。